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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第112話 ハルカの東方騒動記 蒼辰国動乱、終結

 安国side


「うぉらぁぁぁぁぁぁッ!」


 渾身の気合いと共に、掴んだ蜘蛛型兵器の脚を振り回し、もう一体に叩き付ける。両方共に装甲がひしゃげ、砕け、爆発する。


「せいッ!」


 鋭い気合いと共に、偃月刀が蜘蛛型兵器を斬り裂く。断面から火花を散らして、動かなくなる。


「……終わったみてぇだな」


「……そうである事を私も願います」


 これでもう、動いている蜘蛛型兵器はいない。少なくとも見る限りはな。


 突然の大桃城襲撃。時間にして、1時間ぐらいか。途中、何度もヤバい時が有ったが、どうにか全滅は免れた。


 俺と藩主さんはお互いに背中合わせになりながら、地面に座り込む。俺達の周りは正に死屍累々。死体と蜘蛛型兵器の残骸がいくつも転がっている。一つ間違えば、俺達もめでたく仲間入りしていた所だ。


「……生き残りはどれぐらいだ?」


「……私達を含めても、ほんの一握りだけの様です。全滅ではありませんが、壊滅に近いですね」


 俺が藩主さんに生き残りはどれぐらいか聞くと、どこかに連絡を取り、そう答える。……自慢じゃないが、こっちの世界に来て10年間、世界を周り、色々学んだ。その中には軍事の知識も有る。組織って奴は、全体の3割がやられたら終わりだそうだ。少なくとも、大桃藩の軍事面は壊滅だと言えるだろう。


「そうか。済まねぇ」


「安国殿が謝る事ではありません。全滅しなかっただけでも、儲けものです」


「前向きだな、あんた」


「生きていれば、再建の望みはゼロではありませんからね」


 マジで、したたかな女だな。さすがはこの若さで藩主を務めているだけはある。


「ただよ。あいつは一体、何なんだろうな?」


「それは私が聞きたいですよ」


 そんな俺達の視線の先。そこには蜘蛛型兵器の残骸が山を作っていて、更にその天辺には……。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 訳の分からねぇ、変な歌と踊りを繰り返す、デブの三毛猫。まるで勝ち誇っているみてぇだな。実際の所はどうだか分からねぇがな。嬢ちゃんが連れてきた奴で、やけに偉そうな名前だったな。確か、『バコ様』だったか。


「……ぶっちゃけ、俺達が生きているのは、あいつのおかげなんだよな」


「えぇ。あまり認めたくありませんが、あの三毛猫が今回のMVPですからね。おかげで、数の不利を覆す事が出来ました」


 そう、数で勝る敵の蜘蛛型兵器。こちらが圧倒的に不利だったにもかかわらず、この頭のボケた三毛猫の活躍で、勝利を掴んだ。しかし、不思議な奴だ。


 こいつのやった事と言えば、終始、変な歌と踊りを繰り返していただけだ。ただ、それだけなのに、敵の蜘蛛型兵器が次々と故障や同士討ちを始め、スクラップになっていった。つくづく、訳が分からねぇ。でも、事態はそれどころじゃねぇ。俺の直感が告げる。


『まだ、終わってねぇ』


 俺は疲労困憊の身体に鞭打ち、立ち上がる。


「悪いな藩主さん。俺は行かなきゃならねぇ。嫌な予感がしやがる」


 正直、このまま休んでいたい所だ。だが、俺の直感がそれを許さない。このままだとヤバいと。それに何より。


「あんたも感じただろう? 何せ、こっちにまで力の余波が来たんだからな。とんでもなくデカい力を持つ、何かがいる。ナナ姐さんとメイドの嬢ちゃんが危ねぇ。俺に何が出来るか分からねぇが、このまま見捨てたんじゃ、男が廃る」


 いくら強いとはいえ、ナナ姐さんもメイドの嬢ちゃんも女だ。特に嬢ちゃんは、修行を始めてまだ1年にも満たない。何より、嬢ちゃんは戦いを好まないからな。あの子は本来、戦うべき存在じゃねぇ。時々、うちの店を手伝ってもらう事が有るからこそ、分かる。あの子は、料理や掃除、洗濯といった家事をしている時こそ、一番輝く。


「……そうですか。ならば、これを持っていってください。少なくとも、素手よりはマシでしょう」


 ナナ姐さんとメイドの嬢ちゃんを助けに行くと告げた俺に、藩主さんは、自分の持つ偃月刀を渡してくる。


「私の母が大桃藩に嫁ぐ際に持ってきた品にして、『連合』の国宝の一つ。『双月牙』。かつて、南方を荒らしていた、邪龍の牙を元に作られた物です」


「おいおい、良いのかよ? 大事な物だろう? しかも国宝ときた」


 藩主さんから偃月刀の情報を聞いて驚いた。邪龍の牙から作られた刀で『連合』の国宝かよ。あの固い蜘蛛型兵器をズバズバ斬っていたから、並みの武器じゃないとは思っていたがな。


「構いません。貴方が帰ってきて返してくだされば良いだけの事。さぁ、急いでください。手遅れになる前に」


「……済まねぇ。後で必ず返すからよ」


 しばし迷ったが、藩主さんの真剣な眼差しを受け、ありがたく借りる事に。へっ、こりゃ、責任重大だぜ。だが、ぐずぐずしていられねぇ。藩主さんの言う通り、手遅れになる前に行かねぇとな。しかし、困った事に敵の襲撃を受けたせいで、乗り物の類いが全滅だ。今から探すんじゃ、時間が掛かる。


「クソッ! 何か無いのかよ!」


 乗り物が見付からず、悪態を付く。すると、そこへ寄ってきた奴が。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 見れば、あの頭のボケた三毛猫。俺の足元で歌って踊ってやがる。


「あのな。こっちは忙しいんだよ。悪いがお前の相手はしてられねぇんだ。あっち行ってろ」


 そう言って、追い払おうとするが、さっぱり離れない。すると、奇妙な音が聞こえてきた。なんだこの音?


