第143話 暗雲
また、めんどくさい事になったもんだね。私としては、さっさと終わらせて報酬を貰って帰りたいんだけどさ。そうもいきそうもないね。
ドラゴンゾンビ襲撃を退けたのは、良いんだけどね。今度は、双角獣が出てきやがったよ。まず、違いなく、今回の魔獣騒動の親玉の奴なんだろうけど……。
大きい!!
とにかく大きい!! 普通、双角獣ってのは、通常の馬とさほど変わらないサイズだ。だが、こいつは違う。ハルカがクソ邪神から貰った、北〇の拳とかいう漫画に出てくる、世紀末の覇者が乗っている大きな黒馬に良く似ている。あれに2本の角を生やしたら、こんな感じだろうね。……こいつは色々な意味で大物だ。さっきのドラゴンゾンビなんぞ、こいつと比べたら屁みたいなもんだよ。で、その大物な双角獣なんだけど、滅茶苦茶怒っているときたもんだ。特に、デブ殿下に対して、凄いメンチ切ってやがる。さて、どうする? デブ殿下。あんたのお手並み拝見といこうかね。
「随分なご挨拶であるな。大層、御立腹であると見た。ならば、こちらも返答せねばならぬな。答えは『否』! 」
自分の配下の者達をアンデッドに変えたのは、貴様らか? と怒り心頭で聞いてきた巨大な双角獣。強烈な殺気を叩き付けてくるそいつに対し、一切怯む事なく、堂々と否定したデブ殿下。大した度胸だよ。ハルカ、竜胆、後、エルージュとか言う、女騎士、この3人はともかく、他のカス共はすっかりビビって役に立ちゃしない。ま、事実、デブ殿下はシロな訳だが、そう簡単には、事は済まない。
『ソノ様ナ言葉ヲ信ジロト?』
案の定、言われた。デブ殿下が無実だって証拠は無いからね。それに、私の存在がこの場合、問題になる。何せ、やろうと思えば、アンデッドぐらい作れるからね。……しないけど。臭いわ、不潔だわで、あんなのを従えるネクロマンサーの気が知れないよ。綺麗好きのハルカが見たら、ぶちギレ案件だよ。ともあれ、今はこの場をどう切り抜けるかだ。最悪、私が力ずくで潰す。などと考えている所へ、空気を読まず。いや、この場合は空気を読めないが正解か。一つ間違えば一触即発の状況に割り込む奴がいた。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
……ボケ猫だよ。デブ殿下と双角獣の間に割り込むと、いつもの訳の分からない歌と踊りを始めた。
「おいおい、何をしておる、バコ様。今、余はこちらの双角獣殿と話をしておる。下がるのじゃ」
デブ殿下もボケ猫に下がる様に言う。今は、自分と双角獣との話し合いの場。そこへ、頭のボケた豚、もとい三毛猫が割り込むのは、まずい。無礼だと、怒らせかねない。しかし、これが意外な結果をもたらした。
『…………気ガ変ワッタ。トリアエズ、貴様ラト行動ヲ共ニシヨウ。下手人ガ他ニイルナラ、成敗スルマデダ。シカシ、貴様ラガ下手人デアッタナラ、ソノ時ハ覚悟シテオケ』
どういう風の吹き回しか、双角獣は、とりあえず、私達と行動を共にする事にしたらしい。
『………………マサカ、コノ様ナ所デ、大聖様の御尊顔ヲ拝謁スル名誉ヲ賜ルトハナ』
「で、これからどうするつもりだい? 殿下」
双角獣とは、とりあえず穏便に事を済ませる事が出来た事もあり、私はデブ殿下に聞いてみた。
既に事態は、単なる魔獣討伐どころでは済まない。ドラゴンゾンビさえ従える高位のネクロマンサーが率いる、アンデッド軍団による侵略だ。アンデッドは更なるアンデッドを生む。早く片付けないと、取り返しの付かない事態になる。
「うむ。事態は一刻を争う状況じゃ。まずは、一旦、村へと戻ろう。心配じゃ」
「そうだね。それが良い。だったら、急ぐよ」
生き残りのメンバーを集め、村へと戻る事に。しかし、状況が状況だけに、悪い予感しかしないね。ま、今回は急ぎだ。少しはサービスしてやるか。
