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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第144話 第一の試練 魔剣聖

「いよいよ、明日ですね」


「そうだね」


 夕飯が終わり、食器洗いも済ませ、ナナさんと2人、テーブルを挟んで食後のお茶の時間。話題は明日の事。今日は3月の最終日。31日。明日は4月1日。そう、いよいよ、真十二柱による、僕の価値を見定める試練が始まる。


「普通のテストとかなら、傾向と対策なんかを練る事が出来るんだけどね。今回はそうもいかないね。真十二柱の考える事なんざ、さっぱり分からないよ」


「そうですね。文字通り、人知を超えた存在だけに」


 全ての神魔の頂点に君臨する真十二柱。そんな彼らの考えや、思惑は分からない。どんな試練を行うのか? そもそも、価値の有無を判断する基準は何なのか? それすら分からない。あまりにも、あやふやだ。だけど、その理不尽、不条理こそが、神魔というもの。


「結局の所、なるようにしかならない。ですよね」


「……まぁね」


 そして、ナナさんと2人、ぬるくなってしまったお茶を啜る。








 時間は遡って、お昼過ぎ。


「とりあえず、訓練はこれまでだ。明日に備えて休め」


「……ありがとう……ございました…………」


 先日の魔獣討伐の件が終わった翌日に帰ってきたツクヨ達。お互いに情報交換を済ませ、その後は、試練に備えて僕に稽古を付けてくれていた。格闘と雷撃を使うツクヨ。剣術を中心に格闘を織り混ぜるイサム。数々の術を操るコウ。真十二柱であるツクヨと、その従者であるイサム、コウとの実戦形式の稽古は、正に苛烈を極めた。毎回、ボロくずの様にやられては、回復の繰り返し。


 そして、3時のティータイム。リビングに集まり、お茶を飲みながら、ツクヨからの話を聞いていた。


「ハルカ。今回のルールについては、もう分かっていると思う」


「はい。それは、ばっちりです。何度も読み込んで暗記しました。知りません、では通じませんし」


「なら、良し。知っての通り、試練が始まったら原則、誰も一切、干渉出来ん。ルール違反が無い限りな。そして、ルール違反阻止、及び、見届け人として、俺が今回の審判を務める。要は、誰も君を助けてくれないし、助けられないという事だ。君が死ぬか、真十二柱から価値有りと認められれば、そこで終了」


 まずは、今回のルールの再確認。正真正銘、僕と真十二柱のタイマン。誰も助けてくれないし、助けられない。


「だが、何より困るのが、あいつらが、どの様にして君の価値を判断するか、分からん所だな。そもそも、あいつらの価値基準自体、分からん」


「同じ、真十二柱のツクヨでも?」


「悪かったな。何せ、あいつらは、理不尽と不条理の権化だからな。まぁ、神魔とはそういう存在だ。俺みたいな奴の方が珍しいと思え。これでも、真十二柱の良心と呼ばれてるからな、俺」


「…………邪神なのにですか」


「邪神なのにだ」


 ツクヨはそう言うと、ティーカップの紅茶を一気に飲み干した。それからしばらく、お互いに沈黙。ようやっと口を開いたのはツクヨ。


「それと、これは俺からの忠告だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「言われなくても、しません。勝てないのは分かっています。そもそも、神魔とは間違っても、戦いを挑んだり、ましてや、倒そうとする存在じゃないですから」


 ツクヨからの忠告。真十二柱と戦うな。倒そうと思うな。その忠告に、僕もそんなつもりは無い事を伝える。どうあがいても、かなわない相手なのだから。絶対的な強者にして、至高の存在。それが真十二柱。


「よく分かっている様で何より。原則、神魔は殺せん。伝説の神魔殺しなんぞ、大部分が神魔の名を騙る偽物を殺したに過ぎん。本物の神魔殺しなど、片手で足りる。以前、神を殺して魔王になったとか抜かす連中がいてな。それを聞いた武神の奴が、そりゃもう、ウキウキで殺り合いに行ったんだが、案の定、偽神を殺しただけの、魔王(笑)でな。ぶちキレた挙げ句、魔王(笑)共を皆殺しにしたんだ」