 モモモモモモモモ……


「って、うお! 何だこりゃ?!」


 奇妙な音の発生源はデブの三毛猫。モモモモモモモモと音を上げ、どんどん大きくなる。遂には、どっかの世紀末の覇者の乗る馬ぐらいになりやがった。何なんだよこいつ? 訳が分からねぇぞ。


「へーへー! へーへー!」


「……乗れってのか?」


 巨大化した三毛猫は俺に向かって、へーへーと鳴き声を上げる。意味は分からねぇが、乗れって事か? ……この際だ。贅沢は言えねぇ。俺は巨大化した三毛猫の背中に乗る。藩主さんから借りた偃月刀は腰のベルトに挟む。


「お前、ちゃんと姐さん達の所に行けるんだろうな? 頼むぜ、デブ猫」


 かなり不安だが、仕方ない。こいつ、嬢ちゃんにはなついていたからな。


「へーへー♪」


 デブ猫も任せろと言わんばかりに鳴き声を上げる。そして、空へと駆け出した! ……姐さん達が向かった大桃港とは『正反対』に向かって。


「やっぱりダメだ! このボケ猫!」


「へーへー! へーへー!」


 ……悪い、ナナ姐さんに嬢ちゃん。やっぱり助けに行けねぇかもしれねぇ。







 美夜姫side


「とりあえず、ここまで来れば一安心ね。しかし、真十二柱が直接、干渉してくるなんて。どうも、あのメイドの子が目的らしいけど。とにかく、お姫様は事が済むまで、ここにいなさい。さっきも言ったけど、真十二柱の戦いに巻き込まれたら、命が無いわよ」


 妾とナナ殿の前に現れた、真十二柱とやらの1人。暗黒神アンジュ。四聖獣の青龍様より、遥かに上の存在であるという、そのお方は、ナナ殿の足止めに来たと。理由は分からぬが、どうも、ハルカ殿の抹殺を企んでいるらしい。


 ナナ殿は妾達に逃げろと告げ、自身は暗黒神との対決を選ばれた。本当は妾も共に戦いたかった。しかし、青龍様から、自分よりも遥かに上の存在と聞かされた。とてもではないが、手に負えぬ。後ろ髪を引かれる思いながら、青龍様と共に、その住み処である旋龍島へと逃れてきた。


「まぁ、絶対安全とは言えないけど。真十二柱がその気になれば、この星どころか、宇宙がまるごと消し飛ぶし」


 そんな中、青龍様は真十二柱がいかに恐ろしい存在であるかを語る。


「青龍様、それほどまでに、真十二柱とは恐ろしいと?」


 妾の問いに青龍様は何を今更といった顔をなさる。


「当たり前でしょ。この私が。四聖獣の青龍が逃げるぐらいよ。勝ち目なんか無いわ。とにかく、じっとして、帰ってくれるのを待つしかないわ。下手に手を出して怒らせたら、取り返しの付かない事になるわ」


 青龍様は、真十二柱には手出しをしてはならぬと語る。下手に手出しをして、怒りを買えば取り返しの付かない事になると。


「しかし、このままでは、ハルカ殿とナナ殿が!」


「……残念だけど、見捨てるしか無いわ。もう一度言うけど、真十二柱に手出しをしてはダメ。お姫様、貴女だけの問題じゃ済まないのよ。下手すれば、この国どころか、この星。最悪、この宇宙まるごと滅ぼされるわよ。貴女、その事に対して、責任を取れるの? 真十二柱はそれほど規格外の存在なの」


 ハルカ殿とナナ殿を助けに行きたい。妾のその叫びに対し、青龍様は冷徹に現実を語る。あまりにも規格外の存在である、真十二柱。その怒りは宇宙すら滅ぼす。妾一人の問題では済まぬと。その責任を取れるのかと。それは、正に正論。反論のしようが無い。


「お姫様、悔しいのは私も同じよ。私は東方の守護者。四聖獣、青龍。その私の顔にまともに泥を塗られたのよ。でもね、どうにもならないの。真十二柱には、かなわない。都合の良い奇跡なんて起きない。いえ、起きないからこそ、奇跡なの」


 見れば青龍様も、握り締めた拳から血が滴っていた。……そうであった。青龍様は東方の守護者。そこへ真十二柱が出てきて、好き放題。しかも、手が出せぬときた。青龍様の面子丸潰れじゃ。しかし……。


『美夜よ。お前はいずれ、儂の後を継ぎ、将軍と成る身。この国を支えていかねばならぬ身。故に、その為の心構えを知らねばならぬ。将軍とは、決して素晴らしいものではない。辛く、苦しいものじゃ。時には、非情に徹せねばならぬ。国を支える為に犠牲を出さねばならぬ事も有る。だが、美夜よ。犠牲となった者達の事を忘れてはならぬ。無駄にしてはならぬ。ゆめゆめ、忘れるでないぞ』


 思い出したのは、かつて父上より聞かされた言葉。将軍たる者、時には非情に徹せねばならぬ。犠牲を出さねばならぬ事も有ると。確かにその通り。此度の場合、この国を守る為、ナナ殿達を見捨てねばならぬ。真十二柱の邪魔をしようものなら、取り返しの付かない事になりかねん。


 だからといって……。此度の一件、妾は納得いかぬ。断じて、納得いかぬのじゃ!


「青龍様、申し訳ありませぬ。妾はナナ殿達を見捨てる事が出来ぬ。明確な非が有るならともかく、理由もはっきりせぬまま、ハルカ殿が殺されようとしているのを黙って見ているなど、納得出来ませぬ! 妾は真十二柱に理由を問いただして参ります! しからば、御免!」


「あ、ちょっと!」


 妾は青龍様の制止を無視し、ナナ殿の元へと再び向かう。幸い、ナナ殿より借り受けた、空中移動用の靴は履いたままじゃ。ただひたすらに空を駆ける。元より、真十二柱に勝てるとは思わぬ。じゃが、何もせぬなど、納得出来ぬのじゃ。


「真十二柱! ハルカ殿の命を狙う理由を聞かせてもらうのじゃ!」








 ハルカside


 力及ばず、魔道神クロユリに敗れ、正にトドメを刺されようとしたその時。突然の乱入者が魔道神を吹き飛ばすという、予想外の事態に。結果として命拾いしたけど、事態は新たな展開を迎えていた。そう、新たな敵の登場という形で。







「ハルカ・アマノガワ。我が偉大なるご主人様のご命令。捕獲する」


 突然の乱入者。それは大桃港の倉庫で、将軍の兄の娘と一緒にいた2人の内の女の方。ナナさんの鞭を片手で掴まえた事から、普通の人間じゃないと思っていたけど、ここで出てくるなんて! 正に予想外。真十二柱に気を取られて、忘れていた。うかつだった。 そんな彼女は『ご主人様』とやらの命令で僕を捕らえるつもりらしい。だからといって、捕まる気は無いけどね!