「殿下、全員を1ヶ所に集めな。私の空間転移で、一気に飛ぶ」
「……良いのか?」
「今回は状況が状況だけにね。その代わり、報酬は弾んでもらうよ」
「うむ。約束しよう」
殿下に空間転移で村まで飛ぶ事を告げると、少なからず驚かれる。使い手が少ない貴重な術だけにね。当然、その分の報酬は貰うけど。幸い、殿下はこういう際の判断は早い。即座に了承。生き残りのメンバーを集める。
「よし、全員集まったね。じゃ、飛ぶよ!」
全員が集まった所で、空間転移を発動。瞬時に村まで飛ぶ。……ま、覚悟はしておくべきだろうね。
「…………酷い…………」
「やはり、やられていたね」
村の惨状にハルカが呟く。予想はしていたけど、案の定、村は、やられていた。村の防衛の為に残していた奴らもいたのにだ。念の為、村の中の気配を探ってみたけど、生きている者の気配は無い。動いている奴はいるけど、それらは全てゾンビ。村人達、及び、村の防衛の為に残していた奴らの成れの果てだ。老若男女、一切の差別無く、ゾンビと化していた。そんな中、1人の幼児のゾンビがハルカに目を付けたのか、向かってくる。……どうする? ハルカ。私はあえて、手出しはしない。
「……アァウアァアアアア…………」
白目を剥き、身体のあちこちを食いちぎられた幼児のゾンビは、呻き声を上げ、歯をガチガチと鳴らしながら、ハルカにノロノロと近付いてくる。ハルカを喰う気満々だ。ゾンビは満たされない飢えに苛まれているからね。柔らかい若い女の肉は、最高のごちそうだ。他のゾンビ達も明らかにハルカを狙い始めた。
「……貴方達の不運には同情します。ですが、さようなら」
ハルカは、静かにそう告げると、腰の後ろに交差させて差してある小太刀二刀に手を掛ける。その一方で、ゾンビ達がハルカに向かって群がり始めた事を見て、手助けしようとする奴もいたが、止める。
「余計な事はするんじゃないよ。たかがゾンビ程度に殺られる子じゃない。すぐ終わる」
そう、たかがゾンビ程度に殺られる子じゃない。しかし、ハルカにとっては辛いだろうね。赤の他人とはいえ、少し前までは生きていた人間だった連中。それを殺さなきゃならない。残念ながら、こうなった者を元に戻す方法は無いからね。そんな中、ハルカが動く。
まずは、右手の小太刀による横薙ぎ一閃。幼児のゾンビの首を一太刀で刎ねる。更に首が地面に落ちる前に蹴飛ばして、他のゾンビの顔面に正確にぶつける辺り、器用なもんだよ。以前、蒼辰国で、灰崎 恭也の『人形』と殺り合った際にもやっていたっけね。あの子、小太刀二刀流の使い手で、両手がふさがっている分、足技にも磨きを掛けているし。
そこからは文字通り、ハルカ無双。顔面に幼児ゾンビの首をぶつけられて仰け反ったゾンビに即座に詰め寄り、胴体に蹴りを叩き込み、他のゾンビを巻き込んでぶっ飛ばす。その後もゾンビ共の包囲を決して完成させず、崩し続けながら、次々と首を刎ね、手足を切断、無力化していく。
「また、一段と腕を上げましたね。太刀筋の正確さ、速さ、鋭さが更に増している。首を刎ねるにしても、正確に頸椎の関節部を斬っている」
「まぁね。その辺はしっかりと叩き込んでおいたよ。私にしろ、ハルカにしろ、力ずくで切るタイプじゃないからね」
ハルカの太刀筋を褒める竜胆。私としても、悪い気はしない。
「もっとも、正確無比な太刀筋は読まれやすいという欠点も有りますが」
そこへ、辛口の意見を述べる女騎士、エルージュ。事実、その通りだ。正確に急所や弱い部分を狙う攻撃は逆に読まれやすい。だが、そんな事ぐらい、元より、織り込み済み。そして、それが分からない程、エルージュはバカじゃなかった。彼女は続ける。
