第141話 魔獣討伐
「ハルカ、あんた体調は大丈夫かい?」
「昨日は早めに寝ましたからね。とはいえ、さすがに午前四時前に起きるのは、堪えますね。いつもと生活のリズムが違うんで」
「まぁ、その辺の文句も兼ねて、あのデブ殿下から、しっかり報酬を頂こうじゃないか」
「そうですね。しっかり頂きましょう」
ナナさんとそう話しながら、まだ薄暗い街中を歩く。……バコ様入りの乳母車を押しながら。
昨日、初対面を果たした、この国の第三王子。レオンハルト殿下。その殿下から持ち掛けられたのは、ナナさんとの協力体制。
殿下いわく、僕やナナさんに対し、悪い事を企んでいる連中がいる。そいつらのせいで、ナナさんの怒りを買うのが怖い。少なくとも敵に回す事だけは避けたいと。
そして、手を組む事への対価として、殿下の持つ権限で色々と便宜を図ってくださる。及び、悪い事を企んでいる連中に対する抑止力となってくださるそうだ。
『裏』絡みの事なら、ナナさんの力でどうにでもなる。だけど、『表』絡みとなるとそうもいかない。『表』には『表』の力が必要。その点において『王家』の名は絶大な威力を持つ。下手をすれば、王家に対する反逆となり、問答無用で死刑だし。
話し合いの結果、ナナさんが怖いレオンハルト殿下と、『表』に対する抑止力が欲しいナナさんとの間で、利害が一致。契約成立となった。そして、その場で最初の依頼を受けたんだけど。
「しかし、本当に急な依頼ですよね。まぁ、向こうにも都合や事情が有るのは分かりますけど」
「とりあえず、きっちり終わらせて、報酬をしっかり頂こうじゃないか」
急な依頼には驚いたものの、だからといって、対処出来ない程、ナナさんの教えは甘くない。緊急時にいつでも出られる様に、備えはしてある。ナナさんいわく、『いつ、どこで、どんな形で戦いになるか分からないから』と。実体験に基づくだけに説得力が有る。
「あ、もう何人か集まっていますね」
王城に近付くにつれ、門前に何人か人が集まっているのが見えてきた。
「ふん。どうやら、正規の部隊以外にも人を雇ったみたいだね」
ナナさんの言う通り、集まっている人達を良く見ると、揃いの装備の人達と、そうでない人達がいる。そして、揃いの装備でない人達の中に1人、知っている人が。向こうも気付いたらしい。こちらを見て、やってきた。
「おや、貴女方も今回の仕事を引き受けたのですか。せいぜい、足を引っ張らないでくださいね。特にハルカ。それと、おはようございます。本日はよろしく」
「…………おはよう。相変わらずだね、クソガキが」
「おはようございます、竜胆さん。余計なお世話かも知れませんが、少しは口の利き方を改めた方が良いんじゃないですか?」
開口一番、不愉快な挨拶をしてくれた、その人。真十二柱、序列四位。武神 鬼凶の唯一の弟子にして、後継者。竹御門 竜胆さん。貴女も来ていたんですね。
「あんたも来ていたとはね」
「食費は自分で稼いでいますので。なかなか報酬が良いので応募しました」
「ところで、ツクヨ達はどうしたんですか? いませんけど」
「ツクヨ様達は別件の用事が有り、そちらに向かわれました」
「そうなんですか」
聞けば、竜胆さんは食費を稼ぐ為に来たと。そして、ツクヨ達は別件でいないらしい。
「この際、はっきり言っておきます。貴女方の邪魔はしませんが、馴れ合う気も有りません。その辺、お忘れなきよう」
「……ふん。その言葉、そっくり返してやるよ。行くよ、ハルカ」
「はい、ナナさん」
これ以上話す事は無いとばかりに去っていく竜胆さん。相変わらず、愛想もへったくれも無い人だ。ナナさんも不愉快さを隠そうとしない。揉めないと良いけど……。