 見た目は20代半ばから、やや後半か。黒髪のスタイルの良い綺麗な女性。見た感じ、鍛えている様には見えない。しかし、あの魔道神を一撃で吹き飛ばしたその力は侮れない。そして、僕を捕らえんと腕を伸ばしてくる。しかし、甘い!


氷魔尖突(アイスニードル)!」


 僕の詠唱破棄の術が発動。突如、地面から飛び出した鋭い氷の槍が女性を貫……かない!


「…………」


 女性は無言かつ、片手で氷の槍を砕いた。そんな! ナナさんでさえ、僕の氷はそう簡単には砕けないのに。その一瞬の動揺が致命的な隙になってしまった。気付いた時には遅い。間合いを詰められた。しまった!


「捕獲する」


 まるで機械みたいな口調。瞬時に魔法陣が描かれる。まずい!


「させないッスよ!」


 そこへ突然の知らない女性の声。と、ほぼ同時に青い閃光が迸り、女性を直撃。吹き飛ばした。閃光の来た方を見れば、そこには白い髪をショートカットにした若い女性。その手には大きなライフルらしき武器。


「大丈夫ッスか?」


 その女性は僕に大丈夫かと聞いてきた。敵ではない……のかな? 少なくとも、今は敵対の意思は無さそう。


「大丈夫です。助かりました。ありがとうございます」


「そうッスか。良かった。でも、まだ終わってないッスよ」


 僕は助けてくれた女性にお礼を言う。しかし、女性は僕のお礼もそこそこに、まだ終わっていないと告げる。でしょうね。僕も小太刀二刀を手に、油断なく構える。すると案の定、あの女性が瓦礫の中から出てきた。全身が焼けただれているにもかかわらず、まるで堪えていない。ゾンビみたいだ。


「鋭いな。ある意味、あれはゾンビだ」


 その声に振り向けば、そこには魔道神クロユリ。更に暗黒神アンジュ。もう戻ってきたのか、こんな時に。しかし、魔道神は意外な事を言った。


「君の抹殺はとりあえず後回しだ。ここは手を組もう。あれは君以上に生かして置けん」


「そういう事です」


 魔道神は扇を、暗黒神は黒い大鎌を構え、黒髪の女性と相対する。事情は分からないけど、どうやら、あの女性は僕達にとって、共通の敵らしい。ならば乗るか。


「分かりました。ここは一時、共闘です」


 敵の敵は味方。とにかく、今はこの黒髪の女性を倒す。







「魔道神クロユリ、暗黒神アンジュ、暗黒天使長ジュリ。目標確保の障害。排除する」


 殺意も何も感じさせない、無感情な声。名も知らぬ女性はそう言うなり、即座に向かってきた。速い! 狙いは一番近くにいた暗黒神アンジュ。女性はその腕がメキメキと異様な音を立てて変形し、鋭利な刃となる。狙いは首か!


「甘い!」


 しかし、暗黒神は更に速かった。巨大な黒い鎌を一閃! あっさりとその胴体を両断。あまりにもあっけない決着。


 ……とはいかなかった。


「油断したら、ダメッスよ! この程度で、『あいつの人形』は死なない!」


 ジュリと呼ばれた、ショートカットの白髪の女性が叫ぶ。見れば、暗黒神は更に女性を大鎌で切り刻もうとしている。だが、降り降ろされたその刃を、両断された女性が掴んだ。それどころか、両断された身体が元通りくっついた。更に焼け焦げていた部分も急速に再生。なんて回復力だ!


「くっ! なんという力」


 力も凄いらしく、暗黒神が逆に押し込まれている。いけない!


「喝!」


 そこへ響く一喝。黒い斬撃が女性の腕を切断。その隙に暗黒神は逃れる。放ったのは魔道神。とりあえず、仕切り直し。


「助かりました、カオル」


「礼は後だ。ちっ、以前より改良されているな。力も再生力も以前の比ではない」


 話の内容から察するに、魔道神達は以前にもこの手の相手と戦った事が有るらしい。しかし、事態は更に悪化。新手が出てきた。それも2人。三人一組。いわゆるスリーマンセルか。なんて、のんきな事を言っている場合じゃない! 1人でも厄介なのに、三人一組でこられたらまずい!







「つくづく、嫌らしいな。三人一組の王道を地で行かれるのがここまで辛いとは」


「そこ、無駄口を叩くな!」


 思わずこぼした愚痴を、魔道神が叱責する。直後に僕の居場所に泥が覆い被さってくる。ギリギリで逃れた所へ、今度は足を狙った斬撃。


「させないッス!」


 そこへ撃ち込まれる銃弾が、腕を刃に変えた女性を吹き飛ばす。が、狙撃で隙が出来たジュリさんの足元に泥がまとわりついて石化が始まる。


「解!」


 すかさず、暗黒神が石化を解除。全く、油断も隙も無い。


 最初に現れた腕を刃に変えた女性。その後、出てきた女性2人。計、3人の前に僕達は苦戦していた。この3人、やたらと素早い上に、攻撃、補助、回復の見事な役割分担をしていて、実に厄介。


 攻撃担当の腕を刃にした女性。味方の補助、及び、敵の妨害担当の女性。味方の回復担当の女性。見事なチームワークを見せていた。


 攻撃担当は両腕の刃を縦横無尽に振るい、こちらを切り刻まんとする。


 かといって、そちらに気を取られていると、補助担当の女性の操る泥が襲ってくる。厄介な泥で、まるでセメントの様に固まる。時には僕達を石化させようとし、時には刃となり、時には壁となる。ひたすら僕達の邪魔をし、味方を援護する。


 あげく、回復担当の女性の力で回復力が上がっているらしく、いくらダメージを与えようが、全く効かない。手っ取り早い手としては、超火力で消し去る事だけど、そんな事をしたら、辺り一帯は壊滅だ。一体、どうすれば。などと思っている暇さえ無い。またしても泥が襲ってくる。僕に対しては、捕獲が最優先らしく、直接的な危害は加えられないが、執拗に狙ってくる。そのせいで、満足に戦えない。