「……軽々しく魔王なんて名乗ってはいけないと、よく分かりますね」


「当たり前だ。神にしろ、魔王にしろ、その名はそんなに軽くない」


 改めて、神、魔王の名がいかに重い物か語るツクヨ。軽々しく名乗る者には、容赦なく真十二柱による粛清が待っている。


「さて、話はこの辺にしよう。そろそろ帰る。イサム、コウ、行くぞ」


 話はこれまでと、イサム、コウの二人に声を掛け、席を立つツクヨ。僕も玄関まで見送る。


「最後にこれだけ言っておく。死ぬなよ」


「肝に命じます」


 そう言ってツクヨは、帰っていった。『死ぬなよ』か。そりゃまぁ、死にたくはないけれど…………。







 ツクヨside


「ツクヨさん」


「……何だ?」


 ナナの屋敷からの帰り道。イサムが突然、話しかけてきた。大体の予想は付くがな。


「ハルカは生き残れると思いますか? 特に今回は、初っぱなから、()()魔剣聖ですよ」


 やっぱりな。ハルカが心配か。まぁ、気持ちは分かる。不条理、理不尽の権化たる真十二柱の中でも、ぶっちぎりでヤバい、序列三位 魔剣聖。そんな奴と最初に当たるんだからな。


「ぶっちゃけ、あの方が誰かの価値を認める事なんて、有るんでしょうか?」


「知らん」


 何せ、魔剣聖は全てに対し原則、無関心。あらゆる物事を『無意味』『無価値』『無用』と見なしている。真十二柱会議(サミット)にも、滅多に参加しない。


 だが、今回のハルカの価値を見定める件についての真十二柱会議(サミット)には、どういう風の吹き回しか、参加した上、ハルカへの試練にも参加。全てに無関心なあいつが、わざわざ自分の領域を出て動くなど、全くもって異例の事態。しかし……。


「なぁ、イサム」


 今度は俺がイサムに聞いた。


「剣士であるお前から見て、ハルカの剣の腕はどうだ? 難しく考えなくて良い。お前、バカだからな。率直に言え」


 俺からの問いに、イサムは多少、ためらいを見せつつ答えた。


「…………ハルカの剣の腕は、間違いなく、一級品です。だけど、()()()()()()。ハルカはあくまでメイドであって、剣士じゃない。少なくとも、ハルカの剣の腕で魔剣聖を納得させるのは無理です。そんな事をしたら、その場で魔剣聖に殺されます」


「そうか。お前はバカだが、剣士としては、この世で十指に入る。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」


 実の所、その事はハルカ自身からも聞いていた。ハルカもまた、自身の剣の腕の限界を感じていた。言い方を変えれば、剣術という戦い方がハルカに合っていない。では、何がハルカに合う戦い方かと言うと、これが分からない。少なくとも、力ずくの肉弾戦は無いと思うが。銃を乱射というのも、ハルカのイメージに合わないしな。


「コウ、お前はどう思う?」


 うちの知恵袋、コウにも聞いてみた。


「少なくとも、彼女に合う戦闘法については、答えは出ております。彼女の家系にその答えは有りました。されど、彼女がそれに気付くか。そして、会得するに至るかは分かりません」


 俺の問いに、いつもの無表情で淡々と答えやがった。さすがは、『大いなる知識の宝庫(アカシックレコード)』の端末だけはある。全てお見通しか。しかし、ハルカの家系ね。


「まぁ、どうなるかは、蓋を開けてみないと分からんな」


 結局の所、ここに落ち着く。本人にも言ったが、死ぬなよ、ハルカ。君は、この俺、邪神ツクヨの数少ないお気に入りなんだからな。







 ハルカside


「それじゃ、ナナさん。行ってきます。留守中の事はお願いしますね」


「あぁ、行ってきな。あんたの留守中の事は、まぁ、何とかするさ」


 時間は午後9時。僕は今回の試練に辺り、王都を離れる事にした。今回の試練、不測の事態に備え、魔道神クロユリが異空間を作ってくれるそうだけど、念には念を入れての事。今回のルールに場所の指定は無かったし。


 いつものメイド服に、愛用の小太刀二刀を身に付け、食料や着替えを始め、一式入れた亜空間収納ウェストポーチも腰に。


「シャー!」


 僕と一緒に行きたいのか、僕の使い魔、白いツチノコのダシマキが、一声鳴く。


「ごめんね、ダシマキ。今回の試練は僕1人でやらないと駄目なんだ。だから、君は連れていけない。ナナさんと一緒にお留守番よろしくね」


「シャー……」


 一緒に行けないのが残念らしく、ダシマキも寂しそう。その一方で、全然変わらないのもいるけれど。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 いつもと変わらず、変な歌と踊りを繰り返すバコ様。毎日、お気楽で良いね。


