表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と魔女さん  作者: 霧芽井
118/175

第117話 魔道神クロユリとの対談。『慈哀坊』と『魔剣聖』

 蒼辰国での別れ際の言葉通り、日を改めてやってきた魔道神クロユリ一行。そんな彼女からまず語られたのは、蒼辰国での事件を裏から糸を引いていた黒幕。『灰色の傀儡師』についての説明。改めて、恐ろしい奴だと思い知らされた。


 自らの存在を悟らせない隠密能力。数多くの優秀な女性達を洗脳、支配し、意のままに操るその魔力。操り人形と化した女性達を使い、自らの手を汚さず事を成す、狡猾さ。滅多に姿を現さない用心深さ。引き際を見極める戦局眼と、退く時は一切の躊躇なく退く、撤退の上手さ。そして、今なお、決して捕まらない逃げ足の速さ。


 自らの存在をひた隠し、狙った獲物に忍びより、全てを奪う恐るべき存在。それが『灰色の傀儡師』。


 魔道神クロユリから聞かされたその内容に、僕を始め、皆、戦慄する。


 単に強いのとは違う。こんな奴、一体どうやって倒せば良いんだ? 立ち向かってくるなら、ともかく、まともに戦おうとしないんだから。まさに、生存本能の権化だ。


 しかし、知りたい事は他にも有る。それは僕自身にも深く関わる事。真十二柱について。


 幸いな事に、今この場には真十二柱の序列二位、魔道神。序列五位、暗黒神がいる。真十二柱の事は真十二柱に聞くのが一番手っ取り早い。


 だから、僕は魔道神に真十二柱について教えて欲しいと頼んでみた。その結果、教えてもらえる事に。







「そうだ。真十二柱について話す前に、一つ言っておこう。『灰色の傀儡師』はぶっちゃけ、戦闘面に関してはスカスカの雑魚だ。お前達の足元にも及ばん。それこそ、その辺のチンピラにあっさり殺られる」


 真十二柱について話す前に、『灰色の傀儡師』に関する事を魔道神が教えてくれた。意外な事に、戦闘に関しては弱いらしい。まぁ、『傀儡師』って言うぐらいだからね。戦うのは自分の操り人形と化した女性達に任せ、自分は安全な場所から操作。戦闘に関しては捨てる代わりに、操作、探知、隠密に特化しているのか。しかし、その辺のチンピラにあっさり殺られる程、弱いとはね。まぁ、それはともかく、今は真十二柱についてだ。早く教えて欲しい。


「では、お待ちかね。真十二柱について話そう。ジュリ、映像を出せ」


「人使いが荒いッスね〜。了解ッス」


 再び暗黒天使長ジュリさんに指示を出し、空中に新しい映像が映し出された。


「それでは真十二柱について説明しよう」


 こうして、魔道神による真十二柱についての説明が始まった。








「まず、真十二柱。全ての神魔の頂点に立つ存在であり、現在、生存する真の神、真の魔王だ。もっとも、今は欠員が出てしまい、厳密には十二柱とは言えんがな」


 そう語る魔道神。その欠員が僕の今の身体の元の持ち主である、魔氷女王なんだよね。なぜ亡くなったのか知らないけど。そんな中、魔道神は話を続ける。


「かつての大戦。その辺はお前達も多少なり、知っているだろう?」


「まぁね。随分、派手にやらかしたらしいじゃないか。結果、ほぼ全ての神魔が死に絶える程に」


 かつての創造主の座を巡る大戦。魔道神の問いかけにナナさんが答える。


「その通り。だがな、実際はその程度の事態ではなかった。よく聞け。かつての大戦の結果、『それまでの宇宙は滅びた』」


 ……魔道神の口から明かされた、衝撃の事実。かつての大戦は神魔のみならず、宇宙を滅ぼしてしまったらしい。


「大変だったな、あの時は。何せ、新たな創造主を除くと、生き残りの神魔が私とアンジュを含めて、11人しかいなかったからな。滅びた宇宙をどう立て直すのかに頭を抱えたものだ」


 そりゃ、そうだろうね。文字通りの壊滅状態だし。


「結局、質より量で、劣化版の神魔を大量生産し、そいつらを使って宇宙を立て直した。そして私達、生き残りの真の神魔11人は全ての神魔の頂点に君臨する事となった。これが真十二柱の始まりだ。再び宇宙が滅びる事の無いよう、監視。及び、必要と有らば介入するのがその務めだ」