「全員集合!」
どうやら、時間らしい。全員集合の声と共に、今回のメンバーが集まる。僕はナナさんと一緒。竜胆さんは、少し距離を置いている。邪魔はしませんが、馴れ合う気も無いと言われたし。
「静粛に! これよりレオンハルト殿下からの、お言葉が有る! 各自、清聴せよ!」
さっき、全員集合と言った人が、レオンハルト殿下の登場を告げる。そして、やってきましたレオンハルト殿下。魔物討伐に向かうだけに、全身甲冑に身を包み、武装している。口上を述べるだけに、顔は見せているけれど。
「皆の者! 此度はよくぞ集まってくれた! そなたらの様な精鋭達が集まってくれた事、余は誠に感激である! そなたらの協力が有れば、此度の討伐も何ら恐れる事など有るまい! 手柄を上げた者には、相応の報酬を出す! 各自奮闘し、存分に手柄を上げよ!」
殿下からのお言葉に、一同、盛り上がる。そりゃ、相手は王族。報酬の方も期待出来るだろうし。……もっとも、生きて帰れればの話だけどね。言っては悪いんだけど、お世辞にも大した人達とは思えない。
「……ふん。感心しないね」
ナナさんも、感心しないと吐き捨てる。
「数ばかりで、使い物になりそうもありませんね。敵が多い様ですね、あのデブ殿下は」
いつの間にか、そばに来ていた竜胆さん。彼女も今回の討伐隊のメンバーのレベルの低さを指摘。ひいては、レオンハルト殿下の立場の問題についても。
「そりゃ、そうだろうさ。いくら有能だろうが、あくまで三男坊。王族は基本的に長子が後を継ぐ。あのデブ殿下を邪魔に思っている連中は、ごまんといるさ。今回、集まった連中にしても、そいつらの息のかかった奴らがいても、おかしくない」
「……今回の魔物討伐を利用しての、殿下暗殺計画もあり得ますね。そうでなくても、失脚させようとか」
「十分、あり得る。その時は、割り増し料金を請求してやるさ」
「その際には、私も参加しましょう。当然、割り増し料金は頂きますが」
「好きにしな。相手は王族だ。必要経費は出してくれるさ」
どうにもきな臭い雰囲気の有る、今回の魔物討伐。ナナさんと竜胆さんは、もしもの際に、割り増し料金を取る気満々。…………僕としては、穏便に終わって欲しい。
ともあれ、レオンハルト殿下率いる討伐隊は、北に向かって出発する事に。さすがに徒歩ではなく、乗り物を用意してくれた。
「バスですね。武装してますけど」
「昔と比べて、移動も楽になったもんだね。ほら、さっさと乗るよ」
用意されたのは、2台の武装バス。もしもの事態に備え、戦力を二分しているそうだ。ただ、このバス、あくまで人員輸送用。バコ様入りの乳母車ごと乗るのは無理が有る。仕方ないので、乳母車からバコ様を降ろし、僕が抱える。……重い。
「おいおい、豚を連れてるガキがいるぞ!」
「見るからに頭悪そうな豚だな!」
「いるんだよなぁ、ああいう、実戦舐めてるガキ!」
「メイドさんよ! ピクニックに行くんじゃないんだぞ! ペットの豚を連れて、さっさと帰んな!」
そんな僕を見て、好き放題言う、他の人達。 ……まぁ、言われても仕方ないけどさ。
「…………言わせておきな」
「…………はい」
正直、腹は立つけど、今はそんな場合じゃない。あの手の連中は無視一択。バコ様を抱えてバスの中へ。じきに2台のバスに全員乗り込む。
「よし、全員乗ったな! では、これより出発する!」
僕達を乗せて、2台の武装バスは一路、北へ。…………何事も無い事を願いつつ。
さて、目的地に着くまでは、時間が有る。せっかくだから、バス内の人達の観察でもしよう。……情報収集は基本だからね。