「ナナさん、バコ様の事も頼みましたよ。ちゃんと面倒を見てくださいね」


「……善処するよ」


 僕が留守にする為、必然的にナナさんがバコ様の面倒を見る事に。大丈夫かな? バコ様、頭がボケているせいで、無茶苦茶するから。短気なナナさんがキレないと良いけど。一応、バコ様はどこかの飼い猫みたいだし。いずれは飼い主に返さないといけないからね。


「さ、そろそろ、あんたを目的地まで飛ばすよ。……生きて帰ってくるんだよ」


「はい。遅くても、次の日曜日までには帰るつもりです」


「ミルフィーユからの依頼か」


 名残は尽きないけれど、行かねばならない。ナナさんの転移魔法で目的地まで飛ばしてもらう事に。生きて帰れるか分からないけれど、何としても、帰らないと。ミルフィーユさんからの依頼。今月の第一日曜に行われる、レオンハルト殿下とミルフィーユさんの婚約発表会に、ミルフィーユさんのお付きのメイドとして出席する事を引き受けたんだから。


「依頼を受けた以上は、果たさないといけないね。それじゃ、行ってきな!」


「はい。行ってきます!」


 行ってきなと言うナナさんに、行ってきますと返し、転移魔法が発動。王都を離れ、今回の目的地へと飛ばされる。……正直、帰ってこられるかな?








「ここか。確かにこれなら、多少、荒れても問題無いか。……多少で済むかな?」


 ナナさんの転移魔法で飛ばされた先。そこは、僕達の住む『王国』と東の『帝国』の間の、どちらの領地でもない、空白地。それもそのはず、辺り一面、白い粉が吹いた荒れ地。草一本すら生えていない、塩害に冒された土地。


「ナナさんが言うには、昔は豊かな水と緑に溢れた土地だったそうだけど……。もう、その面影も無いな。まぁ、そのおかげで今回の舞台に選ばれたんだけどさ」


 かつて、ここには、小さいながらも、豊かな国力を誇る国が有ったとナナさんから聞かされた。しかし、繁栄は永遠には続かない。地下水の汲み上げ過ぎによる塩害やら、異常気象やらが重なり、遂には滅びてしまったと。今では『王国』からも『帝国』からも見放された不毛の地。元に戻そうにも、莫大な費用や手間が掛かり、割に合わないそうだ。


「いずれにせよ、あまり長居したい場所じゃないな」


 不毛の地だけに、食料や水の現地調達は難しい。並みの人間には過酷な環境。僕はあらかじめ用意してきたし、水なら、自力で出せる。だけど、長居したくない理由はそこじゃない。この土地自体から、嫌な気配を感じる。かつてこの地に生き、滅びていった者達の怨念を。これも、ここを不毛の地としている理由なんだろう。


「ともあれ、試練が終わるまでは帰れないし、さっさと拠点を作ろう」


 気分の良い場所じゃないけど、仕方ない。こんな場所に寝泊まり出来る施設なんか無いので、テントを張るのに向いている場所を探す。歩く事、しばらく。良さそうな場所を見付けた。さっそく、そこにテントを張る。修行であちこちの危険地帯に送り込まれたおかげで、野営もお手の物。じきに済ませた。


「よし、出来た。まだ日付が変わるには時間が有るし、とりあえず、お茶にしよう」


 コンロを取り出し、ヤカンでお湯を沸かす。コンロを持ってきて良かった。場所柄、薪が無いし。


「…………ツクヨが言うには、魔剣聖は時間には凄く律儀。今夜は徹夜だろうね」


 まず間違いなく、日付が変わり次第、どういう形で来るかは分からないけど、魔剣聖は仕掛けてくる。対処を間違えたら、そこで死ぬだろう。


「戦って勝つのは無理。御都合主義だの、主人公補正だの無いからね。絶対負ける、死ぬ。格が違いすぎる」


 相手は全ての神魔の頂点。その序列三位にして、最強の剣士。その剣は物理法則を超越した、恐るべき魔剣。ツクヨから事前に貰った真十二柱についての資料によると、『必中』『必断』『必滅』の三段階有るらしい。最悪の場合、距離、硬度、大きさ、障害物等の、一切を無視して、回避、防御不可能の必殺の斬撃が来る。


