第119話 魔道神は過去を想う。そして、未来に向けて策謀する。
「……思っていた以上に、大した器の持ち主だったな。なおさら、奴の手に渡す訳にはいかん」
「貴女にそこまで言わせるとは。ハルカ・アマノガワ。類い稀なる逸材ですね」
昨夜のナナ、ハルカ師弟との対談。ハルカは私に対し、私とナナの関係について問い質してきた。ただ似ているだけにとどまらず、ナナが全属性の魔法を使えるという異常な存在である事。これらの事から、疑問を持つに至ったらしい。
私としても、多少の迷いは有ったが、ハルカの真剣な眼差しを見るに、ごまかしはすべきではないと判断。真実を語る事にした。
私とナナの関係。それはオリジナルとクローンという事だ。まさか、今更になって、自分の過去の産物と対面するとは思わなかった。今となっては遠い昔。まだ、私が神に至る前。私が魔女だった時の。
今では遠い遠い、遥か幾星霜の時の彼方。かつて、私はただの人間だった。うだつの上がらない、一会社員であった。そんな私に降り掛かった災難。当時、私の住んでいた安アパートに夜中、隕石が落ちた。しかも、寝ていた私に直撃する形でな。
当然、私は即死。不幸中の幸いは、寝ていた事と、隕石の直撃故に、苦しむ間も無く死ねた事か。少しも嬉しくなかったがな。
普通なら、そこで終わり。だが、何の因果か、私の魂は冥界へと行かず、先代暗黒神に拾われた。本人が言うには、その日死んだ者の中から、適当に選んだらしい。かねてから、ネットの投稿サイトで小説を読むのが趣味の私。もしかしてと思ったら、案の定、転生を持ちかけられた。
とはいえだ。こちとら、その時点で三十路。目先の欲にかられたガキとは違う。よくありがちな、テンプレ踏み台キャラになるなど、まっぴら御免。望みを聞かれたので、特別な力などいらない。平穏無事に人生を送りたいと願った。某作品の爆弾魔の会社員みたいなものだ。殺人趣味は無いがな。しかし、あのクソハゲ、やってくれた。私に望みを聞いたが、それを叶えてやるとは言ってないと。そして、私を今の姿にした上、どこかへと飛ばした。
幸い、いきなり異世界に飛ばされはしなかった。飛ばされた先は、まるで高級マンションの部屋の様な場所。そこで私は当時、暗黒天使長であり、私の指導係として派遣されたアンジュと出会う。数日後には、アンジュの後輩にして、当時は暗黒副天使長のジュリとも出会い、みっちりと鍛練を積んだものだ。
日数にして、わずか7日。しかしながら、濃密な鍛練をクリアし、私は、遂に異世界デビューを果たした。だが、それは同時に、アンジュ、ジュリとの別れを意味していた。彼女達は私の指導係として派遣された。それを果たした以上、帰らねばならない。短い間ではあったが、これまで他人と必要以上に関わらなかった私にとって、彼女達とのふれあいは実に新鮮な体験だった。とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。お互いに別れを告げ、私は見知らぬ異世界へと踏み出した。
結論から言えば、私は異世界を舐めていた。魔女となり、アンジュ、ジュリから鍛えられたのだ。何とかなるだろうと思っていた。
今にして思えば、私はいわゆるファンタジー世界への転生で浮かれていた。当時の時点で三十路の私だが、アニメや小説が好きではあったからな。心のどこかで『主人公』気取りだったのだろう。だが、私は現実の厳しさを。見知った者が誰もいないという辛さを。何より、人間の恐ろしさを思い知らされる羽目になった。
襲ってくる魔物。これを殺すぐらいは造作もなかった。『殺す』ぐらいならな。問題は殺した後だ。初めて殺した際は、風の刃でバラバラに切断したのだが、これがグロテスク極まりない。辺り一面に血溜まり。切断面から剥き出しの内臓。血生臭い匂いが立ち込め、地獄の様な光景。込み上げてくるものに耐えられず、その場で吐いた。
