表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と魔女さん  作者: 霧芽井
123/175

第122話 ナナさん、ハルカ師弟の平和な一日

 魔道神クロユリ達が来たり、続いてツクヨ達が来たり、あげくの果てに、灰崎 恭也の送り込んだ刺客が自爆したりと波乱に満ちた慰安旅行。それも終わり、再び日常へ。


 スイーツブルグ侯爵家で夕食をごちそうになり、その後、僕とナナさん、そして三毛猫のバコ様は、お屋敷へと帰ってきた。


「やっぱり、自分の屋敷が一番落ち着くね。ハルカ、ビール持ってきて」


 ナナさんはお屋敷に帰ってそうそう、リビングに向かいソファーに座って一息付く。そしてビールを要求。


「ダメです。ナナさん、スイーツブルグ侯爵家で飲んだでしょう? だから、今日はもうおしまいです」


「ケチ!」


「何と言われようとダメです。お酒の飲み過ぎは健康に悪いですから」


 ビールを飲めなくて不満顔のナナさん。でも、僕にもメイドとして、ナナさんの健康管理をする義務が有る。ナナさん、とにかく不摂生な生活を送るからね。


「それじゃ、お風呂を沸かしてきますから。沸いたら、入ってくださいね。慰安旅行が終わった以上、普段のペースに戻さないといけませんし、今日は早く寝ますよ」


「……まぁ、あんたの言う事も一理有るね。分かったよ」


 ナナさんは渋々ながらも了承。さ、お風呂を沸かしてこよう。







 その後、お風呂を済ませた僕とナナさん。今はリビングで話し合っていた。


「ナナさん、ネットの方はどうでした?」


「これといったのは無いね。郵便受けにも入ってなかったんだろう?」


「はい。有りませんでした」


「全く、こうも音沙汰無しとはね。やっぱり、こいつ捨てられたんじゃないかい? デブだし、ボケてるし、何の役にも立たない穀潰しだし」


「ナナさん、そんな事言っちゃダメですよ!」


「事実だろ? こいつ、何の役に立つんだい? 反論するなら、私の納得のいく説明を求めるよ」


 ナナさんの至極もっともな言葉に反論出来ず、黙るしかない僕。


「ハルカ、私のモットーは知っているよね?」


「はい。『無能は死ね』です」


「その通り。本来なら、こんな役立たず、即座に処分している所なんだからね。それをわざわざ置いてやっているんだ。感謝しな。とりあえず、飼い主が来たら、たっぷり文句を言った上で、費用を請求してやる」


「穏便にお願いしますね?」


 怖い事を言うナナさんに、一応、釘を刺しておく。


 僕とナナさんの話題。それはバコ様の事。以前から、ネットで呼び掛けたり、張り紙をしたりと、飼い主を探していたけど、まるで音沙汰無し。旅行から帰ってきて、まず郵便受けを見たけど、手紙等は来ていなかった。留守電やネットの方も連絡は無し。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 当のバコ様は、いつもの変な歌と踊りを繰り返すばかり。言葉は悪いけど、確かに何の役にも立たない。ネズミも獲らないし、犬じゃないから、番猫にもならない。毎日毎日、朝から晩まで、所構わず歌って踊って、ウンコやオシッコを漏らす。人によっては殺されても文句は言えない。ましてやナナさんなら、なおさら。


「とにかく、今日はもう寝ましょう。色々有って疲れましたし」


「ふん、そうだね。そうするか」


 とりあえず、バコ様に関する話はここまで。少し早いけど、もう寝る事に。


「ほら、バコ様も、もう寝るよ」


「へ〜〜、へ〜〜」


 バコ様を抱き上げると、リビングの隅の寝床に運ぶ。幸い、すぐに寝てくれた。しかし、また太ったんじゃないかな、バコ様。以前より更に重くなった気がする。明日、体重を計ろう。以前が13㎏だったからね。餌の量は減らしているんだけど。


