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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第148話 婚約発表会直前の舞台裏

「ついに、この日が来ましたね」


「そうですわね。ハルカ、本日はよろしくお願いしますわ」


「はい。微力ながら、本日の婚約発表会の無事成功に向けて、精一杯尽くす所存です」


「ありがとう。頼りにしていますわ」


 ここはスイーツブルグ侯爵邸。ミルフィーユさんの私室。ついに迎えた、婚約発表会当日、早朝。前日から泊り掛けで滞在しており、僕とミルフィーユさんは最後の打ち合わせをしていた。これまで何度も打ち合わせや予行演習をしてきたけど、やはり緊張する。


「ハルカ、緊張する気持ちは分かりますが、今回は、あくまで婚約発表会。この程度でまいっていたら、次に行われる結婚式など、到底、務まりませんわよ?」


「……おっしゃる通りで。まだまだ僕もメイドとして未熟ですね」


 そう、今回はあくまで、婚約発表会。ぶっちゃけ、結婚式に向けての前振りに過ぎない。本番である結婚式は更に盛大なものとなる。王族の結婚式ともなれば、数日間に渡るそうだ。確かに、この程度でまいっていては、務まらない。


 その後も諸々の準備を進めていく。忘れ物は無いか、服装に乱れは無いか、何か見落としは無いか、一つ一つ、念入りに確認。正式な婚姻ではなく、あくまで婚約発表会とはいえ、この国の第三王子であるレオンハルト殿下と、国内で五指に入る大貴族、スイーツブルグ侯爵家の三女であるミルフィーユさんの婚約発表会。そんじょそこらの婚約発表会とは格が違う。国内外に国の威信を見せる、大事な場でもある。無様は晒せない。だからこそ、僕もミルフィーユさんも、念には念を入れて確認をする。


 そんな中、ミルフィーユさんが言った。


「ハルカ。今回の婚約発表会、無事に済むと良いですわね。……そうはいきそうもありませんが」


 ミルフィーユさんもバカじゃない。それどころか、僕以上に王侯貴族社会の『闇』を知っている。そして今回の婚約発表会の裏に潜む、悪しき企みについても既に話してある。


「前途多難ですわね。レオンハルト殿下を潰したい勢力、スイーツブルグ侯爵家を潰したい勢力、この国を潰したい勢力、そして『皮被り』。それ以外にも色々いる事でしょう。しかも、それを表立って、始末する訳にもいきませんし。それこそ不祥事。ここぞとばかりに敵対勢力に付け込まれますわね」


「確かに。下手に騒ぎを起こす訳にはいきません。出来るだけ穏便に。いえ、秘密裏に全てを闇に葬り去る必要が有りますね」


 今回の件の厄介な所は、大っぴらに戦えない事。単に敵対勢力を殺すだけなら簡単。それこそナナさんに、消し飛ばしてもらえば良い。


 でも、そうはいかない。この婚約発表会には国内外から、多くの有力者達が集まる。そんな場で、敵相手に大立ち回りなんて事になったら、大変な不祥事。まず、この国の警備能力を疑われる。ましてや、怪我人、死人が出たら、国際問題になりかねない。


 よって、今回の件、いかに穏便に事を済ませるかが重要視される。事件が起きたなど、断じて表沙汰にしてはいけない。







「さて、そろそろ出発しないといけませんわね」


「最後のチェックも済ませましたしね」


 時間は午前7時前。早い内にスイーツブルグ侯爵家を出発する。向こうでの準備やら、最終の打ち合わせも有るからだ。婚約発表会自体は、昼前から始まり、夜まで続く。まずは挨拶。それから、婚約発表が有り、後は会食からの、各種出し物。これだけ言うと、宴会の様。


 しかし、実際は宴会の形を取った国威を示す場である。それこそ料理一つにしても、贅を尽くした物ばかり。出し物にしても、この国の文化、技術、そして軍事。それらの力を示す意味合いが有る。何も直接戦うだけが戦争ではない。これらもまた、一つの戦争。


 荷物を纏め、玄関へ。そこには既にスイーツブルグ侯爵家の馬車が待機していた。既に自動車が有る世界だけど、こういう場においては、馬車が昔からの伝統だそうだ。王国内でも五指に入るスイーツブルグ侯爵家の馬車だけに豪華。人生は分からないものだと、つくづく思う。まさか、こんな豪華な馬車に乗る日が来るとはね。


