第147話 婚約発表会に向けて
「なるほど。とりあえず、婚約発表会が終わるまでは待ってくれると」
「感謝しろよ。えらい苦労と散財をしたからな」
「だったら、魔剣聖にも待ってもらえっての」
「お前、俺に死ねと? 悪いがお断りだ。俺には、あいつは止められん。足止めしたけりゃ、少なくとも武神か、魔道神を呼ばないとな」
真十二柱の試練。その一番手である、魔剣聖様の試練から数日後の昼下がり。残りの試練の日程調整について知らせに、ツクヨがナナさんの屋敷にやってきた。
真十二柱の試練と婚約発表会の時期が被ってしまった件については、既にツクヨを通じて、真十二柱 序列二位 魔道神クロユリ様へと連絡済み。その結果、どうやら真十二柱の試練は、婚約発表会が終わるまでは待ってくれるらしい。……まぁ、大変な苦労と散財をした模様。
とはいえ、僕としても助かる。試練も大事だけど、婚約発表会もまた、大事。
特にこの婚約発表会は、王国の第三王子、レオンハルト殿下と、国内で五指に入る名門、スイーツブルグ侯爵家の三女、ミルフィーユさんの婚約発表会。国内外共に注目を集める、極めて重大な件だ。失敗は許されない。そして僕はミルフィーユさん、お付きのメイドとして、参加する事になっている。
「それにしても、だ。あの魔剣聖相手を相手に、よく生きて帰ってきたな、ハルカ」
「かなり、無茶振りされましたけどね……」
ナナさんとの話を終え、こちらに話を振ってきたツクヨ。
「正直、君が生きて帰ってくるかどうか、怪しいものだと思っていたからな。魔剣聖の性格を考えるに……」
「僕もよく殺されなかったなと、今更ながら思います。少しでも何かをしくじっていたなら、間違いなく殺されていたでしょうね……」
僕とツクヨ、二人揃って、しみじみと呟く。
「でも、それ相応の収穫は有りました。剣の腕の限界を感じて、行き詰まっていた状況を打ち破り、新しい戦闘法を開眼出来たのは、ひとえに魔剣聖様のおかげです。新しい技も教えて頂けましたし。とても有意義でした」
「『自在斬』か。イサムですら、会得に3年掛かったんだがな。擬似的なものとはいえ、あれを1日で会得するとはな。大したもんだ」
確かに危険ではあったけど、同時に非常に有意義だった、魔剣聖様の試練。やはり、命懸けのギリギリの状況こそ、最高の成長の場だと思う。……だからといって、そんな危険な状況、好んでなりたくもないけど。某有名作品の野菜な戦闘民族とは違うからね。
「まぁ、それはそれとして。ハルカ、君の耳に入れておきたい話が有る。恐らく、今度の婚約発表会に絡む話だ」
今度の婚約発表会に絡む話ね……。何だろう? 少なくとも、良い話じゃなさそうだけど。
「ハルカ。ここ最近な、この国の次期国王の座を巡っての動きが『表』『裏』を問わず活発化している。現国王はまだまだ健在だが、いずれは3人の王子の内の誰かが継ぐ。当然、3人の王子それぞれを支持する派閥が有り、お互いに争ったり、牽制しあったりしている。そこへ、今回の婚約発表会ときたもんだ」
「そりゃまぁ、婚約発表会を滅茶苦茶にしてやりたい、潰してやりたいって奴らがいるだろうね。下手すりゃ、デブ殿下やミルフィーユの暗殺も視野に入れてるかもね。昔から、よく有る話さ」
ツクヨからの嫌な情報。更にナナさんの補足。やはり……か。予想はしていたけれど。先日の魔獣討伐の一件でも、失敗に終わったものの、レオンハルト殿下暗殺の企てが有ったし。
「つまり、今回の『敵』は『人間』、という事ですか……」
「そういう事だ」
「覚えときな、ハルカ。いつだって、人間の最大の敵は人間さ。古今東西、これは変わらない」
今回の『敵』は『人間』。その事が重くのし掛かる。
「まぁ、遅かれ早かれ、いずれは『人間』を敵に回す時は来たよ。ハルカ、悪いけど、こればっかりは避けられない。何せ人間は、最も身近な存在だからね。嫌なら、人間と関わらない事さ」
「そういう事だ。しかし、こういう件は厄介だぞ。まず、単純に容疑者が多い」
「……でしょうね」
