第150話 渦巻く策謀、暗躍する者達
前回より、少し時間を遡る。ナナさんの屋敷では……。
「さて、ハルカ達は上手くやっているのかね?」
遂に始まった、婚約発表会。ハルカはミルフィーユお付きのメイドとして出席。一方、私は留守番さ。招かれていないからね。まぁ、仕方ないっちゃ、仕方ない。王族の婚約発表会なんて晴れの舞台に『魔女』がいては、えらい不祥事だからね。
「しかし、まぁ、人って奴はいつまで経っても変わらないねぇ」
今回の婚約発表会の裏で蠢く策謀。昔からよく有る話さ。特に今回は、この国の第二王子とやらが、次期国王の座欲しさに何やら企んでいるらしい。
「そうまでして国王になりたいかね? 私にゃ、理解しかねるよ」
国王になれば、好き勝手、やりたい放題出来ると思っているとしたら、そりゃ、よほどの天才か、でなけりゃ、どうしようもない馬鹿のどちらかさ。国王ってのはそんなに甘くない。
なろう系によく有る成り上がり物だけど、あんな物、私から言わせりゃ、笑い話にもなりゃしない。ただの絵空事さ。
私は長生きしてるんでね、これまで数多くの転生者、異界人を見てきた。その中には、成り上がりだの、改革だのと抜かす奴等もいたよ。
全員、破滅したけどね。
これまで何度も言ってきた事だけど、元の世界で何も成せなかった負け組のクズが『力』を得た所で何が出来るものか。所詮、負け組は負け組、クズはクズ。社会のゴミがいい気になるな。
この手のクズは総じて『力』を得た事に浮かれ、全能感に酔いしれる。そして、自分は絶対正しい。自分のやる事は必ず成功する。自分は称賛されて当然。こういう馬鹿な考えを持つ。要するにこいつら、成功前提で物事を考え、失敗を考慮していない。
成り上がりだの、改革だのと言う奴等は皆、それで破滅した。本当にろくでもない事ばかり、やらかした上でね。
土魔法で改革とか抜かしていた馬鹿は、私の『地脈が乱れて狂うから、やめろ』って忠告を無視して土魔法を使いまくって大規模開発を行った結果、案の定、地脈が狂って暴走。大規模な地殻変動からの、大噴火。辺り一帯が溶岩の海に沈んだよ。
害獣駆除屋の馬鹿は、やり過ぎて、土地神の眷属の鼠を殺して土地神の怒りを買い、その地域一帯、疫病を纏った殺人鼠の大群に襲われて、病気と鼠で壊滅さ。
後、クソ邪神から聞いた話だけど、植物魔法で改革とか抜かしていたクソ馬鹿転生者に至っては、生態系を無視して新種の植物を作りまくったは良いが、それが制御を離れて暴走。片っ端から、あらゆる生物、非生物を取り込み、凄まじい勢いで増殖。止めようにも、止まらない。
元々は、食料生産の為の作物だったそうで、繁殖力、適応力、生命力、全てに優れていたそうだが、制御を離れて暴走した結果、とんでもない化け物になっちまった。何せ、異常な生命力で、枯れない、枯らせない、枯れる前に増える。
何もかもを養分として成長し、こいつを作ったクソ馬鹿転生者も餌食になった。遂には、その星を丸ごと食い尽くし、宇宙にまで進出。最終的に真十二柱、出動案件となって、序列二位の魔道神クロユリに宇宙ごと消されたとさ。
ま、結局の所、世の中甘くないって事さ。有能、天才って呼ばれる奴等は、やっぱり出来が違う。……ハルカみたいにね。
さて、そのハルカだけど、今回の件で何を思うかね?
