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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第138話 小蛇の新たな牙と、魔女の憂鬱

「うん、良い味だ。我ながら、上出来だな」


 鍋の中からシチューを少しすくって味見。その出来映えに自画自賛。


牡蠣(カキ)はもう少し後で入れるか。火を通さないと危ないが、火を通し過ぎても固くなって、せっかくのプリプリした食感が台無しだからな」


 牡蠣(カキ)が固くならず、なおかつ火を通す。加減の難しい所だが、この邪神ツクヨに掛かれば、さしたる事でもない。そこへ、聞こえてきたハルカの声。どうやら起きてきたらしい。ふむ、ならば、牡蠣(カキ)フライの方も、そろそろ作り始めるか。揚げたてが一番美味いからな。焼き牡蠣(カキ)の準備も万端だ。既に、七輪に金網をセット。ガスではなく、炭火で焼く。ついでに酒も用意した。清酒の良い奴だ。(異世界なので、日本酒という言葉は存在しない)


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


「……そういや、いたなお前」


 夕飯の支度をしている俺の足元で、意味不明な歌と踊りを繰り返す、ブクブク太った珍妙な生き物1匹。頭のボケたデブの三毛猫、バコ様。今日も今日とて、変な歌と踊りを繰り返し、徘徊中。……言っちゃ悪いが、歳を経るって悲しいな。こうはなりたくないもんだ。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 そんな俺の内心などお構い無しに、歌って踊るバコ様。足元でチョロチョロされたら邪魔なんだがな。まぁ、頭のボケた猫に何を言っても無駄か。無視する事に。と、そこへドアを開けてダイニングに入ってきた、ナナとハルカ。やはり、ハルカは本調子ではないらしく、ナナに肩を借りている上、顔色もあまり良くない。


「おう、来たか。晩飯はもう少しだけ待ってくれ。じきに作るからな」


「早めに頼むよ」


「お客さんなのに、すみませんツクヨ」


「気にするな。とりあえず、椅子に座って待っていろ」


 とりあえず、2人に椅子に座って待つように告げ、料理の仕上げに掛かる。特にハルカは激しく消耗しているからな。しっかり食って栄養補給をせねばならん。







「待たせたな、出来たぞ。イサム! コウ! 竜胆(リンドウ)! 晩飯だ! さっさと来い!」


 消耗しているハルカの為にも、手早く晩飯を完成させ、イサム達も呼ぶ。ちなみにイサムと竜胆(リンドウ)はそれぞれ、自分の武器の手入れ。2人共、武器に限らず、手入れの大切さは良く知っている。手入れを怠って死んだ奴らを山ほど知っているからな。コウはノートパソコンで株取引。呼び掛けに応じて、3人共、すぐに来る。


 皆、数えきれない程の実戦をくぐり抜けてきた奴らだ。飯を食える時は、すぐに食う。後でなんて抜かしていたら、無くなっているかもしれない。何より死んだら、食えないからな。ともあれ、晩飯だ。牡蠣(カキ)シチュー、牡蠣(カキ)フライ、炭火で焼いた焼き牡蠣(カキ)牡蠣(カキ)尽くしメニューだ。







 全員揃った所で、屋敷の主人であるナナのいただきますを皮切りに晩飯開始。さっそく、ナナとイサムが牡蠣(カキ)フライに箸を伸ばす。竜胆(リンドウ)とコウは焼き牡蠣(カキ)を取り、ハルカは牡蠣(カキ)シチューをスプーンですくって、一口。


「フライ用にタルタルソース、ウスターソース、とんかつソース、レモンを用意したぞ。好きなのを使え。他に何か要望が有るなら出してやる」


 牡蠣(カキ)フライ用にいくつかの調味料を出してやる。人の好みはそれぞれだからな。すると各自、自分の好きな調味料を取ってフライにかけている。ハルカ、イサムはタルタルソース。コウ、竜胆(リンドウ)はレモンを絞り、ナナはウスターソースをザブザブかけている。