「それでは出発いたします」


「はい。よろしくお願いします」


「頼みますわよ、エスプレッソ」


 馬車の馭者は執事のエスプレッソさん。実力、信用、共に最適な人選だと思う。ナナさんに匹敵する実力を持つこの人(実際は悪魔だけど)相手にどうにか出来る奴なんて、そうはいない。ミルフィーユさんと僕を王城まで送りがてら、本人も今回の婚約発表会に参加。今回の婚約発表会におけるスイーツブルグ侯爵家側の裏方の最高責任者でもある。


 馬車に揺られ、王城へと向かう。僕とミルフィーユさんの間に会話は無い。今回の婚約の件、僕としても、思う所は有る。ミルフィーユさんもそうだろう。しかし、口には出さない。下手な慰めやら、気遣いは、むしろ逆効果に思えるから。


 一言で言えば『生まれの違い』。もしくは『立場の違い』。こればかりは、どうにもならない。ミルフィーユさんは、名門貴族、スイーツブルグ侯爵家の娘として産まれた。名門貴族だけに、権力、財力が有り、また、それによる英才教育を受けてきた。庶民にはとても手が届かない世界。


 しかし、その代償として、産まれた時から、家の為に生きる事を義務付けられた。そこに自由は無い。そして、そんな彼女は『国』を背負う事になる。少なくとも、その一部は確実に。それは、とてつもなく重い。あまりにも重い。


『なろう系』の転生者(クズ)に対し、僕は思う。成り上がりたがるのは勝手。だけど、転生者(クズ)に『上』に立つ事の重責を背負えるかな? 断言出来る、無理だね。すぐにボロが出て破綻する。何の為に、王侯貴族が英才教育を受けていると思っているんだか?


 そして今回の婚約発表会、ここにもくだらない『なろう系』の転生者(クズ)が浅ましい欲望の為に入り込もうとしている。金髪の若く美しい高貴な女性を狙い、皮一枚を残して食い殺す殺人鬼にして、その皮を被り、成りすます異常者。スライムになった転生者、『皮被り』。


 間違いなく、奴の次の狙いはミルフィーユさんだ。ミルフィーユさんを皮一枚残して食い殺し、その皮を被ってミルフィーユさんに成りすまし、この国を食い物にする気だ。その先に待つのは、悲惨な結末。多くの犠牲が出るのは明白。それが分からないのが、クズのクズたる所以だけど。


 そうこうしている内に、馬車は王城へと到着する。数々の思惑に満ちた『舞台』の幕開けは間もなくだ。








 王城へと到着した僕達は、控室へと通される。だからといって、暇ではない。


「ますは、こちらに目を通していだだきます。それから、こちら、本日のスケジュールでございます。それから云々……」


 係の人達が次から次へと持ち込んでくる、資料、スケジュール表、その他諸々。本番に向けての最終調整は進む。


「ハルカ。挨拶、そしてお披露目の練習をしますわよ。何度も繰り返しましたけれど、最後に向けてですわ」


「はい」


 婚約発表会での挨拶そして、お披露目。正に、婚約発表会の花形。一番大事な所だけに、これまでも何度も練習を繰り返してきた。いまや、手順から、台詞に至るまで丸暗記しているが、油断はしない。何らかのトラブルが起きたときに備え、幾つものリカバリー案を含めた上での練習。


 そして、もう何度目かの練習を終え、一息付いた所で、僕達は話し合う。


「仕掛けてくるとしたら、いつでしょうね?」


「それは仕掛けてくる相手と目的によりますわね。私個人が狙いなら、私が一人になる時を狙うでしょうし、戦争を引き起こすのが目的なら、お披露目の時に爆破でもしますわね」


 既にミルフィーユさんには『皮被り』の事、及び、狙われている事は伝えてある。はっきり言って、『皮被り』程度、物の数じゃない。既に対策はしてある。出てきたら、即座に始末する。


 問題は、それ以外の『敵』。所詮、目先の欲が全ての小物な『皮被り』と違い、こちらは何をしでかすか分からない怖さが有る。レオンハルト殿下やミルフィーユさんの暗殺か。はたまた、婚約発表会に出席した各国の要人殺害による、戦争勃発か。もしかしたら、婚約発表会に注目が集まっている事を利用し、複数同時テロかも。数え上げたら、きりがない。と、そこへ来客が。


