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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第111話 ハルカの東方騒動記 魔道神の『力』

 ハルカside


 遂に復活してしまった『巨人』。しかし、事態はそれだけでは済まなかった。僕達の留守を突いて、再び大桃城が襲撃を受けた。ナナさんに言われ、その場をナナさん達に任せ、僕は一路、大桃城へ。


 到着した大桃城は酷い状態。しかもそこへ新手のフグ型兵器が空から大量にやってきた。それは自立型の爆弾兵器だった。やむを得ず、僕自身を囮にフグ型兵器を大桃城から引き離す事に。


 そして、空中でフグ型兵器と応戦していた僕。だけど、あまりに数が多く、遂に討ち洩らしを出してしまった。撃ち落としたくても、他のフグ型兵器に邪魔され、その間に討ち洩らした奴が大桃城に向かう。このままじゃ、大桃城が! しかし突然、フグ型兵器が全滅。そこへ現れたのは1人の女性。彼女はこう名乗った。


『真十二柱が序列二位。魔道神クロユリ』と。


 安国さんからのSOSから始まった一連の事件は、ここに来て大きく変化しようとしていた。







 とりあえず、僕は魔道神クロユリと名乗った女性を観察する。観察は大事だから。


 長い黒髪に、アメジストの様な紫の瞳。抜ける様な白い肌。抜群のプロポーション。文句なしの人間離れした美人だ。そして、巫女さんの様な服装。ただし色が違う。巫女さんは上が白い着物。下が赤い袴に対し、魔道神クロユリは、上が黒い着物。下は紫の袴。手には黒い扇。


 でも、何より恐ろしいのは、この人、じゃなかった、神の強さが読めない事。ナナさんの元で修行を積んだおかげで、ある程度は相手の力量を読める様になった僕。なのに、読めない。それが意味している事は、あまりにもその力が圧倒的だという事。人間が地球の全体像を見られない様なもの。


 お互いに無言で対峙する、僕と魔道神クロユリ。先に口を開いたのは僕。


「僕を殺しに来たとの事ですが、その理由を教えてくれませんか? 理由も知らずに殺されるなんて嫌です。知っても嫌ですけどね。大体、貴女、僕に非は無いと言ったじゃないですか。真十二柱と言う名からして、貴女は真の神。そんな貴女が非の無い相手をわざわざ殺しに来るんですか?」


 僕の質問に魔道神クロユリは苦笑を浮かべる。話の通じないタイプじゃないみたいだけど。少なくとも、一方的な正義論を振りかざすタイプには見えない。僕は更に核心を突く。


「何より。本当に僕を『殺す』気なんですか?」


 これが一番、不自然に感じた点。僕が魔道神クロユリの立場なら、わざわざ相手の前に姿を現さない。ましてや、名乗ったりしない。相手の間合いの外から一方的に殺す。それで終わりだ。卑怯、卑劣など、バカの言う事。


「なかなか肝の座った娘だな君は。師匠のおかげかな? 君の言う通りだ。正直、君を殺すべきか否か迷っていてな」


 何だか知らないけど、魔道神クロユリは僕を殺すかどうか迷っているらしい。


「しかしだ。君に生きていられては不都合なのも、また事実」


「だから、その理由を聞かせて欲しいんですけど」


 でも、肝心要の僕を殺す理由は話してくれない。そんな彼女は手にしている黒い扇を開く。それが何を意味しているか分からない僕じゃない。


「知りたければ、実力を示せ。それが出来ないなら……『死ね』」


「やっぱりそうですよね。知ってました」


 どのみち、戦いは避けられないらしい。僕も本来の武器である小太刀二刀を構える。……勝ち目は無いけど。真の神の強さは、かつて戦った邪神ツクヨのおかげで身に染みて知っている。


「ちなみに、君がかつて戦った邪神ツクヨだが、あいつは真十二柱の中では最下位の序列十二位だからな」


「……そうですか」


 そこへ更なる追い討ちをかけてくる魔道神クロユリ。あの邪神ツクヨが、ナナさんが全く歯が立たなかった邪神ツクヨが、真十二柱の中では最下位。これはもう、完全に詰んでいる。だって、僕はまだナナさんに勝てないし。でも現実は非情。真十二柱、序列二位の魔道神は目の前にいる。逃げるのは無理。


「言っておくが、逃げられると思うなよ。魔道神からは逃げられん」


 どこかの大魔王様みたいな事を言い出した。これはメ○ゾーマではない、メ○だとか、これが余のメラ○ーマだ、と火の鳥を出したりするんですか? 天地○闘の構えとかやるんですか?