「何、ぼさっとしてるんだい。さっさと寝な!」


「あ、はい!」


 ナナさんに言われて、慌てて自分の部屋に向かう。ちなみに僕の部屋とナナさんの部屋は隣同士。


「それじゃ、おやすみなさい。ナナさん」


「あぁ、おやすみ。怖い夢を見たら、来て良いからね」


「……その時はお願いします」


 ナナさんにからかわれながらも、自分の部屋に入り、ベッドへ。おやすみなさい。







 明けて翌朝。シャワーを浴びてさっぱりした所で、メイド服に着替えて朝の支度。準備が出来たら、ナナさんを起こしに。そして、朝ごはん。


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 バコ様も起きてきて、餌のおねだり。いつもの変な歌と踊りを繰り返しながら、僕の足元を回る。


「分かったよ、バコ様。はい、朝ごはん」


 高齢猫用の餌を餌入れのお皿に入れる。ただし、バコ様は太っているから、ダイエットの為に量は減らしている。でも、それがバコ様には不満らしい。あっという間に平らげてしまい、歌って踊る。


「へーへーブーブー、へーブーブー! へーへーブーブー、へーブーブー!」


「文句言ってもダメ。バコ様は太り過ぎなんだからね。後で体重を計るよ」


 不満の歌と踊りを繰り返すバコ様。でも、ここはあえて心を鬼にする。するとバコ様、ふてくされたのか、寝床に入って寝てしまう。基本、歌って踊るか、寝るかの二択だけどね。


「ハルカ、そんなボケ猫の相手なんかしてないで、さっさと朝飯にしとくれよ。私は腹が減っているんだよ」


「あ、はい。今すぐ」


 ナナさんの差し出したお茶碗に、ご飯を大盛りにして返す。それを受け取ったナナさん。


「ありがとよ。それじゃ、いただきます」


「いただきます」


 ナナさんのいただきますを皮切りに、朝ごはん開始。







「ふぅ。スイーツブルグ侯爵家の飯も悪くないけど、やっぱり、私はハルカの作った飯が一番口に合うね。このだし巻き玉子、これぞ、朝飯って感じだよ。あ、ハルカ、おかわり」


「相変わらず、早いですね。はい、どうぞ」


 だし巻き玉子に大根おろしを乗せて、さらに醤油を少し垂らして食べて、そこへご飯を掻き込むのがナナさんの朝ごはんの食べ方。二杯目も、もりもり食べる。僕、まだ一杯目なんだけどな。と、そこへ今日の予定について話すナナさん。


「ハルカ、今日の修行は休みにしてやるよ。ま、徐々に身体を慣らしていかないとね」


「ありがとうございます」


 今日の修行は休みにしてくれるそうだ。だからといって、いつまでもサボっている訳にもいかない。ナナさんの言う様に、徐々に身体を慣らしていかないと。しばらく、サボっていたし。







 さて、朝ごはんも終わり、洗い物を片付け、洗濯と掃除も済ませた僕は、お屋敷の地下の施設の一つへと向かった。


「ナナさんの話だと、そろそろ出来ていても良いはずだけど……」


 そこで育てている作物について思いを馳せる。安国さんからの預り物だから、責任重大。そうこうしている内に到着。ナナさんのお屋敷の地下施設の一つ。植物栽培プラントだ。


 本来はマンドラゴラといった、貴重な植物を育てる為の場所なんだけど、ナナさんに頼んで、一部を使わせてもらっている。で、今そこで、ある作物を育てている。


「わぁ、たくさんなってる。良かった、成功だよ」


 そこには、細長い豆をたわわに実らせた作物。そう、安国さんが蒼辰国で手に入れた、献上小豆。安国さんから、育てる暇が無いから、代わりに育てて欲しいと頼まれて、ここで栽培していたんだ。ナナさんの作った栽培プラントだけに、通常より早く育つ。そろそろ実る頃と言われて見に来たけど、無事に育ってくれた。


「よし。じゃあ、早速、収穫しよう。後で安国さんの所に届けないと」


 水分身を生み出し、手分けして小豆の収穫。屋内の栽培プラント、しかもナナさんの作った物だから、害虫の類いはいない。虫嫌いの僕にはとてもありがたい。やがて、かごに一杯の小豆を収穫した。うん、豊作だね。


 その後、鞘から豆を取り出し、乾燥させて、小豆の出来上がり。安国さんとの約束で、収穫量の内、1割はこちらの取り分として貰う事に。総重量を計り、1割分を貰う。残りは安国さんの所へと届ける。その分の小豆を袋詰めに。