さんざん吐いた後、やっとの思いでその場を離れた。正直、この時点で心が折れかけた。しかし、これから先、避けては通れない。その事を思うと、お先真っ暗な気分になった。
しかし、この事さえ、序の口に過ぎなかった。とりあえず、手近な街へと辿り着いたが、どうして良いか分からない。相談しようにも知り合いなんかいない。私は途方に暮れた。
仕方ないので、いかにも冒険者や傭兵らしい奴らを探し、その後を尾行。外れを何度か引いたが、やっと、仕事の斡旋所らしき場所に着けた。ただし、非合法の斡旋所だったがな。
非合法な分、身元もへったくれも関係無い。その代わり、どんな目に合おうが、自業自得。とはいえ、身元の保証の無い私には贅沢は言えない。とにかく出来そうな仕事は片っ端から受けた。ここで役立ったのが、私の美貌。世の中、見た目だと痛感した。いくら実力が有ろうが、やはり人は見た目の良い方を選ぶからな。
そして3年。私は数々の功績を上げ、その名を世に知らしめた。しかし、決して喜ばしいものではなかった。私の力や美貌目当ての男達など序の口。魔王復活を企む邪教集団に魔王復活の為の生け贄として狙われたり、マッドサイエンティストに追われたり、王位継承を巡る、お家騒動に巻き込まれたり。今、思い返しても、よく死ななかったものだ。挙げ句の果てに、謎の『塔』が現れる始末。
私が異世界デビューしてから2年目に突如として現れた巨大な『塔』。文字通り、天を衝く巨大さ。あまりに高く、その頂上が見えない程だ。当然、世間は騒然。まずは国軍が突入。しかし、ほぼ全滅という悲惨な結果に。だが、生き残りの2人が持ち帰った品が、人々の欲望に火を着けた。
まるで羽の様に軽く、ゴムの様にしなやかで、しかも、とてつもなく強靭な物質。一滴垂らしただけで、汚染された死の土地を再び豊かな土地へと甦らせた液体。まるで、アニメやゲームのアイテムの様な常識外れの品。しかも、他にもまだまだ『塔』の中に眠っている事が分かったのだ。欲にかられた人間達は、一攫千金を夢見、続々と『塔』へと向かい、やがて『塔』を中心とした街が出来た。
『塔』が現れて以来、私もそこを主戦場とした。確かに危険ではあるが、それを差し引いてもなお、『塔』から得られるものは魅力的だったからな。特に私の場合、魔道書を始めとする魔道関連の品々。おかげで飛躍的に私の魔道の実力が上がった。ただ、実力が上がる程、名を上げる程、クズ共が群がってきてな。ますます、他人と関わるのが嫌になった。この時ばかりは、自分の美貌を恨んだ。
そんな日々を送っていたのだが、そこへ思わぬ転機が。天界へと帰ったアンジュとジュリが再び来たのだ。
まさかの再会に驚いた。そして嬉しかった。これまで、ろくでもない奴らばかりだったからな。そして、私は2人に現状について話した。その結果、2人は私と共に『塔』攻略に参加してくれる事になった。ずっと1人で『塔』攻略を進めてきただけに、実に頼もしい限り。改めて2人に感謝したものだ。
元々、『塔』攻略メンバーの中では、最も先に進んでいた私。そこへアンジュとジュリが加わった事で、更に進行速度が上がり、遂に私達は『塔』の最上階へと辿り着いた。大事を取り、一旦、異次元に有る私の拠点に戻り、準備を整えた上で、私達は『塔』の最上階。その扉をくぐった。
そこで待ち構えていたのは、私と瓜二つの女。そいつは私のコピーと名乗った。『塔』に侵入した者の中から最も強い者を選んだ結果、生まれたらしい。『塔』は単なるダンジョンでは無かったのだ。そして始まった私達対、私のコピーの戦い。さすがは私のコピー。それまで戦ったどの相手よりも強かった。
最後は私の最高の術を使い、ギリギリの勝利を収めた。ただし、その代償として『塔』が消えてしまったがな。誰かがクリアすれば消える様になっていたらしい。
その後、私はアンジュと結婚し、彼女と共に有るべく、試練を乗り越え、遂に神の座へと至り、魔道神となった。そして、あの『大戦』が勃発。世界は死んでしまった。新たな創造主と私達、生き残りの神魔11人の力を持って、何とか復活させる事に成功したが、もう御免だ。
