表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と魔女さん  作者: 霧芽井
138/175

第137話 小蛇、邪神に一矢報いる

 あぁ、歯痒いね。しかし、ここで手出しをしては意味が無い。元より、手出しは禁じられているけどさ。


「分かっているでしょうが、手出しは許しませんよ」


「分かってるよ、それぐらい!」


 そんな私の方を見もせず、釘を刺してくるのは、人形の様に整った容姿と無表情の小娘。邪神ツクヨの従者、コウ。ツクヨからもらった、エヴァン何とかいう作品に出てくる、水色ショートカット娘の髪の色を栗色にした感じの奴だ。もしくは、主人公の母親の中学生バージョン。その正体は、創世の時から現在に至るあらゆる情報が集まる大いなる知識の宝庫(アカシックレコード)に唯一、正式にアクセス出来る端末たる、書物の化身。


 その性質上、あらゆる情報を即座に引き出せる上、本人自身も非常に博識かつ、強大なる魔道師。癪に障るが、私より上だね。そんな私達は今、ハルカ対ツクヨ達3人による、実戦を想定したトレーニングを見ている。実戦はタイマン勝負とは限らない。むしろ、1人を多数で潰すのが定石。戦いは基本的に数の暴力。それを引っくり返すなんて化け物はそうそういてたまるか。……まぁ、私やハルカがその化け物の域なんだけどさ。


「回数を重ねる毎に、動きが良くなっていますね」


 ツクヨ達3人を相手取るハルカを、いつも変わらぬ無表情で褒めるコウ。


「確かにね。でも、それぐらいで勝てる程、甘くないだろ?」


「そうですね」


 確かに、ハルカはツクヨ達とのトレーニングを重ねる毎に、腕を上げている。しかし、それでもなお、ツクヨ達との間には途方もない実力差が有る。現状、ハルカに勝ち目は無い。しかし、無様な負け方を晒すなど、私が許さない。その辺は、あの子も分かっている。おっ、イサムがハルカに『蛇』の力を使えと煽ってきたよ。挑発に乗るのは悪手だが、事実、『蛇』の力を使わなければ、話にならない。ハルカも受けて立つらしい。さて、今回はどうなるかね?







「ハルカ!!!」


 目の前の惨状に、手出し禁止と分かっていても声を上げてしまった。『蛇』の力を発揮し、その力の一端である握力を持って、ツクヨの太腿を握り潰したハルカだが、その程度、物ともしないツクヨの反撃により、右手首を喰われてしまった。皮一枚で、手首がぶら下がっている状況。幸い、すぐさま止血、及び、傷口を凍らせて塞いだが。


「落ち着きなさい。元より、実戦形式である以上、無傷で済まない事ぐらい了承済み。例え、死んだとしても、その時は所詮、その程度だったという事。違いますか? それにたかが、右手首を失っただけです」


「……礼を言うよ。私とした事が、この程度の事で騒ぐとはね。そうだね。ここで死ぬなら、あの子は所詮、そこまでだったって事」


 コウの言葉に、私は冷静さを取り戻す。どうもハルカ絡みだと、つい熱くなってね。実戦形式である以上、怪我は当たり前。死ぬ事も了承済み。


「もっとも、そう簡単には、死なないよ。勝てないだろうけど、ただでは負けない。私がそう教えたからね」


「それは楽しみです。()()()何を見せてくれるのでしょうね?」


 相変わらずの無表情でそう話すコウ。その内心は分からない。読心術で読もうにも、封鎖されていてね。ともあれ、今はハルカだ。右手を失った状況でどうするのか? あの子は高速再生はまだ使えない。時間を掛ければ再生可能だけど、そんな時間を与えてやる程、ツクヨ達は甘くない。さ、ハルカ、切り抜けてみせろ。







 ハルカside


 状況は良くないね、利き手の右手を失った。ツクヨに食いちぎられた右手は皮一枚を残してぶら下がっている状況。とてもじゃないけど、使い物にならない。むしろ、邪魔。左手で掴み、引きちぎると冷凍保存。傷口は凍らせて塞いだけど、再生するのは無理が有る。時間を掛ければ出来るけど、そんな悠長な間を与えてくれるツクヨ達じゃない。ナナさんに鍛えられた高速思考を活用し、考えを巡らせる。