 ……現実逃避も大概にしよう。逃げられない以上、戦うしかない。それに、ナナさん達の事も気になる。『巨人』はどうなったんだろう? ただね。この魔道神クロユリ、どうにもやりにくいんだよね。だってこの人、いや、神か。


『ナナさんとそっくりだし』







 ナナside


 一難去ってまた一難って奴か。全く、嫌になるね。搭乗者を取り込み、新しい形態へと変化した『巨人』。途中、四聖獣の青龍が助っ人に加わったものの、とにかくしぶとい。こうなったら、周りの被害は黙殺し、大技で始末しようかと考えていたら、突如、『巨人』がバラバラになった上、塵となって消えた。強力な自己修復能力を持つ『巨人』がだ。


 驚くのも束の間。私達の前に姿を現したのは、真っ白な髪と肌。赤い瞳のいわゆる、アルビノの女。そいつはこう名乗った。


『真十二柱が序列五位。暗黒神アンジュ』と。


 間違いない。こいつ、真の神だ。この圧倒的な力、かつて戦った邪神ツクヨと通じる物が有る。しかし、真の神が何しに来た? ……やはりハルカか。あの子を狙って来たのか? 思い返せば、色々と心当たりは有る。初詣の際の大地母神からの忠告。ハルカと高速飛行の修行をした際の狙撃。一連の事はこいつの仕業か!


「何か誤解している様ですが、私はハルカ・アマノガワに対し、何もしていませんよ」


 そんな私の胸の内を読んだのか、語る暗黒神アンジュ。こいつの仕業じゃないらしい。


「へぇ、そうかい。でも、あんた以外の誰かの差し金だろう?」


「……なかなか鋭いですね。彼女に生きていられては不都合なんですよ」


 だったら、別の誰かの差し金だろうと指摘してやったら、わりとあっさり認めやがった。しかし、聞き捨てならない事を言ったね。ハルカに生きていられては不都合だと。なぜだ?


 ハルカは確かに真の魔王の身体を持ち、非常に優秀だが、まだまだ未熟。真の魔王の力を使いこなせる様になるのは、遠い未来の話になるだろう。現状、こいつら真の神にとって脅威になるとは思えない。


 まぁ、未熟な今の内に殺してしまえという事かもしれないが。でも、それならさっさと殺せば済む話。わざわざ、私の前に姿を現す必要は無い。となれば……。


「あんた、私の足止めが目的だね」


 私は暗黒神アンジュが私の前に姿を現した理由を指摘する。


「ご名答。いかにも、その通りです。貴女をハルカ・アマノガワの元に行かせる訳にはいきません。事が済むまで、ここにとどまってもらいます」


 そう言うなり、黒い大鎌の切っ先をこちらに向けてくる。クソッ! 早く行かないとハルカが危ない。だが、この暗黒神アンジュ、私を逃がすつもりは無いね。隙が無い。


「……ナナ殿、あの方は何者なのじゃ? 暗黒神と名乗っておるが。後、真十二柱とは何じゃ?」


 今まで空気を読んで黙っていた美夜姫が尋ねてきた。そりゃ、ここに来ての急展開だからね。すると私に代わり、青龍が答えてくれた。


「お姫様、あのお方は名乗った通りの暗黒神。闇を司る神様よ。そして真十二柱とは、あらゆる神と魔王の頂点に立つ12人の事。あのお方は、その中で5番目。要は物凄く、偉くて強い神様なのよ。私なんかよりずっとね」


「それほどのお方であるのか?!」


 青龍の分かりやすい説明を聞き、美夜姫も驚く。伝説の存在である青龍よりも遥かに上の存在と聞かされたんだ。当然だね。


「青龍、美夜姫を連れて逃げな。邪魔だからね」


「分かったわ。ほら、お姫様、逃げるわよ。真十二柱の戦いに巻き込まれたら、命が無いわよ」


「……分かりました、青龍様。ナナ殿……死ぬな!」


 私は青龍に美夜姫を連れて逃げろと告げ、青龍もそれを了承。美夜姫も、もはや自分達の手には負えないと察したらしく、私に死ぬなと告げ、青龍と共に去っていった。


 さて、余計な奴らがいなくなったし、やるとするか。鞭を引っ込め、そして、本来の武器であるナイフを取り出す。あの胡散臭い女狐。よろず屋 遊羅(ユラ)から買った、アメジストの様な深い紫の刃のナイフ。ジキタリスを。女狐の言う通りなら、これなら真の神に通じる。殺すまでは無理だが、深手は負わせる事が出来ると。手にしたナイフは私の魔力に呼応し、その刃から紫電を放つ。


