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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第136話 ハルカの多忙なる日々

 ツクヨ達がやってきて、焼き肉パーティーを開催した翌日。朝、午前6時。いつもの様に起床。ただし、僕の部屋じゃなくて、ナナさんの部屋だけどね。


 昨夜、怖い夢を見てしまい、心細くなって、ナナさんに頼んで、一緒に寝てもらった。……落ち着くんだよね。とりあえず、まだ寝ているナナさんを起こさないように、そっとベッドから降りる。そして、僕が起きたのに合わせて、段ボール箱に毛布を摘めた即席のベッドから、僕の頭の上に飛び乗る白い影。


「シャー」


「おはよう、ダシマキ」


 先日、僕と契約を交わし、使い魔となった白いツチノコのダシマキ。どうも、僕の頭の上が気に入ったらしく、何かと乗る。本当はヘッドドレスが付けられないから、乗らないで欲しいんだけど、無理に降ろそうとすると、尻尾で叩いてくるんだ。これがスナップが効いていて痛いし。だから、好きにさせている。ちなみにダシマキ用のベッドは昨夜、僕の部屋から持ってきた。


「さ、早くシャワーを浴びて、朝の支度をしないとね」


 ナナさんと一緒に寝る時の約束で裸の僕。さすがにこの格好で浴室に向かうのは恥ずかしいから、ナイトローブを亜空間から取り出し、羽織る。では、いざ浴室へ。







 朝のシャワーを済ませ、さっぱりした所で、メイド服に着替える。ちなみにダシマキも、朝風呂を済ませていたりする。


 お屋敷に連れて帰ってきた、その晩。お風呂に向かう僕の頭の上に乗ったまま、浴室に来たダシマキ。どうもお風呂に興味を持ったらしく、頭の上から飛び降り、辺りを見渡すと、洗面器を見付けて、鳴き声を上げて跳び跳ねた。


 それを見て、もしかしたらと思って、洗面器にぬるま湯を張ってあげたら、飛び込み、気持ち良さそうに目を細めた。ツチノコって、普通の蛇と違って瞼が有るから、瞬きや、目を閉じたり出来る。よほど気に入ったのか、それ以来、ダシマキは僕に付き合ってお風呂に入るようになった。







 さて、朝のシャワーを済ませてさっぱりした所で、朝ごはんの準備。そこへ聞こえてきた変な歌。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


「おはよう、バコ様。ちょっと待ってね。すぐにご飯の用意をするからね」


 今日も朝から元気に歌って踊る、頭のボケたデブの三毛猫、バコ様。歌って踊りながら、僕の足元をグルグル回る。これはバコ様なりの、ご飯の催促だ。頭がボケていても、その辺はしっかりしている。……それ以外はまるでダメだけど。所構わず、ウンコやオシッコを漏らすし。


 ともあれ、バコ様のご飯を用意。戸棚から、高齢猫用ダイエットフードの缶詰めを取り出し、開けて、餌入れに。バコ様はお年寄りだから、固いカリカリの餌は食べられない。だから、餌は柔らかい缶詰めの餌。ただし、ダイエットフード。どんどん太っているからね、バコ様。このままだと体重20㎏台に乗るのは、時間の問題だし。本当、全身、丸々と太っている。こんなデブ猫、初めて見たって、ナナさんも言ってたし。


 さて、餌入れにダイエットフードが入れられたのを見て、匂いを嗅ぐバコ様。頭がボケていても、猫の習性は健在らしい。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 と思ったら、急に歌って踊り出した。どうやら、餌が不満らしい。


「ダメだよバコ様。我慢して食べなさい。それでなくても、バコ様は色々とまずい状況なんだから」


 まず、肥満。その上、血糖値、血中コレステロール、その他色々。とにかく、不健康。バコ様の診断をしてくれたファムさんいわく、『これだけ不健康の塊で、よく生きていられるね、このデブ猫』だそうだ。ちなみにこの餌もファムさん推奨。


 とはいえ、相手は頭のボケた三毛猫。いくら言っても通じない。相変わらず、へーへーブーブーと歌って踊っている。こういう場合は……。







 悪いけど、無視。僕も暇じゃない。ましてや、朝の忙しい最中。朝ごはんの支度をしないといけないし、何より、ナナさん、朝ごはんが遅くなると怒る。ダシマキも早く朝ごはんにしろとばかりに、さっきから尻尾で叩いてくる。


 ペチペチペチ!