「今、出来る事をやりましょう」


 出た結論はシンプル。出来ない事はこの際、切り捨て。特にこの場合、相手が相手だし。何より、戦いに卑怯もへったくれも無い。負けは死に繋がる。嫌なら、勝て。とりあえず、()()()()()()。改めて思う。水系の使い手で良かった。後、漫画も役に立つね。以前読んだ漫画のキャラのやった事を、自分なりに再現。


「ほう! そう来るか!」


 ()()()()右手を見て、感心したらしいツクヨ。治せないなら、補うまで。最近、会得した『黒い水』を使い、右手を再現。触覚や痛覚までは再現出来ないし、見た目も黒い。でも、右手の代用としては十分。


「水は何かと使い勝手が良いんですよ」


 右手首を食いちぎられた際に落とした小太刀を念力で右手に呼び戻し、仕切り直し。







 さて、右手を補ったは良いけれど、実の所、これ、長くはもたない。ただでさえ消耗の激しい『黒い水』。それを右手の形に仕立て、なおかつ、自分の意志で自在に扱える様にする。しかも相手は最強クラスの実力者。……うん、現実はクソゲーとはよく言ったものだね。でも、文句を言っても始まらない。残り時間は少ないけれど、やる事はやらないと。


「行きますよ!」


 そう言いつつ、手始めの一手。『黒い水』で作った右手で床を思い切り叩く。もっとも、僕の力ではナナさん特製のトレーニングルームの床を壊す事は出来ない。まぁ、狙いは別に有るんだけど。


 固い床を叩いた右手。『黒い水』で作った右手はあっさり潰れて床に広がる。()()()()()()()()()()()()()。ツクヨ達も僕の狙いにすぐに気付いたらしい。


「ちっ! 小賢しい真似を!」


「普通に攻撃したって当たりませんし。だったら、面制圧です」


 そもそもツクヨ達クラスの実力者となると、普通に攻撃したって当たらない。ことごとく、避けられるか、防がれる。それこそ、目の前で銃を撃たれても、その銃弾を弾き返して逆に殺す程。


 更に言えば、ツクヨには銃弾も剣も効かない。核兵器でさえ無力。かつて、ナナさんの禁呪による恒星の炎で焼かれた際にも無傷だったという、異常な防御力を持つ。自分より格下の相手からの攻撃は無効という、反則の能力。もし、ツクヨの身体を正攻法で傷付けるとしたら、それこそ、他の真十二柱を呼ばないと。


 ()()()()()


 床のみならず、壁や天井まで『黒い水』に覆い尽くされ、一面真っ黒。さぁ、反撃だ! 床、壁、天井、全方位から一斉に牙を剥いて襲い掛かる大量の黒い蛇。


「悪趣味な」


 竜胆(リンドウ)さんの呟きが胸に刺さる。悪かったですね! 悪趣味で! 僕だって気にしているんですからね! しかし、僕の『根源の型』が『蛇』である為に、自然とこうなる。でも、見た目のイメージの悪さはともかく、この『蛇』、僕の信条的には、とても便利。更に今回の場合、()()()()()()()()()()()()()()







 四方八方から牙を剥いて襲い掛かる黒い蛇達。しかし、さすがはツクヨ達。的確に捌いていく。ツクヨは拳や蹴りで粉砕。イサムは木刀で切り裂く。竜胆(リンドウ)さんはライフルに付けた銃剣で突き刺し、切り飛ばす。高密度、高水圧の塊であるにも関わらず、あっさり破壊する辺り、3人の実力の高さが良く分かる。


 ()()()()()()()


 僕は慌てず騒がず、指を弾いて鳴らす。


 コード『起爆』。


 直後、漆黒の爆発がトレーニングルームを覆い尽くした。







「少しは驚いたかな?」


 僕は水系の使い手にして、『静』の属性。それ故に、ド派手な破壊系は苦手としている。そういうのは、ミルフィーユさんみたいな火系の使い手が得意としている所。だから、世間一般的には、水系の使い手は、爆発を起こせないと考えがち。


 でも、それは大きな間違い。確かに水系の使い手の僕は『爆炎』は使えない。しかし、『爆発』は起こせる。爆発イコール爆炎ではないのだ。分かりやすい例えを上げるなら、火山の噴火。あれは、マグマが噴き出す噴火と、マグマの熱によって発生した水蒸気による噴火に分かれる。