「こういう場合、補助担当を潰しておきたいのに。魔道神様! 貴女の力でどうにか出来ませんか?!」


 こういう時こそ、魔道神の出番でしょう。しかし、返事は恐るべき内容だった。


「出来るなら、とっくにやっている! だが、あいつら『人形』の『主人』は私の『異能根源』の影響下から外れている。その『主人』の加護を受けているせいで、私の力が十分に働かない!」


 魔道神はそう答えつつ、腕を刃にした女性と斬り結んでいた。それは恐ろしい事実。異能の根源たる魔道神の影響下に無い存在がいる。それが黒幕。しかし、悠長にしている暇は無い。相変わらず、僕を捕らえんと執拗に泥が襲ってくる。


「しつこいよ!」


 小太刀を一閃し、放たれた斬撃が泥使いの女性の左腕を斬り飛ばす。人間ならともかく、人間じゃないなら、容赦はしない。我ながら、割り切る様になったな。もっとも、じきに再生してしまうけど……ん?


 気のせいかな? 多少、再生が遅いような。と、そこへ、腕刃女が斬り掛かってきた。狙いは足か。


「何の!」


 右手の小太刀で相手の刃を滑らせ、流し、体勢が崩れた所を左手の小太刀で胴体を薙ぎ払う。……切れ味の良さに感謝する。


『肉や、骨を斬った感触がしないから』


 そこへすかさず、暗黒神の魔力弾が命中、腕刃女を吹き飛ばす。上半身を吹き飛ばされたにもかかわらず、やっぱり死なない。みるみる内に再生。でも僕の斬った、脇腹の傷の治りが遅い。もしかして。その辺は魔道神達も気付いたみたい。念話が飛んできた。


『ハルカ・アマノガワ。どうやら、勝利の鍵は君に掛かっている。君の持つ『凍結』の力。真十二柱が十一位、魔氷女王の力が不完全ながら、目覚めつつある。私達があいつらを足止めするから、機を見て、攻撃を叩き込め。トドメは私が刺す。あの再生力を封じない限り、どうにもならん』


 魔道神いわく、僕の力は『凍結』。その性質上、再生力を『凍結』させ、封じる事が出来るらしい。もっとも、まだ不完全な僕では、トドメを刺すには至らない。


『分かりました。でも、失敗しても知りませんからね』


『失敗したら、その時は明日の太陽を拝めないと思え。あの『灰色の傀儡師』の新たな『器』にされてな』


 了承の意を魔道神に伝えるものの、成功する保証は無い。対する返事は、失敗したらおしまいという、身も蓋も無いもの。しかし、気になる事も。


『灰色の傀儡師』


 それが黒幕らしい。しかも、僕を新たな『器』にすると。ナナさんから聞いた事が有る。他人の身体を乗っ取る術や異能が有ると。それに、僕自身、かつて見ている。邪神ツクヨがやったしね。(第37話参照)


 ともあれ、やるしかない!


「ジュリ! ハルカを守れ! アンジュは私に合わせろ!」


 魔道神が指示を飛ばし、魔道神、暗黒神が二人がかりで、敵の女性3人を相手取る。向こうも僕を捕らえんとするが、暗黒天使長のジュリさんが的確な狙撃で阻止。


「君の護衛は任せるッス! だから、君はするべき事に集中!」


「分かりました」


 理想は絶対凍結眼(アブソリュート・フリーズ)を使う事。しかし使うには魔氷女王化(クイーンモード)を発動させねばならない。その魔氷女王化(クイーンモード)は今日、既に2回使った。これ以上は無理。となれば、他の術を使うしかないけど、上手くいくかどうか?


 でも、そこへ僕の手を握ってくれる人が。


「ハルカ、私も力を貸す。任せな、私の魔力のコントロールはあんた以上だ。師匠、舐めるな」


「ナナさん」


 ぐうたらで、いい加減で、わがままだけど、偉大なる師匠。ナナさんが、僕に力を貸してくれる。……現金なもので、俄然、やる気が出てきた。


「ナナさん、僕の残り魔力から考えて、おそらくチャンスは一度きりです」


「そうかい。だったら、一発で決めな」


 僕はナナさんに自分の現状を伝える。対するナナさんの答えは、至ってシンプル。事実、言われた通りだし。


「じゃあ、お願いします」


 手を握ってくれるナナさんからの魔力のバックアップを受け、攻撃を叩き込むチャンスを伺う。


 膨大な魔力を持つナナさんだけど、暗黒神アンジュと戦ったせいで、かなり消耗している。口には出さないものの、苦しいのが分かる。早く決めないと。しかし……。


「ダメだ。速すぎて、狙いが定まらない」


 魔道神と暗黒神対、敵の女性3人。速い上に、目まぐるしく居場所が変わるせいで、狙いが定まらない。悪い事は更に重なる。


「う……」


 突然の目眩。そして脱力感。立つ事すら出来ず、倒れそうになる。


「ハルカ!」


「ちょっと! 大丈夫ッスか?!」


 幸いナナさんが受け止めてくれたおかげで、地面に倒れずに済んだけど。無理をして魔氷女王化(クイーンモード)を使った反動が来たんだ。こんな時に。しかも、そのタイミングを狙っていたのか、突然、地中から新手が。完全に不意を突かれた。狙いは僕。ナナさんとジュリさんが応戦しようとするが、足元から出てきた泥に足を取られる。


「くそっ!」


「ちっ!」


 更に捕獲用の泥が動けない僕に覆い被さろうとする。が、そこへ吹き荒れる一陣の突風。その凄まじい風が泥を、そして新手の泥使いの女を吹き飛ばした。まるで、狙いすました様な風。もしかして……。その予想は的中。聞こえてきたのは、聞き覚えの有る声。


「危機一髪だった様じゃのう。間に合って良かったのじゃ!」


「美夜姫様!」


 そう、美夜姫様だ。こんな危険な場所に来るなんて。でも、おかげで助かった。お礼を言おうとしたら。


「おわぁああああああっ!!」


 これまた、聞き覚えの有る声。上を見たら、誰かが落ちてくる!


