第126話 ハルカの使い魔 イレギュラーの存在
初日が終わり、テントで一晩過ごそうとしていた所へ、突然の襲撃。相手は予想通り、灰崎 恭也の『人形』達。イサムの言う通りだった。それが一番の感想。夕飯の少し前に、イサムは僕達にこう尋ねた。
「ハルカ、ミルフィーユさん。今夜の宿だけど、どうするつもり?」
「えっと、携帯式個室を使うつもりだけど」
「私もそのつもりですわ。あまり野宿はしたくないので」
ナナさんから、一通りのサバイバル知識は教わったけれど、それでも、やはり野宿には抵抗が有る。そんな僕達の意見を聞いたイサム。
「悪いんだけど、携帯式個室を使うのは無し。テントを張るから、そこで一晩過ごしてもらう。もちろん、理由有っての事だよ」
携帯式個室を使うのは無しと言ってきた。そして、それには理由が有ると。そんじょそこらの人ならともかく、確かな実力と人柄のイサム。ならば相応の理由が有るに違いないと思い、理由を聞く事に。ミルフィーユさんも同感らしく、真剣に話を聞く態度だ。
「理由を聞かせて、イサム」
「私からもお願いしますわ」
「分かった。じゃ、説明するよ」
僕達の返事を聞いて、イサムは説明を始める。
「確かに携帯式個室は亜空間に部屋を作り、ドアを閉めると、こちら側のドアは消えて、手出し出来ない。安全性、機密性においてはとても優れている」
イサムの言う通り。携帯式個室の一番のウリはその安全性、機密性に有る。一旦ドアを内側から閉めてしまえば、こちら側からは手出し出来ない。高価なマジックアイテムながら、買う人は後を絶たない。
「でもね。その安全性、機密性も『絶対』ではない」
でも、イサムはその安全性、機密性が絶対ではないとバッサリ。ここまで言われたら、イサムが何を言いたいか分かった。ミルフィーユさんも同じ答えに辿り着いたらしい。
「並みの相手ならともかく、灰崎 恭也の『人形』ならば、亜空間に存在する『部屋』を攻撃出来るかもしれない。最悪、『部屋』が破壊されたら、私達は亜空間に投げ出されてしまう。そうなったら、永遠に亜空間をさまよう羽目になる。そういう事ですわね?」
さすがはミルフィーユさん。僕が考えた事をズバリ話してくれた。イサムもそれを聞いて頷く。
「そういう事。更に言えば、反撃しづらい。何せ、外は亜空間だ。だから、あえてテントで寝泊まりするんだ。それにね、言うまでも無いけど、夜は危険。昔から、夜襲は鉄板だよ。携帯式個室と比べたら、不便だろうけど、我慢して。事が済んだら、ベッドでゆっくり休めるからさ」
プレッシャーを和らげたいのだろう。最後は明るい口調のイサム。本当に気遣いの出来る紳士だ。
そして今。小太刀二刀を構え、僕は襲撃者と睨み合う。相手は青い槍を構えた若い女。その槍の刃の周囲には、水が漂う。イサムの読み通りなら、僕がギリギリ勝てるかどうかの実力。少しでも気を抜けば殺される。
ミルフィーユさん、イサムもまた、襲撃者と睨み合っていた。あいにく、僕には他の2人を気に掛ける程の余裕は無い。今は目前の敵に集中する。ナナさんなら、もっと広い視野を持って戦えるんだろうけど。僕は小太刀二刀を構え、ジリジリと移動しつつ、攻撃の機会を伺う。……その時、青い閃光が走った!
ギィン!!
