第12話 ハルカ御一行様、海へ行く 三日目
「ん……今、午前5時か……」
僕は枕元の目覚まし時計を見て、現時刻を確認する。普段は午前6時に起きるから、1時間早いね。
「普段より早いけど、もう起きよう。歯磨きして、シャワーを浴びなきゃ」
僕は部屋を出て、洗面所に向かう。
シャカ、シャカ、シャカ………。
ジャーッ。
歯磨きを済ませたら、次はシャワー。
ザァァァァァ………。
「ふぅ……気持ち良い……」
昨夜は汗をかいたからね、ナナさんのせいで……。
「全く、ナナさんったら酷いよ。僕は嫌だって言ってるのに……」
シャワーを浴びながら、僕は昨夜のナナさんとの秘め事を思い出し、呟く。ちなみに、初めてじゃない。これまでにも何度も有った。いくら相手が年上とは言え、女性に翻弄されるのは、正直、元、男として情けない気持ちになる。
「でも、ナナさんて凄く上手だし、優しくしてくれるんだよね……って何言ってるんだ僕は!」
頭を激しく振って、変な考えを追い出す。でも一旦、考えてしまうと次々、頭の中に浮かんでくる。
ナナさんの魅力的な身体、しなやかな指、絶妙なテクニック……って、だからダメだって、僕!
あ~、もう! シャワーを浴びながら、頭を抱える僕。自己嫌悪に陥る。僕は元、男。身体は女でも心は男なんだ! しっかりしないと! そう自分に言い聞かせる。
シャワーを終えた僕は髪と身体を拭き、着替えて髪に櫛をかける。洗面所の鏡には銀髪碧眼の美少女、今の僕が映っている。見ていると複雑な気持ちになる。4ヶ月前までは、男で普通の高校生だったのに、今は女で、異世界の魔女に仕えるメイドで弟子。
時々思う、僕は何なんだろう、僕は誰なんだろう。心は男で身体は女。前世の記憶は有るけれど、前世の天之川 遥は死んだ。今はハルカ・アマノガワ。自分というものが分からなくなる。
やめよう! 考えても気持ちが暗くなるだけ。僕はさっさと着替えると外に出た。こういう時は身体を動かそう! 武術の稽古をしよう!
外に出た僕。今日も良い天気、気持ち良い朝だね。大きく深呼吸して、爽やかな朝の空気を取り込む。それだけでも、さっきまでの暗い気持ちが薄れて行く。
突き! 横薙ぎ! 回し蹴り! 袈裟斬り! ……。
僕は愛用の二本一対の短剣、「氷姫・雪姫」を手に、短剣二刀流の稽古をする。やはり真剣を使った方が気が引き締まるね。何より稽古をしていると、余計な事を考えずに済む。その時。
「おはようございます、朝から練習熱心ですな、ハルカ嬢」
執事のエスプレッソさんが現れた。まだ午前5時過ぎなのに、既に執事服に身を固め、ビシッ! と決まっている。僕の目から見ても格好良いなぁ。性格はアレだけど……。
「おはようございます、エスプレッソさん」
僕も朝の挨拶をする。
「ハルカ嬢は立派ですな、早朝から稽古に励んでおられるとは。惰眠を貪っておられるミルフィーユお嬢様にも見習って頂きたいですな」
惰眠を貪るって……本当にこの人、ミルフィーユさんに容赦無いなぁ。執事としてそれで良いの?
「よろしければ、私が稽古の相手を務めましょう。いかがですかな?」
そう考えていたら、エスプレッソさんから、稽古の相手をする申し出。超一流の執事にして、大魔女のナナさんと渡り合える程の実力者。これは受けないと。
「ぜひ、お願いします!」
「承知しました、では始めましょう!」
「あぁ、そうそう。ハルカ嬢、遠慮は無用です。ご愛用の短剣を使って下さい。このエスプレッソ、貴女に不覚を取るなど有り得ませんので」(笑)
余裕綽々の態度を見せるエスプレッソさん。超一流の実力者というのは分かっているけど、この態度は腹が立つな。ミルフィーユさんが怒るのも分かる。
「良いんですか? 『氷姫・雪姫』は本当に良く切れるんですよ? 怪我どころじゃ済まないかもしれませんよ?」
「ハッハッハ! 心配ご無用。それよりもご自身の心配をされてはいかがですかな?」
ムカッ!
