第129話 ハルカの使い魔 目覚めし、漆黒
「良い天気だね」
「シャー」
今日も良い天気。雲一つ無い、快晴だ。時刻は午前6時前。気持ちの良い朝だ。僕の呟きに、頭の上に乗った白いツチノコのダシマキが相槌を打つ。どうにもこの場所が気に入ったらしく、何かと頭の上に乗ってくる。普通の蛇と違い、横に広い身体だから、安定性は抜群。……対外的なイメージの問題は有るけど。
「……ダシマキ、僕は勝てるかな?」
「シャー」
僕の問いかけにダシマキは、一声鳴く。喋れない相手に聞いても仕方ないけど、聞かずにはいられなかった。
「……もし、逃げる事が出来たなら、どんなに良いだろうね? 無理だと分かっているけどさ」
とうとう迎えた。迎えてしまった、デスゲーム開催日。命懸けの勝負。勝てば生き残れるが、負ければ死有るのみ。逃げる事は出来ない。そして、デスゲームで勝つという事は、相手を………………殺すという事。
「とりあえず、朝のトレーニングを始めよう」
内心、複雑な思いを抱えながら、僕は愛刀である二振りの小太刀。『氷姫・雪姫』を鞘から抜き、構える。
「ネームレス流、アマノガワ式、小太刀二刀術。ハルカ・アマノガワ参る」
ナナさんは私の我流で、正式な流派名なんか無いと言っていたので、僕が勝手に決めた流派名と名を名乗る。そうする事で気分を切り替え、朝のトレーニング開始。
小太刀二刀を手に、虚空に向かって攻撃を繰り出す。小太刀二刀は無論の事、体術も組み合わせる。単に小太刀を振り回せば良いってものじゃない。斬り、払い、突き、受け、捌き、回避、反撃。小太刀二刀と体術を組み合わせたそれは、剣舞の様だ。
「少しはナナさんに近付けたかな?」
かつてナナさんが見せてくれた剣舞。ナイフ一本を手に見せてくれたそれは、とても美しく、まるでそこに見えない敵がいるかの様だった。僕もそれに倣い、敵との戦いをイメージする。仮想敵はあの水と槍を使う『人形』だ。先日の戦いを元に、あの『人形』を再現。ここからが本番だ。
僕のイメージの生み出した『人形』と激しく斬り結ぶ。最初のイメージは、突きのラッシュ。前回は捌くだけで精一杯だったそれに突破口を開くべく、挑む。イメージの『人形』が繰り出す、回数を追うごとに、速さと重さを増す突き。それを小太刀二刀で捌きつつ、間合いを詰めようとする。しかし、どうにも上手くいかない。捌ききれずに、攻撃を受けてしまう。
「……上手くいかないな」
一旦、休憩。その場に座って一息付こうとしたそこへ、いきなり飛んできた槍。とっさに避けたそれは、向こうに有った岩に突き刺さる。こんな事をやる人は、1人しかいない。
「朝っぱらから、何をするんですか、竜胆さん!」
「ただの朝の挨拶ですよ。おはようございます、ハルカ。朝から精が出ますね」
案の定、そこには竜胆さんがいた。彼女が右手を前に出すと、岩に突き刺さった槍が戻ってきてその手に納まる。突然の暴挙に僕が抗議するものの、彼女はただの挨拶だと言い切る。そんな物騒な挨拶は嫌だ。
「文句を言うとは甘い。あれぐらい、軽い挨拶でしかありませんよ? たかが、槍一本です。何より手加減しました。これが私の師匠なら、最低でも岩を投げてきますよ」
「……そうですか。やっぱり貴女とは話が合わないと、改めて思いましたよ」
嫌いじゃないけど、彼女と僕では価値観や物事に対する基準が合わないと痛感する。後、岩を投げるのが最低限なんですね、武神 鬼凶。それからしばらく、僕達は何も言わずに、ただ座っていた。
「……いよいよですね」
「そうですね」
先に沈黙を破ったのは僕。竜胆さんはそれに相槌を打つ。
「竜胆さん。僕は勝てるんでしょうか?」
ダシマキにも聞いた事を竜胆さんにも聞いてみた。
「貴女、先日も似たような事を聞いていましたね。言ったでしょう。『さぁ? 』と。私は予知能力は無いので、未来は分かりません」
予想はしていたけど、先日同様、バッサリ切られた。それはそうだ。未来の事は分からない。でも、何か激励なり何なり欲しかった。……甘えかな? そう考えていると。
「怖いですか? 戦いが」
逆に竜胆さんから尋ねてきた。戦いが怖いか? と。
「はい。怖いです。自分が死ぬ事も。敵を殺す事も」
だから僕は答えた。怖いと。死ぬのは嫌だ。敵とはいえ、殺すのも嫌だ。
「でも、避けられないんですよね」
「その通り。避けられません」
