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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第140話 傑物? それともバカ?

「ナナさん、支度は出来ましたか? そろそろ出ますよ?」


「あ〜、はいはい。分かってるよ。もうすぐ行くから」


 玄関先から、せっつくハルカ。やれやれ、この何かとややこしい時に、余計な事に巻き込まれたもんだよ、全く。まぁ、愚痴った所で何が変わる訳でも無いけどさ。


「しかし、まぁ、ハルカやツチノコならともかく、今回の主役がお前とはね」


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 私の視線の先。今日も今日とて、訳の分からない歌と踊りを繰り返す、頭のボケたデブの三毛猫、バコ様。


「……ま、この豚なんぞ、ただの口実。何らかの裏が有るのは確定だね。ったく、面倒くさいね」


 全く、面倒くさいったら、ないよ。こちとら、それどころじゃないんだけどね。かといって、以前みたいに孤島で暮らしていた頃ならともかく、今は街で暮らしている身。王家からの召喚を無視する訳にもいかず。


「ぶっちゃけ、無視したせいで周りがギャーギャー騒ごうが、私は知ったこっちゃないが、ハルカはそうもいかない」


 私はともかく、ハルカの立場が悪くなるのは、まずい。……私も甘くなったもんだよ。


「ナナさん! まだですか!」


「分かった、今行くよ」


 ま、とにかく行くしかないか。面倒事にならなきゃ良いけどね。







 そもそもの事の起こりは2日前。うちに届いた、1通の手紙。別段、手紙が来る事自体は珍しくもない。というか、毎日、山の様に来る。大部分が、ハルカを雇いたいとか、養女として迎え入れたいとかさ。


 だが、その手紙は違った。()()()()()()()()()()()だったのさ。ハルカは驚いたし、私も多少は驚いたね。ただし、私とハルカでは、驚いた理由が違うけど。ハルカは単純に王家からの召喚状が届いた事に驚いたのに対し、私は、なぜ、今さらになって召喚状を送り付けてきたかってね。


 私はここに引っ越してきた後、程無くして、王城に空間転移で乗り込んでやった。国王の真ん前にね。当然、周りの連中がごちゃごちゃ騒ぎやがったが、即座に制圧。その上で、国王にきっちり話を通してやったのさ。


『ハルカにつまらない干渉をしてみろ。この国を根こそぎ消し飛ばしてやる』


 ってね。やはり、話ってのは、分かりやすく、簡潔に済ませるに限る。ぐだぐだと回りくどいのは嫌いでね。要はハルカをつまらない権力争いやら、国家間の紛争に巻き込むなと釘を刺したのさ。


 ちなみに、近衛隊を始めとする鬱陶しい連中だが、半殺しで済ませてやった。以前の私なら、見せしめに皆殺しにしてやったんだけど、今はハルカがいる手前、この程度で済ませた。


 とはいえ、あの時の国王や、大臣連中の顔は見ものだったね。まがりなりにも、国王の身辺を守るだけに国内外から選りすぐられたエリート揃いの近衛隊が瞬殺(半殺しだけど)されたんだからさ。大方、いくら伝説の魔女といえど、その実力は誇張されたものだと思っていたんだろうね。実際、ここ300年程は人前に出なかったけど、伝説の魔女を舐めんじゃないよ。


 で、あれ以来、特に国からの干渉は無かった。さすがにあれを見てまだ、私達に干渉しようとする程、バカじゃなかったらしい。………だからこそ、なぜ今になって、私達に召喚状を送り付けてきたのかが気になる。







 まぁ、ごちゃごちゃ考えても仕方ない。いざとなれば力ずくで潰すまで。内心を押し隠し、私は玄関先へと向かう。


「遅いですよ、ナナさん」


「悪いね。女の身支度は時間が掛かるのさ。特に今回は、相手と場所がね。きちんと身なりを整えないといけないだろう?」


「それはそうですけど。しかし、久しぶりですね、その服装」


「まぁね」


 今回はなんといっても、この国を治める国王のいる城へと正式に上がる訳だ。さすがに普段の黒ジャージ姿では格好が付かない。私はどう言われようが構わないが、ハルカが恥をかくのは我慢ならない。という訳で、以前、スイーツブルグ侯爵家に初めて訪問した際に着た、紫のスーツの上下を着てきた。……こういう堅苦しい服は窮屈で嫌なんだけどね。