「ツクヨ様、醤油を取っていただけませんか? 後、ポン酢も有れば」


「ん、分かった」


 焼き牡蠣(カキ)を取った竜胆(リンドウ)から調味料のリクエスト。醤油を取ってやり、ついでにポン酢も出す。神である俺に捧げられた逸品だ。牡蠣(カキ)料理は好評で、みるみる減っていく。ハルカもシチューがお気に召したらしい。それなりのペースで食べている。良かった。あまりに度を越した疲労困憊だと、身体が食べ物を受け付けない。吐いてしまう。


 しかし、頑丈だなハルカは。シチューを食べているハルカを眺めつつ、そう思う。こう言っては何だが、ハルカのこなしている修行内容は普通の人間なら、死んでもおかしくないレベル。真十二柱の俺、更にそれに近しい存在である、イサム、竜胆、コウを相手にし、下手な禁呪よりヤバい、『黒い水』を使う。その負担、消耗たるや、凄まじい。それでもこうして生きていて、晩飯食っているんだからな。いやはや、大したもんだ。


「あの、シチューおかわりお願いします」


 空になった皿を差し出して、シチューのおかわりを頼むハルカ。食欲が有って何よりだ。


「分かった。ほらよ」


 鍋からシチューをすくって皿によそい、ハルカに渡す。


「ありがとうございます」


 礼を言って受け取る辺り、礼儀正しい性格が良く分かる。


「ツクヨは食べないんですか?」


 2杯目のシチューを食べつつ、聞いてくるハルカ。


「特に腹は減っていないんでな。気にせずに食え。消耗しているんだからな。食わないと身体がもたんぞ」


「……そうですか。では、お言葉に甘えて」


 ハルカとしても思う所は有ったらしいが、深く追及はせずシチューを食べる。話の分かるタイプで助かる。バカと違って。と、そこへ、スマホのバイブレーション。着信だ。誰だ? 通知を見るとクロユリの名。……晩飯の場で話すのは不味いか。


「悪い、クロユリの奴からだ。少し席を外す」


 断りを入れて席を立つ。クロユリからと聞いた時点で皆、察したらしい。







 それからしばらく。クロユリの奴との話を終え、ダイニングに戻ってきた。ハルカ達にも話の内容を伝えないとな。


「魔道神の奴は何だって?」


 戻ってきて早々、ナナからの質問。そりゃ、気になるよな。つまらん世間話をしてくるような奴じゃないし。


「ハルカの価値を見定める為の真十二柱の試練。それに関するルールが正式に決まったんだと。その内容についてだ。メモしてやったから、良く読んでおけ。……知りませんでした、なんて言い訳は通じないからな」


 ルール内容について書かれた紙を全員に渡す。皆、一様にそれに目を通す。特にハルカは熱心に読んでいる。当事者だもんな。以下、ルール内容だ。


 1、試練開始はハルカの住む世界の4月1日をもって開始とする。


 2、一度に相対する真十二柱は、一柱。複数の真十二柱を同時に相手にする事は無い。ただし、試練に唯一反対し、独自に動いている序列六位、慈哀坊に関してはこの限りではない。


 3、当試練の最中において、ハルカに対する一切の助力を禁ずる。仮に助力が有った場合、理由の如何を問わず、即座にハルカ及び、助力した存在を抹殺する。


 4、試練の内容が、戦闘等の周囲に多大なる被害をもたらす物であった場合は、専用の異空間を魔道神が用意する。その他、不測の事態による被害が生じた場合も、同じく魔道神が補填する。


 5、試練の結果、ハルカが死亡したとしても、真十二柱はこの事に関し、一切の責任を負わない。苦情も受け付けない。


 6、今回の試練に参加する真十二柱は以下のメンバー。序列三位、魔剣聖。序列四位、武神。序列七位、魔宝晶戦姫。序列八位、機怪魔博。計、四柱とする。


 ……………………皆、一様に沈黙。まぁ、これ読んで爆笑出来る奴がいたら、それはそれで凄いと思うが。


「意外と参加するメンバーが少ないね。最悪、真十二柱全員が来るかと思っていたんだけど。とりあえず、真十二柱が一斉にやってきてハルカを袋叩きにするっていうのは無いみたいだね。どこぞのイカレ坊主は例外らしいけど」


