表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と魔女さん  作者: 霧芽井
115/175

第114話 いざ行かん。湯けむり温泉、雪山旅行

 僕の為にナナさん達が企画してくれた、温泉旅行。エスプレッソさんの運転するワゴン車に乗って、一路北へ。


 僕達の住むアルトバイン王国は元の世界でいうと、ドイツ辺り。北寄りだ。そこから更に北へと向かう。季節が冬という事もあり、北に向かうにつれ、辺りの景色は雪景色に。


 そして今や、一面の銀世界。その中を突き進むワゴン車。窓越しに外の景色を眺める。冬の山に来たのは初めて。綺麗だな。月並みだけど、そう思う。……最近は景色を見て綺麗だと思う余裕も無かったな。改めて、今回の旅行を企画してくれたナナさん達に感謝。


「全く、子供だね。そんなに外の景色を見るのが楽しいのかい?」


 隣の座席でスルメをかじりながら、そう言うナナさん。


「はい。冬の山は初めてですから。綺麗ですね。ナナさん、あれ樹氷ですよ」


「そうかい。ま、あんたが楽しんでいるなら、構わないさ。ただ、あんまり、はしゃぎ過ぎるんじゃないよ。本番は向こうに着いてからなんだからね?」


 久しぶりの旅行につい、テンションが上がっている僕をナナさんはたしなめる。


「とりあえず、着いたらまずは温泉をおすすめしますわ。ゆったりとくつろいで、日頃の疲れを癒しましょう」


 そこへミルフィーユさんが、温泉をおすすめする。やっぱり、スイーツブルグ侯爵家の所有する部屋だけに、温泉も立派なんだろうな。楽しみ。温泉に浸かって、ゆったりくつろぎたいな。……余計な事は考えずに。


 蒼辰国で色々有ったからね。思い出して嫌な気持ちになったけど、慌てて振り払う。せっかくの旅行。楽しまなきゃ。でないと、ナナさん達に申し訳ない。


「そういえば、今回は安国さんは不参加なんですね」


「本人も残念がっていたがな。今は、お前達が大桃藩から持ち帰ってきた、白芋(さつま芋の様な芋)を使った新しい商品の開発に忙しいらしくてな。新作が出来たら、ハルカに試食して欲しいと言っていたぞ。それと、旅行を楽しんでこいともな」


 この場にいない安国さんの事を聞いたら、クローネさんが教えてくれた。安国さんのそもそもの目的だった小豆は、栽培する為に僕達が預かっている。代わりに、大桃藩で手に入れた白芋の新品種、白珠(しらたま)を渡した。藩主のアプリコットさんに、新品種の宣伝の為にぜひ、安国さんに使って欲しいと言われたし。安国さんなら、必ず素晴らしい新作が出来るだろう。後、安国さん、お気遣いありがとうございます。


 まぁ、そんなこんなで、和やかな雰囲気の中、ワゴン車はひた走る。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 でも、それを台無しにする変な声。バコ様だ。この鳴き声は……。猫用ケージの中からバコ様を出す。


「へーへーブーブー! へーブーブー!」


 出したとたんに変な歌と踊りを始める。見れば案の定、履かせているオムツの股間とお尻の辺りが青く変色している。漏らした証拠だ。


「また、漏らしたの? バコ様。ほら、じっとして!」


 すっかり頭がボケているバコ様は、所構わず漏らしてしまう。だから、オムツを履かせているんだけど、漏らした以上、オムツを交換しないといけない。そして、その役目はメイドである僕が務める。ナナさんは絶対嫌だと言っていたし。


「このボケ猫! せっかくの旅行を台無しにする気かい?! いっそのこと、窓から捨てるかね?」


 大小両方を漏らしただけに当然、臭い。その事にご機嫌斜めのナナさん。バコ様を窓から捨てるなどと言い出す。他の人達も顔をしかめているし。とにかく今は早く済ませないと。手早く大盛りのオムツを片付け、股間とお尻を綺麗に拭いて、新しいオムツを履かせる。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 新しいオムツに履き替えたバコ様。すっきりしたらしく、踊り始めた。この分だと、おとなしく猫用ケージに入らないだろう。テンションが上がっているみたいだし。すると今度はバコ様、僕の膝の上に乗ってきた。そして丸くなると……。