「痛いから、やめて! ちょっと待って、すぐに用意するから」


 お腹が空いて不機嫌なダシマキの催促に押され、冷蔵庫から卵を1つ取り出し、ダシマキ用の餌入れに入れる。すると、僕の頭の上から飛び降り、口を大きく開けて卵を丸呑み。蛇だからね。卵を丸呑みしたダシマキは、また僕の頭の上に飛び乗る。卵1つで十分らしい。


 その一方、バコ様はというと。


「へーへーブーブー、へーブーブー……」


 何だか元気が無くなってきた。そりゃ、そうだろう。朝ごはんも食べずに歌って踊っていたんだから。当然、お腹が空く。すると、観念したのか、ダイエットフードを食べ始める。現金なもので、不満の歌と踊りをしていた割には、よく食べる。ただ、頭がボケているせいで、周りにかなりこぼしている。……後で掃除しないと。







 さて、そろそろ午前7時。ナナさんを起こす時間だ。再び、ナナさんの部屋へ。不安要素のバコ様は、ご飯を食べ終わるや、リビングに向かい、そこに置いてある犬用のベッドで丸くなって寝てしまった。バコ様、大きいから、猫用のサイズじゃ合わなくて。とにかく、ナナさんを起こしに行こう。







「ナナさん、朝ですよ! 起きてください!」


 ベッドで寝ているナナさんを揺さぶりながら、声を掛けて起こす。毎朝の恒例。だからといって、油断は出来ない。なぜなら……。


 突然、掛け布団の中から飛び出してきた腕。掴み掛かろうとするその手を左手の甲で払って反らす。そこへすかさず、掛け布団が覆い被さってくる。この場合は……。後ろ!


 布団は無視して、かがんで素早く、後ろに向けて足払い。しかし空振り。かわされた! 掛け布団を払うと、既にベッドの上にナナさんはいない。……今日もダメだったか。


「おはよう、ハルカ」


 少なからず落胆している所へ、ナナさんの声。椅子に座って、僕を見ている。朝一の攻防。これが最近の日課。修行の一環だそうだ。だけど、未だに、ナナさんに一撃を入れられない。ちなみにナナさんに捕まった場合、裸に剥かれて、大体、昼ぐらいまで、その……ナナさんと…………女同士で色々とする訳で……。実際、時間の経過を忘れる程、気持ち良いし……。ただ、毎回、事が済んだ後の、ナナさんのドヤ顔がちょっと気に入らない。……毎回、主導権を握られてばかりだし。いつか、僕が主導権を握りたい。







「おはようございます、ナナさん」


 ともあれ、まずは朝の挨拶。礼儀は大事。礼儀をおろそかにしていると、思わぬ所でその報いが来たりする。……現実は厳しいんだよ。最近のアニメや、ラノベの主人公(笑)みたいな無礼な態度を取っていたら、僕なんて今、この場にいない。ナナさん、言っていたからね。


『私は、あんたが美少女で有能かつ、礼儀正しかったから、手元に置く事にした。もし、あんたがあの時、私にふざけた事を一言半句でも抜かしていたら、その場で殺していたよ』


 ってね。


 さて、ナナさんは椅子から立ち上がると、大きく伸びをする。あの、せめて前ぐらい隠してください。……その、色々と丸見えですから。目のやり所に困ります。ナナさん、寝る時はいつも全裸。だから、今も当然、全裸。いくら、僕と二人暮らしとはいえ、少しは自重して欲しい。……聞いてくれないけど。







