第125話 ハルカの使い魔 「当たり前ながら、夜は危険。油断しないで」イサム談
「相変わらず、恐ろしい情報収集能力だな。あいつ、ハルカ達が使い魔探しに来た事を嗅ぎ付けたんだ。そして、『人形』を差し向けてきた」
解体された竜種の死体を前に、彼、大和 勇はそう語りました。それは、恐ろしい事実。ハルカも顔を青ざめさせています。かくいう私も、背筋に氷を入れられた様な気分です。
「ナナさんは情報が洩れる事を恐れて、自分のお屋敷で今回の事を話したのに……」
ハルカの言う通り、ナナ様は情報漏洩を恐れておられます。だからこそ、重要な話が有る時は、ご自身の力で幾重にも厳重に防衛術式の施された、自分のお屋敷にて話をされるのです。
しかし、灰崎 恭也はその幾重にも厳重に施された防衛術式を。伝説の魔女たるナナ様が施された、それをくぐり抜け、今回の使い魔探しに関する情報を掴んだのです。これを恐ろしいと言わずに、何を恐ろしいと言えば良いのでしょう? 情報漏洩とは、それ程までに危険なのですから。
私とハルカが灰崎 恭也の恐るべき情報収集能力に戦慄する中、イサムは解体された竜種3体の死体の検分をしていました。すると、彼は私達の方を向き、言いました。
「……なるほどな。ハルカ、ミルフィーユさん、ちょっと来て。気持ち悪いだろうけど、2人にも、この死体を見て欲しい。あいつの狙いが読めてきたよ」
「分かりましたわ。ハルカ、気乗りはしないでしょうが、確認は大切ですわ。情報は何物にも勝る武器、防具になるのですから」
竜種の死体。それも、解体されたグロテスクな物。ハルカは顔色が悪いですし、私とて、間違っても良い気はしません。しかし、今は少しでも情報が欲しいのです。ハルカを促し、共に死体を確認する事に。
改めて、3体の死体を確認。ハルカも顔色は悪いながらも、死体を確認しています。
「3体それぞれ、違う死因ですね。1体は斬殺。残り2体は、何かに撃ち抜かれている。で、撃ち抜かれた死体の片方は炎、もう片方は水の魔力を感じます。凄く嫌な感じの力を」
「そうですわね。これ程、嫌な感じの魔力は、そうは無いですわ。それに、この死因、明らかに『私達に対する、当て付け』ですわ。……灰崎 恭也は私達を『育成』するつもりではないかと、思いますわ」
改めて確認した3体の竜種の死体。3体それぞれが、違う殺害方法で殺されており、しかも、その方法が明らかに私達に対する当て付け。すなわち、『剣』『炎』『水』。私達の使う力、そのものです。
「さすがだね。2人共。特にミルフィーユさん、見事な推理だよ。君の言う通り、あいつは、君達の育成を企んでいる。特にハルカのね。わざわざ、同じ属性の『人形』を差し向けてくる辺り、本気だな」
灰崎 恭也は私達。特にハルカの育成を企んでいると、イサムは語りました。
「『殺しに』ではなく、『育成』ですのね。……悪趣味なやり方ですわね」
「そうだよ。あいつはハルカを育てる気だ。『自分の新たな器としてふさわしい実力者』になる様に。だけど、灰崎 恭也は甘くない。あいつの育成は殺意と期待が半々だからね。こちらが勝てるかどうかギリギリの『人形』を差し向けてきたはず。ハルカが勝って成長したなら良し。負けて死んだら、その程度。そう考えているだろう。後、悪趣味というのは同感」
「…………認めたくないけど、ナナさんに似てる」
嫌そうな顔でそう語るハルカ。言われてみれば、そうですわね。ナナ様もハルカに対し、出来るかどうか、ギリギリの課題を与えています。『無能は死ね』が信条だそうですし。
「とりあえず、ナナさんに連絡してみる」
灰崎 恭也から刺客を差し向けられた以上、使い魔探しどころではありません。下手をすれば、隙を突かれて一貫の終わりです。ハルカの判断は妥当と言えるでしょう。しかし。
「ナナさん? ナナさん! 返事をしてください!」
ナナ様に連絡を取ろうとしているハルカですが、様子が変です。明らかに焦っています。まさか!
