第123話 ハルカの使い魔 ハルカ、使い魔探しに旅立つ
「ただいま」
「ふん。今帰ったよ」
安国さんのお店からの帰り、迎えに来てくれたナナさんから、ツクヨ達が来ていて、夕飯を要求していると聞かされ、急遽、予定を変更。スーパーで買い物をして帰ってきた。豚肉の薄切りが安かったから、今日は味噌仕立ての鍋にしよう。キムチ鍋も悪くないけど、あいにく、この辺ではキムチ鍋の元が無い。探せばどこかに似たような物が有るかもしれないけど。とにかく、今夜は鍋。僕とナナさんは荷物を持って、キッチンに向かう。早く、夕飯にしないと。
「おう、帰ってきたか」
「あっ! このクソ邪神、何、勝手に私のビール飲んでるんだい!」
キッチンに入って早々、怒るナナさん。ツクヨが勝手にナナさんの缶ビールを飲んでいたからだ。相変わらず、傍若無人だなぁ。呆れながら、買ってきた物の内、すぐには使わない物を冷蔵庫にしまう。ナナさんとツクヨの口論はこの際、無視。すると、こっちに飛び火してきた。
「ハルカ! あんたも黙ってないで、このクソ邪神に何とか言いな!」
ナナさん、自分の缶ビールを勝手に飲まれて、カンカン。確かあれ、普通の奴より高い、高級ビールだっけ。もっとも、お酒を飲まない僕からすれば、ビールの良し悪しなんて関係無い。
「分かりました。ツクヨ、勝手にウチの缶ビールを飲まないでください。それ、高級なビールなんですから」
とはいえ、黙っているとナナさんがうるさい。仕方ないから、一応抗議する。ツクヨの性格からして、無駄だろうけどね。
「そりゃ悪かったな。しかし、伝説の魔女ともあろうお方が『この程度』のビールをありがたがるとはな。いやはや、この邪神ツクヨもびっくりだ」
案の定、嫌味で返してくる。自分の飲んでいる缶ビールをバカにされて、ますます怒るナナさん。
「悪かったね! 『この程度』のビールをありがたがる魔女で!」
まずい。これはいい加減、止めないと。キッチンを壊されたら困るし、何より、ナナさんとツクヨが衝突したら、ナナさんに勝ち目は無い。真十二柱の強さ、恐ろしさは身に染みて知っている。
「ナナさん! やめてください! ツクヨも煽らないでください! もう! 邪魔ですから、リビングに行ってください! 良いですか? くれぐれも騒がないでくださいね? 騒いだら、夕飯無しですからね!」
こういう時の最終手段。ご飯抜き宣言。その効果はてきめん。
「そりゃ困るよ! 分かったよ、ここは退くよ。ほら、さっさとリビングに行くよ、クソ邪神」
「誰がクソ邪神だ。だが、夕飯無しは俺も困るな。分かった、リビングに行こう」
とりあえず、2人共、その場は引き下がってくれた。全く、生きた心地がしなかったよ。どっちも僕より遥かに強いからね。さ、早く鍋の支度をしないと。コンロと土鍋を取り出し、テーブルの上にセット。更に豚肉を始め、鍋の食材を取り出し、調理開始。
それからしばらく。鍋がグツグツと良い感じで煮えてきた。味噌仕立ての鍋スープから、濃厚な香りが漂う。うん、完成だね。鍋が出来上がったのを確認したので、みんなを呼ぶ。
「ご飯ですよ!」
すると早速、みんなやってくる。一番手はナナさん。一番の上座に座る。これは僕がお屋敷に来る以前からの決まり。ナナさんはこのお屋敷の主人だからね。
「お〜、美味そうだね」
土鍋の中で煮えている豚肉を見て、嬉しそうなナナさん。お肉が大好きだし。
続いてツクヨ達が来た。普段は僕とナナさんの2人分しか椅子が無いので、用意した椅子に座る。ちなみにナナさんを起点として時計回りに、ナナさん、僕、イサム、ツクヨ、コウの順番。ナナさんとツクヨを隣同士にしたら、揉めるのが目に見えているし。
「では、ナナさんお願いします」
「分かったよ。全員揃ったので、いただきます!」
「「「「いただきます」」」」
お屋敷の主人として、ナナさんがいただきますを言い、それに僕達が続く。さ、夕飯の始まりだ。各自、鍋へと箸を伸ばす。
「ナナさん! お肉ばかり食べないで、ちゃんと野菜も食べてください!」
「うるさいね。こういう鍋は肉がメインだろ。メインを食べなくてどうするんだい」
お肉ばかり食べるナナさんにお説教。もはや恒例のやりとりだけど、一向にナナさんは改めてくれない。
「あの、ハルカ。おかわりお願い」
そこへ空になったお茶碗を差し出すイサム。
「あ、うん、分かった」
差し出されたお茶碗を受け取り、ご飯を盛って返す。
「はい」
「ありがとう」
お茶碗を受け取り、また食べ始めるイサム。それを見てツクヨが囃し立てる。
「ククッ、夫婦みたいだな、お前ら」
すると怒る人が1人。
「おい、クソ邪神。ふざけた事を抜かすんじゃないよ!」
お茶碗片手に、キレるナナさん。まずい、止めないと!
