第107話 ハルカの東方騒動記 青龍の試練を乗り越えろ!
安国殿が呼んだ助っ人。魔女のナナ殿と、その弟子のハルカ殿。お二方のおかげで命の危機を救われた、妾と安国殿。
傷を治して頂いた上、久方ぶりの温かい食事も振る舞って頂き、人の情けのありがたみという物を痛感したのじゃ。妾も将軍家の娘という立場上、人の醜さ、汚さは知っておるから、なおさらじゃ。
その後、お互いに情報交換。ナナ殿、ハルカ殿共に、並外れた実力の持ち主であると知った。しかしながら、表立っての協力は出来ぬと言われた。お二方は安国殿の救援要請を受けて、この国に来たが、あくまで『観光』名目での入国。下手に動けば国際問題になりかねないと。閉鎖的な我が国の体制が仇となってしまった。
しかしながら、逆に言えば、表沙汰にならなければ良いとの事。陰ながら、手を貸してくださるそうじゃ。そして妾はナナ殿に、1つの提案をした。それは、我が国の伝説。東方の守護者、『青龍』に会い、協力を得る事じゃ。
ご本人もおっしゃっていたが、伝説の魔女たるナナ殿がその気になれば、事件など即、解決じゃ。だが、それはしてはならぬ。そんな事をすれば、外部の、魔女の力を借りたと、必ずや後々の禍根となろう。それにナナ殿自身、事件についてはどうでも良さそうでのう。だが、『青龍』の住み処に向かう事に関しては協力してくださった。やってきた『青龍』の住み処、『旋龍島』は6つの巨大竜巻が島の周囲を巡るという、恐ろしい場所じゃったが、ハルカ殿のお力で突破。(6つの巨大竜巻全てを凍らせ止めるという荒業じゃった!)
その後は断崖絶壁に刻まれた、細い一本道を登るという事が有り、ハルカ殿が泣くという、はぷにんぐが有ったものの、遂に妾達は『青龍』に会う事が出来たのじゃ。しかし、現実はあにめや、げーむの様に甘くはなかったのじゃ……。
父上を暗殺し、更には伝説の『巨人』を復活させようと企む輩共の計画を阻止すべく、妾は『青龍』様にお力添えを願った。しかし、その返事は『拒否』。『青龍』様は自分は東方の守護者、蒼辰国の守護者ではないと。その事に安国殿や、ハルカ殿は大層怒り、『青龍』様に食ってかかっている。
「てめぇ! それでも四聖獣かよ!」
「敵は将軍を暗殺した上、『巨人』を復活させようとしているんですよ! 絶対、ろくでもない事を企んでいます!」
安国殿、ハルカ殿共に、憤懣やる方ないとばかりに、『青龍』様に怒鳴っているが、当の『青龍』様は涼しい顔で、受け流している。涼しい顔と言えば、もう1人。ナナ殿じゃ。自身の弟子である、ハルカ殿が『青龍』様に盛大に食ってかかっているにもかかわらず、ナナ殿は何もせず、静観を決め込んでいる。ナナ殿が何を考えているかは妾には分からぬ。だが、このままという訳にもいくまい。妾は次期将軍なのじゃから。意を決し、妾は未だ、『青龍』様に食ってかかっている、2人の元へ行く。
「安国殿、ハルカ殿、気持ちは嬉しいが、落ち着くのじゃ。『青龍』様は何も間違った事はおっしゃっておらぬ」
とりあえず、安国殿とハルカ殿を止める。『青龍』様に対して怒ってくれるその気持ちはとてもありがたい。しかし、それではダメなのじゃ。故に妾は2人を止める。幸い、2人共、分からず屋ではなくての。不満そうではあるが、この場は下がってくれた。すまぬのう。そして、妾は改めて『青龍』様に問う。
「『青龍』様、連れの2人の非礼、本人達に成り代わり、謝罪申し上げます。何とぞお許し願います。そして、貴女様にお尋ね申し上げます。貴女様は確かに我が国の守護者にあらず。しかし、東方の守護者ではある。そんな貴女様が何ゆえ、我が国の危機を救ってくださらぬのか? 納得のいく説明をお聞かせ願います」
妾は『青龍』様に対して深々と頭を下げ、何ゆえ我が国を救ってくださらぬのか問う。ナナ殿によれば、先代の『青龍』なら、我が国を救ってくださったであろうとの事。しかし、その際、ナナ殿はおっしゃった。