「まぁ、いかに太刀筋を読んだ所で、対処出来なければ無意味。彼女の速く、鋭い太刀筋に対処出来る者など、そうそういないでしょうね」
そういう事だ。太刀筋が読まれやすい? ならば、読まれても構わない様にするまで。避けられない程、速く、防げない程、鋭い。それが私の流儀であり、ハルカに仕込んだ事でもある。さほど時間を掛けず、ハルカはゾンビ達を一掃。それじゃ、後始末だね。
「お疲れさん。後始末は私がしてやるよ」
「……はい、ありがとうございます」
比較的、淡々としているハルカだけど、内心は複雑だろうね。ともあれ、今は後始末だ。ハルカが細切れにしたゾンビ達の肉片を1ヶ所に集め、清めの塩を振り撒いた上で火を放つ。昔からのアンデッドの処分法さ。
ゾンビ共の始末が終わった所で、ひとまず、休憩。色々有ったからね。一旦、落ち着く必要が有る。とりあえず、ハルカが紅茶を淹れ、全員に配る。気分を落ち着かせるハーブティー、疲労回復の為に砂糖多めに入れた奴。疲れた頭と身体に染みる。
「あのゾンビ達はどこから現れたのであろうな?」
話を切り出したのはデブ殿下。当然の疑問だね。ゾンビはその性質上、死体が必要。つまり、あらかじめ、ゾンビを用意していたのか、もしくは、現地調達をしたか。そこでハルカが、手を上げた。
「殿下、僕から意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何じゃ? 良い、申せ」
「はい、ここを発つ直前に、あちら。村の外れの小道から、走ってくる人を見かけました。今回の件に関係有るかは分かりませんが」
私はハルカが指差した、村の外れの小道とやらを見る。あまり整備されていない所から見て、多用されてはいないのは明白。だが、それ以上に、どうにも陰気臭い。もっと正確に言えば、その方角から、陰気臭さを感じる。…………見てくるか。
「ハルカ、あんたの言った小道をちょっと見てくるよ」
「大丈夫ですか?」
「私を誰だと思ってるんだい? 心配いらないよ」
大体の見当は付いたが、念の為、見に行く事に。ハルカに心配されたが、心配無用と告げ、小道へと向かう。
まだ日中だというのに、じめじめと陰気臭い小道を行く。やがて小道を抜けると、そこは私の予想していた通りの場所だった。そして予想通りの有り様だった。
「ふん、やっぱりか」
そこは墓地。そりゃ、村外れに作るよね。陰気臭いのも納得だ。近くに小屋も有った。墓守小屋か。多分、ハルカが見たのは、墓守だろうね。さぞかし慌てて村に向かったんだろうさ。私は改めて墓地を見る。墓石が倒れ、崩されている。それだけならまだしも、墓石の下から、何かが出てきた様に地面に穴が開いている。それも、幾つもの墓から。
もはや答えは出た。この墓地に葬られた死者達がゾンビとなって蘇り、村を襲った。
「帰るか」
これ以上、ここにいても仕方ない。私は来た道を引き返す。
「……ハルカが気に病むだろうね」
「ナナさん、お帰りなさい。どうでした?」
戻ってきた所で、さっそくハルカからの質問。言わない訳にはいかないね。
「あの先は墓地だったよ。それと、墓の多くが崩れて地面に穴が開いていた。どうやら、埋葬されていた死者達がゾンビになったみたいだね。あんたが見たのは多分、墓守。死者が墓から出てきたのを見て、慌てて知らせに来たんだろう」
私の話を聞いて、唇を噛んで俯くハルカ。責任を感じているみたいだ。ハルカが墓地から駆け付けてきた墓守の事をデブ殿下辺りに言えば、討伐隊が村にとどまり、ゾンビ達に対処出来たかもしれない。私や、ハルカもいるし。そう考えているんだろう。
「気にするんじゃないよ、ハルカ。死んだ奴らにゃ、悪いけど、運が悪かった。ただ、それだけさ」
「でも、僕がちゃんと、上の人に伝えていたら」