「あの子は、人の悪意やら、欲望やらといった、人の『闇』にあまり触れてこなかったみたいだからね。まぁ、それだけ周りから愛され、平和に過ごしてきたって事だし、それが悪いとは言わないけどさ。こういう場合には裏目に出るね」
貴族であるミルフィーユと違い、ハルカは一般家庭の出だ。本来なら、こういう『闇』とは関わらない人生を送るはずだった。
「まぁ、気の毒だとは思うし、同情もするけど、仕方ないね」
魔女である私の弟子になった以上、嫌でも『裏』とは関わる事になる。今回の件など、まだまだ甘い。とはいえ、あの子にとっては『良い経験』になるだろう。はっきり言って、この程度で折れる奴など、私の弟子たる資格は無い。
「少なくとも、この程度、軽く乗り越えてくれなけりゃ困る。でなけりゃ、今後やっていけないし、そんな奴は早々にこの世から退場さ」
もっとも、ハルカは見た目によらず、中々どうして、精神的に強い子だ。順応力も高い。だからこそ、突如、異世界に飛ばされながらも、今日まで生き延びてきた。
「さてさて、今回の件、どうなるだろうね? 私としては、この国がどうなろうが、誰が次期国王になろうが、どうでも良いけどね」
これは私の偽らざる本音。私からすれば、今回の件なんぞ、微塵の興味も無い。ハルカが関わってなけりゃ、無視していた。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「…………人が真面目に考え事をしている時に、邪魔するんじゃないよ! このデブ!」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「…………ある意味、無敵だね、こういう奴は」
人が考え事をしている所へやってきて、訳の分からない歌と踊りをおっ始める、頭がボケたデブの三毛猫、バコ様。怒鳴りつけても、全く効果無し。訳の分からない歌と踊りを繰り返すばかり。
こうなりたいとは全く思わないけど、毎日が楽しそうではある。困った奴ではあるけど、少なくとも、百害あって一利なしの、なろう系のクズ共より遥かにマシ。と、そこへ……。
ハルカから連絡が有った。第二王子のグリフィニアスとやらの目的は、邪魔者である第三王子のデブ殿下を蹴落とす事だと考えていたが、どうも違う可能性が出てきた。
何か、ろくでもない事を企んでいる気がする。杞憂なら良いけれど、もしもの事態を阻止すべく力を貸して欲しいと。
「ふむ。確かにハルカの言う通りだね。仮にデブ殿下を潰せたとしても、まだ第一王子のフェネクリウスがいる。これがまた、中々の曲者らしいし、デブ殿下が潰されたとなれば、黙ってやられはしないだろう」
つまりだ。第二王子のグリフィニアスとしては、邪魔者二人を纏めて消したい訳だ。しかし、そんな事をすれば周囲の反発は必至。なら、どうするか? 色々有るけど、一番てっとり早いのが、力による恐怖支配。
「と言っても、グリフィニアスに恐怖支配が出来る程の力が有る訳ない。有るなら、とっくにやっている。って事は、何か『当て』が有る、と」
よく有るのは、何か強力な武器、兵器、魔道具を手に入れたって所だね。特に遥か古代の遺物。色々とヤバいのが有るからね。以前の蒼辰国での一件の『巨人』を思い出すよ。
「あれはヤバかったね。古代の超兵器恐るべし。そりゃ、天下統一も出来るってもんだよ」
かつて戦乱の世であった蒼辰国を統一し、朝廷を立ち上げた『帝』が使役し、その後、朝廷が滅びて、再び戦乱の世になった際、とある若者が見付け、再度、天下統一を果たした際にも猛威を振るった『巨人』。その正体は、異世界より持ち込まれた巨大人型兵器だった。もし、グリフィニアスがそういう物を手に入れていたなら、今回の件も頷ける。
「でもねぇ……。どうにも腑に落ちないね」
私からすれば、どうにも引っ掛かる。私はかつて、クソ邪神にまんまとハルカを拉致されるという、大失態を犯してしまった。(第29話参照)
その大失態を反省し、王都中に以前から張り巡らせていた探知網をより強化した。なろう系のクズを始め、厄介な存在の存在の出入りを徹底的に監視している。
だが、ハルカ拉致事件以降、反応無しだ。もし、『巨人』クラスのヤバいのが来たなら、反応するはず。
私の術は正常に機能している。『皮被り』程度の雑魚なら無視するが、国家を引っくり返せる程の大物を私は見落としはしない。ならば、可能性としては、グリフィニアスや、その配下に私の探知網を潜り抜ける程の実力が有る場合。だけど、それなら先に言った様に、とっくに実力行使に出ているだろうさ。
後、最悪の可能性として、灰崎 恭也が裏で糸を引いている場合。事実、蒼辰国での一件は奴の仕組んだ事だった。奴なら、私の探知網を潜り抜けるぐらい楽勝だ。
「濡れ衣を着せられるのは、困るなぁ」
突如、背後から聞こえてきた幼女の声に、反射的にナイフを構え、振り返る。そこには見知らぬ幼女がいた。3〜4歳ぐらいか。しかし、その嫌らしいニヤニヤ笑いは間違っても、その歳のガキが浮かべる物じゃない。
何より、この私の屋敷に無断で侵入し、しかも私に気付かれる事なく、私の背後を取るなど、普通のガキの訳がない。そして、さっきの言葉。こいつ、まさか!?