 ざっくりとだけど、真十二柱の誕生、及び、その務めについての話を聞けた。僕を殺そうとしたのも、真十二柱としての務めに従っての事だったんだ。……命を狙われた僕としては、複雑だけど。そこへナナさん。


「ふん、御大層なお務めな事だね」


 不愉快そうな態度。まぁ、ナナさんとしても、自分の弟子である僕を殺されそうになったんだ。面白い訳が無い。でも、それだけでは収まらなかった。


「で、その御大層なお務めを担う、真十二柱の皆様方はちゃんと機能しているのかい? 悪いけど、私にはそうは見えないね。かつて私達が出会った邪神ツクヨにしろ、あんたにしろ、およそ、団体行動の出来るタイプじゃないね。実力は有るけど、我が強すぎる。言い方を変えれば、曲者なんだよ、あんた達は」


 ナナさんは魔道神に対し、真十二柱がいわゆる抑止力として機能しているとは思えないと指摘。その根拠として、ツクヨと魔道神を挙げ、あまりに我が強すぎる。団体行動の出来るタイプじゃないと。その辺は僕も同感。それに実力者って、性格や態度に難有りな人が多いよね。


 そんなナナさんの無礼とも言える指摘に、魔道神は渋い顔。しかし、怒らない。やがて、口を開いた。


「……無礼な奴だな。だが、その通りだ。残念ながら、私達、真十二柱は抑止力としてはまともに機能していない。ナナ、お前の言う通り、先の大戦を生き残った神魔は、ほぼ皆、曲者揃いでな。良識派は序列十一位の魔氷女王ぐらいだった。今でも思う。惜しい奴を亡くした」


 ナナさんの指摘は正しかった。真十二柱は抑止力として、まともに機能していないらしい。曲者揃いで、良識派は魔氷女王ぐらいだったと。でも、その魔氷女王はもういない。僕はあくまで、その身体を持つ転生者であり、魔氷女王本人じゃない。


「とりあえず、現在いる真十二柱の一覧表とかは無いのかい?」


 ナナさんは真十二柱の一覧表とかは無いかと質問。やはり、資料は欲しいよね。


「それなら、ここに有ります」


 今まで黙っていた暗黒神がここで出てきた。そしてプリントをみんなに配る。


「現在、生存している真十二柱の簡単な資料です」


 さっそく、受け取ったプリントを読んでみる。顔写真付きで、名前と簡単な説明が書かれている。しかし……。


「序列一位の所だけ、空白じゃないか。どういう事だい? 説明しな」


 ナナさんの言う通り、なぜか序列一位の所だけ空白になっていた。どういう事だろう? 当然の疑問に魔道神が答える。


「序列一位に関しては、特秘事項でな。その情報は非公開になっている」


「……なぜ?」


「特秘事項だ」


 序列一位の事は特秘事項にして、非公開だという。その理由を問うナナさんだけど、それさえ特秘事項の名の元、魔道神は切り捨てる。だったら、質問を変えよう。


「質問です。序列一位は強いんですか?」


 序列一位がどんな方か、どこにいるのか、等は答えてくれそうもない。だったら、どれぐらい強いか聞いてみよう。それぐらいなら、いけるか?


「序列一位の強さか……。まぁ、それぐらいなら良いだろう。当然、強い。真十二柱の筆頭だからな。我等、真十二柱の残り11人が束になって掛かっても勝てん。あの方は別格の存在だ。かつて、一度だけ手合わせ願った事が有ってな。結果、完膚なきまでに叩きのめされた」


「……分かりやすい説明、ありがとうございます」


 序列一位がどんな方かは分からないけど、強いのは確からしい。というか、真十二柱の残り11人が束になって掛かっても勝てないって、シャレになってない。ナナさん達も顔がひきつっている。以前の邪神ツクヨ戦で真十二柱の強さは身に染みて知っているからね。まぁ、それはそれとして、僕はナナさんに自分の考えを話す。