「すまぬな。少々、邪魔する」


 レオンハルト殿下がおいでなさった。








「これは、殿下。わざわざ、この様な場所に御足労頂くとは。恐悦至極にございます」


 レオンハルト殿下がおいでなされた事に、その場を代表してミルフィーユさんが口上を述べ、僕も臣下の礼を取る。


「そう畏まらなくとも良い。楽にせい。別に公式の場ではないでな。余も肩の凝る事は好かん。息が詰まるわ」


 そんな僕達にレオンハルト殿下は片手で制し、楽にせよと仰って、控室備え付けのソファーに着かれた。色々とお疲れらしい。


「勿体なきお言葉。ハルカ、お茶を用意なさい」


「はい、ただいま」


 ミルフィーユさんも小さなテーブルを挟んで、殿下の向かいのソファーに着かれた上で、お茶を出す様に指示。すぐに、ミルフィーユさんとレオンハルト殿下、二人分のお茶をテーブルの上に置く。


「どうぞ」


「ありがとう」


「うむ。ありがたく頂く」


 二人はお茶を飲み始め、僕はミルフィーユさんの側に控える。そんな中、口火を切ったのはレオンハルト殿下。


「実に美味な茶であった。褒めてつかわす」


「ありがたきお言葉。身に余る光栄にございます」


 とりあえずは社交辞令。本題はここから。


「ミルフィーユ、ハルカ、余の方でも、子飼いの者達を使い、調査を進めていた。その結果、容疑者を絞る事が出来た。まず、間違いあるまい」


 レオンハルト殿下は有能にして、聡明なお方。僕達が今回の婚約発表会の裏に潜む陰謀を伝えた所、既にご存知だった。その上で、知らぬふりを決め込みつつ、密かに内偵を進めておられたそうだ。そして、容疑者を絞る事が出来たらしい。それは良い。しかし、素直に喜べない。


「容疑者を絞る事が出来た。にもかかわらず、処断出来ない辺り、相当、厄介な相手とお見受けしましたわ」


 僕の思った事をミルフィーユさんが代わりに言ってくれた。正にその通り。容疑者を絞る事が出来たなら、普通は何らかの手は打つはず。それをしない、出来ない辺り、その相手の厄介さが分かる。一体、誰なのか? その疑問の答えは殿下の口から語られた。


「余の実兄。第二王子、グリフィニアスじゃ」


 …………語られた内容は、ひたすら重かった。







 ある程度は予想していた。そもそも、レオンハルト殿下の存在が一番邪魔なのは、他ならぬ、残りの王子二人。次期国王の座を争う敵なんだから。しかし、遂に一線を越えてきたか。身内同士の骨肉の争い。ドラマなんかじゃ良く見るけど、いざ、実際に体験するとなると、実に嫌な気分だ。


「ハルカ。そなたに話しておく事が有る。王族について、そして我等、三兄弟の確執についてな。間違っても気分の良い話ではないがの」


 そしてレオンハルト殿下は、この国の王族、更に、自分達、三兄弟の確執について話してくださった。僕を指名する辺り、ミルフィーユさんは知っているらしい。








「まずは王族の始まりについて話さねばならんの。ハルカ、そなたも知っておろうが、この大陸は、今でこそ東西南北の四大勢力。東の『帝国』、西の『王国』、南の『連合』、北の『教国』により、一応の安定をしておる。しかし、かつては、大小様々な勢力が入り乱れ、血で血を洗う乱世であった。そんな中、生き残り、力を付けた者達が、後の四大勢力へと繋がるのじゃ」


 ここで一旦、話を区切る殿下。


「こうして、四大勢力が成立したのじゃが、それで終わりではない。いくら国を興しても、後が続かねば無意味じゃ。後継者を、世継ぎを作らねばならん。また、これが問題でな。一人ではダメじゃ。事故や病、暗殺などで死んだら終わり。それに優れた世継ぎを作らねばならぬ。だからこそ、王族は正室の他に、複数の側室を持つのが通例なのじゃ。血筋を残し、より優れた子を成す為にの。……ハルカ、そなたには納得いかぬやもしれぬが」


 僕はレオンハルト殿下の仰った、三兄弟の確執とやらが読めてきた。だけど、今は黙って話を聞く。余計な口出しをする所じゃない。


「さて、ここからが我等、三兄弟の確執に繋がる。先程、言った通り、王族は、正室の他に複数の側室を持つ。それは我等、三兄弟の父上である国王陛下とて例外ではない。父上は側室との間に二人、正室との間に一人、息子を成した。それが我等、三兄弟。しかし、これが後の禍根となり、今に至る。正室が先に子を成していたら、問題は無かった。しかし、先に子を成したのは側室の方であった。それが第一、第二王子じゃ。その後、正室が産んだのが第三王子、余じゃ。ここまで言えば、分かるかのう?」