「確かに先代の『青龍』なら、助けてくれただろうさ。ただ、これだけは言っておくよ。果たしてそれが『良い事』かね? その辺、良く考えな、次期将軍」
そう、妾は次期将軍。良く考えねばならぬ。物事をしかと見極めねばならぬ。『青龍』様の真意を見極めねばならぬのじゃ。すると、『青龍』様は面白い物を見たといった感じの表情をなさった。
「……へぇ。単なるガキじゃなさそうね。面白いじゃない。良いわ。話してあげる。私が助けてあげない理由をね」
『青龍』様は、助けてくださらぬ理由を話してくださるとの事。その事に、安国殿とハルカ殿は驚いている。ナナ殿は相変わらずじゃが。
『青龍』様が、理由を話してくださるとあり、妾達は姿勢を改める。当然の礼儀じゃ。妾達が話を聞く態度になったのを確認し、『青龍』様は理由を話し始めた。
「私が動かない理由。それは単純に、私が動く程の事案じゃないから」
『青龍』様が動かない理由。それは本当に単純なものであった。だが、その物言いに、安国殿とハルカ殿が怒る。
「てめぇ! 一国の危機なんだぞ!」
「そうですよ! 大勢の人達が死ぬかもしれないんですよ!」
しかし、『青龍』様は動じない。それどころか、逆に2人に問いかけた。
「そうね、確かに一国の危機だし、大勢の人達が死ぬかもしれない。でもね、それって、今回に限った事かしら? 私が知る限りでも、何度も大きな戦いが有ったはずだけど?」
その言葉に反論出来ない2人。確かに『青龍』様のおっしゃる通りじゃ。我が国では、過去に幾度となく、大きな戦が有った。大勢の民草が死んだ。だからといって、『青龍』様が動いたという話は無い。更に話は続く。
「それにね。これは私の信条なんだけど、神魔、精霊はむやみやたらと現世に関わるべきではない。先代は、随分と干渉していたみたいだけどさ。わざわざ、国名を『蒼辰』とさせる程にね」
確かに、『青龍』様のおっしゃる通り、我が国の国名は『青龍』様の名を元に付けられた物。そして、先代の『青龍』様が、我が国に干渉していたと? そこへナナ殿。
「先代の『青龍』はね。あんた達、人間をいい様に利用してきたのさ。ま、私が殺して終わったけどさ」
「その辺に関しては、ある意味感謝しているわ、『名無しの魔女』。おかげで私が新しい『青龍』の座に着けたし」
「ふん、私は売られたケンカを買っただけさ。あのジジイ、つくづく耄碌してやがったね。自分と相手の実力差が分からないとはね。人間を利用して好き勝手やってきたツケだね」
……過去に何が有ったのかは分からぬが、どうやら、先代の『青龍』様は随分とあくどい真似をしていたらしい。そして、ナナ殿に討たれたらしい。もっとも、ナナ殿は世の為、人の為に討った訳では無いじゃろうがな。
「とはいえ、せっかくここまで来た以上、手ぶらで帰しては、『青龍』の名に傷が付くわね」
『青龍』様の助力は得られそうもないと思っておったそこへ、思わぬ事を言い出した『青龍』様。
「力を貸して頂けると?」
妾の問いに、『青龍』様はおっしゃった。
「さっきも言ったけど、一国の危機ぐらいじゃ、私が動く訳にはいかない。でもね、少しぐらいは協力してあげても良いわ。貴女も次期将軍なら、覚えておきなさい。人の世を動かすのは人。神魔、精霊に頼っていては、いずれ実権を奪われ、滅ぶわよ」
実に重い言葉であった。確かに、神魔、精霊の力は強大。しかしながら、それに頼っていては、実権を奪われてしまう。あくまで、人の世を動かすのは人でなくてはならぬ。でなければ、人外魔境となってしまうであろう。その上で、『青龍』様は少しではあるが、協力してくださると。
「ありがたき忠告、痛み入ります。肝に命じます。そして、協力して頂ける事、誠に感謝の極みにございます」
ありがたき忠告と、協力して頂ける事。その2つをふまえ、妾は『青龍』様に対して深々と頭を下げる。
「感謝するなら、私じゃなくて、連れの人達に言いなさい。『朱雀』から、話を聞いていたしね。そのメンバーと一緒に来たなら、少なくともクズでは無いでしょうし。私自身、見る目は有ると自負しているし」
