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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第151話 事態急変

 婚約発表会、終了後。深夜、ナナさんの屋敷、ナナさんの私室にて。


「やれやれ。何とも後味の悪い結末になっちまったね。……まぁ、それ自体は予想はしていたけどさ。問題は予想外の事態が起きて、散々に事態を引っ掻き回してくれやがったって事だよ。ったく……」


 予想以上にろくでもない結果となった事に、悪態をつく。


「まぁ、今はゆっくり休みな」


 私の部屋のベッドの中、私の隣で寝息を立てるハルカ。随分と疲れたらしい。起きる気配は無い、熟睡中。そんなハルカの頭を優しく撫でてやりながら、私は今回の件について振り返る。








 婚約発表会も終わりを迎え、やっとこさ帰ってきたハルカ。帰ってきて、早々、一言。


「……疲れました。……すみませんが、今日は早めに寝ます」


「あぁ、分かったよ。さっさと風呂に入ってきな」


 手短に言葉を交わす。本来なら、まず、今回の件についての報告を受ける所だが、ハルカの疲労困憊ぶりを見るに後に回した。この子がここまで消耗するなんて、そうそう無い事だからね。


 さて、その後。ハルカは、急いで今回の件に関するレポートを書き上げ、私に提出。これは別に今回に限った事じゃない。ハルカを修行に送り出した時。或いは、ハルカが何か大きな事件に巻き込まれた時なんかに、提出させている。今回の場合、ハルカの疲れた身体に鞭打つ形になってしまったが、仕方ない。こういうのは、迅速に書かないといけないからね。時間が経つと、それだけ記憶があやふやになる。


 特に今回は、私が異常に気付いた時点で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、当事者であるハルカの書いたレポートは貴重な情報源。きっちりと読んだ。そして、今回の件の酷い結末を知った。そりゃ、ハルカも疲れるってもんだ。







 ハルカside


 時間を遡り、婚約発表会、終盤。


「ハルカ、行きますわよ。覚悟を決めなさい。もはや、後には引けないのですから」


「……はい」


 婚約発表会もいよいよ大詰め。今回の一番の晴れ舞台である、結婚衣装のお披露目会。スイーツブルグ侯爵家の威信を懸けて製作された、純白のドレスを纏ったミルフィーユさんは、陳腐な表現ながら、言葉で言い尽くせない程、美しかった。


 外見のみならず、僅かな仕草一つに至るまで、気品に満ち、優雅。改めて、彼女は幼い頃より英才教育を叩き込まれてきた、名門貴族の令嬢だと実感。文字通り、住む世界が違う。


 なろう系の成り上がり者では、絶対にこの領域には至れないと確信する。……まぁ、僕も言えた筋合いじゃないけどね。ともあれ、正念場だ。気を引き締めないといけない。何が起きるか分からない。







「皆様、長らくお待たせしました! いよいよ、本日のクライマックス! 結婚衣装のお披露目であります! 我が国の技術の粋を凝らした衣装、とくとご覧くださいませ! それでは、レオンハルト殿下、ミルフィーユ嬢の入場です! 皆様、盛大な拍手をお願いします!」


 司会の人も今回のクライマックスとあって、テンションが高い。舞台袖でミルフィーユさんと共に控えながら、そう思う。


「行きますわよ、ハルカ」


「はい」


 ともあれ、今は自分のやるべき事に専念するのみ。願わくば、最悪の事態だけは避けたい。しかし、事態は僕の予想だにしなかった方へと向かう事に……。後になって思えば、僕や、ナナさんの読みが甘かったと言える。だが、そんな事はこの時点では知る由もなく。







 結婚衣装を纏ったミルフィーユさんに付き従い、舞台袖から、晴れ舞台へ。反対側の舞台袖からは同じく、結婚衣装を纏ったレオンハルト殿下がお付きの人を従え、やってくる。


 予定通りなら、レオンハルト殿下、ミルフィーユさんの両名による、今回集まった来賓の方々への感謝。そして、最後にして最大の宴会。今回で一番、贅を尽くした内容となる。


 繰り返すが、この婚約発表会の本質は、この国の『力』を来賓である、周辺各国関係者に見せ付ける事に有る。王国の技術の粋を凝らした結婚衣装のお披露目からの、贅の限りを尽くした大宴会。これら全ては、その為である。