敵が人間。それはとても厄介な事。特にこういう件の場合、容疑者が多い。単純に考えても、他の王子二人。それ以外にも、貴族、重臣達や、財界、軍、裏社会の有力者。他国の勢力も有り得る。もしかしたら、更に予想外の存在も否定出来ない。
「だが、何より厄介なのが……」
ツクヨは一旦、言葉を区切り、続きを語る。
「たとえ、今回の件を無事に乗り切れたとしても、それで『終わり』じゃないって事だ」
更に、その後をナナさんが続ける。
「デブ殿下が王族である限り、生きている限り、この手の件は無くならないよ。何度でも起きるさ。暗殺、クーデター、冤罪、その他色々。あの手この手で、潰しに掛かってくる。それが『上』に立つ者の逃れられない宿命。あ~、やだやだ」
心底、嫌そうな顔をするナナさん。その辺は僕も同感。『上』に立つという事は得る物も多いが、『敵』もまた、増える。『上』になれば、なる程に、とても大きなリスクを伴う。
それを上手く切り抜けられる者だけが、成功者になれる。悪いけど、最近、よく見る成り上がり系主人公にそんな事が出来るとは、とても思えない。
言わせてもらえば、成り上がり系の作品は成り上がる事のメリットばかり並べ立て、リスクを無視している。いくらなんでも、ご都合主義が過ぎる。ナナさんのよく言う言葉。
『凡人が『力』を得たところで、何が出来るものか』
これが全てだ。
「辛気くさい話は、ひとまず置いておこう。ハルカ、茶のおかわりを頼む。緑茶でな」
「ハルカ、私も緑茶」
「分かりました」
どうにも胸糞悪い話になっていたので、話題を変えるらしい。とりあえずは、お茶のおかわりを淹れて、持って行く。
「お待たせしました」
僕の分も含めて3人分の緑茶を入れた湯呑みをテーブルの上に置く。そして3人それぞれ、お茶を啜る。そんな中、ツクヨが話を切り出した。
「ハルカ、先日の件だが、実に見事だったぞ。新しい武器を作り、しかも、あの魔剣聖の刀を斬るとはな。大したもんだ」
「ありがとうございます」
まずはツクヨからの、先日の件に関するお褒めの言葉。姿は見せなかったけど、真十二柱の試練における審判だけに、ちゃんと見ていたらしい。
「おかげで私は、えらい苦労をしたけどね!」
一方、ナナさんは、ご機嫌斜め。各方面に対し、色々と裏工作をする羽目になったそうで。自慢じゃないけど、僕は『表』『裏』どちらからも注目されている為、武器一つ変わっただけでも、色々と面倒な事になるらしい。
「それに関しては、謝罪します。苦労をおかけして、すみません」
「……まぁ、仕方ないさ。無駄な事ならともかく、必要な変化であった以上はね。しかし、ハルカ。あんたも思い切った事をしたね。小太刀から、こう来るか、と思ったよ」
ナナさんに対し、苦労をかけてしまった事に謝罪。幸い、ナナさんは必要な変化だったからと、許してくれた。……これが無駄、無意味な変化だったら、こうはいかなかっただろうけど。その上で、僕の武器の変化に対する感想を告げられる。確かに、小太刀から、あの変化は、ちょっと想像が付かない。
「確かに、あの変化は俺も驚いたな。だが、ある意味、君らしいとも思ったぞ。戦いを好まないが、必要と有らば戦いを辞さない、君にふさわしい物だとな。それにあれなら、一応、装飾品、おしゃれと言えるしな。少なくとも、剣だの、銃だの持つよりは、ずっとマシ」
ツクヨも武器の変化には驚いたと。その上で、君らしいと思ったと。
「あくまでハルカはメイドだからね。戦いが本業じゃないし。クソ邪神、あんたと意見が合うのは癪だけど、確かにハルカにふさわしい物だよ。ただね、あれは本来、武器ではない物を武器に転用した物。使い方も以前の小太刀とは変わる。よって、熟練が必要だよ。良いね? ハルカ」
「分かっています。一刻も早く、新しい武器と戦い方に慣れます」
最後はナナさんから釘を刺される。確かに新しい武器が出来た。新しい戦い方を編み出した。それは良い事だけど、同時に、新しく、一からやり直しでもある。