 そして僕は水の三態、すなわち、固体、液体、気体を自在に操れる。今回の場合、黒い水の蛇を水蒸気に変換、水蒸気爆発を起こした。元々、あの黒い蛇は高水圧、高密度の水の塊。大量の水から成る。それを一気に水蒸気に変換、爆発させた。その威力は推して知るべし。……まぁ、普通の人間ならともかく、ツクヨ達だからね。せいぜい、びっくりしたぐらいだろうね。








 爆発が起きた後、辺り一面は漆黒の霧に覆い尽くされた。もちろん、ただの霧じゃない。某ラノベに出てきた、凄腕の暗殺者の術をベースに僕なりのアレンジを加えたもの。完全に視界を奪うだけじゃなく、探知系の術なんかも阻害する。卑怯? ありがとう、褒め言葉と受け取るよ。僕は御都合主義まみれのくだらないラノベの主人公じゃないんでね。突然のパワーアップだの、ナイスタイミングでやってくる助っ人だの、当てにしていない。勝つ為、いや、生き残る為なら、卑怯卑劣も上等だよ。そもそも、魔女の弟子だしね。


 さて、遊んでいる暇は無い。次なる一手を打つ。この黒い霧、相手には認識阻害の効果が有るのに対し、僕にとっては相手の位置や状況を知るセンサーの役目を果たす。そのおかげで僕はツクヨ達の位置が手に取る様に分かる。誰を狙うか? それは既に決めている。その相手を目掛けて、攻撃に移る。黒い水で復元した右手を握り締め、拳を作り殴り掛かる。


 初対面の際、殴られた恨み。及び、僕を助けに来てくれたナナさんの四肢を食いちぎった事に対する仕返し。きっちり果たさせてもらいます、ツクヨ!







「甘い!」


 結論から言えば、僕の拳はあっさりツクヨに受け止められた。認識阻害の力を持つ黒い霧に乗じた攻撃だったものの、通用しない辺りはさすがの一言。


「なかなか良く出来た霧だが、この程度では俺には通用せん」


 ツクヨからお褒めの言葉とダメ出しの両方を頂いた。本当にありがとうございます。いや、本当に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「でしょうね。僕も最初からこんな程度の不意討ちが通じるとは思っていません。ですが……()()()()()()()()()()!」


 ツクヨの強さは骨身に染みて知っている。通常の攻撃では傷一つ付けられず、なぜか攻撃が通る僕でも、仮に殴れたとして、せいぜい、痛いと言わせる程度。僕はどうにかツクヨに一泡吹かせる方法は無いかと、かつて負けて以来、考えてきた。そして、僕は気付いた。ツクヨの絶対的な防御能力の穴に。ツクヨも僕の狙いに気付いたらしいが、遅い!


 ツクヨが捕まえた僕の右手は『黒い水』で作った物。その性質上、いくらでも形を変えられる。複数の蛇に変えて、ツクヨの右腕に絡み付かせ、鈍い音と共に、その肘関節をへし折った。


「ぐっ!!」


 さすがのツクヨもこれは痛かったらしい。苦痛に顔を歪める。それでも悲鳴を上げないのは素直に凄いと思う。僕なら、絶対悲鳴を上げる。


「……先程、俺の太腿を握り潰したぐらいだもんな。気付いていたか、俺の防御能力の穴に」


「貴女にかつて負けて以来、ずっと考えていたんです。どうしたら、貴女に一泡吹かせられるかって」


「執念深いな」


「否定はしません」


 ツクヨの防御能力の穴。それは攻撃無効化といった無敵の防御では無い事。言ってしまえば、身体の表面を覆う極薄の防御膜。そして、ツクヨ自身の肉体はあくまでも、人間並みの強度。鋼の肉体ではない。これはかつてツクヨに拐われた一件で、一緒にお風呂に入った際に確認済み。


 確かにツクヨの体表を覆う防御膜は様々な攻撃を遮断する。それこそ、核兵器だろうと、禁呪だろうと。


 しかし、ツクヨに()()()()()()()。だから、僕は考えた。いかに強くても、ツクヨの肉体構造は普通の人間と変わらない。ツクヨに関節技を極めたならば通用するんじゃないかと。イカやタコみたいな軟体生物や、スライムみたいな不定形生物じゃないし。