「ナナさん、落ち着いてください! 夕飯の席ですよ! ツクヨも余計な事を言わないでください!」
急いで、ナナさんを止めに入り、ツクヨにも余計な事を言わないでと言う。もう! 相性悪いな、この2人!
「ツクヨさん、ハルカの言う通りです。余計な事を言わないでください。ハルカに迷惑です」
イサムもツクヨに余計な事を言わないでくださいと意見。それを聞いて、ツクヨも一応、引き下がる。
「……実際、似合いの2人と思うんだがな。まぁ、良いさ」
そう言って、再び鍋をつつく。頼むから騒ぎを起こさないで欲しい。ちなみにその間、コウは我関せずとばかりに鍋をつついて、お肉を独占していた。
「「あっ! 肉が無い!」」
ナナさんとツクヨが見事にハモる。……相性が良いのか、悪いのか、分からない2人だな。とにかく今は追加のお肉を入れよう。
さて、追加のお肉を入れ、煮えたそれを食べながら、ナナさんが話を切り出した。
「ハルカ。食べながらで良いから聞きな」
「何ですか?」
ナナさんは僕に話が有るらしい。ツクヨ達も鍋を食べながら、聞いている。
「ハルカ。あんたも魔女のはしくれ。そろそろ使い魔を従えないといけないよ」
「使い魔ですか?」
ナナさんは僕に使い魔を持つように告げた。でも、なぜ今? そう思っていると、またしても余計な口出しをする人……じゃなくて邪神。
「ほう、面白そうだな。俺も噛ませろ」
「黙れ! クソ邪神!」
余計な口出しに、怒るナナさん。ツクヨ、貴女、ナナさんを怒らせないと気が済まないんですか? ともあれ、ナナさんをなだめないと。
「ナナさん、落ち着いてください。ツクヨ、さっきも言いましたけど、余計な事は言わないでください。今、ナナさんは僕と話をしているんです」
「そりゃ、悪かったな。俺は面白そうな事は見逃したくなくてな」
ナナさんをなだめつつ、再びツクヨに注意。でも、全然堪えてないね。とにかく、ナナさんに話を続けてもらおう。
「ナナさん、続きをお願いします」
話の続きを促すと、ナナさんも気を取り直して話を再開。
「……分かったよ。実はね。最近、あんた絡みで、魔女界の奴らがあれこれうるさくてね。特に最近は使い魔を売り込もうって手合いが多いんだよ。ほら、これ」
そう言ってナナさんが空中から取り出したのは、大量のカタログ。その量だけでうんざりする。
「なるほど。伝説の魔女の唯一の弟子にして、期待の超新星たるハルカ・アマノガワ。その彼女に自分の所の使い魔を売り込めたなら、大変な箔が付きますからね」
ナナさんの取り出した大量のカタログを見て、コウが淡々と語る。
「人気者は大変だな、ハルカ」
「ツクヨさんの所にも、その手のカタログが山程、来ますからね」
ツクヨ達も同じ様な目に合っているらしい。しみじみと言う。ツクヨは神様だから、もっと凄いんだろうな。そんな中、ナナさんは語る。
「私としては、こんな下心満載な話なんか、元より却下だ。だが、あんたが使い魔を従えない限り、いつまでも寄越してくる。それに、あんたの実力から見ても、そろそろ使い魔を従えても良い時期だ。という訳だから、ハルカ。自分にふさわしい使い魔を探して、従えるんだ。良いね?」
「……分かりました」
確かにナナさんの言う通りだと思う。カタログを送ってくる人達は明らかに下心満載。とてもじゃないけど、信用出来ない。それにナナさんは無理な事は言わない。僕が出来ると判断したからこそ、この話をしたんだ。ならば、ナナさんの言う通り、使い魔を探しに行こう。でも、どこで、どうやって探すのかな? その事について、ナナさんに聞いてみた。