「唯一の救いは、勝つ事じゃなく、僕の価値を認められる。もしくは認めさせる事が合格条件って事。…………出来なかったら、死ぬけどね」


 そうこうしている内に、コンロに掛けたヤカンのお湯が沸いた。とりあえず、お茶にしよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()









「もうすぐ、日付が変わる」


 日付が変わるまで、残り3分を切った。魔剣聖襲来に備え、テントの外で折り畳み式の椅子に座り、待ち続けている。コンロの炎が付近を照らす以外、辺りは真っ暗。……不意討ちにはもってこいの状況。さて、どう来るかな? とりあえず、小太刀二刀はいつでも抜ける様にしているけど。


「とりあえず、()()()()()()()()


 僕なりの魔剣聖対策。果たして、効果が有るかどうか。こればかりは分からない。コンロの火に掛けた鍋が闇夜の中、コトコトと鳴る。本当に静かな夜だ。そんな中。


 コツ……コツ……コツ……


 何かが地面を突く音が、微かに。でも、確かに夜の闇の向こうから聞こえてきた。本当に小さな音だけど、僕の耳は聞き逃さない。その音は間違いなく、こちらに近付いてくる。


 情報によれば、魔剣聖は盲目、隻腕。ボロボロに錆び付いた刀を杖代わりにし、それで地面を突きながら歩いているそうだ。そして、こんな時間に、こんな場所で、聞こえてくる音。それも、こちらに向かってくる。椅子から立ち上がり、音の聞こえてくる方を向く。とりあえず、右手は小太刀の柄に。


 コツ……コツ……コツ……


 一定のリズムを刻みながら、音は近付いてくる。僕は右手を小太刀の柄に掛けつつ、その方向を見据える。そして、コンロの炎が照らす中、来訪者は遂にその姿を現した。


 ボロいTシャツと、ボロいジーパンを身に纏い、足は裸足。その身体は痩せ細り、両足はおかしな形に歪んでいる。右腕は肩口から無く、左腕は足同様、歪んでいる。その手には錆び付いた刀を持ち、杖代わりに突いている。腰まで長く伸びた髪は真っ白で、手入れをした風も無く、ざんばら髪。目の部分は古びた包帯が巻かれて覆われていた。見るからに不気味な人物。でも、そんな物、取るに足らない事。僕はこの人物が、いかに恐ろしいか、骨身に染みて痛感した。なぜなら。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 下手をすると、目の前にいても、認識出来ない。幽霊どころの騒ぎじゃない。間違いない。この方が、真十二柱 序列三位 魔剣聖だ。そこへ鳴り響くアラームの音。日付が変わり、試練の始まりを告げる音だった。








「………………………………」


「………………………………」


 コンロの炎が夜の闇を照らす中、僕と魔剣聖は無言で対峙していた。沈黙の中、コンロに掛けてある鍋がコトコトと鳴る。


「はじめまして。そして、ようこそ、おいでくださいました。真十二柱 序列三位 魔剣聖様」


 まずは挨拶。礼儀は大事。少なくとも、この方、試練開始早々、僕の首を刎ねる気は無いらしい。こうして僕が生きているのが何よりの証拠。でなければ、既に僕の首はその辺に転がっている。ツクヨも言っていたしね。あいつは、問答無用で首を刎ねるって。


「…………………………」


 僕の挨拶に対し、相変わらずの無言で返す魔剣聖。別に腹は立たない。無口な方だって聞いていたし、そもそも向こうは神魔の頂点、至高の存在。そんな方から見れば、僕なんて、その辺に落ちている小石、いや、砂粒にも劣る存在。わざわざ、気に掛けるはずが無い。ともあれ、立ち話もなんだ。椅子を用意する。


「とりあえず、お掛けください。すぐにお茶を用意いたします」


 魔剣聖に椅子に掛ける様に勧め、あらかじめ用意していたお茶をマグカップに淹れて差し出す。


 椅子に掛けた魔剣聖は、やっぱり無言でマグカップを受け取る。


「………………ミル……ク……ティーか…………」


 ここで初めて、魔剣聖が喋った。その声は酷く掠れている上に、途切れ途切れ。喉もやられていると聞いてはいたけど。まぁ、その辺りも含めてのミルクティー。スイーツブルグ侯爵家御用達の店の茶葉を使って淹れた逸品。しかし、この方、盲目のはずなのに、迷わず椅子に座った上、マグカップもあっさり受け取ったな。さすがは真十二柱。そしてマグカップに淹れたミルクティーを静かに飲む。


「…………悪く…な……い………」


「ありがとうございます」


 ミルクティーは幸い、お気に召して頂けたらしい。それでは次に行こうか。








 とりあえず、開始早々、首を刎ねられて終了というオチは避けられた。でも、まだ始まったばかり。この先、どうなるか?