「しかし、私のコピー。クローンが他にもいたとはな。どうやら『塔』の他にもクローン生産システムが有った様だな。『塔』で得られたデータを元に生産されたか。全く、『三代目』め。余計な真似をしてくれる」
「まぁ、カオルさん程の方のクローンなら、別段おかしくないッスね。アタシも製作者の立場なら、作るッス。それだけの価値は有るッスからね」
昔の事を思い出した私の呟きに、ジュリが相槌を打つ。
「まぁ、今更、ナナをどうこうするつもりは無い。それよりもハルカ。そしてミルフィーユだ。彼女達はこれから先、重要な戦力となる。『灰色の傀儡師』。いや、『灰崎 恭也』を討ち滅ぼす為のな」
ハルカ・アマノガワ。彼女が、真十二柱、序列十一位。魔氷女王の身体を受け継ぐ転生者である事は知っていた。だが、ここで予想外の人物が現れた。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。『ハルカと対を成す存在』。
序列十二位の邪神ツクヨから話を聞いて驚いた。奴に痛みを与えたというのだからな。序列こそ私達、真十二柱の中で最下位だが、それは奴が最も若手だからだ。その実力は真十二柱の中でも上位に入り、並大抵の相手の攻撃など全く効かない。その邪神ツクヨに攻撃が通ったというのだ。
「かつて私が封印した魔宝石を与えたそうだしな。その上、あの女狐。遊羅の奴も魔剣を与えた。真十二柱に認められるとは、彼女もまた、計り知れない存在だな」
私達、真十二柱はそう簡単には認めはしない。逆に言えば、それだけミルフィーユ・フォン・スイーツブルグの秘めたる可能性が凄いという事だ。まぁ、今はまだまだ原石に過ぎんがな。
「これからあの2人をどう鍛え上げようか考えているのですね、カオル」
「……まぁな」
さすがはアンジュ。我が妻だけあって、私の考えを読んだか。そう、私は、ハルカとミルフィーユ。この2人の育成について考えていた。さて、誰にやらせるか。私がやっても構わないが、そうもいかない。私は『灰色の傀儡師』、灰崎 恭也を追わねばならない。後手後手に回ってはいるが、だからといって、野放しには出来ない。
「でも、誰にやらせるんスか?」
誰にやらせるか、問うジュリ。問題はそれだ。真十二柱は実力はともかく、人格面に問題有りな奴が多いからな。それに、ハルカとミルフィーユはタイプが違う。それぞれに合った奴を選ばないといけない。潰してしまっては意味が無い。
「魔剣聖は却下ですね。少なくとも、今の時点では無理。彼の領域に踏み込んだ途端に、斬り殺されるのがオチですから」
まず、魔剣聖は却下とアンジュ。私も魔剣聖は無いと考えている。『今は』。
ハルカは嫌がるだろうが、魔剣聖はハルカの行き着く戦闘スタイルの極致だ。ハルカの剣は、無駄を省き、静かに速やかに敵を斬る『陰剣』。そして魔剣聖こそ『陰剣』を極めし者。今は無理だが、いずれ魔剣聖の元へと行かせよう。魔剣聖は別に『他者を憎んではいない』。ただ、『無意味』『無価値』『無用』であるから『排除』しているに過ぎない。逆に言えば、そうではないと証明出来れば。自らの『価値』を示せたならば、魔剣聖は『排除』しない。……もっとも、奴に『価値』を認められた奴など、私達、真十二柱を含めても、ほんの僅かだが。
「ミルフィーユは武神の所へ行かせよう。彼女は『陽』だからな。しかし、こちらも今は無理だな。最悪、死ぬ」
続いてミルフィーユの育成についても考える。タイプからすれば、武神が最適。しかし、奴じゃ殺しかねない。少なくとも、今はまだ無理。となれば、候補は絞られてくる。
「……少々、癪に障るが、ここはあいつに頼むか。格闘術、剣術、魔道。いずれも教えられる上、ハルカ、ミルフィーユの両方共に面識が有るからな」
曲者揃いの真十二柱。その中から、ハルカとミルフィーユを鍛えるのに向いている奴。消去法で絞り込んでいくと、1人が残る。正確には、そいつの連れも含むが。