「ブーッ! ブーッ!」


 大きなイビキをかいて、寝てしまった。相変わらず、よく分からない。


「やっぱり、窓から捨てるかね、このボケ猫。ハルカの膝の上で寝るなんぞ、生意気なんだよ! このデブ!」


「まぁまぁ、落ち着いてナナちゃん。せっかくの旅行なんだからさ」


 バコ様が僕の膝の上で寝たのが気に入らないナナさん。またしても、バコ様を窓から捨てると言い出す。ファムさんがなだめてくれているけれど。


「皆様、仲が良いのは大変、結構ですが、もう少しお静かに願います。今回の旅行の目的をくれぐれもお忘れなきよう願います」


 そこへワゴン車を運転するエスプレッソさんからの言葉。それを聞いて、ナナさんも渋々ながら、引き下がる。で、窓から外を見ると、いよいよ雪が深くなってきた。これはまずいかも。そう思っていると、再びエスプレッソさん。


「雪が深くなってきましたので、飛翔モードに切り替えます。多少、揺れますのでご注意を」


 その言葉の直後、少しワゴン車が揺れる。そして、窓越しの景色が上空からの見下ろしに変わる。今度は空の旅だ。


「ナナさん、飛んでますよ!」


「ふん、飛行機能付きかい。まぁ、悪くないね」


 僕も空を飛べるけど、乗り物に乗っての空の旅はまた格別。先日の、蒼辰国での一件でも飛行機に乗ったけど、あれは景色を楽しむ余裕は無かったし。


「ハルカ嬢に喜んで頂けて何より。到着まで、さほど時間は掛かりませんが、空の旅をお楽しみください」


 エスプレッソさんの運転するワゴン車は空を進み、目的地の別荘へと向かうのだった。







 さて、その後も特にトラブルも無くワゴン車は空を進む。


「皆様、間もなく、目的地の別荘へと到着致します。念のため、着陸時の衝撃に備えてください」


 エスプレッソさんがそう告げる。やっと目的地の別荘に到着するらしい。皆、着陸に備える。


「ハルカ、いざになったら私にしがみついて良いからね」


「まぁ、大丈夫とは思いますけど、その時はお願いします」


 ナナさんと軽口を叩いていると、軽い衝撃が来る。そして窓の外で流れていた景色が止まる。当然したみたいだ。


「皆様、お疲れ様でした。目的地に到着致しました。お忘れ物など無きよう、気を付けてお降りください」


 エスプレッソさんからも、目的地に到着したと告げられる。さ、降りよう。


「ほら、バコ様。着いたから降りるよ」


 僕の膝の上で丸くなって寝ているバコ様を起こす。するとバコ様、あくびをしながら大きく伸びをすると外へと飛び出した。ただね、今は冬で、しかもここは北の雪山。つまり。


「へギャア!」


 辺り一面、雪。当然、冷たい。そんな所に飛び出したバコ様は悲鳴を上げて戻ってきた。


「へーへーブーブー! へーブーブー! へーへーブーブー! へーブーブー!」


 そして、いつもの変な歌と踊り。でも、怒っているみたいに聞こえる。僕はそんなバコ様を抱き上げる。


「ダメだよバコ様。いきなり飛び出したら。雪が冷たくてびっくりしたんだね。ほら、僕が抱いてあげるから、一緒に行こう」


 バコ様が直接、雪に触れない様に。後、勝手にどこかに行かない様に、バコ様を抱き上げてワゴン車から降りる。ナナさん、羨ましそうな目で見ない。猫に嫉妬してどうするんですか。ともあれ、みんな降りて、エスプレッソさんに案内されて別荘へ。







「皆様、こちらが当家の所有する別荘でございます。さ、中へどうぞ。まずは温かい紅茶を淹れましょう。それから、部屋へと案内致します。その後は各自、自由にお過ごしください」