「確かにそうかもね。でもね、ちょっと気になったからといって、そんなもん、一々、上に報告してたらキリがない。ましてや、あんたはあくまで討伐隊の一介のメンバーに過ぎない。上に言った所で、取り合ってくれるか怪しいもんだよ。討伐隊の最優先事項はこの辺りを荒らす魔獣討伐なんだからね」
気に病むハルカにフォローを入れる。ハルカに全く責任が無いとは言わないが、だからと言って、ハルカが全面的に悪い訳でもない。あくまで、ハルカは討伐隊のメンバーに過ぎず、そこまで発言力は無い。ハルカ1人の意見で、討伐隊という組織を動かす事は出来ない。
「それにね、ハルカ。そもそも私が広範囲の探知をしていたら、良かっただけの事。違うかい?」
「……それは」
「ハルカ。この際だから、言うけど、私は世の為、人の為、なんて気は無いからね。必要以上に、他人を助ける気は無い。全てを守る、救うなんて無理。それが分からない、あんたじゃないだろう? 割り切れ。でないと、これから先、やってられないよ」
残酷な事を言うが、間違った事を言ったつもりは無い。取捨選択が世の常。割り切らねばならない。
「…………分かりました」
ハルカなりに、一応、割り切ったらしい。ならば、今後について考えないとね。あまり時間は無い。アンデッドを従えるネクロマンサーにとって、時間の経過は更なる軍勢の増大に繋がるからね。
「さぁ、どうする? 殿下。時間が無い。あんたなら、知っているだろうが、アンデッドに殺された者はアンデッドになって蘇る。時間の経過と共に、増えていく」
私はこの場における最高責任者であるデブ殿下に問う。ぶっちゃけ、状況は悪い。討伐隊はメンバーの大部分を失った。応援を呼ぶにしても、はい、そうですかと、寄越してはこないだろうね。間違いなく、反デブ殿下派が邪魔をする。この手の奴らは、滅びるその時まで邪魔しかしない。
「知れた事。一刻も早く、此度の件の元凶を討つ。このままでは、『教国』との戦争に発展しかねん。いや、それこそが狙いか」
「だろうね。死者が必要不可欠なネクロマンサーからすれば、戦争は大量に死者が出る、ありがたい事だからね。最終的には、この大陸全土を巻き込んだ大戦争を引き起こすつもりかもしれないよ」
デブ殿下も援軍はあてにしていないらしい。事態のヤバさもちゃんと理解している。
「まぁ、王都の方は心配無用。私の知り合い達がいる。……他所は面倒見切れないけど」
これは確信している。王都には、クローネ、ファム、エスプレッソ、スイーツブルグ侯爵夫人がいる。今回の件のネクロマンサーの力量だけど、ドラゴンゾンビを従える辺り、雑魚じゃない。さりとて、三大魔女の一角にして、ネクロマンサーであるクローネには、及ばない。クローネなら、死体を腐らせるなんて真似はしない。それこそ、生者と見た目が変わらないアンデッドを操る。私の見立てじゃ、今回のネクロマンサー、力量としては中の上〜上の下って所か。
「そうか。少なくとも、王都陥落という事態は避けられるか」
「その辺は保証するよ。今回のネクロマンサー、なかなかの高位ではあるけど、超一流って程じゃない。何よりバカだ。派手にやり過ぎだ。あからさまに自分の力を見せ付けている。頭の良い奴なら、もっと目立たない様にやる。絶対に自分の存在を悟らせず、暗躍する」
今回の件、薄々、真相が見えてきた。私はまがりなりにも伝説の三大魔女と呼ばれる一角。それだけに、魔道における実力者達の事は居場所や動向を含め、大体は把握している。そして、この300年、特に動いた奴はいない。少なくとも、今回の件を起こせる様な奴は。そんな中、突然、現れたネクロマンサー。私の目をごまかせる程の実力者じゃないのに。さて、こいつ、どこから現れたんだろうね?