「序列十二位、邪神ツクヨですね、カオル」
「そうなるな。あいつは、最新型。私と武神のデータを元に生み出された。格闘も魔道もこなせる。どちらかといえば、格闘寄りだが。それに、連れの2人。大和 勇は、剣の天才。あの、魔剣聖に『価値有りと認めさせた』程のな。更に、ツクヨのお目付け役たる、コウは、大いなる知識の宝庫の生体端末。その知識に裏打ちされた魔道の実力は私に次ぐ。何より、あいつらは2人と面識が有るのが大きい」
「そりゃまぁ、どうせ習うなら、知らない相手より、知っている相手の方が安心出来るッスね。他がダメ過ぎるのも有るッスけど」
私の考えにジュリも同意。しかし、ついでに他の真十二柱にダメ出し。否定出来ないのが、辛いな。さて、当のハルカ達だが、朝食を食べ終わるや、すぐに外に遊びに行った。元気な事だ。ちょっと様子を見てくるか。
「おぉ、いたいた。雪だるまを作っている様だな」
外に出た所、向こうで雪玉を転がしているハルカを見付けた。雪だるまを作る気らしいが、大丈夫か? 普通の人間ならともかく、君がやると、面倒な事態に……。
そう思っていたら、案の定、面倒な事態に。次々と雪玉が現れて雪だるまになり、パレードを始めた。ハルカが困惑し、そこへナナがスキーでやってきて説教を始める始末。雪山の精霊達からすれば、遥か上の存在であるハルカ。そんな彼女の為に接待をしている訳だが、ぶっちゃけ迷惑でしかない。結果として、ナナから説教を食らう羽目になったしな。
「とりあえず、ツクヨと連絡を取るか」
説教されているハルカを尻目に、私はツクヨと連絡を取る事に。ハルカとミルフィーユの育成の依頼をせねばならん。それに、あいつも一応、『灰色の傀儡師』灰崎 恭也を追っている。その辺の情報も聞きたい。私達、真十二柱専用の端末を使い、呼び出す。幸い、すぐに出た。
『誰かと思えば、あんたか。何の用だ?』
聞こえてきたのは若い女の声。序列十二位、邪神ツクヨだ。相変わらず、礼儀のなっていない奴だな。だが、構わず話を続ける。
「久しぶりだな。早速だが、お前達に依頼をしたい。ハルカ・アマノガワ。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。この二人の強化鍛練だ。報酬はそちらの言い値で構わん」
私は率直に依頼内容を告げる。幸い、ツクヨはハルカ、ミルフィーユ共に面識が有る。何より、あいつも真十二柱のはしくれ。事情を察しない程、バカではない。
『……あのクソッタレな傀儡師絡みか。分かった、引き受けよう。それと、俺の方も、灰崎 恭也について話が有る。用意が済み次第、そちらに行く』
さすがに話が早いな。だが、向こうも話が有るらしい。
「分かった。座標は分かるな? ちなみに今、私はスイーツブルグ侯爵家の別荘に滞在していてな。ハルカ達もいる。手土産を忘れるなよ? それと、今、ハルカは精神的に不安定な状態だ。先日、初めて人を殺してな。この旅行もハルカの為の慰安旅行だ。くれぐれも、言動には気を遣え」
『…………そうか。分かった、ウチの2人にも伝えておく。手土産もちゃんと持参する。では、またな』
そう言って、ツクヨは通話を切った。さて、どうするか? あいつが来るにしても、すぐには無理だろう。そうだな、久しぶりに羽を伸ばすか。
「アンジュ、ジュリ、久しぶりの下界だ。スキーを楽しむのも、また一興」
「そうですね。下界に来るのは久しぶり。ましてや、任務外では」
「下手なブラック企業顔負けの忙しさッスからね。スキーなんて、いつ以来だか?」
神というのも、なかなか多忙でな。まとまった休みなど滅多に取れん。たまに下界に降りても基本、任務絡み。今回の様に、任務外で下界に降りてきたのは、いつ以来か。ともあれ、私達もスキーをしようかと思っていたら。
「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」