しかも、のんびりしている余裕は無い。当然、試練から帰ってきた翌日から、新しい武器、新しい戦い方の熟練に励んでいる。もっとも、そう簡単にはいかないのが、現状。ナナさん流戦闘術と、僕がかつて、やっていた事。その両者を上手く組み合わせて、実戦に通用する物に仕上げないといけないんだけど、これが、なかなか。
「さて、話を本題に戻すぞ」
先日の試練の話から、本来の話題である、婚約発表会についての話に戻る。
「まず間違いなく、婚約発表会では何者かにより事件が起きる、少なくとも、起こそうとすると見て良い。何も起きないのが理想だが、そうは行くまいよ」
「だろうね。『敵』の目的が何なのかにもよるけど、このチャンスを逃す訳が無い。少なくとも私なら、やる」
ツクヨ、ナナさん共に、婚約発表会は無事には済みそうもないと予想。
「それにだ。厄介な奴が動いているらしい。ナナ、お前なら、名前ぐらいは聞いた事が有るだろう? 『皮被り』だ」
「ふん、久しぶりに聞いたね。また新手が出たか」
「そうらしいな」
ツクヨが言うには、『皮被り』なる奴が動いているらしい。ナナさんも知っているみたいだけど。それにしても、また? 以前にも同じ様なのがいたみたいだけど……。
「ま、こういうのは、下手に説明するより、『実物』を見た方が早いな」
「ちょっと待て! あんた、『あれ』を持って来てるのかい!」
「言っただろう? 実物を見た方が早い。『皮被り』のヤバさが、すぐ分かる」
「………………チッ!」
何だか知らないけど、ツクヨは『皮被り』のヤバさが分かる『何か』を持って来ているらしい。ただ、ナナさんの態度からして、ろくでもない物なのは確か。そしてツクヨは空中から、何か取り出した。
「百聞は一見に如かず。手に取って見てみろ」
そう言って僕に手渡してきたのは、肌色をした、奇妙な物。ペラペラに薄っぺらで、ゴムの様な伸縮性が有る。あれ? 何か人の顔っぽい部分が有る。それに、この部分、髪の毛っぽいんだけど……。よく見ると、手足や、指も有るし……。
嫌な予感がする……。これ……まさか……。
「それは『人間の皮』だ。ハルカ」
「うわキャアアアアッ!!!」
ツクヨの言葉に、思わず悲鳴を上げて『皮』を投げ捨てる。
「驚かせてすまなかった。だが、乱暴に扱うなよ。大切な『証拠品』なんだからな」
そう言いつつ、『皮』を拾い上げるツクヨ。
「全く、情けないね。たかが、『人間の皮』ぐらいで騒ぐんじゃないよ」
ナナさんも全く動じる様子も無く、涼しい顔。こういう辺り、僕とは年季が違うと思う。
「ハルカ、気持ち悪いのは分かるが、もう一度、『皮』を手に取って、良く見てみろ」
「…………分かりました」
ツクヨに促され、渋々ながらもう一度、『皮』を手に取り、気持ち悪いのを我慢しながら、改めて良く見てみる。
『皮』を手に取り、あちこち見てみたり、摘まんでみたり、引っ張ったりしてみた。その結果……。
「この『皮』、単なる人間の皮膚じゃないですね。普通の人間の皮膚なら、とっくに乾燥して、干からびているはずです。なのに、この『皮』は、まるで生きているかの様に、柔軟でみずみずしい。それに、どこにも傷一つ無い。もし、剥ぎ取った物なら、そんな事ありえません。必ず、切れ目なり、何なり、有ります。つまり、この『皮』の持ち主は『皮』だけを残し、中身が消えたとしか。少なくとも、普通の死に方、殺し方ではありません」
僕は『皮』を調べて気付いた、その『異常さ』を二人に話す。あまりにもこの『皮』は異常だ。『皮』だけ残し、中身が消えている。この『皮』の持ち主に一体、何が有ったんだろう? もはや生きてはいないだろうけど、不気味極まりない。
「正解だ。この『皮』の持ち主たる犠牲者は、君の言う通り、『皮』だけを残し、中身を食われてしまった。では、質問だ。誰の仕業だと思う? しかも、わざわざ『皮』一枚残すなんて、面倒な事をするなんてな」
ツクヨは僕の推測に正解だと告げた上で、更に質問してきた。一人の人を『皮』だけ残し、中身を食べてしまう者。しかも、わざわざ『皮』一枚残す理由。単なる食事なら、そんな面倒な事はしない。気まぐれ? 趣味? それとも何か目的が有る?