とはいえ、あまり、じろじろ見る訳にもいかず。それとなく、周囲を探ってみる。
『やっぱり、大した人はいませんね。少なくとも、このバスの中には』
『そうだね。今回の人員だけど、正規の連中は、貴族のバカ坊ちゃんだし、それ以外は、せいぜいチンピラ風情。誰の仕業か知らないけど、デブ殿下に対するあからさまな悪意を感じるよ。そりゃ、デブ殿下も私達を急遽、雇う訳だよ』
他人に聞かれるのを避け、隣の座席に座るナナさんと、念話で話す。改めて、今回の討伐隊のメンバーの内容は酷いと実感。ちなみに竜胆さんは、もう1台のバスに乗っているので、この場にいない。
「無事に終わると良いですね」
「そうだね。それが一番だけど、こればっかりは、分からないよ」
あまりにも先行き不安な中、2台のバスは北へとひた走る。
「まもなく、目的地に到着する。各自、降りる準備をしておけ」
バスに揺られて数時間。まもなく、目的地に到着するらしい。皆、それぞれ降りる準備を始める。
「いよいよですね、ナナさん」
「そうだね。ハルカ、分かっているだろうけど、抜かるんじゃないよ」
「はい」
単純に強さという点で見れば、僕達が窮地に陥る可能性は極めて低い。ナナさんという、最強クラスの人がいるし。しかし、現実は甘くない。単純な強さでは、どうにもならない事だって、あり得る。油断慢心はいけない。…………ある意味、あの灰崎 恭也に通じるけど。
「ダシマキ、そろそろ降りるよ」
「シャー」
僕の膝の上でくつろいでいたダシマキに声をかけると、返事と共に僕の頭の上に乗る。
「バコ様もだよ。ほら、起きて」
「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」
太っていて重い事もあり、ナナさんの魔力で空中に浮かんでいたバコ様。その状態で寝ていたけれど、そこを起こされて、不満を表す歌と踊り。
「へーへーブーブーじゃないの!」
空中で踊るバコ様を捕まえる。しかし、大きいし、重いな。おまけに踊るし。ともあれ、バスは目的地に到着。
さて、バスの到着した先は、寂れた小さな村。かなり北の方だけあって、肌寒い。でも、それ以上に問題が有った。
「…………こりゃ、思ったより難儀かもね」
「そうですね。場所的に、まずいですよね」
この辺りは北方の大勢力である『教国』との国境に近い。そこへ、大軍ではないにしろ、王族が兵を率いてやってきたとあれば、騒ぐ連中がいるだろう。そうでなくても、何らかの妨害が有るかもしれない。
「『教国』は保守的な国だから、そうそう攻め込んだりはしないと思うけど、絶対無いとは言い切れないからね」
「政治的な問題が絡んでくるとなると、厄介ですね」
「全くだよ」
単なる魔物討伐から、国際問題になりかねない厄介事にランクアップしてしまった。そこへ、レオンハルト殿下に対する悪意も絡んで、いよいよ厄介な事態になりつつある。
そんな僕達の危惧を他所に、今回の魔物討伐に向けて、事態は動いていく。まずは、今回の依頼者である、この村の村長に話を聞くらしい。後、今回の拠点としてこの村に滞在するに当たっての話し合いも。その辺は、僕達の関与する所ではない。レオンハルト殿下と、その御付きの人が向かった。
「そもそも、どんな被害が出ているんでしょうね?」
「…………見た感じ、畑を荒らされているって所かね。見な、畑の柵がえらくしっかりしている上、あちこち、補修した後が有る。しかも、補修した後が新しい」
「頻繁に畑を荒らされているという事ですね」
