第131話 スイーツブルグ侯爵家を訪れたら、侯爵夫人と対決する事になった件
使い魔探しの一件や、珍し過ぎる使い魔達の事も含めて話をするべく、スイーツブルグ侯爵家を訪れた僕達。
侯爵夫人と面会し、話もまとまり、全員の無事帰還を祝しての会食の最中、突然やってきたツクヨ。彼女は来て早々、こう告げた。良い知らせと悪い知らせが有ると。
「良い知らせと悪い知らせについて話す前にだ。イサム、今回の件について報告しろ」
「はい、ツクヨさん」
良い知らせと悪い知らせ。それについて話す前に、イサムに今回の一件についての報告をさせるツクヨ。話を聞きながら、頷いたり、興味深そうな表情を浮かべたり。それが済むと、今度は竜胆さんに話しかける。
「しばらくだったな、竜胆。今回の件については済まなかったな。後で改めて、礼をする」
「もったいないお言葉です、邪神ツクヨ様。私ごときがお役に立てた事、誠に喜ばしく思います」
イサム、竜胆さんと話をしているツクヨに対し、痺れを切らしたナナさん、本題について話す様に催促。
「……おい、クソ邪神。良い知らせと悪い知らせってのは何だい? さっさと言いな」
元々、短気なナナさん。良い知らせと悪い知らせについて、話すよう求める。それは僕としても、とても気になる所だ。他の皆も同じらしく、ツクヨの発言に耳を傾けている。
「分かった。じゃ、良い知らせの方からな」
ツクヨは頬張ったローストビーフを赤ワインで流し込むと、良い知らせの方から話し始めた。
「ハルカ。お前らが使い魔探しに出ている間に、クロユリの奴が序列二位権限で、緊急の真十二柱会議を開いてな。その結果、灰崎 恭也に対抗する有効な切り札として、ハルカ・アマノガワに対し、俺達、真十二柱が色々と援助する事が決まった。ありがたく思えよ」
良い知らせ。それは真十二柱達からの援助だった。全ての神魔の頂点に君臨する真十二柱。文字通り、最高の援助を受けられる訳だ。確かにこれはありがたい。ナナさんは面白くなさそうだけど。
「先の真十二柱会議だが、実に異例の事態でな。序列一位と、既にいない序列十一位を除く、全員が出席した。滅多に来ない、序列三位の魔剣聖が来た事には、俺も驚いたぞ。あいつは基本的に自分の領域から出てこないからな。ちなみに援助の内容だが、異能に関してはクロユリが。武術に関しては、武神、魔剣聖、暗黒神が受け持つ。更に、物資面は魔宝晶戦姫、機怪魔博、戯幻魔が提供する事となった。死神は静観を決め込んでやがるが。ちなみに俺は引き続き、武術と異能を含めた総合的な指導だ。他の奴らはまだ来ないしな」
「そりゃまた、随分と豪華な内容だね」
呆れた様に言うナナさん。無理もない。真十二柱が直々に指導してくれるわ、物資も援助してくれるわ、まさに、至れり尽くせり。こんな豪華な内容の支援を受けられるなんて、普通、あり得ない。確かに良い知らせ。でもね、よく言うよね。『うまい話には裏が有る』って。それにツクヨは悪い知らせも有ると言った。
「真十二柱からの支援、とてもありがたい事です。感謝します。でも、その話、本当に喜んで良いんですか?」
世の中そんなに甘くない。ましてや、ただで何かを教えてくれる程、真十二柱が甘いとは思えない。何か裏が有る。そう思い、ツクヨに尋ねた。
「鋭いな。まぁ、その辺に関しては、悪い知らせの方で話そう」
尋ねてみた所、案の定、ろくでもない裏が有るらしい。ツクヨはその事については、悪い知らせの方で話すと。嫌な予感しかしないんだけど。
「さて、今度は悪い知らせの方だ。内容は2つ」
そう言って指を2本立てて、ツクヨは悪い知らせについて話し始めた。
「まず、1つ。さっき話した真十二柱による援助だがな。『無料』じゃない。対価が要る。ただで何かをしてやる程、真十二柱は甘くないし、何より、ただ働きなんぞ、真十二柱の沽券に関わる」
