第120話 邪神は少女の想いを知る。……そして動きだすは、灰色の魔
前回より、少し時間をさかのぼる。とある世界。
「この前のカスに続き、盛大にイサムの地雷を踏み抜きやがったな。まぁ、おかげで楽が出来た。しかし、いつまで経っても何一つ変わらんな、『あいつら』は。本当に何一つ変わらん」
手頃な岩に腰掛け、先程焼けたばかりの『肉』を齧りつつ、呟く。うん、やはりモモ肉は食べ応えが有るな。
「自分達こそ、神に選ばれし至高の種族と思っていますからね」
俺の呟きに答えたのは俺の従者である無表情美少女、コウ。毎度恒例の一仕事を終えてきたらしい。
「帰ってきたか。どうだった? 収穫は?」
帰ってきたコウに今回の収穫について問う。するとコウは右手を軽く上げ、さっと、手首を返す。その直後、コウの目の前には大量の金銀宝石を始めとした財宝の山が現れた。なるほど、こりゃ、大漁だな。
「ご覧の通りですマスター。なかなかの収穫が有りました」
「ご苦労。お前も飯にしろ。俺はちょっとイサムを見てくる」
「かしこまりました」
腰掛けていた岩から立ち上がり、肉を片手にイサムの所へと向かう。多分、剣の鍛練をしているはずだ。
歩く事、しばらく。少し開けた場所でイサムを見付けた。案の定、剣の鍛練をしていた。単なる素振りではなく、仮想敵を想定した、実戦に近い内容だ。端から見れば、1人で刀を振り回して騒いでいるだけにしか見えないけどな。だが、イサム自身は自らの想定した仮想敵と戦っている。没頭しているらしく、俺が来た事に気付いていないようだな、っと!
突然、俺めがけて飛んできた棒手裏剣。軽く首を傾けて避けたそれは背後の岩に突き刺さる。大した威力だ。根元まで刺さったぞ。
「いきなり棒手裏剣を投げるな。危ないだろうが」
俺だから避けられたが、並大抵の奴なら頭をぶち抜かれて即死の速さだったぞ。しかも、こちらを見ずに、それでいて正確に投げてきた。全く、日を追うごとに腕を上げてやがる。とりあえず岩に刺さった棒手裏剣を念力で抜き取り、イサムに返す。使い捨てにするには惜しい品だからな。
「すみませんツクヨさん。ちょっとイラついていたんで」
念力で宙に浮かぶ棒手裏剣を受け取ったイサムはそれを懐にしまい、俺に謝る。
「気持ちは分からんでもない。俺も結構ムカついたからな。まぁ、それはそれとして、昼飯だぞ。鍛練も大事だが、食う物食わないと身体がもたんぞ」
食事は大事だ。食べる事は生きる事に直結しているからな。特に今日のイサムは朝飯もそこそこに、鍛練に出た。満足に食べていない。ちょうど、そこで鳴るイサムの腹の虫。やっぱり、腹ペコじゃないか。
「それじゃ、休憩がてら、俺も昼飯にします」
「おう、しっかり食ってこい。幸い、食料は大量に有るからな」
俺の来た方へと去っていくイサム。それを見送る。
「さて、俺も一息付くか」
亜空間からコーヒーセット一式を取り出し、その場で湯を沸かす。豆から淹れる本格派だ。豆はもちろん、水や機材にもこだわっている。イサムやコウからも好評でな。
以前知り合った、山好きの奴から、野外で飲むコーヒーの美味さを熱く語られ、物は試しと、胡散臭い女狐からコーヒー豆と機材一式を購入。始めてみたんだが、これがハマった。確かに美味いな。特に雄大な光景を見ながらの一杯は格別だ。……教えてくれた山好きの奴はもういないがな。かれこれ、400年前の事だしな。
さて、そうこうしている内にコーヒーが出来た。早速、マグカップに注ぎ、一口。俺はブラック派でな。独特の苦味と香りが広がる。ふぅ、落ち着くな。最近、ムカつく事が多かったからな。
「……全く、胸糞悪い奴らだったな。『エルフ』め」
そう言いつつ、俺は亜空間から新しい『肉』を取り出し、齧りついた。よく焼けた『女エルフの腕』を。
