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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第149話 一難去ってまた一難

 遂に、この時が来た。これまでの戦いとはまた違う緊張感に、身が引き締まる思いだ。これもまた、一つの戦い。ただし、武力による物ではない。様々な思惑が渦巻く、政治的な戦い。そして、その主役は僕じゃない。僕はあくまで脇役に過ぎない。


「皆様、長らくお待たせしました。これより、当王国、第三王子。レオンハルト・レオニス・アルトバイン殿下と、スイーツブルグ侯爵家、三女。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ様との婚約発表会を開催致します」


 そう、遂に始まった。レオンハルト殿下とミルフィーユさんとの、婚約発表会。まずは司会の人による開催宣言。


「ハルカ、そろそろ行きますわよ」


「はい」


 開催宣言の後は、レオンハルト殿下、ミルフィーユさんの両名による挨拶。まずは今回、集まった、周辺諸国からの来賓達に対する軽いジャブ。


 今回の件、言ってしまえば王家の血筋の強化、これに尽きる。その優秀さは国内外にも響き渡る、名門スイーツブルグ侯爵家。その血を入れる事が出来るのだ。間違いなく、王家の血筋の強化に繋がるだろう。それだけでなく、スイーツブルグ侯爵家とも、より緊密な関係を築けるだろう。それはこの国にとっても、スイーツブルグ侯爵家にとっても、大きな利点となる。


 しかし、それを良く思わない連中は国内外問わず、いる訳で……。






 時間を少し遡り、控室にて。


 この婚約発表会、裏では様々な勢力による暗躍が繰り広げられている。はっきり言って、その全てに対処する事は僕には出来ない。だから、出来る人に丸投げした。無責任と言うなかれ。無理な事は無理。出来ない事に無理に手を出した挙げ句、失敗したでは困る。


 ちなみに丸投げした相手は、スイーツブルグ侯爵家執事のエスプレッソさん。相談した所、あっさり引き受けてくれた。元々、そのつもりだったそうだ。その際に言われた言葉。


「さすがはハルカ嬢。出来る事、出来ない事の見極め及び、出来る相手を選び、任せる判断は見事。この不肖エスプレッソ、必ずやご期待に沿ってみせましょう」


「ありがとうございます、助かります」


「ただし、全てを抑える訳ではありません。グリフィニアス殿下の件。そして『皮被り』の件。この2件に関しては、ハルカ嬢とミルフィーユお嬢様に一任します。たかが、この程度の問題ぐらいどうにか出来ない様では、これから先の国難を乗り越える事など到底、無理ですからな」


「肝に命じます」


 暗躍する各勢力への対処は引き受けてもらえたものの、代わりに、『皮被り』、グリフィニアス殿下に関しては、こちらで対処しろと。


 そして、ミルフィーユさんと打ち合わせ。


「正直、『皮被り』はさほどの脅威ではありませんわね。こちらが何も知らないならばともかく、既に情報が有りますもの」


「そうですね、正体も目的もバレていますし。ならば、対策も容易い事」


 最も恐ろしい事。それは『知らない』及び、『分からない』という事。分からなくては、対処出来ない。ましてや、知らないとなれば、最悪、一方的にやられる。いわゆる『初見殺し』。


 でも逆に言えば、知っているなら、分かっているなら、対処法は有る。


「ハルカ。『皮被り』に関しては私が引き受けます。奴の標的が私と分かっている以上、私が対処するのが最善。下手に騒いで事を大きくしては、却って逆効果ですわ」


「分かりました。では、その件に関しては、お任せします。でも、油断しないでください。奴は既に30人以上、殺しています。殺しに全く迷いや躊躇いの無い、危険な奴ですから」


「えぇ。気を付けますわ。油断して足元を掬われては、たまりませんもの」


『皮被り』に関しては、ミルフィーユさんが引き受ける事に。


「しかし、厄介なのはグリフィニアス殿下ですわね。相手が王族なだけに、下手を打てば、こちらが潰されますわ」


「王族に対し危害を加えたら、基本的に『大逆罪』で問答無用で死刑ですからね」


「それも、その場で即刻、処断。……ハルカ、貴女があっさり処刑されるとは思っていませんが、もし、仮にそうなったら、大惨事になりますわね」


「そうですね。僕としても殺される気は有りませんが、もし、そうなったら、ナナさんがキレて大暴れしますよ。あの人なら、やります。絶対に」


「でしょうね。あの方ならば、やりますわね。そして、少なくとも、王都は壊滅ですわね。確実に」


「ある意味、一番厄介な人かもしれません」


 二人して、ため息をつく。所詮、小物な『皮被り』と違い、れっきとした王族であるグリフィニアス殿下。下手に手出しをしたら、こちらが犯罪者になってしまう。


 それだけでも不味いが、それ以上に不味いのが、その事でナナさんの怒りを買う事。ナナさん、別にこの国に対して愛着など無い。怒らせたら、この国を消し飛ばすぐらいは平気でやる。