「やっぱり、そうなんですね。で、対価って何ですか? お金を支払うんですか? 真十二柱がお金をもらって喜ぶかは知りませんけど」
悪い知らせ。まず1つは、真十二柱の援助には対価が要るという事。問題はその『対価』の内容。普通の相手じゃないからね。
「それに関してだが、ハルカ。君の『価値』を示せという事になった。真十二柱が本当に援助をするにふさわしいか、否か、な。要は、真十二柱直々に君を試しに来る。やり方はそれぞれだが、どんなやり方をするかは知らん。合格なら良し。ただし、不合格なら命の保証は無いからな。ついでに言えば、君に拒否権は無い」
「僕の意見は無視ですか」
「諦めろ。神魔とはそういうものだ。文句が有るなら、真十二柱の座を得る事だな。幸いと言うか、序列十一位は現在、空位だしな」
ツクヨが語る、真十二柱への対価。それは僕の価値を示す事。真十二柱が援助するにふさわしいと証明する事。そして、それを確かめる為に真十二柱がやってくる。合格なら良いけど、不合格なら命の保証は無いらしい。しかも僕に拒否権は無い。
「分かりました。その話、受けます。というか、受けざるを得ないんですよね」
「そういう事だ。ぶっちゃけ、真十二柱に不合格を食らって死ぬ様なら、所詮、その程度だったって事だ。大体、そんな奴じゃ、灰崎 恭也には勝てん」
真十二柱の試練。これを乗り越えられない様では、とてもじゃないけど、灰崎 恭也には勝てない。何せ、真十二柱達を持ってしても殺せない怪物。これは避けられない試練なんだ。…………本当は受けたくないんだけどな。
ツクヨからの悪い知らせの1つ目は、真十二柱達が僕を試しにやってくる事だった。じゃあ、2つ目は何だろう?
「さて、悪い知らせである2つ目だ。ある意味、1つ目よりヤバいからな。覚悟しとけよ」
1つ目の悪い知らせよりヤバいと前置きするツクヨ。一体、何だろう?
「悪い知らせである2つ目。それも真十二柱絡みだ。ハルカに対する援助について話し合った、先の真十二柱会議だがな。実は全会一致じゃなくてな。反対が有ったんだ。結果としては、多数決で援助が可決されたんだが、そいつは納得しなくてな。独断で動いている。そいつも遠からず、君の前に現れるぞ、ハルカ」
悪い知らせである2つ目。それは真十二柱の中に、僕に対する援助に反対した者がいる事。そして、その誰かは独断で動いていると。
「……クソ邪神。その反対した奴って、序列六位の何とか坊だろう? あんたがさっき言った内容からして、一位と十一位以外の全員が出席したのに、援助の話の中に序列六位の何とか坊の名前だけは無かった。まさか、言い忘れたとかは無いよね?」
そこへ口を挟んできたナナさん。真十二柱の中で反対した誰かとは序列六位だろうと指摘。言われてみれば、確かにツクヨは序列六位の事は言わなかった。それとナナさん、序列六位は何とか坊じゃなくて、慈哀坊です。
「失礼な奴だな、誰が言い忘れるか。だが、お前の指摘した通り、反対したのは序列六位、慈哀坊。……言っておくが、ヤバいぞこいつは。狂信者の極みだからな。ある意味、魔剣聖より怖い。で、こいつ、ハルカが気に食わないんだと。あれは、世に災いをもたらすってな。だから『救済』すると言って、他の奴らと話が平行線を辿ったあげく、独断で立ち去りやがった。とにかく、あいつは『救済』すると決めたら曲げない。必ず来る」
ツクヨは慈哀坊が僕を狙う理由を話してくれた。そして僕を『救済』する為に、必ずやってくると。
「ちなみにあいつ、先日も盛大に『救済』をかましてな。その映像が有る。見せてやろう。あのイカレ坊主のやり方が良く分かる」