「ところで、そいつらは大丈夫なんだろうね? 特にボケ猫」


 今回の王家からの召喚は名目上、ボケ猫を見たいという内容だけに、当然、ボケ猫を連れてきている。後、ハルカの使い魔の白いツチノコ、ダシマキもくっついてきた。既に指定席と化したハルカの頭の上に乗っている。……好きだね、そこ。


「ダシマキは大丈夫です。お利口さんですから。ただ、バコ様は……。とりあえず、トイレは済ませましたし、予備のオムツも用意してますけど」


「そいつ、所構わず、ウンコを漏らすからね」


「頭がボケちゃってますからね……」


 ハルカの使い魔のダシマキはともかく、ボケ猫は何をやらかすか分からない。意味不明の変な歌と踊りを繰り返し、所構わずウンコを漏らしては、辺りを徘徊。頼むから、アホな真似はするんじゃないよ。……期待は出来ないけどね。ボケ猫だし。


「しかし、バコ様にも困りましたね。また太りましたし。いい加減、ケージに入れて運ぶにも無理が有ります。……そもそも、どうして太るんでしょう? 餌はダイエットフードに変えましたし、毎日踊っているのに」


「知るか」


 ボケ猫の奇行だけでなく、止まらない肥満ぶりにも苦言を漏らすハルカ。うちに来た時点で体重13㎏だったのが、18㎏になり、今朝、計ったら28㎏になってやがった。こりゃ、30㎏オーバーも近日中に果たすね。……そのうち、マジで100㎏超えとかしないだろうね。


「ともあれ、ナナさんにこれを作ってもらって助かりました」


「ケージに入らない、持ち運びが大変ときた以上はね」


 ハルカが手にしているのは乳母車。ボケ猫があまりに太り過ぎて運ぶのが大変だと言われてね。作ってやったのさ。その中ではブクブク太った豚……もとい、三毛猫がブーブーと大いびきをかいて寝ている。仰向けで。こいつ、本当に猫かい? 腹出して寝るな、バカ! ちなみにこいつ、太り過ぎてとうとう、自力で起き上がれなくなったらしい。そのせいで、ハルカの仕事に、踊りに失敗してひっくり返ったボケ猫を起こすというのが最近、新しく加わった。私も長い事生きているが、ここまでダメな猫は他に知らない。


「ところで、迎えを寄越してくれるという事でしたけど」


「言ったそばから来たみたいだよ」


 屋敷の前で話をしていた私達だが、ようやっと、迎えがやってきた。一目で分かったよ。何せ、これ見よがしに王家の紋章が描かれた派手な馬車だからね。車が有るのにわざわざ馬車を使う辺り、格式やら何やらうるさい王家の面倒くささを感じる。ともあれ、行くかね。







 馬車に揺られて、向かうは王都の中心部。王城はここに有る。王都はざっくり言うと外周から、一般地区、貴族地区、そして中心部に分かれている。要は、王城、ひいては王族を守る為の構造さ。


「大きめの馬車で良かったです」


「そりゃ、王家の馬車だからね。大きく派手に作るさ」


 迎えの馬車が大きめのサイズであった事が、私達。特にハルカにはありがたかった。何せ、ブクブク太ったボケ猫を乗せた乳母車ごと乗れたからね。当のボケ猫は相変わらずブーブーいびきをかいて寝ている。出来れば、そのまま永眠しろ、穀潰し。


「それにしても、王家が僕達に今になって何の用なんでしょうね?」


「さぁね。私にも分からないよ。ま、いざとなれば潰すまでさ」


「……そうならない事を願います」


 ハルカもバカじゃない。今回の王家からの召喚について疑問に思っているらしい。最悪、力ずくで片付ける事も考慮に入れているし、ハルカもその辺はちゃんと理解している。穏便に済むに越した事はないんだけど。


 そうこうしている内に、馬車は王都の中心部に入った。となると、まもなく見えてくるね。この国の中枢。『王城』がね。


「ナナさん! お城が見えます!」


 どうやら見えた様だね。基本的に控えめなハルカにしては珍しく、ちょっと興奮気味。まぁ、本来なら庶民が足を踏み入れる事など無い場所。ましてや、若いハルカからすれば、色々と好奇心を掻き立てられるんだろうね。とりあえず、釘を刺しておくか。