 後、余興が幾つか予定されており、僕も出演が決まっている。勿論、これも国威を見せ付ける一環であり、正直、気が重い。僕はあくまで、メイド。裏方担当であり、レオンハルト殿下や、ミルフィーユさんみたいに表舞台に立つのは性分に合わないんだけどな……。とはいえ、決まった事である以上、やるしかない。


 しかし、気になるのが、グリフィニアス殿下の動き。そして、それ以上に気になる、そのグリフィニアス殿下を手玉に取る黒幕の動き。いずれにせよ、決着を付ける時は間近に迫っている。


 もしもの時に備え、小太刀から()()()()新しい武器は、メイド服の袖に隠してある。新しい武器はこういう舞台において、持ち込みやすいのが助かる。あからさまな武器である小太刀と違い、装飾品と言える。実際、宝石(魔水晶)製で、美術品としても大変な価値が有ると、ナナさんからのお墨付き。







 さて、ミルフィーユさん、レオンハルト殿下の両名共に、舞台へと立つ。僕はミルフィーユさんより、少し下がった位置へと控える。そして始まる、二人による来賓への感謝の言葉と、それに続く、フィナーレを飾る、夜の部の大宴会、のはずだった。しかし、ここで事態は動いた。……レオンハルト殿下が予想していた通りに。


「いやはや、実にめでたいな。我が王家と、国内でも五指に入る名門、スイーツブルグ侯爵家の婚約。実に喜ばしい限り。私も鼻が高いぞ、レオンハルト」


 舞台袖から現れた一人の若い男性。身に着けた、見るからに上等な衣装。更に、この場に現れた事。それらが、この人物が高い身分に有る事を示している。というか、()()()()()()()だ。


 ……ここで出てくるか。この国の第二王子、グリフィニアス殿下。まさか、本心から弟の祝福を言う訳がない。となれば、間違いない。何かを仕掛けてくる! しかし、そんな事を今、この場でおおっぴらにする訳にもいかず。一体、何をするつもりなのか? 現時点では下手に動けない。その辺は、ミルフィーユさん、レオンハルト殿下の両名も心得ていて、密かにアイコンタクトを取る。


(今は待て)


 レオンハルト殿下からのハンドサイン。魔力を封じられた場合を想定し、予め決めておいた、それを見て、とりあえずは様子見に徹する。……いつでも動ける様にしつつ。長袖のメイド服の袖口に隠した新しい武器のヒヤリと冷たい感触が『出番はまだか?』と問いかけてくるかの様に感じる。


「これはこれは、グリフ兄上。今回の婚約発表会には不参加と伺っておりましたが……いわゆる、サプライズと言うものですかな? いやはや、グリフ兄上も、お人が悪い。余はびっくりしてしまいましたぞ」


 とりあえず、当たり障りの無い話で時間を稼ぐレオンハルト殿下。その間に、僕はそれとなく周囲の様子を探る。


(周囲に魔力の反応は無し。誰か伏兵がいる訳でもなし。問題は魔力の無い、爆弾とかが仕掛けられている場合。しかし、グリフィニアス殿下にそんな物を仕掛ける手腕が有るかは疑問。所詮は素人。この会場は事前に何度も入念にチェックが繰り返され、現在も厳重な警備下に有る。一個人で仕掛けるのは、まず無理。となれば、人海戦術だが、人数が増えればそれだけ目立つ、不自然。何より、情報が漏れやすくなる。そうなると、やはり何か、個人で使える強力な切り札が有ると見るべきか)


 周囲の様子を探知で探りつつ、思考を巡らせる。魔力の反応が無い事から、魔道具の類いは無いと見た。だからといって、油断はならない。爆弾による自爆テロとかね。さすがに野心家のグリフィニアス殿下がやるとは思えないが。


 さて、当のグリフィニアス殿下だが、早々に切り札を切ってきた。


「驚くのは早いぞレオ。真のサプライズはこれからだ。このめでたき日に相応しいものを用意したぞ。周辺諸国の皆々様方もとくと、ご照覧あれ!」


 自信満々な口調で懐から取り出した物。()()を見て、思わず声を上げそうになるのを何とか噛み殺し、表情に出すのを防いだのは、我ながらファインプレーと思う。なぜなら、僕はそれを比較的最近、見たからだ。


 なぜ、あれが?