「…………一番、気を付けないといけないのが味方って、何なんでしょうね?」


「ハルカ。それを言ったらおしまいですわ」


 世の中、ままならないと、僕はつくづく思う。







 そして、舞台は現在。


 ミルフィーユside


 ふぅ、とりあえず、挨拶は無事に済みましたわね。最悪、開始早々に仕掛けてくる可能性も有りましたし。さて、次は、各種出し物の披露を兼ねた会食……という名の、腹の探り合いですわね。


 会場のあちこちで歓談を交わす、出席者達。一見、和やかな光景に見えますが、その実、虚々実々の心理戦が繰り広げられています。如何に、相手の情報を引き出すか。如何にこちらの情報を隠すか。ハルカの世界では『狐と狸の化かし合い』と言うそうですわね。まぁ、私としては日常茶飯事ですが。それが貴族というものであり、最低限の嗜み。


 ともあれ、今後について考えないと。少なくとも、現時点、この場において、『皮被り』が仕掛けてくる事は無いでしょうね。あまりに人目が多過ぎますもの。仕掛けてくるなら、間違いなく、私が一人になる瞬間。それも、動きが制限され、なお且つ、助けが来にくい、呼びにくい。何より、()()()()()()()()()()。私ならそうしますわね。


 となると、仕掛けてくる場所は絞り込めてきます。十中八九、()()()でしょう。私を狙うに辺り最適な上、スライムである『皮被り』にも都合の良い場所。スライムは乾燥が大敵ですものね。






 さて、問題はグリフィニアス殿下ですわね。次期国王の座を掴む上で障害となる、レオンハルト殿下の失脚、もしくは抹殺を企んでいるのは間違いないでしょうが、その為に何を仕掛けてくるか読めないのが問題ですわね。


 比較的、穏便な方向で予想すると、この婚約発表会で不祥事を起こし、その責任を取らせるといった所でしょうか? しかし、グリフィニアス殿下は、以前から、他の王子二人を目の敵にしていた事は明白。そんな穏便に事を済ませそうにはありません。ここぞとばかりに、徹底的に潰しに来ると見るべき。何か、とんでもない事をやらかさなければ良いのですが……。


『料理、飲み物共に、薬物、毒物の反応は有りません。……何も起こらなければ、それが一番なんですが』


 私の付き添いであるハルカが、小声でそっと耳打ち。


『分かりましたわ。引き続き、警戒をお願いしますわ』


『了解』


 同じく小声で言葉を交わします。……料理や飲み物への薬物、毒物の混入は現状では無し、と。悪い知らせではありません。むしろ結構な事ですが。それから小一時間程、経過。何事も無く、宴は進行していきました。


「ハルカ。少しばかり、席を外しますわ。少々、お花を詰みに」


「分かりました」


 ハルカをお供に、お手洗いへ。その道すがら、これからの打ち合わせ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『ハルカ。恐らく、仕掛けてきますわ。全ては手筈通りに』


『はい。ですが、くれぐれも気を付けて。逃がすと厄介です』


 小声で会話を交わしながら、お手洗いヘ向かう。


 ……『皮被り』。目先の欲を満たす事が全ての小物ではありますが、その一方で、決して油断ならない相手でもあります。


 ハルカからの情報によれば、既に30人以上殺害し、その度に新しい皮を被り、成りすましてきたとの事。その事から察するに、自分の存在を隠す隠蔽能力。獲物に悲鳴を上げたり、抵抗させる間を与えず、速やかに仕留める技量。そして、皮を被った相手に成りすますだけの演技力を兼ね備えているのは明らか。


 もっとも、遅かれ早かれ、いずれは討伐されたでしょう。邪神ツクヨがナナ様の元に持ち込んだ、『皮被り』の遺留品である人間の皮。それを調べた結果、大部分が貴族や豪商の娘の物である事が判明。そんじょそこらの庶民ならともかく、そういった上流階級の人間に手を出して、ただで済む訳が有りません。当然、報復に出ます。