「やぁ、始めまして。灰崎 恭也だよ」
ラスボスが来やがったよ……。
「何しに来たんだよ?」
「率直だね。まぁ、言うなれば、単なる冷やかし」
とりあえず、応接間に通し、茶を出してやった。怒らせると何をするか分からない奴だからね。普通なら、即座に殺している所だけど、こいつはそんなに甘くない。なろう系のクズとは違う。
後、ボケ猫と、ハルカの使い魔の白ツチノコ、ダシマキは別の部屋へと移した。ボケ猫はともかく、ダシマキは牙を剝いて威嚇しまくっていたからね。灰崎 恭也のヤバさが分かるらしい。賢い奴だ。ちなみにボケ猫は変な歌と踊りを繰り返していた。……どうしようもない奴だ。
「僕を殺そうとはしないんだね?」
「フン! 私は無駄が嫌いでね。真十二柱でも殺せない奴を殺せるとは思わないさ」
自分を殺そうとしないのか? と問う魔人に対し、私は正直な感想を返す。別に私が弱いとは思わない。まがりなりにも、私とて、生きながらにして伝説と成りし魔女。基本的に敵なしではある。
しかし、最強ではない。無敵でもない。流石に、全ての神魔の頂点にして、多元宇宙の抑止力たる真十二柱には、かなわない。
そして、その真十二柱をして殺せない魔人。それが灰崎 恭也だ。悔しいが、私がどう足掻いた所で、殺せない。下手すりゃ、傷一つ付けられないだろうね。仮に、百歩譲って殺せたとしても、それはあくまで、今、使っている『器』を破壊したに過ぎない。
灰崎 恭也は徹底的に自らの存在を隠す。今、私の目の前にいる幼女とて、どこかに潜んでいる灰崎 恭也本体が遠隔操作している『人形』に過ぎない。仮に殺しても、奴からすれば、『人形』を一つ壊されただけで、痛くも痒くもない。別の『人形』を出すなり、また、新しく女を『人形』にするだけさ。まぁ、そんな事よりも、本題だ。
「あんたの事だから、こちらの事など、全てお見通しなんだろうね。だから、率直に聞くよ。今回の件、あんたの差し金じゃないんだね?」
「そうだよ。さっきも言っただろう? 濡れ衣を着せられるのは困るって。『皮被り』とグリフィニアスだっけ? あんな、つまらない小物連中、わざわざ相手にしてやる程、僕は甘くない。ま、見ている分には面白いけどね。特にグリフィニアス。策士気取りが真の策士の手の上で間抜けに踊っている様は、実に滑稽だよ。貴女もそう思わないかい?」
「……それに関しては同感だね」
予想はしていたけど、やっぱり、黒幕がいたか。そしてグリフィニアスは自らの策が上手くいくと考えているが、実際は、全ては黒幕の手の上か。……馬鹿な奴だ。ろくでもない最期が確定したよ。
「で、あんたは誰が黒幕か、そして、その目的についても掴んでいるみたいだね」
「当然。全て知っているよ。諜報こそ、最強の矛にして盾。その辺は一切、抜かりは無いよ。何せ、僕は弱いからね~」
「弱い、ね。私から言わせりゃ、今まで戦ってきたどんな神魔、怪物より、あんたが怖いよ。なろう系のクズなんか、いくら束になっても、あんたの敵じゃないさ」
「これはこれは、身に余る光栄だね。生きながらにして伝説となった大魔女に認めて頂けるとはね。ま、事実、あのクズ共は最高のカモだけど」
「何かと言えば、女を侍らせてハーレム、ハーレムと抜かしてる馬鹿共だからね。あんたからすりゃ、そりゃ最高のカモだわ。わざわざ、あんたに女を差し出しているのと同じ。馬鹿があんたの『人形』になったハーレムの女達にぶち殺されるのを、あんたは高みの見物しながら嘲笑っている訳だ。さぞかし愉快だろうね」
「うん。最高に愉快な娯楽だよ。調子に乗った無能の無様な最期程、笑える物は無い」
その辺に関しては、全く同感。調子に乗った無能の最期は、いつも無様。実に見苦しく、そして笑える。下手なコントより面白い。しかし、無駄話ばかりもしていられない。
「中々、話が合うけど、無駄話はこの辺にしよう。改めて確認するけど、今回の件、あんたは黒幕の正体、目的を知っている訳だ」
「その通り。既に裏も取れているよ」
「恐れ入るよ。じゃあ、私の推理を聞いてくれるかい? 今回の件の黒幕。そいつは恐らく……」