「良いナイフですね。神器、魔器(真の神、真の魔王が使う品)に極めて近い、格の高い品。どこで手に入れました? 聖剣、魔剣ごときとは比較にならない程、入手困難な品。いえ、事実上、入手不可能な品なのですが」


 私のナイフを暗黒神アンジュは一目で見抜いた。さすがは真十二柱。見る目も確かだね。


「私がそんな事、素直に教えるとでも?」


「でしょうね」


 入手先について聞いてきたが、私はそれを突っぱねる。向こうもそんな事は百も承知だったらしい。軽く流す。すると、それまで手にしていた黒い大鎌を引っ込め、代わりに草刈り鎌を1本出してきた。……ふん、そういう事か。


「わざわざハンデを付けてくれるとは、暗黒神様はお優しい事で」


「言ったでしょう? 私の役目は貴女の足止め。あの大鎌。『大いなる慈悲』は手加減が出来ないので」


 ……悔しいね。完全に格下としてナメられている。お前ごとき、これで十分だと。伝説の魔女と恐れられた私がだ。


「ふん、ありがたくて涙が出そうだよ」


 だからといって、キレる程、私はガキじゃない。何より、私がこいつより格下なのは、否定しようの無い事実だ。真の神の強さはかつての邪神ツクヨ戦で、嫌という程、思い知らされた。私がどう、あがいたところで、真十二柱が序列五位、暗黒神アンジュには勝てない。


 ……でもね、弟子を見捨てる程、私は腐っちゃいないんだよ!


「良い目です。久しぶりに見ましたよ。信念と覚悟の有る目。ならば、私も誠心誠意を持って、足止めしましょう」


 ナイフを構える私を称賛する暗黒神アンジュ。彼女も同じく草刈り鎌を構える。いよいよか……。奇しくもお互いの言葉が重なった。


「「勝負!!」」


 その言葉を皮切りにお互いの武器が激突する。







 ハルカside


「ハルカ・アマノガワ。生きたくば、私に力を示せ。君が生きていても構わないと私を納得させろ」


 魔道神クロユリは唐突にそう言った。


「言われなくても、そのつもりです。死にたくないですから」


 一度死に、そして死神ヨミによって、新たな生を授かった僕。まだまだやりたい事が有る。殺されるなんて、御免だ。


「……まぁ、当然だな。だが、こちらにも事情が有ってな。全く。君がよくいるクズ転生者なら、さっさと殺して終わりなんだが。困った事に良い子だからな。実に迷う」


「…………」


 やっぱり、この魔道神クロユリ、よく分からない。僕を殺しに来たかと思ったら、殺すべきか否か迷っていると語る。一体、どんな事情が有るんだろう?


「言っておくが、全力で来い。この魔道神クロユリ、真十二柱が序列二位は伊達ではないぞ。少しでも気を抜けば、即座に死ぬと知れ」


「言われるまでも無いですよ」


 あの邪神ツクヨより序列が上。間違いなく、今までで最大最強の敵。最初から全力で行かなければ、話にならない。それでも勝てないけど。とにかく、僕の力を示し、納得させないと。今はその事に全てを掛けよう


「言っておくが、半端な事はするなよ。私は君の力を見たい。つまらない真似をしたら、怒るぞ」


 ……ハードルを上げてくるなぁ。下手な真似は出来ないな。真の神の怒りなんて買いたくない。


「分かりました。ある意味、貴重な体験。真十二柱が序列二位。魔道神クロユリ直々に相手をして頂けるんですから。よろしくお願いします!」


 こうなったら、開き直ってやる! 格上の実力者との戦いは多くの事を学べる貴重な機会。特に真の神と戦えるなんて、通常、あり得ない。たくさん学んで、生き延びてやる! すると、魔道神クロユリは楽しそうに微笑む。


「良い返事だ。この魔道神クロユリ、お相手つかまつる」

 