でも、避けられない。嫌でも戦わないといけない。生き延びたければ、勝つしかない。しかも相手は普通じゃない。『人形』だ。説得なんか通じない。殺さない限り、止まらない。救う術は無い。
「……殺さないといけないんですよね」
「そうです。情けは無用。確実に、徹底的に殺しなさい。中途半端な殺り方では死にません。下手なアンデッドより始末が悪いので。割り切りなさい、『敵』は殺せ。それが戦いの鉄則。何者にも、それは変えられません。私にも、貴女にも、ミルフィーユや、先輩にも。たとえ、真十二柱であろうとも」
僕の問いかけに竜胆さんは淡々と答える。決して優しい言葉など掛けてはくれない。冷たい現実の刃が僕の心に突き刺さり、切り刻む。
「ですが」
そこで唐突に竜胆さんが切り出す。
「正当化をしてはなりません。必要だと割り切る事と、正当化する事は違います。そこをはき違えるバカが後を絶ちません。肝に命じなさい、ハルカ・アマノガワ。それをはき違えた時、貴女は人では無くなる。獣にも劣る、クズと成り果てる」
それは、かつてナナさんにも言われた言葉。『割り切れ。しかし、正当化はするな』。
「……ありがとうございます。少しは気が楽になりました。それと、軽く手合わせをお願いします。やはり、相手がいた方が良いんで」
「良いでしょう。相手になりましょう」
まだ割り切れた訳じゃない。だけど、逃げられない。……無理な事は無理。出来ない事は出来ない。ならば、出来る事をしよう。やるべき事をしよう。決戦に向けて、竜胆さんに手合わせを頼み、彼女も引き受けてくれた。
「10分間。私も暇ではないので」
「わざわざ時間を割いて頂き、すみません」
制限時間は10分。竜胆さんはそう前置きし、槍を構える。対する僕も小太刀二刀を抜く。
「……行きます!」
「来なさい!」
お互いの言葉を皮切りに、閃光の如き鋭い突きが繰り出される。それを小太刀二刀で捌く。受けるのは無理。小太刀ごと貫かれる。しかし、捌いて軌道を逸らしても、即座に払いに転じてくるのが怖い。それに、単純に間合いの広さは向こうが上。単純ながら、それは絶対の差。ましてや、実力は向こうがずっと上。結局、攻めきれないまま、約束の10分間を迎えてしまった。
「時間です」
「…………ありがとう……ござい…ました………」
時間にして、たったの10分間。でも、その10分間で、僕は汗だくになってしまった。精神的にもきつい。終わりを告げられ、竜胆さんに感謝を述べると、僕はその場にへたり込み、呼吸を整えに掛かる。対する竜胆さんは槍をしまうと水筒を取り出し、お茶を飲んで一息付く。それから僕にも一杯差し出してくれた。中身は麦茶。しかし、まるで疲労が見られない。タフなだけじゃない。動きに無駄が無いんだ。
「飲みなさい。水分補給は大切です」
「ありがとうございます。頂きます」
よく冷えた麦茶はとても美味しかった。疲れた身体に染み渡る。一息付いた所で、僕は竜胆さんに悩みを打ち明けた。
「竜胆さん。僕、最近、自分に自信が無くなってきているんです。以前はミルフィーユさんに勝っていたのに、最近は負け越していて、更には彼女は『根源の型』の力を一部とはいえ引き出したのに、僕はまだ。それに灰崎 恭也にも言われましたけど、僕は所詮、魔氷女王の身体頼り。情けなくて」
最近のミルフィーユさんとの模擬戦の結果は負け越し。それどころか、僕より先へと進んでしまった。そして灰崎 恭也に言われた言葉。僕は僕自身の力を使っていない。全ては魔氷女王の力。これでは、安っぽいアニメやラノベの主人公(笑)と変わらない。あんな連中と同列なんて、耐え難い屈辱だ。
「何を言うかと思えば、そんな事ですか」
僕の打ち明けた悩みに対する竜胆さんの答えは実に素っ気なかった。彼女は続ける。
「貴女とミルフィーユでは、そもそも年季が違います。それに、彼女は自前の身体。対し、貴女は他者の身体。長年慣れ親しんだ身体と、使い始めて1年にも満たない造られた身体。どちらが力を引き出しやすいか、分かりきった事でしょう?」
竜胆さんは、僕の悩みを正論を持って切り捨てた。言われてみれば当たり前。
「それに、情けない思いをしたのはミルフィーユも同じ。ぽっと出の、どこの馬の骨とも知れないメイド風情に負けたなど、どれ程の屈辱であったか。ましてや、幼い頃から徹底的に英才教育を受けてきたにもかかわらず。要は、これまでの事が跳ね返ってきただけ」
相変わらずの容赦の無い言葉。正論なだけに反論は出来ない。僕はそこまで恥知らずじゃない。