「ナナさん。今の時点で序列一位について少なくとも、2つの事が分かりました。凄く強い事。そして『今も生きている』事」


「……まぁね。少しは成長したじゃないか」


 ぶっきらぼうな口調ながら、ナナさんは僕の考えを認めてくれた。序列一位が生きているという一番の根拠。それは渡された資料。暗黒神は『現在、生存している真十二柱の資料』と言っていた。でも、それ以上の情報は引き出せそうもない。ならば、他の事を聞こう。


「次の質問です。序列十位の方なんですけど。この方、もしかして、よろず屋 遊羅(ユラ)って名乗っていませんか?」


 暗黒神からもらった、一覧表。その中に、最近出会った胡散臭い商人の顔が有った。この胡散臭い笑顔、間違いない。


「いかにも。真十二柱が序列十位にして、至高の商人であり、職人。よろず屋 遊羅(ユラ)こと、戯幻魔 遊羅(ユラ)だ。お前達はあいつに気に入られたみたいだな。あいつは気に入った相手にしか、商売をしない。お前達があいつの作った武器を持っているのが何よりの証拠」


 案の定、それを認める魔道神。そんな事だろうと思ったよ。


「やっぱりあの女狐、そうだったのか。まぁ、神器、魔器(真の神、真の魔王が使う品)を取り扱っている時点でバレバレだったけど。そんな物、並大抵の奴には無理だからね」


 ナナさんもよろず屋 遊羅(ユラ)こと、戯幻魔 遊羅(ユラ)の事を語る。あれほど格の高い品を取り扱っている時点で、ただ者ではないし。


「私としては、あいつがお前達に武器を与えた事が驚きだ。滅多に無い事だからな。胡散臭い奴だが、こだわりは人一倍。いくら金を積んでも、気に入らない相手には断じて売らない。あいつがどういう心境だったかは知らんが、お前達は幸運だったな」


 その辺は同感。あの人が一体、何を思ってナナさん達に武器を譲ってくれたのかは分からない。あの胡散臭い笑顔の裏側は全く読めないし。


「他には何か無いか?」


 まだまだ質問タイムは続くらしい。







「では、我から質問だ。真十二柱の中でも、特に危険な者は誰だ? 聞けば、真十二柱は一枚岩ではなさそうだからな」


 今度はクローネさんからの質問。真十二柱の危険人物について。曲者揃いらしいし、どんな危険人物がいるかもしれない。妥当な判断だね。


「ふむ。真十二柱の危険人物か。武力で言えば、序列三位の魔剣聖。思想で言えば、序列六位の慈哀坊。この2人はヤバい。私でさえ、関わりたくない。魔剣聖は、自分の領域に入らなければ大丈夫だが、慈哀坊がな……」


 心底、嫌そうな顔の魔道神。これは相当だね。


「どんな奴なの、そいつら?」


 ファムさんが尋ねる。魔道神が関わりたくないと言う程だからね。ろくな奴じゃないのは確かだけど。


「そうだな。まず、慈哀坊は元々はとある宗教の僧侶だった。その世界は戦乱が絶えなくてな。数多くの者達が傷付き、苦しみ、死んでいった。奴も必死に人々を、世の中を救おうとしていた。しかし、それは叶わなかった」


「ふん、当然だね。そんなもん、出来る訳が無い」


 ナナさんの容赦ない発言。でも、それが現実。


「そうだな。普通は無理だ。普通の人間なら、そう考える。そして諦める。『普通』ならな。だが、慈哀坊は普通じゃなかった。あいつは狂信者だった。それも筋金入りなんて言葉じゃ言い表せない程のな」


 魔道神の不気味な言葉に、全員、押し黙る。とんでもない狂信者だという慈哀坊。人々を、世の中を救うという明らかに無理な事を諦めなかったらしいけど。


「あいつは考えた。どうすれば人々を救えるのか。どうすれば世の中から争いが無くなるのか。そして、遂に答えを出した。奴は言ったよ。衆生一切、これを救わん。等しく、平穏を与えん。とな」


 ……あ、何となく、オチが見えた。凄く嫌なオチが。


「慈哀坊の出した答え。それは争いが有るから人々が傷付き、苦しむ。だったら、争っている奴らを皆殺しにすれば良い。そうすれば、争いは無くなる。平和が訪れる。神は人々を救わない。ならば、自分が救う。それが慈哀坊のやり方だ。何より怖いのが、あいつは『善意』でやっている事だ」