聞こえてきたのは変な歌。その主は丸々と太った、大きな三毛猫。変な歌を歌いながら、これまた変な踊りを踊っている。そして、私の足元へとやってきた。
「……お久しぶりです。相変わらず、息災な様で何より」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
私の挨拶に、相変わらずの意味不明な歌で返す。……正直、私の挨拶など全く通じていないだろうが。
「カオル、挨拶をしても無駄では……」
「失礼は百も承知ッスけど、向こうは既に頭が完全にボケてしまっているッス。今や、カオルさんが真十二柱のまとめ役ッスよ。むやみにへりくだるべきではないッス」
アンジュは挨拶をしても無駄と言い、ジュリに至っては、かなり辛辣だ。私としても分かってはいるがな。
「まぁ、そう言うな2人共。やはり、礼儀は大切だからな」
私は2人にそう言うと、三毛猫を抱き上げ、リビングのソファーまで運び、寝かせる。
「ここで休んでいてください」
アンジュとジュリを待たせている事も有り、三毛猫が寝たのを確認して玄関に向かう。神だって、たまには遊びたいのだ。
さて、久しぶりに下界でスキーを存分に堪能したが、そろそろ昼時。昼食を作らねばならんな。ハルカ達は向こうで雪合戦に興じている。一足先に戻って、準備をしよう。何を作ろうか? 昨日は鮭尽くしだったからな。とりあえず、アンジュに聞くか。
「アンジュ、昼食は何が食べたい?」
こういう時は率直に聞くのが私のやり方だ。私の問いに、アンジュはしばし考えて答える。
「そうですね。パスタが食べたい気分です。種類はおまかせします」
「あの〜、アタシの意見は?」
「お前には聞いてない」
アンジュからのリクエストはパスタ。ふむ、そうだな。ここはアラビアータにしようか。今回は大人が多いし、酒に合う。そうと決まれば、すぐに取り掛かろう。ジュリ? 無視だ。
一足先に別荘に戻った私は、すぐにキッチンに向かう。ハルカ達も腹を空かせているだろうからな。必要な食材を取り出し、調理開始。まずは、オリーブオイルにニンニクと唐辛子の香りを移すべく炒めよう。パスタも同時進行で茹でよう。
「アンジュ、人数分の皿を出してくれ。フォークもな」
「分かりました」
調理の傍ら、アンジュに食器の用意を頼む。あぁ、ワイングラスもいるかな。
そうこうしている内に、アラビアータが完成。調理中にハルカ達も戻ってきており、匂いに気付いてやってきた。特にハルカは熱心に私の調理を見ていた。
「ふむ、全員揃ったな。なら、昼食にしよう。さっさと席に着け」
私の指示の元、全員、席に着く。そして、人数分のアラビアータを配る。それと大人組にはワイングラスを。未成年のハルカとミルフィーユにはグラスを。
「よし、それでは。いただきます」
私のいただきますの号令で昼食開始。まずはアラビアータを一口。……うむ。今回も良い出来だ。ニンニクと唐辛子の香りと辛さ。トマトの酸味。バターのまろやかさが上手く調和している。とりあえず、赤ワインでも出すか。亜空間から赤ワインのボトルを取り出し、ワイングラスに注ぐ。これも私への献上品であり、最高クラスの逸品だ。
ワイングラスを傾けつつ、食卓の風景を眺める。幸い、私の作ったアラビアータは概ね、好評の様だな。大人組は酒を。ハルカとミルフィーユの未成年組は、果汁100%ジュースを飲みつつ、料理に舌鼓を打っていた。作った甲斐が有る。と、そこへ新たな来客が。一堂が騒然とするが、私が手で制する。
「落ち着け。私が呼んだ相手だ。お前達も知っている奴だ。とりあえず、出迎えるとしよう。お前達はここで待て」
ハルカ達をその場に待たせ、玄関へと向かった。
向かった玄関。そこには予想通りの奴らがいた。真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨとその連れ。コウとイサムだ。
