第139話 高貴なる者の義務、責任
とうとう、決まってしまいましたわね。いずれ、この時が来るとは分かってはいましたが……。やはり、色々と思う所は有りますわね……。確かに当家にとって、大変な名誉であると同時に、長きに渡る悲願。それを果たさない訳にはいかないでしょう。
自室で一人、紅茶を嗜みつつ、先日、お母様より伝えられた話を思い返す私。
「ミルフィーユ、貴女に大切な話が有ります。後で私の部屋まで来なさい」
多忙で屋敷には不在がちのお母様が珍しく私と夕食を共になさった、その席にて、そうおっしゃいました。
「分かりました、お母様。後程、伺います」
まぁ、その内容に関しては薄々、気付いてはいましたが。ここ最近のお母様の動き。私自身の年齢。そして何より、私自身の立場。これだけ揃って予想が付かない程、愚かでは無いつもりですわ。
しばらくしてから、私はお母様の部屋に伺いました。まずはドアをノック。
「お母様、ミルフィーユです。入ってもよろしいでしょうか?」
「お入りなさい」
お母様からの入室の許可を頂き、室内へ。そこでは、お母様と執事のエスプレッソの2人が揃っていました。
「よく来ましたね、ミルフィーユ。まずは掛けなさい。それとエスプレッソ、紅茶を2人分、用意なさい」
「は、ただいま」
お母様は、まずは私に、椅子に掛けるように言われた上で、更にエスプレッソに紅茶を出すように指示。エスプレッソも心得たもので、すぐさまティーポットと2人分のティーカップ一式を取り出し、紅茶を注いで差し出します。相変わらずの鮮やかな手前。その紅茶を一口飲んでから、お母様は本題を切り出されました。
「ミルフィーユ、この度、貴女の婚約が決定しました」
あぁ、やはり。私の予想していた通りの言葉を告げられたのです。
そして、現在。
「…………えっと、その、こういう場合、ご婚約おめでとうございますと言うべきなんでしょうか? と言うか、そもそも、他人に話しても良いんですか?」
「別段、後ろめたい事ではありませんし、どのみち、近日中に正式に発表が有ります。多少、遅いか早いかで、さしたる問題ではありませんわ。まぁ、思う所が無いと言えば嘘になりますが」
ナナ様のお屋敷に伺い、ハルカ相手に少々、愚痴をこぼしている次第。……私とて、愚痴の一つも言いたい時は有ります。聞かされるハルカには悪いとは思ってはいますが。
「……ウチはお悩み相談所じゃないんだけどね。大体、こちとら、それどころじゃないんだよ」
「まぁまぁ、ナナさん」
不機嫌さを隠そうともしないナナ様と、それを宥めるハルカ。確かに、ナナ様のおっしゃる通り、現在、ハルカは私の比ではない、危機的状況に有ります。何せ、真十二柱達がハルカの価値を確かめるべく、やってくるのですから。にも関わらず、焦ったり、怯えたりしない辺り、ハルカは驚嘆に値します。
「ふん、まぁ良いさ。ところであんたの婚約相手は誰だい? 三女とはいえ、国内でも五指に入る名門貴族スイーツブルグ侯爵家の娘ときたもんだ。そんじょそこらの貴族風情じゃ、到底、釣り合わないね。それ相応の大物のはずだけど?」
話題を切り替え、私の婚約相手について問われるナナ様。一応、興味、関心は有る模様。
「確かにおっしゃる通り。それ相応のお方ですわ。それも厳密には貴族とは言えないお方。そう言えば、ナナ様ならばお分かりになるかと?」
ここはあえて、ぼかした言い方をしました。まぁ、ナナ様ならば、すぐにお分かりになるでしょうが。
「…………王族か。そういえば、ここの国王には3人の息子がいるんだったね。で、その末っ子の三男坊は独身かつ、あんたと歳も近いんだっけ。なるほど、こりゃ、スイーツブルグ侯爵家にとっても、王家にとっても、良い縁談だね。スイーツブルグ侯爵家は王家と血縁関係を結べる。王家は国内屈指の名門貴族を引き込む事が出来る。双方に利益が有る」
「ご名答ですわ」
いともあっさりと正解を導き出すナナ様。
「要は政略結婚ですか。厳密にはまだ婚約ですけど。少なくとも、僕が口を挟む事ではありませんね」