 案内されて来た別荘は、やはり立派なものだった。広いし、見るからにしっかりした造り。さすがはスイーツブルグ侯爵家の所有する別荘だけはある。


「ふん。まぁ、悪くないね。とりあえず、さっさと中に入るよ。私は寒いのは御免でね」


 そう言うなり、ずかずか別荘へと入るナナさん。ここ、余所様の別荘なんですけど。相変わらずの傍若無人さに、頭を抱える。まぁ、それがナナさんなんだけど。気を取り直し、僕も後に続く。


「中も立派な造りですね」


 外見もさることながら、内装もまた立派。ゴテゴテした派手さは無いけど、あちこちの細かい細工に品の良さを感じる。


「お気に召して頂けた様で何より。まずは広間へ向かいましょう。温かい紅茶を用意致しますので、一息付かれてください」


 そしてエスプレッソさんの案内で、まずは広間に。とりあえず、一息付きたいし。







 案内されてやってきた広間。ふかふかの絨毯が敷かれ、上等なソファーとテーブルが置かれた、豪華な広間。皆それぞれソファーに座ってくつろいでいると、エスプレッソさんが人数分の紅茶を淹れて運んできてくれた。


「皆様、お待たせ致しました。紅茶と茶菓子でございます」


 さすがはスイーツブルグ侯爵家の誇る敏腕執事。流れる様な動作で人数分の紅茶を配る。しかも芸の細かい事に、それぞれその人の好みの紅茶が淹れてある。ちなみに僕のはミルクティー。冷めない内に頂こう。さっそくミルクティーを一口。


「……やっぱり、エスプレッソさんの淹れてくれた紅茶は美味しいです。後、これ、少しスパイスが入っていますね」


 ミルクティーは紅茶の香りとミルクのまろやかさが絶妙のバランス。でも、その中に程よいスパイスを感じた。身体がじんわり温まる、嬉しい心遣いだ。こういう細かい心遣いが出来るのが、エスプレッソさんが敏腕執事たる所以の1つ。


「気付かれましたか。さすがはハルカ嬢、確かな舌をお持ちでいらっしゃる」


 僕の指摘をエスプレッソさんは褒めてくれた。でも、それが面白くない人が。


「ふん、たかが、紅茶ぐらいで騒ぐんじゃないよ。さっさと飲みな。私は早いとこ、部屋に案内して欲しいんだけどね」


 不機嫌さを隠そうともしないナナさん。まずい、元々、ナナさんとエスプレッソさんは仲が悪い。仕方ない。僕は早めにミルクティーを飲み干す。


「ミルクティー、ごちそうさまでした。すみませんがエスプレッソさん、部屋へと案内をお願いします。ほら、ナナさんも早く紅茶を飲んでください。行きますよ」


「……分かった。ちょっと待ってな」


 ナナさんも急いで紅茶を飲み干すと席を立つ。そして僕とナナさんはエスプレッソさんに案内され、部屋へと到着。その部屋は2人部屋で、ベッドが2つ置いてあった。


「こちらがハルカ嬢とナナ殿のお部屋になります。では、ごゆっくり」


 そう言って、エスプレッソさんは帰っていった。長居してもナナさんと喧嘩になるだけだからね。ともあれ、僕達は部屋に入る。広くて立派な部屋だ。ちょっと、やってみたくなり、ベッドにダイブ。うん、程よいフカフカさの良いベッドだ。


「何、やってんだいあんたは。全く、子供だね」


「良いじゃないですか。久しぶりの旅行です。僕だって、テンションが上がるんですよ」


 呆れ顔のナナさんに子供だと言われたけど、僕だって、はしゃぎたい時は有る。


「……まぁ、最近色々忙しかったからね。せっかくの旅行だ、楽しまなきゃ損だね。さて、これからどうする? 飯には早い。温泉に浸かるのも良いし、温泉ときたら、卓球も良いね。麻雀も捨てがたいし、カラオケで歌いまくるのも有りだね。ま、あんたの好きにしな。私はあんたの決定に付き合うよ」


