第142話 予期せぬ事態。裏に潜む者
「…………僕達、いる意味有るんでしょうか?」
「知りません」
「私としては、楽でありがたいけど、確かに複雑な気分だね」
私達の視線の先。そこでは黒い全身甲冑に身を包んだ、肥満体型の人物、すなわちレオンハルト殿下が大熊とがっぷりと四つに組んで力比べをしています。
「おお! さすがは熊。剛力よな! しかし……まだまだ甘いわぁ!!」
大熊と組み合い、その剛力を称えるレオンハルト殿下。更にそこから、大熊を投げ飛ばす始末。あきれた剛力ぶり。……というか、森へと入って以来、レオンハルト殿下は現れた獣達をことごとくなぎ倒しており、私達の出る幕が有りません。ハルカの言う通り、私達のいる意味に疑問を感じます。
「もう、あのデブ殿下、1人で良いんじゃないかい?」
「ナナさん、それを言ったらおしまいです」
あまりの殿下無双ぶりに、やる気を削がれている魔女師弟。それと、問題が1つ。
「ところで、あれはどうするんですか?」
「ハルカ、あんたが保護してきたんだ。どうにかしな」
「そんな事言われても……」
私達3人が視線を向ける、その先。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
豚。もとい、頭のボケた肥満体の三毛猫。バコ様が意味不明の歌? を歌って踊りながら移動中。それだけならともかく、問題はその後ろ。
「ブーブーブー、ブーブーブー、ブーブーブーのブー♪」
大勢の豚達が歌って踊りながら、バコ様の後ろに行列を成して付いてきています。あ、猪も加わりましたね。ちなみに猫は1匹もいません。
この豚達は、村で飼われていた者達なのですが、なぜか、バコ様に付いてきてしまったのです。その際に、豚小屋を壊して脱走していましたからね。豚が逃げ出した事と合わせ、後で弁償しなくてはならないでしょう。
「この場合、誰が弁償するんでしょう?」
「ハルカ、責任者は責任を取る為にいるんだよ」
……デブ殿下に丸投げする気ですね。まぁ、私の知った事ではありませんが。
「…………妙ですね。森に入って、それなりに経ちますけど、全然、本格的な攻撃が有りません」
「確かに妙だね。出てくる奴は、秩序も何も無い、単なる獣ばかり。魔獣の1匹すら出てこない」
ハルカの言う通り、森へと入って、それなりに時間が経ちましたが、どういう訳か、あまりにも敵が弱いのです。それにあまりにも無秩序。
村人から聞いた話によると、双角獣が率いる獣の集団は、とても獣とは思えない程、統率の取れた集団らしく、罠を始めとする対策もまるで通用せず、毎回、鮮やかな手並みで畑を荒らし、作物を盗んでいくそうです。
それほどの優れた集団が、私達の存在に気付かないはずがありません。何らかの手は打つでしょう。少なくとも私ならします。にもかかわらず、まるで、反応が無い。偵察の1つさえ来ません。……何か不気味です。
「……どうにも気に入らないね。気を付けな。私の経験から言わせてもらうと、こういう場合、何か、ろくでもない事が起きてる」
「それって、何らかの異常、イレギュラーが起きたって事ですか? ナナさん」
「ま、そう言う事だね。何が起きたのかは知らないけどさ」
魔女師弟も、何らかの異常が起きていると考えています。しかし、それが何かは分からないのが現状です。
ただ、私は彼女達と違い、もう1つ懸念が有るのですが。なぜ、ここに貴女がいらっしゃるんでしょうね?