「ったく!」


 ナナさんがとっさにクッションを呼び出し、そこへ落ちる。姿を現したのは。


「助かったぜ! 遅くなって悪い。助けに来たぜ!」


「安国さん!」


 超武闘派の戦うパティシエ、安国さんだった。しかし、どうして上空から落ちてきたのかな? 安国さんは空を飛べないはず。でも、その答えはすぐに分かった。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


 上空から聞こえてきたのは、意味不明な変な歌。こんな歌を歌うのは一匹しかいない。


「バコ様! 何か大きくなってる!」


「……あのボケ猫、もはや、ツッコむ気も失せたよ」


 上空には大きくなったバコ様。いつもの様に、変な歌と踊りを繰り返していた。


「あのボケ猫! 急にデカくなって、俺を乗せたは良いが、全然違う方角へ行くわ、踊り出すわ、あげくの果てに振り落とされるわと、さんざんだったぜ」


「えっと、その、すみません、安国さん」


 安国さんが落ちてきた原因はバコ様だった。頭がボケているバコ様に代わり、謝る。


「嬢ちゃんのせいじゃねぇよ。それより、ヤバい状況みてぇだなっと!」


 安国さんはベルトに挟んでいた偃月刀を素早く引き抜き、後ろから斬りつけてきた腕刃女の攻撃を捌く。


「ハルカ殿、ナナ殿、ここは妾達が時間を稼ぐ。早く回復するのじゃ!」


 美夜姫様も薙刀を手に、泥使いの女2号と応戦。


「ありがとうございます!」


 しかし、どうしたら? 大技は周りの被害が甚大だから使えない。かといって、小技じゃ、決め手に欠ける。そこへ助け船を出してくれたナナさん。


「ハルカ。こういう時は基本に立ち返りな。あんたの得意な、魔力の収束と鋭利化。それを小太刀に込めて斬れ」


 確かにそれなら、通じるかも。それに周りに余計な被害を出さずに済む。


「……分かりました。やります」


 人は斬りたくないけど……。あれは人じゃない。人の姿をした何かだ。何より、僕が勝利の鍵を握っているらしい。だったら、やるしかない。


「そうかい……。ほら、これ飲みな。それと、私の魔力をあんたに託す。さっさと終わらせてきな」


 ナナさんからエリクサーを受け取り、飲む。ガタガタだった身体に力が戻ってきた。そして、ナナさんから魔力を受け取る。これなら戦える。


「アタシからも力を貸すッス。天使長の加護。速度と防御の強化ッス。君は敵を斬る事に全力を尽くすッス」


「ありがとうございます。それじゃ……終わらせてきます」


 ジュリさんからも加護を受け、そのおかげで残りの魔力を全て攻撃に回せる。愛用の小太刀に魔力を収束、鋭利化。今、出来る限界まで、研ぎ澄ませる。


「行きます!」


 小太刀二刀を手に、僕は飛び出す。今度こそ、終わらせる!







 クロユリside


 全くもって、厄介極まりない。私は『人形』と斬り結びながら思う。


 元々は、真十二柱が序列十一位。魔氷女王の身体を受け継ぐ転生者、ハルカ・アマノガワを抹殺すべく、久しぶりに下界に降りてきた。


 そして刃を交え、改めてその人柄、実力を見定めた。結論から言えば、至って将来有望。さすがは真十二柱が序列九位。死神ヨミの最高傑作だけは有る。実力は申し分無い。人格面も甘さが有るが、これ程の力を持つのだ。これぐらいで良い。少なくとも、むやみに力を振りかざすクズ転生者より、よほどな。


 本来なら、そのまま見逃していた。しかし、そうも言っていられない事情が有る。


『灰色の傀儡師』


 創造主から、我ら真十二柱に抹殺命令が下っている、全宇宙最大最悪の犯罪者。そいつがハルカ・アマノガワに目を付けたらしい。断じて、渡す訳にはいかない。


 奴の居場所は分からない。非常に用心深い上、隠密、隠蔽、偽装に長けており、何より、逃げる事に関しては、右に出る者無し。未だに、尻尾を掴ませず、あちこちの世界を逃げ回っている。より優れた『器』を求め、そして、自らの手足となる『人形』を増やし、自らの力と勢力を増大させている。


 そして、遂に『人形』達を送り込んできた。この蒼辰国とやらの騒ぎも、奴の差し金だな。大方、暇潰し。あわよくば、ハルカ・アマノガワのデータ取り。理想は捕獲か。用心深さと同時に、大胆さも兼ね備えている奴だからな。


 しかし、困った。奴の『人形』が予想以上に強化されている。私やアンジュの力に対する高い抵抗力を備えている。大技を使えば滅ぼせるが、周りの被害を考えるとそうもいかず。頼みの綱として、ハルカ・アマノガワの『凍結』の力に賭けた。その力の性質上、再生力を『凍結』させて封じる事が出来るからな。私としては、再生力を封じた所で上空へと飛ばし、大技で始末を付けるつもりだった。だが、その予定は大きく変わる事となった。







 私と斬り結んでいた、腕刃女。その首がいきなり『切断』された。更に宙に舞うその首を、銀髪をなびかせ、両手に逆手で小太刀を手にしたメイドが蹴り飛ばす。それは回復係を務めていた女の顔面に命中。たまらず仰け反った所を、下から上へと一直線に切り裂く。


 そこから、即座に方向転換。先の攻撃で振り上げた小太刀を一気に降り下ろし、泥使いの女1号の背後から頭に突き立て、そこから切り裂く。最後の1人。泥使い2号はさすがに不味いと悟ったか、泥の繭を作り、守りを固める。


 しかし、銀髪のメイド。すなわちハルカ・アマノガワは止まらない。一旦、小太刀を鞘に納め、超高速移動術『縮地』を発動。すれ違いざまに逆手で小太刀を抜き放ち、一刀の元に切り捨てた。


「なんという、鮮やかな太刀筋」


 アンジュが感心した様に言う。実際、感心しているのだろう。私から見ても、見事な太刀筋。だが、『人形』はこの程度では死なない。トドメを刺さねばならない。私は『人形』達を上空へと飛ばそうとした。だが、ここで、予想外の事態が。