 ベッドに寝転がっていると、ナナさんがこの後どうするか聞いてきた。う〜ん、どうしよう? ナナさんの提示した内容はどれも魅力的。麻雀は除くけど。ルールを知らないし。しばらく考え、決める。


「そうですね。ちょっと早いですけど、温泉に入りたいです。ゆったり、くつろぎたいんで」


「そうかい。じゃ、温泉に行くよ」


 とにかく、ゆっくり休む事を最優先。そんな訳で、温泉に決定。必要な物は亜空間収納に入れてあるから問題ない。


「でも、ナナさん。温泉の場所を知っているんですか?」


「エスプレッソに聞くよ」


 どうにも締まらないなと思うものの、ナナさんがエスプレッソさんに場所を聞いて、いざ温泉へ。







 ナナさんと一緒にやってきた温泉。いわゆる露天風呂らしい。まずは脱衣場で服を脱いで、温泉へ。僕達を出迎えたのは、乳白色のお湯の温泉。独特の匂いがする。それに広くて立派。


「へぇ。なかなかのもんだね。さて、軽く身体を流して浸かろうか」


「はい。ゆっくり浸かりましょう」


 ナナさんも立派な温泉にご満悦。まずは身体にお湯をかけ流して、温泉に浸かる。湯加減はちょっと、熱いかな。僕はぬるめのお湯にゆっくり浸かる派なんだけどな。ナナさんは逆に熱めのお湯が好き。


「雪景色を見ながらの酒ってのも、風情が有るね」


 ナナさんは温泉に浸かりながら、徳利を乗せた桶を湯船に浮かべ、杯を手に一杯やっていた。


「ナナさん、まだ明るい内からお酒を飲まないでください!」


「良いだろ、別に。こういう温泉で一杯やるのが、定番だからね。安心しな、深酒はしないからさ」


「……約束ですよ」


 まぁ、ナナさんの言い分も一理有る。深酒はしないと言っているし、ここは大目に見よう。







「さて、温まってきたし、一旦、上がって頭と身体を洗おうか」


「そうですね」


 約束通り、深酒はせず徳利、1本で済ませたナナさん。一旦、上がって頭と身体を洗おうと提案。僕もそれに従う。


「ほら、座りな。私が洗ってやるよ」


「大丈夫ですよ、自分で出来ますから」


 湯船から上がると、ナナさんが洗ってやると言い出した。自分で出来ると言ったけど、ナナさんは退かない。


「良いから。せっかく私が洗ってやると言っているんだから、言う事聞きな」


「分かりました。じゃあ、お願いします」


 これもナナさんなりの気遣いなんだろう。そんな訳で、ナナさんに洗ってもらう事に。まずは身体から。スポンジにボディソープを含ませ、よく泡立ててから、優しく洗ってくれる。ナナさんって、身体を洗う時に限らず、女性の身体の扱いが凄く上手い。……ベッドの中でも凄いし。女性の身体のどこをどうすれば気持ち良いか知り尽くしているって、言っていたし。もっとも、そう言ったナナさんはどこか自嘲めいていたけど。


 僕もナナさんの過去について、全ては知らないけど、ある程度は知っている。その中で大勢の女性を洗脳し、欲望のままに犯し、壊し、捨ててきた事を。ナナさんの女性の身体の扱いの上手さはそこから来ている。


「……何か考え事かい?」


「あ、いえ別に」


 つい、考え込んでしまった。ナナさんの声に我に帰る。


「そうかい。じゃ、流すよ。次は髪を洗うからね」


 ナナさんがお湯をかけ身体を洗い流してくれる。次は髪を洗ってもらう。がさつなナナさんだけど、本当に洗うのは上手いんだよね。







 さて、髪も洗い終わり、お返しに僕がナナさんの身体と髪を洗って、再び湯船に。そんな僕は今、ナナさんに抱かれている。


 といっても、別にいやらしい意味ではなく、単に抱かれているだけ。もっと正確に言えば、ナナさんの懐に収まり、後ろから抱き抱えられている状態。ナナさんご自慢の巨乳が僕の背中に直接押し付けられて、気持ち良いやら、恥ずかしいやら。