 ……やっぱり、そんなオチでしたか。『善意』の元、『救済』の名においての殺戮者。それが慈哀坊。確かにそんな相手とは関わりたくない。


「かつての大戦においても、『救済』の名の元、大量殺戮をやらかした。今も、どこかをさまよっているはずだ。まぁ、幸か不幸か、あいつは戦乱の起きている場所に行く。『救済』の為にな」


 真十二柱、序列六位。慈哀坊。暴走した善意の恐ろしさを体現しているタイプらしい。







「さて、次は序列三位。魔剣聖について話そう」


 序列六位の慈哀坊についての説明が一段落した所で、今度は序列三位。魔剣聖について話してくれるそうだ。蒼辰国でも名前が上がった魔剣聖。どんな方なんだろう? ……危険人物なのは確かだけど。


「あらゆる剣士の頂点にして、武力において、真十二柱最強。序列四位の武神と合わせて、武の双極と呼ばれている。拳の武神。剣の魔剣聖とな。ちなみに、魔剣聖と武神は異能を持たない。こいつらは、極致に達したその武をもって、真十二柱の座を手に入れた。その意味が分かるな?」


 そう言って僕達を見渡す魔道神。えぇ、よく分かりますとも。それがどれほど、無茶苦茶な事か。


 通常、異能の使い手は異能を持たない者に対し、優位に立てる。当たり前だ。異能は物理法則を無視し、異常な事が出来る。それに対し、異能を持たない者は物理法則に従うしかない。


『普通はね』


 だが、何事にも例外は有る。それが、武の極致に至った者達。努力なんて言葉じゃ言い表せない程の、狂気の沙汰の域の鍛練を積み重ね、限界を越えて、なお更にその先を目指し続ける者達。そんな者達だけが、異能さえ制する武を会得するそうだ。そして武神と魔剣聖。この2人こそ、その頂点に立つ存在な訳だ。


「もはや、単なる武を超えた。武を極めた、その先に有る方々なんですね。異能さえ制する『魔技』を会得した」


「その通り。だがな。武神と魔剣聖は決定的に違う点が有る。それこそが、魔剣聖が危険人物たる理由だ」


 ここで、一息付いて魔道神は語り始める。


「魔剣聖。あいつは真十二柱の中で、最も悲しい奴なんだ。あいつの最強の武力も、そこから来ている」


 そして語られた魔剣聖の過去。それはあまりにも悲惨だった。


「あいつは元々はただの人間。一般家庭の出身だ。だがな、あいつの育った家庭環境が最悪だった。両親は妹ばかりを異常に溺愛し、兄の魔剣聖を徹底的に虐待した。暴力に始まり、罵詈雑言、食事も満足に与えない。旅行や外食もいつも、のけ者。小賢しい事に、ばれる事を警戒し、顔や腕、足といった場所は痛め付けなかった。その分、胴体は滅茶苦茶だったがな。よく死ななかったものだ」


 まずは、最悪の両親。妹ばかりを溺愛し、息子の魔剣聖に執拗に虐待を加えていたそうだ。


「ちなみに妹も両親と共に、兄の魔剣聖に虐待を加えていた。事有る毎に、ゴミクズ呼ばわりしてな。兄に対する情などカケラも持ち合わせていなかった。……両親共々、今、思い返しても、ヘドが出そうな外道共だった」


「……どうしようもない、クソ共だね!」


「全く、悪魔である私以上に、悪魔の所業ですな」


 魔剣聖の家族のあまりの酷さに、ナナさんは怒り、エスプレッソさんさえ、嫌悪感を露にする。


「確かにそうだな。だが、魔剣聖の不幸はこれだけに留まらなかった。家族だけじゃない。あいつの周りの者達もまた、どうしようもないクソばかりだった。幼稚園、小学校、中学校。いずれもあいつにとって地獄でしかなかった。生徒も教師もクソばかり。執拗なイジメを受け、教師は見て見ぬふり。それどころか、イジメに加担する始末。そして、高校へと進学したんだが、ここで決定的な事件が起きた」


 ここで一旦、区切る魔道神。その表情は苦い。


「魔剣聖の入学した高校。そこは県下でも有数の進学校だったそうだ。散々、周りから蔑まれてきたあいつなりに、自分の実力を証明したかったらしい。だが、高校に入学した魔剣聖を待っていたのは、更なる地獄だった」