ハルカも事情を察してくれたようです。
「理解が早くて助かりますわ、ハルカ」
「人にはそれぞれの立場や事情が有る。ましてや、王侯貴族ともなれば、なおさら。それを無視して、薄っぺらな正義感を押し付けて騒ぐ程、僕はバカじゃないですよ」
「最近のくだらないアニメやラノベの主人公(笑)なら、やれ、個人の自由ガー、とか騒ぐんだろうけどね。自由と無責任を履き違えてんじゃないっての」
さすがはハルカとナナ様。良く分かっていますわね。王侯貴族は確かに、権力財力を持ち合わせています。ですが、その代償として、常に義務と責任が伴います。全ては家の、国の為に。そこには個人の自由など有りません。
「ところで、ミルフィーユさんの婚約相手の第三王子って、どんな方なんですか? 第一、第二王子の方はそれなりに知っていますけど、第三王子はさっぱり姿を見せてくれませんし」
話が一段落した所で、ハルカが私の婚約相手である、この国の第三王子について尋ねてきました。ハルカの言う通り、第一、第二王子はそれなりにメディアに露出していますが、第三王子は基本的に姿を見せません。
「私は立場上、過去に何度かお会いした事が有りますが、文武両道で、聡明かつ、慈悲深い、良く出来たお方ですわ」
「へぇ、立派なお方なんですね。……その割りには姿を見せないのは変ですけど?」
「素直に感心したかと思えば……。ハルカ、貴女もなかなか辛辣ですわね」
第三王子について、ざっくりと話したものの、姿を見せない事に対する回答になっていない事を遠回しに指摘してくるハルカ。ごまかしは通じないようですわね。どのみち、遠からず発表の有る事ですし、何より信頼の置けるハルカなら、事前に教えても構わないでしょう。
「仕方ありませんわね。こちらが第三王子の写真です。数年前のパーティーの際に撮った物ですが、現在もさほど違いは有りません」
私は亜空間収納より、1枚の写真を取り出し、ハルカに差し出しました。それを丁寧に受け取り、眺めるハルカ。ナナ様も覗き込んでおられます。
「………………デブだね。ウチのボケ猫と良い勝負が出来そうだね」
「ナナさん! 失礼ですよ! ここはあれです、その、ふくよかな方と言うべきです」
「ハルカ、お気遣いは感謝します」
ナナ様や、ハルカの指摘したように、第三王子は良く言えば、ふくよか。悪く言えば、肥満体型でいらっしゃいます。お世辞にも見栄えのする体型ではありませんし、ご本人もその自覚が有るからこそ、あまりメディアに露出されないのです。
「とはいえ、単なるデブじゃないね、こいつ。なかなかどうして、良い面構えしてやがるよ」
改めて、第三王子の写真を眺めながら、そうおっしゃるナナ様。
「ミルフィーユさんも、文武両道で慈悲深い、良く出来たお方だって言ってましたし」
「それだけじゃないよ。こいつ、かなりの実戦の場数を踏んでいるね。隙の無い立ち方だよ。それに、一見デブだけど、脂肪太りじゃない。恐らく、鍛え上げた筋肉の上に薄く脂肪が付いているクチだね。……こいつ、とんだ食わせ者だよ。デブだと舐めてかかると、痛い目に会うだろうね」
「さすがはナナ様。写真だけで、そこまで見抜かれるとは。見事な御慧眼ですわ」
「ふん、褒めても何も出ないよ」
たった1枚の写真を見ただけで、第三王子がただ者ではないと看破されたナナ様。その洞察力の鋭さには恐れ入ります。
「…………さて、私は少し席を外すよ。あんた達、2人だけで話したい事も有るだろうさ。ほら、ダシマキ、変な鳥、後、ボケ猫、あんた達も出る」
「お気遣いありがとうございます、ナナ様。藤堂さん、ナナ様と共に席を外してくださる?」
「ふむ、まぁ、良かろう。その代わり、後で我輩に唐揚げを献上するが良い」
「そういう事だから。ごめんね、ダシマキ」
「シャー」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「お前はさっさと出ていけ! ボケ猫! 重いんだよ、このデブ!」
