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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第124話 ハルカの使い魔 使い魔候補は大根と赤カブ?

 ツクヨさんに言われ、ハルカの使い魔探しに同行する事になった、俺、大和(ヤマト) (イサム)。そこへ、ミルフィーユさんも加わり、3人で異世界へと旅立った。だが、この時の自分達がいかに甘かったか、色々な意味で後に思い知る羽目に。







「ハルカ、ミルフィーユさん、2人共、大丈夫?」


 コウの力で異世界へと転送された先は、一面に広がる草原。まずは、ハルカとミルフィーユさん、2人の無事を確認すべく、声を掛ける。


「うん、大丈夫」


「私も大丈夫ですわ。お気遣い、感謝致しますわ」


「そう、良かった」


 幸い、2人共、大丈夫との返事。まぁ、コウの転送なら、まず間違いは無いけどさ。それでも、安全確認はきっちりすべき。油断大敵とは、よく言ったもの。


 さて、俺自身は大丈夫だし、ハルカとミルフィーユさんの無事も確認した。だったら、さっさと使い魔探しに出発する所なんだけど、その前にやる事が有る。


「2人共、悪いんだけど、少し待ってくれるかな? ツクヨさんから渡された段ボール箱を開けないと。向こうに着いてから開けろと言われたし」


「うん、分かった」


「……気を付けてください。あの邪神ツクヨが渡した箱ですし」


 出発直前にツクヨさんから渡された、段ボール箱。両手で抱える程のサイズな上、やたらと重い。怪し過ぎる。ツクヨさんは、もしもの時の保険だと言っていたけど……。ツクヨさんの性格を考えるとね。とはいえ、間違っても危険物ではないと言っていたし、ハルカとミルフィーユさんの事を気に入っている以上、危険は無い……ですよね? と思った、その時。


 ゴソゴソゴソ!!


 俺が両手で抱える段ボール箱から、怪しい音が。中に何かいる! びっくりして箱を落としそうになったけど、すんでで耐える。ハルカ達も、突然の異変に驚いている。


「2人共、下がって!」


 すかさず2人に指示を飛ばす。さすがと言うか、すぐに2人共、その場から離れつつ、いつでも武器を抜ける体勢を取る。一方、俺は段ボール箱を静かに地面に置き、少し離れ、腰に差した刀をいつでも抜ける体勢で様子を伺う。段ボール箱からは、相変わらず、ゴソゴソ音がする。……中身は何なんだ? ツクヨさんは何を入れたんだ? 疑問は尽きない。ハルカ達も固唾を飲んで見守る。すると、箱の様子に変化が起きた。変な声? が聞こえてきたんだ。


『へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!』


 何だこれ? 変な声に首を傾げる。ん? この声……。ふと、頭の中で引っ掛かった。だけど、それ以上にハルカが驚いた。


「あの声は! イサム! すぐに箱を開けて!」


 えらく慌てた様子のハルカ。言われた通り、急いで段ボール箱を開ける。


「へーーーーーーーーー!!!」


 その途端、変な大声を上げて、段ボール箱の中から何か大きな塊が飛び出してきた。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 飛び出してきたのは、物凄く太った三毛猫。変な声を上げながら、変な踊りを始めた。何やってんの? こいつ。というか、こいつが『もしもの時の保険』ですか? と、そこへハルカがデブ猫の元へ駆け寄る。


「ツクヨに段ボール箱の中に閉じ込められたんだね、バコ様。全く、酷い事をするよ。もう大丈夫だからね。ほら、カニかまをあげるから」


 あぁ、そうだ。バコ様だよ。ハルカが最近、保護したデブの三毛猫。さっき、箱の中から聞こえた声が何か引っ掛かった訳だ。やっと納得。当のバコ様は、ハルカからカニかまをもらって食べている。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 カニかまを食べて、機嫌を直したらしく、変な声を上げながら、踊り出す。ふと、バコ様の入っていた段ボール箱を見ると中に手紙が。早速、読んでみる。


『邪神がそんなに親切だと思ったか? 反省しろ、バカ』


 ……………あの人は〜〜! まんまと一杯食わされた事を知り、かといって、ハルカ達の手前、八つ当たりも出来ず。やり場の無い怒りを感じていると、2人がやってきた。


「どうしたの? イサム」


「手紙ですわね。邪神ツクヨからですの?」


 今さら隠す訳にもいかず、手紙を見せる。文面を読み進める内に2人共、怒る。


「……相変わらず、嫌な性格してるな」


「全く同感ですわね!」


 そりゃ、保険と言われて渡された箱の中身が、役立たずのデブ猫だからね。で、当のバコ様はというと、さっきからずっと、歌って踊っている。頭がボケているだけに、空気が読めないらしい。