さて、私なりの推理だ。今回の件の黒幕。そいつは以前から国内にいる。最近、現れた奴じゃない。東の『帝国』、南の『連合』かと思ったが、少なくとも、この数ヶ月、国外からの動きは無かった。有れば私の探知網に掛かる。
そして、そいつは相当、地位が高く、権力、財力が有る。何より、頭が切れる。何せ、王族であるグリフィニアスをまんまと乗せるぐらいだしね。それだけの策を実行出来る奴となれば限られてくる。
更に言うと、そいつは今回の件を利用して、グリフィニアスを消すつもりだろう。よっぽど邪魔に思っているんだろうね。
しかし、やる事がえげつないね。グリフィニアスは、全て自分の計画通りと思っているが、実際は、全て黒幕の書いたシナリオ。グリフィニアスを得意の絶頂から、破滅の奈落へ叩き落とす気満々だよ、今回の黒幕は。
勿論、それだけでなく、他にも利益を得るつもりだろうね。グリフィニアスを消しておしまい、じゃないだろうさ。
と、なると、黒幕はかなり絞り込まれてくる。と言うか、一人、条件に見事に該当する奴がいるね。そいつは……。
「御名答、その通りだよ。そいつの目的は今回の件を利用して、少なくとも、一石二鳥どころか、三鳥を成す事さ。いやはや、怖いね〜。そこまでするかな~」
私の告げた黒幕の名。それを灰崎 恭也は肯定した。正解だったらしい。そして黒幕の目的は、一石三鳥を成す事だと。確かにそうだね。一つは色々な意味で邪魔なグリフィニアスを消す事。残り二つだが……まぁ、少なくとも、私とハルカにはどうでも良い事だ。
「さて、そろそろ帰るとするよ」
話は終わったとばかりに、席を立つ灰崎 恭也。
「さっさと帰れ。後、二度と来るな。更に言えば、他人の家に来るなら、手土産ぐらい持って来い」
「情報提供したじゃないか。それが手土産だよ」
「……チッ!」
つくづく食えない奴だ。と、そこへやってきたのがボケ猫。どうやったのか、部屋を抜け出してきたらしい。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ ヘーヘーブーブー、へーブーブー♪ ヘーヘーブーブー、へーブーブー♪」
また、訳の分からない歌と踊りを始めやがった。空気の読めない奴だよ。まぁ、頭がボケた猫に空気を読めなんて、無理か。
「……それじゃ、失礼するよ。ハルカ・アマノガワによろしくね。彼女には期待しているんでね。『将来の器』として」
「さっさと帰れぇっ!!」
帰り際に、わざわざ不愉快な事を言う灰崎 恭也。私が怒りに任せて怒鳴りつけた途端に、消えやがった。微塵の気配も残さない辺りは流石。
「あいつ、スパイか暗殺者にでもなりゃ良かったのに。ま、あいつ弱いから無理か。ほら、ボケ猫、いつまでも踊ってるんじゃないよ」
後、ハルカにも連絡しておかないといけないね。ぶっちゃけ、今回のグリフィニアスの件は、黒幕の仕組んだ茶番劇。しかし……。何か、嫌な予感がする。何か、大きな厄介事が舞い込みそうな気が……。
「死ぬんじゃないよ、ハルカ」
私もいつでも出られる準備をしておくか。
灰崎 恭也side
とある場所。灰崎 恭也の拠点の一つ。そこでは……。
「…………危なかった。…………全く、とんでもない化け物だよ、あれは。よく、あんなのといられるね」
「本当に危なかったね~。いや〜、旦那の『人形』がここまで徹底的に破壊されたなんて、初めてじゃない? 以前、魔道神クロユリと出くわした時でさえ、ここまでやられなかったし」
「そうだね。全くもって、やられたよ。僕の読みが甘かった。あれは正に『無敵』の名を冠するに相応しい存在だよ」
「向こうには、旦那が来た目的はバレてないの?」
「それは大丈夫だと思う。まぁ、何らかの裏が有るとは思われているだろうけど、流石に、僕が来た目的までは分からないさ」
「確かに。普通は分からないよね。わざわざ、あんな役立たずの穀潰しと思われている奴を見に来たなんてさ」
「無知とは恐ろしいね。あぁ、恐ろしい。僕は弱いからね~」
「相変わらず、嫌味な性格だね、旦那は」
「僕は事実を言っているだけさ」
軽口を叩いているものの、心底、肝が冷えたよ。あそこまで命の危機に追い詰められたのは、一体、いつ以来か?