更にツクヨは慈哀坊が先日やらかした『救済』について見せてくれるそうだ。……争いを憎み、平和を追求するあまりに、争いを根こそぎ潰すという慈哀坊。本当は真十二柱の中で、一番慈悲深い人物らしいけど。ともあれ、映像が映し出される。
空中に投影された映像。そこにはかなり大きな人工島らしき場所が映っていた。人工島『らしき』場所が。
「何ですの?! これは!」
「こりゃまた、ずいぶんと派手にやらかしたみたいだね」
「環境に優しい方ですな。……人間に対する慈悲は皆無の様ですが」
ミルフィーユさんが驚愕の声を上げ、ナナさんは呆れ半分、感心半分。エスプレッソさんはいつもの皮肉を口にする。だけど、みんな、その脅威を感じ取っていた。慈哀坊のやり方の恐ろしさを。
「ここは世界の最先端を行く学園、6校が集まっていた人工島だったんだがな。慈哀坊に潰された。かなりの実力者が揃っていたが、一人残らず全滅だ。最先端の科学都市が、今は見ての通り、『緑豊かな楽園』と化した。これが慈哀坊の力だ」
ツクヨが言う様に、最先端の科学技術を駆使して建造されたであろう大小様々な建造物が、今では生い茂る樹木に覆い尽くされ、ジャングルと化していた。ここにいた人達は全滅したそうだけど、殺されてしまったのかな? そう思っていると、ツクヨが答えてくれた。
「ハルカ。ここにいた奴らがどうなったか気になるみたいだな。さっきも言った様に『全滅』だ。だが、『殺してはいない』。もっとも、その辺が慈哀坊の怖い所なんだがな」
全滅したけど、殺してはいない? 奇妙な言い回しをするツクヨ。確かに殺すのと、全滅させるのは必ずしもイコールではない。封印術なんかも有るし。慈哀坊は何をしたんだろう?
「ツクヨ、慈哀坊は何をしたんですか? ここにいた人達はどうなったんですか?」
分からないなら聞く。これに尽きる。
「その辺に関しては、見た方が早い。別の映像が有る」
僕の質問に対し、ツクヨは見た方が早いと別の映像を出してきた。
「さっきのは、離れた位置から見た全体図。今度は現場に入っての映像だ」
空中に映し出されたのは、たくさんの樹木。ただ、そのサイズが大体、『人間ぐらい』のものばかり。しかも良く見ると、布の切れ端が付いている。『服の切れ端』の様な。……まさか、この樹木!
「ついでだ。今度は樹木のそばの地面の映像だ」
また新しい映像を出すツクヨ。人間サイズの樹木のそばの地面が映し出される。そこには、眼鏡や、腕時計、スマホや靴といった品々が落ちていた。どれも『人間の持ち物』だ。ここまで見せられたら、何が有ったか嫌でも分かる。
「ツクヨ」
「何だ?」
「この樹木。ここにいた人達の成れの果てですね? どうやったのかは知りませんが、慈哀坊がやったんですね? 殺してはいないけど、全滅とはこういう事ですか」
「そういう事だ。これが、あのイカレ坊主の力。植物を自在に操るだけでなく、生物、非生物問わず、植物に変えてしまう。ちなみに、食べられる実のなる植物ばかりでな。慈哀坊は収穫した実を貧しい人々に無料で配っている。特に貧しいガキ共にな」
「……それ、本当の事を知ったら、食べられませんよね?」
「知らぬが仏って奴だ。余計な事は言うなよ」
争う人達を植物に変え、実った果実を貧しい人々に無料で配っているという、慈哀坊。善意という名の狂気の体現者だ。
「お前らも慈哀坊の怖さが良く分かっただろうと思う。だがな、忘れるなよ? 他の真十二柱も十分過ぎる程、ヤバイからな。不合格なら、殺される。あいつらは甘くない」
慈哀坊の怖さについて語ったツクヨ。その上で改めて、真十二柱の脅威を語る。やってくるのは慈哀坊だけじゃない。他の真十二柱もそれぞれのやり方で僕を試しにやってくる。不合格なら、殺される。