「ですが、これだけは言っておきます。天然物だから上、人工物だから下などと、私は思いません。優れている存在にそんな区別は無意味。後は自分で考えなさい。では、失礼」
最後に意味深な事を言って竜胆さんは去っていった。後に残された僕は一人、考える。
「……僕はやっぱり、ミルフィーユさんに嫉妬していたんだな。自前の身体を持つ彼女が羨ましかった。どんなに強くても、僕の身体は他人の身体。所詮は借り物の強さ」
僕は手鏡を取り出し、自分の顔を見る。そこには銀髪碧眼の美少女の顔。死神ヨミから与えられた、魔氷女王の身体。
「でも……。この身に叩き込まれた魔法と武術は僕の物だ。家事全般にしても、そうだ。誰にも否定はさせない。この身体は造られた存在だけど、僕自身を否定はさせない」
確かに、僕の魔力も身体能力も魔氷女王の身体に由来する。でも、逆に言えばそれだけ。魔法の使い方も、小太刀二刀流を始めとする武術も、僕が学んで身に付けた物。家事全般もそうだ。これらは僕の物。誰にも否定はさせない! それに、人工物で何が悪い。天然物にしろ、人工物にしろ、優れていれば良い。ナナさんが良いお手本だ。ナナさんは魔道神クロユリのクローン。でも強い。
「まだ全てを割り切れた訳じゃないけどね。……そろそろ戻らないといけないな」
竜胆さんと話や、手合わせをしたせいで、わりと時間を食ってしまった。そろそろ戻らないと。
「ダシマキ、行くよ」
「シャー」
竜胆さんとの手合わせの際に、僕の頭の上から降りて観客に徹していたダシマキに声を掛けると、一声鳴いて跳び跳ね、僕の頭の上に乗る。もはや指定席らしい。
「君、よほどそこが気に入ったみたいだね。落ちないでね?」
「シャー」
ダシマキを頭の上に乗せ、テントを張っている場所に帰る。今日の朝ごはんは何だろう? イサムが担当してくれているから、メニューは分からない。でも、それが楽しみ。
ミルフィーユside
「よし、とりあえずここまで。朝飯の支度をしなきゃいけないからね」
「……ありがとう……ございました……。また…お願いしますわ」
「うん、まぁ、機会が有ればね。ほら、スポーツドリンク。これ飲んで、一息付いて」
「……お心遣い、感謝しますわ」
受け取ったスポーツドリンクのペットボトルを開け、一息に流し込みます。疲労と発汗した身体に染み渡りますわね。
「そろそろハルカ達も帰ってくる頃だろう。朝飯の支度をするから、ミルフィーユさんも落ち着いたら来てね」
「分かりましたわ」
一足先に、テントの方へと帰るイサム。大した方ですわね。あれだけの激しい手合わせをしながら、まるで疲れた様子がありませんし。私は、まだしばらく休まないといけませんわね。休憩を取りつつ、私は今朝早くの事を思い返していました。
ハルカが朝早くにどこかに向かうのを見掛けた私。恐らく、朝のトレーニングと判断。残された私達3人が相談した結果、竜胆さんが後を追う事に。そして、残った私とイサムですが、私はここで、彼に手合わせを願いました。今回の件に関しては、食事の支度や、特訓後のマッサージ等、バックアップに徹していた彼ですが、その実力は確か。ハルカがトレーニングに出たのです。私がサボる訳にはいきません。
「分かった。引き受けよう。ただし、朝飯の支度が有るから、そんなに長くは出来ないからね」
幸いイサムは私の頼みを引き受けてくれました。刀を手にした彼の後に続き、開けた場所へと移動。そこでお互いに向き合う。
「確か、ミルフィーユさんの相手は拳銃と炎の使い手だったよね?」
「えぇ、そうですわ。正直、貴方の戦闘スタイルには合いませんが」
理想は術も銃も使いこなす竜胆さんにお相手願いたかったのですが、彼女がハルカの方に行ってしまった以上、仕方ありません。
「まぁ、確かに合わないけど、その辺は何とかする。遠慮はいらない。殺す気で掛かってこい」
彼もその事を認めた上で、何とかすると言い、なおかつ、殺す気で掛かってこいと、私を挑発してきました。ならば、お言葉通り、殺す気でいきます! 私はハルカの様に甘くはありませんわよ! 女狐から譲り受けた黒い魔剣。短剣サイズのそれを長剣サイズに伸ばし、構える。さて、彼はどうするのでしょう? 彼はあくまで剣士。銃は使わないそうですし、魔法も才能が無いとの事。しかし、それはいらぬ心配と、すぐに思い知らされました。
「貴方も構えたらどうですの?」
「言われずとも」