 そう言って話を締めくくられた殿下。ここまで言われて事情が分からない程、僕もバカじゃない。


「なるほど。殿下、無礼を承知の上で申し上げます。王位継承とあれば、やはり重視されるのは、長子である事。そして、正当なる血筋。この場合、まずは側室の子ながら、長男であらせられる、第一王子。対し、三男ながら、正室の子であらせられる、第三王子。この両者が王位継承争いの最有力候補でしょう。逆に言えば、そのどちらでもない第二王子は、明らかに王位継承争いにおいて不利。だからこそ、今回の件を利用し、レオンハルト殿下を蹴落としに掛かってきたと、愚考致します」


 レオンハルト殿下の問いかけに対し、僕は自分の考えを述べた。それが正しいかは分からない。あくまで、推測に過ぎない。


「正解じゃ。花丸を付けてやりたい程にな」


 どうやら当たっていたらしい。この国にとっては不幸な事に。


「第二王子、グリフィニアス殿下は、特に次期国王の座に執着していると、以前より聞き及んでおりました。しかしながら、この様な暴挙に出るとは……」


「ミルフィーユ、回りくどい言い方は無用じゃ。あれはバカじゃ。以前から、バカだバカだと思ってはいたが、まさか、ここまでバカだったとは。呆れて物も言えぬわ。自分の行いがどんな結果をもたらすのか、分からんのか? 下手をすれば、かつての戦乱時代に逆戻りじゃぞ」


 レオンハルト殿下は、腹違いとはいえ、実兄たる第二王子をボロクソに貶す。しかし、否定は出来ない。あまりにも軽率、短慮。そもそも、次期国王の座に執着していると周りに知られている時点で無能。でも、こんなのでも王族。軽々しくは処断出来ない。困ったものだ。








「余には、あれの考えが理解出来ん。そうまでして国王になりたいか? 父上の何を見てきた? 間違っても国王なぞ楽しくはないぞ。余は国王なぞ、真っ平御免じゃ」


 国王なぞ楽しくない。真っ平御免とまで仰る、レオンハルト殿下。そんな殿下に幾つか質問をしてみた。少し気になる事が有るから。


「殿下、僭越ながら、幾つか質問をお許し願います」


「ん? 良かろう、許す。申してみよ」


「では、まず一つ。第二王子、グリフィニアス殿下ですが、学力や、身体能力はどれ程でしょうか?」


「ふむ。その点に関して言えば、優秀と言えるの。余や、第一王子である、フェネクリウスより上じゃ」


「なるほど。ありがとうございます。では、続けて。グリフィニアス殿下は幼い頃から()()()()()()()()()()()()()()()()()はありませんでしたか? 後、チートとか、成り上がりとか、最強とか、ハーレムとか言っていませんでしたか?」


「ハルカ、貴女……」


 ミルフィーユさんは僕の言いたい事に気付いたらしい。そして、殿下も。


「…………ハルカよ。そなた、あれが『転生者』ではないかと、思っている様じゃな」


「殿下も転生者をご存知でしたか」


「うむ。過去にも、転生者によって幾度となく、世界は深く傷付けられたからのう。おかげで王族は幼い頃より、転生者について、色々学んでおるのじゃ。何かと厄介な連中じゃからの。まぁ、()()()()()()()()()()()()


「……話が早くて助かります。そして、さすがの慧眼。恐れ入りました」


「いや、慧眼も何も、そなたは色々と出来過ぎておるからのう。銀髪碧眼美少女にして、稀代の天才など、どこの主人公、もしくはヒロインかと言いたくなるわ。そなたはもう少し、気を付けるべきじゃな。そして、師に感謝する事じゃ。そなたを守る為、そなたを狙うバカ共を秘密裏に始末しておるからの」


 まぁ、言われてみれば、確かに出来過ぎたキャラクターだと思う。もっとも、僕は自分が主人公だのヒロインだのとは思わないけれど。あんな、ご都合主義で塗り固めた、道化にも劣る連中と一緒にされたくない。