刹那、響き渡る甲高い音。もはや、反射行動。閃光の如き速さで繰り出された青い槍の突きを右手の小太刀で軌道を逸らす。だが、向こうとて、それで終わりはしない。突き! 突き! 突き!突き! 突き! それしか知らぬとばかりに、ひたすら突き! 一突きごとに、速さと重さと数を増してくる。やがてそれは、速射砲もかくやの突きの嵐と化した。対する僕も小太刀二刀を振るい、繰り出される無数の高速の突きを捌いていく。少しでも気を抜けば、あっという間に滅多刺し、いや、挽き肉にされてしまうだろう。
小太刀二刀流の僕と青い槍の使い手の女の戦いは、やがて第二ラウンドへ。立ち止まっての攻撃の応酬から、機動戦へ。草原を駆け巡り、幾度となく刃を交わす。既に、ミルフィーユさんとイサムの姿は見えない。もっとも、現状、それどころじゃないけど。
猛スピードで繰り出される突き。ギリギリでかわし、お返しとばかりに氷クナイを投げ付ける。しかし、その全てを突きで砕かれる。『払い落とす』のではなく、『突きで砕かれる』。
「化け物だな」
思わず、そう呟く。高速で飛んできた物を払い落とすだけでも、十分凄いのに、ピンポイント攻撃である突きで砕くとは。しかも、僕の魔力で作った氷クナイを。でも、それ以上に恐ろしい事が有る。水を纏った槍を使うにもかかわらず、一向に水を使ってこない。最初の攻撃で巨大な水の槍を放ってきたんだ。出来ないとは思えない。つまり……。
「いまだに本気は出していない、か」
相手の突きを捌き、小太刀を振るい斬撃を飛ばすも、突きで潰される。お互いに決め手に欠ける戦い。大技を出そうにも、そんな暇は無いし、逆に相手にも与えない。でも、このままじゃ、じり貧。『人形』は以前の蒼辰国での戦いにおいても、凄まじい再生力を見せた。それ以上に怖いのが、向こうが空中戦を仕掛けてくる可能性。今は地上戦だけど、いつ、空中戦に切り替えてくるか。僕はまだまだ空中戦に慣れていない。そうなる前に、早くけりを付けないと、負ける。
もう、どれだけの時間が過ぎたのか? いまだに決着は付かない。この期に及んで、いまだに向こうは槍しか使わない。しかも使うのは『突き』だけ。『受け』も『払い』もしてこない。しかし、状況は僕が不利になりつつあった。小細工は無効と判断し、小太刀二刀に、極限まで研ぎ澄ませた氷の魔力を纏わせ、切り付けるものの、その全てを突きで防がれ、更に捌き切れなかった突きが僕の身体を切り刻んでいった。とりあえず急所は外したけれど、それでも、出血はするし、痛い。治癒阻害の術が込められているのか、傷がふさがらない。痛みと出血、疲労で集中力がヤバい。
対する『人形』は傷一つ負わず、疲労の影すらない。能面の如き、無表情のまま、高速の突きを繰り出してくる。そして、とうとうヘマをしてしまった。突きが僕の左手を貫いた。
「あぐっ!!」
あまりの痛さと、疲労による握力低下。たまらず、小太刀を落としてしまった。それは致命的な隙。自分のヘマに気づいたが、もう遅い。小太刀二刀でやっと捌いていた突き。一刀を失った所へ、心臓狙いの一撃が容赦なく繰り出される。ダメだ、防げない! 観念し、思わず目をつぶる。
「バッコッコ♪ バッコッコ♪ バッコッコのコ♪ アッホッホ♪アッホッホ♪ アッホッホのホ♪ へーへーブーブー♪ へーブーブー♪ へーへーブーブー♪ へーブーブー♪」
……そこへ聞こえてきたのは変な歌声。更にはなぜか、僕の心臓を貫く必殺の一撃となろう、突きが来ない。目を開けてみると、そこには何とも不思議な光景が。
「バッコッコ♪ バッコッコ♪ バッコッコのコ♪ アッホッホ♪ アッホッホ♪ アッホッホのホ♪ へーへーブーブー♪ へーブーブー♪ へーへーブーブー♪ へーブーブー♪」
いつの間にか、そこには三毛猫のバコ様がいて、いつもの変な歌と踊りを繰り返していた。どうやら、草原を駆け巡って戦う内に、テントを張っていた辺りまで戻ってきていたらしい。でも、問題はそれじゃない。
「ウアァオガァアアアアアア!!」
『人形』が頭を抱えて獣じみた叫びを上げ、苦しみだしたんだ。その苦しみ方は異常。涙、鼻水、よだれ。あげくの果てには、その……、大小、両方漏らし、激しく全身を痙攣させて、地面を転げ回る。あまりの異常事態に、思わずあっけに取られたが、これはチャンス。僕は小太刀を逆手に持ち、とどめを刺そうとする。幸い、『人形』はすっかり弱っていた。白目を剥き、四肢を投げ出して、仰向けにぐったりしている。殺るなら今しかない。……殺るなら。………………殺らないと。……………………殺らなきゃ。
ピクピクと痙攣している『人形』。今なら、簡単に殺せる。このチャンスを逃したら、確実にまた襲ってくるだろう。何せ『人間』ではなく、『人形』だ。諦めるなんて概念は無い。刺客として送り込まれた以上、必ずその使命を果たす。与えられた命令が全てであり、絶対だ。クロユリ様や、ツクヨが言うには、一度『人形』となった女性は決して元には戻らない。殺さない限り、止まらない。
『ハルカ。もし君が『人形』を哀れだと思うなら、一思いに殺せ。それ以外に、彼女達を救う術は無い。殺さない限り、彼女達は永遠に灰崎 恭也の操り人形。次々と『仲間』を増やす。そして奴の欲望のままに貪り尽くされる』
夕飯の時にイサムはそう言っていた。真十二柱の力を持ってしても、『人形』と化した女性達を救う事は出来ない。殺すしかない。……そう分かっているのに。今、僕の目の前で仰向けに倒れている女性に、どうしても小太刀を突き立てられない。僕とさほど歳の変わらないであろう、彼女に。その時、ふと視界に入ったのはバコ様。この状況にもかかわらず、相変わらず、歌って踊りながら、ふらついている…………って! まずい!