 黒い扇を手に、魔道神クロユリは構える。


「ハンデとして、私は本気を出さん。手加減してやろう。そっちは好きな様にやれ」


「殺しに来たわりには、親切ですね」


 やけに甘い条件、何か裏が有るかと思い、聞いてみた。


「当たり前だろう? ハンデ無しでは君なんぞ、即座に死ぬからな。私と殺りあえるのは、序列三位の魔剣聖と序列四位の武神ぐらいだからな。序列一位は……うん、まぁ、語るまい」


 対する答えはシンプル。ハンデ無しじゃ、魔道神クロユリの圧勝で話にならないから。……分かってはいるよ。僕がどうあがいても、魔道神クロユリには勝てない。と言うか、確実に負ける。でもね、こんな言われ方をして、腹が立たない訳じゃない。


「そうですか。だったら、せめて一太刀浴びせます!」


 剣術と魔法、両方をこなす、いわゆる魔法剣士の僕。でも、どちらかと言えば、剣士寄り。愛用の小太刀二刀が僕の魔力に呼応し、冷気を放つ。


「良い小太刀だな。それほどの業物は随分と久しぶりに見た」


「それはどうも。でも、小太刀だけじゃないですよ」


「そうか。だったら、証明してみせろ。来い、ハルカ・アマノガワ!」


「はい! 行きます!」







 相手は真の神。その強さは想像を絶する。小細工なんか通じない。ならば、正攻法で行く。殺られる前に殺る! 先手必勝、受けてみろ! 『縮地』!


 ナナさんから伝授された、超高速移動術『縮地』。空間転移並みの速さで魔道神クロユリの目前まで行く。下手に背後なんか取ったら、何らかの罠が来そうだし。小太刀を一閃、狙うは動かしにくく、的の大きい胴体。


「速いな!」


 魔道神クロユリも称賛の声を上げる。そう、『称賛の声を上げる』。つまり、それだけの余裕が有る訳で……。振り抜こうとした右腕の手首を掴まれていた。


「だが、甘い!」


 凄い力で地面に向かって投げ付けられた! 凄まじい加速で息が詰まる。華奢な外見なのに、なんて怪力だ! ギリギリの所で風の魔力を使い、地面への激突を回避。上空の魔道神を見上げるが。


「いな」


 いない。そう言おうとした。そこへ右脇腹に突き刺さる一撃。蹴られたと、すぐには分からなかった。吹き飛ばされたその先に、黒い上着と紫の袴姿の女性。要は魔道神。


「ふんッ!!!」


 今度はボディブローが鳩尾に突き刺さる。胃が収縮し、激痛と呼吸困難が襲う。しかも魔道神はまだ追い討ちをかける。


「沈め」


 右足を振り上げ、渾身の踵落としを脳天に叩き込む。その威力たるや、小さなクレーターが出来る程。たった三撃。それだけで、あっという間に僕はボロボロに追い込まれた。なんて強さだ。普段から展開している魔力の防護膜がまるで役に立たない。


「……この程度か? 私はまだ魔道を使っていないぞ? 返事はどうした?」


 倒れた僕にそう問いかける魔道神。答えたくても、貴女が僕の頭を踏みつけているから喋れないんです! 顔面を地面に押し付けられ、痛い。ナナさんでも、顔を傷付ける事はしなかったのに。でも、そんな事知った事かとばかりにグリグリと踏みにじってくる。


「情けないな。私は優しいから良いが、これが武神なら、その場で叩き潰されてミンチだぞ。ましてや魔剣聖なら、塵も残らん」


 心底呆れたと言わんばかりの魔道神。これで優しいって。武神と魔剣聖というのは更に危ないのか。でも、今はこの状況を切り抜けないと。そう思うも、魔道神の足をどけられない。息も苦しくなってきた。それに、ナナさん達は? そこへ魔道神は話す。


「早く起きろ。でないと、君の師匠。確か、名無しの魔女……今は、ナナ・ネームレスと名乗っていたか。命が危ないぞ? 私の妻にして、真十二柱が序列五位。暗黒神アンジュが相手をしているからな。アンジュは私と違って戦闘狂だから、勢い余って、ついうっかり『殺してしまうかもしれんな』。まぁ、ミスは誰にでもあr」


 魔道神がその言葉を最後まで言い切る事は無かった。なぜなら、僕がその顎に思いっきりアッパーを叩き込んだからだ。後頭部を踏みつけられた状態を跳ねのけ、全身のバネを生かしたアッパー。さすがの魔道神も体勢を崩す。そこへ再び胴体狙いの小太刀一閃。しかし、魔道神はバックステップで間合いを離す。


「甘い!」


 さっき言われた事のお返し。そして僕の魔力コントロールを舐めるな! 小太刀の先から魔力を込めた真空刃を飛ばす。極限まで研ぎ澄まされた不可視の刃が魔道神を狙う。


 ギィン!