「はいはい、分かったから、落ち着きな。城は逃げたりなんかしないよ。それに浮かれている場合じゃないよ。あそこは、それこそ、様々な人間の欲と権謀術数渦巻くヤバい場所だ。余計な事はしない、言わない、関わらない。良いね?」


「……確かにそうですね。忠告、ありがとうございます」


「分かれば良し」


 物分かりの良い子で助かる。さて、いよいよ馬車は王城の門前に到着。馬車の馭者と門番とのやり取りを経て、馬車は城内へ。







「ここでしばし待たれよ。じきに案内の者が来るゆえ」


 城内に到着した馬車から降りた私達に馭者はそう告げると、さっさと逃げる様に立ち去っていった。というか、完全に逃げたね、あれは。


「怖がられていますね」


「まぁ、仕方ないね。私としては別段、事を起こす気は無いんだけどね。……現時点では」


「僕としても穏便に済ませて欲しいんですけど。あ、それとダシマキは降りてね。これから偉い人に会うから」


 案内役が来るまで、しばらく待つ事に。その間にハルカは頭の上に乗っているダシマキに降りる様に言う。さすがに頭の上にツチノコを乗せた状態で王族に会うのは不敬と取られる。ダシマキの方もその辺を察し、すぐに降りてハルカのそばに控える。賢い奴だね。


 ハルカと雑談をしながら待っていると、向こうから誰かやってきた。あれが案内役かね? 見た目からして、城務めの侍女か。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 20代前半ぐらいか。なかなかの美人を寄越してきた辺り、ちゃんと分かっているみたいだね。それにだ。本人もなかなか出来る奴だ。


 何かと悪名高い私。若手の超新星と話題のハルカ。更に幻の珍蛇ツチノコ。そして、乳母車に乗ったブクブク太った変な生き物を見ても、眉一つ動かさなかったし、それに、何よりその身のこなし。単なる侍女の物じゃない。明らかに『裏』の人間のそれだ。今回、私達を呼び出した奴は、かなりのやり手の様だね。


 さて、侍女の案内の元、城内を進むが、国王のいる宮殿ではなく道を外れ、離宮へと向かう事に。私達を呼び出したのは国王ではないらしい。じゃあ、誰だろうね? まぁ、国王以外となると、王妃か、3人いる王子の内の誰かだろうけど。


 離宮へと入り、真紅の絨毯の敷かれた長い廊下を歩く。良い絨毯使ってるね。所々に置かれた調度品も品が良い。センスの良さを感じる。誰だか知らないけどさ。おや、到着したみたいだね。豪勢な両開きの扉が私達の前に。侍女が私達の到着を告げ、扉が開かれる。いよいよ、私達を呼んだ奴と御対面か。








「よくぞ参った! 此度はそなたらも多忙な中、急な召喚に応じ、この場に参じてくれた事、誠に歓喜の極みである! おぉ、名乗るのが遅れたな。余はアルトバイン王国、第三王子。レオンハルト・レオニス・アルトバインである!」


 扉をくぐった私達の目に飛び込んできたのは、豪奢な衣装に身を包んだ、太った姿。そして、そこから放たれた良く通る、でかい声。この国の第三王子が今回、私達を呼び出した張本人だった訳だ。先日、ミルフィーユから話を聞いていただけに、こうも早く対面する事になるとは、びっくりだ。しかし、ミルフィーユから話を聞いてはいたが、こりゃ大した傑物だよ。言葉に覇気が有るね。


『……この前、ミルフィーユさんから話を聞いたばかりで、もう会うなんて、何か不思議です』


『……ミルフィーユが何かチクったとは思えないけど。とりあえず、話を聞こうじゃないか。まずは挨拶しな。全てはそれからだ』


 ハルカも、少なからず警戒したのか、他の奴に聞かれないように念話を送ってきたので、同じく念話で返す。ま、最初は当たり障りの無い様にするか。その後は……臨機応変で行こう。


「はじめまして、レオンハルト殿下。私はナナ・ネームレス。職業、魔女。以上」


 あいにく、私は礼儀作法って奴が苦手でね。ハルカに睨まれるが、手を出さないだけでも相当、譲歩したつもりだよ。で、続いてハルカ。


「お初にお目にかかります、殿下。ぼ、私は、こちらのナナ・ネームレスが弟子にしてメイド。ハルカ・アマノガワと申します。此度は拝謁の名誉を頂き、恐悦至極に存じます。後、こちらは我が使い魔のダシマキでございます。ほら、ダシマキ、ご挨拶して」