 最初に口を開いたのはナナ。さすがに、切り替えが早い。


「まぁ、そうだな。真十二柱に袋叩きにされて生き残れる奴なんて、俺にも想像がつかん。この際、はっきり言っておくぞ。真十二柱相手に勝とう、倒そうなんて思うなよ? 断言してやる、絶対勝てん。下手に攻撃して怒らせたら、この世界が滅ぶぐらいじゃ済まんからな。いくつ世界が滅ぶか分からん。特に魔剣聖。後は慈哀坊がどう動くか分からんのが怖いな」


 真十二柱の中でも、魔剣聖はヤバいからな。かつて住んでいた世界において、自分以外の全てを殺し尽くし、更には『大戦』で最も多くの神魔を殺した殺戮者。……正直、来ないで欲しいんだがな。慈哀坊も何をやらかすか分からんし。しかし、今さら避けては通れん。だから俺はハルカに告げる。


「気張れよ、ハルカ。でないと()()()


「………………はい」


 ハルカも俺の言葉が脅しでも何でもなく、事実であると痛感したらしく、重い覚悟を感じる返事をしてきた。


「分かれば良い。ま、とにかく今は飯を食え。やるべき事をやれ」


 そう、結局の所、出来る事、やるべき事をやるしかない。もっとも、それで解決するかは分からん。どうにもならない事も有るからな。今回の唯一の救いは、ハルカの生き残る条件が真十二柱に勝つ事ではなく、あくまで()()()()()()()()。どんな形であれ、価値有りと認められれば良い。……あいつらの価値基準なんざ知らんが。






 さて、その後だ。牡蠣(カキ)尽くしの晩飯はめでたく完売。ハルカもシチュー3杯を平らげる旺盛な食欲を見せた。実に結構な事だ。そんなハルカだが、今は何をしているかというと……。


 再び屋敷の地下に有るトレーニングルームで小太刀二刀を振るって、剣術の修行に励んでいた。剣術の基本である、左右の袈裟斬り、払い、そして左右の片手突き。しかも、それら一連の動きを止まらず歩きながら続ける。師匠であるナナから、毎日やれと言われたそうだ。


 ちなみに俺がここにいる理由。ナナの奴は晩飯で牡蠣(カキ)料理に合うからとワインを飲みまくり、酔い潰れてダウン。イサムと竜胆(リンドウ)は別のトレーニングルームで対戦中。コウは株取引で忙しい。という訳で、手の空いている俺がハルカの修行を見ている。しかし、精の出る事だ。


 最初の頃は止まった状態から、ひたすら剣の抜き差しと素振りばかりやらされていたらしい。まぁ、ナナの奴が何を目指していたかは俺にも分かる。


『戦いに関してはド素人のハルカに、徹底的に。それこそ無意識のレベルで染み付くまでに、剣術、そして移動の基礎を叩き込む』


 戦いってのは理屈じゃない。ましてや、ド素人が実戦の場に叩き込まれて、まともに戦えるなんてまず、無い。パニックを起こして、死んで終わり。だからこそ、ナナはハルカに剣術の基礎を叩き込んだ。刃物はド素人でも手軽に高い殺傷力を得られる。それの扱いを徹底的に叩き込む。更には移動もだ。実戦で立ち止まるなど、狙ってくださいと言っているようなものだからな。そうする事で、最低限の生き延びる力をハルカに身に付けさせた。


「…………しかし、綺麗な太刀筋だな。同い年の頃のイサムでも、あそこまでではなかったな。基礎こそ至高って奴か」


 一心不乱に小太刀を振るうハルカ。剣術の基礎の動きをしているだけだが、実に太刀筋が綺麗だ。余計な力みや、ぶれが無い。体幹がしっかりしている。基礎を馬鹿にしてはいけない。磨き上げれば、至高の技となる。…………もっとも、そこまで磨き上げられる奴など、そうそうおらんがな。


 人間、クソ地味で、つまらん基礎の積み重ねなどやってられん。大抵の奴はやらないし、仮にやっても、じきに投げ出す。それが人間だ。


 だが、ハルカは違う。あの子の一番の恐ろしさは、その魔力でも、武の才能でも、美貌でもなく、何より真面目で素直でひたむきな所だ。さっきも言ったが、普通の人間は地味な基礎の繰り返しなんか耐えられない。その耐えられない事をハルカはひたすら続けている。油断も慢心も無く、自らの持つ計り知れない才能をひたすら磨き上げる。末恐ろしいにも程がある。