「…………茶は……もう………良い……」


「分かりました」


 ティータイムは終わりらしい。魔剣聖が差し出した、空になったティーカップ一式を受け取り、片付ける。いよいよ本番の始まりか。気を引き締めないと。


 ティーカップ一式を片付け終えた所で、改めて魔剣聖と向き合う。その上で、質問をしてみた。下手をすると、この時点で首を刎ねられるかもしれないけど……。


「失礼は承知の上で伺います。この度は、どの様な試練をなさるのでしょうか?」


「………………今す…ぐ……には……しな…い……。実戦……を…考え……れ…ば甘…いが……本…調子で……ない…お前で……は価……値を……正…確に……計れ……な…い。も…う……休……め……。朝…食……の後……に始……める……」


 返ってきたのは、今すぐにはしないとの答え。ただし、何をするかは答えてくれなかった。あまり根掘り葉掘り聞かないのが無難か。怒らせたら、命に関わる。休めと言ってくれたんだし、ここは従おう。……実は引っ掛けだったりしないと良いけど。







 明けて、翌朝。といっても、まだ周囲は薄暗い。時間は午前5時を少し回った所。とりあえずテントを出て、顔を洗いに。


「……起きた…か……」


「おはようございます。早いですね」


「…………特に…睡眠を……必……要とは…してい……ない…か……らな……」


 テントから出た所で出くわしたのは、魔剣聖。手頃なサイズの石に腰掛けていた。一晩中、起きていたらしい。ナナさんもそうだけど、格の高い存在は、食事や睡眠を必要としなくなる。仙人が霞を食べるというのも、そういう事だそうだ。ともあれ、まずは顔を洗いたい。洗面器を亜空間から取り出し、魔法で水を張り、顔を洗う。出来れば、髪も洗いたいんだけど、贅沢は言えない。


 さっさと顔を洗った所で、朝食の準備に掛かる。といっても、既に昨日の時点で仕込みは済ませておいた。今朝のメニューは、鍋で一晩、寝かせたビーフシチュー。柔らかい白パンを添えて。


「朝食です。お口に合うかは分かりませんが、お好きと伺ったので」


 器にビーフシチューをよそい、紙皿に白パンを2つ。更に、マグカップにコーヒー。


「……こちらに……つい…て……一通りの…事……は……知って…い……る様…だ……な……」


「はい。ざっくりとですが、真十二柱については情報を貰っています。好みとか。卑怯とは言わせませんよ。情報収集は基本中の基本ですから。無策で真十二柱に相対する気は有りません」


 真十二柱の試練に辺り、ツクヨから真十二柱に関する情報をまとめたレポートを貰い、予習してきた。下手な真似をして機嫌を損ねたら、その時点で終わりかねないし。


「卑怯とは……言わん…。お前……の…言う……通…り…だ……。それ……す……ら……出来…ん……奴……な……ど…論外……だ……」


 さすがは真十二柱。卑怯だ何だとは言わない。正に絶対的強者の風格。事実、実戦に卑怯卑劣は無い。情報収集をし、対策をするのが当然。ましてや、相手は神魔の頂点。手抜きは即、死に直結する。


 幸い、ビーフシチューはお気に召して頂けたらしい。魔剣聖は、計、3杯を平らげた。今回は特に気を遣って、作った甲斐が有ったというもの。まぁ、掴みは上々……かな? 少なくとも、怒らせてはいないと思う。でも、本番はここから。


「片付け……を…済ませ……たら……始……める…今日……一……日だけ…稽古…を付け……て…やる……その…上……で…判断……す…る……」


「分かりました。よろしくお願いします」


 魔剣聖は、今日一日だけ、稽古を付けてくれると。その上で判断すると告げた。割りとまともな内容だ。どんな無茶振りされるかと思ったけれど。……簡単ではないだろうけどね。








 そして始まった、魔剣聖の試練。しかし、初っぱなから、大変な事に。


「……そん…な……なまくら…刀……と児戯……にも……劣…る……剣技……が…通じ…ると……思っ………た…か……」


 僕の愛刀、二本の小太刀。氷姫・雪姫が魔剣聖の一太刀で刀身の中程から真っ二つに斬られてしまった。


「……期待……外れ……だった…か……」


 とりあえず、剣の腕を見せろと言われ、真剣を使っての手合わせ。しかし、その結果はあまりにも呆気ないものに。まともに打ち合う事すら出来なかった。最初の一太刀。あまりにも速い、その一太刀で、小太刀二刀を斬られた。あれだけ、いびつに歪んだ左腕一本で、どうすれば、これ程の速く鋭い太刀筋を繰り出せるのか?