バコ様が千鳥足でふらふら移動するその先。そこには、『人形』の1体が放った斬撃で、地面に底が見えない程の巨大な裂け目が出来ていた。普通なら避けるはずだけど、バコ様は普通じゃない。頭がボケている。構わず裂け目に向かって踊り進む。『人形』そっちのけでバコ様の所に向かおうとするけれど、一足遅かった。
「バッコッコのコ〜〜〜…………………………」
変な歌と共に、バコ様は裂け目に真っ逆さまに落ちていった。
「バコ様!」
急いで裂け目の縁へと向かう。覗き込むと、そこには底無しの闇が広がるばかり。バコ様の姿は見えない。
「そんな……」
いくら猫といえど、こんな深い裂け目に落ちたら、ひとたまりもないだろう。身軽な猫なら万が一助かる可能性も有るかもしれないけど、バコ様は頭がボケている上、体重15㎏の肥満体。助かる方がおかしい。
確かに何の役にも立たない、頭のボケたデブの三毛猫。でも、どこか憎めない。いつも、変な歌と踊りを繰り返し、楽しそうに暮らしていた。でも、もうそれを見る事は出来ない。思わずその話にへたり込んでしまう。だが、僕はバコ様が転落死した事に気を取られ、致命的な失敗を犯した。
『人形』が死んでいない事を。そして、その凄まじい再生能力を忘れていた。気付いた時には遅かった。背後を取られた上、槍の刃には高速回転するドリル状になった水が纏われ、巨大なドリルと化していた。それが間髪入れず繰り出される。油断した! 間に合わない! 今度こそ、死を覚悟する。
しかし、幸運の女神はまたしても僕に微笑んでくれたらしい。突如、響き渡る一発の銃声。その直後、弾け飛ぶ『人形』の頭。撒き散らされる、脳味噌、脳獎、血液。あまりにもグロテスクな光景に、吐き気が込み上げる。でも、そこへ僕に呼び掛ける声が。
「何をぼさっとしているのです! 早く立ちなさい、撤退しますよ! ぐずぐずしていると、また再生します!」
その声からして、若い女性。というか、聞き覚えの有る声。ただ、フードを被っているので顔はよく見えない。言われて立ち上がろうとしたけど、血を流し過ぎたダメージが今になって来た。めまいがして、上手く立てない。それを見て、相手が舌打ちしたのが聞こえた。
「全く、世話の焼ける! ほら、肩を貸します、掴まりなさい! 忘れ物は有りませんか?」
その人は僕が立てない事を知り、すかさず肩を貸してくれた。更に忘れ物は無いかと確認。そうだった! 僕は落とした小太刀の片方を呼び寄せる。
「もう大丈夫です、行けます」
「結構。なら、飛びますよ!」
僕の返事を聞くなり、即座にその場から飛ぼうとする。しかし、『人形』の再生能力は凄まじかった。まだ頭の下半分しか再生していないのに、飛ぼうとしている僕達へ、槍の攻撃を放とうとする。
「ちっ! 思った以上に再生が早い!」
舌打ちする女性。僕に肩を貸しているから、戦える体勢じゃない。まさにその時。
「シャーーーーーーッ!!」
威嚇の声らしき奇妙な声と共に、白い大根の様な何かが『人形』に飛び掛かり、首筋に食らい付いた。さすがの『人形』もこの不意討ちには面食らったらしく、それを振りほどこうとする。何だか知らないけど、これはチャンスだ。女性もそれを見逃さない。
「撤退します!」
そう言って、即座にその場から飛び立つ。僕は遠ざかる中、『人形』が白い大根の様な何かを、バコ様の落ちた地面の裂け目に投げ捨てるのが見えた。
「ありがとう。そして、ごめんなさい」
正体は分からないけど、あの白い大根の様な何かは僕達を助けてくれた。だけど、そのせいで、裂け目に投げ捨てられてしまった。
「少し、黙りなさい。うるさいですよ」
助けてくれた女性から、うるさいとダメ出し。それにひとまずの危機を脱したお陰で、一気に疲れが出てきた。意識が遠くなる。