 …………全く、ハルカが良い子で助かったぞ。これが、最近のくだらんアニメやラノベの主人公みたいな、自分が絶対正義。自分の行いは全て正しい。自分の思い通りにならない、気に入らない、反論する奴は全て悪だ、敵だ、死ね! とか抜かす奴だったらと思うとゾッとする。どこぞの赤いドラゴン野郎とかな! 後は、狂った兎の手の上で踊らされていた、口だけシスコン野郎とかな! それとどこぞの劣等生とかな!


 こういう正義面した奴らは、ほとほと始末に負えん。何せ、自分は正しいと信じて疑わんからな。絶対に反省しないし、そもそも、話を聞かない。ひたすら、自分に都合の悪い他者を貶め、自分を正当化する。いわゆるサイコパス。そんな連中を持ち上げる奴らもだが。狂信者共が! こういう世界を汚染するゴミを始末するのも真十二柱の仕事の内でな。序列五位の暗黒神も先日、ゴミ掃除をしたらしいな。どこぞの調子に乗ったクズ転生者だったそうだが、本人はもちろんの事、汚染された狂信者共もまとめて皆殺し。同情はせんし、そんな価値も無い。クズ転生者に汚染されるなど、その程度だし、そんなクズにも劣る奴らは要らん。


 ……………おっと、いかんいかん。話が脱線したな。気を取り直し、ハルカの剣術修行を見る。ま、ただ見ているだけじゃ、芸が無いな。幸い、今日の晩飯で()()()()()()()()()()()()()。俺は何も言わず、手首のスナップだけでそれを投げる。とりあえず4枚な。俺は優しいからな〜、修行に協力してやろうじゃないか。最初は4枚同時に投げるが、以降は枚数、投げるタイミング、角度をバラバラにしてやろう。うわ〜、俺って優しい〜♪ 頑張れよハルカ。でないと、牡蠣(カキ)の貝殻に切り刻まれるぞ。良く切れるからな〜。







「ありがとうございました。おかげさまで、より一段と実戦的な修行が出来ました」


「…………あの状況から、その言葉を言える君は、マジで凄いわ。昔、イサムに同じ事したら、マジギレされたからな」


「でも、後片付けはしてくださいね。牡蠣(カキ)の貝殻を投げてきたのは貴女なんですから、ツクヨ」


「…………この俺、真十二柱、序列十二位の邪神ツクヨに向かってそう言える辺りもマジで凄いわ。あぁ、分かった分かった、片付けるから! そう睨むな! 君、普段は穏やかな美少女な分、怖いんだよ」


 今日の分の剣術の修行を終えたハルカ。ちなみに俺が投げつけた牡蠣(カキ)の貝殻は全て叩き落とし、傷一つ負わなかった。小太刀二刀流から始まり、最後辺りは水の鞭を縦横無尽に振るって粉砕。見事な腕前だった。


 そして俺が牡蠣(カキ)の貝殻を投げつけた事に関しては、一切怒らず、むしろ感謝された。その代わり、部屋一面に散らばった、貝殻の破片は片付けろと言われたが。……怒らせたら怖いんだよな。


 ともあれ、片付けるか。こういう時、神の力が有ると楽だな。念力で貝殻の破片を残らず1ヶ所に集め、ものの数秒で終了。


「横着ですね」


「良いだろ、別に。早いし、確実だ。牡蠣(カキ)の貝殻の破片は危ないからな」


 カミソリみたいだからな。確実に片付けておきたい。手抜きして怪我でもされたらたまらん。


「しかしだ。さっきも言ったが、ハルカ。君、剣術の修行中に俺が余計な手出しをしたのに、よく怒らなかったな」


「ナナさんに度々、言われましたからね。実戦は理不尽まみれ。罠、不意討ち、裏切り、狙撃、その他、色々。むしろ、それが当たり前だって。いきなり牡蠣(カキ)の貝殻を投げつけられたぐらいじゃ怒りませんよ。仮に実戦で不意討ちを受けたからって、怒って何になります? 卑怯だ何だとわめき散らして、意味有ります?」