 その一方で、やはり、そうだったのかと納得もする。いくらなんでも、僕の周りは平和過ぎる。転生者にして、伝説の魔女の弟子。これだけでも狙われる理由としては十分過ぎる。にもかかわらず、まともに襲撃を受けた事など、片手で足りる。あまりにも少ない。裏で秘密裏にナナさんが始末していたと。僕にばれない様に始末していたナナさんにも、そして、その事を把握していた殿下にも、恐れ入る。


「さて、第二王子が転生者ではないか、との疑問じゃが、それに関しては無い。先程も言ったがの、我等王族は転生者を警戒しておる。内部から国を崩されてはたまらんからのう。だから、産まれてすぐに、赤子を鑑定に掛けるのじゃ。その結果はシロじゃ」


「そうですか」


 不幸中の幸い。グリフィニアス殿下は転生者ではないらしい。もっとも、逆に言えば、それだけ。いずれにせよ、ろくでもない人物に変わりはない。典型的な自分を過大評価しているタイプだ。能力が高いだけで国王が務まるものか。その内、クーデターでも起こされるのがオチ。


「さて、余はそろそろ失礼しよう。時間も押してきたでな」


 その後も三人で、あれこれ打ち合わせをしていたけれど、時間は有限。婚約発表会まで、残り1時間を切った。


「殿下、くれぐれもお気を付けて」


「うむ。そなた等もな」


 時間が押している事もあり、手短に言葉を交わすミルフィーユさんと殿下。


 そして、殿下が去った後の控室で、僕とミルフィーユさんの二人による、大詰めの話。


「ハルカ、貴女の新しい武器と、それに合わせた戦闘法。此度の様な場においては、かなり有効ですわね」


「そう言って頂けて、幸いです。確かに、こういう場においては有効だと僕も思います。状況が状況だけに、あからさまに武器を抜いたり、ましてや、乱闘騒ぎを起こす訳にはいきませんからね」


「貴女の新しい武器、そして新しい戦闘法なら、あくまで、婚約発表会の出し物の一環として押し通せますもの」


「幼い頃にやっていた事をベースにしたものなんですが、まさか、こんな形で役立つとは思いませんでしたよ」


「人生、何が役立つか分からないものですわね」


「同感です」


 それから、しばらく沈黙。


「…………そうまでして、成り上がりたいんでしょうか? 『皮被り』にしても、グリフィニアス殿下にしても。僕には分かりません。確かに得る物は多いでしょうが、同じく失う物もまた、多いはずなのに」


「ハルカ。人の欲は底無し、際限を知りませんわ。それに人は愚かな生き物。自分に都合の良い事しか、見ない、聞かない、認めない、そういう存在ですわ」


「正に、この世の真理ですね」


 ミルフィーユさんの語る、人という種の醜さ、愚かさ。正直、心に刺さる。


「いずれにせよ、もはや、引き返す事は出来ません。私達の成すべき事は、婚約発表会を無事に終わらせる事。それに尽きますわ」


「確かに。結局の所、そういう事ですし」


 今回の最優先事項は、あくまで婚約発表会を無事に終わらせる事。『皮被り』抹殺、グリフィニアス殿下の野望阻止で、それを台無しにしてはいけない。


「とりあえず、『皮被り』。そしてグリフィニアス殿下。それぞれの勝利条件をおさらいしましょう。『皮被り』はミルフィーユさんを殺し、その皮を被って成りすませば良し。これは、比較的単純。問題はグリフィニアス殿下の方ですね」


「そうですわね。単純に考えれば、レオンハルト殿下の抹殺。しかし、表立って、そんな事をする訳にはいかないでしょう。となれば、次点として、レオンハルト殿下を失脚させる事。ならば、この婚約発表会を台無しにするのが、一番、手っ取り早い」