「ナナさん、使い魔を従えるにしても、具体的にどうやるんですか? 自分で探しに行くのか、それとも召喚するのか、その辺が知りたいです」
「あぁ、その事かい。当然、自分で探しに行くんだよ。そして、自分の実力を示すなり、交渉するなりして、使い魔と契約を交わし、従えるのさ」
ナナさんの答えは前者。自分で探しに行くそうだ。そうだろうと思っていたけど。ナナさんは話を続ける。
「まぁ、最近は召喚したり、さっきカタログを見せた様に、使い魔専門の業者から買うのが増えてる。だが、私から言わせれば、そんなもんは邪道だ。昔はね、優秀な使い魔を従える魔女は、そりゃ魔女界で幅を効かせたもんだよ。それだけの実力が有るって事だからね。使い魔の格が魔女のステータスだったのさ。ハルカ、あんたも私の弟子である以上、召喚だの、ましてや業者から買うだのは無し。自力で使い魔を従える。これも修行だよ」
「分かりました」
「物分かりの良い子は好きだよ」
最近は召喚や、業者から買うのが増えているらしい。分からないでもない。その方が比較的安全だし、手っ取り早い。召喚なら、事前に自分の手に負える範囲内に設定する事で、手に負えない危険な何かが呼ばれるのを防げるし、業者なら、それこそカタログを読むなり、実際に店を訪れるなりして確かめる事が出来る。
でも、それじゃ修行にならない。ナナさんはそんな横着なやり方は認めない。古臭い考え方と言う人もいるだろう。でも、僕はナナさんのやり方に従う。確かな実力と実績を持つ師匠だからね。
「まぁ、すぐに行けとは言わないよ。色々準備も必要だし。数日、準備期間をやるから、ちゃんと準備を整えるんだよ。良いね?」
「はい」
とはいえ、さすがのナナさんもすぐに行けとは言わない。準備も必要だし、僕自身、しばらくサボっていたせいで本調子じゃない。数日掛けて、本調子に戻さないと。そう考えていると、突然、ツクヨが口出ししてきた。
「アホかお前ら。明日の朝イチで行け。悠長な事なんかしている暇は無いぞ」
また爆弾を投下してきたよ……。
「誰がアホだ! クソ邪神! さっきから余計な口出しばっかりしやがって! 飯食ったなら、さっさと帰れ!」
度重なる余計な口出し。その上、アホ呼ばわりされて、怒ったナナさん。しかし、ツクヨは動じず、冷静に反論してきた。
「忘れたのか? ハルカは灰崎 恭也に狙われているんだぞ。あいつがいつ、どこで、どうやって仕掛けてくるかは分からん。それに対抗する為にも、ハルカの強化は必須。それにハルカ。君はしばらく修行をサボっていたな? なまった身体を鍛え直すのは楽じゃない。この際、荒療治だが、実戦を持って鍛え直す。ただ、君一人じゃ、心配だからな。護衛としてイサムを付ける。文句有るか?」
「…………ちっ!」
ツクヨの言葉にナナさんは、しばしの沈黙の後、悔しそうに舌打ちをする。そして嫌そうな表情を浮かべながら、ようやっと口を開く。
「確かにあんたの言う通りだね。私達が甘かったよ。先日、雪崩と自爆の二段構えの襲撃を食らったばかりだしね。灰崎 恭也がいつ、どんな形で仕掛けてくるか分からない以上、ハルカの強化は急務か。使い魔探しにかこつけて、ハルカの強化も計ると」
ナナさんの凄い所は、どんなに嫌いな相手の意見でも、それが正しい、役に立つと判断したなら、それを受け入れる事。ナナさんはツクヨが嫌いな事を抜きにして、その提案を受け入れた。大人の判断だ。
「さすがに話が早いな。助かる。行き先に関してはこちらが受け持つ。護衛はさっきも言ったが、イサムを付ける。実力は申し分ないし、それにあいつは紳士だ。ハルカに手を出したりはしない。言っておくが、ナナ。お前は留守番だからな。分かっているはずだ。お前が付いて行ったら、魔女界の反、名無しの魔女派の奴らがここぞとばかりに叩いてくる。所詮、師匠頼みのクズだとな」