「……まぁ、しばし休みなさい」
意識が落ちる直前、女性が小さく呟いたのが聞こえた。ごめんね、バコ様。そして大根。
気が付いたら、知らない天井というか、知らないテントの中だった。びっくりして起き上がると、身体のあちこちから痛みが走り、思わずうめく。
「痛た……」
見れば、傷にはきちんと手当てが施されていた。でも、まだ傷がふさがっていない。この身体は真十二柱、序列十一位。魔氷女王の身体だけに、治癒能力がとても高いのに。やはり、ただの攻撃じゃなかった。受けた傷について自己分析していると、テントに誰か入ってきた。イサムだ。
「ハルカ、気が付いたんだね。良かった。傷の方は大丈夫? 一応、手当てはしたけど」
「うん。まだ傷は痛むけど、大丈夫だよ。ところでここは? 後、ミルフィーユさんは? それに、僕を助けてくれた人がいたんだけど、知らない?」
テントに入るなり、僕の具合を尋ねてきたので、とりあえず大丈夫と伝え、お返しに、ここはどこか? ミルフィーユさんの安否、更に僕を助けてくれた人について尋ねた。
「分かった。順に答えるね。ここは新しく張ったテント。今のところは安全だよ。ミルフィーユさんも、少なからず負傷したけど、命に別状は無い。そしてハルカを助けてくれた人だけど、君も知っている人だよ。今、その人が表で飯を作っている」
「そうなんだ。ミルフィーユさんに命の別状が無くて良かった」
イサムによれば、ここは新しく張ったテント。ミルフィーユさんは負傷したものの、命に別状は無いそうだ。良かった。そして、肝心の僕を助けてくれた人だけど、僕の知っている人らしい。あの声、何か聞き覚えが有ったし。その人は今、表でご飯を作っていると。やはり、ここはきちんとお礼を言わないといけない。まだ傷は痛むけど、我慢して、外へ。
「ごめん、イサム。肩を貸してくれる? 助けてくれた人にお礼を言いたいんだ」
立ち上がったものの、やはり受けたダメージは大きく、足元がふらつく。悪いけど、イサムに肩を貸してくれる様、頼む。
「分かった。でも、無理しちゃダメだ。しっかり食べて、ゆっくり休んで。今は身体を治す事を最優先にして」
「うん、そうする。ありがとうイサム」
「いや……それ程でも」
イサムに肩を借り、テントの外へ。
「ハルカ。もう、動いて大丈夫なんですの?」
テントを出たその先には、石を積み上げた即席のかまどが有り、鍋が火に掛けられていた。そのそばにいた2人の内の片方。ミルフィーユさんが声を掛けてきた。イサムから聞いていたけど、彼女もまた、身体のあちこちに包帯を巻いていて、右腕に至っては、三角巾で吊っていた。
「ご心配を掛けてすみませんでした。まだ本調子とはいきませんが、とりあえず動けます」
自分の事をそっちのけで心配してくれるミルフィーユさんに、とりあえず動ける事を伝える。さて、本題はもう1人の方だ。火に掛けた鍋を見ているばかりで、いまだにこちらを向かない女性。昨夜同様、フードを被っている、その人に話しかける。
「あの、昨夜は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。お陰で命拾いしました」
月並みな台詞だけど、礼儀を持って感謝を伝える。すると、鍋を見ていたその女性が、こちらを向いた。フードに隠されていたその顔を見て、びっくり! 貴女だったんですか! だったら、あの強さも納得。確かにイサムの言う通り、僕の知っている人だった。
「礼には及びません。貴女方に死なれては、何かと不都合ですから。そして、しばらくぶり。多少は腕を上げたみたいですが」
以前と変わらない、無愛想ぶり。別に再会の喜びなんて彼女には無いらしい。
「こちらこそ、しばらくぶりです。貴女こそ、また一段と腕を上げられたみたいですね」