…………答えは、最初から提示されていた。『皮被り』って。となると、その正体も見えてくる。確かにこれは厄介な相手だ。僕の考えている通りの相手なら、脳や、心臓といった急所狙いは無意味。それどころか、物理攻撃自体が効かない。
「スライムですね。それも、数多くの人を食い、高い知能を得た。皮一枚残すのは、自分がその皮を被り、成りすます為。変身術じゃないから、解呪は効かないし、しかも、中身が不定形のスライムだから、急所狙いも無意味。そもそも、物理攻撃自体、効かないでしょう。それどころか、通常の人間では出来ない、関節を無視した動きすら可能。最悪、皮を捨てて逃げるでしょうね。殺すなら、焼き尽くすのが手っ取り早いでしょうが、そうもいかないのが実情」
「はい、正解。魔物について良く学んでいて、私も師匠として鼻が高いね」
僕の推測に今度はナナさんが正解と告げる。
「やはり、そうですか」
「某有名RPGじゃ、スライムはザコだが、実際は滅茶苦茶、厄介な奴だからな」
「『静寂の暗殺者』の異名すら有るからね。特に世の中を舐めている、転生者なんかが良く食われているよ。ゲームと現実を一緒くたにするなっての」
ツクヨとナナさんが語る様に、スライムは某有名RPGではザコだけど、実際はとても恐ろしい魔物だ。
暗く、湿った場所、洞窟や、古い遺跡の奥なんかに住んでいる、不定形の粘液状の生物。それがスライム。間違っても、某有名RPGみたいな玉ねぎ型じゃない。
基本、肉食寄りの雑食性で、何でも食べる。その粘液状の体を活かし、餌を包んで消化吸収する。
動きは遅いけど、その分、静か。しかも、不定形の粘液状だから、ほんのわずかな隙間からも侵入出来る。
さて、ここからがスライムの怖さだ。さっき言った様に、スライムは肉食寄りの雑食。肉を好む。そんなスライムからすれば、わざわざ洞窟や、遺跡に来る人間は、絶好の獲物な訳で。とはいえ、動きの遅いスライムでは、まともに襲い掛かっても上手くいかない。
だから、待ち伏せをしたり、寝ている時や、ケガなんかで動けない時を狙う。その粘液状の体で音も無く静かに忍び寄り、人間を食べてしまう。これまで洞窟や、遺跡で、数多くの人間がスライムに食べられてしまったと、ナナさんから以前、聞いた。
更に恐ろしい事に、数多くの人間を食べたスライムは知恵を付ける。そうなったスライムは、より多くの獲物を得る為に行動を始める。
つまり、『皮被り』とは、多くの人間を食べて知恵を付け、人間の皮を被って、人間に成りすましているスライムだ。確かに、上手いやり方だと思う。
まず、人間の皮を被る事で、スライムの大敵である乾燥から身を守れる。人間に成りすます事で、容易に人間社会に入り込める。餌の物色が楽だ。さっき言った、数々の利点も有る。暗殺者や、スパイにうってつけだと思う。……信用出来るかどうかの問題は有るけど。
そして話題は、まとめへと入る。
「今回の件は、厄介ですね。単なる派閥争い。単なるスライム討伐なら、そこまででもなかったと思います。ですが、それらが混ざった上に、何より王族絡みの婚約発表会。下手は打てません」
「その通り。この婚約発表会は、国内外に『王国』の威信を示す意味合いも有る。それが、ぶち壊しになってみろ。間違いなく、この国は荒れる。下手すりゃ、世界大戦の幕開けになるかもな」
「今は、東西南北、それぞれの大国が微妙なバランスを保っているからこそ、大きな争いは無い。だけど、小競り合いはあちこちで起きている。小さな火種だけど、きっかけさえ有れば、たちどころに世界を焼き尽くす業火になるだろうね」
「それこそが目的って奴らもいるだろうな。俗に言う、死の商人なんかがな。奴らにとって戦争は飯の種。特に、いつまでも続く泥沼の戦争なんかになれば、奴らには最高だ」
「……大変な事になりますね」