ナナ様が私とハルカだけで話したい事も有るだろうとのお気遣いで、席を外してくださいました。ついでに使い魔達と、バコ様を連れて。ちなみにバコ様は歌って踊るばかりなので、抱えて運んでいかれましたが。…………バコ様のボケ症状は深刻ですわね。
ナナ様達が部屋から出ていかれた事で、この場には私とハルカの2人だけとなりました。さて、何を話したものでしょうか? どうにも話題を切り出せません。せっかく、ナナ様が席を外してくださったというのに、これでは意味が有りません。
「とりあえず、紅茶のおかわりを淹れますね」
ハルカの方も、何を話したら良いのか分からなかったのでしょう。せめて場の空気を変えたかったのか、ちょうど空になっていたティーカップに紅茶のおかわりを注いでくれました。……良い香りです。さすがはハルカ、紅茶の淹れ方一つにしても、一級品ですわね。そうして2人、紅茶を飲む中、ようやくハルカが話を切り出してきました。
「…………さっきは、ああ言いましたけど。その、ミルフィーユさんは今回の件について納得しているんですか?」
「ハルカ、貴女も分かっているでしょう? 納得する、しないの問題ではありません。これは既に王家と当家の間で交わされた婚約であり、決定事項です。よほどの事が無い限り、変更、破棄など有り得ません」
「そうですよね。婚約はとても大切なもの。軽々しく変更、破棄出来るものじゃありません。だからこその婚約と言えますし。でも、僕個人としては、どうにも歯痒い気持ちです。家の為、国の為というのは分かってはいますけど」
「その気持ちだけで十分ですわ、ハルカ。私はスイーツブルグ侯爵家の娘。その様に産まれた以上、自らの義務と責任を果たさねばなりません。それを放り出して逃げるなど、私の誇りが許しません」
ハルカとしても、本心では今回の婚約の件について思う所が有ると。されど、どうにもならない事が歯痒いと。損得勘定ではなく、私の事を気遣ってくれるその事が実に嬉しく思えます。やはり、私は良き友を得ました。
「こういう時、思いますね。いくら強くても、それだけではどうにもならない事が有るって。世の中、ままなりませんね」
紅茶のカップを片手に、どこか寂しげに、そう語るハルカ。
「仕方ありませんわ。それが人の世というもの。良くも悪くも法に縛られて生きています。法が絶対正義とは申しませんが、だからといって無法の世など、私は願い下げですわ」
「法と理性有ってこその人。欲望のままに生きるなど、人ではなく、ただの獣、いえ、怪物ですからね。ぶっちゃけ、ミルフィーユさんの婚約を破談にするなら、僕やナナさんの力を持ってすれば、容易い事ですけど」
「そうですわね。仮にハルカ、貴女がその気なら、この王都を氷漬けにする事も容易いでしょうね」
「でも、それはしてはいけない事です」
「その通りですわ。それはしてはいけない事」
ハルカは力が有っても、それだけではどうにもならない事が辛い様です。確かに今回の婚約を破談にするだけなら、ハルカやナナ様の力を持ってすれば、容易いでしょう。特にナナ様の名を出せば、逆らえる者など、まず、いませんから。
しかし、ハルカはそれはしてはいけない事だと、はっきり述べました。法と理性有ってこその人。それを無視して欲望のままに生きるなど、怪物だと。さすがはハルカ。高潔な人柄です。
「さて、先ほど貴女は、今回の婚約の件について納得しているのかと聞きましたわね、ハルカ」
「はい」
ハルカにまた紅茶のおかわりを淹れてもらった上で、先のハルカの質問に対し、答える事に。
「納得する、しないの問題では無いとは既に言いましたが、少なくとも、私は今回の婚約の件を破談にしたいとは思っていません」
私のその答えに、意外そうな表情を浮かべるハルカ。……まぁ、当然でしょうね。本人の意思を無視した婚約なのですから。とりあえず、ここはきちんと説明してあげましょう。
「ハルカ。私はそもそも、今回の婚約の件が嫌だとは言ってはいませんわよ」