 しかし、それは上手くいきませんでした。何故なら、彼らは自分の面子に拘り、情報の共有をせず、むしろ、事の隠蔽、ごまかしに終始したからです。


 ハルカはその事に対して怒っていましたが、ある意味、仕方ないと言えます。貴族を始めとする上流階級の者達は何より、面子を重んじます。


 自分の妻や、娘等がスライムに殺されて『皮』にされた上、その『皮』を被ったスライムに取って代わられていた、などと知られては、正に、末代の恥。家門の名折れ。何より、他家に付け込まれる弱みとなります。隙有らば、蹴落とし、潰しに掛かるのが、上流階級の常ですから。


 しかし、それぞれが事を秘密裏に済ませようと躍起になる余り、情報の共有が出来ず、却って状況が悪化。『皮被り』を利する結果となったのです。ちなみに私がこんな情報を知る理由。それはハルカから聞かされたからですが、そもそもは、ナナ様が『皮被り』の犠牲者の遺族達を集め、絞め上げたからだそうで。その際、こう仰ったとか。


『あんた達に選択肢をくれてやる。二択だ。素直に情報を吐くか? でなけりゃ、この場で死ぬか? どっちでも好きにしな』


 それでも分からない愚か者がいたそうですが、その場で叩きのめし、その上で、もう一度。


『私はバカが嫌いでね。次は無いよ』


 全員、洗いざらい情報を吐いたそうですわ。……ここまでされて分からなければ、問題外ですが。







 ハルカside


「ハルカ。ここで待っていなさい。何か有れば、即座に知らせてください」


「分かりました」


 お手洗いに到着。さすがに中にまで付き添う訳にもいかず、出入り口で待つ事に。……もちろん、ただ、待つだけなどしない。この絶好の機会を()が逃す訳が無い。必ず仕掛けてくる。そう考えていると、案の定だった。


『フェアリー1より報告。監視していた令嬢が会場を離れ、姿をくらませました。現在、フェアリー1が追尾中。変化が有り次第、報告します』


 僕の耳元で囁く、見えない何か。その正体は、ミルフィーユさんの姉にして、スイーツブルグ侯爵家、次女。エクレアさんの作った、小型蝶型諜報マシン、不視蝶インビジブル・バタフライ。(第82話を参照)


 シジミ蝶サイズと小さく、素早く、静かに飛び、何より、優れたステルス性を持ち、光学を始め、様々な探知を掻い潜る優秀な諜報マシンだ。予め知らなければ、それこそ、ナナさんクラスの実力者でない限り、まず、存在に気付けない。……敵に回したら、とても恐ろしいマシンだ。


 その不視蝶(インビジブル・バタフライをグリフィニアス殿下や『皮被り』対策として、会場に複数放っておいた。宴の食べ物や飲み物に薬物、毒物が混入していない事が確認出来たのも、そのおかげ。更に言うと、実のところ、僕達は『皮被り』が誰か、について、既に目星を付けていたりする。


『皮被り』は人間の皮を被って成りすましているだけに、見た目では分からない。変身術でもないから、解呪ディスペルも効かない。特に今回の奴は、正体を隠す能力を持っている様だ。だからといって、見破る方法が無い訳ではない。ある程度以上の実力者なら、正体を見破れる。ぶっちゃけ、ナナさんなら楽勝。もっとも、当のナナさんから、それぐらい自分でやれと言われたけど……。


 そんな訳で、調査を進めた結果、とある子爵家の令嬢が怪しいと睨んだ。しかし、それ以上の手出しをする訳にもいかず。


 この世界はれっきとした、現実世界。ご都合主義で塗り固めた創作世界じゃない。そもそも、スイーツブルグ侯爵家は名門貴族ではあるけれど、捜査権、逮捕権は無い。僕に至っては、あくまで一介のメイドに過ぎない。


 つまり、怪しいからといって、『そいつは『皮被り』だ!』等と言って、他家に強引に踏み込み、殺す訳にはいかない。ちゃんと法的な根拠と権限、手続きが必要。法が絶対とは言わないけど、基本的には守らねばならない。でなければ、無法の乱世になってしまう。……分かっているのに手出し出来ないのが、とても歯痒かった。


 仮に強引に踏み込み解決した所で、スイーツブルグ侯爵家の悪評に繋がる。『権力に物を言わせて、無法の行いをした』と。ましてや、万が一『皮被り』に逃げられたら、最悪だ。