 鳴り響く金属音。魔道神は手にした黒い扇で僕の不可視の刃を受け止めていた。……さすがは真の神の持つ品。普通は受けた物ごと斬れるんだけどね。


「……師匠の事を言ったとたんに、一気に強くなったな。殴られるなど、いつ以来だったかな? なかなか効いたぞ」


 僕に殴られた顎を軽くさすり、魔道神は語る。なかなか効いたと言うけれど、別段、効いた様には見えない。普通の相手なら、脳震盪を起こしてもおかしくないんだけど。


「だが、気に入らんな」


 雰囲気を一転させ、魔道神は語る。気に入らないと。


「何が気に入らないんですか? 殴られた事ですか?」


 まぁ、殴られて喜ぶ人はそうはいない。しかし、魔道神の気に入らない理由は別だった。


「君は私を舐めているのか? 私は本気で来いと言ったぞ。なのになんだ、師匠の事を言わねば力が出せんか? ……甘ったれるな! 小娘が!!!」


「ヒッ?!」


 突然、キレた魔道神クロユリ。あまりの剣幕に身がすくむ。僕はただ、ナナさんの事が心配なだけなのに……。なぜかそれが気に入らないらしい。


「君はあれか? 最近のくだらんアニメやラノベの主人公のつもりか? ピンチに都合良くパワーアップするとでも? 助っ人が来るとでも? 何か奇跡が起きて逆転勝利するとでも? ……そんなもの、実戦で有り得ると思っているのか?! 実戦を舐めるな!!!」


 それは激しい怒り。今まで比較的、穏やかだった魔道神クロユリが初めて見せた、明確な怒りだった。そして、話す内容は正に正論。ナナさんにも何度も言われた事だ。現実は無慈悲で残酷。ご都合主義なんか無い。


「……申し訳ありません。おっしゃる通りです。僕は戦う事に対する覚悟が足りなかった様です」


 魔道神クロユリに叱られた事で、自分の甘さを再認識した僕は、改めて覚悟を決める。魔道神クロユリは僕に本気で来いと言った。ならば、答えなければならない。ナナさんの事も心配だ。だから、今度は正真正銘、出し惜しみ無しで行く。


「今度は正真正銘、全力です。その代わり、3分しかもちませんが」


「……ほう。見せてみろ、君の正真正銘の全力とやらを」


 本当は使いたくなかった。リスクがあまりにも高いから。だけど、もはやそんな事を言っている場合じゃない。いや、今こそが使う時だ!


「ありがとうございます。では……これが僕の本気です! 魔氷女王化(クイーンモード)!」


 叫びと共に服装がいつものメイド服から、純白のドレスに。ベッドフリルが白銀のティアラに。更に両腕に白銀の籠手。両足には白銀の具足。一時的に真の魔王、魔氷女王に変化する、僕の最後の切り札。魔氷女王化(クイーンモード)を発動させる。


「っ! その姿は! ……死神ヨミめ。まさか、これ程とはな」


 変身した僕を見て、初めて動揺を見せた魔道神。そうか。魔氷女王とはかつて面識が有ったんだろう。以前見た曼荼羅図に、一緒に描かれていたし。


「驚いている所、申し訳ないですが……行きます!」


 魔道神が初めて見せた動揺。その千載一遇のチャンスを逃しはしない。一気に畳み掛ける!







「このぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 渾身のかけ声と共に繰り出す、地を這う高速タックル。捕まえてから押し倒し、マウントポジションを取る! しかし、魔道神も甘くない。突如、僕の足元から何かを感じ、離れる。足元から飛び出したのは鋭い結晶。危ない危ない。もう少しで串刺しだった。もっとも、それで終わる魔道神じゃない。


禍津風(まがつかぜ)


 手にした黒い扇をあおぐと激しい風が巻き起こる。これ、単なる風じゃない。生命力がどんどん削られる。


「朽ちて、滅びろ」


 まずい……力が失われていく。風は急速に僕を蝕む。こんな所で……死んでたまるか! 必死に力を振り絞り、『縮地』を発動。風を起こしている黒い扇を狙い、小太刀を振るう。しかし、軽くかわされてしまう。


「ちっ! 禍津風(まがつかぜ)を浴びて、動けるか。大抵の奴なら、すぐに朽ち果てるが。ならば……少しだけ、私の力を見せてやろう」


 あまり、ありがたくない事を言われた。見せなくて良いです。でも魔道神はお構い無し。彼女は話を始める。


「実は私の能力はたったの2つ。少ないだろう? だが、その能力こそが、私を真十二柱が序列二位たらしめている。その内の1つを使おう。……死ぬなよ。『(からす)』」


(からす)』。その一言と共に現れたのは黒い鳥型のエネルギー弾。とにかく大きい! そのサイズは象ぐらい有る。それが凄い速さで僕に襲いかかる。逃げる? 防ぐ? 否!