 さて、安国さんの所へと小豆を届けに行くんだけど、その前に。僕は、リビングに向かう。正確にはその隅に有るバコ様の寝床へ。そこではバコ様が丸くなって、ブーブーいびきをかいて寝ている。せっかく寝ている所悪いんだけど、バコ様を持ち上げる。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 気持ち良く寝ていた所を邪魔されて、へーへーブーブー騒ぐバコ様。でもそれを無視してバコ様を抱えて脱衣場へ。


「ほら、バコ様。体重を計るよ」


 まずは僕一人の体重を計る。体重は秘密。でも、理想体重はキープしているよ。……ナナさんはどうだろう? お酒好きの上に、おつまみも欠かさないし。もっとも、体重絡みの話をすると怒るからね。まぁ、それはそれとして、今はバコ様の体重を計らないと。今度はバコ様を抱えて体重を計る。そしてその数値から、僕一人分の数値を引く。その結果は。


「バコ様! また太ったじゃない! 前回より2㎏増えたよ!」


「へ〜〜〜〜」


「へ〜〜〜〜。じゃないよ!」


 バコ様、また太りました。前回13㎏が、今回は15㎏に。餌の量は減らしたのに、どんどん太る。どうしよう? 当のバコ様は変な鳴き声を上げるだけ。


「……バコ様。今日から本格的にダイエットを始めるからね。いくらなんでも、太りすぎ! とりあえず、おやつのカニかまは無し」


 このまま太り続けるのは良くない。可哀想だけど、本格的にダイエットを始めよう。おやつのカニかまは当分、無し。するとバコ様、不満らしく、歌って踊る。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 いつも不思議に思うんだけど、バコ様は毎日歌って踊っているのに、なぜ太っていくんだろう? 痩せそうなものなんだけど。ただ、バコ様はものすごく食べるからなぁ。歌って踊る消費より、食べる追加の方が上回っているのか。後、お年寄りだから、代謝が悪いのも一因かな。







 バコ様の体重測定も終わったし、そろそろ安国さんのお店に行かないと。小豆の入った袋を持ち、まずはリビングで録り貯めしたアニメを見ているナナさんに出かける事を伝える。


「ナナさん、小豆を届けがてら、安国さんのお店まで行ってきます」


「ん? 出かけるのかい? ちょっと待ってな。私も行くよ」


 出かける事を伝えたら、ナナさんも一緒に行くと言い出した。


「1人で大丈夫ですよ」


 そう言ったけど、ナナさんも反論してくる。


「ハルカ。あんた、邪神ツクヨにさらわれた事、忘れたとは言わせないよ。ましてや、灰色の傀儡師、灰崎 恭也って奴まで、あんたを狙っているんだ。もっと危機感を持ちな」


「……そうでしたね。すみません」


「分かれば良いよ。ちょっと待ってな。すぐに支度するから」


 ナナさんから、もっと危機感を持てと言われた。確かにもっともな意見。反論は出来ない。僕もまだまだだと、改めて思い知った。そして、すぐにナナさんが支度を済ませて戻ってくる。


「待たせたね。さ、行くよ」


「はい、ナナさん」


 ナナさんと一緒に玄関に向かおうとすると……。


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 突然、僕とナナさんの元に来て、歌って踊り始めるバコ様。


「バコ様はお留守番だよ」


 しゃがんでバコ様の目線に合わせて話しかける。でも、バコ様は聞かない。


「へーへーブーブー! へーブーブー!」


「ハルカ、こいつ何言ってるか分かるかい?」


「多分、お留守番が嫌なんじゃないでしょうか?」


 ナナさんにバコ様の主張を聞かれたので、自分の予想を話す。あくまで予想だけどね。バコ様語は下手な古代言語より、難しい。そもそも、意味の有る言語かどうかさえ不明だし。少なくとも現在、バコ様は歌って踊るのをやめない。


「分かったよ、バコ様。一緒に行こう。でも行き先は食べ物を取り扱うお店だから、中には入れられないよ。良いね?」


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 バコ様に言い聞かせるものの、通じているのかどうか。ナナさんも疑問に思ったらしい。