「あぁ、そうだね。……いい加減、始末するかね?」
「今はやめとけ。……後で手伝ってやる」
急遽、決まった明日の予定について、ナナさんとツクヨが内容を詰めていく。何か、最後の方はコソコソ話していたけど。
「悪いね、ハルカ。予定変更だよ。明日の朝イチにここを発つ。さっさと片付けて、支度を始めな」
「分かりました」
いきなりの予定変更だけど、仕方ない。僕は灰崎 恭也から狙われている。それに対抗すべく、強くならないといけない。悠長な事はしていられない。でも、今は、食べ終わった食卓の後片付けをしよう。
翌朝。普段より1時間早い、午前5時に起きた。ツクヨとの打ち合わせの結果、午前7時にここを発つ事に。当初の時点では、ツクヨは夜明け前に出ろと言っていたけど、話し合いの末、こうなった。とにかく、今朝は忙しい。急いでシャワーを浴びて、メイド服に着替え、朝ごはんの支度と、お弁当作りを平行してこなす。
午前六時少し前にナナさんを起こしに。ベッドに連れ込まれそうになる、いつものやり取りを乗り越え、早めの朝ごはん。今朝のメニューは、昨日、安国さんから貰った小倉あんを使った、小倉トースト。忙しい朝に良いね。ナナさんにはコーヒーのブラックを淹れ、僕はミルク。野菜のサラダも添えて、今朝の朝ごはんのメニューは完成。
「それじゃナナさん。お願いします」
「分かった。いただきます」
「いただきます」
ナナさんのいただきますを合図に朝ごはん開始。
朝ごはんを食べながら、話をする。話題は当然、使い魔探しについて。
「今回の行き先ですけど、どんな所なんでしょうね? ツクヨが決めた場所だから、安全……ではないでしょうね。それじゃ、修行になりませんし」
「そうだね。あのクソ邪神が選んだ場所だ。半端じゃないだろうさ。だが、その分、格の高い使い魔を従えるチャンスでもある」
今回の行き先。詳しい事はツクヨが話してくれなかったから、分からないけど、わざわざ『荒療治』と言うぐらいだ。危険な場所なのは間違いないと思う。そして、その危険性に見合うだけのメリットも有るはず。この場合、優れた使い魔を従えるチャンスが。……僕が死ななければというのが大前提だけど。
「それにしても、使い魔ですか。どんなのを選べは良いんでしょう? やっぱり、黒猫とかですか?」
使い魔を従えろと言われてもね。イメージとしては黒猫とか、その辺のイメージ。本物の魔女であるナナさんに聞いてみる。
「その辺は人それぞれだよ。デカい魔獣を従える奴もいれば、ネズミや小鳥といった小動物を従える奴もいる。ぶっちゃけ、使い手の求めるもの。そして、使い手との相性。その組み合わせで決めるんだ。例えばスパイや暗殺者だったら、潜入、隠密に向くネズミみたいな小動物を従えるだろう。長距離を旅するような奴なら、持久力、運搬力の有る、大型種を従えるだろう。要はあんたが使い魔に何を求めるかさ」
「そうなんですか。だったら、あんまり大きいのは困ります。後、狂暴な性格なのも」
「まぁ、妥当な意見だね。後、私から言わせてもらえば、世話のめんどくさい奴も却下」
「なるほど。そうですね」
ナナさんが言うには、その人が使い魔に対し何を求めるか。そして、使い魔との相性。それで決めるらしい。なら、僕の場合、まず、狂暴な性格なのは無し。大型種も無し。場所を取るし。ナナさんの言うように、世話が大変なのも却下。特殊な餌しか食べない奴とか。やっぱり、黒猫辺りになるかな。