 斬られた『人形』達がたちどころに凍り付き、粉砕。塵と化した。そして、もう復活はしなかった。これが何を意味するか分からない私ではない。そう、ハルカ・アマノガワが『人形』を完全に滅ぼしたのだ。


 4人の『人形』全てが塵となり、消えた事を確認し、ハルカ・アマノガワは手にした小太刀を鞘に納める。そう、戦いは終わった。だが、そこに勝利の喜びなど無かった。その場で彼女はへたり込むと、大声で泣き出した。恥も外聞も無く。無理も無い。彼女は元は一般人。そんな彼女が初めて『人』を殺したのだ。彼女なりに割り切った上での事であろうと、その罪悪感や、精神的苦痛はいかばかりか。


 そこへ駆け寄ったのは、師匠であり、保護者である魔女。ナナ・ネームレス。彼女は泣きじゃくる弟子を抱き締め、優しく撫でていた。


「……勝ったはずなのに、胸糞悪いぜ」


「……ハルカ殿」


 スキンヘッドのマッチョ野郎と、蒼辰国の姫君も、やりきれない表情を浮かべる。そこへ私に進言する者が。暗黒天使長のジュリだ。長い付き合いだからな。


「カオルさん、結局、ハルカ・アマノガワはどうするんスか? 僭越ながら、アタシとしては、彼女は殺すより、味方にした方が良いと思うッス。彼女の『力』はまだまだ伸びる。あの『灰色の傀儡師』に対する強力な切り札になるッス」


 ジュリはハルカ・アマノガワを生かすべきと言う。確かに、彼女は若い。これから先、まだまだ伸びる。………………賭けてみるか、彼女の将来性に。仮に彼女を殺した所で、『灰色の傀儡師』はまた別の『器』を探すだけ。奴を完全に滅ぼさない限り、根本的な解決にはならない。


「分かった。お前の言う通りにしようジュリ」


「ありがとうございます、カオルさん」


「良いのですか、カオル?」


「あぁ、戦ってみて、彼女の人柄は確認した。そして、その将来性もな。長きに渡る戦いを終わらせるには、彼女の力が必要だ」


 宇宙の癌と言える、『灰色の傀儡師』。奴を滅ぼせるならな。私はハルカ・アマノガワと、ナナ・ネームレスの元に歩み寄る。その事に気付いた、ナナ・ネームレスは弟子を庇う形で私を睨む。


「……何の用だい? 今は取り込み中なんだ。あっち行きな!」


 当たり前だが、私に対し、敵意剥き出しだ。そんなナナ・ネームレスに、私は話しかける。


「安心しろ。ハルカ・アマノガワに対する抹殺は保留だ。殺すより、生かしておいた方が、得策と判断した」


「そんな話を信じろと?」


「信じる、信じないは勝手だ。だが、これだけは言っておく。ハルカ・アマノガワを狙っているのは、我ら真十二柱が創造主より、直々に抹殺指令を受けている、最悪の犯罪者だ。そいつを完全に滅ぼすのに、彼女が有効らしいからな」


「………………」


 真十二柱が創造主より、直々に抹殺指令を受けている犯罪者。そいつがハルカ・アマノガワを狙っていると聞き、苦い表情を浮かべるナナ・ネームレス。彼女もバカではない。いかに深刻な事態かすぐに理解した様だ。


「私達は、一旦戻る。今後の対策をせねばならんからな。あぁ、そうそう。ついでだ。壊滅的な被害を受けた大桃藩については、私が復元してやろう。さすがに死者の蘇生はダメだが、それ以外なら復元可能だ」


 私は地に手を付き、術を発動。


「回帰複生!」


 この場では分かりにくいだろうが、破壊された建物を始め、死者以外は全て元通り復元された。今回の事件は『灰色の傀儡師』が裏で噛んでいたのだ。せめて、これぐらいはしないとな。


「では、去らば。いずれ、日を改めて来る」


 それだけ言うと私達はその場を後にした。


 しかし、驚いたな。()()()()()()()()()()()()()()()。スキンヘッドのマッチョ男と、小さな姫君。そして『大聖』。全く、世の中、広い様で狭いな。







 美夜姫side


「……以上が此度の事件の顛末です、叔父上」


「そうか。よくぞ生き延びたな、美夜」


「多くの方々に助けて頂いた結果でございます。妾だけでは、到底無理でした」


 父上の暗殺から始まった、一連の事件。様々な出会いと別れの末、妾は華都城へと帰ってくる事が出来た。その後も事後処理を始め、多忙極まりない日々を送る羽目となった。そんな妾の後見人となり、助けてくださったのが、父上の弟であり、副将軍であらせられる、叔父上であった。誠にありがたい事じゃ。妾だけでは、無理じゃからのう。


 そして、一段落付いた事もあり、妾は此度の一件について、叔父上に報告していた。本来なら、もっと早くすべき所であるが、何分、それどころではなくてのう。ただし、全ては話さぬ。ナナ殿とハルカ殿。更には真十二柱。話せる内容ではないからのう。幸い、叔父上もバカではない。此度の一件に人外の存在が関わっている事ぐらい承知しておられる。何せ、壊滅的な被害を受けた大桃藩が、死者を除き、一瞬にして復元したのじゃからな。


「ところで美夜よ。お主は儂を疑わなかったのか? 兄上を殺した下手人として、真っ先に浮かびそうなものだが?」


 叔父上は父上暗殺の下手人として、自分を疑わなかったのかと問われた。


「愚問でございます、叔父上。妾は最初から叔父上は下手人ではないと思っておりました。なぜなら、父上が仰っておられました。叔父上は小悪党ではあるが、大悪党にはなれぬと」


「なるほど、兄上らしいな。確かに儂は小悪党。大悪党にはなれぬ」


 叔父上は苦笑なされる。今度は妾が叔父上に尋ねた。


「叔父上、貴方なら、ご存知でしょう。父上の兄上。その御方は一体、なぜ追放されたのですか?」


 此度の事件の原因。かつて追放されたもう1人の叔父上。父上の兄上。一体、なぜ追放されたのか? 妾はその理由が知りたかった。叔父上はしばし、苦い表情をなされていたが、意を決したのか、話してくださった。