「通じてるのかい?」


「……知りません」


 無責任だけど、バコ様語は分からないし。ともあれ、バコ様の首輪にリードを付ける。バコ様の太り過ぎ対策として、安国さんのお店から、ウチまでの往復をさせよう。







「……やっぱり注目されますね」


「そりゃそうだろ。歌って踊るデブ猫を連れ歩いているんだからさ。全く、恥ずかしいったら、ありゃしない」


 道行く人達が僕達を見て、あれこれ騒いでいる。子供達は指を指して笑い、中にはスマホで写真を撮っている人も。これはかなり恥ずかしい。かといって、その原因を放り出す訳にもいかず。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 僕の握っているリードの先。変な歌と踊りを繰り返しながら、二足歩行で道を練り歩く、太り過ぎの三毛猫。バコ様だ。


 ビヤ樽に顔と手足と尻尾を付けた様な太り過ぎの体型。その上、オムツを履いて二足歩行で歌って踊っているんだ。嫌でも注目を集める。


「さっさと行くよ! 私は恥をかきたくないんだよ!」


 さすがのナナさんも、この状況は嫌らしく、早く行けと促す。でも、バコ様のせいで、そうもいかない。頭がボケているから、あっちこっちにうろうろする。ちっとも真っ直ぐ進まない。無理やりリードを引っ張るとバコ様の首が締まるし。仕方ないな。


「ナナさん、バコ様を抱っこしてください。その方が早いです」


 最終手段。ナナさんにバコ様を運んでもらう。バコ様のダイエットにはならないけど、この際、仕方ない。


「ふざけんじゃないよ! 何で私がこんなデブを!」


 当然、ナナさんは怒る。だから、理由を説明する。


「ナナさん。このままじゃ、僕達、世間の笑い者ですよ。とにかく、早くこの場を離れないと」


「そりゃ、分かるけど、何で私がこのデブを運ばなきゃならないんだい? あんたがやりな」


 ナナさんはこの場を急いで離れる事は納得してくれたものの、自分がバコ様を運ぶ事には不満を漏らす。それでもバコ様を抱えて走りながら話すのはさすが。僕も走りながら、その事についても説明。


「簡単な事です。僕は安国さんのお店に手伝いに行くんですよ。衛生上、動物を抱っこする訳にはいきません。ナナさんなら、魔法で綺麗にすれば良いと思うでしょうが、一般の人から見れば、やっぱりイメージが悪いですから」


 そこまで説明すると、ナナさんは渋い顔をしながらも納得してくれた。


「……ふん。まぁ、あんたがそう言うなら、仕方ないね。私はともかく、凡人共はそうだろうし。じゃあ、さっさと行くよ。この際、『近道』だ」


「はい」


 ナナさんの『近道』の意味を即座に理解し、僕達は一気に跳躍。建物の屋根から屋根へと飛び移る。そのせいで、また世間の注目を集めてしまうけど、笑い者になるよりマシと割り切る。そして、安国さんのお店に到着。









「それじゃ、ナナさん。バコ様をお願いしますね」


「分かったよ。ハルカ、帰る時は連絡するんだよ。迎えに行くから」


「はい、分かりました。それじゃ」


 安国さんのお店の前でナナさんと別れ、中へと入る。


「こんにちは、安国さん」


「おう、来たのか嬢ちゃん。悪いがさっそく手伝ってくれ」


「はい。それと安国さん。預かった小豆が収穫出来たんで、持って来ました。どうぞ」


「おっ、もう出来たのか? さすがに早いな。ありがたく受け取るぜ」


 安国さんと挨拶を交わし、すぐさまお店の手伝いに入る。その際、安国さんに小豆を渡すのも忘れない。もうすぐ午前10時。お店の開店時間間近だ。厨房から出来上がったお菓子を受け取り、陳列していく。ただ陳列すれば良いって訳じゃない。いかに見栄えがするか、購買意欲をそそるか、考えて陳列していく。そして迎えた、開店時間。午前10時。


「お待たせしました! スイーツヤスクニ開店です!」


 僕は、お店の表に出て、開店を告げる。すると行列していたお客さん達が我先にと、お店に向かう。


「はい、押さないでください! 二列に並んで、順番を守ってください!」


 相変わらず、凄い人気だね。行列の整理をしながら、改めて安国さんのお店の人気ぶりに感心する。安国さんが蒼辰国に行っていたせいで、しばらくお店が休みだっただけに、その反動でお客さん達が群がってきたみたい。