「まぁ、その辺はあんたが決める事さ。一つアドバイスをやるけど、本当に相性の良い使い手と使い魔は、お互いに分かる。出会えるかどうかは知らないけどね」
ナナさんはそう言うと、小倉トーストの最後の一切れをコーヒーで流し込む。
「ほら、さっさとあんたも食べな。ぐずぐずするんじゃないよ!」
「はい!」
慌てて僕も食べかけの小倉トーストをミルクで流し込む。のんびりしている場合じゃなかったよ。
「そろそろ時間なんですけどね」
「ちっ! 待ち合わせには10分前には来いってんだよ!」
朝ごはん及び、後片付けを終わらせ、リビングでツクヨの到着を待つ。既に、時間は午前7時前。出発は午前7時と言っていたくせに、いい加減だな。ナナさんも怒っている。でも、ナナさん。貴女も大概、時間にルーズですからね。と、そこへ呼び鈴の音。来たみたいだ。
「来たみたいですね」
「ふん! 遅いんだよ」
ナナさんは文句を言うものの、2人で玄関に向かう。ところが……。
「遅くなって……。申し訳ありませんわ……。後、失礼ですが、水を一杯頂けます?……」
来客はツクヨではなく、ミルフィーユさん。急いで来たらしく、息を切らしている上、リュックを背負い、長袖、長ズボン着用。更に、ナイフ並みに縮めた魔剣を装備。明らかな冒険スタイル。ともあれ、空中からコップを取り出し、氷水を入れて差し出す。
「どうぞ」
「感謝しますわ……」
ミルフィーユさんは僕からコップを受け取ると、一息で飲み干してしまう。そして、息を整えると、ここに来た理由を話し始めた。
「事前の承諾も無く、突然の訪問、大変失礼致しましたわ」
「あぁ、全くだよ。朝っぱらから、他人ん家に押し掛けるなんざ、非常識だね」
朝早くからの突然の訪問を詫びるミルフィーユさんに、非常識だと言うナナさん。しかし、ミルフィーユさんは侯爵家令嬢であり、礼儀作法には人一倍うるさい。そんなミルフィーユさんがあえて、失礼を承知で来たんだ。何か有る。その辺はナナさんも分かっていた。
「で、何しに来た? その格好を見りゃ分かるけど、遊びに来た訳じゃないよね?」
そう尋ねるナナさん。
「もちろんですわ。此度の使い魔探しの旅。私も同行させて頂きたく、参上した次第ですわ」
ミルフィーユさんは、それに対し、使い魔探しの旅に同行したいと答えた。使い魔探しの事は、僕とナナさんとツクヨ達しか知らない。……ツクヨの仕業だな。そう思い当たる僕。ナナさんも同じらしく、しかめっ面。
「……あの、クソ邪神」
するとそこへ、当のツクヨが到着。イサムとコウも一緒だ、
「おう、全員揃っているな。大いに結構。ほら、さっさと始めるぞ」
ミルフィーユさんが来ている事に驚いた風も無く、そう言う。そこへ噛みつくナナさん。
「おい、クソ邪神。何でミルフィーユが来るんだよ? 今回はハルカの使い魔探しがメインの目的だろう?」
当初の予定にはミルフィーユさんが同行するなんて、無かったからね。ナナさんとしては気に入らないらしい。
「あぁ、その事か。どうせなら、彼女も混ぜた方が色々面白そうだからな。誘った。それに、彼女もまだ使い魔がいないらしくてな。だったら、一緒に探したらどうかと話をまとめた」
それに対し、悪びれもせず答えるツクヨ。面白そうだからって……。後、ミルフィーユさんも使い魔がいなかったのか。意外だな。
「本来の予定に割り込んだ事はお詫び致しますわ。しかし、優れた使い魔を得られるこの機会を逃すにはあまりに惜しいと思いまして。それに最近、私宛てに使い魔業者からのカタログが大量に来て、うんざりしていまして。そこへ、この話。失礼は承知で乗りましたの」