イサムはそう言うと、毒々しいまでに赤い刀身の短刀を構えました。
「灼滅刃、曼珠沙華。敵を焼き切る灼熱の刃と、炎を自在に操る能力を持つ、キツネ印の武器シリーズが、一つ。気を付けて。下手したら、火傷じゃ済まないよ」
「……あの女狐、つくづく嫌らしい武器を造りますわね!」
イサムが持ち出してきた短刀は、あの女狐の作品。その性能は折り紙付き。何より、魔法を使う才能の無さをこんな形で補うとは。
魔法が使えない理由は大きく分けて3つ。1つ、魔力不足。2つ、魔力を扱う才能が無い。3つ、単純に知識や技術が不足。イサムの場合は、2つ目。車で例えるなら、燃料と、知識や技術は有るのに、エンジンが無い。これでは車は走りません。ならば、エンジンを用意すれば良い。イサムは魔力を扱う才能の無さを魔剣で補ったのです。
「さて、これで炎は何とかなった。次は銃だけど、こいつで代用する」
イサムが懐から取り出したのは、小さな金属球。
「ツクヨさん行き付けのパチンコ屋からパクってきた、パチンコ玉。こんな物でも使い方次第で十分、凶器になる。例えば、こんな風に」
イサムがそう言った直後、彼の手が何かを弾き、私の顔のすぐ横を、何かが飛んでいきました。
「言っておくけど、俺の指弾は人体を余裕でぶち抜けるからね」
そう、彼は指弾でパチンコ玉を飛ばしてきたのです。なんという威力の指弾。銃の代用というのも納得です。
「じゃ、やろうか。そちらは術でも何でも使って良い。こちらは短刀と体術。後、炎と指弾。それとタイマーを30分にセットした。時間切れ、気絶、降参で終了だ。それで良い?」
「えぇ。それでお願いしますわ」
「了解。それじゃ、始めよう」
イサムからルールについての説明を受け、了承。それを皮切りに、特訓開始。
「手加減はいたしませんわよ!」
私は最初から全力。イサムは私より遥かに格上。魔法こそろくに使えないそうですが、それを補って余りある、剣の達人。そんな彼に対し手加減をするなど、愚の骨頂。私は炎の翼を出すと空中へと舞い上がり、制空権を確保。その上で翼から炎の羽弾を一斉発射。
「うん。飛べない敵相手に、制空権を取るのは悪くない。敵に反撃の間を与えず、一気呵成に攻めるのもね」
「分かってはいましたが、ここまで通じないとは、正直、傷付きますわね」
炎の羽弾による、上空からの絨毯爆撃。地上の相手を一方的に蹂躙するはずのそれを、片手に持った短刀で事も無げに切り払い、挙げ句話しかけてくる余裕を見せ付ける。改めて、その実力を思い知らされます。これが真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨの従者、大和 湧ですか。
「さて、今度はこちらから行くよ」
その言葉と共に、放たれるは指弾。当たれば致命的なそれを炎の翼を広げ、前を覆う形で防ぐ。幸い、全て焼き尽くせましたが、前方を炎の翼で覆った事で、イサムを視界から見失う羽目に。そしてその隙を見逃す彼ではありません。
「その防ぎ方は悪手だね」
突然の背後からの声。振り返る間もなく、背中に強烈な一撃。たまらず吹き飛ばされ墜落。わずかに視界から外れた隙に、私の居場所まで飛び上がっていたとは。更に追い打ち。
「ほら、しっかり避けるなり、何なりしないと死ぬよ? いや、ここで死ぬなら、その程度か」
振り抜かれる短刀から繰り出される、炎の刃。迎撃は不可能と判断。回避に徹します。本来、収束させにくい炎を鋭利な刃にして放つとは、恐ろしい腕前。しかもそこへ指弾も交えてくる嫌らしさ。どうやら、ゴム弾に変えてくれた様ですが、とにかく痛い! 容赦ありませんわね!
しかし、このまま攻められっぱなしというのも癪に障ります。せめて一矢報いたいものです。飛んでくる炎の刃をかわし、ゴム弾に顔をしかめつつ、私は術を組み上げていきます。全く、普段ならすぐに済みますのに! まぁ、それをさせないのが、彼の狙いでしょうが。敵のしたい事をさせない。基本ですわね。しかし、術は組み上がりましたわ。私は術を発動。
「炎魔滅却砲!」
放つは、私の使える中で最強の砲撃魔法。並大抵の相手なら、これで終わり。しかし、相手が相手ですもの。これで終わりという事は無いでしょう。事実、イサムは自らに襲い掛かる炎の奔流を縦一文字に切り裂く始末。アニメやマンガで見ますが、本当にやるとは。しかし……それぐらい、予想済み。私の魔法は炎『だけ』ではありませんのよ。受けてみなさい!