 それからしばらく、行列の整理をしていたけれど、一段落してきた。そろそろお店の手伝いに戻るか。僕は、店内へと戻る。


「戻ってきたか嬢ちゃん。悪いがレジを頼む。俺は厨房に戻る」


「はい、分かりました」


 僕が店内に戻るのと入れ替わりで、安国さんは店の奥の厨房に。どんどん売れていくから、その分を作らないといけない。そして、それが出来るのは安国さんだけ。悔しいけど、まだ僕の作った品はお店に出せないと言われた。でも、いつか、合格をもらうんだ。とはいえ、今はやるべき事をやろう。僕はせっせとレジを打つ。


「はい、お買い上げありがとうございます。チーズケーキ3個で、750マギカになります。はい、1000マギカお預かりします。こちら、お釣り250マギカです。またのお越しお待ちしています」


「はい、お待たせしました。こちら……」







「ふぅ……。疲れました。以前に増してお客さん達が来てますね。商売柄、良い事ですけど」


 今日は小豆を使った新商品開発の為、お客さん達には悪いけど、早めに閉店。そして今は厨房で休憩中。やっぱり、身体がなまっているみたい。結構疲れた。椅子に座って休憩していると、安国さんが湯気の立つマグカップを持ってきてくれた。この甘い香りは、ココアか。正直、コーヒーは苦手だから助かる。


「お疲れさん。ほら、ココアだ」


「ありがとうございます」


 安国さんから、マグカップを受け取り、ココアを一口。美味しい。温かさと甘さが疲れた身体に染み渡る。やっぱり、疲れた時は甘い物に限る。安国さんはコーヒーをブラックで。


「嬢ちゃん、今日は店の手伝い、ありがとうな。やっぱり嬢ちゃんがいると、いないとでは、売り上げが違うからなぁ」


「お役に立てて、何よりです」


 今日の店の手伝いに対し、お礼を言う安国さん。僕としても役に立てて嬉しい。人は、自分が必要とされている。役に立っているという、実感を求めるものだと僕は思う。逆に必要とされない。役立たずと感じるのは辛いね。


「さてと。一息ついたら、小豆であんこを作るとするか。ただ、本格的に商品として売り出すには、量が足りねぇ。今回は試作段階だな」


 コーヒーを飲みつつ、話す安国さん。 確かに収穫した小豆を持ってきたけど、本格的に商品として売り出すには、量が足りない。もっと大量に安定して供給出来る様にならないといけない。


「そうですね。僕もあんこを使ったお菓子は作った事が有りますけど、小豆からあんこを作った事は無いんです。しっかり勉強させていただきます」


「おう、しっかり手伝ってもらうからな。その代わりに、出来立てのあんこを食わせてやるからよ」


 休憩を終えて、厨房に向かう。さ、あんこを作ろう。







「よし、それじゃ今からあんこを作るからな。今回は圧力鍋を使っての、時間短縮レシピだ」


「はい。よろしくお願いします」


 厨房であんこ作り。安国さんの指示の元、作業開始。


「まずは、小豆を水洗いして、ザルにあけてくれ」


「はい」


 持ってきた小豆を水洗い。ザルにあける。すると次の指示。


「今度は鍋に水を張って沸かすんだ。沸いたら小豆を入れて2分程煮る。そしたら、一旦、湯を捨てる。それから新しい水を入れて、また煮て、湯を捨てる。いわゆるアク抜きだが、この辺はまぁ、人それぞれだな」