 それはこの場に有ってはならない物。しばらく前、僕とナナさんが巻き込まれた事件。東方の国、蒼辰国にて起きた騒動。その元凶たる『巨人』。それのコントローラーだ。


 かつて、戦乱の世であった蒼辰国を統一に導いた『帝』。その『帝』が使役したという、圧倒的破壊力を持つ怪物。それが『巨人』。『帝』は、その力を持って国内統一を果たし、朝廷を立ち上げたそうだ。


 しかし、その朝廷を滅ぼしたのもまた、『巨人』であったと伝えられる。その後、『巨人』は歴史から姿を消し、再び、蒼辰国は乱世へと逆戻り。


 そして時は流れ、また『巨人』は現れた。とある若者が使役する形で。かつてと同じく、圧倒的破壊力で敵対勢力を壊滅させ、その力を持って若者は再度、国内統一を果たし、幕府を立ち上げ、初代将軍になった。その後、『巨人』が悪用されるのを恐れ、封印したと伝えられている。


 その封印された『巨人』を巡って起きたのが、蒼辰国での事件。ちなみに『巨人』の正体は異世界より持ち込まれた巨大ロボットだった。







 なぜ、今、ここに『巨人』のコントローラーが有るのか? グリフィニアス殿下は、いつ、どこで、どうやって、それを手に入れたのか? そもそも本物なのか? ナナさんからの連絡では、国家を引っくり返せる程の危険物は最近、国内に持ち込まれていないはずだ。まさか、ナナさんの探知を潜り抜けたとでもいうのか?


 少なくとも、蒼辰国に有ったコントローラーは事件が終わった後、将軍家に伝わる秘宝ではあるが、余りにも危険過ぎると、蒼辰国の姫君、美夜姫様立ち会いの元、ナナさんが魔炎で塵一つ残さず焼き尽くした。


 だが、現にグリフィニアス殿下は今、コントローラーを手にしている。真贋は分からないけど、本人は自信満々。『巨人』の力について知っているなら、その態度も納得。でも、その一方で気になる事が有る。


 グリフィニアス殿下は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 蒼辰国での一件の内、『巨人』の存在自体は、元々、伝説に語られていた上、それ自身の巨大さ故に多くの人達に目撃されてしまった事で、蒼辰国内では周知の事実となった。


 しかし、逆に言えば、周囲に知られたのはそれだけ。それ以外の事は知られていないはず。あのコントローラーにしても、将軍家の切り札にして、秘中の秘。国家機密だ。長らく封印されていた品であり、その存在を知る者、目撃した者は僕、ナナさんを含めても極僅か。表舞台に出た期間も短かった。グリフィニアス殿下とて、無能ではないだろうが、さすがに、そこまで情報を掴めるとは思えない。


 ……僕には透視能力や、真贋を見極める異能は無い。自分の未熟が悔やまれる。ただ、あれが本物か偽物かはともかく、恐らくは、これこそ『黒幕』の策略ではないかと思う。


 各国の要人が集まる婚約発表会に合わせる様に、野心家のグリフィニアス殿下が、遠い東方の異国に伝わる古代兵器のコントローラーを手に入れるなんて、いくらなんでも話が出来過ぎている。何者かの意図を感じる。その正体、目的は分からない。だが、恐ろしく『腕』が長い。


 遠い東方の異国、『蒼辰国』で起きた事件の詳細を。それも極僅かな者達しか知らないはずの『巨人』のコントローラーについてさえ、知っているのだから。となれば、他にも色々知っていそうだな。しかし、それなら、あれの危険性について知っていてもおかしくない。……知っていて、あえて与えた、か。もし、そうならば、『黒幕』は相当、腹黒いと見た。目的は、はっきりしないけど、グリフィニアス殿下を使い潰すつもりではありそう。






 僕が高速で思考を巡らせている間に、自信満々なグリフィニアス殿下はこれ見よがしに自らが手にするコントローラーを周囲の面々にひけらかす。もし本物なら、この大陸の全ての国家を叩き潰し、世界を制圧する事すら夢じゃない。それだけの力が『巨人』には有る。あれに対抗するには、ナナさんクラスの実力者じゃないと。そりゃ、得意の絶頂にもなる。