「シャー」


 さすがはハルカ、真面目な事で。ついでに使い魔のダシマキにも挨拶をさせる辺りも、そつが無い。


「ふむ、そうかしこまらずとも良い、もっと気楽にして構わぬ。公の場ならいざ知らず、此度は、余の個人的な事情で呼んだだけじゃ。それに何より、余は堅苦しいのは好かん。普段は仕方ないにせよ、こういう個人的な場でぐらいは息抜きをせねばやっていられん。しかし、それが最近、ちまたで噂のツチノコであるか。いやはや、その様な珍しい生き物を見る事が出来ただけでも、此度、そなたらを呼んだ価値が有る」


 堅苦しい挨拶をしたハルカに対し、気楽にして良いと言う殿下。堅苦しいのは好かないそうだ。後、ツチノコがウケた。そりゃまぁ、珍しいからね。実際、研究者やら、珍しい物マニアやらが、わんさか押し掛けてきて、叩き出してやったのも記憶に新しい。


「では、お言葉に甘えまして。とはいえ、最低限の礼儀は通させて頂きます」


 殿下の言葉に対して、お言葉に甘えるものの、最低限の礼儀は通すと返すハルカ。まぁ、当然だね。殿下の言葉を鵜呑みにして無礼をかますなど、バカでしかない。


「なるほど。話に聞く通り、真面目な性格であるな。実に結構」


 殿下の方も、ハルカの返事に満足した模様。と、そこで今まで黙っていた奴が動きだした。


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 ハルカが押していた乳母車の中でブーブーいびきをかいて寝ていたボケ猫だ。ここで起きるかこのデブ。寝てりゃ良いのに。ハルカもボケ猫が騒ぎ出した以上、無視する訳にもいかず。仕方なく、乳母車から降ろす。すると、その場でいつもの様に変な歌と踊りを始めた。こういう所、一切のブレが無いんだよね、この豚。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ ヘーヘーブーブー、ヘーブーブー♪ ヘーヘーブーブー、ヘーブーブー♪」


 いつ見ても、理解不能、意味不明の変な歌と踊りをかますボケ猫。しかし、この場でこれはまずい。


「申し訳ありません、殿下! とんだ無礼を! このバコ様は頭がボケていまして。決して悪気が有ってやっているわけではありませんので、何とぞお許しを」


 慌ててフォローを入れるハルカ。いくら猫といえど、王族の前でアホと言うのはね。不敬だ無礼だと騒がれかねない。だが、それに対してレオンハルト殿下はというと。


「おぉ! これがツチノコと並び、最近、ちまたで噂の、歌って踊る『豚』であるか! いやはや、見事な踊りっぷりであるな! 誠にあっぱれである!」


 …………ウケたよ。これにはハルカも拍子抜け。まぁ、ややこしい事にならなかったのは幸いだ。最悪、力ずくで片付ける気だったし。


「あの、恐れながら申し上げます殿下。 バコ様は豚ではなく、猫です。非常に太っている上、ブーブー鳴きますが、それでも猫です」


「ハルカの言う通りだよ。そいつ、クソの役にも立たない穀潰しのどうしようもないデブだけど、それでも猫なんだよ。一応」


 ただ、殿下がボケ猫の事を『豚』呼ばわりしていた事をハルカが訂正。私もそれに続く。しかし、このボケ猫、周囲から完全に『豚』と認識されていたのか。……デブだし、ブーブー鳴くから仕方ないか。


「なんと! 豚ではないのか?! ブーブー鳴いておるではないか」


「確かにその通りですが、それでもバコ様は猫なのです。一応。足の裏を見れば、手っ取り早いかと」


「ふむ。確かに。では確かめさせてもらおう」


 ボケ猫が豚ではなく、猫であると聞いて驚く、レオンハルト殿下。ハルカからの申し出も有り、わざわざボケ猫の元へやってきた。自分の目できちんと確かめるクチか。








「ほほう、確かに肉球が有るな。豚ではなく、猫であったか。しかし、かような珍妙な猫はこれまで、聞いた事も無い。誠に世の中とは広いものであるのう。それにしても貫禄の有る猫じゃ。特にこの腹の触り心地が良い」