ツクヨとナナさんが語る、最悪のシナリオ。しかし、それが絵空事と言えないのが怖い。平和なんて、所詮、脆く、儚いものだから。だからこそ、今回の婚約発表会は絶対に成功させなくてはならない。断じて、戦乱の幕開けにしてはならない。
「さて、悪いが今回の件に関して、俺は一切の助力をしない。今回の情報提供は特別サービスだな」
「ま、この程度の事で、わざわざ真十二柱が動く訳ないか」
「そういう事だ。この程度の事ぐらい、お前達で何とかしてみせろ」
今回の件、ツクヨの助力は得られない。そもそも、神魔は無闇矢鱈と地上の事に干渉してはならないと、掟で決まっているそうだ。
「じゃ、帰る。別に見送りは要らんぞ」
そう言って、ツクヨは席を立ち、帰っていく。でも帰り際に、一言。
「あぁ、そうだ。サービスついでに教えておこう。今回の『皮被り』だがな、あいつは転生者だ。それも典型的な『なろう系』のな。後は自分で考えろ」
そして、帰っていった。
「『皮被り』は転生者、ですか」
「それも典型的な『なろう系』の、ね。こりゃ、ありがたい情報だね。対策しやすくなった。少なくとも、灰崎 恭也を相手にするよりゃ、遥かに楽だ」
ツクヨが最後に教えてくれた情報。それを元に、『皮被り』対策を考える事に。
「ぶっちゃけ、私は政治やら、国やらに興味は無い。だから、『皮被り』について考えるよ」
「はい、ナナさん」
ナナさん、政治とかは専門外として無視。とりあえずは『皮被り』についての対策を考える事に。
「クソ邪神は『皮被り』を典型的な『なろう系』転生者と言っていた。となると、こういう奴のやる事なんざ、あっさり読める」
「チートで無双して、成り上がって、ハーレムを作る、って所ですか」
「だろうね。今回の婚約発表会に忍び込み、新しい『皮』を手に入れる気だろう。それも身分の高い人間のね。成り上がるのが目的なら、やる」
『皮被り』の目的は、身分の高い人間の『皮』を手に入れて、成り代わり、成り上がる事と予想。と、そこへ、突然、段ボール箱が転送されてきた。手紙が添えてあり、送り主はツクヨと分かった。
『更におまけだ。『皮被り』の遺留品だ。参考になるだろう』
手紙には、そう書かれていた。
「私が開けるよ。下がっていな」
ナナさんはそう言って僕を下がらせ、慎重に段ボール箱を開け、中身を確認する。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、別に危険は無い。良い気はしないけどね。なるほど、確かにこれは『皮被り』の遺留品だ」
ナナさんはそう言って、段ボール箱の中身を取り出す。
「う……『皮被り』の遺留品とくれば、それですよね」
段ボール箱の中身。それは『人間の皮』。しかも複数。ナナさんが黙々と段ボール箱の中から取り出し、その数たるや、32枚に及んだ。つまり、少なくとも、最初の『皮』を含めて、33人が『皮被り』の犠牲になったという事だ。ただ、犠牲者の方達には悪いけど、確かに役立つ遺留品ではあった。
「ふん、確かに典型的な『なろう系』転生者だね」
ナナさんが不愉快そうに吐き捨てる。
「同感です」
最初の物を含め、計33枚の『人間の皮』。それらは全て金髪の若い女性の物と判明。しかも、ナナさんが魔力を吹き込み、一時的に生前の姿に戻した結果、美人揃いという事も判明。今回の『皮被り』は若い美女好き、金髪フェチらしい。『なろう系』転生者によくいるタイプだ。
「で、ハルカ。あんた、今回の転生スライムをどう思う?」
そこへナナさんから、今回の転生スライムについてどう思うか、問われた。
「若く美しい金髪女性を専門に狙う殺人鬼にして、自らを女性と一体化させる事を好むサイコパス。しかも、飽きっぽい。何より、自信過剰で、後先を考えていないバカですね」
僕はナナさんの問いに対し、思った事を答える。