 そこで、僕とミルフィーユさんで話し合った結果、今回の婚約発表会を利用して『皮被り』討伐をする事に。こちらから攻め込むのではなく、向こうから来させる。準備を整え、襲ってきた所を返り討ちにする。だけど、それは同時に、それまでに『皮被り』の犠牲者が出たとしても、見殺しにするという事でもある。


 …………世の中、そんなに都合良くは出来ていない。


 と、その時だった。


『フェアリー1より報告。監視対象が、女性用トイレにて『脱皮』。本体が姿を現し、天井の隙間から屋根裏へと移動。屋根裏を高速移動中』


 不視蝶インビジブル・バタフライより連絡。来たか。高速移動中という辺り、やはり、ただのスライムとは違う。僕はすぐさま、ミルフィーユさんへと連絡する。


『お客様がいらっしゃいました。すぐさま、お出迎えを』







 ミルフィーユside


『お客様がいらっしゃいました。すぐさま、お出迎えを』


 私のそば近くに控えている不視蝶(インビジブル・バタフライを通じて伝えられた、ハルカの言葉。これは事前に決めておいた合言葉。すなわち、『皮被り』が来たという事。


『了解』


 手短に返し、その時に備えます。とりあえずは手洗い場へと移動。お色直しをしましょうか。……その方が向こうも油断するでしょうし。


 さて、手洗い場の鏡の前にて、お色直し及び、身だしなみの確認。お手洗いに来たのは、『皮被り』をおびき出す意味も有りましたが、本来の用も有った訳で。……来ましたわね。


 天井の隅。私から見て死角になる位置。さて、どうする気でしょう? ……なるほど、そう来ましたか。私は起きていますものね。


 天井の隅から触手状にした本体を出し、無色無臭のガスを放出。側に控えている不視蝶(インビジブル・バタフライ)がいなければ、感知出来なかったでしょう。その成分は、即効性かつ、猛毒の神経ガス。何も知らずに吸い込めば、立ちどころに身体が麻痺し、声も出せずに死に至る、恐ろしい毒ガス。なかなか良く考えていますわね。しかし、その程度、既に予想済み。対策済みですわ。







 数日前、スイーツブルグ侯爵家


「『皮被り』ですが、やはり、何らかの方法で標的の動きを封じる手段を持っていると考えるべきでしょうね。必ずしも、標的が眠っていたりするとは限りませんし」


「同感ですわね。これまでの犠牲者全員が同じ状況で襲われたとは思えません。そもそもがスライムです、正面切ってのやり方より、搦め手を使うのが常套手段ですわ。伊達に『静寂の暗殺者』とは呼ばれていませんわ」


「とりあえず、ナナさんに頼んで、毒や麻痺除けのアミュレットを作ってもらいます。身に付けている事がバレない奴を」


「ありがとう、ハルカ。このお礼は後ほど必ず」


 そして、その日の内に、ナナ様特製のアミュレットが届きました。しかし、そのデザインときたら……。


「完全に嫌味ですわね」


 下着。それもブラジャーと言う形。確かに身に付けていてもそうそうバレませんが。しかし、私が胸のサイズが小さめな事を気にしている事を知っていて、これを送り付けてくる辺り、腹が立ちますわね。







 そして現在


(予め、毒、麻痺除けのアミュレットを身に付けていて正解でしたわね)


 内心でそう思いつつ、いかにも毒ガスでやられた風を装い、その場に倒れます。お手洗いという場所柄、良い気はしませんが、仕方ありません。全ては『皮被り』討伐の為。


 すると、私を仕留めたと思ったらしく、『皮被り』が天井の隅から降りて近付いてきました。文字通り、流れる様な素早い動き。やはり、ただのスライムとは違います。そして、身体を細く伸ばしてきました。耳か、鼻から頭の中に侵入するつもりでしょう。こういう他人の身体を乗っ取る系は、脳を真っ先に奪うのが基本ですから。しかし、そうはいきませんわ。


 倒れたふりをした際に、こっそり右手に潜ませた、小さな錠剤。それを、私を仕留めたと思い、完全に油断して近付いてきた『皮被り』に打ち込む。打ち込まれた錠剤はすぐさま『皮被り』の体内で溶け、その効果を発揮。苦しみ、のたうち回る『皮被り』。


「いかがかしら? 対スライム用凝固剤の味は? 貴方に殺された犠牲者達の無念を思い知りなさい!」


 ナナ様特製、対スライム用凝固剤。スライムの身体を構成する蛋白質と水分と反応し、素早く固めてしまう優れもの。何より恐ろしいのは、スライムに徹底的な苦痛を与えつつも、殺さない所。