 だからといって、はい、そうですかと、関節技を極めさせてくれる訳が無い。向こうだって、その辺は警戒しているだろうし。だから、何重にも策を練った。その甲斐有って、ツクヨの右肘関節をへし折る事に成功。でもね、これで終わりとはいかないのが現実。


「俺の右腕を壊した事は褒めてやろう。これがタイマン勝負なら、不味かったかな。でもな、今回は()()()()()()()()()()


 ツクヨのその言葉に応える様に、僕に迫る殺気2つ。イサムと竜胆(リンドウ)さんだ。僕がツクヨと話している隙を突いて、不意討ちを仕掛けてきたか。僕もしたんだ、そりゃ、されもするさ。でもね……。


「甘い!」


 さっきツクヨに言われた言葉をそっくり返す。僕は言ったよ。普通に攻撃しても当たらないなら、全面攻撃だと。


 コード『凝結』


 指を鳴らすと、辺り一面を覆い尽くしていた黒い霧が即座に晴れる。それとほぼ同じくして、ツクヨ達3人も異変に気付く。


「わっ! 何だこれ?!」


「チッ! 味な真似を!」


「……なるほどな。そう来たか」


 驚くイサム。悪態を付く竜胆(リンドウ)さん。感心するツクヨ。3人全員、黒いコールタールの様な物で拘束されていた。壊そうにも、粘りと伸縮性に富むそれは、そう簡単には壊れない。


「水の三態を操れるのが僕の能力。そこから、更に発展させてみました」


 固体、液体、気体からなる、水の三態を操れる能力。そこから更に発展させて、()()()()()()()()()()()()()()()()()。今回の様に、粘着力と伸縮性を持たせて相手を拘束したりと、応用が効く。汎用性が高い。使い方次第で、格上相手にも通用するだろう。しかし、やはりツクヨは強かった。


「なかなかの拘束力だな。だが、甘い!」


 その身を拘束するコールタール状の黒い水を容易く引きちぎり、こちらに向かい一歩踏み出そうとし……いきなりバランスを崩して、うつ伏せに倒れた。


「これは?!」


 いきなり足を取られては、さすがのツクヨもたまらない。驚いている。繰り返すけど、ツクヨの肉体構造自体は、普通の人間と変わらない。移動するにあたっては、やはり足が基本。特に肉弾戦となれば、踏み込み、バランス移動は大事。そこを突かせてもらった。黒い水を辺り一面に拡げた際にツクヨの足の裏に黒い水を貼り付かせ、タイミングを見計らい、床に接着。転ばせた。そして、せっかくのチャンスをふいにする気は無い。


「とりあえず、仕返しです」


 とっさの異変にまだ起き上がれないツクヨに対し、飛び上がって、体重を乗せて両足でその背中を踏みつける。


「ぐげっ!!」


 情けない悲鳴を上げるツクヨ。いくら防御膜に守られていても、踏みつけられた荷重は普通に掛かる。何より、踏みつけられた屈辱は相当なものだろう。かつての仕返し、果たさせてもらいましたよ。


 でも、雪辱の喜びを味わう余裕は無さそうで。急激に襲ってきた目眩と脱力感。……残念、今回はここまでみた…い……。








 ナナside


「全く、あのバカ弟子は。まだまだ甘いね」


「まぁ、そう言ってやるな。確かに、敵前で気絶するのはいただけんがな。とはいえ、この俺に一泡吹かせた事は評価してやれ」


 リビングで缶ビール片手に、今日の訓練について語り合う私とクソ邪神。あのバカ弟子、黒い水を使い、ツクヨを転ばせ踏みつけたまでは良かったが、元々が非常に燃費の悪い、黒い水。それを多用し、更には形態変化に性質変化と立て続けに使ったのが災いし、そこで力尽きて気絶してしまった。幸い、訓練だったから良かったものの、これが実戦なら命取りだよ。師匠である私としては、詰めが甘いと言わざるを得ない。


 そのハルカだが、訓練後、私がハルカの部屋へと運んでベッドに寝かせた。栄養点滴を打っておいたし、ある程度休めば動ける様になるだろう。


「ところで、あのガキ共2人は遅いね」


 私はこの場にいない、2人。イサムと竜胆(リンドウ)の事に触れる。あいつら、訓練が終わった後、どこかへと出かけていった。何でも、ハルカに精の付く美味い物を食わせてやるんだと、えらく気合いが入っていたね。イサムが。竜胆(リンドウ)の方はまぁ、仕方ないって感じだったけど。しかし、どこに行ったんだか?