「ま、自分の力を見せ付けたい、後先考えないバカなら、いくらでもやりようは有る」
『ナラバ、早クシロ。下手人ヲ血祭リニ上ゲネバ、気ガ済マヌ』
これまで蚊帳の外だった双角獣が苛立たしげに、話に割り込んできた。こいつとしても、配下の獣達をゾンビにされ、王としての面子を丸潰れにされた以上、一刻も早く下手人をぶち殺さないと気が済まないと。
「焦るんじゃないよ。大丈夫。こういう手合を誘き出すのは簡単さ」
『何ダト?』
「まぁ、私に任せな。さっさと終わらせたいのは、私も同じだからさ」
怒り心頭の双角獣をなだめつつ、今回の件を終わらせるべく動く。とりあえずは……。
「ハルカ! こっちにおいで! 力を借りるよ!」
「はい! ナナさん!」
さ、早いとこ終わらせようじゃないか。
「ナナさん、何をするんですか?」
「簡単だよ。あんたの気配に少々細工した上で、増幅して放出するだけさ。件のネクロマンサーが、私の考えている通りの奴なら、絶対来る」
件のネクロマンサーを探すより、向こうから来る様に仕向ける。ハルカはその為の囮。真十二柱 序列九位 死神ヨミが直々に生み出した転生者であるハルカは、その性質上、生者でありながら、最も死者に近い存在。その『死の気配』を増幅して放つ。これだけ派手にやる奴だ。強烈な『死の気配』を感じたら、黙っているはずがない。絶対、来る。廃墟と化したこの村を決戦の場にし、終わらせる。ちなみにデブ殿下達は、決戦に巻き込まない様に、少し離れた場所で待機中。もちろん、いざという時には出陣可能。
地面に描いた魔法陣の中心にハルカを立たせ、私は術を発動。魔法陣が淡い光を放ち、続いてハルカが淡い光に包まれ、そして、天に向かって光の柱が立ち上る。それはしばらくの間、輝いて、やがて消えた。
「もう良いよ、ハルカ」
そう声を掛けると、ハルカは魔法陣から出てくる。
「もう良いんですか?」
「あぁ。さ、それよりも準備しな。すぐに来るよ」
もう良いのかと問うハルカに、手短に答え、戦闘準備。ハルカもすぐに構える。……やっぱり来たね。これまでで一番、強烈な死臭。腐敗臭。親玉のお出ましだ。
『有り得ぬ、有り得ぬ、断じて有り得ぬ!! 我こそ『死の王』!『不死の支配者』! 我を超える死の力を持つ者など、有ってなるものか!! 我こそ、帝王!! 我こそ、唯一絶対!! 我こそ……」
まんまと現れたのは、ゴテゴテと装飾品まみれの黒いローブを身に纏い、これまたゴテゴテと飾り立てた派手な金ピカの杖を持った骸骨。よほど、腹が立っているのか、ごちゃごちゃとつまらない事を抜かしている。下っ端アンデッドのスケルトンじゃない。あいつは喋らない。そもそも知能が無い。
「ナナさん、あれ、リッチですよね?」
「そうだね。あれはリッチだ」
見た目こそ、下っ端アンデッドのスケルトンに似ているが、あれはアンデッドの中でも最高位たる、リッチだ。こいつは高位の魔道師、聖職者だった者が秘法を持って自ら、アンデッドとなった者。元から強い奴がアンデッド化して、不死性と更なる魔力を得た、恐ろしい怪物だ。長い年月を生き、磨き上げられたその魔力、実力は、強大。さすがの私も楽勝とはいかない相手。
真っ当なリッチだったらね。
「ごちゃごちゃ、うるさいんだよ! ボケ!!」
相変わらず、ごちゃごちゃとうるさいリッチに、その場で拾った石を投げ付ける。狙いたがわず、顔面に直撃。あぁ、やっぱり、そうか。これで確信した。
こいつは紛い物だ。
さて、顔面に石の直撃を受けたリッチは、痛かったのか、悲鳴を上げ、顔面を押さえてのたうち回る。偉そうな事を抜かしていたわりに、小物臭い。
「何か、見た目のわりに情けないと言うか、小物臭いと言うか。ツクヨ達みたいな凄味が無いですね。後、隙だらけ。本当にリッチなんですか? あれ」
ハルカもリッチの小物臭さを指摘。更には隙だらけだと。本当にリッチか疑問を感じている。
「おのれ!! よくも我をコケにしてくれたな!! 絶対に許さんぞ!! 原型を留めて死ねると思うなよ!!!」
おや、わりと復帰が早いね。ぶちキレたリッチは手にしたド派手な杖を振りかざす。すると奴の背後の空間が揺らぎ、そこから巨大なアンデッド達が姿を現す。
「ジャイアントゾンビか」
呼び出されたのは巨人の死体を元にしたアンデッド。ジャイアントゾンビ。その数、4体。よくもまあ、希少種である巨人族の死体を4体も見付けてきたもんだ。恐らく、あいつの切り札だね。
「行け!! あの生意気な女と、小娘を殺せ!!」
よほどキレているのか、私とハルカを殺す為だけにジャイアントゾンビ達を差し向けてきた。……ま、紛い物じゃ、この程度か。甘いんだよ!