流石にこの態度は頭に来た。人をバカにして! ……とはいえ、やっぱり、真剣を人に向けるのは良くない。訓練用の硬質ゴム製短剣に持ち替える。
「分かりました。ただし、真剣を人に向けるのは、良くないので、訓練用の短剣に替えます。では……行きますね!」
本人も言ったし、遠慮はしない。最初から全力で行く。まずは、突進からの突き、払いの連撃。避けられるものなら避けてみろ! たとえ、突きを避けても払いが襲う! あの新撰組の副長、土方 歳三が考案したと聞く技だ。
だが、エスプレッソさんは容易く突きを避け、更に僕の腕を取り、次の瞬間、僕は宙を回転し地面に叩き付けられていた……。
「なかなかのスピードですが、まだまだ技のキレが甘いですな。ナナ殿の弟子の実力はこの程度ですかな? ナナ殿もとんだ買いかぶりをされましたな」(笑)
「くっ、僕だけならまだしも、ナナさんまでバカにして!」
「おやおや、ハルカ嬢はナナ殿が大好きな様ですな」(笑)
「うるさーーーいっ!!」
すっかり激昂した僕はエスプレッソさんに挑み掛かるも結局、良いようにあしらわれて終わった……。
「う~~、全く歯が立たないなんて……」
エスプレッソさんの強さは反則級だった。まさにチートキャラ。僕も転生者でチートキャラだけど、実力の差が有り過ぎる。これが、超一流の執事エスプレッソさんか。
「ハルカ嬢、貴女は実に優秀ですな。ミルフィーユお嬢様なら、死んでいたところでしたぞ。それに、私と戦ってすっきりされたでしょう。貴女に暗い表情は似合わない、明るい表情を見せて下さい。このエスプレッソ、常に、美しい女性の味方です」
うわ~、キザなセリフをさらっと言うな~。しかも似合うし。
「では、私はこれにて失礼します。それと、せっかく転生されたのです、第二の人生を有意義に過ごされる事です」
「えっ!?」
僕がそう言った時、もうエスプレッソさんの姿は無かった。なんて人だ、僕の鬱屈した気分を晴らす為に戦ってくれた上、僕が転生者と見抜いていたとは。本当に超一流の執事だね、エスプレッソさんは……。
でも、とりあえず、またシャワーを浴びて、着替えないとね……。
午前7時、朝ご飯の支度を済ませて、まだ寝ている人を起こしに行く。と言っても、まだ寝ているのはナナさんだけ。本当に朝が弱いんだから……。
「ナナさん、朝ですよ! 起きて下さい! ナナさん!」
ユサユサ……。
もはや、毎朝の定番。一度で良いから、自力で起きて欲しいな。
「ん~~~、良く寝たよ……。おはよう、ハルカ」
「おはようございます、ナナさん」
これまた定番の朝の挨拶を交わす。
「昨夜は楽しかったね、それに、昨夜のあんたは本当に可愛かったね、私に抱き付いて甘えて、泣いて……」(ニヤリ)
昨夜の事を言われて、恥ずかしさが込み上げる僕。
「その事は言わないで下さい!」
「ゴメン、ゴメン。でも忘れるんじゃないよ、私はあんたの保護者、いつでも甘えて良いんだよ」
「……朝ご飯はもう出来ていますから、早く来て下さいね!」
僕はそう言うと、ナナさんの部屋を出た。恥ずかしいけど、ナナさんの温かい心遣いが嬉しかった。
さて、朝ご飯。今日は洋風にしたよ。ご飯にベーコンエッグにサラダにスープ。ちなみに僕は朝はご飯派。
ふと、ナナさんと目が合う。ナナさんはニヤリと笑い、僕は昨夜の事を思い出し、俯いてしまう。それを見て、エスプレッソさんは澄まし顔、クローネさん、ファムさんは呆れ顔、ミルフィーユさんとメイド3人組は、不思議そうな顔。
これ、エスプレッソさん、クローネさん、ファムさんは気付いてるよね。ミルフィーユさん達には気付かれてない様だけど……。あう~~……。
朝ご飯を済ませ、片付けも終えて海へ。さて、今日は何をしようかな。
と思っていたのに~!
ミルフィーユさんに付いてきたメイド3人組に頼まれ、僕は勝負の真っ最中。しかも3人共、前回戦った時より強いし!
地面や周りの物が切り裂かれ、突然、地面から出現した植物が襲いかかり、剛拳が唸りをあげて繰り出される。
「あの~、3人共、前回より強いじゃないですか! ルビーさん、貴女、前回、三節棍を使ってましたよね! 武器が変わっているじゃないですか! サファイアさんも植物を操る魔法なんて使ってなかったし! エメラルドさんも、破壊力が段違いだし!」
「甘いですね、ハルカさん。私達があっさり手の内を見せると思いましたか? それに前回は使用武器は木製のみと制限付きでしたし。ですが、今回は制限無しなので本来の武器を使えます。私の『糸』の技、存分に味わって下さい」
「私の『植物魔法』もどうぞ」
「我が格闘術もな」
この人達、前回負けた事相当、根に持ってるな……。仕方ないね、一気に片付けよう。僕は新魔法、魔弾系の一つ、風撃魔弾で3人共、海へ吹き飛ばした。魔弾系はホーミング性能が有るから便利。手加減したし、あの3人ならちゃんと生きてるだろう。
でも、それで終わらなかったんだよね……。今度は、クローネさん、ファムさんと勝負。既にクローネさんに完敗。今はファムさんと勝負中だけど、歯が立ちません……。
「ほらほら、アタシはここだよ~!」
僕の目の前で挑発するファムさん。だが、僕の攻撃は一切当たらない。全て素通りしてしまう。それでいて、向こうの攻撃は当たる。反則にも程が有る。
そして決着。ファムさんが僕の喉笛を掴んだ。だが僕はファムさんの腕を掴めない、素通りしてしまう。
「勝負有ったね、ハルカちゃん!」
「参りました……」
「お二人共、やっぱり強いですね。クローネさんは格闘術が滅法強いし、死人兵召喚や呪術によるダメージ返し。ファムさんは、こちらは触れられないのに、そちらは触れられる。凄いです!」
「伊達に三大魔女とは呼ばれていない。君も頑張れ」
「へへ~、あれこそ幻術の奥義。虚構と現実の境を操る術だよ」
やっぱり三大魔女は凄いんだなぁ。僕もまだまだ修行が足りないね。頑張って、いつかナナさんに一人前になったと認めて貰うんだ!
その夜、僕は1人、外に出て、海を見ていた。初日の夜と似た状況だけど、僕は泣いていない。
元の世界に帰れない、家族に会えないのが寂しくない訳じゃない。悩みも色々有る。でも僕は周りの人達に愛されている。それはとても幸せな事だと思う。
さて、もう戻って寝よう。また明日。
海編、三日目。その割りには、海らしい展開にならない。文才が無いのは悲しいですな。(泣)
次回で海編は終了。少しは海らしい話にしたいです。