一週間前に訪れたこの世界。最初に出会ったのが『エルフ』だった。長く、尖った耳と美しい容姿。長い寿命で有名な、ファンタジー物の定番種族のあいつらだ。
しかし、だ。現実のエルフは世のファンタジー好きオタク共の考えているような奴らじゃない。
連中、俺達を見るや、『蛮族』だの『劣等種』だのと抜かし、攻撃してきた。これが現実のエルフ。徹底的な自種族賛美と他種族蔑視。奴らが言うには、エルフこそ、神に選ばれし、至高の種族。それ以外の『下等生物』は死ね、だそうだ。世のエルフ好きは泣いて良い。
まぁ、そんな訳でエルフは非常に評判が悪い。とにかく偉そうにふんぞり返り、他種族を見下しているからな。当然だ。逆にダークエルフは非常に評判が良い。勤勉で実直。よく働く。魔王や邪神の元に仕えているのもそれが理由だ。それだけ優秀だからな。
さて、今回のエルフ達だが、俺達に喧嘩を売った時点でぶち殺し確定したんだが、それだけではなかった。つくづくクソッタレな奴らだった。イサムがキレる程のな。
奴ら、子供を拐い、人体実験をしていやがった! エルフ共をぶち殺していく内に見付けた施設。やけに必死に守っているから、これは何か有ると思い、探知をしたら、地下から複数のエルフ以外の気配。しかも、どれも弱々しい。これまでの経験と直感から、『クロ』と判断。即座にエルフ共を蹴散らし、建物の扉を文字通り蹴破り、突入。
建物内部に充満する、血の臭い。死の気配。間違いない。『当たり』だ。これまで何度も経験してきた。しかも、地下の弱々しい気配は次々と減っていく。まずい! 急がないと! 千里眼で地下の構造を把握。即座に跳ぶ。
空間転移で出た地下施設。そこには痩せ細った子供達が牢獄に閉じ込められていた。そして、証拠隠滅を図り、子供達を殺しているエルフ共。正に鬼畜外道の所業。その事がイサムの逆鱗に触れた。
結果から言えば、エルフ共は全滅。大部分はイサムが殺った。『剣鬼』モードのイサムがな。おかげで俺とコウの出番はほとんど無し。
その後、実験体にされていた内の僅かな生き残りを保護。全員、ハーフエルフだった。奴ら、ハーフエルフを蔑んでいるが、同時に恐れている。たまに、とんでもない力を持つ奴が生まれるからな。聞いてみた所、家族は皆殺しにされ、帰る場所が無いとの事。仕方ないので、ツクヨポリス(邪神ツクヨを崇拝している国の首都)の紅の大神殿へと送った。
「全く、最近ろくな奴に会わないな。この前の口だけ野郎に、今回のエルフ共。こうも立て続けにイサムの地雷を踏む奴らが続くのは困るな」
最近、イサムの地雷を踏む奴が多くて困る。この世界に来る前に訪れた世界でも、一騒ぎ有った。守る、守ると口だけで実力の無いカス。あまりに弱過ぎて、バカ過ぎて、イサムがキレた。
……あいつは大切な人を。育ての親である孤児院の院長先生を失っているからな。しかも、間接的にとはいえイサムに原因が有るし。そして数多くの『死』を見てきたあいつからすれば、軽々しく『守る』と口にする雑魚など、断じて許せない。
向こうは、ご自慢のパワードスーツを纏い、ごちゃごちゃと薄っぺらな正義をほざいていたが、あっさりイサムにパワードスーツごと素手でボコボコにされた。こんなカスに刀など必要無いってな。ご自慢のパワードスーツもめでたくスクラップだ。後でコウが回収してたがな。
すると今度は色ボケした小娘達がこれまたパワードスーツを纏い喧嘩を売ってきたから、俺が直々に『喰った』。一人ずつ捕まえて、頭から丸かじりだ。やはり、脳みそはコクが有って美味い。特に暗部当主(笑)の小娘は美味かった。しかし、笑わせてくれたな。暗部の意味を分かってない。暗部はその名の通り、裏の、闇の存在。目立ってはいけない。正体を伏せねばならない。なのに、生徒会長ってバカ過ぎる。暗部が目立ってどうする。その後、知り合いの暗部当主達に話したら爆笑されたぞ。