「そういう事だろうさ。わりとちんけな事件だけど、こんな田舎の小さな村からすりゃ、死活問題」
「魔物討伐なんて出来そうもないですしね」
田舎の小さな村の厳しい現実。やはり、世の中、そんなに甘くはない。と、そこへ、レオンハルト殿下達が戻ってきた。そして、今回の件について改めて説明。思った通り、最近、畑を荒らす魔物を退治。少なくとも、追い払うそうだ。地味と言えば地味。でも僕はその方が良い。世界の存亡を掛けた、一大闘争なんて、それこそ、どこかのヒーローにでもやってもらえば良い。
さて、畑を荒らしているのは、どんな魔物なのか? 説明によると、馬の様な魔物に率いられた、魔獣達の群れだそうだ。罠を仕掛けても、柵を作っても、ことごとく破られて野菜を食い荒らされてしまうのだと。不幸中の幸いとしては、被害は野菜にとどまり、人的被害は出ていない事。まぁ、村の人達も魔獣を相手取る気は無いらしい。そんな事をした所で、怪我人、死人が出るだけ。賢明な判断だと思う。
「馬じゃなくて、馬の様な魔物ですか。何種類かいますよね」
「水辺じゃないし、頭に角が生えていたらしいから、ケルピーは無い。一角獣の線も無いだろうね。あいつは基本的に人前に出てこない。となると、多分、双角獣か」
「二本角の馬型魔獣ですね」
「そうだよ。気の荒い魔獣でね。確かにこいつなら、畑も荒らすだろうさ。しかも、今回の奴は他の魔獣を率いている辺り、なかなかの大物と見た」
ナナさんの見立てでは、畑を荒らしている元凶は双角獣。しかも知恵も力も有る大物と予想。
「ぶっちゃけ、双角獣ごとき、私やあんたの敵じゃない。ぶち殺して、角をもぎ取って、馬肉にしてやるよ。でもね。何か、嫌な予感がするんだよ」
「怖い事言わないでください、ナナさん」
ナナさんの嫌な予感。ナナさんが言うには、昔から、不思議と嫌な予感が当たるらしい。
かつての蒼辰国での一件の際にも、嫌な予感がし、見事、的中。真十二柱の魔道神クロユリ、暗黒神アンジュと対決する羽目に。そして、今回も嫌な予感発動。帰って良いかな?
とはいえ、ナナさんが嫌な予感がすると言うので帰ります、とも言えず。何とか、今回の件を片付けるしかない訳で。で、今回の魔物討伐だけど、どうするかで意見が分かれている。つまり、打って出るのか、それとも待ち受けるか。
「ナナさんなら、どうします?」
「手っ取り早く済ませるなら、この辺一帯をまとめて吹っ飛ばす」
「……確かに手っ取り早いですけど」
「冗談だよ。でもね、私としては、打って出るのはお勧めしないね。危険だよ」
「ですよね」
森の中は暗く、見通しも悪い。足場も悪く、生い茂る木々が邪魔となる。何より、魔獣達のテリトリーだ。そんな所にわざわざ入るなど、自殺行為に等しい。
「さりとて、いつ来るか分からない魔獣達を待ち受けるのも、また困りもの」
僕とナナさんの会話に割り込んできたのは竜胆さん。彼女の言う事もまた、正論。豊かな村ならともかく、貧しい村。そんな所によそ者が大勢やってきて、長く居座られてはたまらないだろう。
しかも、ここは北の国境付近。王族の率いる武装集団が長期滞在していては、国家間のトラブルに繋がりかねない。出来るだけ早く解決しなくてはいけない。
「さて、どうするつもりでしょうね? あのデブ殿下は」
「短期決戦は必須だからね。ある程度の犠牲はやむを得ないだろうさ。その辺をどうするかだね」
ナナさんと竜胆さんが話し合う中、方針が決まったらしい。どうやら、ある程度の人数を村の防衛に当てた上で、打って出るらしい。そして、迎撃側として、僕、ナナさん、竜胆さんが加わった。……防衛側は大丈夫かな?