事の起こりはこうだ。僕は、とある一件にて気になる事が有り(第127話参照)、それ以来、調査を続けてきた。そして準備も整ったので、今回、『人形』を派遣し、その件について確かめる事にした。
さて、今回の接触の為に使った『人形』は、素体からして吟味した、僕のお気に入りにして、傑作の一体。元は某王家の姫君であり、僅か3歳にして、既に天才魔道師の名を欲しいままにしていた逸材だ。『人形化』するのにも随分、骨が折れた。
その分、『人形化』してからは、実に便利で重宝していたんだけどね……。それが、完全に破壊された。単なる破壊じゃない。存在そのものを完全に崩壊させられた。本当に恐ろしい。見る見る間に、全身が崩れ落ち、溶けて無くなってしまった。ちょっとやそっとの攻撃など通さない高い抵抗力を持っていたのに、だ。
ナナの前から去るのが後、一瞬でも遅かったなら、その醜態を晒す羽目になっていただろう。そして何より恐ろしいのが、『人形』を通じて、本体である僕にまで崩壊が伝播してきた事だ。慌てて、『人形』とのリンクを切り、更に新しい『器』へと移り、難を逃れた。もしもの事態に備えて、新しい『器』を用意しておいて良かった。
「危険を冒したけれど、確かめた甲斐が有ったよ。今回の件ではっきり分かった。僕にとって、あれは最大の障害となる存在だ」
「そりゃ、そうだけど……。実際、どうすんの、あいつ。『無敵』だよ?』
「…………まぁ、考えてみるよ」
相手は文字通り『無敵』の存在。戦って勝つのは無理。どうにか、対決を回避する方向で行くしかない。あれに戦いを仕掛けるなんて、それこそ、なろう系の馬鹿ぐらいさ。
「ところで、ハルカ・アマノガワ達の方はどうなっているのかな?」
少々、気になったので、そちらを見てみる。さてさて、どうなっているかな……って、ん? あいつは! これは不味いぞ! ハルカ・アマノガワが危ない!
ハルカside
ナナさんからの返事が来た。それによると、今回のグリフィニアス殿下の件は、黒幕の仕組んだ茶番劇だと。
少なくとも、ここ数ヶ月、国内に国家を転覆させる程の危険物の類は持ち込まれていない。東の『帝国』、南の『連合』も特に動きは無い。
黒幕の目的は今回の件を利用し、グリフィニアス殿下を消すつもりだろうと。要は、泳がせて、最後に纏めて始末する気だと。
「全てはグリフィニアス殿下を消す為に仕組まれた茶番、か」
ナナさんは黒幕が誰か、については教えてくれなかった。それぐらい自分で考えろと。ただ、今回に関して言えば、黒幕はこちらの敵ではないらしい。今回に関してはだけど。
とりあえず、ミルフィーユさんと、レオンハルト殿下に伝えないと。例え、黒幕が仕組んだ茶番劇でも、事を荒立てる訳にはいかない。黒幕が敵ではなくても、味方でもないのだから。それに、ナナさんが最後に伝えてくれた事。
『嫌な予感がする』
……ナナさんの嫌な予感は当たるんだ。何か、想定外の出来事が起きるかもしれない。これは油断出来ない。気を引き締めないと。
さて、その後も婚約発表会は続く。日は傾き、夕方となり、夜が近付いてきた。いよいよ終盤。夕食の宴。そして今回のクライマックス。結婚式の際に着用する、結婚衣装のお披露目が行われる。
「兄上が事を起こすとするなら、間違いなく、結婚衣装のお披露目であろうな。何せ、今回のクライマックス。一番注目を浴びる状況じゃからのう。自分の『力』を見せ付けるには、正にうってつけじゃ」
「グリフィニアス殿下の目的は、次期国王の座どころか、世界に宣戦布告する事かもしれませんわね」
「それだけの自信が有るという事でしょうか。しかし、それが『不発』で終わったなら……」
「単なる赤っ恥どころでは済まぬな。下手をすれば、その事を口実に、他国から付け込まれかねん。それが国家、そして政治という物じゃ」
「その辺りを黒幕がどう考えているのかが、読めませんわね。グリフィニアス殿下の排除が目的としても、他国から付け込まれる隙を作っては、本末転倒ですわ」