「まぁまぁ。2人共、落ち着いて。それよりも、これからどうするか考えよう。使い魔を探しに来たんだろう? 行き先とか決めようよ」


 とはいえ、いつまでもこの場にいても始まらない。今回の目的はハルカとミルフィーユさんの使い魔探しなんだから。


「それもそうだね」


「確かに、ここで騒いでも何も始まりませんわね。そうですわね、向こうに森が見えますわ。まずは、あそこを目指しましょう」


 ミルフィーユさんの提案で、とりあえず、近くの森を目指す事に。3人揃って歩き出す。バコ様はハルカが抱える。頭がボケているから、勝手にどこかに行かない様に。全く、とんだ足手まといだよ。


「2人に聞くけど、どんな使い魔が欲しいの? まずはその辺を決めておこうよ」


「そうだね。あまり大き過ぎない、穏やかな性格の使い魔が良いな。後、見た目がグロいのは勘弁」


「私もそんな感じですわね。出来れば貴族にふさわしい、優雅な使い魔が理想ですが」


「見付かると良いね」


「というか、見付からないと、ミルフィーユさんはともかく、僕は帰れないからね」


「また、ナナ様からの課題ですわね」


「厳しいな、ナナさん。分かった、頑張って見付けよう」


 2人にどんな使い魔が欲しいのか聞いたり、使い魔を見付けないと帰れないと、ハルカがナナさんの厳しさについて話したりしながら、歩く。2人共、良い使い魔が見付かると良いな。特にハルカは見付からないと帰れないし。








 ナナside


「おい、クソ邪神。さっきから、ウチのボケ猫の姿が見えないんだけど?」


 ハルカ達を送り出した後。いまだに帰らずリビングに居座るクソ邪神に、私は気になった事を尋ねた。あのボケ猫の姿が見えない。変な歌も聞こえない。いつも歌って踊っているか、寝ているかの二択だが、寝床にはいなかったし。すると、ニヤニヤ笑いながら、こう言いやがった。


「何だ? 今頃、気付いたのか?」


 まさか、こいつ。あの子達に持たせた段ボール箱の中身は……。私は思わず、問い詰めた。


「あんた! ボケ猫を箱に入れて渡したね!」


「その通り。言っただろう? 『もしもの時の保険』だと」


 ふざけた事をいけしゃあしゃあと抜かす、クソ邪神。


「ふざけるな! 何が『もしもの時の保険』だ! あんなボケ猫、役に立つか!」


 毎日毎日、食べる、踊る、寝る。後、所構わず、糞尿を漏らす。それしか出来ない、穀潰し。足手まとい以外の何者でもない。そんな奴をわざわざ持たせたのか。だが、クソ邪神は逆に私に尋ねた。


「まぁ、落ち着け。逆に俺から、伝説の魔女である『名無しの魔女』こと、ナナ・ネームレスに聞こう。あの三毛猫は、本当に『ただの頭のボケた三毛猫』か?」


 さっきまでのニヤニヤ笑いを引っ込め、真剣な表情のクソ邪神、いや、真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨ。


「………………違うね」


 私は、しばしの沈黙の後、答える。以前、保護したばかりのボケ猫を念の為、ファムの所に連れて行き、診察を受けた際、ハルカには内緒で伝えられた事が。


『ナナちゃん、よく聞いて。ハルカちゃんには頭のボケたお年寄りの三毛猫と伝えたけど、あれはそんな甘いものじゃない。『猫の姿をした何か』だよ。頭がボケているのは確かだけど』