「確かに、あんたの言う通り、今回の『皮被り』こと、転生スライムはバカだ。正に典型的な『なろう系』転生者。『力』を得た事で全能感に酔いしれ、後先の事や、失敗した際の事なんざ、一切考えていない。少なくとも、私が同じ立場なら、決定的な証拠となる『人間の皮』を残したりしない。きっちり処分する」
「それをしないで、古い『皮』をほったらかしにして、次々と新しい『皮』に乗り換えている辺り、本当にバカですね。事実、こうして存在がばれている訳ですし」
「これじゃ、暗殺者やスパイにはなれないね。使えないクズだよ。こんなバカ、遠からず始末されるだろうけど、さっさと始末するに越した事はない。ウザい」
はっきり言って、今回の『皮被り』こと、転生スライムはバカだ。あまりにも、やる事なす事、杜撰。いずれ、破滅するのが見えている。しかし、野放しにも出来ない。放っておいたら、犠牲者が増える。ましてや、今回の婚約発表会を台無しにされたら、それこそ一大事だ。よって、今回で確実に始末する。
「しかし、敵は『皮被り』だけじゃないんですよね。反レオンハルト殿下派の連中を始め、色々いるでしょうし。問題は、『皮被り』とそいつらが手を組んでいるかどうかですね」
『皮被り』の話に集中していたけれど、敵は他にもいる。反レオンハルト殿下派の連中とか。こいつらの動きも気になる。もしかしたら、『皮被り』と手を組んでいるかもしれない。
「反デブ殿下派は『皮被り』と手を組む可能性は低いと思うよ。反デブ殿下派は、デブ殿下の失脚、もしくは暗殺が目的。対し、『皮被り』は、若く美しい、身分の高い金髪女の『皮』を手に入れて成り上がる事が目的。そして、次に『皮被り』が狙うであろう相手を考えると、両者が手を組むとは考えにくい。利害が一致しないからね。ただし、他の勢力はどうか知らないけどね」
「そうですか」
ナナさんの予想では、反レオンハルト殿下派と『皮被り』が手を組んでいる可能性は低いとの事。ただし、他の勢力はどうか分からない。そして、『皮被り』が次に狙うであろう相手。それは……。
「ミルフィーユさんが『皮被り』に狙われる、という事ですね」
「その通り。『皮被り』からすれば、ぜひとも欲しい『皮』だろうさ。家柄、身分、容姿と揃っているし、成り代われた場合、今回の婚約の件を利用すれば王族入りが出来る。こんな美味しい『皮』を狙わない訳がない。……もっとも、今回の『皮被り』に王族が務まるとは思えないけどね」
「もっと、ずる賢い奴ならともかく、今回の奴は明らかに、目先の欲が全てのバカですからね」
王族になれば贅沢三昧、好き放題出来るとでも思っているんだろう。……そんな訳ないのに。王族の義務や責任の重さを全く分かっていない。
「私が言うのもなんだけどね。素人に王族なんて務まらないよ。昔、600年程前かね? どっかの異世界から来た小娘が、とある国の国王に気に入られてね。その小娘もそれを良い事に、国王に取り入り、遂には、王妃になるはずだった貴族の娘にでっち上げの罪を擦り付け、追放し、自分が王妃の座に収まったのさ」
「へぇ。それでどうなりました?」
「クズ王妃が散々、好き勝手、やりたい放題した上、バカ国王もそれを止めるどころか、自分も乗る始末。結果、国民を始め、周囲の怒りが大爆発してね。3年後に革命が起きて、バカ国王、クズ王妃共に、断頭台の露と消えたよ。あ、ちなみに追放された貴族の娘だけど、田舎の気の良い農家の兄ちゃんと結婚して、子供も3人生まれて、平和に幸せに暮らしたよ」
「まぁ、そうなりますよね。むしろ、よく3年も、もったなと」
「国王、王妃共に、どうしようもないクズだったけど、周りが有能だったからね。それも3年が限界だった訳だけど」
「無能な上を持つと下が苦労する、良いお手本ですね」
王妃たるもの、まず、美貌、気品、礼儀作法は当然。そこへ、国王の補佐、時には代理としての役目を果たせるだけの、政治、経済、軍事、その他多岐に渡る、豊かな知識と教養、手腕。それらが無ければ、とても務まらない。