私は魔女師弟から離れ、その人物の元へ向かいました。
「……お久しぶりです。ご健勝そうで何より」
まずは挨拶。基本ですし、何より、怒らせたら、まずい相手ですから。私はまだ死にたくありません。
「そちらこそ、変わり無い様で何より。師匠はお元気でいらっしゃいますか?」
「それこそ、殺しても死にそうにないぐらいには」
とりあえずの挨拶を済ませ、本題に移ります。
「しかし、なぜ貴女がここにいらっしゃるのですか? 貴女の出番はまだ。ルール違反に当たるのでは?」
そう、本来なら、この方はこの場にいてはいけない。ですが、こう返されました。
「何か勘違いしていませんか? 確かに私の出番はまだですが、彼女の前に現れてはいけないとは、今回のルールに定められてはいません」
「……屁理屈を」
「屁理屈ではなく、事実を述べているだけです」
全く悪びれる様子が有りません。確かに、ルール上は問題有りませんが、暗黙の了解は有ります。それを無視する行為に、頭を抱えたい気分です。全く、困ったお方です。
さて、その後も散発的に獣の襲撃が有ったものの、所詮は単なる獣。容易く蹴散らされ、時間はお昼時になりました。森の中の比較的、開けた場所にて昼食です。といっても、全員が一斉に昼食を取るわけではなく、見張りを交代で立てつつですが。とりあえず、私と魔女師弟も昼食を取ります。
「ほらよ、ハルカ」
「またこれですか。確かに携帯には便利ですし、すぐに食べられますけど……」
魔女師弟の昼食はパック入りのゼリー。10秒でチャージなあれの類い。師匠のナナはともかく、ハルカはあまり嬉しくなさそうです。
「文句言うんじゃないよ。何度も言っただろ? 戦場で悠長に飯食ってる暇は無い。とにかく、早く栄養補給が大事だって。さっさと食いな」
師匠に言われて、渋々ながらパック入りゼリーを口にするハルカ。実際、ナナの言う事に何ら誤りは無いですし。私も食事にしましょうか。師匠直伝の丸薬を口にします。相変わらずの不味さに顔をしかめつつ、水筒の水で無理やり流し込む。
そうして、それぞれが昼食を取る中、ハルカはふと、何かに気付いた模様。
「あの、失礼ですが、お昼ご飯食べないんですか? ちゃんと食べないともちませんよ?」
ハルカは、昼食時にもかかわらず、一切食事を取らない、その人物。今回の魔獣討伐に飛び入り参加した、あの女性騎士に話しかけていました。食事を取らない事を心配しての行為だと分かりますし、それ自体を責める気は有りません。お人好しなハルカらしいと言えます。ですが……。
その人に関わるのはまずいんですよ!
そう言いたいのは山々ですが、言ったら、それはそれで、私が危険です。下手に干渉する訳にもいかない状況に歯噛みするばかり。
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。私は地に触れてさえいれば、活動に支障は無いので」
「そうなんですか。凄い能力をお持ちなんですね」
女性騎士はハルカの気遣いに感謝を述べつつ、地に触れてさえいれば大丈夫であると話しました。……それ、話して良い内容なんですか? 幸い、ハルカは深く追及する気は無さそうですが。もっとも、師であるナナは疑惑の目を向けていますが。
「そういえば、まだ名前を名乗っていませんでしたね。僕は、ハルカ・アマノガワと言います」
「それはご丁寧に。では、私も名乗りましょう。エルージュ。そう呼んでください」
「エルージュさんですか。よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
終始、なごやかな雰囲気で会話を交わす2人。……正直、どうなる事かと、私は冷や汗ものでしたよ。
その後も、バコ様率いる豚達の餌をどうするかで、一悶着有ったり、バコ様がその最中、踊り出した上に大便を漏らし、更にその最中にオムツが外れて大便が周囲に飛び散って、騒ぎになったり。しかし、私には好都合。どさくさに紛れ、その場を離れます。
「ほとほと、どうしようもないね、あのボケ猫は。所構わずウンコ漏らしやがって」
「ですが、そのおかげで、私達に注意が向きません。その点は感謝しましょう」
「……ま、あんなボケ猫にも使い道が有るのは良い事かね。で、本題は?」
私が向かった先はナナの元。すぐに本題について聞いてくる辺り、話が早くて助かります。