「幸い、今すぐには来ない。真十二柱会議で、猶予期間を与える事が決まったからな。今年の3月31日までだ。来るとしたら、4月1日以降。今が2月の月末だからな、ざっと1ヶ月か。それまではクロユリの奴が結界を張っているから、さすがの慈哀坊も来れん。前置きが長くなったが、ハルカ。君の向こうでの成果を見せてもらうぞ」
ツクヨから告げられた期限は約一ヶ月。その間に、真十二柱達を納得させられる様にならないといけない。そして、その手始めにツクヨを相手にする事に。
「分かりました。よろしくお願いします」
正直、あまりツクヨとは戦いたくない。真十二柱の1人であり、かつて、僕、そしてナナさんが完敗した相手。あの時の事はいまだに忘れられない。でも、今は少しでも経験を積まないと。
「場所は私が用意しましょう。必要以上に他者の耳目に触れさせる訳にもいきませんし、周囲への被害の問題も有りますから」
ツクヨとの模擬戦にあたり、ツクヨの従者であるコウが場所の提供を申し出てきた。確かにあまり他の人達に見られるのはまずいし、周囲の被害も有る。ツクヨに限らず、真十二柱は火力の次元が違うし。そして、彼女がそう言うと、空中にドアが現れた。
「真十二柱同士の対戦用に用意した場所へと通じています。ここならば、マスターとハルカが存分に戦っても支障は無いでしょう」
いつもの無表情で淡々と語るコウ。周囲の被害を気にしないで済むのはありがたい。ツクヨ相手に手抜きなんて出来ないし、したら、それこそ殺されかねない。まぁ、そんな訳で、ドアをくぐり、対戦の場へと向かおうとした所で、思わぬ発言が飛び出した。
「邪神ツクヨ様。無礼は百も承知で申し上げますが、ハルカさんとの模擬戦の相手を私に譲っては頂けないでしょうか?」
その発言にドアノブに手を掛けていたツクヨが振り返る。僕達もその発言に驚き、その人物を見る。侯爵夫人を。
「……この俺に意見するだけでなく、模擬戦の相手を自分に譲れだと?」
「えぇ、そうです。貴女がハルカさんの成果を見たい様に、私もまた、見たいのです。何より、私はこれまで一度もハルカさんと手合わせした事が有りません。良い機会ですから、戦ってみたいのです」
自分に意見してきた事に少なからず、不機嫌そうなツクヨ。しかし、侯爵夫人は全く臆する事なく、自分の意見を述べる。そんな侯爵夫人を値踏みするかの様に、ツクヨは見つめる。僕達は下手に手出し出来ず、見ている事しか出来ない。情けないけど、それほどまでに、真十二柱とは隔絶した存在。しばらく、睨み合いを続けていた2人だけど、先に折れたのはツクヨだった。
「良いだろう。今回はあんたに譲ろう。ぶっちゃけ、あんたに勝てない様では話にならないからな。ハルカ、聞いての通りだ。せいぜい気張れよ」
ツクヨとの模擬戦のはずが、侯爵夫人との模擬戦になりました。……僕は今まで一度も侯爵夫人と対戦した事は無い。しかし、その武勇伝はミルフィーユさんやエスプレッソさんから度々、聞いている。幼い頃から、東の『帝国』との戦を始め、数々の戦に出陣し、武勲を上げてきた女傑だと。
「ハルカ。相手が人間だからって、舐めて掛かるんじゃないよ。侯爵夫人は強い。私がこれまで見てきた人間の中でも、間違いなく、五指に入るね。クソ邪神の言う通り、気合いを入れていきな」
ナナさんも、侯爵夫人の実力を高く評価。気合いを入れていけと忠告。ナナさんが見てきた人間の中でも五指に入る程の実力か。これは確かに気合いを入れて掛からないと。情けない負け方をしたら、ナナさんに叱られる。お小遣い減額は避けられない。しょうもない理由と言われそうだけど、僕にとっては大問題。気を引き締めて、対戦の場へと向かう。
ドアをくぐり抜けた先は、奇妙な空間。何と言うか、昔のデジタル空間といった感じ。黒一色の空間に白い光の線で区切られた正方形で立体が作られた、無機質で味気ない空間。