で、口だけのカスだが、あまりにもカス過ぎて、殺す価値すら無いと、イサムが判断。ただし、生き地獄をプレゼント。イサムはその魔技をもって、カスから全ての感覚と運動能力を断ち切った。もはや、生きる屍だ。何も感じず、何も出来ない。仕上げに俺がコンテナに詰めて、海に投げ捨てた。カスにはお似合いだ。
「理想を語って良いのは、それ相応の実力と実績を兼ね備えた奴だけだ。雑魚が吠えるな、ウザい」
コーヒーを啜り、先日のカスの事を思う。実につまらないカスだった。剣が主武装らしいが、まるでなっていない。ただ剣を振り回しているだけ。ガキのチャンバラごっこだ。その点でもイサムを怒らせた。あいつは根っからの剣士だからな。
「その点、ナナの奴は大したもんだな。俺に四肢を食いちぎられてもなお、ハルカを助けようと立ち向かってきたんだからな」
かつて戦った、魔女の事を思い出す。両腕、両足を失ってなお、闘志を失わず立ち向かってきたあいつを。弟子であるハルカを助けようと、命懸けで戦ったあいつを。
「『守る』ってのは、ナナみたいな奴にこそ、許された言葉だ」
今頃、あの師弟はどうしているだろうな? まぁ、元気にやっているだろうさ。と、そこへ突然の着信音。この着信音は真十二柱専用の端末だ。滅多に鳴る事の無いそれを見れば、送り主は真十二柱、序列二位。魔道神クロユリ。何事だ? こいつが連絡をよこすなんて。そもそも、俺と魔道神は反りが合わなくて、基本的に不干渉だ。にもかかわらず、連絡してきた。これはただ事ではないと、通話をオンにする。
魔道神から一通りの話を聞いた俺は、即座に決断した。ハルカの元に向かわねばならない。一刻の猶予も無い。空間転移でイサムとコウの元へ跳ぶ。幸い2人共、昼飯を食べ終わり、食後の茶を飲んでいた。俺は2人にざっと事情を説明する。『灰色の傀儡師』こと、灰崎 恭也がハルカを狙っている事を知り、イサムは顔色を変える。コウはいつも通りの無表情だが。
「ツクヨさん! 今すぐ、ハルカの所に行きましょう!」
ハルカが狙われていると知り、イサムは大慌て。そんじょそこらの奴ならともかく、『灰色の傀儡師』ときたもんだ。最悪の相手だ。
「マスター、私も一刻も早くハルカの元に向かう事を推奨します。『灰色の傀儡師』の存在は極めて危険です」
コウもイサムと同意見。『灰色の傀儡師』の恐ろしさをよく知っているからな。
「言われずとも、そのつもりだ。だが、その前に注意しておく事が有る」
魔道神から言われた注意事項についてだ。
「ハルカは先日、派手な事件に巻き込まれてな。やむを得ない状況だったとはいえ、人を殺した。で、今はハルカの為の慰安旅行の最中だそうだ。ある程度は持ち直してきたらしいが、また何かの拍子に崩れかねん。くれぐれも言動に気を付けろ」
「ハルカが……。分かりました」
「いずれ直面する問題でしたが、思ったより早かったですね。その話題については触れない事にしましょう」
イサムとコウに、ハルカと会った際の言動に注意するよう、あらかじめ釘を刺す。元々が一般人な上に、真面目で責任感の強い子だからな。ハルカの負ったトラウマは計り知れん。……潰れるか、それともハルカなりに、折り合いを付けるか。こればかりは本人次第。
「よし、さっさと後始末をつけるぞ。それと、手土産も忘れるな。魔道神の奴にケチを付けられたら癪に障るからな」
「相変わらず、ツクヨさんはクロユリ様の事が嫌いなんですね」
「うるさい! ごちゃごちゃ言わずにさっさと行け!」
壊滅させたエルフの里からの戦利品収集や、後始末が終わっていない。それらをさっさと済ませないといけない。いらん事を言うイサムを怒鳴って追い出し、俺も後始末に掛かる。幸い、俺は手土産が有る。
「さて、ハルカはどれを選ぶかな? ミルフィーユにもやろう」