「地魔穿突!」
突然、イサムの足元の地面から飛び出す、幾つもの鋭い岩。さすがの彼もこれには驚いたらしく、バランスを崩しました。地属性の魔法も使えますのよ。もちろん、これだけで終わらせはしません。
「地魔大礫槌!」
周囲の地面から土砂や石を集め、巨大な岩を作り、落とす。体勢を崩した所へ追い打ちです。しかし、イサムは短刀の切っ先を地面に向けるとロケット噴射の如く炎を噴出。その勢いに乗り脱出。
「ちょっと、びっくりしたかな? お返しに少し、俺の力を見せよう」
あっさりと体勢を立て直した彼は、そう宣言するや、突然、姿を消しました。その直後、首筋に感じる熱気。毒々しい赤い刃が突き付けられていました。
「殺った」
「降参ですわ」
イサムに背後を取られた上、首筋に刃を突き付けられた以上、私の負けです。素直に降参しました。……全く、恐ろしい人ですわね。マンガやアニメでよく有る、『見えない速さ』で動けるとは。規格外も良い所ですわね。
ハルカside
テントに帰ってきたら、イサムが朝ごはんの支度をしてくれていた。彼はここに滞在している間、食事の支度を始め、色々とバックアップをしてくれている。僕達が特訓に専念出来る様に。
「ただいま」
「シャー」
「おかえり。朝飯が出来ているよ。さ、早く食べよう。ダシマキの分も有るからね」
「シャー」
「良かったね、ダシマキ」
イサムと軽く話し、食卓に着く。するとイサムが朝ごはんを持ってきてくれた。今朝はオムレツか。綺麗なラグビーボール型で、上にはケチャップ。付け合わせに茹でたブロッコリー。美味しそうだ。更にご飯を盛り付けたお茶碗と、お味噌汁を入れたお椀が並べられる。和洋折衷の朝ごはん。最後にお茶が並べられる。
全員分の朝ごはんが行き渡ったのを確認して、イサムのいただきますの元、朝ごはん開始。
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「バコ様も踊ってないで、朝ごはんを食べようね。ほら、モグラ君も」
今日も朝から歌って踊っているバコ様に朝ごはんを食べる様、促す。後、モグラ君にも。竜胆さんに付いていく事にした、この巨大モグラの子供、オスらしい。で、竜胆さんから、テルモトと名付けられた。ちなみにこのモグラのテルモト君、やけにバコ様になついていて、あの変な踊りを真似している。でも、手足が短いから、上手く踊れない。それでもめげずに続ける辺りはさすがと思う。その一方で、朝から騒がしいのもいる。ミルフィーユさんと使い魔契約をした、ドードーの藤堂さんだ。
「オムレツなど物足りないのである! 我輩は唐揚げを所望するのである!」
「ふーん。なら、お前を捌いて、唐揚げにしようか? 確かドードーは食用に乱獲されて絶滅したんだっけ、ハルカ?」
「それ以外にも、原因は有ったらしいけどね。ちなみに、塩漬けの保存食にされたらしいよ。そのままじゃ、あまり美味しくなかったみたい」
「なんだ、使えないな」
「使えないとは失礼な! 我輩は偉大なるドードーなのである! 崇め奉るのが筋であろう、下郎共!」
「そのドードー至上主義は、どこから来るの?」
「ふっ、愚かなり、少女よ。ドードーは偉大。そんな事は宇宙の常識なのである!」
「……先輩、ハルカ、そんな不細工鳥の相手をしている暇が有るなら、さっさと朝食を済ませてください」
「藤堂さんも朝から騒がないでください。貴方は偉大なるドードーなのでしょう?」
根拠の分からないドードー至上主義を掲げる藤堂さんと一悶着。それを竜胆さんとミルフィーユさんに宥められ、朝食に。イサムのお手製オムレツはとても美味しかった。平和な時間。出来れば、こんな平和な時間が続いて欲しかった。しかし、無情にも、その時はやってくる。
午前11時を少し過ぎた辺り。既に準備を済ませていた僕達の前に再び姿を現した、灰崎 恭也の使い。
「お迎えに上がりました」
何の感情もこもらない、無機質な声でそう語る。前回と違い、今回は乗り物付き。タイヤの無い、いわゆるホバー車だ。
「お乗りください。現地まで案内いたします」
そうは言われても、はい、そうですかと乗る気にはなれない。躊躇していると、イサムが声を掛けてくれた。
「大丈夫だよ、ハルカ。あいつは、せっかく自分がお膳立てしたゲームを自分で台無しにはしない。君が来る途中で死んだら、困る。だから、きっちり現地まで送り届けてくれるさ」
「……ありがとう、イサム」
イサムに言われ、僕はバコ様を抱えて車に乗り込む。続いてイサム、ミルフィーユさん、竜胆さんが乗る。最後に藤堂さんとテルモト。ダシマキは指定席である、僕の頭の上。かなり大きい車で、5人と、デブの三毛猫と、ドードーと、巨大モグラの子供が乗っても、まだ余裕が有る。そして全員が乗ったのを確認し、車は静かに浮き上がり、発進。みるみる内に加速していき、景色が飛ぶように後ろに流れていく。
普通なら、お喋りの一つもするんだろう。でも、今はそんな気分じゃない。誰も喋らない。だからといって、固くなっている訳でもない。今はただ、これから立ち向かう戦いに向けて、思いを馳せる。
「到着しました」
灰崎 恭也の使いがそう言い、車を止める。そこは開けた草原。見た目、何も人工物らしき物は無い。ここがデスゲームの開催地? 疑問に思っていると、上空から声が聞こえてきた。幼女の声が。だが、僕達は知っている。この声を発しているのは、その幼女の意思ではないと。その身体を操る、底無しの悪意の塊であると。
「やぁ、はるばるよく来たね。どうだったかな? ドライブは。車にはこだわったからね。楽しんでもらえたかな?」
見上げれはそこには、空中に浮かぶ全裸の美女にまたがる幼女の姿。正確には幼女の身体を操り、話しかけてきた灰崎 恭也だ。前回の美女は死んだから、別の美女にまたがっている。
「なかなか良い車だったおかげで、快適なドライブが楽しめたよ。それより早く本題に入れ。こっちはさっさと済ませて帰りたいんだ」
僕達の中で一番、灰崎 恭也の事を知っているイサムが代表して、灰崎 恭也と言い合う。