 ボケ猫の足の裏を見て肉球を確認、猫であると認めた殿下。更に言うと、ボケ猫の事がお気に召したらしく、ブクブク太った腹を触っている。当のボケ猫もご機嫌らしく、ブルルル〜、ブルルル〜と、喉を鳴らしている。実に平和な光景だね。しかしだ。そろそろ待つのも飽きた。


「いい加減、本題に入ってくれないかね? 私は気が短いんだよ。こちとら、そんなに暇じゃなくてね。その豚が見たいなんぞ、単なる口実だろう?」


 ある程度の殺気を放ち、レオンハルト殿下に問い掛ける。私は、とにかく回りくどいのが嫌いだ。後、つまらない茶番もね。何よりこちとら、真十二柱がやってくるという、極大の厄ネタを抱えているんだ。さっさと用件を言いやがれ。つまらない用件だったら、とりあえず叩きのめす。


「ちょっと、ナナさん! やり過ぎです!」


 まがりなりにも王族相手に殺気を放った事に、ハルカが止めに入る。そりゃそうだろう。私クラスの実力者ともなれば、殺気を浴びせるだけで、並みの人間なら軽く殺せるからね。()()()()()()()()


「ふぅ、さすがは伝説の魔女。ほんの挨拶代わりの殺気でこれほどの重圧を受けるとはな。とりあえず、非礼は詫びよう。だから、その殺気は納めてもらえぬか? これでは話し合いが出来ぬ」


「食えない奴だね。まぁ、良いさ。話し合いといこうじゃないか」


 手加減したとはいえ、まともに受ければハルカでも片膝付くレベルの私の殺気を、軽く受け流しやがった。ハルカも驚いている。その上で、何かと悪名高い魔女の私に話し合いがしたいと持ちかけてくるとはね。食えない奴だよ。







「まずは、軽食でもしようではないか。その上で話の内容を詰めていきたい。これ、誰ぞ有るか?! 何か軽く摘まめる物と、ワインに、ジュースを持ってまいれ!」


 レオンハルト殿下が手を叩き、軽食と飲み物を持ってくる様に命ずる。すると、じきにサンドイッチとワインとジュースの軽食セットを乗せたワゴンを押した侍女がやってきた。そして、手慣れた手付きで、テーブルに軽食一式を並べ、一礼すると去っていった。


「そなたらの口に合うかは分からんがな。さ、遠慮は無用じゃ」


「じゃあ、頂くとするかね」


「お言葉に甘えまして。いただきます」


 まずはレオンハルト殿下がサンドイッチを手に取り、私が続く。ただし、ハルカはすぐには手を付けない。


「殿下、ワインはいかがでしょうか?」


「うむ、頂こう」


「ハルカ、私にもね」


「はい」


 ハルカはメイドとして、飲み物を注いで回る。それから、初めてサンドイッチに手を付ける。ふん、さすがは王族。酒も飯も美味い。だが、そんな事より本題だ。


「で、私達を呼び出した本当の目的は何? さっさと答えな。つまらない嘘をついたら殺すよ。くだらない理由でも殺すよ」


「ナナさん!」


 私の発言にハルカが抗議の声を上げるが、無視。その一方で、レオンハルト殿下はというと。


「いやはや、容赦ないのう。分かった。降参じゃ。余は死にたくないのでな。率直に言おう。余と手を組んでくれぬか?」


 両手を上げて降参の姿勢を示した上で、自分と手を組んでくれと抜かしやがった。……稀代の傑物なのか? それとも稀代の大バカなのか?







「あんたさ、自分の親父。国王から何も聞いていないのかい? 私は、ハルカを国家間の争いや、権力争いに巻き込むな。巻き込んだら、この国を根こそぎ消し飛ばすと言ったんだけどね? バカなの?」


「ナナさん、そんな事、国王様に言っていたんですか。まぁ、今さら、どうこう言いませんけどね」


 私はレオンハルト殿下に、かつて私が国王に言った事を聞いていないのかと問い、更に、かつて言った内容を改めて言う。ハルカの発言は無視。


 対するレオンハルト殿下は頬張っていたツナサンドを赤ワインで流し込むと、不敵な笑みを浮かべ、答えた。


「当然、聞いておる。良く知っておるとも。あの父上が血相を変えて、徹底的に言い聞かされたのでな」


 そう答えると、レオンハルト殿下は、また新しいサンドイッチに手を伸ばす。


「だったら、なぜ、その言い付けを破る? ただじゃ済まない事が分からないバカとは思えないけどね、あんた」


「知れた事よ。バカ共がそなたらに余計な事をして、怒りを買う前に、そなたらを味方に付けておきたくてな。最悪、敵に回す事だけでも避けたい」


「私はそうならない為にも、釘を刺しておいたんだけど?」


「それは余も分かっておる。しかしじゃ、魔女殿、そなたも分かっておろう。人の欲の底無しぶりを。人の愚かさの際限の無さを。そなたらがここにいる限り、必ず欲に目が眩んだ輩が現れ、やらかすのは必定。嫌ならこの国から去る事じゃな」