 その言葉を思い出す。蒼辰国での大桃藩襲撃時にも、あのボケ猫絡みでおかしな事が起きたと、安国のハゲが言っていたね。


「さすがだな。安心しろ。俺とて、ハルカ達に死んで欲しくはない。ちゃんと理由が有って、持たせた。少なくとも、下手にお前が行くより役に立つさ」


 クソ邪神はそう言うと、缶ビールを煽る。おい、それウチの缶ビールじゃないか! しかし、それ以上に気になる事を言った。


「あのボケ猫が私より役に立つって、どういう事だい?」


「そのままの意味だ」


 尋ねるものの、答えをはぐらかされる。……これが並みの相手なら力ずくでも聞き出すんだけど、真十二柱の一柱たる邪神ツクヨには無理。


「……あのボケ猫は何者だい?」


「いずれ分かる。バコ『様』の名は伊達じゃない」


「ふん。やっぱり、私はあんたが嫌いだよ」


「邪神だからな」


 少なくとも、邪神ツクヨは『今の時点では』答える気は無いらしい。


「……無事に帰ってくるんだよ、ハルカ」








 イサムside


「そろそろ森に入るよ。準備は良い? 障害物が多い上に、見通しも悪いから、くれぐれも気を付けて」


 森が近付いてきたので、2人に注意を促す。俺自身も森に入る事に備え、腰に差した刀を背中に背負う。木に引っ掛かったら、困るし。悪いな『夜桜』。


「うん、分かった」


「了解ですわ」


 2人も準備を整える。幸い、ハルカは小太刀使い。ミルフィーユさんも、魔剣をナイフ並みのサイズに縮めているから、森の中で使う分には問題ない。俺も腰のベルトに差したナイフや、棒手裏剣を改めて確認。


「よし。じゃあ行くよ。分かっているだろうけど、絶対、無断で単独行動はしない。何か有れば、すぐに伝えて。途中、何度か休憩を挟み、正午になったら、昼飯にするからね」


 最後に注意事項を伝え、森に進入。あくまで今回の目的は使い魔探し。討伐じゃない。極力、余計な戦いは避けたい。







「ジャングルって程じゃないですね」


「油断は禁物ですわよ、ハルカ」


 森の中、3人揃って進む。ハルカの言う通り、ジャングル程、深い森じゃない。だからといって、油断は出来ないけど。俺が先頭に立ち、邪魔な立木なんかを切り払いながら道を開く。


「よく切れますわね、そのナイフ。どこで手に入れましたの?」


「良いナイフだよね、それ。高いんじゃないの?」


 2人は俺が道を切り開くのに使っているナイフが気になるらしく、聞いてきた。こういう辺り、実戦派だと思う。


「以前、知り合った狩人の爺さんの使っていた奴のパクりだよ。長年の経験に基づいた品だけに、こういうサバイバルじゃ凄く使いやすいんだ。欲しかったら、帰ってからコウに頼むと良いよ。あいつは、こういった品物の販売を取り仕切っているから。ただ、ハルカの言う通り、高いよ」


「どれぐらいのお値段なんですの?」


「そちらの通貨で言うと、最低でも10万マギカは下らないね。でも、売れてるよ。中堅以上の人達が、こぞって買っていく」


「なかなか、お高いですわね……。しかし、買って損は無さそうですわ。帰ったら、注文しましょう」


「僕も一振り、買おうかな? 小太刀が有るけど、ナナさんから、あまり人前で使うなと言われてるし」


 ハルカとミルフィーユさんも、買う気になったらしい。俺としても、これは買いだと思う。高いけど。特にハルカは使っている小太刀がとんでもない貴重品。最低でも国宝クラス。それを見て、ろくでもない事を企む奴が現れかねない。ショボい武器も困るが、あまりに良すぎる武器も困る。そういう点でも、予備は必要。


「俺もこれは買いだと思うよ。高いけど、それだけの値打ちは有る。ケチって死んだら、笑えない」


 何でも高ければ良いってもんじゃないが、やっぱり自分の命を預ける品は、高くても、信頼出来る品に限る。


「さ、行くよ。はぐれないでね」


 ナイフ談義はこれぐらいにして、先を急ぐ。使い魔探しが本命だからな。2人と共に、森の先へ。果たして、何が出るのか?