 ふと、気になり、 先程の貝殻投げつけについて聞いてみたら、実に冷静な言葉が返ってきた。事実、ハルカの言う通りなんだが、そう割り切れるのはさすがだ。


「……確かにその通り。実戦に卑怯もへったくれも無い。どんな手を使っても勝てば良い。生き残れば良い。卑怯、卑劣と騒いだ所で所詮、負け犬の遠吠えに過ぎん。というか、敗北は基本的に死だしな。主人公補正なんぞという、御都合主義の入る余地は無い」


 主人公気取りの転生者(クズ)はそこを分かっていない。御都合主義がまかり通るのはフィクションの世界だけ。やり過ぎれば、敵を作る。世の中、チート能力だけで渡れるものか。そもそも、大部分の転生者は生前は社会の底辺の負け犬だ。そんな社会のゴミにチート能力など使いこなせない。


 転生者ネタの鉄板、金ピカ慢心王の財宝にしろ、赤い弓兵のコピー能力にしろ、あれは彼らの積み重ねてきた歴史と、実力有ればこその物。魂の格からして、凡人の比ではない。だからこそ彼らはその力を使える。社会の底辺のゴミ風情がその力を欲しがるなど、彼らに対する侮辱。ま、仮に手にした所で負荷に耐えきれず消し飛ぶのがオチだがな。


 逆に言えば、いかにハルカが優れているかとも言える。全ての神魔の頂点に君臨する、真十二柱、序列十一位。魔氷女王の身体と力を持っているんだからな。……文字通り、選ばれし者って訳だ。







「さて、片付けた貝殻だが、どうするんだ?」


「後で畑に肥料として撒きます」


「……魔女の弟子と言うより、農家だな」


「各種薬草なんかを育てたりもしてますからね。ナナさん、薬の調合もしますし」


「多芸な事で」


 剣術の修行も終わり、俺が渡したスポーツドリンクを飲みながら一息つくハルカと他愛ない話を続ける。改めて思うが、しっかりした子だ。


「ところでツクヨ。ちょっと見て欲しい物が有るんです。ナナさんには既に見せたんですけどね」


「ほう、何だ?」


 ハルカのしっかりぶりに感心していると、何やら、見て欲しい物が有るとか。何だろうな? ハルカの事だから、ふざけた真似はしないだろうが。と、思っていると、ハルカは腰の後ろに交差させて差している、二振りの小太刀の片方を鞘ごと左手で抜いて前に出す。


 そして、左手で鞘、右手で柄を握り、横方向に抜いて刀身を見せる。切っ先を向けない辺り、生真面目なハルカの性格が伺える。で、抜き放たれた刀身を見て、ハルカの言いたい事を察する。うん、見れば分かるわ、こりゃ。


「…………先日の蒼辰国での一件からです。ナナさんに見てもらった際には、何か話をはぐらかされて、切り上げられてしまって。ツクヨはどう思います、これ」


 ハルカとしては、かなり気にしているらしい。こういう時、ハルカみたいな生真面目な性格の奴は辛いんだよな。おめでたいバカと違って。しかし、これはな……。どう言ったもんか。ナナの奴も話をはぐらかす訳だ。だが、答えない訳にはいかんか。ハルカは答えを求めている。いや、実際の所、本人も既に答えに辿り着いているだろうな。頭良いし。それでも、誰かに聞いてみたいのが人情か。やれやれ。







 ハルカの見せてくれた小太刀の刀身。以前見た時とは、明らかに違っていた。その場所は切っ先。昔、同じ造りの刀を使う奴と戦った事が有る。また見る事になるとはな。


「切っ先諸刃の小烏(こがらす)造りか」


「知っているんですね」


「まぁな。こちとら、邪神でな。邪神討伐に来た自称、勇者やら、正義の味方やらなんかと殺りあっている内に覚えた。だが、それはどうでも良い。問題は小烏(こがらす)造りになった理由だ」


 問題はそれ。小烏(こがらす)造り自体ではなく、なぜ、そうなったかだ。見当は付いているんだが、優しく真面目な性格のハルカには辛いな。……全く、ナナの奴、師匠の癖に逃げるな! まぁ、本人もはっきりさせたがっているしな。