 シャワーを浴びに行ったナナさんと別れ、再びキッチンへ。ナナさん、料理が冷めていると怒る上、待たされても怒るから、その辺を勘定に入れて、料理開始。シャワーを浴びてくるだけだから、そんなに時間は掛からないはず。じきに来るだろうから、手早く済ませよう。そうだな……昨日が焼き肉だったから、今朝は軽めで行こう。


 そうと決まれば、さっさと調理開始。今回は洋食で攻めるか。メニューは既に決めた。プレーンオムレツとトースト。そこへオニオンスープと、サラダを添えて。


 まずは、食パンを2枚、オーブンレンジに入れて焼き始める。続いて、冷蔵庫から卵を4個取り出し、ボールに割って入れる。僕とナナさんの2人分。泡立て器でかき混ぜ、軽く塩コショウ。フライパンを火に掛け、温まってきたら、溶いた卵を注ぐ。固くなり過ぎないように気を付けて、ラグビーボール型に形を整え、半熟に仕上げる。出来上がったオムレツを皿に盛り付け、仕上げにケチャップを掛けて一人分、完成。残りの卵でもう1人分を作る。


 さて、オムレツ2人分を作っている内に、トーストが焼けた。2人分のオムレツを皿に盛り付けたら、今度はトースト2枚を皿に乗せる。そろそろ、ナナさんがシャワーを済ませてやってくる。急ごう。といっても、後は簡単。キャベツを千切りにし、ミニトマトを添える。そこへ塩だれを掛ける。最後はオニオンスープ。これはインスタントを使う。僕だって、手を抜ける所は抜く。常に全力ではもたない。







 出来上がった料理をテーブルの上に並べ終えた所で、ナナさんがやってきた。実に良いタイミング。


「へぇ。今朝は洋食かい」


 ナナさんはそう言って席に着く。それに続いて僕もまた、席に着く。ここの主人はあくまでナナさん。メイドたる者、主人より先に席に着くような非礼は許されない。


「それじゃ、いただきます」


「いただきます」


 主人であるナナさんのいただきますに続いて僕も言い、朝食開始。







「ふむ。毎度の事ながら、あんたの作る飯は美味いね。特にこのオムレツが良いね。余計な物を入れずに、シンプルに仕上げてあるのが嬉しいね。ふわふわ軽めの食感が朝の胃袋にまた、嬉しい」


「昨日の夕飯が重めでしたから。今朝は軽めで攻めてみました」


「気遣い出来る子だね、あんたは。偉い偉い」


 そう言って、褒めてくれるナナさん。僕としても、作った料理を喜んで食べてもらえて嬉しい。しかし、まだまだ僕としてはオムレツの出来映えに満足はしていない。悪くはないけど、まだ足りない。そんな僕の思いをナナさんは見抜いたらしい。


「ハルカ。また、クソ邪神の事を考えているみたいだね。何度も言うけど、あんまり気にするんじゃないよ。向こうは500年以上、生きてきたんだ。あんたとは料理歴に格段の差が有る。仕方ないさ」


「それは分かってはいるんですけど……。やっぱり、悔しいものは悔しくて」


 以前、ツクヨが僕達に振る舞ってくれた、お手製のオムライス。その出来映えたるや、僕の遥か上を行っていた。僕自身、料理の腕前。こと、卵料理に関しては、絶対とまでは言わないものの、かなりの自信が有っただけに、大きな衝撃を受けた。


 以来、オムレツ系の料理には特に力を入れてきた。その結果、より一段と料理の腕前を上げたものの、未だにツクヨには及ばない。そうこうしている内に、朝食が終わる。


「ごちそうさま。美味かったよ」


 手短にそう言って席を立つナナさん。さて、後片付けをしないと。空になった食器を流しへと運んで洗い物開始。洗濯と掃除もしないといけない。でも悪い気はしない。なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……平和が一番だよね」