「そうなんですか」


 まぁ、調理法は人それぞれだからね。アク抜きにこだわる人もいれば、とにかく手早く作りたい人もいるだろうし。と、そこへ次の指示。


「よし、次は圧力鍋の出番だ。茹でた小豆と水を入れるんだ。入れたら蓋をして火に掛ける。ここまで来たら、もうすぐ完成だ」


 言われた通り、圧力鍋に茹でた小豆と水を入れて蓋をすると、火に掛ける。


「さて、もうすぐ出来上がりなんだが、嬢ちゃんはあんこの甘さはどれぐらいが良い? 甘さ濃いめか、控えめか、決めないとな」


 あんこの出来上がりを前に、安国さんから、あんこの甘さの具合について聞かれた。そうだなぁ。


「甘さ控えめでお願いします。せっかくの良い小豆なんです。ここは小豆の持ち味を生かしましょう」


 何せ、かつては帝に。朝廷が倒れ、幕府が成立してからは、将軍家に献上された良い小豆だからね。調味料でごまかしたくない。


「そう言うだろうと思った。なら、これだな」


 安国さんが取り出したのは黒砂糖。わざわざ南方から取り寄せた、逸品だそうだ。


「精製された白砂糖じゃ、単に甘いだけで味に深みが無ぇ。だからといって、黒砂糖なら何でも良い訳でも無ぇ。こいつは試行錯誤の末にやっと、たどり着いた品だ。記念すべき第一回は、小倉あんにするぜ」


「それは楽しみですね」


 そうこうしている内に、小豆が煮えてきた。安国さんは小豆の具合を見る。


「ふむ。良い感じだな。嬢ちゃん、黒砂糖を入れてくれ。ただし、一度に入れるな。数回に分けて入れる。甘さを見ないとな。良い具合になったら、仕上げに塩を少し入れて、後は弱火でじっくり煮込む」


「はい」


 安国さんの指示に従い、黒砂糖を投入。味見をして、甘さを確認。もう少し甘くて良いかな? 更に黒砂糖を投入。また味見。……うん、これぐらいかな。良い感じの甘さになったので、ゆっくりかき混ぜながら、弱火でじっくり煮込む。それからしばらく。


「よし。そろそろ良いだろう。嬢ちゃん、火を止めろ」


「はい」


 安国さんから、完成との事。火を止め、冷めるのを待つ。鍋の中には、見事な小倉あんが出来ていた。美味しそう。


「嬢ちゃん、見てないで、あんこを鍋から出して、別の容器に移すんだ。そのままだと、鍋の熱であんこがダメになるからな。別の容器に移して、熱を冷ましたら完成だ」


「分かりました」


 安国さんに言われて、あんこを鍋からボールに移す。後は冷めるのを待つばかり。







 あれから、しばらく。あんこも冷めたので、早速、試食に。まだお店に出ていない品を食べられるのは、お手伝いをしている特権。さて、どうやって食べようか? すると安国さんからの提案。


「嬢ちゃん、今回はシンプルに小倉トーストにするぜ。簡単に作れて、手っ取り早いからな」


「そうですね。それでお願いします」


 トーストに小倉あんを乗せた、小倉トーストにするそうだ。実は安国さん、パンも売っているから、材料には困らない。厚切りのパンを二枚用意して、トースターでこんがりと焼く。焼き上がったら、マーガリンを塗り、更に小倉あんをたっぷり乗せて塗る。


「ほらよ。小倉トーストお待ち」


「ありがとうございます」


 安国さんから、出来立ての小倉トーストを受け取る。香ばしいトーストの香りと、甘い小倉あんの艦隊が良いね。


「いただきます」


 そう言って、小倉トーストにかぶり付く。月並みな感想だけど、美味しい。小倉あんの甘さとマーガリンのコク、焼きたてのトーストがの組み合わせが絶妙。


「ミルクを持ってきたぜ」


 これまた絶妙のタイミングでミルクを持ってきてくれた安国さん。小倉トーストで喉が渇いていた所だったのでありがたい。ゴクゴク飲む。ふぅ、やっぱり小倉あんとミルクは良く合う。じきに小倉トーストを平らげてしまった。


「ありがとうございます、安国さん。とても美味しかったです」


 食べ終わった僕は安国さんにお礼を言う。


「そりゃ良かった。一息付いた所で、今後について話し合おうか」


「分かりました」


 安国さんも既に小倉トーストを食べ終わっていたので、次は今後について話し合う事に。








「新商品の開発も大事だが、それ以上に重要なのが、品質の良い小豆を安定して、なおかつ十分な量を手に入れる手段だ」


「しかも、出来るだけ安くですね」


 新商品に関しては、既に僕も安国さんも考案済み。あんパンを始め、タルトにロールケーキ。和風スイーツとして、羊羮も検討中。でも、何より大事なのが、小豆の入手。材料が無くては始まらない。その事について話し合う。……だけど。