「そういえば、そうですね。結婚相手の自由が無い事とか、色々な愚痴は聞かされましたけど、婚約の件を拒否する事は言ってません」
そう、私は愚痴は言いましたが、婚約の件自体は拒否してはいません。
「ハルカ。私の婚約相手たる、あのお方。名をレオンハルト殿下とおっしゃるのですが、本当に立派なお方です。私は立場上、様々な殿方と会ってきましたが、正直、下心丸出しの、ろくでもない輩ばかり。そんな中、初めてお会いしたレオンハルト殿下は違ったのです。その後も幾度かお会いし、私もこのお方ならば良いと、そう思えたのです」
確かにレオンハルト殿下は、見た目はお世辞にも、良いとは言えません。しかし、見た目だけでは計れない、大きな器を持っていらっしゃるお方なのです。少なくとも、そんじょそこらの凡百とは違います。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「やっぱり、単に愚痴を言いに来ただけじゃなかったんですね」
長々と話をしましたが、本題は別に有ります。愚痴を聞いて欲しかったのも有りますが、それはそれ。
「大事な話の様なんで、ナナさんも呼んできますね」
「お願いしますわ。さすがにナナ様の断り無く話を進める訳にもいきませんから」
本題を話すに辺り、ハルカの保護者である、ナナ様にも同席して頂く事に。
「で、本題ってのは何だい? しょうもない事だったら、承知しないよ」
ハルカに呼ばれて戻ってこられたナナ様は席に着くなり、そうおっしゃいました。これは、下手な事を言えば、ただでは済みませんわね。されど、言わない訳にもいきません。
「では、お話します。既に申し上げましたが、この度、私と、この国の第三王子にあらせられる、レオンハルト殿下との婚約。その発表を兼ねた祝賀会が近日中に行われます。その際には、メイドを1人、付き従えるのが古くから続く伝統、そこで」
「話が長い。要はハルカを貸せってんだろう?」
「その通りですわ」
事情を説明した所、ナナ様から話が長いと切られた上、ハルカを借りたいという事をあっさり看破されました。
「ハルカ、あんたはどうしたい?」
「僕としては、別に構いませんが。ただ、時期がいつか、が問題です」
その上でナナ様はハルカにどうしたいかを聞き、ハルカは、引き受ける事自体は構わないとの事ですが、時期が分からない事については、難色を示しました。来月、4月に入り次第、真十二柱がハルカの価値を確かめる為にやってくるのですから。
「それに関しては既に決定しています。来月、4月の第一日曜日ですわ」
「思いっきり、真十二柱が来る時期と被るじゃないか」
「そうなりますわね」
祝賀会の日時については、公式発表はまだですが、当事者には既に伝えられています。しかし、それはハルカ側の事情と被る事に。当然、ナナ様は渋い表情をなされます。
「とりあえず、ツクヨに話してみましょう。今すぐ真十二柱が来るならともかく、まだ、日数的に余裕は有ります。…………上手くいく保証は無いですけど」
「ふん、そうだね。現状、真十二柱と話を付けられて、なおかつ、私達が当てに出来るツテは、あのクソ邪神しかいないか。……女狐は嫌だし」
そんな中、ハルカはツクヨに話を通してみようと提案。ナナ様もそれに同意。もう1人の当てと言える、女狐。よろず屋 遊羅こと、真十二柱、序列十位。戯幻魔 遊羅は当てにしたくない模様。……確かに当てにはしたくないですわね、彼女は。あまりにも胡散臭い。それこそ、どんな対価を要求してくるか。その点、ツクヨは信用出来ます。ハルカを気に入っていますし。
「それじゃ、ツクヨに連絡を取りますね」
スマホを取り出し、ツクヨに連絡を取るハルカ。
「すぐ来るそうです。向こうも伝えたい事が有るそうです」
幸い、すぐ来るとの事ですが、ツクヨの方も何か伝えたい事が有るとの事。
「…………何か、嫌な予感がするね」
「同感ですわね」
「言わないでください。怖くなりますから」
果たして、ツクヨは何を伝えたいのでしょうか?