「……ふん。まぁ、その気持ちは分からないでもないね」
ミルフィーユさんから、突然の参加理由を聞き、多少は怒りを納めるナナさん。魔女だけに、その辺の理解は有る。
「ありがとうございます、ナナ様。しかし、邪神ツクヨ! 連絡するなら、もっと早くしなさい! 午前6時半に、いきなり連絡をしてくるから、大急ぎで支度をする羽目になりましたわ! おかげで、ナナ様達に対して、無礼を働いてしまったではありませんの!」
「何言ってやがる。邪神がそんなに親切な訳ないだろうが」
ナナさんに感謝しつつ、ツクヨに対して怒るミルフィーユさん。やけに息を切らして来たと思ったら、ツクヨが時間ギリギリに、今回の使い魔探しについて教えたからか。やっぱり邪神、意地が悪い。怒るミルフィーユさんに対しても、悪びれない。
「ごちゃごちゃうるさいぞ、お前ら。使い魔を探しに行くんだろう? ほら、さっさと行くぞ」
「勝手に仕切るな! クソ邪神!」
「ナナさん、落ち着いて」
ゴタゴタしているのを強引に押し切り、先を促すツクヨ。ナナさんが噛みつくが、それをなだめながら、とりあえず、お屋敷の地下施設へ。
ナナさんのお屋敷。パッと見は、古ぼけた大きな洋館。しかし、その実態は生きながらに伝説となった魔女、ナナさんの本拠地であり、ナナさんの持つ知識と技術の集大成。そして地下には数々の施設が有る。
その中の1つ。越界転移室へと僕達は向かっていた。その名の通り、世界を越え、別の世界への行き来を行う部屋だ。かつて、ツクヨによって異世界にさらわれた僕を助けるべく、ナナさん達が使った部屋でもある。それ以外にも、異世界修行の際に使っている。
「へぇ。さすがは伝説の魔女の使う施設だけあるな。見事なもんだ」
「マスターのおっしゃる通りですね。これだけ高度かつ、緻密な術式を組める者など、ごく僅か。大魔道、いえ、超魔道クラスの実力が必要ですね。ナナ・ネームレス。誇って良いですよ」
部屋に入るなり、あちこち見回し、ナナさんを褒めるツクヨとコウ。やっぱりナナさんは凄いらしい。
「まぁ、それはそれとして、始めないとな。ハルカ、ミルフィーユ、イサム。全員魔法陣の中に入れ」
しかし、あくまで本来の目的は異世界への使い魔探し。僕達は転送魔法陣の中に入る。さぁ、出発だ。
と、思ったんだけど、土壇場になって、急にツクヨがちょっと待てと言って、部屋から出ていった。
「どうしたんでしょう?」
「さぁ? 私にも分かりませんわ」
「俺も長い付き合いだけど、ツクヨさんの考える事はよく分からない」
僕はミルフィーユさん、イサムと顔を見合せる。
「全く、何やってるんだい! あのクソ邪神!」
「マスターの気まぐれは今に始まった事ではないので。他人の迷惑など、気にされません」
ナナさんは怒り、コウはいつもの無表情で毒を吐く。と、そこへツクヨが戻ってきた。そこそこ大きい、段ボール箱を持って。
「待たせて悪かった。後、これはもしもの時に備えての保険だ。持って行け。ただし、『向こうに着いてから』開けるんだぞ」
そう言って、段ボール箱を押し付けてきた。ツクヨの性格からして、受け取らないと後が怖い。僕達を代表してイサムが受け取った。
「ツクヨさん、中身は何ですか? やたら重いんですけど」
「うるさい、ごちゃごちゃ抜かすな。向こうで開ければ分かる」
箱はやたらと重いらしい。中身についてイサムがツクヨに尋ねるけど、教えてくれない。しかも、向こうに着いてから開けろと、妙な条件付き。
「おい、クソ邪神。あの箱は大丈夫なんだろうね? ハルカに何か有ったら、許さないよ!」