「殺風景な場所ですね」
本当に殺風景。黒一色の空間と、それを区切る白い光の線。その2つしか無い空間。あまり長居はしたくないな。
「真十二柱同士の対戦の為に、とにかく強度を優先しましたので。その分、余計な物は削除しました」
僕の呟きにわざわざ解説するコウ。真十二柱同士の対戦、それがどれ程、激しいものか、かつて真十二柱と戦った僕には痛い程、分かる。それに耐えられる様にするなら、強度が最優先。それ以外は無視も仕方ない。
「対戦の舞台はあちらです」
コウが指差す先には、白い光の線で区切られた立方体を組み合わせて出来た、正方形の舞台。目算で約20メートル四方か。
「ルールを説明します。時間は無制限。気絶、死亡による戦闘不能、降参、場外への転落を持って、敗北と見なします。武器、及び、魔法、異能の使用も認めます。以上、何か質問が無ければ、始めましょう」
舞台を確認した所で、コウから今回のルールの説明。武器、魔法の使用も有りの実戦に近い内容。実戦に卑怯も反則も無いからね。
「僕はそれで構いません」
「私も了承しました」
僕と侯爵夫人、共に今回のルールを了承。まもなく模擬戦開始だ。その前に今回の武器を用意しないと。さすがに真剣は使えないから、代わりの武器を出す。模擬戦用の模造刀の小太刀二振り。これはナナさんの教え。普通なら、木刀なり、竹刀だけど、真剣に近い感覚を養う為だそうだ。刃こそ無いけれど、重さや重心は真剣とほぼ同じ。
一方、侯爵夫人の方は2メートル程の長い木の棒、棍を取り出していた。以前、ミルフィーユさんから聞いた話によると、侯爵夫人は槍術の達人だそうだ。ともあれ、お互いに準備は出来た。僕と侯爵夫人は舞台へと上がる。
舞台に上がった僕と侯爵夫人。それを見守るナナさん達。そして今回の審判を務めるコウが模擬戦の始まりを告げる。
「では、これよりティラミス・フォン・スイーツブルグ対ハルカ・アマノガワの模擬戦を行います。まずは両者、礼」
まずはお互いに礼。あくまで模擬戦だからね。だけど、それが済んだら、即座に臨戦体勢に入る。そこは模擬が付いても『戦い』。気は抜かない。僕は小太刀二刀を構え、侯爵夫人は棍を構える。
「侯爵夫人、着替えなくて良かったんですか? その服装じゃ、動きにくそうですよ?」
侯爵夫人の服装は名門貴族の当主にして、貴婦人らしく、ドレス姿。明らかに動きにくそう。どう見ても、戦いには向かない。
「わざわざお気遣いありがとうございます、ハルカさん。ですが、その言葉、貴女にそっくりお返ししますわ」
その服装では動きにくそうと指摘した僕に対し、侯爵夫人は涼しい顔でお返ししてきた。僕自身、長袖にロングスカートのメイド服だし。でも、そこはナナさん特製メイド服。別に動きにくくは無いけれど。むしろ、軽くて強いし。
もっとも、服装の事なんて別にどうでも良かったりする。これは前哨戦。言葉を駆使して、相手を怒らせたり、動揺させたりして相手の冷静さを奪う、戦いの初歩。まずは引き分け。さすがは侯爵夫人。こんな初歩的な手には引っ掛からないか。
「おしゃべりは、その辺にしましょうか。私もスイーツブルグ侯爵家当主の立場上、自由に出来る時間が限られていますので」
「それは申し訳ありません。なら、さっさと済ませましょう」
侯爵夫人は暇じゃない。今回の件にしても、わざわざ貴重な時間を割いて、僕達との対談の場を用意してくれた。そこへ更に僕との模擬戦。長期戦に持ち込む訳にはいかない。僕も暇じゃないし。
侯爵夫人が棍を構え、僕も小太刀二刀を構える。持ち方は順手。雑魚相手なら、すれ違いざまに切り裂く逆手だけど、今回の相手は槍術の達人である侯爵夫人。より、力の入る順手が妥当と判断。構えを取りつつ、攻撃の機を伺う。