「念の為、聞いておく。結構嫌な事を言う事になるが、構わないか?」


「構いません」


「そうか」


 一応、確認を取る。バカと違って気を遣うな。ハルカは繊細だからな。じゃ、本人の了解は得たし、言おう。


「刺突性能に優れた小烏(こがらす)造り。これ、すなわち、君の中の殺意の現れだ。蒼辰国での初めて人を殺した件。それをきっかけに、君の殺意に小太刀が応え、より、殺傷力を上げるべく進化した。以上だ」


「…………………………やはり、そうでしたか。見当は付いていましたけど。ナナさんも話をはぐらかす訳ですね。ありがとうございます、ツクヨ。多少はすっきりしました」


「そうか」


 多少はすっきりしたと言うハルカだが、その表情は、冴えない。ハルカにとっては、触れられたくない事だからな、蒼辰国の一件は。


 蒼辰国での事件を裏で糸を引いていた灰崎 恭也。奴の操る、『人形』と化した女達をハルカは殺した。初めての殺人に手を染めてしまった。残念ながら、一度『人形』と化した女を元に戻す方法は無い。それどころか、もはや『人間』ですらない。通常の手段では殺せない、怪物だ。あの時点では、『凍結』の力で『人形』の再生能力を封じる事が出来るハルカが最適解だった。


 しかしだ。いかに敵を殺す最適解だとしても。相手はもはや人間ではない、意思も感情も無い、『人形』だとしても。元に戻す方法が無いにしても。それでもハルカからすれば、相手は『人間』、しかも若い女。それを殺して何とも思わない程、ハルカは図太くなかった。


 その後、自分の部屋に引きこもり、どうにか連れ出した雪山温泉旅行では、感情を爆発させたり。最近になって、どうにか自分なりに整理を付けつつあったんだが……。小太刀のせいで、再び蒸し返す羽目に。確かに、殺傷力を上げるのは武器として正しいが、ちょっとは空気読めよ、小太刀! ハルカとしては心の整理を付けようにも、小太刀を見る度に思い出すだろうが! 何より自分の中の殺意の具現化なんて、俺でもキツいわ!







 内心で小太刀に対して悪態を付きつつ、ハルカに対するフォローをどうしたものかと考えていると。


「大丈夫ですよ、ツクヨ。言ったでしょう? 多少はすっきりしたと。そりゃ、嫌な思い出ですけど……。無かった事には出来ませんから。飲み込み、割り切るしかないんですよね。今すぐとはいきませんけど」


 そう淡々と語るハルカ。


「……そう言える辺り、マジで凄いわ君。いや、本当に凄いわ」


 こういう場合、大抵は逃げる。もしくは自分を正当化して、他人に責任を擦り付ける。あの赤いドラゴン野郎の十八番な。ほとほとクソだわ、あいつ。いや、クソと言ったら、クソに失礼だな。


 だが、ハルカは逃げなかった。ましてや、他人に責任を擦り付けなかった。温泉旅行の際には、感情を爆発させて大暴れしたりしたが、俺が思っていた以上に本人なりに、整理を付けつつあるみたいだな。強い子だ。最強だ、ハーレムだと、くだらん事に夢中になっているクズ共には、死んでも辿り着けない域だわ。うん。


「ま、君がそう言うなら、俺は何も言わん。それよりも、そろそろ寝た方が良いぞ。夜更かしして体調を崩しました、なんぞ、バカのやる事。体調管理は、一流への第一歩だからな」


「分かりました。じゃ、お風呂に入ってから寝ます」


「そうしろ。ゆっくり休めよ」


 そうして、ハルカはトレーニングルームから出ていった。休む事もまた、大切な事。鍛えるばかりが能じゃない。







 その夜。俺達はハルカの申し出で泊まる事に。ナナはごちゃごちゃ文句を垂れていたが、結局、ハルカに押し切られた。世話になったし、既に夜遅いからと。


 現在、時間は午前1時を少し過ぎた辺り。既にイサム、コウ、竜胆(リンドウ)は寝ているが、俺はダイニングで一人酒。神である俺に捧げられた30年物のウィスキーをロックで流し込む。……うん、良い酒だ。さて、()()()()()()()