 森の中を進む事、4時間程。時計を見たら、午前11時を廻っていた。今は、今日、何度目かの休憩。使い魔探しをしていたけれど、結果はおもわしくなかった。


「良いのがいませんね」


「そうですわね。これだ! と思えるのと、さっぱり出会えませんわね」


 途中、色々と出会ったものの、2人が言うには、どうも『違う』らしい。俺には分からないけど。2人からすれば、いつまでも『これだ』というのが見付からないせいで、かなり堪えている。それになぁ。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


「……バコ様、頼むから少し静かにしてくれないかな?」


 ハルカが抱っこしている、デブ猫のバコ様。ひたすら、変な歌? を繰り返すせいで、余計な獣なんかを引き寄せてしまう。おまけにじっとしてないし。ハルカは落とさない様に、必死で抱っこしていた。そんな状況だから、ハルカは満足に戦えない。いい加減、ハルカもイラついている。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 そんなハルカのストレスなど知らんとばかりに、歌うバコ様。……もう、その辺に捨てた方が良いんじゃないかな? もっとも、どこかの飼い猫らしいから、それは出来ない。困ったもんだ。


 これは、少し早めに昼飯にした方が良さそうだな。ハルカの状態を見て、俺はそう判断する。人間、腹が減ると、余計イライラするからな。特にツクヨさんはその傾向が強い。あの人、腹が減ると、無茶苦茶するからな。


「ちょっと早いけど、昼飯にしよう。焦る事はないよ。じっくり探そう。イライラしたって、仕方ない」


 こういう場所で冷静さを失うのはヤバい。ここは昼飯にして、一旦、気持ちをリセットしよう。それに腹も減ったし。ちょうどその時、腹の虫。見れば、顔を真っ赤にしているミルフィーユさん。


「私とした事が! ……お恥ずかしい限りですわ」


 恥ずかしそうに俯いている、ミルフィーユさん。そうか、ツクヨさんのせいだな。朝早くにいきなり、今回の使い魔探しについて知らされたから、満足に朝飯を食べていなかったんだ。よく、倒れなかったな。これは、早く昼飯にしないとな。ハルカも察したらしい。


「別に恥ずかしい事じゃないですよ。イサムの言う通り、お昼にしましょう」


 ある意味、ミルフィーユさんのファインプレイ。イラついていたハルカが落ち着きを取り戻した。とりあえず、結界を張り、昼飯を食べる事に。








 結界を張り、安全を確保した上で、昼飯タイム。やっぱり、人生において、食事は最大の楽しみだよな。地面にレジャーシートを敷いたその上に座り、俺は亜空間収納バッグから、ツクヨさんお手製の弁当を取り出す。それを見て、2人が驚く。


「うわ……重箱三段重ね」


「それ、1人で食べますの?」


 ツクヨさんが持たせてくれたのは、重箱三段重ねの弁当。渡された時点では、何考えているんだ? バカじゃないの? と思ったが、今なら、なぜ渡してきたか分かる。


「ミルフィーユさん、お弁当無いんですか?」


「……えぇ。今朝早くに、いきなり、今回の件を聞かされたせいで、お弁当を用意する暇が有りませんでしたの」


 俺とハルカが弁当を出したにもかかわらず、ミルフィーユさんは出さなかった。考えてみれば、ツクヨさんのせいで、朝飯も満足に食べられなかったんだ。ましてや、弁当なんか用意する暇は無い。俺には、ツクヨさんの考えが今になって分かった。そういう事ですか。


「ミルフィーユさん、良かったら、どうぞ。俺一人じゃ、多過ぎるんで」


 三段重ねの重箱をミルフィーユさんに差し出す。ミルフィーユさんは、それを見て、困惑の表情を浮かべる。


「……お心遣いはありがたいのですが、私はスイーツブルグ侯爵家の娘。軽々しく、施しを受ける訳には」


 プライドが高いだけに、手を付けようとはしない。中々、厄介な性格だな。力ずくという訳にもいかないし。しかし、身体は正直。


 グゥ〜〜


 またしても鳴る、腹の虫。二度も聞かれたのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いてしまう。そこへハルカが助け船。


「ミルフィーユさん、せっかくイサムがこう言ってくれているんです。ここは、ご厚意に甘えましょう。しっかり食べないと保ちませんよ? 今はプライドより、腹ごしらえです」