棍を構えた侯爵夫人と、小太刀二刀を構えた僕。睨み合いが続く。こういうのは出だしが肝心。下手に動けない。こうして相対してみると、改めて侯爵夫人の実力の凄さが分かる。打ち込める隙が無い。下手に突っ込もうものなら、たちどころに突かれ、叩きのめされるのがオチ。最近の安っぽいラノベによく有りがちな突撃するしか能の無い主人公じゃ、話にならない。
あ、そもそも、あんな主人公には侯爵夫人の強さが分からないか。武器、兵器の力を自分の強さと勘違いしている様な主人公には。もっとも、僕もナナさんの元で修行したからこそ、分かるんだけど。常日頃からの努力は大事。しかし、いつまでも、にらみ合いを続けていても困る。始まりのきっかけが欲しい。そう思っていると、思わぬ形でそのきっかけは訪れた。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
突然の奇声。言わずと知れたバコ様の変な歌と踊り。さっきまでおとなしく寝ていたはずなんだけど。その事に思わず、気を取られてしまった。自分の失策に気付いた時には時、既に遅し。その隙を見逃す侯爵夫人じゃない。
容赦無く繰り出される、鋭い突き。しかも避けづらい胴体狙い。だったら、軌道をそらす。繰り出される棍に小太刀の刃をそっと添わせ、突きを受け流す。速く鋭い突きだからこそ、逆に受け流されると、勢いが有る分、大きな隙が出来る。このチャンスを逃す手は無い。槍使い対策の定番。懐に入ろうとする。しかし……。
即座に次の突きが来た。受け流したはずなのに! 今度は顔面狙い。食らえば、致命傷受け合いだ。受け流す暇は無い。とっさの判断で後ろに倒れ込んで、突きをやり過ごし。更にその勢いを利用してサマーソルトキックを放つ。しかし、後ろに下がられ空振りに終わる。だが、こちらもその勢いを使い、一回転して体勢を立て直す。
「予想以上に速い突きですね。一撃目を受け流したと思ったら、すぐさま二撃目。危なかったです」
「ハルカさんこそ、よく避けましたね。しかも反撃付き。まともに受けたら、顎に受けたら、脳震盪を起こして意識を刈られていましたね」
お互いに、最初の激突を称える。その一方で僕は侯爵夫人の実力に驚いていた。とにかく速い。突きを受け流したはずが、すぐに次の突きが来た。切り返しの速さが異常だ。……この人、人間だよね? しかし、そんな疑問を抱いている場合じゃない。
「思った以上に楽しめそうです。もう少し、速度を上げましょう」
どうやら、侯爵夫人のやる気に火を点けてしまったらしい。さっきにも増して、凄い闘気を感じる。これは、僕も気合いを入れないとまずい。
「ハッ!!」
烈迫の気合い。そして床を踏み砕かんばかりの凄まじい踏み込みと共に繰り出される突き。その速さと威力はさっきの突きの比じゃない。だけど、対処出来なくはない。
「なんの!」
回転ドアの要領でかわし、その勢いを生かしたローキック。体を支える支店である足元。体勢を崩して、マウントを取る! でも侯爵夫人も甘くない。突きをかわされたと知るや、棍の軌道を変え、地面に突き立て、棒高跳びの要領で僕のローキックを回避。お返しとばかりに、大上段からの一撃。今度は僕がその場から回避。地面に強烈な棍の一撃が炸裂。衝撃がこっちまで来た。当たったら、死ぬよ、あれ。……でも、ナナさんとの模擬戦もあんな感じだし。
「そちらがやる気を出した以上、こちらも出します。でないと失礼ですから」
「遠慮は無用です。来なさい!」
小手調べは終わり。第二ラウンド開始だ。始まりを告げるのは侯爵夫人の突き。狙いは心臓。さっきは受け流したけど、今度は回避。あれに触れてはいけない! 体勢を低くしてかわすと同時に、地面すれすれのダッシュからのタックルを仕掛ける。棍と小太刀。リーチの差が有る以上、相手の懐に入るのが基本。