「さぼっていませんからね。貴女と違って」
切れ味鋭い毒舌に、返す言葉もない。事実だし。そんな彼女は話す事は済んだとばかりに、再び鍋に向かう。
……悔しいな。僕も腕を上げたのに、彼女は僕をまともに相手にしてくれない。なぜなら、彼女は更に強いから。でも、助けてくれた事には感謝します。いつぞやの異世界修行以来ですね。『竜胆』さん。
僕を助けてくれたのは、かつて異世界修行の際に出会い、完膚なきまでに負けた少女。竹御門 竜胆だった。なぜ、彼女がここにいるのかは知らないけど。
「全員揃った事です。食事にしましょう。師匠直伝の雑炊です」
僕の思いなど、気にも止めた風もなく、食事にしようと告げる竜胆さん。確かに、今は腹ごしらえが最優先。彼女は人数分のお椀とレンゲを空中から取り出すと全員に配り、お椀に雑炊を入れていく。
「残さず食べなさい。今はとにかく栄養補給と休息が肝心です」
「ありがとうございます。いただきます」
お礼を言い、さっそく雑炊を頂く。鶏だしの効いた、さっぱりとした味わいの雑炊。弱った身体に染み渡る。ミルフィーユさんは利き腕の右腕が使えないので、左腕で食べている。幸い、レンゲですくって食べるから、さほど問題は無さそう。この辺も竜胆さんなりの気遣いかな?
4人で雑炊を食べていると、竜胆さんが話を切り出した。
「食べながらで構いませんから、情報交換をしましょう。お互いに、詳しい事情を知りませんからね」
確かに、昨夜はあのどさくさのせいで、ゆっくり情報交換するどころじゃなかった。全員揃って落ち着いて話せる今こそ、情報交換の時だな。僕はミルフィーユさん、イサムに視線を送ると2人共、頷いてくれた。
「それじゃ、僕が代表してこちらの事情を説明します」
僕は竜胆さんに使い魔探しに端を発した一連の事情を話した。一通りの話を聞いた彼女は一言。
「……要は私は貴女達のとばっちりを受けたと」
明らかに不機嫌。でも、事実その通りなだけに困る。気まずい雰囲気だけど、今度は僕が竜胆さんに聞いた。
「僕達、いえ、僕の事情に巻き込んでしまった事はお詫びします。ですが、それはそれ。今度は僕から質問します。竜胆さん、貴女はなぜここに?」
「愚問ですね。修行です。師匠から言われましてね。そもそも、ここは師匠が見付けました。そして、師匠が邪神ツクヨに教えたのです。もっとも、そのせいで、私がこの世界に閉じ込められる羽目になったのですが。全く、迷惑な話です」
彼女いわく、師匠に言われて修行に来たと。それだけなら良い。だけど、彼女の語った内容に、聞き捨てならない事が。僕が聞くより早く、ミルフィーユさんが聞いた。
「ちょっと待ってくださる?! 竜胆さん、貴女、今、邪神ツクヨと言いませんでした? しかも、貴女の師匠がここを邪神ツクヨに教えたと?」
突然、語られた邪神ツクヨの名。その事に僕もミルフィーユさんも驚いた。すると竜胆さんは、事もなげに、あっさり話す。
「えぇ、確かに言いました。私の師匠は真十二柱、序列十二位である、邪神ツクヨとは古い付き合いでして」
その話を聞いて、僕の頭の中でパズルのピースの様に、情報が組み合わされていく。竜胆さんの師匠は、ツクヨと古い付き合い。真十二柱と知り合いなんて、絶対に普通じゃない。そして思い出すのは、雪山へ温泉旅行に行った際、真十二柱、序列二位。魔道神クロユリから聞かされた話。その中の、序列四位。武神 鬼凶について。武神には弟子がいる。若いけど優秀な娘って言っていた。もしかして……。僕は思い当たった内容を竜胆さんに尋ねた。
「あの、竜胆さん。貴女の師匠って、もしかして、真十二柱、序列四位。武神 鬼凶じゃないですか?」
「そうです」
聞いたら、あっさり認めた。あまりのあっさりぶりに拍子抜け。彼女は手に持っていたお椀をひとまず置くと、姿勢を正す。