「ですよね。ただ、何を仕掛けてくるのか。例えば、料理を滅茶苦茶にするとか、大事な物を隠すとか、壊すとか。……すみません、こんな子供じみた意見しか出なくて」


 我ながら、発想が貧困だと思う。庶民の限界を感じる。


「いえ。十分、考えられる可能性ですわ。例え、子供じみた嫌がらせであっても、今回の様な場においては有効。それこそ、その程度の管理も出来ないのか、と叩かれますわ」


「とにかく口実を付けては、攻撃してくると」


「そういう事ですわ。その一方で、私は危惧している事が有ります。……それは、最悪のシナリオ」


「最悪のシナリオですか」


「最悪のシナリオ。それは、クーデター勃発。先程、レオンハルト殿下抹殺の可能性について触れましたわね」


「はい。表立って、そんな事をする訳にはいかないと」


「確かにその通り。少なくとも、普通の者ならやらないでしょう。あまりにもリスクが高い。普通の者なら」


 ミルフィーユさんが何を言いたいのかは分かる。


「これは、あくまで、私の予想に過ぎません。しかし、あの、度を越した野心家であるグリフィニアス殿下なら、クーデターを起こす可能性が否定しきれないのです」


「確かに否定出来ませんね。なまじ能力が高いだけに、随分と、自己評価が高い人らしいですし」


「そして、私が危惧する、最大の懸念。それは、黒幕の存在。今回の件、グリフィニアス殿下の独断とは考えにくい。恐らく、何者かが裏で糸を引いている。『帝国』か、もしくは『連合』。いずれにせよ、一筋縄ではいかないでしょう」


「厄介ですね」


 今回の件の一番の問題。それは、仮に、グリフィニアス殿下の野望を阻止しても、それで終わりじゃない事。黒幕が誰かは知らないけど、そいつは、いざとなれば、グリフィニアス殿下を切り捨て、知らぬ存ぜぬを決め込み、逃げるだろう。


 つくづく、厄介だと思う。こういう政治的な問題は。ナナさんなら、皆殺しにして終わらせるだろうけど、そういう訳にもいかず。


「ミルフィーユ様、そろそろ時間です」


 今回の件の厄介さに二人して頭を抱えていた所へ、そろそろ時間との呼び声が掛かる。……行かないとね。


「ハルカ、行きますわよ。悩んでいても始まりません。私達は私達の出来る事、やるべき事を果たす。それだけですわ」


 ミルフィーユさんは、踏ん切りが付いたらしい。こういう切り替えが早い辺りはさすが。


「そうですね。結局の所、そこに落ち着きます」


 あれこれ悩んだ所で何も始まらない。ならば、出来る事、やるべき事を果たすまで。分かっている。所詮、その場しのぎでしかない事ぐらい。でも、逆に言えば、それしか出来ない。全ての問題を完璧に解決など出来ないのだから。そんなご都合主義が有ってたまるか。


 でも、その前に…………。


「すみません、ミルフィーユさん。ちょっと、お手洗いに行ってきて良いですか?」


 その、ちょっと、催してしまって。小の方を。


「分かりましたわ。場所は分かりますわね? 早めに済ませてきなさい」


「すみません! すぐに戻ります!」


 婚約発表会が始まったら、みだりにお手洗いにいけない。ミルフィーユさんに断りを入れ、急いでお手洗いに向かう。大事な婚約発表会に遅刻なんて、それこそ不祥事だし。









 ???side


「やれやれ。せっかくのレオの晴れ舞台だというのに。グリフの奴にも困ったものだな……っと!」


 ドン!


 考え事をしながら歩いていたせいで、廊下の曲がり角で人にぶつかってしまった。私は平気だったが、体格の差か、向こうは尻もちを着いてしまった。見た所、銀髪の若いメイドだ。これは悪い事をしてしまった。私は彼女に手を差し伸べる。


「ぶつかって済まなかった。大丈夫かな? 立てるかね?」


「いえ、こちらこそ、急いでいたとはいえ、不注意でぶつかってしまい、申し訳ございませんでした。何分、急ぎの身の上、失礼致します」


 幸い、向こうに怪我などは無かった様だ。ただ、随分、急いでいるらしい。それでも、礼儀正しく一礼した上で、はしたなくない程度に急いで去っていった。


「私が誰かは気付かなかったか。まぁ、急いでいたし、仕方ないか」


 私としても、急いでいる相手を無理に引き止めてまで自己紹介をする程、非常識ではないからな。それに……。


 どのみち、近いうちに会うからな。


 さてさて、今回の婚約発表会、どうなるだろうな? レオ、そして、スイーツブルグ侯爵家の三女よ。君達のお手前拝見といこうじゃないか。ま、私も陰ながら手助けしよう。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




毎度の事ながら、長らくお待たせしました。第148話です。


遂に迎えた婚約発表会、当日。本番に向けて最後の打ち合わせをする、ハルカとミルフィーユ。そこへやってきたレオンハルト殿下から語られた、王家の三兄弟の確執。


『皮被り』、第二王子、グリフィニアス殿下、それ以外にも色々な勢力の思惑が絡む婚約発表会。


そして最後に謎の人物。レオンハルト殿下に失脚されては困るらしいが。そんな中、遂に婚約発表会が始まる。


では、また次回。


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