先日、俺が喰った色ボケ娘達の纏っていたパワードスーツ。その後、なんかブレスレットみたいな形に変わった。いわゆる、待機形態らしい。だが、それでは味気ないんでな。俺が手を加えてアクセサリーにしてみた。趣味と実益を兼ねてアクセサリー作りをしているのが役立った。ペンダント、ピアス、髪飾り、等々。我ながら良い出来だと思う。
「さ、俺もさっさと用事を済ませよう。時間が押しているからな」
アクセサリーをしまい、俺もやるべき事をやる。金目の物や研究データの類いは根こそぎ頂く。最後は綺麗さっぱり、エルフの里を消し飛ばして終わりだ。
さて、その後、頂く物は全て頂いた上で、エルフの里を消し飛ばした俺は、イサムとコウと共に、ハルカ達のいる世界へと渡った。魔道神から聞いた座標を元に辿り着いた先は、一面の雪景色。そして、立派な別荘。さすがはスイーツブルグ侯爵家、大したもんだな。
「行くぞ、お前ら。久しぶりにハルカ達と御対面だ」
呼び鈴を鳴らし、別荘に入る。するとご丁寧な事に出迎えられた。魔道神クロユリ直々にな。
「よく来たな」
「呼ばれたからな」
元々、反りの合わない俺達だ。必要以上には話さん。余計なトラブルは御免でな。……まぁ、結局、揉めてお互いに顔面に一発、強烈な拳を食らう羽目になったが。ともあれ、俺達は魔道神に案内され、ハルカ達の元へ。
案内された先は、ダイニング。昼飯の最中だった。ふむ、アラビアータか。美味そうだな。まぁ、今は挨拶が先だな。堅苦しいのは性に合わないので、簡単に済ませる。一方、ハルカ達は騒然としている。特にナナの奴が親の仇みたいな目で俺を睨んでいる。以前、俺に負けた事を根に持ってるな。あ、魔道神に『なぜ、こいつらが来る?!』 と食ってかかりやがった。でも、すぐに返り討ちに合う。相変わらず、ハルカ絡みになると見境が無くなるな。
一悶着有ったが、何とか場が落ち着いたのを見計らい、俺達が来た理由を話す事に。『灰色の傀儡師』、灰崎 恭也を倒すべく、重要な戦力となるであろう、ハルカとミルフィーユの強化鍛練について。ナナの奴は案の定、不満顔だが、魔道神が異論、反論を一切却下。言っちゃ悪いが、なりふり構っていられない状況だ。それほど、『灰色の傀儡師』、灰崎 恭也はヤバい。
ハルカとミルフィーユの強化鍛練について話がまとまった所で、俺からも話す事が有る。『灰色の傀儡師』、灰崎 恭也についての新しい情報だ。全員が見守る中、俺は新しい情報を話す。
「『灰色の傀儡師』、面倒だから灰崎 恭也と呼ぶぞ。あいつ、以前から計画していた事を本格的に始めやがった」
「……例のあれか。奴め」
灰崎 恭也の以前からの計画と聞いて、渋い顔をする魔道神。
「灰崎 恭也の以前からの計画って何ですか?」
ここでハルカが質問してきた。おいおい、せっかちだな。まぁ、逸る気持ちも分かる。説明しないとな。
「灰崎 恭也は他人の身体を乗っ取り、記憶や能力を奪えるものの、誰でも良い訳じゃない。優れた能力を持つだけじゃなく、奴の魂を『受け入れられる』必要が有る。だけど、そう、都合良くはいなくてな」
俺が説明した所へ、魔道神が更に補足をする。
「だから、奴は考えた。見付からないなら、生み出せば良いと。奴はあちこちの世界から、優れた男女を集め、子を産ませる、いわばブリーダーを始めたのだ」
それを聞いて、ハルカ達も納得したらしい。
「人間の『養殖』ですね。確かに、わざわざ探し回るより効率的。それこそ、自分好みの『素材』を生み出せる」
あっさり『素材』と言い切る辺り、ハルカも『裏』に馴染んできているな。まぁ、それはさておき。