「この際です。改めて自己紹介しましょう。私は真十二柱、序列四位。武神 鬼凶が弟子。竹御門 竜胆。またの名を、武神に次ぐ者にして、武神を継ぐ者。武帝 竜胆」
改めての自己紹介。こうして聞くと、凄い肩書き持ちだな。特に武神に次ぐ者にして、武神を継ぐ者って辺り。ミルフィーユさんも動揺を隠せない。普通は驚くよね。イサムは別に驚いてないな。……そうか、武神 鬼凶とツクヨは知り合いなんだから、その繋がりで、弟子の竜胆さんとも面識が有るのか。
竜胆さんの改めての自己紹介の後、現在の状況について、お互いの情報を交換。まずは竜胆さん。
「私が調べた所、この惑星を包囲している結界は、特定の条件を満たす事で解除される様です。逆に、条件を満たさず無理やり破壊しようものなら、この惑星ごと、綺麗に消し飛びますよ」
のっけから、キツい情報を突き付けられた。条件を満たさない限り、解除されない結界。無理やり破ろうものなら、爆発する。灰崎 恭也の性格の悪さがひしひしと伝わってくる。でも、逆に言えば、条件さえ満たせば解除される。灰崎 恭也の目的や、今回のやり方から考えると……。
「結界の解除条件は、僕達3人に対し差し向けられた刺客である、『人形』3体の撃破でしょうね」
「それも恐らくは、その『人形』に対応した相手が撃破する事を条件にしていそうですわ」
差し向けられた刺客である、3体の『人形』。明らかに僕達3人と戦う事を想定されたそれを倒す事が結界解除の条件だと、僕が推測し、更にミルフィーユさんが補足。僕の育成を企んでいる事といい、閉じ込める結界といい、まるで育成ゲームみたいだ。僕はその事を指摘する。
「灰崎 恭也のやり方は育成ゲームみたいですね」
「育成ゲームか。まさにその通りだね。ゲーム好きらしいからね。相変わらず、悪趣味な奴だ」
「とはいえ、クリアしない限り、帰れませんよ。それに悪い事ばかりではありません。ちゃんとメリットも有ります。『人形』を倒したなら、戦利品を残します。ゲーム好きの灰崎 恭也らしいやり方です。今回の場合、貴女達の強化に繋がる物でしょう」
僕が指摘した所、本当に灰崎 恭也からすれば、育成ゲームらしい。そして、『人形』を倒せば、僕達の強化に繋がる戦利品が手に入ると。ただし、負ければ『死』有るのみ。これが本当のデスゲームだ。
「後、戦利品の安全性だけど、これに関しては保証するよ。過去にも同じ様な事が有ってね。後、あいつ、妙な所で律儀でね」
「下手に小細工をして肉体や魂が汚染されるのは、灰崎 恭也の望まぬ事」
「……要はハルカをじっくり育成した上で、最高の仕上がりになったら、乗っ取る算段ですわね」
灰崎 恭也のデスゲームの戦利品について、イサムと竜胆さんからの説明。言われてみれば、納得。僕の育成が目的であるのだから。刺客に負けたら、そこまで。勝ったなら、更なる力を与える。そして、いつか僕が成熟するその時を待っている。
「まぁ、今のところは、貴女方の回復が最優先」
「そうだね。ハルカとミルフィーユさんが『人形』を倒さない限り、帰れない。ちなみに俺の方は片付けた」
「さすがですね、先輩」
「まぁね、後輩」
情報交換の結果、今は僕とミルフィーユさんの回復待ちという事に。僕とミルフィーユさんが、それぞれ対応している『人形』を倒さない限り、帰れないからだ。驚いたのは、イサムは既に『人形』を倒していた事。やっぱり強い。更に言うと、竜胆さんは手助けは出来ても、それ以上は不可。最悪、デスゲームのルール違反と見なされ、この星ごと爆破されかねない。先行き不安だな。
「ところでバコ様は? 姿が見えないけど」
何の気なしに聞いてきたイサム。そうだった! 刺客の襲撃が有ったせいで、バコ様の事を忘れていた!