「どうしよう?! ナナさんと連絡が取れない!」
「そんな事だろうと思った。灰崎 恭也め、俺達を逃がさない気だ。恐らく、いや、間違いなく、『人形』を倒さない限り、連絡どころか、帰れない」
ナナ様と連絡が取れないと言うハルカ。それに対し、灰崎 恭也の仕業と語るイサム。私達はこの世界に閉じ込められてしまった様です。
「いつまでもここにいても仕方ない。ハルカ、ミルフィーユさん、この場から離れるよ。それに使い魔も探さないとね」
こんな状況にもかかわらず、落ち込んだ様子を見せないイサム。大した人ですわ。
「あの、イサム。今はそれどころじゃないと思うんだけど」
対するハルカは不安を口にします。当然ですわね。この状況に動じないイサムの胆力が凄いのです。イサムはハルカに語ります。
「ハルカ。今、大事なのは、平常心を保つ事。不安や恐怖を煽り、相手を陥れるのは、基本だよ。それにね。俺はある意味、灰崎 恭也を信用している。さっきも言ったよね? あいつはこちらが勝てるかどうかギリギリの『人形』を差し向けてきたって。全く勝ち目の無い相手じゃない。でも、取り乱していたら、勝てるものも、勝てない。俺は欲張りでね。刺客は倒す。ハルカ達を無事に連れて帰る。使い魔探しも成功させる。でないと、ツクヨさんと、ナナさんに怒られるどころじゃすまないし。俺、まだ死にたくないし」
最後はおどけるイサム。それを見て、ハルカも苦笑い。
「そうだね。妨害が有ったから、使い魔探しに失敗しました。なんて、ナナさんが聞いたら、怒られるね。……ありがとうイサム」
「どういたしまして。それじゃ、行こう。いつ、襲撃してくるか分からないけど、その時はその時だ」
「そうですわね。わざわざ、襲撃する時を教える訳がありませんもの」
「来たなら、迎え撃つ。それだけです」
イサムのおかげで重苦しい空気は払われました。改めて思いますわ。大した人ですわ。あの邪神ツクヨの側近を務めているだけはあります。
こうして私達は使い魔探しを再開。草原を歩き出しました。灰崎 恭也の差し向けてきた刺客。それがいつ、どこで、どんな形で襲撃してくるかは分かりません。どこにいるかも分かりません。ならば、じたばたしても仕方ありません。今は、私達の目的を果たすまで。そして、必ず刺客に勝利し、帰るのです。使い魔を連れて。
ナナside
「いい加減、帰れ! いつまで居座っている気だい?! 邪魔なんだよ!」
ハルカ達を送り出し、既に昼を過ぎたにもかかわらず、いまだに帰らず、ウチに居座るクソ邪神と、その側近の小娘、コウ。確かに昼飯の焼きそばは美味かったが、こう、いつまでも居座られるのは困る。それにだ。こいつ、ろくでもない事を知らせやがった。
ハルカを送り出して、しばらくした後、こいつ宛てに連絡が来た。真十二柱、序列四位。武神 鬼凶からね。序列三位の魔剣聖と並び称される、武の頂点。そいつが何の用かと思ったら、灰崎 恭也が『人形』を放ったと抜かしやがった。それも、ハルカ達を送った世界に。偶然とは思えない。あいつに今回の事がバレていた! 情報漏洩を恐れて、私の屋敷で話をしたのに。
「以前より、更に情報収集能力が上がってやがる。あいつ、スパイか暗殺者になったら、さぞかし大成しただろうな」
「何、他人事みたいに言ってやがる、このクソ邪神! こうしちゃ、いられない! 今すぐ、ハルカ達を呼び戻す!」
今回の件に関する情報漏洩。ならびに、灰崎 恭也の差し向けてきた『人形』。いまだにハルカの殺人のトラウマは残っている。今のハルカを戦わせるのは、まずい。役に立たないクソ邪神にキレるのもそこそこに、急いでハルカを呼び戻そうとする。しかし、ここで私は異変に気付いた。