 ……つくづく食えない奴だ。







「あんた、嫌な奴だね」


「良く言われる。済まんな」


 全くもって、食えない奴だよ。人の足元を見やがって。


 私は、そもそもハルカの為に、この王都へとやってきた。ハルカもここを気に入っている。だが、それが私を縛る枷ともなっている。


 ハルカが来る以前の私なら、気に入らなければ、即座にこの国を根こそぎ消し飛ばして、済ませていた。


 しかしだ。今は事情が違う。ハルカがいる。その手前、あまり事を荒立てる訳にはいかない。まぁ、非常事態となれば別だけど。逆に言えば、通常時は、基本的にこの国のルールに従わざるを得ない。昔みたいに全てを力ずくとはいかなくてね。その辺をきっちり突いてきやがった。ちなみにハルカは余計な口を挟まず、私とレオンハルト殿下のやり取りを見ている。


「…………あんたの目的は分かった。なら、こちらには、どんなメリットが有るんだい? 説明して欲しいね」


「王族の後ろ楯を得られる。更に言うと、他のバカ共が手出しをしにくくなるな。近頃、怪しげな動きも有るのでな、それに対する予防線となろう。下手をすれば王家に対する反逆となるのでな。表に対する、抑止力。悪い話ではあるまい」


「ふん。ま、悪い話じゃないね」


 裏の事なら、私の力でどうにでもなる。しかし、表の事となると、そうもいかない。政治やら、世間体やら、色々なしがらみが出てくる。それをどうにか出来る、表の力が今の私達には必要だ。そういう点では、スイーツブルグ侯爵家がいるけど、王族との繋がりを得れば更に大きな力を得られる。でも、その前に確かめたい事が有る。


「ただ、1つ聞きたい事が有る。あんた、国王の座は欲しくないのかい? あんたなら、十分、狙えるだろう? ましてや、私の協力を得たなら、たやすい事さ」


 さぁ、どう答えるか? ミルフィーユから話を聞いて調べたが、本当に優秀なんだよ、このデブ殿下。実力、人望、共に申し分ない。その気になれば、三男坊という立場を無視して、国王になれる程にね。ここでつまらない嘘を吐こうものなら、話は破談だ。


「あぁ、国王の座か? あんな物、要らん。欲しい奴にくれてやるわ。余の将来の夢はどこか地方の領主に封じられて、悠々自適の老後を過ごす事じゃ。わはははは!」


「……あんた、国王の座が欲しくてたまらない連中から刺されても、知らないよ」


「ふん。あんな物を欲しがる連中の気が知れぬわ。国王の座は、そんなに安くも軽くもない。下手に就いたら面倒なだけじゃ」


 呆れた奴だ。国王の座を要らんとバッサリ切り捨てたよ。しかも嘘じゃなく、本心だ。心ぐらい、読めるんでね、私は。ま、確かに国王の座ってのは、何かと面倒だし。間違っても好き勝手、やりたい放題には出来ないよね。やったらやったで、そのうちクーデターとかが起きるのがオチ。さて、ついでにもう1つ聞くか。


「それと、もう1つ。近々、あんたとミルフィーユの婚約発表が有るんだ。その際に、ミルフィーユがハルカを連れてくる事ぐらい読めないあんたじゃないだろう? それを通じて私達と接触するぐらい出来るだろう?」


「確かにな。しかし、先程も申したが、最近、怪しげな動きをしている連中がおる。それも困った事に、国内外を問わず、あちこちにな。そして、この王城内にも。もはや、座して見ている訳にはいかなくての。先手を打ったまでじゃ。……正直、かなりの博打勝負であったがな」