 お皿を洗いつつ、そう呟く。願わくば、ずっと平和な時間が続いて欲しいんだけどな。それが叶わない願いとは分かっているけれど。







 洗い物に続き、洗濯、掃除を済ませて、少し、空いた時間が出来た。お昼にはまだ早いと判断し、自分の部屋へ。


 ナナさんの御屋敷の2階に有る僕の部屋。ここに初めて来たその日に、ナナさんがあてがってくれたんだ。部屋が余っているからと言って。十分な広さに加え、寝心地抜群のベッド、使いやすい机、座り心地の良い椅子。立派な本棚。更には、必要な物が有れば言えと言われて、破格の厚待遇に驚かされたなぁ。ナナさんからすれば、はした金らしいけど。


 さて、自室に戻った僕は机に向かうと、本棚から、数冊の本を取り出し、机に向かう。その上には1冊の古ぼけた本。


「さ、今日も解読だ」


 古ぼけた本だけに、破れたりしない様に気を付けて開く。そのページには漢字の様な文字と、奇妙な図形がびっしりと書かれている。いわゆる、魔道書の類い。しかも、これはただの魔道書じゃない。


 ()() ()()()()()()()()だから。







 先日の、使い魔探しの一件。その際に、僕は初めて灰崎 恭也と接触した。正確には奴の操る『人形』越しにだけど。直接、姿を見せない辺り、聞いていた通りの用心深さ。


 そこで灰崎 恭也から持ちかけられたデスゲーム。『人形』との一騎討ちを辛くも勝利。その戦利品として手に入れたのが、この魔道書。持ち帰ってきてからが、また大変だった。


 何せ、あの灰崎 恭也からの贈り物。とてもじゃないけど信用出来ない。特にナナさんは何か仕掛けられてはいないかと、それこそ血眼になって、徹底的に調査。その結果、罠等の類いは一切無いと判明。ツクヨが言うには、灰崎 恭也は約束を始め、言った事は原則、守るらしい。戦利品として渡した以上、小細工はしないそうだ。ただし、こう続けた。


『勘違いするなよ。あいつは間違っても、親切でそれを渡した訳じゃない。全ては君を理想の『器』に育て上げる為の一環だ。君を自分の思い描く理想の状態へと仕上げた上で、君の肉体も魂も、全て奪い取る気だ。これまでも、あいつはそうしてきたからな』


 そう。渡した戦利品に小細工は無くても、渡した事自体には思惑が有る。それに、だ……。


「灰崎 恭也の情報収集力には恐れ入るね。……僕のしている事ぐらい、お見通しか」


 僕はナナさんから魔法について学んだ。西洋式の魔法をね。だけど最近は、ナナさんの教えを元に発展させ、東洋式の妖術について研究を進めている。僕は元は日本人だけに、西洋式より、東洋式の方がしっくりくる。そして、その事を灰崎 恭也は知っていたらしい。だって、この魔道書、東洋系の妖術の書物だし。しかも、水系の術の。







 ともあれ、今は魔道書の解読。本棚から取り出した辞書や資料を使い、内容を解読していく。いわゆる、日本の古文に近い内容だと僕は感じている。しかも、これ、いわゆる邪法外法の本。ナナさんもあまり良い顔はしなかった。もっとも、ナナさんに言わせれば、こんな物、邪法外法としては、ほんの序の口。入門編としてやってみろと言われた。いずれ、あんたにも本格的に邪法外法、禁呪を教えてやるとも。


 ナナさんはこう言った。知識は武器であり、盾。知らないでは通じない。邪法外法の使い手に対抗するには、邪法外法を知らねばならない。使いこなせなければならない。出来なければ、死ぬか、死よりも恐ろしい目に合うと。


「しかし、本当にえげつない術ばかりだな……。どちらと言えば、暗殺系か」


 魔道書に記された術の内容だけど、本当にえげつない。相手の血液を逆流させて殺す術とか、体内の水分を瞬時に蒸発させて殺す術とか、血液を毒に変えて殺す術とか、他にも色々。読んでいて良い気はしない。しかし、有効な術なのも確か。