「奴は『養殖場』以外にも、クローン培養施設やら、人体実験やら、色々やっているぞ。特に厄介なのが、『人形』を政界、財界、軍、裏社会の実力者達の元に送り込み、協力者を増やしている所だ。若く、美しく、しかも従順な女奴隷が手に入る。性欲まみれの連中にはたまらないだろうさ。更には、奴の力をもってすれば、若い身体に魂を移し換えて、若返りすら可能。若さを取り戻せるとあらば、連中、喜んで、灰崎 恭也に協力する。つくづく恐るべきは人の欲望ってな」
俺の話を聞いて、嫌な顔をするハルカ達。特にハルカにはキツいか。だが、事実だ。灰崎 恭也は、人の欲望の突き方を良く心得てやがるのさ。
「俺からの話は以上だ。ハルカ、ミルフィーユ、君らも灰崎 恭也に身体を乗っ取られたり、洗脳されて性欲処理の操り人形になるのは嫌だろう? ならば強くなれ。勝て。負けたら、身体を乗っ取られるか、操り人形の二択だぞ」
俺の言葉に露骨に嫌な顔をする2人。しかし、これは比喩でもなんでもない。事実だ。もちろん、そんな事はさせん。その為に俺は、俺達は来た。
さて。改めて、俺はハルカとミルフィーユ、2人を見定める。……なるほどな。元々、素晴らしい逸材だったが、真面目に鍛練を積み重ねてきたらしい。以前より格段に成長している。特に驚いたのは、10代の若さで『根源の型』にまで至っている事だ。あれは魔道の極意の一つなんだがな。神である俺には見える。ハルカは『蛇』。ミルフィーユは『鳥』か。なるほど、らしいっちゃ、らしい。……そうだな、試してみるか。
「2人とも、一段と腕を上げたようだな。大いに結構」
とりあえず、ハルカとミルフィーユの二人に改めて挨拶。当然、2人も俺の元に来る。『甘いな』。
直後にハルカ目掛けて、繰り出す拳。予備動作抜きの不意討ちの一撃。本気では無いが、当たればただでは済まない。
「…………見事だ。前回と同じ威力と速さの拳だったんだがな」
「甘く見ないでください。以前と一緒だと思わない事ですね」
俺がハルカと初めて出会った際に繰り出した拳と同じ威力と速さの拳をハルカに繰り出したんだが、綺麗に捌かれた上に、反撃をみぞおちに打ち込んできた。それにだ……。
「……ミルフィーユ、人様に刃物を向けるなと教わらなかったのか?」
更におまけとばかりに、俺の喉に突き付けられた、黒い細身の刃。ミルフィーユの魔剣だ。あの状況で、正確に俺の喉笛に刃を突き付けられるとは、これまた大した腕だ。
「貴女は人では無いでしょう? 邪神ツクヨ」
澄まし顔で答えるミルフィーユ。食えない奴だ。まぁ、そうでなければ、貴族は務まらないか。
「これは一本、取られたな。非礼は詫びよう。君らがどれぐらい腕を上げたか知りたくてな。とりあえず、剣は納めろ。ハルカ、君も下がれ」
いきなり攻撃した非礼を詫び、ハルカとミルフィーユに退くよう告げる。向こうも本気ではない事は分かっていたらしく、素直に退く。……やっぱり、まだまだ甘いな。相手が下がった所を狙うなんぞ、ザラだぞ。ともあれ、俺は2人に今後について話す。
「君らの持つ適性。ハルカは『陰』。ミルフィーユは『陽』。それを徹底的に伸ばす。まずは、ハルカ。『水』属性を使いこなせる様になれ。それと『陰剣』を会得しろ。極限まで無駄を省き、鋭く研ぎ澄まされた、静かなる暗殺剣だ。極めれば、相手は斬られた事すら知らずに死ぬ。最終目標は、君の根源の型である、『蛇』の力をものにする事だ」
俺の説明に、あまり良い顔をしないハルカ。『陰剣』の名前自体、印象が悪いからな。しかし、文句は言わせん。ハルカには何としても、『陰剣』を極めてもらう。
「そう嫌な顔をするな。ある意味、『陰剣』は慈悲深い剣だ。相手に苦痛を与えず、速やかに葬り去るんだからな。君はむやみやたらと相手を苦しめる程、悪趣味じゃないだろう?」
「……まぁ、それはそうですけど」
我ながら、卑怯だとは思うが、口八丁でハルカを丸め込む。すまんな、なりふり構ってはいられないんだ。他の奴らは良い顔をしないがな。特にナナが睨んでいるし。