「事情は聞いた。また、面倒な事になったな。まぁ、まだ日数的に余裕は有るし、そちらの日程も決まっているなら、まだ何とかなる。クロユリの奴に話を通しておこう。ただし、貸し一つだからな」
「ケチ臭い邪神様だね!」
「邪神がそんなに親切な訳ないだろうが、アホ」
ハルカが連絡を取った後、僅か、数分でやってきたツクヨ。今回のハルカの件を取り仕切る、真十二柱、序列二位。魔道神クロユリに話を通してくれると言ってくれました。ただし、貸し一つだと。やはり、ただでは動いてはくれませんか。それでも、あの女狐よりはマシですが。
「さて、そちらの事情は聞いた。では、こちらも、連絡事項を伝えるぞ。良く聞けよ」
こちらの事情を聞き終えた事も有り、今度はツクヨが連絡事項を伝える番に。
「伝える件は2件。1件目は、やってくる真十二柱の順番が決まったぞ」
「決まったんですか」
「一悶着有ったがな。最終的にじゃんけんで決まった。魔剣聖、武神、魔宝晶戦姫、機怪魔博の順番だ。……文句は言うなよ。今更、変更は効かん」
「よりによって、最悪な奴が一番手じゃないか!!」
「文句は言うなと言っただろうが。最悪な奴が一番手ってのは同感だがな」
ナナ様が大声を上げられましたが、無理もありません。ツクヨが伝えた1つ目の連絡事項は、のっけからの嫌な知らせ。ハルカの価値を確かめに来る真十二柱。その順番が決まったのはまだ良いのですが、その一番手が、はっきり言って最悪の相手。真十二柱、序列三位。魔剣聖。
ツクヨや、クロユリ様から聞いた話では、原則的に全てを無意味、無価値、無用と見なし、滅ぼす恐ろしい方。かつて、自らの住む宇宙にて、自分以外の全てを殺し尽くしたのは、今でも語り草だと。物理的戦闘力においては真十二柱、随一。これすなわち、武において全宇宙最強を意味します。まさに最強にして、最凶の剣士。
「むしろ、一周回って落ち着きました。なるようにしか、ならないでしょう。最善を尽くすだけです」
大声を上げたナナ様とは対照的に、落ち着いているハルカ。一周回って、落ち着いたそうです。確かに、騒いでどうなるものでもありませんし。最善を尽くす。これしかないでしょう。
「なかなか肝が座っているな、ハルカ。大したもんだ。さて、次行くぞ」
ハルカの落ち着いた態度にはツクヨも感心。そして、次の連絡事項へ。
「2件目だがな。今回の件に関わる真十二柱は既に全員、現地入りしている。ついでに慈哀坊もな」
ツクヨから語られた二件目の内容もまた、穏やかではない事でした。真十二柱が既に、こちらに来ている。
「ちょっと待て! 始まるのは、来月、4月1日からだろうが!」
当然、噛みつくナナ様。しかし、ツクヨは動じません。
「その通り。始まるのは4月1日。だが、真十二柱がいつ現地入りするかについての制限は無い」
「……クソ、私としたことが、こんな初歩的な事を見落とすとは」
ナナ様は初歩的な見落としをしてしまった事を悔やまれます。やはり、色々と追い詰められていらっしゃる様です。
「まぁ、現状は手出しはしてこないさ。その辺はクロユリの奴がきっちりやってくれている。とはいえ、油断はするなよ? 手出しはしてこないにしても、様子見ぐらいはするだろうからな」
「僕の言動とかで、評価がされるという事ですか」
「そういう事だな」