 ここで暗黒神がバトンタッチ。


「今ならともかく、この当時の魔剣聖はただの人間。詰めが甘かったのです。彼が進学した高校は確かに偏差値は高かった。しかし、いわゆる民度においては最低最悪でした。教師も生徒も無責任。自己保身しか考えていない、進学校という名の、腐敗の坩堝でした。そして、彼は事有る毎に、責任を擦り付けられ、蔑まれ、暴力を振るわれ続けたのです」


「……進学校が聞いて呆れますわね!」


「偏差値じゃ、学力は計れても、人間性までは計れないからね」


 暗黒神の語った、魔剣聖の高校生活。せっかく、高偏差値の進学校を選んだのに、そこもまた、腐りきった地獄だった。その事にミルフィーユさんは怒り、ファムさんは人間性という、偏差値では計れないものを皮肉る。


「そして、冬休みになりました。どういう風の吹き回しか、普段、魔剣聖を散々に虐待している家族が彼と共に、旅行に行く事になりました」


「絶対、何か裏が有りますよね、それ」


 突然の旅行。今まで魔剣聖を虐待してきた家族がそんな事をするなんて、怪し過ぎる。


「えぇ、その通り。旅行先は海でした。風光明媚として知られている所で、特に海にせり出した断崖からの眺めが絶景と言われている所でした。ですが、そこは同時に自殺の名所としても知られていました」


「ふん、読めたよ。ゲスが」


 ここまで言われたら、家族の狙いは分かる。ナナさんが不機嫌さを露に吐き捨てる。


「高校に入学して以来、以前にも増して周りから蔑まれる様になった魔剣聖。そのせいで、妹まで被害を被りましてね。妹を溺愛する両親は、この際、息子の殺害を企てたのです。魔剣聖は両親はともかく、妹は愛していました。散々に蔑まれてもなお。だから、隙を見せてしまいました。妹の誘いに乗り、崖っぷちに立ってしまいました。そして、愛している妹の手で突き落とされたのです」


「ちなみに、妹は突き落とす際、こう言ったらしいッス。『お前のせいで迷惑を受けた。死ね、ゴミクズ』って」


 暗黒神の語った、魔剣聖の両親による、息子の殺害計画。そして、実の兄を断崖から突き落とした妹。その妹の言葉を話してくれた暗黒天使長ジュリ。妹の全く罪悪感の無いその言動に、もはや、言葉も無かった。


「なぜ、こうも魔剣聖の両親が息子を目の敵にするか疑問だろう。実は、この両親、デキ婚でな。つまり、こいつらにとって、息子は邪魔でしかなかった。その後、娘が欲しくなり、産まれたのが妹。だからこそ、妹を溺愛した訳だ」


 魔道神が、魔剣聖の家族の内情を明かしてくれた。あまりにも自分勝手過ぎる。デキ婚だから息子は邪魔。娘が欲しくなったから、妹は溺愛。酷すぎる! 魔剣聖の両親と妹の鬼畜外道ぶりに僕を始め、皆、怒りを隠せない。


「まぁ、気持ちは分かるが落ち着け。ここからが面白くなるからな。お前達、忘れてないか? 魔剣聖は今も健在だ。……後は分かるな?」


 怒る僕達に落ち着けと魔道神。彼女は語る。魔剣聖は今も健在と。……そうだった。魔剣聖は生きている。つまり、魔剣聖の家族による殺害計画は失敗したんだ。


「魔剣聖の家族は、1つ、致命的なミスを犯した。息子の生死を確認しなかった事だ。まぁ、切り立った断崖から突き落とした上、下は鋭い岩礁がいくつも並び、海流の荒れ狂う場所。死体が上がらん事でも有名な場所だったから、無理もない。家族は魔剣聖が死んだと決め付け、立ち去った」


「でも、生きていたんですね?」


「いかにも。両目は潰れ、右腕がもげたが、それでも魔剣聖は生きていた。もっとも、そのままではどのみち、死んでいただろう。だが、ここで運は奴に味方した。溺れる者は藁をも掴むと言うが、海底に沈んだ魔剣聖は、そこに有った物を無意識の内に掴んだ。それこそが、奴の人生における最大の分岐点となった」