「そうか。お主は知ってしまったのか、大兄上の事を。ならば、今更隠しても仕方あるまい」


 そして、語ってくださった、もう1人の叔父上の事。


「大兄上はの、それは優秀な方であった。文武両道を地で行く御方でな。儂も兄上も、何度も挑んでは負けたものだ。そんな大兄上は儂や、兄上の自慢であった。ゆくゆくは将軍になられると信じて疑わなかった」


 ここで叔父上は一旦区切り、茶を一口。


「しかし、いつしか大兄上は野心を持つ様になった。そして、あろうことか、将軍家の最大の禁忌である『巨人』を復活させ、近隣諸国を攻めようと、更には世界に覇を唱えんとした。だが、それは断じて許されぬ。『巨人』は人の手に負えぬ。だからこそ、封印された。儂も兄上も何度も大兄上を説得したが、無駄であった。その果てにとうとう、大兄上は追放となった。本来なら切腹だが、儂と兄上が嘆願した事で減免されたのだ。もっとも、それが此度の事件を招いてしまったのだがな」


 そう言う叔父上は、とても悲しそうであった。


「叔父上、先の事など分かりませぬ。ましてや、絶対の正解など有りませぬ」


「……ふっ、お主は兄上より、母君似だな美夜よ」


「左様でございますか叔父上」


「うむ、良く似ておる。若い頃を思い出す。さて、儂はそろそろ帰るとしよう。美夜よ、お主はいずれ将軍となる身。しかと勉学に励め。良いな?」


「承知致しました、叔父上」


 妾は帰っていく叔父上を見送った後、此度の事件について思い返していた。







 事件が終わった後、妾達はひとまず大桃城へと戻った。事後処理も有るが、何より、ハルカ殿の事が有った。ナナ殿いわく、ハルカ殿は初めて、人を殺した。厳密には、もはや人ではない何かと化していた輩であったが、それでも殺した事は、ハルカ殿にとって、大きく、深い心の傷となってしまったのじゃ。


「悪いけど、私達はここでお別れだ。表向き、観光名目で来たからね。長居は無用。何より、早いとこ帰ってハルカの心のケアをしてやらないといけないからね。とりあえず、スイーツブルグ侯爵家に大至急、迎えを寄越す様に伝える。迎えが来たら、すぐに帰るよ」


 ナナ殿はハルカ殿をおんぶしながら、そう言われた。ちなみにハルカ殿は、初めて人を殺めた事でさんざん大泣きしたが、今は泣き疲れて眠っている。


「情けない師匠だね、私は。この子に殺しをやらせるのはもう少し先の予定だったのにさ」


 ナナ殿は自嘲気味にそう話す。確かにあの時、敵を殺すのに最適だったのはハルカ殿。本人もその事は承知の上であったはず。しかし、人とは理屈だけで割り切れるものではない。初めて、人を殺したハルカ殿の苦悩は計り知れぬ。


「さて、あんた達はさっさと行きな。華都城に戻って、色々やらなきゃならないだろ? 例えば、安国のハゲの罪状取り消しとかさ」


「そういや、そうだった。俺は姫さん誘拐と、和菓子屋の爺さんの殺害容疑が掛かっているんだった。姫さん、悪いが早いとこ、罪状の取り消しを頼むぜ」


 ナナ殿は自分達の事はそこそこに切り上げ、妾達に早く華都城へと帰るようにと。確かに、妾達は華都城に帰らねばならぬ。父上亡き今、いつまでも留守には出来ぬ。それに安国殿の罪状も取り消さねばならぬ。


「うむ、承知した。ナナ殿、此度は大変お世話になった。そなた達の助けが無くば、どうなっていた事か。この美夜、心より、感謝申し上げる」


「ふん、別にあんたを助けようと思った訳じゃないさ。結果的にそうなっただけさ。じゃ、私は行くよ」


 ナナ殿はそう言うと、ハルカ殿をおんぶしたまま去っていかれた。その後、大桃藩藩主のアプリコット殿と事後処理について打ち合わせ。その際、安国殿が借り受けていた偃月刀を返却。聞けば、『連合』の国宝だとか。よく、そんな大事な品を安国殿に貸したものじゃ。別れの際じゃが、アプリコット殿は随分、名残惜しそうであった。安国殿に惹かれておったのかのう?






 さて、それからも大変であった。まずは安国殿の無実の証明。これに関しては、妾の証言。及び、妾が事件発生以来、起動させていた情報記録端末の記録映像により、証明された。かくして、安国殿に掛けられた罪状も取り消された。


 そして、父上の葬儀。平行して、此度の事件に加担した輩の排除。更に、此度の事件における大恩人。安国殿への恩賞じゃ。


「安国殿、此度は助けて頂き、誠に感謝致す。そなたと出会わなければ、どうなっていた事か。そなたは妾とこの国の恩人じゃ。そして、これは約束した恩賞。献上小豆じゃ。どうぞ、受け取って欲しいのじゃ」


 此度の安国殿への恩賞。それは本来、将軍家に認められた職人にのみ扱う事が許された、特別な小豆。献上小豆じゃ。そもそも安国殿は、良い小豆を求めてこの国に来た。そして、献上小豆を欲しがっておられたからのう。事件が解決した暁には、恩賞として、与えると約束したのじゃ。妾は約束は果たす。それが、次期将軍たる、妾の矜持じゃ。


「これが、献上小豆か。ありがとよ、姫さん」


 妾から献上小豆の入った袋を受け取った安国殿は、実に嬉しそうじゃ。


「安国殿、それは正確には献上小豆の栽培用の豆じゃ。すぐには食べられぬが、栽培すれば、毎年、献上小豆が収穫出来るのじゃ」


「なるほどな。分かった」


 食べてしまえばすぐ無くなるが、栽培すれば、後々まで食べられるのじゃ。


「ところで安国殿、妾と共に来て欲しい所が有る。構わぬかのう?」


「そうか。実は俺も行きたい所が有ってな」


「ほう、それは奇遇じゃのう」


 妾の行きたい所。安国殿の行きたい所。それは同じ所であった。







 城下町の一角。そこはかつて、和菓子屋が有った場所。そして、妾と安国殿が初めて出会った場所。しかし、今は、取り壊し作業の真っ最中であった。妾の後を追ってきた刺客によって、破壊されてしまったからじゃ。そんな妾と安国殿はとある方と会っていた。あらかじめ、面会の約束を取り付けていたからのう。