ツクヨが言うには、現状、直接的な干渉は無い様です。しかし、様子見はしてくるだろうと。その内容次第でハルカに対する、評価が変わると。
「とりあえず、連絡事項は以上だ。……死ぬなよ、ハルカ。君に死なれたら、つまらん」
「僕としても死ぬ気は無いです。さっきも言った通り、最善を尽くすだけです」
「そうか。健闘を祈る。じゃあな」
連絡事項を伝えたツクヨは、それ以上の長居をせず、帰っていきました。あれでなかなか、多忙な身らしいですわね。さて、私もそろそろ帰らねばなりません。
「ナナ様、ハルカ、私もそろそろ、おいとまさせて頂きますわ」
「そうですか。あ、これお土産に持って帰ってください。安国さんのお店の新商品の試作ですけど。小豆のタルトです」
「ありがとう、ハルカ。後で頂きますわ」
ハルカがお土産に持たせてくれたのは、安国さんが東方より持ち帰ってきた小豆を使ったスイーツ。ただ、小豆を持ち帰ってきたは良いものの、未だに小豆の安定した供給先が見付からず、本格的な商品化には至っていないそうですわね。……ままなりませんわね、世の中は。
「それでは、ごきげんよう」
「はい、ではまた」
こうして、私はナナ様のお屋敷を後にするのでした。……家に帰ったら、また、婚約に向けての準備に明け暮れる事になりますわね。
ハルカside
ミルフィーユさんも帰り、時間は夕飯時。今日のメニューは麻婆豆腐。ナナさん好みの挽き肉多めの奴。少ないと怒るんだよね。
と、そこへ、突然の来客を知らせる呼び鈴の音。こんな時間に誰だろう? とはいえ、今、僕は手を離せない。麻婆豆腐を作っている最中だし。
「ナナさん、すみません。ちょっと、出てくれませんか? 今、手を離せないんで」
リビングで漫画を読んでいるナナさんに代わりに出てもらう様に頼む。
「師匠を使うんじゃないよ。仕方ないね……」
渋々ながらも、玄関に向かうナナさん。僕が手を離して麻婆豆腐が台無しになってはたまらないとの判断。しばらくして、ナナさんは1通の手紙を手に戻ってきた。
「ハルカ、あんた宛てだよ。なかなか面白い相手からさ」
ナナさんがそう言って差し出してきた手紙。それを見て、僕も驚いた。
細かな装飾が施された見るからに高級そうな封筒。そして何より、封筒を留めている封蝋に捺された紋章。
「ナナさん、これ! この封蝋の紋章は!」
驚く僕にナナさんもニヤリと笑う。
「何の用か知らないけど、王家直々の手紙さ。郵便ではなく、わざわざ使いを寄越してまで、届けてくるとはね。ハルカ、さっさと開けて読みな」
どういう風の吹き回しか? ミルフィーユさんから、王家との婚約に関する愚痴を聞かされたその日に、今度は僕当てに王家からの手紙が届いた。とりあえず、ナナさんに言われた通り、封筒を開けて中の手紙を読む。その内容は……。
長らくお待たせしました。第139話です。
今回は、日常編。毎回、大事件が起こる訳ではないので。
さて、今回は、ミルフィーユにもたらされた婚約話。お相手は王国の第三王子とあり、間違っても拒否出来ません。そんな事をしたら、スイーツブルグ侯爵家の立場も信用も何もかも、無くなってしまいます。正当な理由が無い限りは。
ただ、ミルフィーユ自身は、今回の婚約話を受けるつもりです。それが、自らに課せられた、義務、責任であると。某ラノベの赤毛の我儘無能姫とは、違います。そして、ハルカ当ての王家からの手紙。また、事態は動いていきます。
では、また次回。