「ハルカ! 聞こえるかい、ハルカ! 返事しな!」
いくら呼びかけても、ハルカからの返事が無い。私はそれが何を意味するか、すぐに悟った。
「やられた! 封鎖された!」
考えてみれば当たり前だ。情報が向こうに筒抜けな以上、妨害はしてくる。連絡が取れない様に封鎖しやがった。恐らく、この分だと、ハルカ達を送り込んだ世界に進入する事も、脱出する事も出来ないだろう。私とした事が、なんてヘマを! 灰崎 恭也を甘く見ていた。
「少しは落ち着け。今さら、じたばたした所でどうにもならない」
自分の迂闊さに歯噛みする私に、邪神ツクヨが話しかける。
「これが落ち着いていられるか! ハルカに何か有ったら、どうしてくれるんだい?!」
するとここで、今まで沈黙を守っていたコウが口を挟んできた。
「随分と甘い事をおっしゃいますね。貴女は危険を承知でハルカを送り出したのではありませんか?」
表情一つ変えず、淡々と語るその言葉に、私は反論出来なかった。確かにその通りだったからだ。私は危険は承知の上で、ハルカを送り出した。しかし、今回はまずい。灰崎 恭也が動いている。そんな私の思いを無視し、コウは語る。
「ある意味、これはハルカが更なる強さを得るチャンスでもあります。灰崎 恭也の性格や、これまでのやり口から考えるに、ハルカを圧倒する様な刺客ではなく、ギリギリ勝てるかどうかの刺客を差し向けてきたはず。全てはハルカをより素晴らしい『器』にする為に」
ここで邪神ツクヨが補足する。
「あいつにすればな、ハルカは大変なレア物。だが、まだまだ未熟。だから、成熟させる。試練を与えるという形でな。そして、それらを乗り越え、見事に成熟した暁には、美味しく頂く気だ。もし、途中で死んだら、その程度だったと諦める。何も新しい『器』はハルカじゃないといけない理由は無いからな」
2人が語った内容。それは灰崎 恭也による、ハルカ育成計画。全てはハルカを自分の新たな『器』にする為に。
「ふざけるな! ハルカは私の弟子だ!」
それはハルカの師匠である私に真っ向から喧嘩を売るものだ。絶対許せない。しかし、邪神ツクヨは残酷な現実を突き付けてきた。
「そうだな。確かにお前はハルカの師匠だ。だが、お前、ハルカに対し、邪法、外法を教えられるか? この世の『闇』を見せられるか? どうした? 答えろよ? なぁ、『名無しの魔女』」
「それは……」
答えられなかった。私はハルカに色々教えたが、邪法、外法に関しては教えなかった。この世の『闇』についてもだ。いずれは教えるつもりだけど……。
「全く。コウの言う通り、甘いな。言っておくが、灰崎 恭也はそんなに甘くないぞ。あいつは自分の目的達成の為なら、どんなえげつない手でも平気で使う。ハルカの育成にしても、お前が断じてやらない事でも、あいつはやるぞ。言うなれば、お前は『表』の師。あいつは『裏』の師だ」
腹立たしい事に、目的は違えど、ハルカを育成するという点においては一致している、私と灰崎 恭也。しかも、あいつは私と違い、ハルカが死ぬ事すら、いとわない。えげつないやり方を平気でやると。だが、得られるものが大きいのも確か。
「悔しいね。私の顔にここまで泥を塗りやがった奴に手出しが出来ないなんてさ」
「それは言っても仕方ない。俺達、真十二柱の追跡から逃れ続けている奴だ。いつか、ハルカの身体を乗っ取る為に姿を現すその時しか、あいつを殺せるチャンスは無い」