森への出発に向けての準備中。迎撃側のメンバーが準備をしている中、僕達も準備を進める。
「とりあえず、ハルカ。あんたは着替えてきな。ほら、着替え」
「ありがとうございます、ナナさん」
今回は場所柄、何より他人の目が有るから、メイド服では具合が悪いとナナさんから、ジャージの上下を受け取る。そして携帯用個室で着替えてくる。
「武器は私とハルカは良いとして、竜胆、あんたは……ふん、ちゃんと用意してるか」
「その辺は抜かりは有りません。師匠にあちこち連れ回されてきましたから」
竜胆さんが手にしているのは、『く』の字型の刀身を持つ山刀。武器としてだけでなく、枝や藪を切り払う事にも便利。それと、短めの槍。いつもの銃剣付きライフルは使わないらしい。
「そちらはどうなんですか?」
「私達はこれさ」
竜胆さんからの問いにナナさんが答え、武器を見せる。ナナさんはサバイバルナイフ。僕は小太刀二振り。ただし、あくまで高品質の鋼の品。
「…………なるほど。人前であれらを使う気は無いと」
「色々と目立つからね。ザコ共に騒がれたら鬱陶しい」
これはナナさんからの指示。僕の小太刀二振りにしろ、ナナさんのナイフにしろ、間違いなく、最高クラスの品。そんな物をむやみやたらと人前で見せてはいけない。厄介事にしかならないと。
そこで、『見せる武器』としてナナさんが新しく武器を作った。だからといって、手抜きの品ではない。使う際に違和感が無い様に、サイズ、重さ、重心なども、本来の武器に出来るだけ近付けた。ナナさん基準では、とりあえず、実用レベル。ナナさん基準でね。……世間一般だと、最低でも一流の品だけど。それでも、本来の武器を見られるよりはマシ。
「さて、どうやら出発らしいね」
ナナさんの言う通り、いよいよ森へと出発するらしい。装備の確認をした上で、そちらに向かう。
「その豚も連れて行くつもりですか?」
「置き去りには出来ませんから」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
相変わらずの変な歌と踊りを繰り返すバコ様。森に入る都合上、乳母車に乗せられない。仕方ないので、僕が抱っこする。ナナさんはバコ様の世話は絶対にしないし。
「…………厄介な豚を拾いましたね」
「一応、猫なんですけどね、バコ様」
バコ様を置き去りに出来ないのは、事実。でも、竜胆さんの言う通り、厄介な存在であるのも事実。バコ様の世話係を代わってくれる人がいれば良いけど、いないし。
「では、これより森へと向かう! 既に分かっているであろうが、森は魔獣達の領域。各自、くれぐれも油断せぬ様に!」
いよいよ、森へと魔獣討伐に向かう。しかし、今日一日で終わるとは思えない。とりあえずは、偵察及び、ある程度の魔獣討伐となるだろう。と、そこに突然、割り込んできた人が。
「申し訳ありませんが、その討伐隊に飛び入り参加させては頂けませんでしょうか?」
その声に皆、一斉にそちらを向く。一体、いつの間にいたのか、そこには、1人の女性騎士。
「……あんな人、いましたっけ?」
「いや、少なくとも、私達がここに集まった時にはいなかった」
突然現れた女性騎士に、僕とナナさんは少なからず警戒する。
「飛び入り参加とな? それ自体は構わんが、魔獣討伐じゃぞ? 命の保証は無い。それ相応の実力が無くては話にならぬぞ」
僕とナナさんが警戒する中、レオンハルト殿下は女性騎士に対し、飛び入り参加自体は構わないと言うものの、魔獣討伐の危険性と、実力が無くては話にならない事を告げる。
「なるほど、実力ですか。ならば、これでいかがでしょうか?」
女性騎士はそう言うと、空中から何かを引っ張り出してきた。亜空間収納を使えるのか。そして引っ張り出してきた物はというと。大きなドラゴンの生首。それも4つ。ドラゴンを仕留める、しかも複数ときた。間違っても、そんじょそこらの連中には出来ない。
「ここに来る途中の、東の山脈で仕留めました。もっとも、これだけでは信用出来ないでしょうから、少し余興を致しましょう」
複数のドラゴンを仕留めただけにとどまらず、女性騎士は余興をすると言い、空中から奇妙な槍を取り出した。ルビーを削り出して作った様な槍を。それを右手に持ち、左手で足元の小石を拾い、上に放り投げる。そして落ちてきた小石に向かって、目にも止まらない凄まじい速さの連続突きを繰り出した。
「いかがでしょうか?」
最後の一突きを繰り出した後。槍の穂先の上には、女性騎士本人のミニチュア石像が出来ていた。細部に至るまで精巧に作られている。凄まじい槍の腕前だ。空中で小石を。しかも槍で突いてミニチュア石像を作るなんて。
「見事じゃ。実に素晴らしい技を見せてもらった。良かろう。そなたの飛び入り参加を認める」
女性騎士の凄まじい槍の技量を見て、レオンハルト殿下は彼女の飛び入り参加を認めた。今は少しでも戦力が欲しい所。……もっとも、彼女が信用に足る人物かどうかは分からないけど。
「ナナさん、あの人について、どう思います?」
「どうにも気味が悪いね。あいつ、心が読めない」
「…………読心術ですか。あまり感心しませんけど、今回は状況が状況ですからね。でも、ナナさんが心を読めないなんて」
「何者かは知らないけど、油断ならない奴だよ」
「はい」
ナナさんに、飛び入り参加の女性騎士について聞いてみたら、思わぬ返事が。ナナさんの読心術が通じない。いよいよもって、油断ならない人物。改めて気を引き締める。
「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」
そんな状況などお構い無しに突然、騒ぎ出すバコ様。
「どうしたの、バコ様? お腹空いたの? それとも漏れそうなの?」
一旦、下ろして聞いてみる。するとバコ様は歌って踊りながら、あの女性騎士の元へ。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
そして、いつもの変な歌と踊りを始める。更に……。
ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ!!