「舐めるな!」


 僕が選んだのは迎撃、いや、反撃。交差させた小太刀二刀を振るい、斬撃を放つ。黒い鳥とX字型の斬撃がぶつかり、黒い鳥が四分割され、凍って砕け散る。


「『闇』を凍らせるか。見事だ」


 称賛する魔道神。余裕ですね。でも、それこそが僕の付け入る隙だ。『縮地』!


 再び、『縮地』を発動。魔道神の懐に入る。そこから更に、その勢いを生かした技を繰り出す。超高速七連突き。


『七星殺!』


 ナナさんからも褒められた、僕の最高の突き。しかし、魔道神の強さは凄まじかった。僕の七連突きを畳んだ状態の扇で全て捌き、お返しとばかりに、扇で殴られた。まるで野球ボールの様に吹き飛ばされる。地面を二転三転し、ようやっと止まる。


「速さはなかなかだったな。だが、甘い! 急所を狙うべきでありながら、迷いを見せるなど、甘過ぎる! やはり、ここで死ね。『黒月(くろつき)』」


 魔道神のその一言と共に上空に現れたのは、巨大な黒い球体。さっきの黒い鳥なんか、比べ物にならない程の力を感じる。そして、それは僕目掛けて、落ちてきた。逃げようにも、さっきの一撃のダメージが大きく、動けない。


「悪く思うな。君を『奴』に奪われる訳にはいかん。君が死ねば、少なくとも、時間は稼げる。……根本的な解決にはならんが」


 そんな僕を見ながら、語る魔道神。『奴』とは誰なのか? 僕が奪われるとはどういう事なのか? 気になるけど、もはやそれどころじゃない。黒い球体はもう、頭上に迫っていた。観念し目を瞑る。


 ……………………でも、何も起きない。


 目を開けると最初に見えたのは『黒』。黒い何かが僕の目の前にいる。それは僕がとても良く知る『黒』。いつも見ている。僕がいつも洗濯したり、干したり、畳んだりしている『黒』。


 ナナさん愛用の黒ジャージ。つまり……。


「ナナさん!!!!」


「……ふん、我ながら、良い仕事するねぇ……。さすが、私。感謝しな、バカ弟子。超かっこいいお師匠様が助けに来てやったよ……」


 そこには全身のあちこちを斬られ、血塗れになりながらも、巨大な黒い球体を両手で受け止めているナナさんがいた。時折、吐血しながらも、決して、揺るがず立っている。明らかに動ける状態じゃないのに。そこへやってきたのは、白い髪に赤い瞳で、背中に黒い翼を生やした女性。


「しくじったな、アンジュ」


「すみません、カオル。彼女を甘く見ていました。まさか、弟子が絡むとあれ程の力を発揮するとは」


 その女性は魔道神と何か会話をする。多分、彼女が真十二柱が五位。暗黒神アンジュか。


「こっちも似た様な感じだ。師匠の事を話題に出したら、一気に強くなったぞ。しかし、それではダメだ。やはり、ここで始末する事にした」


 僕達を無視して会話をする魔道神と暗黒神。ナナさんは黒い球体を受け止めている為、動けない。僕も魔氷女王化(クイーンモード)が時間切れで解けてしまい、その反動で動けない。……このまま、僕達は死ぬのかな? 僕が絶望しかけたその時。


「……随分、好き勝手言ってくれるじゃないか。まだ、私もハルカも死んでないよ。……私を……な、め、る、なぁーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


 あろうことか、ナナさんは全身の傷口から血が噴き出すのも構わず、絶叫と共に、受け止めていた巨大な黒い球体を、魔道神と暗黒神目掛けて投げ付けた!