出来るものなら、灰崎 恭也をこの手でぶちのめしてやりたいが、それは叶わない。真十二柱からの追跡を逃れ続けている奴だ。今どこにいるのか。何をしているのか。どんな姿をしているのか。一切不明。……用心深い奴だよ。これでは手出しのしようが無い。
苦々しい思いをしていると、邪神ツクヨが、こんな事を言った。
「不幸中の幸いというか、向こうに1人、強力な助っ人がいる。本来、そんな予定ではなかったんだが、そいつなら、ハルカ達がいる事に気付いて、合流するだろう」
向こうの世界に助っ人がいるらしい。もっとも、助っ人として呼ばれた訳じゃなく、別件でいるらしいけど。
「実力は確かなのかい?」
「それに関しては折り紙付きだ。少なくとも、今のハルカとミルフィーユよりは強い。イサムとも面識が有るし、性格も……まぁ、悪くない」
邪神ツクヨが言うには、かなりの実力者。少なくとも、ハルカ達より強いってか。ここは不本意だが、そいつとさっさと合流する事を祈ろう。
ミルフィーユside
心配していた灰崎 恭也の『人形』による襲撃も無く、一日目の夕方を迎えました。そろそろ、夕飯にしなくてはなりませんわね。更には寝床の支度も。
「2人共、今日の夕飯はどうします?」
調理担当のハルカが今日の夕飯の内容を聞いてきました。そうですわね……。私はイサムと相談。
「そうだな。もしもに備え、持ってきた食料に手を出すのは控えよう。今日しとめた、兎っぽい奴。あれの肉にしよう」
「今日の昼過ぎに襲ってきた、あれですわね。つくづく、見た目で判断してはいけないと思い知らされましたわ」
イサムは今日しとめた、兎の様な動物の肉を食べようと提案。ちなみにこの動物。無害そうな外見とは裏腹に、狂暴な獣でした。危うく、首筋を食いちぎられる所でしたわ。幸い、飛び掛かってきた所を、イサムが刀で一突き。その後、血抜きし、捌いて、保存。食料となりました。
「ハルカ。今日の夕飯は兎(仮)肉のバーベキューにしよう」
「……あれ、食べるんだ」
「しとめた以上は食べる。それが礼儀だよ」
兎(仮)肉のバーベキューにする事を聞いたハルカは、今一つ、気乗りがしない様子。そんなハルカにイサムは、しとめた以上、食べるのが礼儀と説きます。
「……分かった」
ハルカは気乗りはしないながらも了承。夕飯の開始ですわ。
イサムがしとめた兎の様な獣の肉。事前に用意していた、調味液入りの容器に漬けておいたそれを取り出し、金串に刺していきます。その傍らでは、ハルカが火を起こし、飯盒でご飯を炊いていました。
「ハルカ、飯盒を使えたんだね。意外だな」
「ナナさんが教えてくれたんだ。一通りのサバイバル知識は有るよ」
おかずにもう一品という事で、けんちん汁という汁物を担当するイサムが、ハルカとおしゃべり。それでも、今日採ってきた山菜を調理する手が止まらないのはさすがですわね。というか、ナナ様、サバイバル知識が有りましたのね。まぁ、かつては色々苦労なさったみたいですし。
「イサムの方こそ、そのタブレット便利だね。食べられる野草かどうか、調べられるし」
「コウ印のタブレットだからね。こういうサバイバルじゃ、凄く重宝してるよ。食べられるかどうかが分かるのは、本当にありがたい」
「間違って、毒草や毒キノコを食べてあたる人は後を絶たないからね」
ハルカはハルカで、イサムの持つタブレットに興味津々。実際、あのタブレットのおかげで、食べられる木の実や野草を手に入れられましたし。間違って有毒種を食べたら、最悪、死に繋がりますもの。こうして、夕飯の支度は進んでいきます。
「うん。ちゃんと焼けてる。良い感じだ」