「急に呼び出した上、依頼までしてすまなかったな。だが、事態が事態だけに、そうも言っていられなくてな」
「別に構わないさ。確かにヤバい事態だからな。それに俺としても、お気に入りに手を出されるのは気に食わん」
私は突然の呼び出し、そして依頼について詫びるが、それは別に構わないと語るツクヨ。だが、ここで態度を豹変させる。
「そして、それはお前も例外じゃないぞ、魔道神」
そう言うや否や、顔面に強烈な一撃を食らう。とっさにたたらを踏んで、倒れるのを堪えるが、鼻から鮮血が滴る。……相変わらず、女の顔を平気で殴るな。
「何、勝手にハルカに手を出してやがる。ハルカに対しては、現状、観察を維持と真十二柱会議で決まっただろうが」
自分の数少ないお気に入りであるハルカに、私が手を出した事を相当、怒っているらしい。しかし、私とて、真十二柱。殴られて泣き寝入りはしない。
「確かにその通り。しかしだ。あの灰崎 恭也がハルカを狙っていると分かった以上、彼女を抹殺するのが一番、確実かつ、手っ取り早い。それと私からも言わせてもらおう」
直後にツクヨの顔面を殴り付ける。綺麗に入ったな。鼻の軟骨を潰した感触が拳に伝わってきた。だが、ツクヨは倒れない。私と同じく、たたらを踏んで堪える。その鼻からはこれまた私と同じく、鮮血が滴る。
「その件については弁解はしない。だがな。お前こそ、何を勝手に私が封じた魔宝石を解放した。ましてや、ミルフィーユに与えるとは。あれがどれ程の危険物か分かっているのか?」
私もまた、ツクヨに対し、怒る。かつて私が危険視し、厳重に封印した魔宝石。それを解放したばかりか、ミルフィーユに与えたのだ。一つ間違えば、大惨事どころでは済まない。
「そりゃ、悪かったな。だったら、もっと強力な封印を施すんだな。『夜桜』にしてもな」
お互いに鼻血を流しながらも、口論は続く。端から見れば、さぞや間抜けな光景だろう。しかし、いつまでもこうしてはいられない。
「お二方共、この場は抑えてください。双方、それぞれの事情が有ったのですから」
ここで仲裁に入ったのが、ツクヨの従者であり、参謀の無表情な美少女、コウ。真十二柱が口論、及び、両者共に、顔面に一撃食らった険悪な雰囲気などものともしない辺り、彼女は大物だ。
「とりあえず、私は昼食を所望します。先程から、ニンニクと唐辛子を効かせた良い匂いが漂ってきます。時間帯からしても、昼食時ですから」
その上、昼食を要求してくるか。全く、大物だ。さすがはツクヨの片腕。こうでなくては、真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨの従者は務まらないか。彼女のおかげで、険悪な雰囲気は雲散霧消した。私も考えを切り替える。
「分かった。それじゃ、上がれ。ただ、お前達がこんなに早く来るとは思っていなかったんでな。お前達の分の昼食は適当だぞ」
「とりあえず、コウとイサムの分さえ有れば良い。俺は『たらふく喰ってきた』からな」
こいつらが予想以上に早く来たせいで、昼食は簡単な物しか作れない事を告げる。それに対し、コウとイサムの分さえ有れば良いとツクヨ。そうか。『喰って』きたか。ならば、こいつの分は要らないな。
「分かった。1人分とはいえ、手間が省ける。ただし、ハルカの前で余計な事は言うなよ」
「そこまで空気が読めなくはないさ」
念の為、ツクヨに余計な事は言うなと釘を刺し、3人を連れて昼食の最中のダイニングへと向かった。
「急に席を外してすまなかったな。私の呼んだ者達が到着したんでな。良いぞ、入ってこい」
ダイニングに戻り、席を外した事を詫びつつ、今回呼んだ3人を招き入れる。その姿を見て、またしても、一堂騒然となる。
「久しぶりだな、お前ら」
「ご無沙汰しています」
「……お久しぶりですね」
思わぬ来客に騒然とするハルカ達。そんな彼女達に久しぶりと再会の挨拶をするツクヨ達。
「どういう事だい、これは?! なぜ、こいつらが来る!」