 ハルカにそう言われて、ミルフィーユさんも折れた。


「……そうですわね。私とした事が、プライドに囚われて、大局を見失っていましたわ。イサムさん。ご厚意に甘えさせていただきますわ」


「どうぞどうぞ。さっきも言いましたけど、俺一人じゃ多過ぎるんで。ハルカもどうぞ」


「ありがとう。ごちそうになるね」


 ハルカにも三段重ねの重箱弁当を勧め、昼飯の始まり。ツクヨさん、こうなる事を最初から、分かっていたんだな。








 レジャーシートの上には、3つの重箱。もっぱら、俺とミルフィーユさんが食べている。ハルカは自作の弁当を食べている。


「この唐揚げ、絶品ですわね。邪神ツクヨが作ったのでしょう?以前にも、彼女の手料理を食べましたが、素晴らしい腕前ですわね」


「ツクヨさんは、あの性格だけど、家事万能だからね。本当、あの性格さえ無ければ、素晴らしい優良物件なんだけどね。あの性格さえ無ければ」


 ミルフィーユさんは、ツクヨさんお手製の唐揚げを食べて絶賛。それ以外の料理にも舌鼓を打っていた。ハルカも幾つか料理を食べて、何とも複雑そうな顔。


「……何か、以前より差を広げられた気がする」


 料理上手を自負するだけに、ツクヨさんに対し、対抗意識を持っているらしい。


 まぁ、それはともかく、昼飯の時間は平和に過ぎていく。しかし、そこで異変が起きた。ハルカが自慢の料理のだし巻き玉子を食べようとした、その時。


「あっ!?」


 突然、飛び出してきた『白い何か』が、ハルカが箸で掴んでいた、だし巻き玉子をかっさらって逃げた。まさに一瞬。俺達の誰も反応出来なかった。だが、それ以上に、重大な問題が有る。


「結界を張っていたのに……」


 予想外の事態に呆然と呟くハルカ。そう、俺達は昼飯を食べるにあたり、周りに結界を張っておいた。そう簡単には破られはしない。にもかかわらず、ハルカがだし巻き玉子を盗まれた。これは一大事だ! だが、そこへ更なる追い討ち。


「キャッ!?」


 今度はミルフィーユさんの悲鳴。そっちを見れば、『赤い何か』が、凄い速さで森の奥へと消えていった。


「何ですの、今のは?! 凄い速さでしたわ! ……あっ、私の唐揚げが!」


 こっちは唐揚げを取られたらしい。食べ物狙いの泥棒か。それ自体は別におかしい事じゃない。問題は結界が張ってあったにもかかわらず、なおかつ、俺達に悟られる事なく、食べ物をかっさらっていった事だ。この場を早く離れるべきかと考えていると、ハルカとミルフィーユさんが、揃って何か考えている様子。どうしたんだろう? おかずを取られて怒っている……のは無いか。


「どうしたの2人共?」


「うん、ちょっとね。さっきの白い何かの事が気になって」


「私は赤い何かの事が」


 聞けば、2人共、さっきのおかず泥棒が気になるらしい。もう少し、詳しく聞いてみよう。


「どういう事か詳しく話してくれないかな?」


 すると、ハルカが説明してくれた。


「ナナさんに言われたんだけど、良い使い手と使い魔。つまり、契約すべき相手同士はお互いに分かるんだって。で、今日は色々探したんだけど、『何も感じなかった』」


 その辺は俺も聞いた。色々出会ったものの、2人共、『違う』、『これじゃない』を連発してたし。ハルカは更に続ける。


「でもね。さっきのおかず泥棒だけど、出会った時に、何と言うか、『ビビッ』と来たんだ。その時、分かったんだ。『これだ』って。……でも、あっという間に逃げちゃったけど。


 なんと、ハルカはだし巻き玉子を盗んで逃げた『白い何か』に『当たり』だと感じたそうだ。となると、ミルフィーユさんもか。念の為、聞いてみる。


「あの。もしかして、ミルフィーユさんも……」


「えぇ。私もハルカと同じですわ。先程の唐揚げを盗んで逃げた『赤い何か』に対し、ハルカの言う様に『ビビッ』と感じましたわ。今日、色々出会っても何も感じなかったにもかかわらず。あれこそ、『当たり』と私も考えますわ」


 どういう運命のいたずらか。自分達のおかずを盗んだ何かに対し、自分にふさわしい使い魔だと感じた、ハルカとミルフィーユさん。でもね……。


「失礼だけど、2人共、そいつがどんな奴か分かる?」


 おかず泥棒の特徴について聞いてみた。しかし、2人共、困った顔。


「どんな奴って、言われても……」


「そうですわね。ほんの一瞬でしたし」


 そうだろうと思った。突然、現れ、あっという間におかずを盗んで逃げていったせいで、どんな奴なのか、はっきりしない。俺もはっきり見ていないし。


「とりあえず、大きさについて考えてみよう。俺も一瞬しか見てないけど、そんなに大きくなかったと思う」


「そうだね。少なくとも、バコ様よりは小さかったかな? 後、何だか、大根に似ていた様な……」


「私の方はわりと大きめに感じましたわ。ずんぐりした感じの。ハルカ風に言えば、カブの様な……」


 一瞬だっただけに、はっきりした事は分からないけど、それでも2人は、おかず泥棒の特徴について話してくれた。とりあえず、そんなに大きくない事だけは確かだろう。でも、それだけだ。現状、正体不明。