 ……しかし、あの方、『巨人』の本当の恐ろしさは知らないな。あれは単なる巨大ロボットじゃない。もっとおぞましい、忌まわしき兵器だ。


 それにしても、困ったな。あんなに周囲に見せびらかされては、下手に動けない。レオンハルト殿下より、直筆の委任状。いわゆる『殺しのライセンス』を与えられてはいるが、だからといって、こんな人前で。しかも各国の要人の集まる中で、大っぴらに殺す訳にもいかない。国際問題待ったなしだ。


 そもそも、殺すのは最後にして、最悪の手段。何より殺すにしても、『理由』が必要なんだ。今の時点では、あくまで、何かのコントローラーらしき物を見せびらかしているだけ。それだけでは殺せない。決定的な『何か』をやらかしてくれないと。……だが、それは被害が出るという事。皮肉な事に『事件』が起きなくては、手出しも出来ない。レオンハルト殿下から与えられた委任状といえど、何でも有りの錦の御旗じゃないんだ。一体、どうすれば良い?


 ……もはや、僕一人の力ではどうにもならない。もし『巨人』が現れ、暴れだしたら、大惨事になる。ここはナナさんに連絡を。そう思い、念話を飛ばすが……伝わらない! 妨害を受けている! 明らかな異常事態。僕とナナさん間の念話を妨害出来る者など、それこそ真十二柱クラス…………あ、そういえば、一人いた。僕を殺そうとしている真十二柱が。


 まさか、ここで来る気か?!







 レオンハルトside


 招待してもいないにも関わらず、突如現れた我が愚兄、グリフィニアス。以前から、くだらぬ野心に満ちた阿呆だと思ってはおったが、とうとうやらかしおった!


 懐より取り出したるは、一見、ゲーム機のコントローラーらしき物。それをさも自慢気に周囲に見せびらかすという、まるで状況をわきまえぬ所業。事実、周辺諸国からの来賓達は、『こいつは一体、何を言っているのか?』といった顔を浮かべている。余も、こやつ、野心が過ぎる余りに、とうとう乱心したか? と思ってしまった程じゃ。


 しかし、事態はそれどころではないらしいと、すぐに悟った。コントローラーを見た際のハルカの表情。本人はすぐさまに押し殺した様であったが、驚愕と恐怖を感じた。()()ハルカが驚愕、恐怖を表すとなれば、ただ事ではない。あれが何かは知らぬが、非常に危険な存在。そして、愚兄はそれを使い、自らの野心を実現させる気であると。


 しかし、これは困った。現時点では手出しが出来ぬ。余やミルフィーユは無論、ハルカもこれでは動けぬ。刃物でも振り回したならば、即座に取り押さえるなり出来るのじゃが。ハルカには余直筆の委任状を持たせてはあるが、あくまで何か異変が起きた際の物。事が起きねば、ただの紙切れに過ぎぬ。どうしたものか? 隣にいるミルフィーユもまた、悩んでおるのが分かる。そして、とうとう恐れていた事が起こる。


「さてさて~、そろそろ今回のサプライズと参りましょうか! このめでたき日を祝うにふさわしい、盛大な花火を打ち上げましょう!」


 そう高らかに宣言し、コントローラーを操作する愚兄。クソっ! 止められなかった! なりふり構わぬ行動が許されぬ自分の立場と状況が恨めしい。辺りに鳴り響く、幾つもの爆発音と、閃光。そして事態は思わぬ方向へと転がる事に……。







 ナナside


「おやおや、こりゃまた派手な花火だね。これだけ派手なのは久しぶりに見るよ。あれかい? デブ殿下とミルフィーユの婚約を祝って打ち上げたのかね?」


 暇なので、ミニサラミとビールで一杯やっていたら、突然の盛大な打ち上げ花火。打ち上げ花火をやるなんて話は聞いていないんだけどね。サプライズって奴かね? その時点ではそう思ったんだけどね。


「………………何だろうね? 何か嫌な感じがするよ。自分で言うのもなんだけど、私の嫌な予感は当たるからね。ちと、ハルカと連絡を取るか」


 今回の婚約発表会絡みには、原則、干渉しないつもりだったけど、そこを敢えて曲げ、ハルカに念話で連絡を取ろうとする。しかし……。


「チッ! 妨害か! こりゃ不味い、真十二柱か、それに匹敵する奴か」


 ハルカと連絡が取れない。何者かによる妨害だ。こんな事が出来る奴となると、真十二柱か、それに匹敵する奴。そんな奴、そうそういるものではないが、ハルカ絡みとなれば話は別。そして、ハルカを狙って動く真十二柱がいる。