「私は知りませんわ。ハルカ、貴女は何か存じませんこと?」
イサムの問いかけにミルフィーユさんは知らないと答え、僕に振ってくる。知っている以上、言わねばならない。
「バコ様ですけど。……その、襲撃の際に出来た地面の裂け目に、踊りながら落ちてしまったんです。助けようにも、一足遅く、間に合いませんでした」
その時の事を話す。もう少し早く気付いていたなら、助けられたかもしれないのに。
「何、やってんだ、あのデブ猫」
「残念ですが、仕方ありませんわ。襲撃を受けた最中、頭のボケた三毛猫にまで注意を払う余裕は有りません」
僕の話を聞いて、イサムはバコ様に呆れ、ミルフィーユさんは仕方ないと言う。すると竜胆さんから提案。
「そのバコ様とやらが、そんなに気になるなら、現場まで見に行ったらどうですか?」
バコ様を知らないが故の、冷静な意見。そうだね。一縷の望みを賭けて、行ってみよう。
「すみません、竜胆さん。昨夜の場所は分かりますか? 分かるなら、場所を教えてください」
あのままバコ様を見殺しなんて、気まずい。せめて、もう一度、探してみよう。そう思い、頼み込む。
「……頭のボケた三毛猫とやらに、それ程の価値が有るとは思えませんが。まぁ、良いでしょう。ただし、私も行きます。今の貴女を1人にするなど、襲ってくださいと頼んでいる様なものですから」
「だったら、俺も行く」
「私も行きますわ」
バコ様の落ちた現場へ向かうと言う僕に、1人では危険だと竜胆さんが動向を申し出てくれた。そこへ、イサムとミルフィーユさんも加わる。
「ありがとうございます。それに現場に行きたい理由はもう1つ有るんです。竜胆さんも見たでしょう? 白い大根みたいな何かが、『人形』の首筋に噛み付いたのを。お陰で逃げ出す隙が出来ました。あの後、『人形』が大根を地面の裂け目に投げ捨てるのを見たんです。その確認も含めて、行きたいんです」
僕は現場に行きたい、もう1つの理由についても話す。僕達が逃げ出す隙を作ってくれた、何か。それの正体や、安否についても知りたい。
「確かにいましたね。分かりました。その辺の確認も含めて、行きましょう。そうと決まれば、さっさと支度をしなさい」
竜胆さんの指示の元、バコ様と、白い大根の様な何かの安否にについて確認すべく、昨夜の現場に戻る事に。僕達は急いで、食事の後片付けをし、荷物をまとめ、テントもしまう。10分程の後、僕達は竜胆さんの案内により、昨夜の現場へ出発。
「この辺りだと思います」
到着した、昨夜の現場。そこには、地面に巨大で深い裂け目が。明るくなってから改めて見て、その巨大さ、深さを再認識する。試しに小石を落としたら、音が聞こえなかった。とんでもない深さだ。
「ハルカ、気の毒だけど、この深さじゃ……」
イサムが気の毒そうに言う。やはり、ダメか。バコ様は太りすぎの上に頭がボケているし。もう1体の、白い大根みたいな何かも、見当たらない。浮遊魔法で降りて調べようかとも思ったけど、みんなから危険だと止められた。
「バコ様……。大根……」
裂け目に落ちていった2匹に思いを馳せていると……。
「みんな! 地下から何か来る!」
突然、叫ぶイサム。彼は背後の草原の方を向き、刀を構える。それを見て、僕達も武器を構える。すると、地面の一部がモコモコと盛り上がり、茶色の大きな何かが顔を出した。
地面から顔を見せたのは、茶色の毛に包まれ、尖った鼻先をした生き物。モグラだ。ただし、僕の世界のモグラより、ずっと大きい。牛ぐらいのサイズの巨大モグラだ。
「ギガントモールですわ。人前に姿を現すのは、まれなんですが……」
突然、姿を現した巨大モグラについて説明してくれるミルフィーユさん。僕も初めて見た。ところが、事態はそれだけでは済まなかった。巨大モグラが穴から出ると、その穴から、次々と巨大モグラ達が出てきた。やがて、巨大モグラの一団が出来上がる。
「特に、敵意や殺意は無さそうですが」
油断なく銃剣付きのライフルを構えながらも、巨大モグラの一団を観察していた竜胆さんは、そう語る。すると、巨大モグラ達の出てきた穴から、何か聞こえてきた。
「バ…………コ……ノ…………………へ………」
それは奇妙な音。しかも近付いてきているのか、だんだん明確になってくる。
「バ……コ……コ………ノホ………」
やがて、かなりはっきり聞こえてきた。
「バッコ……コ……ア…ホッホ……へー……」
まさか、この音、いや、声は! ミルフィーユさん、イサムも思い当たったらしい。
「ハルカ、この声は!」
「このバカ丸出しの声は……」
そして、とうとうはっきり聞こえてきた。多少反響しているけど、間違いない。こんな歌を歌うのは他にはいない。その歌声の主は穴から姿を現した。それは丸々と太った大きな三毛猫。変な歌と踊りを繰り返している。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
「バコ様!」
そう、裂け目に落ちて死んだと思われていたバコ様だった。良かった! 無事だったんだ! 一体、何が有ったのかは分からない。でも、とにかくバコ様は無事だった。すぐさま駆け寄り抱き上げる。多少、汚れているけど、目立ったケガは無い。
「無事だったんだね。良かったバコ様」
僕が話しかけるものの、相変わらずバコ様は変な歌と踊りを繰り返すばかり。頭がボケているから、意思の疎通が出来ないんだよね。……実際、裂け目に落ちてから何が有ったんだろう?