「2人に聞くよ。どうしたい?」


 昼飯も終わり、俺は2人に聞いた。逃げていった、おかず泥棒にして、2人が『当たり』と感じた『何か』について。


「出来れば今すぐにでも、後を追いたいけど……」


「下手に深追いするのは危険ですわね。特に見知らぬ土地での単独行動は、最悪、死に直結しますもの」


 やっぱり2人は優秀だな。目先の欲に囚われず、ちゃんと現実を見ている。ヒーロー気取りのバカには出来ないんだよな、これが。


「俺も深追いには反対だな。危険だ」


 俺も深追いには反対。2人にもしもの事が有っては困る。それに、俺には一つの考えが有った。一応、確認を取るか。


「ハルカ、確か、契約すべき相手同士はお互いに分かるんだよね?」


「うん、そうだよ」


 そうか。だったら……。俺は自分の考えを話す。


「だったらさ。ハルカとミルフィーユさんが『当たり』と感じた様に、向こうも感じたはずだよ。そして、それを理解するだけの頭が有るなら、向こうから何らかの動きが有ると思う。……もっとも、向こうにそれだけの頭が無いと話にならないけどね。まぁ、その場合は諦めて、他を当たろう。そんなバカじゃ、使い魔として役に立たないだろうし」


 ここまで言うと、一息付く。どうかな? ハルカ達の反応を見る。俺はあくまで剣士。魔道は専門外だからな。……怒らないかな?


「確かにイサムの言う通りだね。こちらが『当たり』と感じたからには、向こうも同じはずだよ」


「そして、それを理解するだけの知性が有るなら、こちらに対し、何らかの行動を起こすでしょう。逆にそれを理解出来ない、知性の無い者なら、もとより契約を交わす価値など有りませんわ」


 幸い、2人共、俺の意見に賛成してくれた。怒らせたら、どうしようかと思ったよ。いるからね〜、他人の意見を聞きもしないで否定する奴。


「俺が思うに、多分、こちらを観察した上で、その内、接触してくるんじゃないかな? 保証は出来ないけど。もし、上手く接触出来たなら、そこから先は、君達次第だよ」


 最後に自分の意見を言って締めくくる。


「そうだね。上手くいくと良いけど」


「そればかりは、その時にならなければ分かりませんわね」


 話し合いも終わり、再び探索に。もし、おかず泥棒達が見ているなら。十分な知性を持っているなら。間違いなく、動く。








「ところで、こいつ、何の役にも立たないね。野生のカケラも無いよ」


 出発を前に、俺は思った事を話す。俺の視線の先には、デブの三毛猫。大イビキをかきながら、寝ている。こいつ、昼飯の騒ぎの時も、ブーブーとイビキをかいて寝ていた。


「仕方ないよ、イサム。バコ様はお年寄りだからね」


 ハルカが擁護するものの、こいつが役立たずな事には変わりない。


「今さら言っても、仕方ありませんわ。何が起こるか分からないのが実戦。足手まといぐらい、どうにかしてみせろという事でしょう」


「そうですね。むしろ、何もかも上手くいく方がおかしいですし」


「2人共、たくましいね」


 何の役にも立たない、頭のボケたデブ猫を押し付けられたのに、怒らないミルフィーユさん。ハルカも、何もかも上手くいく方がおかしいと語る。ままならないのが現実。ご都合主義なんか、フィクションの世界だけだ。







「それじゃ、一旦、森を出ようか」


 俺は森から出ようと提案。もちろん、理由有っての事だ。


「どうして?」


「せっかく、使い魔候補に出会いましたのに」


 理由を聞いてくる2人に説明。


「それはね。さっきも言ったけど、向こうもこちらに対して、『何か』を感じたはず。バカじゃなければ。そして、こちらに対し、関心なり、興味なり、持っているなら、きっと付いてくる。それに、こんな森の中じゃ、どんな奴か確認しづらいし、捕まえにくい」