「ねぇ、ナナさん」


「なんだい、ハルカ?」


 僕は蒼辰国での一件以来、ずっと考え続けている事をナナさんに聞いてみた。長い時を生きてきたナナさんに。


「ナナさん。蒼辰国での一件ですけど、僕のした事は正しかったんでしょうか? あの時、殺すしか手は無かったんでしょうか?」


 僕は蒼辰国での一件で、『灰色の傀儡師』と言う奴の手先である女性4人を殺した。彼女達が既に人ではない何かと化していたのは分かっていた。そして、『凍結』の力を持つ僕だけが有効な手を持つ事も。僕がやるしかない。そう分かっていた。そのはずだった。そして、僕は女性4人を葬り去った。


 その結果、確かに危機を脱する事が出来た。最終的には蒼辰国も救われた。でも……。


『人を殺した』


 その事がとてつもなく重く、のし掛かってきた。僕がこの手で女性4人を殺した。恐怖、後悔、罪悪感、その他色々な感情がごちゃ混ぜになり、一気に爆発した。その後の事は覚えていない。気付いた時にはスイーツブルグ侯爵家の特別機の中にいて、ナナさんに抱かれていた。ナナさんは、何も言わず、特別機が王国に到着するまで、ただ僕を抱きしめてくれていた。


 その後、屋敷に戻ってきた僕は自室に閉じ籠もり、先日やっと出てきた。ナナさんには、とても申し訳ない事をしたと思っている。


 そんな僕の問いにナナさんは、一旦、目を閉じ、しばらく沈黙した後、答えてくれた。


「そうだね。少なくとも間違ってはいないと私は思う。あの時、有効な手を持つのはあんただけだった。長引けば、不利になる一方だったしね。残念ながら、他に手は無かった。有るなら、あの魔道神が既にやっていただろうさ」


「……そうですか」


 ナナさんの答えを聞いても心は晴れない。ぶっちゃけ、そんな事ぐらい、言われなくても分かっているから。でも、そこへナナさんは続ける。


「ハルカ。あんたの言いたい事はそんな事じゃないだろう? あんたは人を殺した事に対する罪悪感に苦しんでいる。そうだね?」


「……はい」


「やっぱりね。そうだろうさ」


 さすがと言うか、ナナさんは僕の気持ちを見抜いていた。ナナさんは更に続ける。


「ハルカ。酷い言い方をするけど、割り切れ。一々、気にしていたら、もたないよ。言っちゃ悪いが、これから先、あんたは色々な敵と戦う羽目になる。それは基本的に避けられない。あんたはもはや、普通の人間じゃない。真の魔王の身体を持つ転生者。どんな財宝にも勝る、希少価値の有る存在だ。どんな手を使ってでも、手に入れようとする輩が現れるのは必然だ。それとも何かい? 無抵抗でむざむざやられる気かい?」


 ナナさんは真っ直ぐに僕を見つめ、そう語る。正に正論。反論の余地は無い。


「でもね」


 反論出来ずにいた僕にナナさんは語りかける。


「誰かを殺す事を正当化しちゃ、いけないよ。殺しは罪。それは事実だ。自分の犯した罪を忘れるな。その上で割り切れ。自らの罪を忘れ、それどころか正当化する奴はもはや人じゃない。ただの外道さ。逆に言えば、自らの犯した罪に悩み苦しむあんたは、間違いなく人間さ。人間として大切な物をしっかり持っている。私が保証するよ」


 ナナさんは僕のした事を罪だと断じた。その罪を自覚した上で割り切れと。自分の犯した罪を正当化するなと。そして、その罪に悩み苦しむ僕は、間違いなく人間だと言ってくれた。その言葉はとても胸に染みた。僕の身体は人間じゃない。だから心だけでも人間で有りたいと常々、思っているから。