だからといって、やすやすと懐に入らせてくれる侯爵夫人じゃない。あっさりと避けて、お返しとばかりに上から突きの連打。地面を転がりながら逃れ、袖口に仕込んだ糸を放つ。もちろん、即座に切られてしまうがその隙に立ち上がる。
「隠し武器とは小賢しい」
「僕は自分が最強だの、無敵だのと思い上がってはいませんから。勝つ為なら、手段は選びません。まして、相手が強いなら、なおさら」
「それは光栄ですね」
体勢を立て直し、侯爵夫人と僕は激しく切り結ぶ。次々と繰り出される突き。さっきと違い、強烈な捻りが加えられたそれは回避するしかない。下手に受けたら、武器を弾き飛ばされる。最悪、壊される。ナナさん特製の模擬戦用小太刀といえど、あれはまずい。
しかし、やられてばかりじゃ、僕の立場が無い。突きをかいくぐり、小太刀で切りつける。その全てを侯爵夫人は巧みな棍捌きで受け止め、流し、弾き返す。
僕もまた、繰り出される棍の突きをかわし、払いを受け止め、流す。そして、いつしか、激しい乱打戦へと突入。気分は某有名作品の、青タイツ槍兵と赤服弓兵の対決だ。猛烈な突きのラッシュを、小太刀二刀で捌く。幸い、さすがの侯爵夫人も突きのラッシュと棍の捻りは両立出来ないらしく、おかげで突きを捌けている。でないと、小太刀を壊されかねない。
しばらく続いた乱打戦も飽き、再び、通常戦。舞台を駆け回り、牽制のクナイを投げつつ、隙を伺い、小太刀で切り付ける。棍が僕を貫かんと繰り出され、薙ぎ払おうと唸りを上げる。小太刀と棍。両者のぶつかる音が響き渡る。それを見守るはナナさん達。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
……みんなが黙って見守る中、歌って踊っているバコ様。頼むからおとなしくしてくれないかな? 気が散る。ナナさんに言わせたら、その程度で集中を乱されるなと叱られるけど。
そんな中、僕の攻撃を弾き飛ばし、距離を置いた侯爵夫人が、一つ提案を出してきた。
「ハルカさん。貴女との模擬戦は実に楽しいです。しかし、まだ『もの足りません』。貴女もそうではありませんか?」
侯爵夫人はこの模擬戦に対し、『もの足りない』との事。そして僕もそうではないかと聞いてきた。それに対する僕の返答は一つ。
「そうですね。確かに『もの足りません』。まだお互いに『本領発揮』してはいませんから」
僕も侯爵夫人もまだ『本領発揮』していない。それをして、初めて納得出来る模擬戦になる。
「では、最終ラウンドといきましょう、ハルカさん」
「はい。侯爵夫人」
侯爵夫人は最終ラウンドを告げ、僕もそれに応える。
「良い返事です。では……行きますよ!」
その言葉と共に侯爵夫人から噴き出す炎の魔力。今までずっと魔力を使わずにいた。武術だけで戦ってきた。だけど、ついに解禁だ。僕もまた、氷の魔力を解放する。
「望む所です!」
炎と氷。どちらが強いのか? 僕と侯爵夫人の対決、最終ラウンド開始だ!
長らくお待たせしました。第131話をお届けします。
邪神ツクヨから語られた、良い話と悪い話。良い話は真十二柱からの協力を得られる事。しかし、無料にあらず。真十二柱達を納得させねばならない。それが出来なければ、死有るのみ。
そして悪い知らせ。それは真十二柱、序列六位。慈哀坊がハルカに対する協力に反対を示し、独自に動いていると。
期限は約1ヶ月。それまでに真十二柱達を納得させ、更には慈哀坊を退けねばならない事態。ハルカの未来は前途多難。
最後に予想外の事態。ハルカは侯爵夫人と対決。人間離れしたその実力に、驚くハルカ。小手調べ、第一ラウンドを終え、いよいよ魔力を使う最終ラウンドへ。勝つのはどちらか?
では、また次回。