愛用のナイフ『ジキタリス』を手に、縦横無尽に振るう。リッチには、意味が分からなかったみたいだが、ハルカには通じた。ちょっと、恨めしそうに睨まれる。悪いね、出番を潰して。あいつら、ウザかったからさ。直後、ジャイアントゾンビ達は4体全て、バラバラの肉片となって崩れ落ち、更に紫の雷に焼き尽くされる。……全く、腹が立つ程、強いね。この『ジキタリス』は。これの製作者である、胡散臭い女狐の笑い声が聞こえる気がする。
「どうした? まさか、これで終わりかい?」
切り札のジャイアントゾンビ4体があっさり殺られた事に唖然としているリッチに、ここぞとばかりに煽ってやる。当のリッチは、あり得ないだの、何だのと、ぶつくさ言ってやがる。……つくづく、つまらない奴だ。たかが切り札一つ、潰されたぐらいでさ。この程度、すぐに思考を切り替えて、対処しろってんだよ。
「おのれ……おのれ、おのれ、おのれぇっ!!!! こんな事が有ってたまるか!!!! そうか! お前らも『プレイヤー』なんだな!! くそっ! お前らみたいな『ジョブ』のプレイヤーがいるなんて知らないぞ! この『チーター』が! もしくは『バグ』か?! とんだ『クソゲー』だ!!!!」
なんて思っていたら、リッチはおかしな事を喚き散らし始めた。デブ殿下辺りは、『何言ってんだ? あいつ』といった顔をしている。だが、私やハルカには分かった。ネタバレご苦労様。
「ちくしょう!! やってられるか!! こんな『クソゲー』!!」
リッチは喚き散らした挙げ句、大量のゾンビ達を呼び出し、その場から走って逃げ出す始末。空間転移で逃げる事すら忘れているらしい。リッチなら、出来るはずなんだけどね。ま、最後の始末は譲るとするか。
「デブ殿下! 双角獣と一緒にあいつを追え! あんた達で、始末しろ! ここは私達が引き受ける!」
「かたじけない! 双角獣殿、聞いての通りじゃ。済まぬが、余を乗せてはくれぬか? そなたに獣の王としての面子が有る様に、余にも王族の面子が有る。あやつを討ち取らねばならぬ! もちろん、事が済めば報酬は支払う」
デブ殿下に双角獣と共にリッチを追う様に言い、殿下は殿下で双角獣に騎乗の交渉をする。
「……良カロウ。乗レ。タダシ、加減ナドセヌ。落チテモ我ハ知ラヌ」
わりとあっさり、交渉成立。巨体を誇る双角獣が膝を着き、その背にデブ殿下が体型に見合わぬ身軽さで、跨がる。鞍も手綱も無いのに、見事なもんだよ。
「ナナ殿、この場は頼んだ! では、出陣じゃ!」
「フン、言ワレルマデモ無イ」
デブ殿下を乗せた双角獣はゾンビ達の包囲網を軽く蹴散らし、逃げたリッチの後を追っていった。さ、こっちも終わらせるか。ゾンビごとき、物の数じゃない。いつの間にか、竜胆とエルージュも側に来ていた。
「勝負しないかい? 一番多くのゾンビを仕留めた奴が優勝。負けたメンバーは、帰りの飯を奢るって事で」
「その話、乗りましょう」
「雑魚相手とはいえ、多少は張り合いが出ますね」
「また、ナナさんは……」
竜胆とエルージュは話に乗り、ハルカは呆れながらも、小太刀二刀を構える。
「それじゃ、始め!」
まぁ、その後はわざわざ語る程の事でも無い。ゾンビ達はあっさり全滅。僅差ながら、優勝はエルージュだった。そしてリッチを追ったデブ殿下と双角獣だが、こちらも首尾良く、リッチを始末したそうだ。ただ、リッチにしては弱過ぎると言っていたけどね。
後、双角獣は鞍も手綱も無いにもかかわらず、見事に自分を乗りこなし、更にはリッチ討伐を果たしたデブ殿下を認め、その乗騎になったそうだ。
結論から言えば、リッチの暗躍による、『王国』と『教国』との戦争。更には大陸全土を巻き込んだ大戦という、最悪の事態は避けられた。しかし、一つの村が滅び、討伐隊にも多数の犠牲者が出たのは事実。村の生き残りはボケ猫に付いてきた豚達だけ。だが、それを差し引いてでも、大きな収穫が有ったのもまた、事実。