 いずれにせよ、結果は変わらない。僕の手元には刀身を半ばで斬られた小太刀が残り、地面には切っ先が落ちている。そして、魔剣聖は、期待外れだったかと言う始末。このままなら、間違いなく、魔剣聖は僕の首を刎ねて終わりにするだろう。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「お言葉ですが魔剣聖様。まだ終わってはいません」


「何…だ……と」


 早くも僕に見切りを付けようとしていたであろう魔剣聖に向かい、まだ終わってはいないと言い放つ。その言葉に、魔剣聖は少なからず、関心を示した。


「期待外れと仰るのは、貴方の勝手です。少なくとも、剣士としては間違いなく、貴方の眼鏡にはかなわないでしょう。しかし、僕は剣士ではなく、あくまでも()()()ですから」


 剣を使うくせに、剣士ではないと言うなんて、屁理屈と言えばそれまで。でも、屁理屈だって理屈。何より僕の本業はメイド。そして、この世界のメイドにとって、基本的に戦闘は業務の一つではあっても、本業ではない。戦闘を専門とする、戦闘メイドもいるにはいるけれど、僕には合わない。


「それと、不敬は百も承知で言いますが、魔剣聖様を始め、真十二柱の方々が僕の価値を見定めようとしている様に、僕もまた、真十二柱の方々から、色々と盗もうと思っています。神魔の頂点たる方々と直接、相対する事が出来る、千載一遇どころではない、この機会。逃す手は有りません」


 ふぅ。一気に言い切ったな。まぁ、嘘はついていない。確かに真十二柱は恐ろしいけど、同時に、彼らの持つ優れた技術等を盗むチャンスでもある。正直、僕は剣士として、限界を感じている。どこまでいっても、僕はメイド。剣士にはなれない。


 だからといって、戦えません、では話にならない。僕に合う、別の戦い方を身に付けなくては。そして、それは徐々に形に成りつつある。その為に、わざわざ、ツクヨ経由で真十二柱 序列二位 魔道神クロユリ様に連絡を取ったりもした。いやはや、かつて、蒼辰国でクロユリ様と一戦交えたのが、本当に幸運に思える。あの時は一方的に散々にやられたけれど、同時に、非常に多くの事を学べた、貴重な体験だった。真十二柱 序列二位と戦えるなんて、普通はあり得ない。あの戦いが僕に新しい戦い方の方向性を示してくれた。さて、いい加減、魔剣聖の出方を伺うか。


「随分……良く…回……る舌……だ…な……だが…一理……有…る……良い…だ……ろう……メイド…と……して…お前………が…どれ……程か……見せ…て……みろ…」


 どうにか、この場で斬首は回避出来た様だ。だけど、魔剣聖はこう続けた。


「しかし……そこ……ま…で……言う……か……ら……には…今日中……に結果……を…見せ……ろ……さも…な……くば……首を……刎ね……る…」


「どのみち、そのつもりです。貴方に限らず、結果を出さなければ、殺されるんですから」


「……精々……励…め……」


 タイムリミットは今日、一日。それまでに結果を出さなければ、魔剣聖に殺される。……やるしかない。




今回も長らくお待たせしました。第144話です。


遂に始まった、真十二柱の試練。一番手の序列三位 魔剣聖。とりあえず、会って早々に殺されるのは、回避したものの、愛用の小太刀二刀をあっさり斬られてしまい、魔剣聖に期待外れと言われる始末。


しかし、ハルカの反論。あくまでも自分はメイド。剣士ではないと。そして、真十二柱から色々盗むと宣言。多少なりと魔剣聖の関心を引く事に。そして、今日中に結果を出せと。出せねば殺すと。


剣士として、限界を感じているハルカ。最強の剣士、魔剣聖に対し、納得させられる結果を出せるのか?


ではまた、次回。





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