「なぁ、嬢ちゃん。姐さんに頼むのはダメか?」


「う〜ん。正直、厳しいですね。今は特別に許してもらって栽培プラントを使わせてもらっていますが、あれは本来、ナナさんが素材として使う、希少な植物を育てる為の物。大量生産には向きません。何より、ナナさんが許してくれないでしょうね。今の時点でさえ、良い顔をしていませんし。初めて頼んだ時も、『ウチは農家じゃない!』って怒られましたし。ナナさんからすれば、魔女としてプライドが許さないんだそうです」


「……まぁ、そうだよな。まがりなりにも伝説の魔女が、農家の真似事なんざ、我慢ならねぇか。それこそ魔女の沽券に関わる」


「僕もナナさんの言い分は分かりますし。伝説の魔女たる者、面子が有りますし、それに泥を塗る訳にはいきません」


 ナナさんに頼むのはどうかと安国さんが言ったものの、僕が却下。ナナさんはあくまで魔女。自分の研究とかに役立つ物ならともかく、普通の作物を育てるなど、ナナさんのプライドが許さない。


「やはりここは、本職の農家の方に頼んでは?」


 餅は餅屋という事で、農家の方に小豆の栽培を依頼してはと提案。しかし。


「正論だが、それは苦しいな。この辺の農家は小豆を育てた事が無ぇ。それに採算が取れるかどうか分からない、新しい作物を育ててくれと言った所で相手にされねぇだろうな」


「厳しいですね」


「向こうだって遊びじゃねぇんだ。作物一つ育てるにしても、栽培が軌道に乗り、安定した収穫が得られねぇんじゃ、話にならねぇ」


 安国さんは農家の現実を突き付ける。言われてみれば当たり前。知らない作物を育ててくれと言われて、はいそうですかと引き受ける方がおかしい。ましてや、採算が取れるかどうか分からないのに。僕や安国さんが無理を言えば可能かもしれないけど、もしもの時が怖い。


 その後も話し合ったけれど、結局、良い案は出なかった。やはり世の中、そんなに上手くはいかない。そうこうしている内に、そろそろ帰る時間に。


「すみません安国さん。そろそろ失礼します」


「いや、こちらこそ長々と引き留めて悪かったな。後、これは、今日のバイト料代わりだ」


 帰り際に安国さんが、今日作った小倉あんをタッパーに詰めて渡してくれた。


「ありがとうございます、安国さん」


「良いって事よ。また頼むぜ」


 お礼を言って、受け取る。さ、帰らないと。僕はナナさんに迎えに来てくれるよう、連絡を取る。


『ナナさん。迎えに来てください』


『……分かった。すぐ行くよ』


 何か少し間が有ったな。どうかしたのかな?







 ナナside


『ナナさん。迎えに来てください』


 ハルカから念話が飛んできた。もうそんな時間か。返事をしたいが、息が上がって、すぐには出来ない。強引に呼吸を整え、返事をする。


『……分かった。すぐ行くよ』


 手短に伝え念話を切る。早く迎えに行ってやらないと。


「悪いね。今日はここまでだよ」


「あの、大丈夫なんですか?」


「うるさい! さっさと帰れ!」


 心配そうに聞かれたが、余計なお世話だ。さっさと帰れと怒鳴り付ける。しかし、それでも向こうは退かない。と、そこへ、口を出す奴が。


「わざわざイサムが気遣ってくれたのに、酷い奴だな。もっとも、そんな様で言っても説得力が無いからな」


「私もマスターに同感です。そんな様でハルカの元に行く気ですか? 見上げたチャレンジャー精神です」


 ……腹立つね、こいつら。しかし、事実でもある。こんなボロボロの様じゃ、ハルカに合わせる顔が無い。


「仕方ないな。この慈悲深い邪神ツクヨ様が治してやろう」


 私をボロボロになるまで痛め付けた元凶、邪神ツクヨが思い切り上から目線の発言と共に、こちらの意見を無視して治療を行う。毒々しい赤い光が私の全身を包むと、たちどころに全快。ついでにボロボロになったジャージまで元通りに。……これが真十二柱の力か。ただ強いだけじゃない。