盛大にウンコを漏らす始末。
「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」
「あの、ボケ猫!! 人前で恥かかせやがって!!」
バコ様の、人前で奇行をした挙げ句、ウンコを漏らす醜態に、ナナさんはカンカン。とにもかくにも、今はフォローをしないと!
「すみません! うちの猫がとんだ失礼を! 年寄り猫で、頭がボケてしまっているんです。決して、悪気が有ってやっている訳ではないので」
すぐさま、女性騎士の元へ行き、もう、ひたすら謝る。ナナさんはこういう事はしないし、バコ様は頭がボケている。よって、僕が謝罪するしかない。
「そう謝らなくても結構です。別に、何か被害を受けた訳でもありませんし」
「ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」
幸い、あっさり許してもらえた。変にこじれなかった事にホッとする。特に、これから魔獣討伐に行く訳だし。
「それよりも、早くオムツを替えてあげるべきではありませんか?」
「あっ、そうでした!」
謝罪に気を取られて、バコ様のオムツ交換を忘れていた。ウンコを漏らして気持ち悪いらしく、バコ様はへーへーブーブーと不満を表す歌と踊りを繰り返している。
「ごめん、バコ様。すぐ、オムツを交換するからね」
歌って踊るバコ様を捕まえ、手早くオムツを脱がし、お尻をきれいに拭いて、消毒。新しいオムツを取り出して履かせる。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
お尻がすっきりした事に対する喜びを表す、歌と踊りを始めるバコ様。……気楽で良いね。
「あの、そろそろ出発したいのだが……」
「すみません!」
バコ様のオムツの交換を済ませた所で、レオンハルト殿下から、そろそろ出発したいと言われた。わざわざ、オムツ交換の間、待ってくださっていたのか。正直、他の面々からの視線が痛い。急いで討伐隊のメンバーに加わる。
「よし! では、これより、治安維持を目的とする、魔獣討伐を行う! 各自、くれぐれも油断せぬ様に! 出発!!」
僕が加わって討伐隊のメンバーが揃った事で、遂に、魔獣討伐に向けて出発。一同は村の出口へと行進。ただ、その時、ふと、村外れの方から、誰か走って来るのが見えた。どうしたのかな? まぁ、今は魔獣討伐が先か。
これまでと比べたら、早めに書けました。第141話です。
レオンハルト殿下の依頼を受け、北方へ魔獣討伐に向かった、ナナさん、ハルカ師弟及び、ハルカの使い魔、白ツチノコのダシマキ。後、ついでにバコ様。武神 鬼凶の弟子の竜胆も参加、しかし、討伐隊のメンバーは、お世辞にも精鋭とは言えず、どうにも先行き不安。
その上、ナナさんいわく、嫌な予感。更には、謎の女性騎士。最後に、魔獣討伐に向かう際にハルカが見た、村外れから走ってきた人。嫌なフラグが乱立中。
では、また次回。