 俺の意見を聞いて、2人共、納得してくれた。


「なるほどね。確かにこちらに対し、関心や興味が有るなら、交渉する気が有るなら、付いてくるだろうね。逆に興味が無いなら、それまでと」


「それに森の中では色々とやりづらいですわ。こちらのやりやすい場所に引きずり出すという事ですわね」


 2人共、理解が早くて助かる。そうと決まれば森を出よう。ただし、決して急がずに。そして、俺達は森の外へと向かう。


「………………やっぱり、来た」


 ハルカとミルフィーユさんは気付いていないが、さっきから、後ろから何かが2つ付いてくる。かすかな音。小さな揺れ。間違いない、付いてきている。何かは知らないけど。やがて森も終わりが見えてきた。向こうに草原が見える。


「ハルカ、ミルフィーユさん。今度は草原の方を探してみよう。何か良いのがいるかもね」


「そうだね。僕としては、明るい所で一息付きたいよ。森の中は薄暗くてね」


「同感ですわ。間違っても気分の良い場所ではありませんもの」


「そりゃ、森林浴の為に整備された森じゃないからね」


 あえて、後ろから付いてきている『何か』は無視。それでも付いてくるかどうか? 試している。


「早く行こう。僕は使い魔が見付からないと帰れないんだから」


 ハルカのその言葉を受けて、草原へと踏み出す。どうだ? 気配を探る。………………『いた!』


 少なくとも、1つは来ている。もう1つは分からない。その事を2人にこっそり伝える。


「そう。どっちか分からないけど、1つは来ているんだ」


「しかし、姿は見えませんわね」


「今はまだ知らないふりをして。下手に動いて怒らせたら、台無しだ」


 向こうが明らかにこちらに関心や興味を持って、付いてきているんだ。無理に接触して怒らせたらいけない。今はまだ知らないふりをする様に指示を出す。その間も、向こうは付かず離れずの距離を保ちながら付いてきている。姿は見えないけど。そんなこんなで草原を歩いていると、向こうに何か大きな物が。そして、その方角から吹いてきた風に乗って流れて来たのは……。『独特の異様な匂い』。ハルカとミルフィーユさんの表情が引き締まる。俺達はそこへと向かう。







「…………酷い」


「野生動物の仕業ではありませんわね。明らかに人為的ですわ」


 そこに転がっていたのは、大型動物、3体の死体。だが、それはミルフィーユさんの指摘した様に、人為的に殺されたもの。しかも、かなりの手練れだ。何せ死んでいたのは、竜種だからだ。そんじょそこらの奴には殺せない。更に、牙、角を始め、徹底的に解体されていた。何より、その死体から感じる『力』の残り香。俺はそれを『良く知っている』。何て事だ!


「……この感じ。まさか!」


 その声はハルカ。彼女も青い顔をしていた。そうか、ハルカも『既に知っていた』っけ。ただ一人、状況が分からないミルフィーユさんは困惑の表情を浮かべる。


「2人共、一体、どうしましたの? 確かにこの死体は人為的に殺された物ですし、嫌な感じの魔力の残り香を感じますが……」


 俺はハルカの方を見、彼女がうなずいたのを確認した上で話す。


「ミルフィーユさん、良く聞いてください。こいつらを殺したのは、灰崎 恭也の『人形』です。この感じ、間違いない」


 その言葉にさすがのミルフィーユさんも絶句。ハルカも辛そうに俯く。俺達は使い魔探しに来たのに……。性格悪いにも程が有るだろ!! 灰崎 恭也!!




使い魔探しを始めたハルカ達。そんなハルカ達の前に現れた謎の生き物。白い大根の様な何かと、赤カブの様な何か。現時点では正体不明。しかしハルカ達は、その生き物こそ『当たり』と感じました。


その生き物が、こちらに対して興味や関心を持っているか。十分な知性が有るかを試すべく、森から出た所、少なくとも、片方は付いてきている模様。


一方、ナナさん達。頭のボケた、デブの三毛猫。バコ様についての考察。実は猫ではなく、猫の姿をした何かとの事。邪神ツクヨは明らかに何か知っていますが、教えてくれません。


そして、灰崎 恭也の送り込んだ刺客の存在に気付いたハルカ達。使い魔探しも含め、どうなる事か?


では、また次回。

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