「まぁ、そのうち戻ってくるだろう」


 ツクヨの方は別に心配するでもなく、缶ビールを煽る。私としても、あいつらを心配する筋合いは無いが、いないとなるとハルカがうるさい。と、そこへ玄関から聞こえてきた声。イサムと竜胆が帰ってきたらしい。さっそく、私達のいるリビングへとやってきた。


「ただいま戻りました!」


「遅くなった事、お詫びいたします」


 とりあえず、帰還の報告をする2人。イサムの方は何やら、篭を背負っている。今回の獲物が入っているらしい。でも、その前にだ。


「ん。ご苦労だったな、2人共。だが、その前に」


「さっさと風呂に行ってこい! 磯臭いんだよ! そんな状態でハルカの前に出るなんざ、許さないよ!」


 帰ってきた2人だが、どうも海辺。それも磯に行っていたらしく、とにかく磯臭かった。邪神ツクヨは平然としていたが、私は磯臭いのが我慢ならない。ましてや、潔癖症の気が有るハルカなら尚更。さっさと風呂に行く様に告げた。急いで去っていく表面2人を見送ると、私はイサムの置いていった篭の中を見る。そこには、黒ずみゴツゴツとした外見の石の様な物がぎっしり。


「ふん! なるほどね。こりゃ、確かに精が付くね」


「あのバカ(イサム)にしては気が利いているな。今の疲労困憊したハルカじゃ、肉の類いはキツいだろうし」


 私とツクヨ、2人共、篭の中身の正体を見抜き、感想を述べる。イサム達が持ち帰ってきた物。それは牡蠣(カキ)だった。特大サイズのね。これは上物だ。滋養満点で知られる牡蠣。柔らかく、今の疲労困憊したハルカにも食べやすい。しかもこの牡蠣(カキ)、『水』の魔力を豊富に含んでいる。ハルカの回復にはもってこいの品だ。当然、単なる牡蠣じゃないし、採るにしても、それ相応の危険を犯しただろうね。その辺に関しては、イサムに感謝しよう。……私だって、そのぐらいの譲歩はするさ。


「良い牡蠣(カキ)だね」


「イサムの奴、張り切ったみたいだな。ハルカが絡むと良い仕事をする。どれ、一丁、毒見をしてやるか」


 篭一杯に詰まった牡蠣(カキ)。ツクヨはその中から1つ、無造作に取り出し、右手の人差し指の爪をナイフの様に変化させて、手慣れた様子で牡蠣(カキ)の殻をこじ開ける。すると中から白い大きな身がプルン! と飛び出した。


「おぉ! こりゃ凄い! どれどれ……」


 ツクヨは牡蠣(カキ)の身の大きさに驚きつつ、ツルリと一口で飲み込む。


「ん〜〜! 美味い! たまらんな!」


 目を閉じ、新鮮な生の牡蠣(カキ)の美味さに舌鼓を打つ。よほど新鮮な牡蠣(カキ)じゃないと、生では食べられない。贅沢な食べ方だ。どれ、私も1つ、頂くか。篭の中から1つ取り出し、ナイフでこじ開け、その身を丸呑み。…………美味い! こんな旨味の濃い牡蠣(カキ)は初めて食べたよ。確かに良い仕事したよ、イサムは。だが、私もツクヨも牡蠣(カキ)を1つ食べただけで済ませる。


「美味いね。新鮮な生の牡蠣(カキ)は絶品だね。特に、今回の奴はね」


「本当に良い仕事をしたな、イサムは」


 毒見という名の牡蠣(カキ)の味見を済ませ、今回の牡蠣(カキ)の美味さ、それを採ってきたイサムの仕事ぶりを褒める。


「だが、あいつ肝心な所で詰めが甘い」


 ところが、ツクヨは一転してイサムにダメ出しをする。


「ナナ、ハルカは牡蠣(カキ)は大丈夫なのか?」


「あぁ、そういう事かい」


 イサムの奴、間抜けな事に、ハルカが牡蠣(カキ)を食べられるかどうかの確認もせずに飛び出していってしまった。精の付く物を食べさせてやりたいって気持ちは分かるが、相手がそれを食べられるかどうかの確認を怠る辺りは、詰めが甘いと言わざるを得ない。ハルカが牡蠣(カキ)嫌いだったり、アレルギー持ちだったら、どうする気だい?