「やれやれ、せっかちだね。早い男は女を満足させられないよ? 例えば、ツクヨ様とか?」
「黙れ!」
何だか知らないけど、いきなりキレたイサム。空中の灰崎 恭也の元まで瞬時に飛び、居合を放つ。空中の美女は哀れ、真っ二つ。血や内臓をぶちまけ地面に落ちる。しかし、肝心の灰崎 恭也は無傷。あの居合を避けたのか。
「きゃー、こわーい。怖いから、お望み通り説明するよ。よく聞いてね」
イサムの必殺の居合を避けたにもかかわらず、まるで余裕の灰崎 恭也。なんて奴だ。ともあれ、説明が始まる。
「ルールは単純。僕の用意したフィールドに入り、僕の人形と一対一のタイマン勝負をしてもらう。武器、術、その他、何でも有り。一旦、入ったら、相手を殺すまで出られない。外部からの干渉も受け付けない。帰りたかったら、勝つ事。分かりやすいでしょう?(笑)」
可愛らしい幼女の顔に悪意に満ちた笑みを浮かべつつ、ルールを説明する灰崎 恭也。
「あぁ、それと使い魔を同行させる事を認めるよ。うわ〜、僕って、優しい〜♪」
更に、使い魔の同行を認めると。しかし、一々、憎たらしい。他人の神経を逆撫でしてくる。これも、奴の手の内なんだろうけど。
「それじゃ、ハルカ・アマノガワ。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。君達2人を戦場に案内しよう」
さんざん僕達を煽ってきた灰崎 恭也が、ようやっと本題に移る。いよいよだ。僕もミルフィーユさんも緊張を隠せない。そして、赤と青。2つのドアが現れた。
「赤いドアはミルフィーユ。青いドアはハルカ。準備は良いかな? 遺言を書くなら今の内だよ。(笑)」
どこまでも憎たらしい態度。でも、ここでキレても意味が無い。灰崎 恭也はそんなに甘くない。僕は怒りを押し殺し、みんなと話す。
「それじゃ、行ってきます。イサム、バコ様の事をよろしく」
「分かった。ハルカ、必ず帰ってくるんだ。良いね?」
「うん。ありがとうイサム」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「うん。バコ様もありがとうね」
「……勝ってきなさい。私からは以上です」
イサムにバコ様を託し、竜胆さんからも素っ気ない言い方ながら、勝てと激励された。そして僕はミルフィーユさんと共に、ドアへと向かう。その手前で、一旦止まり、彼女と向き合う。
「ミルフィーユさん、御武運を」
「貴女もね、ハルカ」
そう言って、お互いの拳を軽くぶつけ合う。
「藤堂さん。ミルフィーユさんの事をよろしくお願いします」
更にミルフィーユさんの使い魔である、ドードーの藤堂さんに彼女の事をお願いする。
「モハハハハ! 任せておくが良い、少女よ。この我輩が付いている限り、勝利は約束されているのである。そちらこそ、抜かるではないのである」
「ありがとうございます。肝に命じます」
相変わらずの上から目線。だけど今は、お礼を述べる。そして、ドアノブに手を掛けた時だった。
「ハルカ。貴女も心中、複雑でしょう。ですが、今は勝つ事に専念しなさい。何より、私は信じています。貴女は必ず勝つと。だから、貴女も信じなさい。自分の力を。ナナ様の教えを」
ミルフィーユさんからの激励の言葉。さすがは貴族令嬢。僕の迷いを見抜いていたか。
「ありがとうございます、ミルフィーユさん。そうですね。信じます。自分の力を。そして僕を育ててくれたナナさんを」
「それでこそ、ハルカ。私の親友にして、ライバルですわ。では、行きましょう、戦場へ」
「はい」
その言葉を最後に、僕達はドアを開け、その向こうへ。……決戦だ。
「…………よほど、灰崎 恭也は僕の力を引き出したいみたいだね」
「シャー」
ドアをくぐったその先は、大量の水に囲まれた小島。でも海じゃない。海水特有の潮の香りがしないし、何より味見をすると、しょっぱくない。真水だ。樹木は無く、平坦な土地。水面ギリギリで、ちょっとした事で水没しそう。逃げも隠れも出来ない、死の舞台。そして、『水』属性の僕にとって、とても有利な舞台。周りに大量の水が有るからね。しかも真水。水神として崇められていた蛇の血を引く僕は、海水より、真水の方が相性が良い。
「でも、僕だけに有利な訳じゃないけどね」
僕はそう言いつつ、腰の後ろに交差させる形で差している小太刀二刀を抜き、構える。その先には、青い槍を手にした銀髪のショートカットの若い女性。灰崎 恭也の『人形』。僕と同じく、『水』属性の使い手。彼女にとってもこの舞台は有利。どちらが勝つかは分からない。
「ダシマキ、悪いけど降りていて。君を乗せたまま戦える自信が無い」
「シャー」
僕の頭の上に乗っているダシマキに降りるように告げると、一声鳴いて降りてくれた。蛇だから表情は分からないけど、心配そうに見上げてくる。
「大丈夫、僕は勝つ。だから、離れていて。巻き込まれない様に」
「……シャー」
一声鳴くと、ダシマキは飛び跳ねて、その場から離れていった。危ないから、少しでも離れさせないと。その上で改めて、敵と向き合う。ずいぶんと優しい事に、この間待っていてくれたらしい。
「お待たせしました。始めましょう」
すると、向こうも槍を構える。しばし流れる沈黙。だが、それも打ち破られる。
瞬時加速『縮地』で一気に間合いを詰めに掛かる。しかし、向こうもさるもの。即座に突きを繰り出してくる。無数に繰り出されるそれは、もはや壁だ。しかし……。
「遅い!」
前回は捌ききれなかった。でも、竜胆さんとの特訓を経た今なら、むしろ遅い。突きを全て捌き、軌道をそらす。竜胆さんと比べたら、てんで大した事無い。彼女の突きは遥かに速く、鋭く、重い。捌いた途端に、腕がもぎ取られたかと思う程の衝撃が来る。
「シッ!!」
烈迫の気合いと共に放った小太刀の一閃が、遂に槍を断ち切った。好機! しかし、敵は甘くなかった。むしろ、槍を失ってからが本番だった。
『まさか、槍を斬るとはね。少なくとも、僕が計測した君の力では不可能だったんだけどね』
それまで喋らなかった『人形』が喋った。しかもこの口調は、灰崎 恭也!