 単なる魔物退治とは違い、今回の件は王宮内での出来事。その為、勝手に殺す訳にはいきません。よって、あくまで捕らえるのみ。まぁ、既に30人以上殺している凶悪犯。その上、今回は王族たるレオンハルト殿下もいらっしゃいます。王族特権による、即時処刑は免れないでしょう。さて、仕上げですわ。


 牛乳瓶の様な、ナナ様特製、封印瓶。それを凝固した『皮被り』に向けると即座に吸い込まれていきました。最後に蓋をし、封印して終わり。終わってしまえば、実にあっけない結末でした。しかし、それは私達が事前に『皮被り』に関する情報を知っていたからこそ。もし、知らなかったなら……。奴の能力は初見殺し。考えるだに、ゾッとします。改めて、情報の大切さを思い知らされましたわ。


「後で、邪神ツクヨに菓子折りの一つも贈らなくてはなりませんわね」


『皮被り』についての情報を知らせてくれた、邪神ツクヨに贈る礼の品について考えながら。でも、その前に、一旦、着替えないといけませんわね。もう一度、個室に入り、予め用意していた予備のドレスに着替える羽目に。







 ハルカside


「ハルカ、お待たせしましたわ」


 ミルフィーユさんがお手洗いから出てきた。念の為、探知をしたが、間違いなく本物だ。万が一の事が有ったら、どうしようかと思っていただけに、一安心。


「終わりましたか」


「えぇ。凝固剤で固めた上で、封印瓶に封じ込めましたわ」


 いつまでも今回の主賓であるミルフィーユさんが席を外す訳にもいかないので、速やかに会場に戻りつつ、言葉を交わす。


「……『皮被り』が退治されたのは良い事ですけど、もっと早く情報が入っていたなら、犠牲者を減らせたと思うと素直に喜べません」


「貴女らしいですわね、ハルカ」


『皮被り』が退治された。ミルフィーユさんも無事。それは良い事だと思う。しかし、犠牲者は帰ってこない。もっと早く情報を得ていたならと、思わずにはいられない。


「ですが、それは仕方のない事。過ぎた事はどうにもなりません。少なくとも、今後の犠牲者は出ませんわ。()()()()()()()()()()()()ですが。ハルカ、割り切りなさい。全てを守る、救うなど所詮、不可能なのですから」


 顔色一つ変えず、そう言い切るミルフィーユさん。


「……そうですね」


 人によっては、彼女を非情だの、人でなしだのと言うだろう。でも、僕はそうは思わない。ミルフィーユさんもまた、怒りや、罪悪感を噛み殺しているのが分かるから。それに何より、彼女の言葉は正論だ。全てを守る、救うなど所詮、不可能。絵空事に過ぎない。


「ところでハルカ。事後処理の方はどうなっています?」


「はい、とりあえず、『皮被り』の遺留品である『皮』は、レオンハルト殿下の配下の方に連絡、回収済みです。後、お気の毒ですが、娘さんが『皮被り』の犠牲となった子爵家の当主にも、殿下が話を付けて下さるそうです。……要は事件の揉み消しですよね」


「言葉は悪いですが、その通りですわね」


 ミルフィーユさんと、『皮被り』の件の事後処理について話し合う。実に後味の悪い気分だけど、仕方ない。割り切らないとはいけない。まだ終わった訳ではないのだから。


「まだ、本命が残っていますね」


「えぇ。『皮被り』の様な小物とは違う厄介な相手が」


 次期国王の座を狙う、この国の第二王子、グリフィニアス殿下が。しかし、一体、何をするつもりなんだろう? 仮に王位継承を巡る上での邪魔者である、第三王子、レオンハルト殿下を失脚、もしくは抹殺出来たとして、それで終わりじゃない。まだ第一王子、フェネクリウス殿下がいる。


 レオンハルト殿下が失脚したり、抹殺されたなら、当然、フェネクリウス殿下は、次は我が身と警戒するだろう。そうなると、グリフィニアス殿下としても都合が悪い。理想としては、邪魔者の二人まとめて、一気に潰す事なんだろうけど……。


「いまだに、グリフィニアス殿下が何も動きを見せないのが、とても不気味です。何らかの企みが有るのは間違いないはずなのに」


 僕は疑問に思っている事を、ミルフィーユさんにそっと話す。


「そうですわね。あまりにも静か過ぎます。仮にレオンハルト殿下を失脚させるなら、今回の婚約発表会を台無しにすれば、事足ります。しかし、何もしない。…………ハルカ。もしかしたら、私達はとんだ思い違いをしていたのかもしれません」