「水の極意はその変幻自在に在り。か」


 これもナナさんに言われた事。『地、水、火、風、光、闇、無』。魔道における七属性。その中でも、水属性は使い手のセンスが問われると。


『ハルカ、水属性はね、使い手の技量や発想力が最も問われる属性なんだ。何せ、至るところに有る上、固体、液体、気体の三態を持つ。使い方次第では、恐るべき力となる。ま、使いこなせなければ、クソの役にも立たないけど。ハルカ、あんたは素人だけど、それが強みでもある。固定観念に囚われるな。思い付いた事はどんどん試しな。心配はいらない。私が責任を取る』


 我ながら、本当に良い師匠に恵まれた。ナナさんのバックアップが有ればこそ、今が有る。そしてこれからに向けて、更に上を目指さないと。時間は限られている。真十二柱がやってくるまで、もう1ヶ月を切っているんだから。ツクヨが言うには、真十二柱に僕の価値を示さないといけない。しかも、誰も助けてはくれない。全て自力で成し遂げなければならない。出来なければ、死有るのみ。







「しかし、真十二柱達がどういう基準で価値を判断するか、分からないのが困るな」


 机に向かい、魔道書の解読を始めて数時間程、経過。少し休憩。難解な内容だけに疲れる。気分転換がてら、別の事を考える。現状、一番の問題である真十二柱について。


 僕の価値を確かめる為にやってくる真十二柱達。何より困るのが、その価値の判断基準が分からない事。


「戦うのは……無理だよね。それこそ瞬殺される」


 真十二柱の強さは、かつて戦ったツクヨや魔道神クロユリで嫌という程、思い知らされた。全ての神魔の頂点に立つ12人は伊達じゃない。後でツクヨから聞かされたけど、あの時でさえ、ギリギリまで手加減されていたそうだし。現状、勝ち目なんか無い。突然のパワーアップやら、何やら、そんな御都合主義は無いんだよ。現実は厳しい。


「となると、本当にどうすれば良いんだろう?」


 正直、頭を抱えたくなる。戦っても勝ち目無し。だからと言って、価値を示せなければ殺される。真十二柱は正義のヒーローじゃない。彼らは全宇宙の抑止力。邪魔な存在は一切の躊躇なく消去する。これもツクヨから聞かされた話。と、そこへ聞こえてきたのはナナさんの声。


「ハルカ! 腹減ったよ! 昼飯まだ?!」


 時計を見たら、お昼時に近かった。少し早い気もするけど、お昼にしよう。


「分かりました! すぐ行きます!」


 ナナさんに返事をして、部屋を出る。さて、今日のお昼は何にしようかな?







「さっさと昼飯にしな! 私は腹が減っているんだよ!」


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 1階のダイニングに降りてきたら、不機嫌顔のナナさん。バコ様も変な歌と踊りで不満の表現。


「すみません、すぐに作りますから」


 お腹が空いて不機嫌なナナさんとバコ様にそう言うと、すぐさま調理に掛かる。とにかく早く作れる奴。……パスタにしよう。そうと決まれば、即実行。戸棚からパスタを取り出す。今回は定番のミートソースパスタにするか。買い置きのミートソースのパックが有るし。


 作るパスタの内容を決めたら、鍋でお湯を沸かす。パスタは手軽で良い。色々応用も効くし。


「早くしな!」


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 パスタを茹でつつ、ミートソースのパックを湯煎している所へ、ナナさんとバコ様からの催促。バコ様はともかく、ナナさんはお皿ぐらい出してくれても良いんじゃないかな?