「けんちん汁も出来たよ。ご飯は既に炊けて、蒸らしている所だけど、もう良いと思う」
イサムが串に刺した肉の焼け具合を確認。ハルカの方も、けんちん汁が完成。ご飯の方も既に炊き上がり、蒸らしているそうですわ。
「でしたら、そろそろ夕飯を頂きましょう」
こうして夕飯が始まりました。
今日の夕飯のメインディッシュは兎(仮)の肉。串焼きにしたその肉を食べてみましたが……。
「……何と言いますか、野性味溢れる味ですわね」
「ミルフィーユさん、無理しなくて良いですよ。俺はツクヨさんとあちこち巡っているから、こういう野生の肉にも慣れているから平気ですけど」
一口食べて、独特の臭みを感じ、思わず顔をしかめてしまった私。貴族の娘として、明らかな失態ですが、イサムがフォローを入れてくれました。ちなみに彼は顔色一つ変えず、串焼きの肉を食べています。
「僕の世界でも、ジビエと言って、野生の動物の肉を食べるのが話題になっていましたけど、現実はそんなに甘くないですね」
ハルカも串焼きの肉をチマチマと食べながら、そう語りました。
「そりゃ、そうだよ、野生なんだから。家畜にしろ、野菜にしろ、野生の品種を人間が食べやすい様に品種改良したもの。野生だから美味いなんて、ただの幻想さ。きっちり処理や、調理をしないと、不味いし、最悪、寄生虫とかの危険も有るし」
「現実は厳しいですわね」
「やっぱり、スーパーとかは便利ですね。帰ったら、ナナさんの大好きなハンバーグを作ってあげよう。目玉焼きを乗せた奴」
串焼きをかじり、けんちん汁を啜り、ご飯を食べて夕飯は進みます。こうしてサバイバル生活をしていると、日常のありがたみを痛感しますわね。ちなみに、三毛猫のバコ様はハルカから、高齢猫用の猫缶を貰って食べています。お年寄りの為、固い物が食べられないそうなので。
「あ、そうだ」
突然、何かを思い立ったらしいハルカ。串に刺さった肉をいくつか外すと、小皿に載せました。
「どうしましたの、ハルカ? お肉をわざわざ小皿に移して」
「おすそ分けですよ。僕達の後を付いてきている『誰か』に」
「なるほど、そういう事ですのね」
ハルカに聞いてみたら、私達の後を付いてきている『誰か』へのおすそ分けだそうです。でも、まだ付いてきているのでしょうか? 私の方は分かりませんわね。
「多分、いますよ。なんとなく、視線を感じます。距離を詰めてきたみたいです。……姿は見せてくれませんけどね」
「確かにハルカの言う通りだね。『何か』がわりと近くにいる。こっちを伺っているみたいだ」
ハルカとイサムが言うには、わりと近くにいる様です。私には分かりませんが。
「餌でおびき寄せて捕まえるのも、一つの手ですが、僕としては出来るだけ穏便に済ませたいんです。まぁ、どうしてもダメなら、力ずくも考慮しますけど、それはあくまでも、最終手段」
「そうですわね。穏便に、円満に事が済むのが最善ですものね。無理やり契約した所で、どうせ、ろくな事になりませんし」
使い魔契約を穏便に済ませたいと言うハルカ。実際、過去において、無理やり従えた使い魔に反逆された話は、いくらでも有りますし。
「これまでずっと、付いてきていたなら、お腹も空いているでしょうし、だし巻き玉子を盗んだ事から、肉食か雑食でしょう」
そう言って、ハルカはお肉を乗せた小皿を念力で浮かせ、視線を感じるという方向へゆっくり飛ばしました。どんな相手か分かりませんが、ちゃんと食べると良いですわね。
さて、その後。無事に夕飯、及び、後片付けを済ませた私達は、その場で大型のテントを張り、今夜はここで一晩過ごす事にしました。ちなみにテントを張ったのはイサム。見事な手際でした。