いち早く、混乱から復帰したナナが私に食って掛かる。想定外の事態にも関わらず、すぐに復帰する辺りはさすがだな。もっとも、私に食って掛かるのは良策とは言えんがな。ともあれ、落ち着かせないと話しにならん。私は即座にナナの手首を取り、背後に回って手首と肘の関節を極める。
「気持ちは分かるが、落ち着け。でないと、手首と肘を破壊するぞ」
「ナナさん!!」
「くっ!! ……分かったよ。分かったから、放しとくれよ。利き腕を壊されたら困るんだよ」
私の脅し文句にハルカが悲痛な声を上げる。ナナの方も、痛みで頭が冷えたらしい。内心はどうか知らないが、少なくとも話を聞く気になった様だ。そこまでバカでは無いか。そう判断し、手首を放す。
「痛たた……。クソ、随分と手荒だね、魔道神様は……」
「大丈夫ですか? ナナさん」
「あぁ、大丈夫だよ、ハルカ。痛かったけど、別段、異常は無い」
解放してやった途端、即座に私から距離を取るナナ。そこへ、ハルカが駆け寄り、大丈夫かと聞く。それに対し、大丈夫だとナナが答える。私としても、手加減したしな。さて、説明を始めるか。
「そのまま昼食を食べながらで良いから、聞け。『灰色の傀儡師』、灰崎 恭也との来るべき対決。それにおいて、ハルカ・アマノガワ。ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。この両名を極めて重要な戦力と見ている。そこで、私は真十二柱の中から、彼女達を鍛え上げるにふさわしい相手として、序列十二位。邪神ツクヨを呼び出した次第だ。これは真十二柱、序列二位、魔道神クロユリの名においての決定だ。異論、反論は一切、認めん」
私は異論、反論の間を与えず、一気に言い切る。ナナは露骨に不満顔だが、無視だ。私としても、邪神ツクヨなんぞに頼りたくはない。しかし、贅沢を言っている場合ではない。その辺は、ツクヨもよく分かっている。私の後を継いで、話す。
「突然の話で、お前らも色々思う所が有るだろう。俺だって、こいつの指図に従うなんぞ、嫌だ。でもな、クロユリの言う様に、状況がヤバい。それに、俺の数少ないお気に入りであるハルカをあの傀儡師に奪われてたまるか。と、いう訳だから、俺とコウ、イサムの三人でビシバシ鍛え上げてやる。……言っておくが、覚悟しとけよ。半端な気持ちじゃ、死ぬからな」
普段は割りと適当なツクヨにしては珍しく、真剣な態度に、ハルカとミルフィーユも、自らに課せられた責任の重大さを痛感したらしい。その表情は真剣そのものだ。ふむ。やはり優秀な2人だ。迫り来る危機を悟っている。バカはそれが理解出来ないからな。ともあれ、これで、2人を鍛え上げる最高クラスの教師が出来た。
「まぁ、そういう事だから、よろしくな。ちなみに、格闘に関しては俺、邪神ツクヨ。剣術はイサム。魔道はコウが教える。それとだ。俺からも報告が有る」
ツクヨはそれぞれの担当する内容を皆に語る。だが、それだけではない。報告が有ると。
「『灰色の傀儡師』灰崎 恭也についての新しい情報だ。良く聞けよ、お前ら」
奴についての新しい情報か。『灰色の傀儡師』の名に、一堂、緊張が走る。一体、何が語られるのか? ……少なくとも、吉報ではないな。長年の経験と直感がそう告げていた。
長らくお待たせしました。第119話です。
自らの過去を振り返る魔道神クロユリ。彼女も波乱万丈な人生を送ってきたようです。
そして、未来に向けて策を練ります。『灰色の傀儡師』。かつての名を灰崎 恭也。こいつを討つにはハルカとミルフィーユの強化が不可欠と判断。その為の指導員として選んだのは、真十二柱、序列十二位。邪神ツクヨと、その側近。コウとイサムでした。
魔道神からの依頼を受け、それを了承した邪神ツクヨ。しかし、ツクヨからも報告が有るとの事。
そして、ハルカ達と再会した邪神ツクヨ一家。『灰色の傀儡師』灰崎 恭也に関する新しい情報を持ってきた彼女達。事態は大きく動き始めました。
では、また次回。