「ほら、さっさと行け。ハルカが待っているんだろう?」


「ふん。礼は言わないよ」


「元から期待してない。代わりにハルカの作った飯を食わせろよ。それが、今回の対価だ」


「……分かったよ。ハルカに伝えておくよ。後、勝手にウチの中を荒らすんじゃないよ」


「そんなセコい真似はしない。それよりさっさと行け!」


「うるさい! 指図するな!」


 いら立ち紛れに、私はハルカを迎えに空間転移で飛ぶ。くれぐれもハルカに知られない様にしないとね。邪神ツクヨ相手に修行をしている事は。師匠の面子に関わるからね。


 到着すると、ハルカが店先で待っていた。


「ちょっと遅かったですね。どうかしたんですか?」


 案の定、遅れた事を聞いてくるハルカ。ここは、ある程度真実を話す。


「大した事じゃないよ。クソ邪神達が『遊びに来た』だけさ。後、飯食わせろってさ。悪いけど、あいつらの分も頼むよ」


 ハルカには悪いが、邪神ツクヨ達の分も含めて夕飯の準備を頼む。それをハルカは嫌な顔一つせず、了承。


「分かりました。だったら、今日は鍋にしましょう。ナナさん。悪いですけど、買い物に付き合ってください」


「分かった。付き合うよ。何鍋にするんだい?」


「それはスーパーに着いてから考えます」


 まぁ、何鍋になるかは材料次第だからね。いずれにせよ、ハルカが作るんなら、間違いなく美味い。


「そうそう、ナナさん。安国さんから小倉あんを分けてもらいました。明日の朝ごはんは小倉トーストにします」


「へぇ、そうかい。まぁ、好きにしな」


 ハルカは小倉あんとやらを分けてもらって、ご機嫌だ。私はそんなハルカの手を握る。するとハルカも握り返してくる。


「ハルカ、さっさと行くよ。遅くなると、クソ邪神がうるさそうだからね」


「そうですね」


 私とハルカは少し早足になりながら、スーパーへと向かう。平和な夕暮れ。願わくば、こんな平和な日々がずっと続いて欲しい。それが叶わぬ望みと知りつつも、そう願わずにはいられない私だった。




長らくお待たせしました。第122話です。


安国さんが蒼辰国で手に入れた、献上小豆。ハルカが預かって育てていました。ナナさんの作った栽培プラントで高速育成し、収穫。安国さんのお店へ届け、小倉あん作りに挑戦。無事、完成し、ハルカもご満悦。


しかし、問題も発生。小豆の栽培について。地元の農家は小豆を作った事が無い。採算が取れるかどうか分からない物を、無理には頼めない。


ナナさんに頼もうにも、今の時点で既に不機嫌。伝説の魔女であるナナさんからすれば、何が悲しくて作物なんか育てないといけないのかと、プライドが許さない。ハルカと安国さんも困っています。高品質の小豆を安定して仕入れられなくては、新商品として売り出せませんし。


その頃、ハルカには秘密で、邪神ツクヨ相手に特訓をしていたナナさん。圧倒的な強さを誇る邪神ツクヨにボロボロにやられながらも、更なる強さを求めます。師匠の面子、そして何より、ハルカを守る為に。


その後はハルカを迎えに行き、一緒に夕飯の買い出しに。平和な夕暮れ。こんな平和な日々が続いて欲しいとナナさんは願います。それが叶わぬ望みと知りながらも。


では、次回予告。お屋敷に帰ってきたナナさんとハルカ。邪神ツクヨ一家を交えた夕飯の席で、ナナさんは、ハルカにある事を命じます。


「ハルカ。あんたも魔女のはしくれ。そろそろ使い魔を従えないといけないよ」


「使い魔ですか?」


「ほう、面白そうだな。俺も噛ませろ」


「黙れ! クソ邪神!」


それでは、次回。





追記


小倉あんの作り方ですが、作者なりに調べただけなので、あまり突っ込まないでください。後、小豆ぐらい、魔法で増殖なり、何なりさせろと思われるかもしれませんが、そういう事はナナさんが許しません。魔女の沽券に関わるので。要は、魔法が使えるからといって、何でも有りではないという事です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