「そうなんですよね。理想を言えば、婚約発表会を荒立てず、穏便にグリフィニアス殿下を退場させる事なんですが……。そんなに都合良く、行くかどうか」
お色直しの時間を利用して、3人で話し合う。しかし、妙案は出ず。
「黒幕が誰なのか? グリフィニアス殿下の排除が目的として、その理由は? 何より、今回は敵ではないにしても、味方でもない。不気味です」
「ハルカよ。こうなっては、成るようにしか成らん。もしもの際は頼む。そなたの好きにやれ。全ての責任は余が取る」
「そんな! 殿下、その様な事をなされては、それこそ、グリフィニアス殿下を始めとする者達の思うつぼですわ!」
「確かにそうであろうな。しかし、この国が。ひいては、世界が潰れるのと比べれば、遥かにマシじゃ。どのみち今回の件、誰かが犠牲にならねば、収まるまい。ハルカ、これを渡しておこう。余の直筆の委任状じゃ。これさえ有れば、最悪、王族を討っても罪には問われん。ま、余の首は飛ぶじゃろうがな。物理的に」
「そんな……恐れ多い事です。そのような物、受け取れません!」
「ハルカ! 繰り返すが、此度の件、もはや、誰かが犠牲とならねば収まらぬ。余の首一つで収まるなら、安い物じゃ。上に立つという事は、同時に責任も取らねばならぬ。それが王族たる者の務め。仮に余が死んだとて、国は滅びぬ」
「………………分かりました。拝命、しかと承りました。微力を尽くす次第です」
今回の件、出来る事なら、穏便に済ませたかったが、もはや、事態はそんな悠長な事を言ってはいられない状況になりつつあった。最悪、レオンハルト殿下が全責任を取るとの事で、僕は殿下直筆の委任状を託された。
これさえ有れば、今回限定ではあるが、殺人すら許される、正に殺しのライセンス。ただし、その代償はレオンハルト殿下の首。殿下はそれ程の覚悟を決めておられた。
そして、遂にその時はやってきた。婚約発表会のクライマックス。結婚衣装のお披露目が。
「ハルカ。よろしくお願いしますわね。それと……もしもの際は、私の事は気にせず、貴女の最善と思う判断、行動をしなさい。大丈夫、私とて、素人ではありません。自衛ぐらいは出来ますわ」
控室にて、結婚衣装の純白のドレスに身を包んだミルフィーユさんと、最後の打ち合わせ。今回のクライマックスである、結婚衣装のお披露目。本来なら、晴れの舞台のはずが、一番の正念場となってしまった。
「……なぜ、こんな事になってしまったんでしょうね?」
思わず、口にした言葉。
「仕方ありませんわ。それが人間という存在。さ、行きますわよ。付き添い、よろしくお願いしますわね」
「はい。行きましょう」
こうなったら、僕も覚悟を決めるしかない。ミルフィーユさんのお付きとして、共に、会場へと向かう。懐にレオンハルト殿下直筆の委任状を忍ばせて。
???side
シャリン♪ シャリン♪
「あぁ、なんと悲しい事だ。欲望と争いの気配がする。そして、過ぎたる力を得た哀れな娘の気配も。一切衆生是救済、一切衆生是救済、愚僧が救済して進ぜよう」
シャリン♪ シャリン♪
毎度の事ながら、長らくお待たせしました。
様々な策謀が渦巻き、暗躍する者達が跋扈する婚約発表会。ナナさんがハルカを心配する中、突然、現れた灰崎 恭也。その口から語られたのは、今回の件の黒幕の存在と、全ては黒幕が仕組んだ茶番劇という事。
その一方で、灰崎 恭也に死の恐怖を与えた何者かの存在も。作中でも語りましたが、灰崎 恭也は神魔の頂点にして、多元宇宙の抑止力である、真十二柱でさえ殺せず、ナナさんも、私では傷一つ付けられないという程、しぶとい魔人。そんな灰崎 恭也を後一歩の所まで追い詰めた存在。それは誰か?
そして、灰崎 恭也がその存在に気付き、ハルカが危ないと言った何者か。一切衆生是救済を掲げ、ハルカに迫る。
黒幕の目的は? ハルカに迫る危機。そして婚約発表会の行方は?
次回、婚約発表会編、完結。