「この森に入った辺りから、感じている『気配』についてです。後、微かにですが、私の嗅ぎ慣れた匂いがします。貴女なら、なおさら慣れ親しんだ匂いでしょう?」
「まあね。確かに私やあんたにゃ、既に慣れ親しんだ匂い。好きにはなれないけどさ」
森に入った辺りから、感じている『気配』。そして微かに。しかし、確かに嗅ぎとった『匂い』。私や、ナナのよく知る匂い。
「…………『死臭』がするね」
ナナはその匂いをズバリ言いました。
「ハルカも一応、気付いているよ。あまり、良い顔をしなかったし。そりゃ、死臭がするんじゃね」
「面倒事の気配がしますね」
「同感だね」
いつまで経っても、まともに襲ってこない魔獣。そして『死臭』を放つ気配。間違いなく、単なる魔獣討伐という事態を越えた何かが起きています。
「後、ついでにもう1つ。あの女、何者だい? あんたの知り合いみたいだけど? 少なくとも、人じゃないね」
やはり鋭いですね。今はまだ全てを明かす訳にはいきませんが、答えないのも納得はしないでしょう。
「知り合いなのは確かです。人でない事も。現状、私から話せるのはここまでです」
「訳有りかい。……まぁ、良いさ。今のところ、あの女、ハルカに危害を加える気は無さそうだし。それよりも今はやるべき事が有るか」
本当に物分かりが良くて助かります。彼女の事ですから、多分、あの方の正体についても、大体の見当は付いているでしょう。その上での現状、不干渉かと。
さて、昼食も終わりました。再び、森の中を進む事に。しかし、相変わらず、散発的に単なる獣が襲ってくるばかり。魔獣の影も形も有りません。その状況に、一同、いい加減うんざりとした空気が流れています。わざわざ来た以上、成果を上げねばならないのに、これでは面子丸潰れです。もっとも、レオンハルト殿下の失脚を望む輩からすれば、さぞかし好都合でしょうが。
「ダレてきてやがるね。良くない傾向だよ」
「確かにそうですね。この状況で不意討ちを受けたら、まずいですよ」
魔女師弟も、討伐隊全体のやる気の低下に苦言を呈し、更に不意討ちの危険性を指摘。
「そうだね、ハルカ。そろそろ、不意討ちなり、何なり仕掛けてきそうなもん…………来たよ」
ナナがハルカに相鎚を打とうとした途中で打ち切り、敵襲を告げます。森の奥から聞こえてくる、木々をへし折る音。そして風に乗って流れてくる腐敗臭。聞こえてくる音、及び、腐敗臭からして、敵は複数。
「総員、戦闘態勢! 円陣を組め! 全周警戒!」
すかさず指示を飛ばし、自らも空中より取り出した、巨大な金棒を構えるレオンハルト殿下。何気に初めて武器を構えた所を見ましたね。
「下手に火炎系の攻撃を使うでないぞ! 場所柄、火に巻かれて、焼け死ぬ事になりかねん! まずはこの場を切り抜ける事を最優先じゃ!」
レオンハルト殿下の言う通り、ここは森の中。こんな所で火を放つなど、自殺行為。最悪、山火事です。しかし、この腐敗臭。恐らく敵は……。
そんな中、遂に戦いの火蓋は切られました。突如、樹上より襲い掛かってきた猿達。私とエルージュが槍で貫き、魔女師弟は、ナイフと小太刀を振るい、切り裂く。ですが、倒した猿達の姿はというと。
「……腐ってる」
「やっぱり、アンデッドか。ネクロマンサーか何かがいるね」
襲撃してきた猿達は身体中、あちこちが腐り落ち、骨が剥き出しになったゾンビでした。自然発生したとは思えません。このタイミングで襲撃してきた事といい、ナナの言う通り、ネクロマンサーか何かが裏にいますね。ですが、悠長に考えている暇は無い様で。
「来ましたよ」
赤い宝石の槍を構え、そう語るエルージュ。木々をへし折り、姿を現したのは、大型獣のゾンビ達。あちこち腐り落ち、腐敗臭を放つその姿は、生理的な嫌悪を引き起こします。
しかし、それ以上に厄介なのが、その、しぶとさ。既に死んでいるだけに、通常なら致命傷でも死にません。完全に破壊するか、特殊な武器を使うか、浄化系の魔法か、品を使うか。とにかく、面倒なのです。後、奴らに食われて死んだ者は同じくゾンビとなって甦るのも、恐ろしい点。さっさと焼却処分が楽なんですが。
ともあれ、獣のゾンビ達との交戦に入ろうとしたのですが、こここで邪魔が。
「ブーブー! ブキー! ブキー!」
バコ様に付いてきた豚達がパニックを起こし、大騒ぎ。戦うどころではありません。
「邪魔だよ! 豚共!」