ナナさんも段ボール箱の中身が気になるらしく、ツクヨに詰め寄る。だからといって、堪えるツクヨじゃない。
「安心しろ。間違っても危険物じゃない。言っただろう? もしもの時に備えての保険だと。俺としても、ハルカに死なれたりしては困る。いずれ、イサムの嫁にするんだからな」
ここで、またもツクヨの爆弾発言。まだ諦めてなかったんだ。当然、怒るナナさん。
「ふざけるな! クソ邪神! あんた、あの時、私達が勝てばハルカを返すと言ったじゃないか!」
以前の、僕を賭けたツクヨとの勝負。ミルフィーユさんの機転により、ギリギリの勝利を納め、僕を取り返したにも関わらず、ツクヨのこの発言。ナナさんが怒るのは当然。しかし、ツクヨは語る。
「バーカ。俺は『ハルカを返す』とは言ったが、『ハルカをイサムの嫁にするのを諦めた』とは言ってない。そもそも、ハルカみたいな逸材、誰が諦めるか」
「……クソッ! 私とした事が、うかつだった」
嘲るツクヨと、悔しそうなナナさん。言われてみれば、確かに。ツクヨは勝負に勝てば僕を返すと言ったけど、僕をイサムの嫁にするのを諦めたとは言ってない。
「もっとも、今すぐにとは言わんさ。時間を掛けて、お互いに理解を深めないとな。という訳だから、コウ!」
僕達が動揺する中、ツクヨは沈黙を守っていたコウに指示を出す。途端に僕達の足元の魔法陣が光り出す。転送の開始だ。
「頑張れよー!」
ニヤニヤ笑いながらそう言うツクヨの声と共に、僕達は異世界へと旅立った。……ナナさん、ツクヨと揉めるよね。ケガとかしないと良いけど。
「へぇ。異世界に使い魔探しがてら、修行か。だったら、僕も『手伝ってあげよう』。最近作った、新作の『人形』がぴったりだね」
僕は、自分に『奉仕』する全裸の『人形』達を払いのけ、ベッドから降りると、『新作』を納めてある倉庫に向かう。
じきに到着した倉庫。その中へ入り、『新作』を納めてある『棺』。便宜上、そう呼ぶ保存装置の内、3つを開ける。
「さぁ、目覚めるんだ。出番だよ」
そう呼び掛けると、開いた3つの『棺』から、それぞれ『人形』達が起き上がる。そして僕の前で、それは美しい、直立不動の姿勢で整列する。うん、いつ見ても、素晴らしい眺めだね。
『若く、美しい、全裸の女を目の前で直立不動の姿勢で整列させるのは。実に征服欲が満たされる』
って、悠長に見ている場合じゃない。物事はテキパキ済ませないとね。僕は3体の『人形』達に命令を与える。
「分かったかい? ならば、行け」
「「「仰せのままに」」」
僕の命令を受けた『人形』達は倉庫から出ていく。準備を済ませ次第、出発だ。
「ハルカ・アマノガワ。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。そして、大和 勇。君達にぴったりの『人形』達だよ。頑張れよー」
いやぁ、実に楽しみだな。僕の新作の『人形』達、相手にどうするのかな? 『元は人間』の『人形』達に。ねぇ? ハルカ・アマノガワ。僕はあの銀髪碧眼のメイドの彼女を想う。
「あっさり死なないでくれよ? 全ては君を成長させる為なんだからさ」
新展開。ハルカの使い魔編、開始。
伝説の魔女、ナナさんの弟子にして、現在、注目の超新星ハルカ。それ故に、取り入りたい奴が山の様に。使い魔業者からの大量のカタログにうんざりしたナナさんに言われて、異世界に使い魔探しに出る事に。ミルフィーユ、イサムも加わっての冒険の始まりです。
その一方で、またも暗躍する灰崎 恭也。新作の『人形』3体を差し向けました。ハルカ達の運命や、いかに?
では、また次回。