「何を掴んだんですか?」


 一体、何を掴んだのか? 僕は魔道神に聞いた。


「それは一振りの刀だった。それも魔剣だ。長い間、海中に沈んでいたせいで、ボロボロに錆び付いてはいたが、それでもさすがは魔剣。生きていた。それを魔剣聖が手にした事で、事態は急変した。魔剣を手にした事で、ただの人間だった魔剣聖が人外へと覚醒したんだ」


「ふん、何とも皮肉なもんだね。殺すつもりで海に突き落としたのに、結果として化け物を生み出してしまったとはね」


 魔剣聖の誕生した原因を知り、ナナさんが皮肉る。


「全く、その通り。そして、バカ共はこれまでの報いを受ける羽目になった。これまで、散々自分達が蔑み、虐げてきた魔剣聖によってな」


 話し続けて疲れたのか、紅茶を飲んで一息付く魔道神。


「アンジュ、説明交代」


「分かりました。では、続きは私が」


 魔道神は暗黒神にバトンタッチ。語り手が暗黒神に変わる。


「さて、魔剣を手に入れ、人外となった彼は行動を開始しました」


「やっぱり、復讐ですか?」


 今まで、散々に痛め付けられてきたんだ。その恨み、憎しみは計り知れない。となれば、復讐が一番自然。しかし、暗黒神の答えは違った。


「復讐とは少し違います。なぜなら、彼は周りの者達に対し、憎悪を抱いていなかったのです」


「えぇっ?!」


 予想外の言葉に思わず声を上げる。あれだけ酷い目に合わされ続けてきたのに、憎悪を抱いていないなんて。僕でもキレる。しかし、そこへナナさんの指摘。


「ハルカ。魔剣聖とやらは、怒りや憎しみなんて域はとっくに通りすぎていたのさ。覚えておきな。好きの反対は嫌いじゃない。『無関心』さ」


 ナナさんのその指摘に暗黒神は頷く。


「その通りです。魔剣聖は自分以外の全てを見限りました。自分以外の全てを無価値な邪魔者と見なし、『掃除』を始めました。『徹底的に』ね」







「最初の標的は、彼を散々に苛めてきた、生徒達と教師達。やり方は極めて残酷。両腕、両足の腱を切り、両目を潰した上で、身体を端からゆっくり、じわじわと切り刻んでいくのです。そして、死んだら首を切断し、学校の門前に晒し首にしていました。その効果は抜群。大ニュースとなりました」


 そのあまりの残酷なやり方に、皆、ドン引き。


「ちなみに使ったのは、海底で拾った錆び付いた刀。その恐ろしさが分かりますね? 二重の意味で」


「恐ろしい腕前と残酷さだな。魔剣聖の名は伊達ではないな」


「わざわざ錆び付いた刀を使うのがね」


 暗黒神の問いかけにクローネさんとファムさんが答える。そもそも、人体という物はそう簡単には断ち切れない。弾力の有る筋肉。硬い骨。血脂。それらが邪魔をする。ましてや、錆び付いた刃物じゃね。


 しかし、魔剣聖はやってのけた。錆び付いた刀で、人を切り刻んで殺した。凄い腕前だ。しかもこの人、素人なのに。これが人外の力か。ある意味、感心する。更に言うと錆び付いた刃物で斬られたら傷口がぐちゃぐちゃになり、とてつもなく痛い。実に残酷な殺し方。


「こうして魔剣聖は次々と『掃除』を進めていきました。幼稚園。小学校。中学校の順に。そして高校の番になりました。この頃になると、ターゲットが魔剣聖への加害者であると分かりましたからね。彼らはパニックになりました。あの手この手で逃げようとしたり、隠れようとしたり、護衛を雇う者もいました。ですが、全ては無駄。皆、魔剣聖に殺されました。中でも震え上がったのが、事有る毎に魔剣聖に責任を擦り付け、暴力を振るっていた生活指導の女教師。そして、魔剣聖の両親と妹です」


 魔剣聖は変な所で律儀だね。古い順に復讐していったのか。それにしても、酷いな生活指導の女教師は。生活指導の名が聞いて呆れる。そして、クズ両親と妹。報いを受ける時が来たみたいだね。


「因果応報とは、よく言ったものです。魔剣聖は粛々と掃除を進め、生活指導の女教師を殺害。そして、いよいよ本命。家族の元へ。彼らは海外へと逃亡を企てました。荷物をまとめ、車で空港に向かいましたが、突如、見知らぬ場所へと辿り着いてしまいました。そう、魔剣聖の用意した処刑場へとね」