デブ殿下が討ち取ったリッチからの戦利品の杖とローブ。これがなかなか格の高いマジックアイテムでね。それに、人に従う事など、まず無い双角獣、それも一目で分かる逞しい名馬を従えた事。これらが非常に高く評価されてね。結果、デブ殿下の株は上がったんだと。後で本人から手紙が届いたよ。それと、豚達はデブ殿下が責任を持って、養豚家の所へ運ばれたってさ。
「疲れましたね、ナナさん」
「全くだよ。ほら、今日はもう寝な」
「はい。おやすみなさい、ナナさん」
「あぁ。おやすみ」
王都に戻り、報酬を貰った上で、討伐隊は解散。約束通り、私、ハルカ、竜胆、エルージュの4人で飯を食いに。がっつり食いたかった事も有り、食べ放題の焼き肉店へ。制限時間の2時間いっぱいまで、存分に焼き肉を食い、飯を掻き込み、ビールを飲みまくり。最後は賭けの勝者のエルージュを除いた、3人で割り勘で会計。そして、解散となった。私はハルカと共に屋敷に帰り、風呂に入って、後は寝るだけ。ハルカも色々と疲れたらしく、使い魔の白いツチノコ、ダシマキをお供に自分の部屋へ。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
「ほら、あんたも踊ってないで、さっさと寝な」
相変わらず、訳の分からない歌と踊りを繰り返すボケ猫を持ち上げ、リビングの隅に置いた中型犬用ベッドに運ぶ。寝かせるとすぐに、ブーブーいびきをかいて寝てしまった。
「いい気なもんだね。このデブ」
仰向けになって腹を丸出しで寝ている、ボケ猫。野生の欠片も無い。
「しかし、お前、何なんだろうね?」
デブの上、頭がボケていて、所構わず、歌って踊ってウンコを漏らす、どうしようもない奴だが、その一方で、いくつもの奇跡を起こしている。ハルカには言わなかったが、こいつは三毛猫じゃない。三毛猫の姿をした何かだ。
「ま、現状、こいつが何者かは分からない。下手につついて、ヤバい事になるのは御免だ」
それに、今は別件の用が有る。
日付も変わった深夜。私は王都の外れの人目に付かぬ路地裏にいた。そこへやってきた、人影2つ。
「人を待たせるんじゃないよ。私は待つのが嫌いでね」
「だったら、時間と場所を指定すべきです」
「同感ですね」
竜胆とエルージュの2人だ。
「まぁ、来るとは思っていたよ。聞きたい事、話したい事も有ったし。まずは1つ目。あのリッチ、弱過ぎたね。たかが、投石ごとき、まともに食らうなんて、リッチになれる程の実力者なら、あり得ない。それにやる事なす事、小物臭い。何より、あいつの言っていた『プレイヤー』、『ジョブ』、『チーター』、『バグ』、『クソゲー』。これで確信したよ、あれは、リッチの姿をしているだけの、本物には遠く及ばない紛い物。『転生者』だってね。大方、どこぞのゲームオタクだろう」
まずは今回のリッチの正体。あんな小物臭い上、弱いリッチなんて初めて見た。おまけに、私がハルカを使った挑発にあっさり引っ掛かって、のこのこ1人で出てくるわ、自分の正体に関する情報をべらべら喋るわ、挙げ句の果てに、空間転移すら忘れて走って逃げるわ、ツッコミ所が多過ぎる。
「その通りです。そして、私が今回の魔獣討伐の出発前に話した、ツクヨ様達が向かった別件にも関わっています」
私の言った事を竜胆が肯定。そして、クソ邪神が向かった別件とも関わっているとはね。
「とある神が自らの強化の為の餌とすべく、オンラインゲームを使って転生者を大量生産しましてね。よく有る、ゲームの世界に引きずり込む、あれです。あのリッチもそれで生み出された1人」
「あぁ、あれね」
ラノベでよく有る奴だね。ゲームの中の最強キャラになって、やりたい放題の奴。…………くだらないね!