 真十二柱 序列六位 『慈哀坊』


「これは不味いよ! 色々な意味で最悪の相手だ!」


 ぶっちゃけ、あの『灰色の傀儡師』灰崎 恭也よりもタチが悪い。


 少し前に会い、実際に話して感じた事だけど、灰崎 恭也は確かに恐ろしい奴だが、その一方で、話が通じる奴でもある。


 終始、人を喰った様な態度で、一々、癇に障る物言いだが、少なくとも筋の通らない事は言わなかったし、私の質問にもきちんと答えた。無能、自己中、無責任、自信過剰な、なろう系の転生者(クズ)とは大違いだ。あいつらは全く話が通じないからね。


 何せ、自分は絶対正義。自分のやる事は全て正しく、必ず成功する。自分を認めない、否定する存在は全て悪。そんなバカな考えに取り憑かれた気狂いばかり。


 そして慈哀坊もまた、そういう奴なんだ。しかも真十二柱ときたもんだ。


 それにだ。慈哀坊は、ハルカにとって天敵と言える存在なんだ。


 真十二柱 序列六位 慈哀坊。元々は、とある宗教の僧侶にして、稀代の天才。


 赤子の時に寺院に拾われ、その宗派に属したそうだが、まぁ、とんでもない天才ぶりを発揮したそうだ。


 3歳にして全ての経文を読破。5歳にして、宗派のトップである大僧正に法力勝負で完勝。6歳にして、各地に封印されていたが、解放された8体の古の魔神達を消滅させる。その後も数々の退魔業を果たしてきた、退魔業のエキスパート。その退魔の実力たるや、真十二柱 序列二位にして、異能の神。魔道神 クロユリさえ上回る。


 正に最強の退魔師。そしてハルカは、真十二柱 序列十一位 魔氷女王の身体を持つ転生者であり、魔氷女王は魔王。つまり『魔』に属する。慈哀坊とは、相性最悪だ。


 そして。慈哀坊は、話し合いなんぞ通用しない。何故なら、慈哀坊の行動の本質は『善意』だからさ。


『一切衆生是救済』


 これが奴の掲げる思想。この世から全ての争いを無くし、苦しむ者達を全て救う。まぁ、ご立派な考えだとは思うよ。


 ()()()()()()()()()()()()


 人は欲望を持つ。欲望こそは、生きる上での活力源。欲望有ればこそ、世の中は動く。欲望の無い世界なんぞ、世界とは言わない。そんなもの、単なる空間、虚無さ。


 だが、欲望有るが故に、人は憎しみ、争い、殺し合う。こればっかりは、もう、どうしようもない。人はそういう生き物なんだからさ。


 だから、なろう系のクズがよく言う『理想国家』だの『平等社会』だの『異種族共存』だの、私に言わせりゃ、単なる戯言、絵空事。私は長生きしてるんでね、そういう絵空事を言うバカを何人も見てきたが、誰一人として、成功した奴はいない。特に異種族共存を掲げる奴。あれはバカの極み。人間同士でさえ、共存出来ないのに、ましてや、生態も文化も価値観も違う異種族同士で共存なんか出来るか、バカが!


 そして、それは真十二柱 序列六位 慈哀坊でさえ、例外じゃない。言っちゃ悪いが、慈哀坊、あんたのやってる事は単なる徒労、無駄だ。あんたの叶えようとしている理想。


『一切衆生是救済』


 こんなもん、人が人である限り、絶対に不可能さ。…………女を自我無き『人形』にして操る灰崎 恭也は、ある意味、正しいんだろうね。少なくとも、『人形』は裏切りもしなけりゃ、争いもしない。なんたって、自我が無い、故に欲望も無い。よって争いもしないから、平和。皮肉なもんだ。






 ともあれ、これは不味い。緊急事態だ。ハルカの命が危ない。他の真十二柱は、あくまでハルカの価値を見定めに来ている。価値無しと見なせば殺すが、少なくとも及第点を出せば、殺さない。実際、一番手の序列三位 魔剣聖はそうだった。