ナナが苛立たしげに叫びます。だからといって、状況は好転しません。騒ぎ立てる豚達は止まらず、満足に戦えません。現状、私、ナナ、ハルカ、エルージュ、そして、レオンハルト殿下で、どうにか持ちこたえています。大技を使えば楽なのですが、場所柄や、人目も有り、無闇に使えないのが歯痒い限り。もちろん、最悪の事態になる前には使いますが。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
突然、聞こえてきたのは調子外れの変な歌。
「何やってるの! バコ様! 危ないよ!」
突然のアンデッド襲撃の最中、これまた突然、変な歌と踊りを始めたバコ様。全く空気の読めていない奇行に、ハルカも叫びます。バコ様は頭がボケているのは知っていますが、この状況でやらかすのはやめて欲しいのですが。当のバコ様は、そんな事は知らぬとばかりに歌って踊り続けます。しかし、これが思わぬ効果を発揮。
「ブーブーブー、ブーブーブー、ブーブーブーのブー♪」
パニックを起こしていた豚達が、落ち着いたのです。そしてバコ様の後ろに続いて歌って踊り出す。馬鹿馬鹿しい光景ですが、下手にうろちょろされるよりは、ずっとマシです。そしてこの機会を見逃すレオンハルト殿下ではありません。
「皆の者! チャンスじゃ! 態勢を立て直し、押し返すぞ!」
自ら先陣に立ち、金棒を振るって獣のゾンビ達を叩き潰しながら、檄を飛ばします。その姿に、他の者達も奮い起ち、劣勢を押し返し始めました。ゾンビはしぶといですが、その一方で体が脆い。とにかく動けなくなるように破壊すれば、一応、無力化出来ます。手足を切り落とし動けなくする。噛み付かれない様に、首を刎ね、更に叩き潰す。アンデッドとはいえ、所詮、知性無き、下級であるゾンビ。落ち着いて対処すれば、それほど恐ろしい相手ではありません。
バコ様による、豚達のパニック沈静化。更に、レオンハルト殿下直々の奮闘及び、檄による士気回復も有り、獣のゾンビ達はあらかた討ち取られ、ほぼ、勝負は決しました。後は、残り少ないゾンビ達を始末するだけ。…………と思いきや。
「くたばれ! 死に損ないめ!」
討伐隊の1人が、手足を落とされ動けないゾンビの頭を踏み潰そうと足を上げた所へ。
「へーへーブーブー! へーブーブー!」
突然、騒ぎ出したバコ様。その直後。
「ドォォォォォォッ!!」
激しい音と共に、森の奥から飛び出してきた、大の大人1人、軽く飲み込むサイズの黒い奔流。それは、ゾンビにとどめを刺そうとしていた男、そしてその直線上にいた者達をまとめて飲み込み、跡形も無く消し去ってしまったのです。
「グルゥオオオオオオオオオオ……………………」
聞こえてきたのは、不気味なうめき声。木々をへし折る音を響かせ、何か大きな者がやってきます。
「ザコ戦が終わったから、次は中ボス戦って所かね」
「そうみたいですね、ナナさん」
これまでのザコとは違う新手。そして木々を薙ぎ倒し、それは姿を現しました。
「グ………グル…………グルオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
苦痛と怨嗟にまみれた、咆哮。かつては強靭な鱗に覆われていたであろう、その身体は無残に腐敗し、悪臭と腐汁を撒き散らし、空を駆けていたであろう翼も、もはや骨だけとなり、その役には立たず。今や、地を這いずるだけの忌まわしき怪物と成り果てた、哀れな存在。なれど、その力は今なお、強大。何せ、元が強いのですから。
「冗談じゃねぇ!! 何でこんな所にドラゴンゾンビがいやがる!!!!!!」
討伐隊の誰かが悲鳴を上げます。まぁ、当然の反応です。最強クラスの魔物と名高いドラゴン。それがアンデッド化したドラゴンゾンビ。生前より劣化はしていますが、少なくとも、そんじょそこらの連中の手に負える相手ではありません。しかも……。
「オオオオオオオオオオ………!!」
「ガァアアアアア…………!!!!」
次々と他のドラゴンゾンビ達が姿を現しました。その数、6体。よく見ると、その内、3体は首が無い。しかも、その首無しの3体は明らかにエルージュを狙っています。私は横目でエルージュを睨み付けます。
「後始末をしなかったのですか?」
「それに関しては、謝罪します」
3体の首無しドラゴンゾンビは、先日彼女が仕留めたドラゴン達の成れの果ての模様。全く、迷惑な話です。しかし、今はこの状況をどう切り抜けるかが最優先。ゾンビの中でも別格のドラゴンゾンビ。それが6体。ぶっちゃけ、今回の討伐隊メンバーの中で太刀打ち出来るのは私、魔女師弟、エルージュ、それとレオンハルト殿下ぐらい。