「此度は誠に申し訳ない事をしてしまった。妾が逃げてきたばかりに、そなたの父上が命を落とす事に。いくら謝っても済まされる事では無いが、妾には謝る事しか出来ぬ。ふがいないばかりじゃ」


「俺からも謝罪させてもらう。申し訳ない。あんたの親父さんが、命懸けで刺客の爺さんを食い止めてくれたから、俺達は逃げる事が出来た。あんたの親父さんは俺達の命の恩人だ」


 そこで待っていた人物に、妾は出会い頭に謝罪した。安国殿も、謝罪と感謝をする。なぜなら、その人物は、この和菓子屋の当代の主人にして、妾達の命の恩人である、和菓子屋の老人の息子であるからじゃ。


 妾と安国殿は、和菓子屋の主人に謝罪と感謝を述べようと、ここを訪れた。あの時、和菓子屋の老人が助けてくれなければ、妾も安国殿も命は無かった。だが、引き換えに、和菓子屋の老人が命を落とし、店も破壊されてしまった。それを放っておく訳にはいかぬ。そして、和菓子屋の主人は言った。


「美夜姫様、安国殿、どうか顔を上げてくださいませ。確かに父を失った事に対し、思う所は有ります。しかし、父は自ら、姫様の為に命を投げ出しました。実は父は病に侵されており、あの日、最後にどうしても店に立ちたいと、無理を押して店番をしていたのです。そんな父は、若い姫様が殺されるなど、我慢ならなかったのでしょう。だから、姫様。どうか、父の分までしっかりと生きて、立派な将軍におなりください。それが、私からの望みでございます」


 和菓子屋の主人は、妾を責めなかった。父上を亡くした原因は妾に有るというのに。


「ありがたき言葉、痛み入る。せめてもの詫びの気持ちじゃ。店の再建に関する費用や手続きは、将軍家が全て持つ」


 妾は店の再建に全面的に支援する事を約束した。せめて、これぐらいせねば、バチが当たる。






 そして、安国殿も帰国される時が来た。本当は我が国に残って欲しいが、そうもいかぬ。安国殿には店が有る。いつまでも留守には出来ぬ。出発の日、妾は空港まで安国殿を見送りに来た。既に幕府の用意した特別機が準備を調えており、いつでも発てる。


「安国殿、帰ってしまわれるのか。寂しくなるのう」


「悪いな、姫さん。でも、俺にも店が有るんでな」


 そう言うと安国殿は妾の頭を撫でてくれた。だが、別れを惜しんでばかりもおられぬ。妾は安国殿に一通の書を渡す。


「安国殿、これは今回の事件について妾なりに纏めた書じゃ。ナナ殿達を通じて、国王殿に渡して欲しい」


「……分かった。任せろ」


 此度の事件は、単なる事件とは格が違う。きちんと備えておかねばならぬ。故に、国王殿宛てに書をしたためた。安国殿は受け取った書をきちんとしまう。別れの時は近づいてくる。


「姫さん、一つ約束だ。この国を背負って立つ、立派な将軍になれよ」


「分かっておる! 必ずや、立派な将軍になってみせる! 父上、母上に恥じぬ、立派な将軍に!」


 安国殿は、妾に立派な将軍になれと言われた。だから、妾も、立派な将軍になると返した。なってみせるのじゃ、父上、母上に恥じぬ立派な将軍に。


「そうか。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。姫さん! 元気でな!」


「安国殿も、息災でな!」


 最後に別れの言葉を交わすと、安国殿は特別機に乗り込んでいった。扉が閉まり、やがて機体が動き始める。そして、空へと飛び立っていった。


「さらばじゃ……安国殿。ありがとう」






 そして、今。妾は亡き父上、母上の遺影を前に話しかけていた。


「父上、母上、此度の事件は一応の解決を迎えました。しかし、真の解決とは言えませぬ」


 そう、真の黒幕。『灰色の傀儡師』とやらは、未だ健在だからじゃ。


「きっと、奴はまた、事を起こすでしょう。ですが、妾はそれを見逃しはしませぬ。その時が来たならば、妾はハルカ殿達と共に戦う所存でございます」


 もちろん、その為にはいくつもの問題を乗り越えなくてはならない。しかし、妾は負けぬ。


「父上、母上、どうか見ていてくだされ。妾は必ずや立派な将軍となり、ハルカ殿を助けてみせますのじゃ」


 妾は亡き父上、母上にそう誓うのであった。




長らくお待たせしました。僕と魔女さん、第112話です。


安国さんの蒼辰国行きから始まった、一連の事件、ようやく終結。しかし、決してハッピーエンドではありませんでした。


魔道神の力で死者以外は元通りになりましたが、大勢の犠牲者が出ました。そして、ハルカ。初めての殺人に、大きく、深い、心の傷を負いました。作中の安国さんの言葉を借りれば、勝ったのに、胸糞悪い。これに尽きます。


更に、明らかになった、今回の事件を引き起こした黒幕。『灰色の傀儡師』。魔道神の力の影響下から外れ、創造主から真十二柱に抹殺指令が下っている程の犯罪者。しかも未だに、尻尾も掴ませない、用心深さと狡猾さ。


その一方で大胆さも有り、今回、『人形』を介してハルカに接触してきました。間違い無く、今回の一件でハルカに注目し、再び、接触する事は確実。


さて、ハルカは立ち直れるのか?


では、また次回。


追記


魔道神クロユリは『以前から知っていたかの様に』、安国さんと美夜姫の事を口にしました。ヒントとしては作者の第一作。魔女(元30才、男)の異世界奮戦記(笑)を読みましょう。


そして、青龍に続き、彼女も『大聖』という名を口にしました。果たして誰なんでしょう?


そして、現在分かっている真十二柱一覧。


序列一位 不明


序列二位 魔道神クロユリ


序列三位 魔剣聖


序列四位 武神 鬼凶


序列五位 暗黒神アンジュ


序列六位 不明


序列七位 不明


序列八位 不明


序列九位 死神ヨミ


序列十位 戯幻魔 遊羅(ユラ)


序列十一位 魔氷女王(既に死亡。転生者、ハルカ・アマノガワがその身体を持つ)


序列十二位 邪神ツクヨ



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