そして今は、お風呂の準備中です。やはり、お風呂に入らないと、どうにも気持ち悪いので。それに関しては、ハルカも同感。サバイバル生活という点では甘いと言えますが。もちろん、立派な浴槽など使えません。イサムの提供してくれたドラム缶を使ったお風呂です。ハルカが水を張り、私が火を起こしました。現在、イサムがせっせと薪を燃やし、お風呂を沸かしています。水系のハルカと火系の私。サバイバルにおいては、実に噛み合った組み合わせと思いますわ。
「ふむ。湯加減はこれぐらいかな? ハルカ、ミルフィーユさん、お風呂が沸いたよ!」
ドラム缶風呂の湯加減を見たイサムから、お風呂が沸いたとの知らせ。……実を言いますと、私、以前から、ドラム缶風呂に興味津々でして。しかし、家柄の問題から、そういった事が出来ずにいたので、今回は思わぬ機会に恵まれました。しかし、ドラム缶風呂に興味津々なのは、何も私だけではなく……。
「ハルカ、申し訳ありませんが、一番風呂は私が頂きますわ」
「そんなの狡いですよ! 水を張ったのは僕ですよ!」
「それを言うなら、私が火を起こしましたのよ?」
ハルカもドラム缶風呂に興味津々。一番風呂を巡って口論に。初めてのドラム缶風呂。たとえハルカといえども、一番風呂は譲れません。しかし、ハルカもそれは同じ。お互いに、一歩も譲りません。
「ドラム缶を用意したのも、風呂を沸かしたのも、俺なんだけど。…………俺の意見は無視か。うん、知ってた」
イサムが何か言っていますが、些細な事です。その間にも、私とハルカの口論は激しさを増す一方。
「この際です。どちらが上か白黒はっきり着けましょう!」
「望む所ですわ!」
かくなる上は勝負ですわね! 勝った方が一番風呂に入れる。実に単純明快。ハルカが冷気を纏い、私は炎を纏い、いざ勝負! と思ったそこへ、突如、私達の間に突き出された漆黒の刃。それから放たれる、殺気と言うのすら生ぬるい、凄まじい禍々しい気。私達2人はその気に当てられ、一気に戦意が失せました。いえ、恐怖のあまり、腰を抜かしてへたり込んでしまいました。
「あのさ、盛り上がるのは勝手だけど、限度が有るよ。2人がぶつかったら、この辺一帯、滅茶苦茶だからね? こんなドラム缶風呂なんて、跡形も無く吹き飛ぶからね? 分かった?」
漆黒の刃を突き出してきたのはイサムでした。彼はあくまで淡々とした口調で話しますが、その事が、かえって、いかに怒っているかを物語っていました。私とハルカは即座にその場で謝罪。
「ごめんなさい!」
「大変、申し訳ありませんでしたわ!」
正直、命の危険すら感じましたもの。幸い、イサムは私達が謝罪し、ケンカをやめたのを確認すると、漆黒の刀を鞘に納めました。それと共に、禍々しい気も消え去り、元通りの状況に。……寿命が縮む思いをしましたわ。もう二度と御免ですわね。ハルカも同じらしく、大きなため息をついて、へたり込んでいました。
「分かってくれれば良し。それじゃ、公平を喫して、俺がコイントスで決めるからね。表が出たらミルフィーユさん。裏が出たらハルカ。良いね?」
「うん、それで良いよ」
「私も異存は有りませんわ」
そして一番風呂に入る権利は、イサムのコイントスで決める事に。その結果は……。
「表だ。という訳で、一番風呂はミルフィーユさん。ハルカ、文句は無いね?」
結果は表。私が一番風呂の権利を獲得しました。ハルカは悔しそうですが。
「それじゃ、ちょっと待ってね。囲いを作るから。野外で裸は晒したくないでしょ?」