ともあれ、バコ様とは合流出来た。その立役者となった、巨大モグラ達にお礼を言う。
「どうもありがとう、巨大モグラさん達。君達のお陰でバコ様と合流出来たよ」
すると、一番大きなモグラが前に出てきた。その隣には、比較的小さなモグラ。小さいと言っても、それでも中型犬ぐらいは有る。その小さめのモグラは、竜胆さんの足元に行き、鼻先を擦り付ける。
「……私と共に行きたいのですか?」
竜胆さんはモグラにそう問いかけると、通じたのか、首を縦に振る。賢いモグラだな。それを見て、更に話しかける。
「私の行く道は、血塗られた、地獄の道行きですよ? 悪い事は言いません、仲間の元に帰りなさい」
竜胆さんは自分の行く道がいかに危険で、悲惨か語り、モグラに帰る様に諭すものの、モグラは首を横に振る。
「どうしても付いてくる気ですか。………………仕方ありません。好きになさい。ただし、全ては自己責任ですからね?」
モグラの意思が固いと知った竜胆さん。根負けしたらしく、モグラが付いてくる事を認めた。ただし、全ては自己責任だと釘を刺す事を忘れずに。
「僕達の使い魔を探しに来たのに……」
「これは予想外ですわね」
「まさにイレギュラーだね」
僕達の使い魔を探しに来たにもかかわらず、本来、無関係な竜胆さんが巨大モグラというお供を得る事態に。予想外の事態に驚いていると、そこへ更に予想外の事態が。
「全く、そうだよね、こういう予想外のイレギュラーが起きるから困る。いくら綿密に計画を立てても、最悪、台無しにされるからね」
それは、僕達4人のいずれとも違う声。背後から聞こえてきた、その声に、僕達は一斉に振り返る。そこには。
空中に四つん這いで浮かぶ、全裸の妙齢の美女にまたがった幼女がいた。それを見てイサムが憎々しげに叫ぶ。
「わざわざ見に来たのか?! 『灰崎 恭也』!!」
今回は色々と奇妙かつ、イレギュラーの多い回。バコ様の変な歌と踊りを前に、突然苦しみ出した、『人形』。しかし、ハルカにはとどめを刺せませんでした。蒼辰国での一件は、やはりハルカの中でトラウマになっています。そして、武神 鬼凶の弟子、竹御門 竜胆。またの名を武帝 竜胆の登場。彼女の存在はハルカ達にも、灰崎 恭也にも、イレギュラーでした。
竜胆の乱入により、難を逃れたハルカ。イサム、ミルフィーユとも合流。しかし、ハルカとミルフィーユはかなりの傷を負い、万全に戦える状態ではありません。
その後、裂け目に落ちたバコ様と、ハルカを助けてくれた白い大根の様な何かを探し、昨夜の現場へ。そこで出会った巨大モグラ達。彼らに助けられたのか、バコ様と合流。更にモグラの一体が、竜胆になつく始末。ハルカ達は使い魔探しに来たはずが、竜胆に先を越されるイレギュラーな事態。
だが、そこへ最大のイレギュラーが。
『灰崎 恭也が出現』
この最大最悪の敵を前に、ハルカ達はどうするのか?
では、また次回。