何より厄介なのが、ドラゴンゾンビ登場に、討伐隊のメンバーが統率を失い、滅茶苦茶に行動しだした事。もう、こうなっては、どうにもなりません。完全に組織崩壊です。そんな状況を見逃すドラゴンゾンビ達でもなく、次々と犠牲者が出る。
ある者は食われ、ドラゴンゾンビを苛む飢えと苦痛の一時しのぎとなり。
また、ある者は踏み潰され、地面の染みとなり。
また、ある者は尻尾に凪ぎ払われ、バラバラの肉片と化す。
まぁ、戦場ではよく有る光景です。ハルカは顔色を青くしていましたが、吐かないだけ、マシです。さて、どうしましょうか? 逃げ惑うメンバーの中には、「話が違う!」とか、「デブ王子を殺せば終わりのはずだったのに!」等と喚いている者達が。やはり、いましたね、デブ殿下を亡き者にしようとする輩が。今や、自分が死に直面している辺り、なかなか滑稽です。まぁ、このまま、やられてあげる気は有りませんし、そろそろ片付けますか。
「ハルカ、鬱陶しいから片付けるよ。それに、まがりなりにも雇い主であるデブ殿下に死なれちゃ困る」
「分かりました」
魔女師弟も、動く気ですね。報酬が掛かっていますし。それは私も同じ。では、死に損ない共を、きっちりあの世に送ってあげましょう。槍を手に、手近なドラゴンゾンビに向かう。
戦力差は、向こうは6。こちらは5。数の上では、向こうが有利。それに向こうはアンデッド。通常なら致命傷でも、止まらない。更にはその巨体自体が、質量兵器となる。文字通り、腐ってもドラゴン。今回の討伐隊のザコ風情では、相手にならない。
ですが、私達にとっては、なかなかに美味しい相手。繰り返しますが、腐ってもドラゴン。さすがに、肉や内臓は腐って使い物になりませんが、牙、骨は使えます。高く売れるのです。思わぬ副収入に、内心、笑いが止まりません。出来れば独占したいのですが、それは無理。現状、私、魔女師弟、レオンハルト殿下が各1体。エルージュが首無しの3体。今は、自分の受け持つ相手を片付けるとしましょう。
向こうも私を当面の相手と見なしたらしく、眼球の無い、がらんどうの眼窩でこちらを睨み付け、口を大きく開く。先程と同じく、ブレスを吐く気ですね。
「させませんよ」
亜空間より、取り出したのは水風船。それを大きく開いたドラゴンゾンビの口の中へと投げ込む。狙い違わず、口の中へと吸い込まれたそれは、じきに効果を発揮。
「ガ……グガァアアアアアアァァァァ……」
みるみる内に全身が朽ち果て、白骨と化す。やはり、よく効きますね。私の師。真十二柱、序列四位 武神 鬼凶の神気を込めた御神水を入れた水風船は。さて、他の方はどうなっているでしょう? まぁ、たかが、ドラゴンゾンビ程度に殺られるタマではありませんが。あぁ、もう終わっていましたか。
魔女師弟の内、ナナの方は、即座にバラバラに解体。ハルカの方は、凍らせて動きを封じた上で、ウォーターカッターで解体中。
レオンハルト殿下は巨大な金棒を振るい、ドラゴンゾンビの全身を滅多打ちにして、もはや原型をとどめない程のミンチに変えていました。ここまで潰せば、いかにドラゴンゾンビといえど、おしまいです。ただ、これでは骨や牙の回収が出来ませんが。
そして、3体の首無しドラゴンゾンビと相対していたエルージュ。彼女の方はというと。ドラゴンゾンビを3体まとめて、地面から突き出した複数の鋭い水晶のトゲで串刺しにしていました。まるでハリネズミです。ともあれ、これでドラゴンゾンビ達は全て討伐、と思いきや。
「待て! まだいる!」
ナナが叫び、7体目が出現。そいつは、私達を手強いと見たのか、一番の弱者であろう、豚達を狙いました。標的は手近にいた1匹の子豚。場所的にも、タイミング的にも、助けに入るには間に合いません。子豚には気の毒ですが、運が無かったという事で。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
そこへ響き渡る、変な歌。言わずと知れたバコ様です。先程から、ゾンビ達との戦闘を尻目にずっと歌って踊り続け、今も続けています。そんな最中、奇跡が起きたのです。
「ガ……アァ…………………ア……………………………」
今にも子豚を一呑みにしようとしていたドラゴンゾンビが、塵となって崩れ落ち、最後に残った光の玉が天へと昇っていったのです。子豚はというと、こちらは無事。そしてバコ様は……。
ブリブリブリブリブリブリブリブリ!!