「少々の事なら、まだ大目に見たのですが、その神はやり過ぎました。あちこちの世界で転生者が好き放題した結果、もはや看過出来ない域まで被害が出まして。そこで、ツクヨ様達が、その神の粛清に向かわれました。それと同じく、その神がオンラインゲームを使い生み出した転生者も抹殺せよ、と真十二柱、及び、私にも指令が下ったのです」
「なるほど。欲を掻いたバカな神の仕業か。本当にバカだね。やり過ぎて、真十二柱を送り込まれたんじゃ、世話無いよ」
この私でさえ、真十二柱が出てこなかった所を見るに、その神、そして、そいつが生み出した転生者達、相当、やらかしたね。今回のリッチを見れば納得だ。
さて、リッチの件についてはもう良い。所詮、紛い物だ。それより、こっちが本命だ。
「エルージュ。あんた、真十二柱、序列七位。魔宝晶戦姫だろう? 違うかい?」
私はまどろっこしいのは嫌いでね。率直に聞く。
「いかにも。真十二柱、序列七位。魔宝晶戦姫エルージュ。それが私の名です」
「あっさり、認めたね」
「わざわざ、隠し立てする必要も無いので」
拍子抜けする程、あっさり認めやがった。まぁ、こいつがその気になれば、私を殺して口封じするぐらい余裕だろう。邪神ツクヨを始め、数人の真十二柱に会って、その強さは身に染みて知っているからね。しかし、聞きたい本命は別に有る。
「あんた、何しに来た? あのリッチを殺しに来ただけならともかく、わざわざ、ハルカに接触してくるなんて。あんたの出番はまだだろう?」
真十二柱の取り決めにより、真十二柱がハルカに接触する順番は決まっている。まだ、こいつの番じゃない。
「確かに、彼女の価値を見定める事に関しては、まだです。だから、今回は軽く様子見で来ただけですよ」
「本番じゃないから良いってか。屁理屈を」
「様子見をしてはいけないと、今回のルールには有りませんからね」
真十二柱による、ハルカの価値の見定め。来月、四月に入り次第、始まる命懸けの試練。価値有りと、認められれば良いが、一人でも、価値無しと見なせば、即、殺される、恐ろしいルール。真十二柱がハルカに接触する順番は決まっているものの、確かに、様子見をしてはいけないとルールには無い。……ムカつくのは事実だけど。
「で、様子見をした結果はどうだった?」
ムカつくのは山々だが、ここは我慢。その上で、ハルカの評価を聞く。
「そうですね…………私の出番は回ってきそうも無いですね」
それだけ言うと、エルージュは姿を消した。
「私も帰ります。ですが、あの方の言った事が間違っているとは私も思いません。どうすれば良いかまでは知りませんが」
そう言い残し、竜胆もまた、立ち去った。
「…………帰るか」
魔獣討伐に端を発する事件は終わった。しかし、ハルカを待ち受ける未来には、暗雲が立ち込め、なおかつ、それを払う事が出来ずにいるのを痛感せずには、いられなかった。
長らくお待たせしました。第143話です。
アンデッド騒動の裏にいた、最高位のアンデッド、リッチ。しかし、その正体は、粗製乱造な転生者。本物のリッチには遠く及ばない、紛い物。あっさり殺られる羽目に。
そして、明らかになった、女騎士エルージュの正体。しかし、彼女は、真十二柱の試練において、自分の出番は来ないとナナさんに告げる。その言葉の意味が分からないナナさんではありません。
最後に。双角獣が言った言葉『大聖様』。蒼辰国編で、四聖獣『青龍』も口にした名前。何なんでしょうね?
次回より、いよいよ真十二柱の試練編、開始。それでは、また。