僕に槍を斬られ、一旦、距離を置いた『人形』の口から紡がれる灰崎 恭也の言葉。『人形』の支配者である、奴からすれば、簡単な事。
『でも、お遊びはここまで。君の力を見せてもらうよ』
そう語るや、繰り出してきたのは、無数の水の鞭。それは、四方八方から襲い掛かってきた。何とか捌き、かわしていくけど、その威力は凄まじい。地面が切り裂かれていく。とてもじゃないけど、近付けない。ならば、こちらも対抗策を使うまで。
「氷魔凍嵐砲!」
僕の決め技である冷凍砲撃魔法を放とうとした。ところが、なぜか魔法が発動しない。
「ちっ! だったら! 魔氷女王化!」
今度は魔法以上の切り札。魔氷女王化を使おうとする。しかし、これさえも不発。……まさか。僕はこの異常事態の原因に思い当たる。そこへ、心底バカにした灰崎 恭也の声。
『君、バカなの? 言ったでしょ? 君の力を見せろって。僕は魔王の力じゃなくて、君の力が見たいんだ。だから、魔王の力は封じさせてもらったよ。しかし、情けないね。魔王の力を封じたら、何も出来ないなんてさ。所詮は造られた天才。偽物に過ぎないか。やれやれ、本当に君にはがっかりだよ。ミルフィーユは更なる高みに至って勝ったのに』
灰崎 恭也は僕の魔王の力を封じたと言った。更には魔王の力が無ければ何も出来ない。本当にがっかりだと、見下してきた。何より、ミルフィーユさんが更なる高みに至って勝ったと。その言葉に動揺し、つい、隙が出来てしまった。致命的な隙を。
『がっかりな君は死ね』
足元の地面から突如放たれた、複数の超水圧の水の奔流。完全な不意討ち。避けきれない! でも、何かが僕を横合いから突き飛ばしたおかげで難を逃れた。その代わりに僕を突き飛ばした相手が水に貫かれる。それは白いツチノコ。
「ダシマキ!」
お腹を貫かれたダシマキは、力無く地面に落ちる。その傷口からは赤い血が溢れ出る。早く治療しないと助からない!
『おやおや。蛇のくせに忠義者だね。美しいね。でも、くだらない。僕はそんな忠義だの、愛だの、友情だのってのが、大嫌いでね。いい加減、鬱陶しいから両方まとめて消えて無くなれ!』
『人形』はそう言うと、上空へと舞い上がった。そして辺り一帯から大量の水を呼び寄せる。それは収束していき、巨大な槍となる。高速回転しているから、巨大ドリルと言った方が正解か。凄まじい力を感じる。あれが放たれたら、この小島など跡形も無く消し飛ぶだろう。本気で殺す気だ。
「……ここまでか」
対抗しようにも、魔法も魔王の力も使えない。ここで僕の命は尽きるらしい。灰崎 恭也の言った通りだった。所詮、魔王の力が無ければ、この程度。
…………ふざけるな! それじゃ、僕の大嫌いな安っぽい主人公(笑)と変わらないじゃないか! あんな最低最悪のクズと一緒にされてたまるか!
僕にだって、譲れない一線が有る。クズと同類扱いされた上で殺されるなんて御免だ! それに、僕にはやりたい事が有る!