 でも……


「死に損ないが」


「今度こそ、死になさい」


 黒い球体は突然消え、瞬時にナナさんの背後に現れた魔道神と暗黒神。手にした扇と草刈り鎌でナナさんの背中を切り裂く。その背中に刻まれるX型の傷。そこから大量の血を噴き出し、今度こそナナさんは倒れる。そして動かない。


「…………ナナ……さん……」


 僕が名前を呼んでもナナさんは動かない。返事をしてくれない。背中の傷から大量の血を流し、倒れたまま。


 ……なぜ? なぜ、こうなった? 誰のせい? 誰が悪い?


 僕は自分に問う。確かにナナさんを傷付けたのは魔道神と暗黒神だ。でも、僕がいなければ、そもそもあの二人は来なかった。僕がもっと強ければ、ナナさんが僕を助ける必要なんか無かった。つまりは僕のせいだ。


 悔しい! 僕のせいでこんな事に! 自分の弱さに対する怒りと、ナナさんに対する罪悪感。その二つが僕を責め苛む。でも、僕ももう、動けない。魔道神と暗黒神はどっちが僕にトドメを刺すか話し合っている。


 僕は良い。でもナナさんは助けなきゃ。ぐうたらで、いい加減で、わがままで、いつも僕を困らせる。でも、僕の敬愛する、偉大な師匠。死なせてたまるか! 僕はヒーローじゃない。でも、ナナさんを見捨てるなんて出来ない。僕は残りわずかな力を振り絞り、立ち上がる。


魔氷女王化(クイーンモード)!』


 一度使えば、一週間は使うなとナナさんから言われたが、構わず発動させる。さすがの魔道神と暗黒神も面食らったみたいだ。今がチャンス!







絶対凍結眼(アブソリュート・フリーズ)!!」


 魔氷女王化(クイーンモード)を発動させた時だけ使える、僕の最強の攻撃。見ただけで即座に凍らせる、魔氷女王の能力。もちろん、これて終わるなどと思っていない。何せ、真十二柱、最下位の邪神ツクヨにも通じなかったんだ。序列二位の魔道神と序列五位の暗黒神に通じる訳がない。


 でも、足止めにはなる。僕は2人に宣言する。


「今から放つのは、僕の開発中の新術です。これが最後の攻撃です。受けてみろ!!!」


 自分の精神世界に行き、そして知った『根源の型』。それを元に研究、努力を重ね、開発中の新術。まだ未完成だけど、ここで使う。


「面白い。やってみろ」


「私達を足止めする程です。見せてみなさい、貴女の力」


 魔道神と暗黒神もやってみろとの事。つくづく、余裕ですね。


「じゃあ、お言葉に甘えて。まだ未完成の上、詠唱が長いのはご容赦を」


 術を発動させるべく、詠唱を始める。久しぶりの詠唱。普段は詠唱破棄の短縮発動ばかりだから。一言一句間違える事なく、言い淀む事なく、流れる様に詠唱を紡ぐ。そして、詠唱が終わり、術を発動させる名を告げる。


久地奈和(くちなわ)!!」


 術の発動と共に放たれるは、赤黒い大蛇。それは凄まじい勢いで魔道神と暗黒神に向かう。


「ほう、蛇か」


「その若さで根源の型に辿り着くとは、見事です」


 僕の蛇を見て、なお余裕の2人。まぁ、僕としても、これで2人を『倒せる』とは思っていない。『倒せる』とは思っていない。大事な事だから、2回言ったよ。で、僕の放った久地奈和(くちなわ)は2人に直撃……しなかった。


「む、これは?!」


 あ、さすがは魔道神。気付いたか。僕の放った久地奈和(くちなわ)は直撃すると見せかけ、突然軌道を変更。2人に巻き付き締め上げる。そう、久地奈和(くちなわ)は殺傷用の術じゃない。捕縛、封印用の術なんだ。それも単なる捕縛、封印用の術じゃない。ナナさんの部屋を掃除する際に盗み読みした資料を元に作った術。そう、かつてナナさんが持ち帰ってきた、神殺しの術の資料を元にね。


 その術は神の力を逆に利用し、自壊させる術。僕の久地奈和(くちなわ)はそれの劣化版。神の力を逆に利用し、締め上げ、封印する。理論上、相手が強ければ強い程、締め上げる。さすがの魔道神、暗黒神もすぐには抜け出せないみたいだ。その間に僕はナナさんに駆け寄る。良かった、まだ息が有る。だったら間に合う。亜空間収納からエリクサーを取り出し飲ませる。今の内に、この場を離れる。ナナさんを安全な場所に移す。