一番風呂が私に決まると、イサムは囲いを作ると言い出しました。確かに、私達ぐらいしか人がいないとはいえ、裸を晒すのは嫌です。少なくとも、脱衣場は欲しいですわね。イサムは棒と布を取り出すと、手慣れた様子で、すぐに囲いを作ってくれました。
「出来たよ。じゃ、俺は辺りを見回ってくるから。さすがに若い女性の入浴中を見る訳にはいかないし。2人の風呂が終わったら、知らせて」
「分かりましたわ。私達の入浴が済みましたら、上空に向かって、火炎球を放ちますわ」
「閃光弾みたいなものか。了解」
イサムは私達の入浴中の間、周辺の見回りをすると言いました。若い女性の入浴中を見る訳にはいかないと。紳士ですわね。私達の入浴が済んだ事を知らせる合図を伝えると、イサムはその場から去っていきました。
「……紳士的な方ですわね」
「そうですね。見た目は美少女にしか見えませんけど」
「ハルカもなかなか辛辣ですわね」
美少女にしか見えませんが、見た目は良し。邪神ツクヨの側近を務めているだけに、実力も確か。しかも、気遣いの出来る紳士。これ程の殿方、そうそういるものではありません。私は、彼、大和 勇に対する評価を数段階、上げました。
その後、私、ハルカと入浴を済ませ、最後にイサムが入浴。彼が張った大型のテントに入り、後は就寝までの自由時間。そして今は、3人で話が弾んでいます。特にイサムの話は非常に興味深い内容。邪神ツクヨと共にあちこちの世界を巡っているだけはあります。そして話題は、私達の持つ武器の事に。
「そういえばイサムの刀、前の奴と変わっていたね。あんな黒い刀じゃなかったけど? それに……言っちゃ悪いけど、凄く怖い刀だった。あれ、いわゆる、呪われた刀じゃないの?」
ハルカはイサムの黒い刀について聞きました。そして、あれは呪われた刀ではないかと。私もそう思いますわ。あんな強烈な禍々しい気を放つ武器など、初めて見ました。一体、どこで、どうやって手に入れたのでしょうか? そもそも、魔剣の類いは数の少ない貴重な品。そう簡単には手に入りません。
「ハルカの言う通りだよ。この刀の名は『凶刀 夜桜』。武器の本質、『殺害』を徹底的に追求した結果、生まれた刀。神魔はもとより、本来、これ以上死ぬ事の無い、死者さえ殺せる刀」
「……凄いね。死者さえ殺せるなんて」
イサムが言うには、死者さえ殺せる刀。その様な武器は初めて見ました。ハルカも驚いています。しかし、気になる事も。刀の名です。『凶刀 夜桜』。明らかに不吉な名。それに、あの禍々しい気。その事に関してもイサムは話してくれました。
「確かに、『殺害』という点においては、凄い刀だよ。事実、この刀を作った人も『最高傑作』と言っていたからね。でも、こうも言っていたよ。『最悪の失敗作』とね。ハルカ、ミルフィーユさん。どんなに優れた武器でも、制御不能な武器じゃ使えない。この『凶刀 夜桜』がまさにそれ。こいつは敵だけでなく、使い手にさえ死をもたらすのさ。だから『凶刀』なんだ。こいつは完成してすぐに、制作者の元から飛び出し、適当な奴に取り憑いて殺戮を行っては、最後に使い手を殺し、また次の宿主に取り憑く。それをひたすら繰り返してきたんだ。1000年前にやっと封印されたんだけど、それも徐々に破られそうになってきてね。結局、俺の手に渡ったんだ。使う様になったのは、最近だけど」
そのあまりに酷い内容に、私もハルカもドン引きです。ですが、その話の中で引っ掛かる点が有りました。『最高傑作にして、最悪の失敗作』。思い出すのは、胡散臭い笑みを浮かべた女狐。
「イサム、もしや、その刀を作ったのは、よろず屋 遊羅こと、真十二柱、序列十位。戯幻魔 遊羅ではありませんこと?」