 まぁ、文句を言っても始まらない。幸い、パスタはすぐに茹で上がった。ザルに移し水気を切る。熱い内に皿に盛り付け。続いて、十分温まったミートソースのパックを鍋から取り出し、封を切りパスタの上に掛ける。よし、完成。すぐにテーブルに並べる。粉チーズと温玉を別に添えて。この辺は人それぞれの好みだから。唐揚げにレモンをかけるか、どうかで揉めたりするし。ちなみに僕はどちらでも良い派。気分次第。







「ふん。ミートソースパスタかい。……まぁ、悪くないね。欲を言えば、市販のミートソースじゃなくて、あんたのお手製が良かったけどね」


「それに関しては謝ります。時間が無かったので」


 ナナさんとしては、僕のお手製ミートソースのパスタが良かったらしい。いや、作ろうと思えば作れるけど、今回はとにかく、早く仕上げる事が最優先だったし。それに言い訳にしかならないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「まぁ、仕方ないっちゃ、仕方ないね。私があんたと同じ立場だったとしたら、この料理すら作れないだろうし」


 幸い、ナナさんも理解を示してくれている。こういう点は本当にありがたい。いるからね、とにかく、全てが自分の思い通りにならないとキレる奴。最近の、くだらないラノベの主人公(笑)とか。ぶっちゃけ、あれは作者が無能なのが一番悪いんだろうけどね。話の内容に説得力皆無。御都合主義で押し切るしか芸の無い、無能ぶり。上手い作者は話の内容の筋がきちんと通っている。


 ともあれ、今はお昼ご飯。ミートソースパスタの上に温玉を乗せて、粉チーズを振りかけ、いただきます。







 お昼ご飯を済ませ、使った食器も洗い終わった。さて、午後の部開始。()()()()()()()()()。そう思っていると、呼び鈴の音。来たか。僕は来客を出迎えに玄関へ。







「いらっしゃい。今日もよろしくお願いします」


「あぁ。それじゃ、上がらせてもらうぞ。準備が済んだら、さっさと来い」


 やってきたのは、ツクヨ、イサム、コウのツクヨ一家に、竜胆(リンドウ)さん。真十二柱来訪、更にはその先を見据えて、僕を鍛え上げるべく、毎日の様に来ている。ナナさんは僕の師匠という立場柄、面白くないそうだけど、一方で、その有効性も認めている。いつも同じ相手とやっていては、代わり映えが無くて、戦い方も固定化してしまう。実戦を想定するなら、もっと色々な相手と戦わないと。そういう点において、ツクヨはうってつけ。


 挨拶もそこそこに、御屋敷の地下のトレーニングルームへ向かったツクヨ達。僕も準備を整えたら、向かおう。……本当は痛い思いはしたくないんだけどな。まぁ、そうも言ってられないか。必要な事なんだ、割り切ろう。







「来たか。それじゃ、始めるぞ」


 ナナさんの御屋敷の地下のトレーニングルーム。僕が来たのを確認したツクヨから、早速、トレーニング開始の言葉。もしもの事態に備え、ナナさん立ち会いの元、今日もトレーニングが始まる。……邪神式のね。


「今日も気張っていけよ! 死にたくなければな! ま、ここで死ぬなら、どのみち、他の真十二柱なり、何なりに殺されるか、でなけりゃ、()()()()()()()()()()()


 さすがは邪神。言う事が実にえげつない。でも、正論なんだよね。先日の、使い魔探しの一件。そこでの灰崎 恭也の『人形』との戦いを経て、魔王の力とは違う、僕自身の力。『黒い水』を会得するに至った。ナナさんや、ツクヨが言うには、僕の『根源の型』である『蛇』に由来する力らしい。


 これが安っぽいアニメや、ラノベなら、新しい力を得てパワーアップ! となるんだろうけど、現実は甘くない。僕はまだ『黒い水』、ひいては『蛇』の力を完全に使いこなしてはいない。最悪、暴走の危険性すら有る。少なくとも、暴走しないだけの実力を身に付けなければならない。もちろん、武術の腕も磨かないと。


 腰の後ろに交差させる形で差してある二振りの小太刀を抜き、構える。模造刀ながら、素材は真剣と同じ。刃が無いだけで、殺傷力は十分。実戦に出来るだけ近付けるのと、刃の無いハンデを物ともしないだけの実力を養う為だそうだ。さて、物思いに耽るのは、ここまで。気を引き締める。トレーニング開始。







 トレーニング。しかし、邪神式となると、普通のトレーニングのはずもなく。ましてや、実戦を想定したものとなれば、その内容は苛烈以外の何物でもない。分かりやすく言えば、僕一人に対し、敵は複数の、いわゆる袋叩きの状況だったりする。なんて、悠長な事を考えている場合じゃないね!