 俺の耳はこちらに近付く足音を捉えていた。とりあえず、グラスをもう1つ出す。


「……待たせたみたいだね。さすがは邪神様、全てお見通しってか」


「それほどでもないさ。まぁ、一杯付き合え」


 ドアを開けてダイニングに入ってきたのはナナ。きちんとナイトローブを着ているな。こいつ、裸で寝るらしいが。あ、服の下は裸だな。






「立ち話も何だ、座れよ。飲み方はどうする?」


「あんたと同じ、ロックで。後、ここは私の屋敷で、主人は私だよ。仕切るんじゃないよ」


「細かい事は気にするな。ほらよ」


 ナナの文句を聞き流し、グラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。琥珀色の液体がグラスを満たす。正直、わざわざ、こいつに飲ませるには惜しい酒なんだがな。とはいえ、こういう席に酒は欠かせん。それに真十二柱、序列十二位の名に掛けて、ショボい酒は出せん。……やっぱり惜しいけどな。






「乾杯」


「ふん、乾杯」


 つまみのナッツを用意し、とりあえず乾杯。ウィスキーのロックを流し込み、ナッツをつまむ。


「……ハルカから聞いたよ。世話を掛けたね」


「全くだ。お前、師匠だろうが。もうちょっと、しっかりやれ。まぁ、厄介な問題なのは認めるがな」


「あの子は真面目で繊細だからね。とにかく、自分で抱え込んでしまうから」


「開き直れる程、恥知らずじゃないからな。真面目なのも楽じゃない」


 話題はハルカについて。ナナはハルカから色々聞いたらしい。まぁ、その辺については、とやかく言う気は無い。それからしばらく、お互いウィスキーのロックを飲みながら、ナッツをつまむ。


「……ハルカは末恐ろしい子だな。今回、小太刀を見せてもらった時には、正直、ぶったまげたぞ。表に出さなかった俺を褒めてやりたい程にな」


「そうかい。邪神ツクヨ様もぶったまげたかい。私もハルカから相談されて見せられた際には、そりゃ、ぶったまげたさ。確かに、非常に格の高い聖剣、魔剣の類いは使い手に合わせ、姿形を変えたり新しい能力を得たりと、進化する事が有る。事実、あの子の小太刀は元は私が作った短剣。格は十分さ」


 そして話題はハルカの小太刀の事に。ハルカには言わなかった事を話し合う。ただでさえ、一杯一杯の状況のハルカに聞かせる話じゃないからな。


「そうだな。()()()()()()()()()()()()()()


「そう。()()()()()()()()()()。だが、今や完全に私の手を離れてしまった。今まで色々と作ってきたけどね、こんな事は初めてさ」


 そう言って、ナナはため息をつく。気持ちは分かる。あまりにも異常事態だ。確かに、聖剣、魔剣の類いが進化する事は有る。だが、それは極めて稀だ。当たり前だろう? そんな、ほいほい聖剣、魔剣とかの姿形や、能力が変わっては困る。


「しかも、私があの子に与えてから1年と経たずに2回も進化したときたもんだ。1回目の時でさえ、色々と手を回して大変だったってのに。まぁ、今回はハルカに人前で使うなと言っておいたから、しばらくはいけると思うけど……時間の問題だろうね。やれやれ」


 心底、憂鬱そうなナナ。ただでさえ、突然現れた超新星として、表からも、裏からも、注目を浴びているハルカ。そこへ()()()()()()()()。つまらん事を企むバカ共が湧いてくる事、請け合いだ。そりゃ、ナナも憂鬱になる。負けるとは思わんが、鬱陶しいのは間違いない。


「何より、ハルカは蒼辰国での一件を引きずっているのに、それが原因で小太刀が進化した。それも、あんたの殺意がきっかけだなんて言えないよ。いつ、言おうか悩んでいたんだけど……」