 しかし、僕は魔道神を甘く見ていた。彼女のもう1つの力を知らなかった。


 突然、魔氷女王化(クイーンモード)が解ける。時間切れとは違う。まるで『強制的に解除されたみたいに』。


 更には、魔道神と暗黒神を締め上げていた久地奈和(くちなわ)も『消えた』。


 魔道神と暗黒神は、特にダメージを受けた様子も無い。なんて事だ。僕のとっておきさえ、足止めにもならないなんて。


「良い術だったぞ。まさか、この私がもう1つの『力』を使う羽目になるとはな」


「その若さでカオルに『力』を使わせるとは」


 魔道神と暗黒神は、魔道神のもう1つの『力』で僕の魔氷女王化(クイーンモード)と術を破ったらしい。魔道神は語る。


「私は『魔道神』。異能を司る神」


 まさか……その言葉を聞いて、嫌な予感がする。そしてそれは見事に的中。


「異能の(ことわり)我に有り! 異能自在こそ、私の『力』」


「要は、この世に存在する全ての異能の支配者なのですよ。故に、真十二柱が序列二位なのです」


 なんて事だ。それはあまりにも絶望的な事実。魔道神は相手が異能の使い手なら、ほぼ確実に潰せる。彼女は異能の支配者なのだから。正に天敵だ。


「君は良く頑張った。だが、やはり、生かしておけない。悪いがここで死んでもらう」


 魔道神は僕に死刑宣告を下す。もはやこれまでか。


「お願いが有ります。ナナさんと大桃藩を助けてください」


 死ぬなら、せめて、ナナさんと大桃藩を助けて欲しいと頼む。


「……まぁ、良いだろう。苦しまぬ様、一瞬で終わらせる」


 魔道神はそう言うと、右手に黒い魔力を集める。残念だけど、僕の二度目の人生はここで終わりらしい。


「嫌だな。死にたくないよ……」


 思わず、涙が溢れる。


「……済まない。去らば」


 魔道神の申し訳なさそうな声。右手に集めた魔力が放たれ……


 なかった。なぜなら……。


「させませんよ? 魔道神」


 突然聞こえてきた女性の声と共に、魔道神が吹き飛ばされたから。


「カオル!」


 暗黒神も突然の事態に声を上げる。助かった。そう思った。でも、事態は少しも良くなってなんか、いなかった。いや、むしろ悪化した。


「ハルカ・アマノガワ。その肉体と魂、我が偉大なるご主人様の新たなる器として、献上させてもらう」


 そこにいたのは、大桃港の1番倉庫で、将軍の兄の娘と一緒にいた女性。ナナさんの鞭を受け止めたあの女性だ。この時点で普通の人間じゃないと判断し、僕が鞭で吹き飛ばしたのに、無事なんて。それに『ご主人様』って?


 事態は二転三転し、更なる混沌へ。一体、どうなってしまうのか?





お待たせしました。第111話をお届けします。


とにかく強い、魔道神クロユリ。真十二柱が序列二位は伊達じゃない。ハルカも頑張りましたが、やはり、力及ばず敗れました。


魔道神の『力』。まずは闇を操る。これだけでも非常に強力。しかし、真の恐ろしさはもう1つの『力』。それは『異能自在』。作中でも語った様に、魔道神は異能の支配者。そして、異能の根源。故に魔道神が死ねば、この世からほぼ全ての異能が消えてしまいます。


異能の根源である為、ほぼ全ての異能を操る事が出来る。その気になれば、異能を封じたり、奪ったり、暴発させたり、自由自在。はっきり言って、どこぞの平等主義の人外だろうが、げげげ笑いの不可逆さんだろうが、括弧付けのマイナスさんだろうが、一切合財、魔道神の前には踏み潰されます。正に、異能の使い手の天敵。ただし、僅かな例外有り。決して無敵でも、完璧でもありません。


対抗策としては、一切、異能を使わずに戦う事。もっとも、魔道神は異能抜きでも、とてつもなく強いですが。本人が言う様に、対抗出来るのは、真十二柱が序列三位の魔剣聖と、序列四位の武神ぐらい。後は、創造主。それと序列一位なんですが……。


そして、最後に登場したのは、大桃港の1番倉庫で将軍の兄の娘と一緒にいた女。明らかに普通の人間ではない。はたして、何者か? そして、彼女の『ご主人様』とは?


次回、遂に東方騒動記編、完結。


それでは、また。




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