 竜胆(リンドウ)さんの繰り出す銃剣の突き。ギリギリでかわしたそこへ、薙ぎ払うツクヨの回し蹴り。とっさに頭を下げて回避したと思ったら、すかさず、僕の脳天目掛けて、踵落としに切り替えてきた。


「ちっ!」


 舌打ちしつつ、床に当てた両手の平から水を呼び出し、瞬時に気化。水蒸気爆発を起こし、カウンターを決めつつ、その場を離れる。僕特製の水蒸気の煙幕。ジャミング効果が有る上、そう簡単には晴れない。しかし、それをたやすく切り裂く相手がいる訳で。


 水蒸気の煙幕を一太刀で切り裂き、神速の速さで間合いを詰めてくるイサム。鞘に納まった刀から放たれるは、彼の得意技たる居合。本来なら、刀の届く距離には少し遠い。しかし、彼程の使い手となれば、そんなもの問題にならない。斬撃を飛ばすぐらい、やってのける。だが、イサムはその先を見せた。僕の直感が告げる。『その場から離れろ』と。急いで、その場から跳び跳ね、更に壁、天井と蹴って着地。さっきまでいた場所には、それぞれ向きの違う、計12の斬撃の跡。


「さすがはハルカ。『篭』が出来る前に逃れたか」


 感心した口調で話しながら、着地した僕へ袈裟懸けに斬り掛かってくるイサム。それを右手の小太刀でいなし、左手の小太刀でカウンター狙いをしつつ、僕もイサムに語りかける。


「すごいね、あれ。それぞれ微妙にタイミングをずらした、計12の斬撃による包囲攻撃。空間操作系は、特に格が高いんだけどね。ましてや、それを剣技でやるとはね」


 イサムがやった事は単に斬撃を飛ばしたのではなく、空間に干渉し、複数の斬撃を発生させるという、高等技術。これぞ魔法の域に達した技。『魔技』。某作品におけるNOUMINの『燕返し』が有名だね。しかし、あの人が斬ろうとした燕って、絶対、僕の知っている燕じゃないと思う。


「お褒めに預り、光栄だね! でも、いい加減、『蛇』の力を見せたら? 敵は俺だけじゃないんだからさ」


 イサムのその言葉と共に飛んできた、赤い雷。更に頬を掠めた銃弾。頬に一筋の傷が走り、赤い血が滲んで滴り落ちる。ツクヨと竜胆(リンドウ)さんもお待ちかねらしい。ならば、御期待に応えようかな!


「じゃ、御言葉に甘えて」


 魔王の力とは違う、僕自身の力。『蛇』の力を発動。さ、第二ラウンド開始と行こうか。まずは、これ! 右手の小太刀を竜胆さんに向かって投げ付ける。それに注意が向いた、その隙に地を這う姿勢からのタックル。ツクヨの両足を捕まえ、掴んだ太腿の辺りを力任せに『握り潰す』。皮膚が裂け、肉が抉れて赤い血が飛び散る。


「大した握力だな。握り潰すとはまた、えげつない。だが、良いぞ。敵の足を潰すのは良い。機動力を奪えるし、大量出血が狙えるからな」


「それはどうも!」


『蛇』の力の一つ、強大な握力で握り潰す『蛇喰手』で太腿を抉り取られたにもかかわらず、顔色一つ変えずに話しかけてくるツクヨ。痛覚は有るはずなんだけどな。まるで堪えていない。