 だが、慈哀坊は違う。あいつはハルカを危険因子と見なし、存在抹消に向けて動いている。抹殺じゃなくて、抹消。もっとも、殺された方がマシって程、恐ろしいやり方をすると、序列十二位のクソ邪神(邪神ツクヨ)から聞かされた。


 本来なら、今すぐにでも助けに行きたいが、そうもいかない。ぶっちゃけ、私じゃ慈哀坊に勝てない。全ての神魔の頂点、多元宇宙の抑止力、それが真十二柱。その実力たるや、強いなんてレベルを遥かに突き抜けている。正に次元が違い過ぎる。ゲームで例えるなら、絶対に勝てない、強制敗北イベントの敵って所か。そのぐらい、隔絶した存在なんだよ、真十二柱は。


 それに、だ。そもそも、ハルカの抹消を狙う慈哀坊が、邪魔者の介入を許す訳がない。同時に、ハルカの逃亡もね。その為にも、侵入、脱出不可の細工はするだろう。少なくとも、私が慈哀坊の立場なら、絶対やる。


 悔しいが、私ではどうにもならない。慈哀坊に対抗出来るとしたら、他の真十二柱ぐらいだ。もっとも、あの連中がわざわざハルカを助けてくれるかは、疑問だけどね。慈哀坊に負けるなら、その程度だったと思うのがオチか。となれば、頼れる相手は、あいつしか無いね。気に食わないが、仕方ない。


 伝説の魔女と呼ばれ、恐れられた私とあろう者が、なんと情けない事か。





























「バッコッコ♪ バッコッコ♪ バッコッコのコ♪」





























 ハルカside


 夜空を彩る、様々な色彩の打ち上げ花火。全くの予想外の光景だったのは、お互い様らしい。


 僕達も、そして、グリフィニアス殿下も呆気に取られていた。そんな中、いち早く主導権を握るのはレオンハルト殿下。流石と思う。明らかに想定外の事態に固まっているグリフィニアス殿下に、ここぞとばかりに仕掛ける。


「これはこれは、見事な打ち上げ花火ですな。兄上もお人が悪い。この様なサプライズを用意していてくださるとは。余は、感謝感激の極みで涙が止まりませぬ。こんな心優しき兄上を持って、余は果報者ですぞ」


 そう言って、涙を流し熱弁を振るうレオンハルト殿下。……流石、王族。必要とあらば、心にも無い台詞をペラペラ喋り、涙も流すか。ま、それぐらいの芸当が出来なくては、王族なんて務まらない。


 そして、明らかに企みが失敗した上、レオンハルト殿下に場の主導権を握られてしまったグリフィニアス殿下としても、それに乗るしかない。怒りや羞恥、悔しさを押し殺しているのだろう。それでも、一応、笑顔を作り、レオンハルト殿下に答えようとしたのだろう。


 ……もっとも、グリフィニアス殿下が何を言おうとしたのか、それを聞く事は叶わなかった。誰にも。永遠に。


 シャリン♪ シャリン♪


 突如、聞こえてきた金属音。鈴、いや、これは金具の鳴る音か。同時に、猛烈に嫌な感じがする。そして、声が聞こえた。壮年の男性の声が。


「あぁ、何と嘆かわしい。貴殿の魂はあまりにも欲に塗れ、周囲に争いを撒き散らさんとしている。哀れ、あまりにも哀れなり。御安心召されい、愚僧が貴殿を救済して進ぜよう」


 突然、そして一方的な『救済』を告げる言葉。止める間など無かった。いや、仮に有ったとしても止められない。それ程までの絶望的な『力』の差。


 グリフィニアス殿下は何かを言う事すら出来ず、一本の樹木となってしまった。


「あぁ、また一つ、哀れな魂を救済する事が出来ました。一切衆生是救済。フォーム……」


 両手を合わせ、涙を流し、祈りを捧げるのは、一人の僧侶。見た感じ、仏教の僧侶に似ているが、違う。


 一番、来て欲しくない相手が、一番、来て欲しくない場にやって来た。


 真十二柱 序列六位にして、善意と言う名の狂気を振りまく怪僧。


『慈哀坊』



前回より、一年を超えての更新です。正直、この作品を畳もうかと何度も思いましたが、どうにかこうにか、更新しました。


次回は、ハルカ対慈哀坊。勝ち目の無い戦いの上、足手まといの人間多数。


それでは、また次回。

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