だからこそ、王妃候補になる人は、それこそ幼い頃から、徹底的な英才教育を受けて育つ。……ミルフィーユさんがそうだしね。僕には無理。
ナナside
「さて、そろそろ、行かないと」
「あんたも連日、打ち合わせに大変だね」
「失敗は許されませんからね。それに、僕はあくまで、お付きのメイドな分、主役の殿下やミルフィーユさんより、ずっとマシです。じゃ、行ってきます」
「大事な時期だからね。気を付けるんだよ」
元気に玄関から、出ていくハルカ。魔剣聖の試練が終わってから、連日、ハルカはスイーツブルグ侯爵家へ、婚約発表会の打ち合わせに出掛けている。確かに、反デブ殿下派を始めとする敵対勢力や、『皮被り』も気になるが、それはそれ。
最優先事項は、あくまで婚約発表会。当然、あれこれと内容の打ち合わせやら、準備やら、有る。特にハルカは、ミルフィーユお付きのメイドとして同伴する事が決まっている。責任重大、失敗は許されない。もし、失敗、粗相をしたら、赤っ恥じゃ済まない。国の恥だ。そんな訳で、ハルカは打ち合わせや、予行演習に余念が無い。本当、婚約発表会が済むまで真十二柱に待ってもらえて、助かる。
「…………婚約発表会、無事に終わって欲しいもんだけどね」
そう自分で言っておいてなんだけど、それは無い。何かが起きるだろう。
「ぶっちゃけ、婚約発表会が成功にしろ、失敗にしろ、どのみち、ハルカにとって胸糞悪い結果になるだろうね」
実の所、私は今回の『皮被り』など脅威とは全く思っていない。多くの人間を食い、知恵と狡猾さを身に付けた奴ならともかく、今回の奴は、『なろう系』転生者。『力』に溺れ、目先の事しか見えていないクズだ。所詮、ハルカの敵じゃない。
今回の本当の敵は、人間。そして人間の悪意だ。
「まぁ、ある意味、今回は良い機会と言えるね。あの子はこれまで、まともに『人間』と敵対した事が無い。しかも、今回は単純な力押しで済む問題じゃない。いや、そもそも完全な解決など無い。世の中の理不尽って奴を知る事になるだろうさ」
どういう結果になるかは知らないけど、今回の件、ハルカにとって、大きな意味を持つ事になるだろうね。
「心が折れなきゃ良いんだけどね」
基本が優しい子な上、そもそもが一般家庭出身。権謀術数、悪意と欲望に満ちた、上流階級の世界の『闇』に耐えられるかどうか。
「ま、潰れたら、所詮、その程度だったって事さ」
薄情? 私から言わせれば、たかが、その程度で潰れる奴など要らない。あの子の行く先は、更なる苦難の連続なんだからね。これぐらい、軽く乗り越えてくれなきゃ困る。今回の件に関しては、私も必要以上に干渉はしない。ま、ハルカ達のお手並み拝見と行こう。
…………どうせ、お前も見ているんだろう? 『灰崎 恭也』
毎度の遅さですが、147話をお届けします。
婚約発表会を間近に控え、色々と忙しいハルカ達。そこへ邪神ツクヨからの知らせ。やはり、婚約発表会は裏で良からぬ動きが有るようで。
今回の最大の敵は『人間』。そして『人間の悪意』。転生スライムの『皮被り』もいますが、ナナさんに言わせれば、所詮、ハルカの敵じゃない。
しかし、それはあくまで、ハルカ基準。何より、今回の舞台は、王国の第三王子。レオンハルト殿下と、国内屈指の大貴族。スイーツブルグ侯爵家、三女のミルフィーユの婚約発表会。
当然、出席する面々も国内外から訪れた、そうそうたる面子揃い。下手に騒ぎは起こせない。一つ間違えば取り返しの付かない事態になりかねない。つまり、単純な力押しでは、解決出来ない厄介さ。
そして、ナナさんの言葉。
「婚約発表会が成功にしろ、失敗にしろ、どのみちハルカにとって胸糞悪い結果になる」
不吉です。
次回はいよいよ、婚約発表会へ。それでは、また。