「続いてミルフィーユ。君はハルカと逆。『火』属性の強化、及び、『陽剣』を極めてもらう。『陰剣』とは真逆の『剛』の剣だ。圧倒的な破壊力で敵を討つ。そして、最終的にはハルカ同様、君の根源の型である、『鳥』の力をものにしろ」
おおざっぱにだが、2人に育成内容を話す。まぁ、あくまで、予定に過ぎないが。いかにハルカとミルフィーユが優秀といえど、そうそう、物事は上手くいかないのが、世の中だからな。
「私達が根源の型を会得した事、更にはその姿形までお見通しとは、さすがですわね」
そこへミルフィーユからの指摘。
「これでも、真十二柱のはしくれ。そのぐらい分かる。しかし、大したもんだな。根源の型を会得するのは並大抵の事じゃない。あれは魔道の極意の一つ。それこそ、何十年、何百年と掛けて、やっと至れるかどうかという程のもの。久しぶりに見たぞ」
実際、見かけないからな。なかなか至れないし、仮に至っても、死ぬ奴が多い。魔道の極意と言われているのは、伊達じゃない。全く、鍛え甲斐が有る。すると、噛み付いてきた奴がいる。ハルカの師匠である、ナナだ。
「本当にあんた達に任せて大丈夫なんだろうね? それにハルカは私が手塩に掛けて育ててきたんだ。余計な真似はしないで欲しいんだけど? せっかくのハルカの自分の『型』を崩されたくないんだよ」
自分の育てている弟子に他の奴が指導をするのが、よほど気に入らないらしい。魔道神から、異論反論は認めないと言われたはずなんだがな。それでも納得出来ないのが人情って奴か。
「安心しろ。俺達はあくまで、ハルカ達の持ち味を伸ばすだけだ。せっかくの『型』を崩す気は無い」
ハルカにしろ、ミルフィーユにしろ、良い指導を受けたおかげで、既に自分の戦い方を身に付けている。それを崩してしまっては意味が無い。
「……ふん。どうだかね」
ナナは不満顔だが、とりあえず引き下がった。俺としても、余計なトラブルは避けたい。
「まぁ、今すぐやろうって訳じゃない。せっかくの慰安旅行なんだろう? 今はゆっくり休んで楽しめ。とりあえず、コウとイサムの分の昼飯を頼む。俺は要らん」
どうにも雰囲気が良くなかったので、話題を変える。何より、今はハルカの為の慰安旅行の最中。ゆっくり休んで、英気を養うのが肝心。昼飯を食べていない事も有り、コウとイサムの分の昼飯を要求。
「仕方ないな。まだパスタは残っていたからな。追加でアラビアータを作ろう」
すると、魔道神が腕を振るうらしい。気に入らない奴だが、料理の腕は確か。任せて安心だ。その後、出来上がったアラビアータをコウとイサムが絶賛していた。……やはり、魔道神は気に入らない。
さて、その夜。俺が手土産に用意した酒(エルフの里からの戦利品)で、酒盛りが始まり、ナナを始めとする大人達が大騒ぎ。コウはさっさと逃げたが、イサムが捕まった。その挙げ句、大人達は酔い潰れて寝る始末。確か、ハルカの為の慰安旅行のはずなんだがな。
「ナナさん! こんな所で寝ないでください! ほら、部屋に行きますよ!」
「全く、困ったものですな。ハルカ嬢、私は後片付けをしますので、ナナ殿を部屋までお願いします」
どうやら、執事と協力して片付けるらしい。邪魔にならない様に、引っ込むとしよう。その場を後にする。さて、どうするかと思っていると、玄関から物音が。……行ってみるか。
そこにいたのは、魔道神達。もう帰るらしい。
「帰るのか」
「そうだ。用は済んだ。長居は無用。何より、灰崎 恭也を追わねばならん」
お互いに手短に話す。長話は嫌いでな。魔道神はさっさと去っていった。ただ、去り際にこう言い残した。
「ハルカとミルフィーユを頼んだぞ」
相変わらず、気に入らない奴だ。だが、あいつはそれでも、俺にハルカ達の事を託した。ならば、やり遂げるのが、筋ってものだ。
「言われずとも、やってやるさ」