「……分かりました。ありがとうございます、ナナさん」


「ふん、礼には及ばないさ。いつまでもあんたに落ち込まれていたんじゃ、私としても困るからね」


 いつものひねくれた口調のナナさん。でも、その言葉には確かな温かみが有った。


「さ、とりあえず肩まで浸かって百数えたら上がるよ。上がったら、昼飯を食べようじゃないか」


「はい」


 そういえば、まだお昼ご飯を食べていない。今回は僕の為の旅行だけに、家事全般はエスプレッソさんがやってくれるそうだ。敏腕執事のエスプレッソさんなら、安心して任せられる。普段は作る立場だから、どんな料理が出てくるか楽しみ。ナナさんと一緒に百数え、温泉から上がり、着替えて、いざ食堂へ。







「ナナ殿、ハルカ嬢、温泉はいかがでしたかな?」


「なかなかの良い湯だったよ。さすがはスイーツブルグ侯爵家の別荘だね」


「とても良いお湯で、さっぱりしました。また後で入りたいですね」


 温泉から上がり、食堂に向かう途中でエスプレッソさんと出会った。お昼ご飯の準備の最中らしい。温泉についての感想を聞かれたので、僕達はそれぞれの感想を伝える。


「そうですか。お気に召して頂けた様で何より。ただいま、昼食の準備をしております。もうしばらくお待ちください。この不肖エスプレッソ、ハルカ嬢の為、誠心誠意を持って、おもてなし致します故」


 エスプレッソさんは丁寧に対応し、更にお昼ご飯の準備中だと教えてくれた。


「そうですか。ありがとうございます。お昼ご飯楽しみにしていますね」


「ふん、せいぜいもてなしな」


「ナナさん!」


「ちっ、悪かったよ。じゃ、私達はリビングにいるからさ。昼飯が出来たら呼んどくれ。行くよ、ハルカ」


 相変わらず、エスプレッソさんと仲の悪いナナさん。喧嘩になる前に、ナナさんに注意。すると、渋々ながらも引き下がってくれた。そして、お昼ご飯が出来るまで、リビングで時間を潰す事に。







 さて、リビングに到着。皆、思い思いに過ごしていた。ミルフィーユさんは文庫本を読み、クローネさんとファムさんはチェスで対戦していた。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪」


 出迎えてくれたのは、バコ様。いつもの変な歌と踊りを繰り返していた。思うんだけど、よく飽きないね。基本的に起きている間はずっと、歌って踊っているからね。その割りには太っているけど。まぁ、よく食べるし。で、バコ様が騒いだせいで僕達に気付いたミルフィーユさん。


「ハルカ、ナナ様、戻ってこられましたのね。いかがでした? 温泉の方は」


「はい、とても良いお湯でした」


「なかなかのもんだね。褒めてやるよ」


 エスプレッソさんに続き、温泉の感想を聞かれたので、答える。実際、良いお湯だったし。


「そう言って頂けて何よりですわ。後で私も入るとしましょう」


 僕達の感想を聞いて、ミルフィーユさんもご満悦。僕も後でまた入ろう。一方、クローネさん対ファムさんのチェスは、かなりの熱い勝負になっていた。お互いに賭けているからね。しかし、賭けている物が凄い。


「ねぇ、ナナさん。あれ、オリハルコンのインゴットですよね?」


「あぁ、間違いない。まぁ、私達クラスとなると、あれぐらいじゃないと勝負が盛り上がらないからね」


「改めて、三大魔女の財力の凄まじさを思い知らされますわ」


 クローネさんとファムさんがチップの代わりに積み上げているのは、伝説の金属と名高い、オリハルコンのインゴット。ただでさえ、貴重な物なのに、更に純度100%のインゴットときた。その価値は計り知れない。オリハルコン製の品は、国宝指定がざらだからね。そんな貴重な物をチップ代わりにしているんだから、ミルフィーユさんの言う様に、三大魔女の財力には改めて驚かされる。