「その辺は大丈夫だよ。食物アレルギーとかも無いし」


「そりゃ、良かった。せっかく採ってきたのに、食べられませんじゃ、笑えん」


 私の返答にツクヨは安堵の息を付く。せっかく採ってきたのが無駄になっては、確かに笑えない。


「さて、新鮮な内に、さっさと調理するか。生は危ないから、火を通すとしよう。俺達はともかく、ハルカが当たったら困る。……焼き牡蠣(カキ)に、牡蠣(カキ)フライ、牡蠣(カキ)シチューにするか」


 ツクヨはそう言って立ち上がると、牡蠣(カキ)の詰まった篭を手にキッチンに向かう。


「ナナ、お前はハルカのそばにいてやれ。飯が出来たら呼んでやる」


 振り向きもせず、そう語るツクヨ。


「……お言葉に甘えるよ。真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨ様」


「良いから、さっさと行け!」


 感謝半分、嫌味半分でそう返し、私はハルカの部屋に向かった。







 さて、やってきました、ハルカの部屋。さんざん、言われたんで、ドアをノック。しかし、返事は無い。多分、まだ寝ているんだろう。かなり疲労困憊していたし。


「入るよ、ハルカ」


 一応、断りを入れた上で部屋に入る。案の定、ハルカはまだベッドの上で寝ていた。その腕には点滴の針が刺さっている。点滴と安静にして寝ていたおかげか、当初と比べて、大分、顔色が良くなってきた。ベッドに寝かせた時は蒼白だったからね。その枕元にはハルカの使い魔の白いツチノコ、ダシマキが心配そうに寄り添っていたが、こちらを見るなり、牙を剥いて威嚇してきた。


「シャーーッ!!」


「あんたね、私はハルカの保護者で師匠だよ? 何で威嚇するんだい?」


「シャーーッ!!」


 私がハルカの保護者、師匠であると言っても、態度を変えない。こいつ、人間並みの知能を持ち、人語を喋れないものの、理解はしているはずなんだけどね。やはり蛇だけに、人になつかない。ハルカが例外らしい。


 すると枕元でシャーシャー騒がれてうるさかったのか、ハルカが目を覚ました。そのとたんに、態度を変え、ハルカの頬を舐めるダシマキ。……このクソ蛇が! 可愛くないね!


「……おはよう……は、おかしいかな? ありがとうダシマキ。そばに付いていてくれたんだね」


「シャー♪」


 ハルカは枕元のダシマキを持ち上げ、そばに付いていてくれた礼を述べる。ダシマキも嬉しそうに一声鳴く。私とはえらく態度が違うね。まぁ、あいつからすればハルカは契約を交わした主だし、分からなくはないが。でも、可愛くないね。私にも敬意を示せってんだよ。







「具合の方はどうだい? どこか痛い所とか、気分が悪かったりしないかい?」


 ベッドから起き上がり、点滴の針を抜くハルカに具合を聞く。見た感じでは大丈夫そうだけど、その辺は念の為だ。


「はい、大丈夫です。まだ多少、だるさは有りますが、動けない程じゃないです」


「……そうかい」


 万全の状態ではないにしろ、特に大きな問題は無さそうだ。その事に、ひとまずの安心をする。場合によっちゃ、ファムの所へ担ぎ込むつもりだったし。


「自力で歩けるかい? 何だったら、肩を貸すよ」


 ベッドから起き上がったものの、本調子ではないハルカ。無理して階段から落ちでもしたら、シャレにならない。まぁ、いざとなれば私がハルカを連れて空間転位をすれば良いだけだが。