「だが、まだまだ甘いな。たかが握り潰されたぐらいじゃ、俺にはダメージにならん」


 握り潰された太腿の部分が、すぐさま再生。


「お返しだ」


 瞬時に目前に迫るツクヨの顔。その口が大きく開かれ、ずらりと並んだ鋭い牙が一閃。


『ブツリ』


 そんな音が聞こえた。


「ハルカ!!!」


 続いてナナさんの悲鳴。


 そして、皮一枚を残してぶら下がる、僕の右手首。







「不味い!」


 そう言って、口の中の僕の右手首の肉を吐き出すツクヨ。


「褒め言葉と受け取ります」


 ツクヨの発言は、ある意味、褒め言葉。ツクヨは邪悪な存在程、美味に感じ、逆に善良な存在程、不味く感じるそうだ。だが、今は止血が最優先。こういう時、僕が水系の使い手である事が生きる。血流を操作し、出血を止め、更に凍結の力で痛覚を一時的に凍結。傷口を氷で塞ぐ。


「まだ、やるか?」


 右手を失った僕にツクヨが問い掛ける。イサムと竜胆(リンドウ)さんの2人も、今この時だけは、手出しをせずに見守っている。対する僕の返答は。


「まだ、やります。実戦じゃ、片手を失ったからといって、見逃してはくれないでしょう?」


 訓練続行だった。確かに右手を失ったのは、大きな痛手。でも、それは結局、自分の至らなさのせい。ましてや、実戦で、片手を失ったから助けてください、見逃してくださいなんて、通用しない。むしろ、弱った相手を優先して殺すのが定石。これぐらいのハンデ、乗り越えられなくては話にならない。それに……。()()()()()()()()()()()()()()


「……確かにな。ハルカ。やっぱり、君は良いな。きちんと現実を見ている。つまらん戯れ言ばかり抜かす、転生者(クズ)とは違う。あいつら、自分は転生特典で好き勝手している癖に、都合が悪くなると、卑怯だ何だと言い訳ばかり並べ立てるからな。凄まじいブーメランの刺さりぶりに、笑う気すら失せる」


「僕は当たり前の事を言っているだけなんですけどね」


「その、当たり前の事が分からないんだよ、主人公気取り、ヒーロー気取りの転生者(クズ)共にはな」


 そう言いながらも、再び構えを取るツクヨ。イサム、竜胆(リンドウ)さんもそれに倣う。


 正直、()()()負けだな。そもそも相手は格上。たとえ、万全の状態かつ、一対一の対決でも、負ける。しかもそこへ利き手の右手を失うという、大失態。でも、ただでは負けない。僕にも意地が有る。何よりナナさんも見ているしね。







2ヶ月以上ぶりのご無沙汰です。第136話をお届けします。


来る真十二柱の来訪に備え、何かと多忙なハルカ。メイドとして働きつつ、修行にも余念がありません。邪神ツクヨ一家+竜胆(リンドウ)の豪華メンバーによる、厳しい内容。しかし、その効果は抜群、メキメキと強くなっています。……今回は右手をツクヨに食いちぎられましたが。


ここからは個人的な意見。最近の作品はあまりにも、パワーアップに対する代償が安い。酷い作品になると代償(笑)とか。強い力には、相応のリスクが有る。それを否定する御都合主義まみれで白けるんですよ。


努力が必ず報われるとは限りません。むしろ、無駄になる事がもっぱら。しかし、努力しなければ、何も始まらない。まぁ、最近の読む気すら失せる、くだらないラノベでは、ひたすら御都合主義で主人公とは名ばかりのクズをもてはやすのが、主流のようで。


主人公に聞きたいですね。何もかもが自分の思い通りになる、果たして、それは素晴らしい事かと? 全てを手にした時、お前はどうするのかと? もはや、やる事が無くなった世界でどうするのかと?


まぁ、答えられないでしょうね。欲望を満たす事しか考えていない、未来への展望など無い主人公(笑)には。


では、また次回。

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