「そうだよ。というか、ミルフィーユさん、あの女狐の事知っていたんだ」
「えぇ。以前、出会いまして。その際にこの魔剣を譲り受けましたの」
イサムに聞いてみた所、やはりそうでした。以前、女狐が言っていた内容と一致しましたし。しかし、女狐が最高傑作にして、最悪の失敗作と呼び、長きに渡り封印されていた刀を使い、しかも取り憑かれないとは。私は更にイサムに対する評価を上げました。
「ちなみにこの刀は魔器(真の魔王の使う品)なんだ。神器(真の神の使う品)や魔器は、今やほとんど残っていないし、作れる人に至っては、さっきの遊羅しかいない。何より、神器、魔器を作るには、真の神、真の魔王を犠牲にしないといけない。真の神魔が真十二柱しか残っていない現状、新しい神器、魔器は作れない」
神器、魔器がいかに貴重な品か語るイサム。彼は続けます。
「でもね、ハルカの小太刀はかなり、魔器に近付いているよ。ミルフィーユさんのペンダントの宝石は神器だし」
「そうなんだ!」
「やはり、そうでしたのね」
イサムの指摘にハルカは驚き、私は納得。
そうこうしている内に、夜を更けてきました。そろそろ寝なければなりません。幸い、大型のテントだけに、寝るスペースの余裕は有ります。ただ、問題は寝る場所です。女2人に、男1人。どうしようかと思いましたが、イサム、ハルカ、私の順番で並んで寝る事に。私を男から遠ざける辺り、ハルカの気遣いを感じます。ちなみにバコ様は隅で丸くなって寝ています。
初日から色々有りました。はっきり言って、疲れました。こういう日は、早く寝るべきなのですが……。そうは問屋が卸さない様でして!
真っ先に飛び出したのはイサム。起き上がりざまに、枕元の刀を掴んで引き抜き、テントを切り裂いて外へ。私達も、その後に続きます。そこへ間髪入れず飛来する、黒い炎の塊と、水の槍。どちらも巨大。生半可な手では防げません。
「炎魔滅却砲!」
「氷魔凍嵐砲!」
私達の最強魔法をもって迎撃。しかし、相殺するのがやっと。なんて威力ですの! ですが、驚いている暇など有りません。殺気を感じ、即座にその場から離脱。直後、地面が切り裂かれ、巨大な裂け目が。その大きさもさる事ながら、恐るべきはその深さ。底が見えません。
「2人共、大丈夫?!」
慌てて声を掛けてくるイサム。彼は刀を手にした若い女と相対していました。この斬撃は彼女の仕業ですか。しかし、私達もイサムの事を気にしてはいられない様でして。
私の前には黒いゴスロリ服を纏った黒髪の若い女。ハルカの前には槍を手にした、銀髪の若い女。黒い炎と水の槍は彼女達の仕業でしょう。そして彼女達の正体は……。
「ミルフィーユさん、気を付けてください! 灰崎 恭也の『人形』です!」
緊迫した表情で言うハルカ。やはり、そうでしたか!
「夜討ち、朝駆けは兵法の基本。お相手つかまつりますわ!」
遂に仕掛けてきた、『人形』達。長い夜になりそうですわね!
使い魔候補の生き物は未だに姿を見せず。しかし、ハルカ達の後を付いてきている模様。
そして、殺された竜種の死体から、自分達に対する当て付けを感じるハルカ達。剣、炎、水。自分達と同じ力。
その一方、ナナさんは手出しが出来ない状況にイライラ。そんなナナさんに、ツクヨは向こうに助っ人がいると告げました。かなりの使い手だそうですが。
そして、その夜。遂に灰崎 恭也の人形達による襲撃。即座に立ち向かうハルカ達。自分達と同じ力を使う『人形』達との対決。どうなる事か? 後、デブの三毛猫、バコ様は?
では、また次回。