「……そうですね。お願いします」


 やはり、ダメージは大きかったらしく、ハルカの足元はおぼつかない。変に意地を張らない、素直な所はハルカの大きな美点。それに引き換え、つまらない意地を張って損をするバカは昔から絶えなくてね。私はハルカに肩を貸して、一緒に部屋を出る。その際にピョンピョン飛び跳ねながら、ダシマキも付いてくる。ハルカの頭の上に乗らない辺り、気を遣っているらしい。







「良い匂いがしますね」


 私の肩を借りて歩くハルカが言う様に、階下から良い匂いが漂ってくる。キッチンでツクヨが作っている料理の匂いだね。私達は普通の人間より五感が鋭いから、良く分かる。


「クソ邪神が料理を作ってくれているのさ。しっかり食って、ぐっすり眠って、きっちり回復しな。今はそれが最優先さ」


「確かにそうですね。お言葉に甘えます」


 この先、待ち構えているのは、真十二柱に、灰崎 恭也。更にはまだ見ぬ、恐ろしい敵達。ハルカの行く先は正に前途多難。だが、今は、ゆっくり休め。


 今はまだ小さく、未熟な小蛇に過ぎないハルカ。でもね、私は確信しているよ。いつか、この子は龍どころか、神魔さえ喰らう、大いなる蛇になるってね。……もっとも、それがこの子にとって、本当に幸せかどうかは分からないけどさ。


「どうかしたんですか? ナナさん」


「あぁ、いや、なんでもないよ。もうすぐ階段だけど、降りられるかい? 空間転位する?」


 つい深刻になってしまい、その事でハルカに逆に心配される始末。いけないね、保護者で師匠たる私がハルカに心配を掛けてどうする。気分を切り替えるべく、ハルカに話を振る。


「少々、横着な気もしますけど、階段の下までお願いします」


「分かった」


 まだハルカは足元がおぼつかないだけに、下りの階段は危ない。私の空間転位で1階に飛ぶ。その際に、ダシマキはしっかりハルカの胸に抱かれる。この野郎、ハルカのおっぱいに挟まれやがって。ムカつくがここは我慢。無事、1階に飛び、後はダイニングへ。実に美味そうな匂いが漂ってくる。


「グ〜」


 そこへ聞こえてきた腹の虫。私じゃない。ダシマキでもないだろう。となれば、消去法で1人。


 恥ずかしそうに俯くハルカ。腹の虫の音を聞かれたのがよほど、恥ずかしかったらしい。


「何を恥ずかしがっているんだい。腹が減ったら、腹の虫が鳴るのは当然だろ? 別に堅苦しい場でもなし。ましてや、あんたはあれだけ動いて消耗した上、ずっと寝ていたんだ。つまらない事を気にするぐらいなら、しっかり食べな」


「……ありがとうございます、ナナさん」


 この子は真面目なのは良いんだけど、もう少し、大らかに生きても良いと思うんだけどね。


「ほら、さっさと飯食いに行くよ。わざわざ、あんたの為に精の付く料理を作ってくれるんだってさ」


「どんな料理なんですか?」


「それは見てのお楽しみさ。安心しな、ゲテモノじゃないから」


「……信じますからね?」


「大丈夫だって!」


 精の付く料理と聞いて、少し不安そうなハルカ。そんなハルカの背中を軽く叩き、ダイニングへ向かう。


 確かに未来に不安は有る。だが、今は食事を楽しもう。重苦しい雰囲気の食事なんて、真っ平御免。食事は楽しくないとね。さて、クソ邪神が腕を振るった料理、頂くとするかね。






長らくお待たせしました。僕と魔女さん、第137話です。


全くネタが浮かばない、何より書く気がしないという、過去最悪のスランプに陥っていました。ともあれ、どうにかこうにか、書けました。


今回のテーマは、真十二柱といえど、無敵の存在ではないという事。


作中でも語りましたが、邪神ツクヨは原則的に格下からの攻撃を受け付けません。打撃、斬撃、銃撃、魔法攻撃、その他、色々、体表を覆う極薄の防御膜が一切、遮断。


しかし、ツクヨに触れる事自体は可能。しかも、肉体構造や、強度は普通の人間の大差は無く、防御膜は極薄。それ故に、握り潰す、へし折る、捻じ切る、等は有効です。もっとも、ツクヨに触れる事が出来ればの話ですが。


では、また次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