いつかナナさんに一人前と認められたい。ミルフィーユさんと競い合いたい。何より、まだ見ぬ、遥か先へと行きたい。こんな所で死ねない! たとえ、その為に敵を殺す事になろうとも。
僕はそれまでの迷いを振り切り、敵への殺意を固める。それは生物として最も原始的な、『生きたい』との渇望から。しかし、対抗しようにも魔王の力は封じられた。残るは僕自身の力だけど、どうやったら引き出せるのか分からない。その時だった。
突然、僕の頭の上に乗ってきた何か。まだ短い付き合いだけど、僕には分かった。
「ダシマキ!」
重傷を負ったはずのツチノコのダシマキだった。未だに傷口から血が溢れ出ているのに。するとダシマキは短い尻尾でペチペチと叩いてきた。何かを伝えたいみたいだけど……。その間にも、『人形』の生み出した水の槍は巨大化の一途を辿る。もはや、打つ手無しか。
「ごめん、ダシマキ。悔しいけど、ここまでみたいだ」
観念し、ダシマキに謝った僕。無論、喋れないダシマキに返事は期待していなかった。ところが。
『ハルカ。諦めるにはまだ早い。僕が君の力を引き出す手伝いをする。だから、君は全力で攻撃を叩き込め。大丈夫、君なら出来る』
知らない声が聞こえてきた。ただし肉声ではなく、念話だ。この状況でそんな事を言う相手なんて、考えられる限り、ただ一匹。
「ありがとうダシマキ。分かった、やってみる! どのみち、やらなきゃ死ぬだけだ!」
僕は今にも放たれんとする巨大な水の槍に真っ向から向かい合うと、精神を集中する。僕の中に宿る力を引き出す為に。大丈夫、出来る。僕一人じゃない。ダシマキも手伝ってくれる。ただし、時間が無い。焦る心を抑えつつ、力を引き出そうとする。
「……感じる。何かを感じる! 出てこい!」
どんどん深く潜る様な感覚の中、遂に僕は『何か』を感じ、掴んだ。そして『それ』を引き出そうとする。
やっと引き出せた『それ』は漆黒の水。僕を中心に、荒れ狂う。その暴威は凄まじく、少しでも気を抜いたら、たちどころに暴走するだろう。荒れ狂う黒い水を必死に制御、右手を前に突き出し、そこへと移動させる。黒い水は渦巻き、辺りの水を巻き込み更に巨大化。でも、これだけじゃダメだ。形と指向性を持たせないと。幸いというか、お手本が目の前に有る。
「くうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」
暴走しそうな黒い水を巨大な槍に変える。更に高速回転も加える。要は敵のパクり。これはナナさんの教え。使える、役立つと思ったなら、敵の技や術を遠慮なくパクれ。そもそも、見習いという言葉が有るぐらいだし。
『へぇ。この土壇場でやっと自分の力を引き出せたみたいだね。じゃ、勝負』
僕が黒い水の槍を生み出したのを見た灰崎 恭也。その言葉と共に、『人形』が巨大な水の槍を放った。対決の時だ。僕も巨大な黒い水の槍を放つ。
「行っけえぇぇぇぇっ!!!!」
渾身の気合いと共に放った黒い水の槍と、『人形』の放った透明な水の槍。2つが空中で激突。激しくせめぎ合う。強烈な衝撃波が辺りを襲い、吹き飛ばす。
「このぉおおおおおおっ!!!!」
吹き飛ばされない様に必死で踏ん張りつつ、黒い水の槍を押し込もうとするけれど、いかんせん、ダメージを受けすぎた。徐々に押し込まれてくる。『人形』の放った水の槍がだんだん迫ってくる。
「……力が足りない! もっとだ! もっと力がいる! ここで死んでたまるか!!!!!」
力が足りない? だったら、もっと引き出すだけだ! もちろん、それは危険を伴う。でも、やらなきゃ死ぬ。だったら、やる! 僕は更に力を引き出し、発動させる。
「うぁアアアアアアアアアアっ!!!!!!!!!!」
もはや言葉にならない絶叫。無理やり力を引き出した反動で、鼻血が噴き出し、身体のあちこちからも血が噴き出る。もはや、視界さえおぼつかない。でも、僕は見た。黒い水の槍が更に変化するのを。
それは漆黒の大蛇。『人形』の放った水の槍を喰らい、そして『人形』さえも喰らい尽くして、遥か、空の彼方へと消えていった。………………勝った。
僕はその事を確認した途端、強烈なめまいと脱力感に襲われた。しまった、無理やり力を引き出し、使ったから……。『人形』こそ倒したものの、黒幕の灰崎 恭也が残っている。まだ、倒れる訳にはいかないのに……。
頭ではそう思うものの、身体が限界。意識が遠ざかる。
「くっ……ここで…倒れる……訳に……は…………」
抵抗虚しく、僕の意識はここで途切れた、ただ、最後の瞬間、何かを聞いた気がした。
『やはり、僕の目に狂いは無かった。間違いなく『本物』だよ、『君達』は。とはいえ、今はまだ早い。帰してあげるよ』
長らくお待たせしました。第129話をお届けします。
遂にやってきたデスゲーム当日。ハルカは悩み、迷いながらも、戦いに挑む。
そこで待ち受けていたのは、狡猾な罠。魔王の力を封じられたハルカは、絶体絶命の危機に。しかし、灰崎 恭也の挑発と、自らの使い魔。ツチノコのダシマキの助けで、自分の力を引き出す事に成功。新たな力、漆黒の水。そして黒い大蛇の力で『人形』を撃破。しかし、その代償は大きく、力尽きて倒れてしまった。
そして、ハルカ達を使い、何かを企む灰崎 恭也。
次回はハルカの使い魔編、後日談。そして、新たな始まり。
では、また次回。