既にいない魔道神にそう答える。……さすがに雪山だけあって、夜は特に冷えるな。格好良くキメたかったが、どうにも締まらない。
「この別荘、温泉が有るって言ってたな。入るとしよう」
いかに神といえど、寒いものは寒い。せっかく温泉が有るんだ。入らない手はない。場所は聞いていたので、温泉へ直行。
「ふぅ……良い湯だ。さすがはスイーツブルグ侯爵家の別荘」
温泉に浸かりながら、徳利と杯で一杯。良い温泉に美味い酒と肴。たまらんな。
邪魔者もいないし、温泉を独り占めとは実に贅沢。コウとイサムと共に暮らしているが、時々こうして1人になる。それが、俺達3人が500年に渡り、やっていけている理由だ。コウも時々、どこかに行くし、イサムは自ら手掛けたバイクで、どこかへ走る。2〜3日、帰ってこない事も珍しくない。
「やっぱり、ストレス解消は大事だよな。そう思わないか? 『ハルカ』」
温泉の入り口。そこにはハルカがいた。
「そんな所で立っていないで、入ったらどうだ?」
「……それじゃ、失礼します」
温泉に入るよう、促すと、断りを入れて遠慮がちに湯船に浸かる。相変わらず、真面目な性格だな。そして、お互いにしばし沈黙の時が流れる。……ここは、俺が切り出すかな。
「ハルカ。蒼辰国での一件については聞いた。当事者ではない俺が言うなと思うかも知れないが、あえて言わせてもらおう。君は間違っていない。灰崎 恭也の操り人形と化した女は、もはや人じゃない。そして、元に戻す方法は無い。殺すのが最適解だ。放っておいたら、他の女を洗脳し、仲間を増やすからな。ゾンビや吸血鬼みたいなもんだ」
残酷だが、蒼辰国での一件について触れる。案の定、ハルカの肩が小さく震えるが、この際、無視。どのみち、避けては通れんからな。すると、やっとハルカが口を開く。
「………………本当に間違っていないと言えますか? 最適解だと言えますか?」
ハルカらしくない、淡々とした口調だ。それに俺は答える。
「あぁ、間違っていない。最適解だ。少なくとも、あの時はそうするしかなかった。ハルカ、よく聞け。この世は理不尽だらけだ。救いたくても救えない。助けたくても助けられない。どうにもならない事が有る。たとえ、俺達、真十二柱でも。それどころか、全宇宙の頂点に立つ、創造主であろうとな。全知全能とはいかないんだ」
「……………………」
俺の話を黙って聞くハルカ。色々と思う所が有るんだろう。
「だがな」
俺は一旦、区切り、そして話す。
「間違っていないと、正しいは、同じじゃない。正邪で言うなら、君のした事は悪だ」
「……………………」
ハルカは相変わらず、黙っている。
「ハルカ。君のした事は間違っていない。あの時の最適解だった。しかし、正しいとも言えない」
現実って奴は、つくづく理不尽だ。最適の行いが、最善とは限らない。ハルカは間違いなく、最適解の行動をした。しかし、その事がハルカを苦しめている。そのハルカだが、小さく何かを呟いた。それはだんだん大きくなり、ついには、叫び声になった。
「………………どうして僕なんですか? どうして僕がやらなければならなかったんですか? 僕は別に、魔王の力なんていらなかったのに!!!」
それはハルカの心からの叫び。ナナ達に心配を掛けまいと、必死に抑え込んできたものが、一気に爆発したらしい。涙を流し、泣き叫ぶ。あらかじめ、結界を張っておいて良かった。
「……すまない。本来なら俺達、真十二柱が始末を付けるべき事なんだが」
「謝らないでください! 謝って欲しい訳じゃないんです!!」
俺としても、申し訳ないと思っている。本来なら、抑止力たる、俺達、真十二柱がするべき事を、1人の少女に押し付けてしまったんだからな。その事について謝罪するものの、ハルカは謝って欲しい訳じゃないと、叫ぶ。正直、無茶苦茶だ。だからといって、ハルカを責める事など出来ない。元々は一般人。平気な方がおかしい。