「……良い度胸してるよ、あんた」


 どうにも食えない奴だね。しかし、出来る奴だよ。…………ここは、一つ私も腹を括るかね。


「良いだろう。あんたと手を組んでやるよ。ただし、私と組む以上、裏切りは許さないよ」


「言われずとも、分かっておる。余とて命は惜しいのでな」


「なら、契約と行こうかい。さっさと紙とペンを持ってきな」


「それなら、心配無用じゃ。ほれ」


 契約を交わすに当たり、紙とペンを出せと言ったら、即座に懐から出すレオンハルト殿下。用意の良い事で。その紙とペンを受け取り、手早く契約の内容を書き、殿下に渡す。その内容を確かめた殿下は、直筆のサインを書く。……契約成立だ。


「これで契約成立だ。お互いに良い付き合いがしたいね」


「それは余も同感じゃ。よろしく頼むぞ、魔女殿」


 そう言って殿下が差し伸べた右手を私は握り返す。……こいつ、本当に良い度胸してるよ。()()()()()()()()()()()()()()。お互いに、思惑は有るが、ここに契約は成った。







「さて、契約が成って早々、済まんが、そなたらに依頼をしたい。もちろん、報酬ははずむのじゃ。聞いてはもらえぬか?」


「本当にさっそくだね。ま、依頼の内容によるね。内容は? 後、報酬ははずむんだよ」


 契約を交わして早々、私達に依頼を持ち掛けてきた殿下。気が早いね。とりあえず、依頼内容を聞こう。その内容次第だ。


「実はのう。最近、王国近隣での魔物による被害が増えてきていての。そこで、討伐隊を派遣する事になってな。余も王族の務めとして、討伐隊を率いて出陣する事になってな。その助っ人として、そなたらを雇いたい」


「なるほど。魔物の討伐ついでに、周囲に私達との繋がりを見せ付けてやろうってか」


「いかにも」


 魔物の討伐は、王族の義務の1つ。時々、部隊を率いて討伐を行い、治安を維持すると共に、王家の力を周囲に見せ付ける意味も有る。


「まぁ、それぐらいなら、良いさ。で、場所と日時は?」


 魔物退治ぐらい、私達にはたやすい。場所と日時を聞いてみる。


「此度の余の担当地区は北の『凶獣の樹海』。で、日時なんじゃが…………明日じゃ。早朝5時に城門前に集合じゃ。済まんの、日時の都合が付かなくてな」


「…………全く、今すぐに契約を破棄したくなってきたよ」


「誠に済まん。その分、報酬ははずむのじゃ」


 魔物の討伐は、ともかく、出発が明日の早朝とはふざけた事を抜かす。以前の私なら、その場で、ぶち殺していた所だ。ハルカの手前、我慢するが。


「ふん、まぁ、仕方ないね。そっちも立場上、色々有るだろうし。その代わり、報酬はしっかり払ってもらうよ」


「うむ。それに関しては、王家の名に懸けて保証しよう。何なら、契約書も交わそう」


 新しい契約書を取り出し、サインするレオンハルト殿下。見た目の割りに、律儀な奴だよ。


「確かに」


 私は契約書の内容を確かめ、懐にしまう。


「それじゃ、そろそろ帰るよ。明日の準備が有るんでね。ほら、行くよ、ハルカ」


「はい、ナナさん。それでは殿下、本日はお招き頂き、ありがとうございました。これにて失礼致します」


「うむ。本日は誠にご苦労であった。明日もよろしく頼むぞ」


 こうして、私達はアルトバイン王国、第三王子。レオンハルト殿下の初対面を終えた。…………全くもって、食えない奴。稀代の傑物か、はたまた大バカか。少なくとも、凡人じゃない。果たして、あいつと関わった事が吉と出るか? それとも凶と出るか? 今はまだ分からないね。







長らくお待たせしました。第140話です。言い訳はしません。すみません。


さて、前回、ミルフィーユの話題に出てきた、アルトバイン王国、第三王子。レオンハルト殿下、登場です。有能なデブ、出来るデブです。ただ、ナナさんからすれば、レオンハルト殿下の突拍子もない言動故に、傑物なんだか、バカなんだか分からないとの事。


とはいえ、ナナさんも王家の後ろ楯を得られると有り、手を組む事に。そして、最初の依頼として、北の『凶獣の樹海』への魔物討伐へ向かう事に。ちなみに、ナナさん、これをハルカを監視しているであろう、真十二柱に対するハルカの優秀さのアピールに利用しようと考えています。


では、また次回。




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