「魔剣聖の拾った錆び付いた刀。実は単なる魔剣ではなく、魔器でした。多彩な力を持ち、その一つが空間操作。その力をもって、家族を異空間へと引きずり込んだのです。魔剣聖の両親と妹は再会した彼に対し、必死で許しを請い、命乞いをしました。殺さないでくれ、命だけは助けてくれと」


「見苦しい限りですわね」


「全くもって、醜悪極まりない。極刑がふさわしいですな」


 今まで散々虐げ、挙げ句の果てに殺そうとしたくせに、命乞いをする醜い連中。その事にミルフィーユさんとエスプレッソさんが怒る。


「そんな彼らに対し、魔剣聖は言ったそうです。『殺さない』と。その事にクズ3匹は狂喜しました」


『殺さない』ね。クズ達は喜んだらしいけど、甘いね。魔剣聖は『助けてやる』とは言ってない。


「確かに発言通り、魔剣聖はクズ3匹を殺しませんでした。だからといって、助ける気など、さらさら有りません。魔剣聖はクズ3匹に対し、死より恐ろしい生を与えました。魔剣でバラバラに切り裂き、3匹まとめて再構成したのです。身体の崩壊と不完全な再生が繰り返される。更に永遠に死ねないおまけ付きで。こうしてクズ3匹は永遠の生き地獄を味わう事となりました。そして今も、誰もいない異空間の牢獄で苦しみ続けているのです」


 自業自得とはいえ、魔剣聖の家族の末路に背筋が寒くなる。


「その後、魔剣聖は絶対の平穏を求め、殺戮を開始。全人類を抹殺。それにあきたらず、その宇宙に存在する自分以外の全てを滅ぼしに掛かりました。そして、遂に、それを果たしたのです。彼は文字通り、全てを滅ぼしてしまいました」


「………………ヤバすぎるだろ」


 平穏を求めるあまり、とうとう宇宙を滅ぼしてしまったという魔剣聖。ナナさんがやっとという感じで言葉を絞り出す。


「その後、大戦が勃発。魔剣聖自身は大戦に興味は無かった様ですが、『うるさい』という理由で参戦。最も多くの神魔を殺害。あまりの強さにカオル(魔道神の本名)でも止められず、最終的に序列一位に取り押さえて頂きました。あのまま放置していたら、神魔は絶滅していました。その後、真十二柱、序列三位に任命され、今は自分の領域に籠っています」


 こうして、真十二柱、序列三位。魔剣聖の説明は終わった。とんでもない危険人物だ。関わりたくないのも当然だよ。


「……たられば無しとは言うがな。もし、魔剣聖の家族があいつを虐待していなかったなら。ちゃんと愛していたなら。教師がきちんと導いていたなら。友人なり、恋人なり出来ていたなら。こうはならなかったのかもしれない」


 締めくくりの魔道神の言葉が染み渡る僕だった。





真十二柱、きっての危険人物。慈哀坊と魔剣聖についての説明回。


序列六位、慈哀坊。人を救わぬ神に絶望し、魔に染まった、元、僧侶。人々を救う為、争いを無くすべく、争う両者を皆殺し。負傷や病気で苦しむ者達も皆殺し。全ては『救済』の為に。誰よりも慈悲深い殺戮者。


ちなみに、助かる人は助けます。元が僧侶なので、治療はお手の物。今も、争いを無くすべく、さまよっています。


見た目は30代の、ひょろっとした感じの人の良さそうな坊さん。



序列三位、魔剣聖。元は男子高校生。両親、妹から虐待を受け、周囲の人間もクズばかり。その挙げ句、妹に海に突き落とされる。しかし、沈んだ海底で魔剣を手にし、人外と化す。


その後、周囲の人間。家族に復讐を果たす。更には自分以外の全てを滅ぼしてしまった。大戦でも大虐殺を引き起こし、序列一位によって、やっと止められる。現在は絶賛、引きこもり中。


単純な武力においては、真十二柱、最強。全ての剣士の頂点。




善意故に暴走した慈哀坊。周囲の悪意故に暴走した魔剣聖。どちらにせよ、危険人物に変わりはありませんが。


では、また次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