「すまない。その代わりと言ってはなんだが、俺で存分に憂さ晴らしをしろ。遠慮は要らん。結界を張ってあるからな」
手っ取り早いストレス解消。それは八つ当たりだ。とはいえ、並みの人間ならともかく、ハルカが手加減無しの八つ当たりなんかしたら、大惨事確定だ。……全く、真十二柱の一員である事に今日程、感謝した事は無い。既に辺りに結界は張ってあるし、いかにハルカが強くとも、まだ俺を傷付けるには至らない。そして始まる、ハルカの八つ当たり。
「……後で魔道神に、きっちり代金請求してやる」
こちらに向かってくる、無数の魔力の刃と冷気の嵐を見ながら、俺は一人呟いた。
「……ふぅ……さすがに肝が冷えたな。全く、将来が怖いな」
八つ当たりで大暴れした挙げ句、消耗しきって、失神したハルカ。倒れた所を抱き止め、湯船から上がる。ついでに、壊れた温泉も修復。さ、出るか。夜更かしは美容と健康の敵だ。ハルカをお姫様抱っこで運び、温泉から出る。
脱衣場で寝間着に着替え、ハルカも着替えさせる。再びお姫様抱っこで運ぶが、ハルカはうなされていた。夢の中でも苦しんでいるらしい。と、そこに聞こえてきた変な歌。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
その主はデブの三毛猫。変な歌と踊りを繰り返しながら、こちらにやってきた。そして、足元で歌って踊る。すると……。
「?! これは……」
うなされていたハルカが、安らかな寝顔になった。……そうか、これが。俺は、一人納得する。
「助かった。礼を言う」
ハルカの心を救ってくれた三毛猫に感謝の言葉を述べる。
「へ〜〜」
それに対し三毛猫は変な鳴き声で答える。さ、早いとこ、ハルカを部屋へと運ばないとな。
到着した、ハルカとナナの部屋。ドアを開けると意外や意外。酔い潰れて寝たはずのナナが起きて待っていた。
「夜分遅くすまんな。眠り姫のお届けに来た」
「ふん。そりゃどうも」
あからさまに不満そうなナナだが、それ以上は言わなかった。とりあえず、ハルカをベッドに寝かせる。
「……悪かったね。あんたに厄介事を押し付けてさ」
部屋から出る際に、ナナからそう言われた。
「気にするな。こちとら邪神だ。嫌われ、憎まれ、恨まれてなんぼだ」
そう言うと、俺は部屋を後にした。
「……灰崎 恭也。お前の好きにはさせん。必ず、討ち取る」
「ふ〜ん。言ってくれるね、邪神ツクヨ。ならば、僕も、それ相応の対応をしないとね。……僕の可愛い人形達。君達にはしっかり働いてもらうよ?」
「「「「「「「はい。偉大なる我らが主。唯一絶対にして、至高の支配者。灰崎 恭也様」」」」」」」
長らくお待たせしました。第120話です。
邪神ツクヨがこちらに来る前と、来てからの話。ファンタジー物の定番種族のエルフ。しかし、その実態は、最低最悪。自らを至高の種族と称し、他種族を見下すクズ。ダークエルフの方が評判が良いのが実情でした。邪神ツクヨ一家、特にイサムの怒りを買い、全滅。因果応報です。
そして、ハルカ達の元に来てからは、今後の強化メニューについて話す。ツクヨなりにちゃんと考えています。
夜、温泉にて、ハルカの抱える心の闇を知ったツクヨ。いくら強くても、元々は一般人。人を殺したトラウマはそう簡単には消えない。ハルカの八つ当たりにあえて付き合うツクヨでした。ですが、それでもトラウマは消えない。悪夢となって、ハルカを苦しめる。それを救ったのはデブの三毛猫、バコ様でした。
ハルカを部屋に送り届け、改めて、灰崎 恭也の野望阻止を決意するツクヨ。しかし、それをどこかから見て嘲笑う、灰崎 恭也。灰色の魔は、虎視眈々とハルカを狙っています。
次回、慰安旅行編、完結。
それでは、また。