「どういう事ですか?」


 そんな僕の疑問に対し、ミルフィーユさんは思いがけない言葉を返す。とんだ思い違い? 僕の疑問をよそに、ミルフィーユさんは言葉を続ける。


「ハルカ。そもそも、グリフィニアス殿下はなぜ、レオンハルト殿下の失脚、もしくは、抹殺を狙っていると思いますか?」


 ミルフィーユさんは、グリフィニアス殿下がレオンハルト殿下の失脚、もしくは、抹殺を狙う理由を問う。それは次期国王の座が欲しいからで……。あっ! 僕は思い付いた事に思わず声を上げそうになり、慌てて噛み殺す。そうだ、僕達は思い違いをしていた。手段と目的。そこを間違っていたんだ。ミルフィーユさんも僕が間違いに気付いたと分かったらしい。


「気付いた様ですわね。そう、あくまで、グリフィニアス殿下の目的は次期国王の座に就く事。レオンハルト殿下の失脚、抹殺は、その為の手段に過ぎない。ハルカ、事態は私達の考えていた以上に深刻である可能性が出てきましたわ。あくまで、推測に過ぎませんが、グリフィニアス殿下は、何か強力な『切り札』を得たのかもしれません。それこそ、盤面を全て引っくり返せる様な『切り札』を」


 そう、グリフィニアス殿下の目的は、次期国王の座に就く事。レオンハルト殿下の排除は、その為の手段に過ぎない。


 だが、もし、次期国王の座を得る為の強力な『切り札』を得ていたなら?


 レオンハルト殿下だけでなく、フェネクリウス殿下、ひいては、この国の軍さえも、圧倒出来る『何か』を得ていたなら?


 もしそうなら、わざわざ婚約発表会を台無しにするなんて小細工は無用。それどころか、更なる暴挙に出る可能性さえ有る。最悪、世界を敵に回すかもしれない。レオンハルト殿下曰く、とにかく自意識過剰な方だそうだし。……本当に、なろう系転生者じゃないだろうな?


「ハルカ、現時点ではあくまで、推測に過ぎません。確たる証拠は無いのですから。しかし、ありえないと、否定も出来ません。至急、ナナ様に連絡を。もしもの事態に備えねばなりません」


「はい、直ちに」


 そろそろ会場が近い事も有り、話はここまでにし、ナナさんへと念話を送る。取り越し苦労なら、僕がナナさんに謝れば済む話だけど、もし、ミルフィーユさんの推測が正しかったなら、大変な事になる。


 そして何より、僕は()()()()()()()()()()()()。そう、東方の島国、蒼辰国での一件を。(第101話〜112話参照)


 どうにも嫌な予感がする。あの時の件と全く同じとまでは言わないけど、似たような感じがする。野心や復讐心に囚われた奴がやらかす時の。


 果たして、この婚約発表会、無事に済むのだろうか? 少なくとも、犠牲者が出る事だけは阻止しなくては。


 そして、婚約発表会は終盤。夕食の宴へと入る。すぐそこに、危機が迫っている可能性を皆は知らないまま。



長らくお待たせしました。


やっと書けました。話が思い付かない、やる気が出ない、で全く書けませんでした。


さて、婚約発表会における、敵勢力二つの内、『皮被り』はあっさり撃破。あっけないと思われるでしょうが、そもそも、正体や目的がバレている時点で詰み。ハルカ達の敵ではありません。しかし、逆にバレていなかったなら、恐ろしい敵だったでしょう。情報は大切。


そして、その一方で、次期国王の座を狙っているはずなのに、なぜか動きを見せない、グリフィニアス殿下。不気味に思うハルカでしたが、ミルフィーユの指摘で、自分達の読み違いに気付く。


ハルカ達にしては、らしくないと思われるかもしれませんが、グリフィニアス殿下が、王位継承の邪魔者である、第一王子、第三王子を目の敵にしていると知っているせいで、その目的が邪魔者である第三王子、レオンハルト殿下の排除だと思ってしまったのです。


しかし、グリフィニアス殿下の目的はあくまで次期国王の座を得る事。邪魔者の排除はその為の手段に過ぎない。正にハルカ達はグリフィニアス殿下の目的と手段を読み違えていたのです。これもまた、情報の怖さ。


さて、グリフィニアス殿下は何を企んでいるのか? 単に次期国王の座を狙うだけでは収まらない可能性さえ出てきた状況。


では、また次回。



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