 その間も駒を動かし、対局を進めるクローネさんとファムさん。勝負は一進一退らしい。積み上げられているお互いのインゴットの数も同じ。


「ファム、そろそろ昼飯の時間だ。この勝負で終わりにしようか」


「そうだね。そうしようか。まぁ、勝つのはアタシだけどね」


「そうはいくか。今回は我が勝つ」


 お互いに勝ちを譲る気は無い2人。盤面を見ても正に拮抗。どっちが勝っても負けてもおかしくない。見ているこっちまで熱くなる名勝負だ。ただ、不幸な事に、ここにはそんな名勝負などお構い無しの存在がいた。高い所に上りたがる存在が。


「へ〜〜〜〜」


 間の抜けた声と共にチェス盤の上に上ってきたのは、茶、黒、白の三色柄のフサフサの塊。つまりはバコ様。突然、チェス盤の上に上がり、いつもの変な歌と踊りを始めた。当然、並べられていた駒は滅茶苦茶。勝負も台無し。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 呑気にチェス盤の上で歌って踊るバコ様。お立ち台とでも思っているのかな? 一方、勝負を台無しにされた2人は怒ってる。


「……このデブ猫が!」


「……この際だから、安楽死させる? 良い毒有るよ?」


 盛り上がっていた勝負を台無しにされた気持ちは分かるけど、さすがにバコ様を殺すのは見逃せない。僕はバコ様に代わり、謝る。


「お二人共、すみません! 僕がバコ様をしっかり捕まえておかなかったせいで! 今度、美味しい料理をごちそうしますから、どうか許してください。バコ様、頭がボケているから、物事の分別が付かないんです」


 とにかく、平謝り。今度、ごちそうすると約束する。すると、2人共、どうにか怒りを納めてくれた。本気で怒ったら、大変な事になるから、怖かったよ。


「まぁ、ハルカがそこまで言うなら、今回は手打ちにしよう。その代わり、美味い料理を頼むぞ」


「アタシ、グラタンが食べたい。エビとマカロニの奴ね。それと、ポテトサラダもね」


 その代わり、美味しい料理を作れと言われた。ファムさんに至っては、わざわざメニューを注文する始末。作れるけどね。


「ありがとうございます。それじゃ、帰ったら、招待しますね」


 帰ったら、招待すると約束し、何とかその場を収めた。もっとも、元凶のバコ様はというと。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 僕の腕の中で相変わらず、歌って踊っていた。気楽で良いね! 頭がボケてしまっているバコ様だけど、ある意味、幸せなのかもしれない。そこへエスプレッソさんの声。


「皆様、お待たせ致しました。昼食が出来ましたので、食堂にいらしてください」


 お昼ご飯が出来たらしい。冷めない内に頂こう。


「やっと昼飯か。よし、あんた達、行くよ!」


 そう言うが早いか、さっさと食堂に向かうナナさん。僕達もその後を急いで追う。ぐずぐずしていると、ナナさん他の人の分まで食べるからね。







 食堂に近付くと甘辛い、良い匂いがしてきた。何だろうと思いながら到着した食堂。テーブルの上には、6個の丼とお椀。丼は蓋がしてあり、中身は見えない。席には名札が置いてあったので、皆それぞれの席に着く。よく見ると、僕の席が一番、上座。エスプレッソさんらしい、気配りだな。


「皆様、お待たせ致しました。本日の昼食でございます。本日のメニューは、ハルカ嬢より教えて頂いた、カツ丼と赤だしでございます。さ、冷めない内にお召し上がりください」


 そこへエスプレッソさんが本日の昼食のメニューについて説明。カツ丼と赤だしか。どっちも僕の好きな料理だ。肉好きのナナさんも、これにはニッコリ。


「ありがとうございます。エスプレッソさんも席に着いてください」


 僕はエスプレッソさんにお礼を言い、席に着くように促す。やっぱり、食卓はみんな揃わないと。


「ならば、お言葉に甘えて」


 エスプレッソさんも席に着いた事を確認すると、皆を代表して、僕がいただきますを言う。


「それじゃ、いただきます!」


「「「「「いただきます!」」」」」


 僕のいただきますに続き、皆がいただきますを言う。さ、食べよう。さっそく、丼の蓋を開ける。その途端、中から立ち上る白い湯気。そして、食欲をそそる甘辛い匂い。更に、ふわふわの卵と飴色の玉ねぎが絡んだ分厚いトンカツ。見るからに美味しそう。まずは一口。……美味しい! 甘辛い出汁と卵、玉ねぎ、トンカツの組み合わせがたまらない! しかも良い豚肉を使っている。しっかりと肉の旨味がする。酷いトンカツは脂身ばかりで、腹が立つ。さすがはエスプレッソさん、良い仕事をする。