盛大に脱糞。やはり、頭がボケていますね。しかし、先程のあの光景は……。
「驚いたね。ドラゴンゾンビが『昇天』するとはね」
私の思っていた事をナナが語りました。やはり、あれは昇天でしたか。ですが、その手の事が出来るのは、聖職者かその類い。今回のメンバーの中にはいないはず。かといって、ドラゴンゾンビが勝手に昇天するとも思えません。となると……。
「……今回も大盛りだね、バコ様」
「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」
私はバコ様の方を一瞥。当のバコ様は、大便を漏らしたせいでハルカにオムツ交換をしてもらっている所。…………やはり、単なるボケ猫なんでしょうか。
ともあれ、ドラゴンゾンビ達を始末、解体を済ませ、牙と骨を回収。ひとまず危機は脱しました。しかし……。
「ずいぶん、減ったね」
「そうですね」
魔女師弟の言う通り、ドラゴンゾンビ襲撃で、討伐隊メンバーは、かなり数を減らしていました。私達を含めて、10人。元は30人。その内、10人が村の防衛の為に残ったので、この場にいたのは20人。ドラゴンゾンビに殺されたり、逃げ出したりした結果、この場にいた半数が減り、全体では三分の一になった勘定。大損失です。それに生き残った連中も使い物になるか、怪しいもの。そんな中、レオンハルト殿下が動きました。
「突然のドラゴンゾンビ達の襲撃にもかかわらず、よくぞ逃げ出さず、生き残った! そなたらの勇敢さに余は敬意を表す! 数多くの犠牲者が出た事は誠に遺憾であるが、だからこそ、その犠牲を無駄にしてはならぬ! どうやら此度の一件には黒幕がいる模様! 我が国と民の為にも、断固、これを討つ所存である! 何、恐れる事は無い、今、ここにいるのは、恐るべきドラゴンゾンビ達相手に逃げ出さなかった、勇猛果敢にして、高潔なる勇士達揃いであるからな! 無事、討伐の暁には恩賞は思いのままじゃ! ワハハハハハハ!!!!」
多くの犠牲者が出て意気消沈している討伐隊の生き残り達に対し、強烈な檄を飛ばしたのです。表向きは。
「……えげつないねぇ、あのデブ殿下」
「ナナさん、あれって、やっぱり」
「逃がす気は無いって言ってるんだよ」
正にその通り。表向きは称賛していますが、その実、褒め殺し。レオンハルト殿下は決して無能ではありません。彼らが、自分を亡き者にすべく雇われた者達である事は既に承知。その上で、彼らを味方に付けるつもり。
どのみち、彼らに選択肢は有りません。王族の命を狙う者は基本的に死罪。仮に逃げた所で、レオンハルト殿下殺害に失敗した以上、彼らの雇い主は彼らを生かしておかないのは明白。となれば、レオンハルト殿下の側に付くしかない。見た目は、お世辞にも冴えないデブなのに、実に腹黒い事で。今回の一件にしても、数多くの犠牲者が出た以上、それを埋め合わせる策を講じているのもまた、明白。アンデッド達を統べる黒幕の討伐をする事で、埋め合わせるつもりでしょう。明らかに魔獣より危険度は上ですし。
「皆にはすまぬが、予定変更じゃ。明らかに魔獣より危険な何者かが動いている。まずは体制を立て直すべく、一旦、村へと帰還する。くれぐれも油断はせぬ様に」
私達を含めた討伐隊の生き残りメンバーに、予定変更及び、村への帰還を告げるレオンハルト殿下。まぁ、この状況では仕方ないでしょう。腰が抜けて立てない連中を、ナナが蹴飛ばして立たせ、一同は、元来た道を引き返す事に。しかし、ここで新たな乱入者が。
ドズン!!!!
凄まじい踏み込みの音。地面にめり込む大きな蹄。そして漆黒の巨大で強靭な脚。森の木々を薙ぎ倒し、現れたのは漆黒の巨大馬。いえ、正確には馬ではありません。額から伸びた2本の角。今回の事件のそもそもの発端。双角獣が姿を現したのです。
『我ガ配下達ヲ、アノ様ナ動ク屍ニ変エタノハ、貴様ラカ?』
双角獣は、私達を睨み付け、そう言い放つ。……やれやれ、また、面倒な事になりそうです。
長らくお待たせしました。第142話です。
不安要素満載の魔獣討伐。そこへ突然の、アンデッド襲撃。更に追い討ちでドラゴンゾンビ襲来。撃破はしたものの、討伐隊は大きな被害を受ける事に。そこへ、今回の本来の標的である、双角獣登場。
その一方で、また奇跡を起こしたバコ様。そして、怪しい女騎士エルージュ。双角獣登場、更に、アンデッドを統べる黒幕。どうなる事か?
では、また次回。