「お前が思っていた以上に、ハルカは強い子だったと」


「改めて、大した子だと思ったよ」


 ナナの奴も、悩んでいたらしい。こいつも決して無神経ではないからな。言うタイミングを探していたか。結果としては俺が言う事になったが。







 その後も2人だけの飲み会は続く。ウィスキーのロックから、水割り、ハイボールと来て、今はストレート。そんな中、ナナがぽつりと呟いた。


「真十二柱、そして灰崎 恭也、か。仮にハルカが真十二柱に認められ、灰崎 恭也を討ち倒したとして、それが何だっていうんだろうね?」


「…………………………」


 そう呟いたナナに俺は何も言えなかった。ナナはウィスキーのストレートの入ったグラスを煽り、更に言う。


「真十二柱にしろ、灰崎 恭也にしろ、()()()()()()()()()()()。アニメやゲーム、小説みたいに、ラスボスを倒して終わりって事にはならない。なぁ、邪神ツクヨ様! ハルカは一体、いつまで戦えば良い?!」


 最後は怒鳴り声になっていた。あらかじめ、防音結界を張っていて正解だったな。


「結局、真十二柱も灰崎 恭也もハルカの人生にとって、通過点でしかない。私のハルカを苦しめるんじゃないよ……。チクショウ…………」


 ナナは酔いが回ったのか、最後はテーブルに突っ伏して寝てしまった。こいつもこいつで、色々と一杯一杯だった様だ。


「仕方ないな」


 テーブルに突っ伏して寝てしまったナナを抱き上げ、2階に有るナナの部屋まで空間転移で一気に飛ぶ。ドアを開けるのが面倒なんで室内へ直行だ。するとベッドには先客が居た。ハルカだ。よく寝ている様で起きる気配は無い。


「ナナに添い寝してもらっていたのか。……やっぱり、蒼辰国の一件の根は深いな」


 ナナに甘える事で、精神の安定を保っているのか。ともあれ、ナナをハルカの隣に寝かせる。ナイトローブはそのままにしておこう。脱がせると後々、面倒。しかし、ハルカまで裸で寝ているとは。大方、ナナが自分が裸で寝るから、あんたも脱げと言ったんだろうな。


「それじゃ、おやすみ」


 2人を起こさぬ様、空間転移で部屋を出る。ダイニングに戻って、グラスや皿を片付ける。後始末はきちんとしないとな。







 そもそもが2人だけの飲み会。使ったのはグラス2つと皿1枚。じきに片付いた。残っているのは空になったウィスキーの瓶だけ。……これ、1人で飲もうと思っていた、とっておきの奴だったんだがな。見事に空だわ。こいつも片付ける。


「さて、俺も寝るか」


 時間は既に午前3時近い。別段、寝なくても平気なんだけどな。いやはや、神の身体は便利。片付けも終わったし、部屋へと戻ろう。


『ハルカは一体、いつまで戦えば良い?!』


 ふと、脳裏に浮かんだナナの叫び。


「…………決まっているだろ。死ぬまでだ」


 ナナの前では言わなかった、俺の答え。ナナの言う通り、仮に真十二柱に認められ、灰崎 恭也を討ち倒した所で、エンディングにはならない。きっと新手の敵が現れるだろう。ハルカがいつか死ぬ、その時まで。それは、神にも魔王にも変えられない。


「情けないな。真十二柱、序列十二位の邪神ツクヨ様にも、どうにもならないとはな」


 全く、世の中とは、ままならない物だな。だから、面白くも怖くもあるんだが。さ、寝よ寝よ。今後どうなるかは、神たる俺にも分からん。ただ、願わくば、あっさり死んでくれるなよ? ハルカ。つまらんからな。






3ヶ月以上のご無沙汰です。第138話をお届けします。


相変わらずの書けない病。全く書く気がしないわ、ネタは浮かばないわと、散々でした。それでもブックマーク数が激減しない事に深く感謝。


まぁ、言い訳はそこまでにして。


ハルカだけでなく、ナナさんもまた、色々と抱え込んでいました。あまりにも優秀な弟子を持ったせいで、彼女もまた、苦労が絶えないんです。白いツチノコを使い魔にするわ、武器を2回も進化させるわ、等々、やらかしてくれますから、ハルカは。この作品に、度を越したご都合主義や、主人公補正は無いので。


さて、次回予告。邪神ツクヨも言っていたように、現実はままならない。問題が降りかかるのはハルカだけとは限らない。ミルフィーユに降りかかった大問題。それは、名門貴族の令嬢として、避けられない事。


では、また次回。

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