 さて、次は赤だし。こっちも美味しい。全然、生臭さが無い。カツ丼のこってりさをスッキリさせてくれる。おかげさまで食が進むのなんの。かなりのボリュームだったのに、綺麗に平らげてしまった。うん、満足。他の皆も、揃って、満足顔。


「ごちそうさまでした。美味しかったです、エスプレッソさん。ありがとうございました」


「お粗末さま。ハルカ嬢にそう言って頂け、この不肖、エスプレッソ、感謝の極みにございます」


 美味しい昼食のお礼をエスプレッソさんに言うと、礼儀正しく返された。やっぱり、エスプレッソさんは凄いな。


「……このお昼ご飯、わざわざ僕に合わせてくださったんですね? 庶民出身の僕の為に」


 更に、今回のお昼ご飯が僕の為に合わせた物である事を指摘する。


「はい、ハルカ嬢には豪勢な食事より、こうした庶民的な食事の方が合うと思いまして。出過ぎた真似とあらば、ご容赦願います」


「いえ、とんでもない。出過ぎた真似だなんて。むしろ、エスプレッソさんの言う通り、僕にはこういう、庶民的な食事の方が合います。温かいお気遣い、ありがとうございます」


 温かいお気遣いが身に染みる。その事に深く感謝する。


「ハルカ嬢にそう言って頂け、実に光栄でございます。さ、後片付けは私が致します。せっかくですので、外で遊んでみてはいかがでしょうか?」


「そうですね。そうします」


 せっかく、雪山に来たんだからね。遊ばないと損。


「ナナさん、外に遊びに行きましょう!」


「やれやれ、随分とテンションが上がっているじゃないか。良いだろう。付き合ってやるよ」


「私も行きますわ」


「ならば、我も行くか」


「アタシも行く」


 ミルフィーユさん、クローネさん、ファムさんも行くとの事。ただ、バコ様だけは。


「へーへーブーブー! へーブーブー!」


「バコ様はお留守番だね」


 やっぱり猫だけに寒いのは嫌らしい。


「とりあえず、着替えてきな。着替えたら、玄関に集合」


 ナナさんに言われて、皆、一旦部屋に戻る。何をして遊ぼうかな? 雪合戦、雪だるま、かまくらも良いな。久しぶりの休み、楽しもう。






読者の皆さん、お待たせしました。僕と魔女さん、第114話をお届けします。


蒼辰国での一件で深いトラウマを負ったハルカの為に、雪山温泉旅行へ。久しぶりの旅行にハルカもテンションが上がります。


しかし、その心の中には未だにトラウマが。温泉でハルカはナナさんと語り合います。ナナさんはハルカに『割り切れ』と諭しました。これから先、間違いなく、数多くの敵と戦う事になる。必然的に殺さねばならなくなるからと。


ただし、殺しが罪である事を忘れるなと。ましてや、正当化するなと。殺しが罪であるとわきまえた上で、割り切れと。何より、殺しに悩み、苦しむハルカは人として大事な物を持っていると、ナナさんはハルカに語りました。その言葉を受け、ハルカは持ち直しつつあります。しかし、まだ完全にトラウマを乗り越えた訳ではありません。そんな、簡単な問題ではないんです。


その後はのんびりと過ごす事に。エスプレッソの美味しい料理に舌鼓。更に、せっかく雪山に来たんだからと外へ遊びに。


今回の雪山温泉旅行編は、戦いの類いは一切、無し。盛り上がりに欠けますが、今回の目的はハルカにのんびり楽しく過ごしてもらう事ですから。


たとえ、それが一時の気休めに過ぎないとしても。


では、また次回。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