『青龍』様は感謝するなら、自分にではなく、連れの人達にしろと。そういえば、安国殿達は『朱雀』様に会った事が有るらしい。何ともたまげた御仁達じゃ。そして、その『朱雀』様から、『青龍』様に話が伝わっていたと。故に、こうも穏便に話がまとまった。誠に人の縁とは不思議なものじゃ。だが、今は、感謝しよう。
「安国殿、ナナ殿、ハルカ殿、そなた達が『朱雀』様に会った事が有るおかげで、『青龍』様との話が穏便にまとまった。誠にかたじけない」
妾は3人に向かい頭を下げる。一国の姫君ともあろう者が易々と頭を下げるでないと思われるやもしれぬが、我が国の命運がかかっておるのじゃ。妾の頭を下げるぐらいで済むなら、いくらでも下げてやろう。
「別に気にすんな。話が穏便にまとまって何よりだぜ」
「ふん、色々と運の良いガキだね」
「良かったですね。一時はどうなる事かと思いましたよ」
改めて礼を言った妾に、三者三様の言葉を掛けられる。良い方々じゃ。そして。この様な良い方々に出会えた幸運に感謝じゃ。
「とはいえ、ただで協力する気は無いわよ。そうね、少し試させてもらうわね。合格したなら、協力してあげる」
「ふん、まぁ、妥当な線だね。ただで協力しては、四聖獣の名がすたる」
妾達に少しではあるが、協力してくださるとおっしゃった『青龍』様。しかし、ただではないとの事。ナナ殿の言うようにただで協力しては、四聖獣が軽く見られてしまう。やはり、認めて頂く必要が有るか。
「仰る事、実にもっともでございます。されば、何をすれば良いのでしょうか?」
妾は『青龍』様に何をすれば良いのか問う。すると、『青龍』様は、大人1人分はあろうかという、大きな青い結晶を出してきた。
「そうね、この結晶を、そこのメイドの子に斬ってもらうわね。もう一度言うけど、『斬る』のよ? 断面が欠けたら、失敗と見なすわよ。言っておくけど、この結晶、硬いわよ」
いきなり、難題をふっかけてきた。メイド、つまりはハルカ殿に大きな結晶を『欠けさせずに』斬れと。妾も薙刀の心得が有るから分かる。硬いという事は同時に脆い。そんな物を欠けさせずに斬れとは、大変な難題じゃ。しかし、ハルカ殿は退かない。
「分かりました。武器は使っても良いですか?」
「構わないわよ。貴女、小太刀使いでしょう。好きになさい」
武器を使って良いか確認を取り、許可を得たら、今度はナナ殿に話しかける。
「ナナさん、『練習用の短剣』を使いますね」
「なるほどね。失敗は許されないんだ。良いよ、使いな」
何やら妙な事を言い出した。結晶を斬るのに、『練習用の短剣』を使うと。悪ふざけの様な話じゃが、ハルカ殿は至って誠実な御仁。そんなハルカ殿が言うなら、必ず、何らかの意味が有る。妾は黙って、ハルカ殿を見守る。すると、腰に差した二本の小太刀ではなく、空中から、一振りの短剣を取り出し、鞘から抜き、構える。
「何じゃ?! あの短剣は!」
「おいおい、滅茶苦茶薄いな!」
「へぇ、面白いじゃない」
その短剣を見て、妾と安国殿は驚きの声を上げ、『青龍』様は楽しそうに微笑む。ハルカ殿が手にした短剣は、透明のがらすの様な、極薄の刃じゃった。見るからに脆そうな刃じゃ。あれでは簡単に折れてしまうじゃろう。
「見ての通り、あの短剣は極端に刃が薄くて脆い。だから、少しでも太刀筋がぶれたり、余計な力が入れば、簡単に折れる、砕ける。ハルカが私の元に来たばかりの頃に散々、練習させた品さ」
妾達の思った事を読んだらしいナナ殿が、説明をしてくださった。ハルカ殿はその様な修行をしていたのか。そして、ハルカ殿の考えが分かった。
「結晶を欠けさせずに斬るのは至難。なまじ、良い武器を使えば油断や慢心を生じ、失敗に繋がる。ハルカ殿はあえて、脆い刃の短剣を使う事で油断や慢心を絶ち、一刀に全てをかける気じゃ」
「そういう事。あの短剣、脆いが切れ味は確か。黙ってな、ハルカが集中に入るよ」
妾がハルカ殿の考えを言うと、ナナ殿から、その通りとの答え。そして、黙る様にと。ハルカ殿が結晶を斬るべく、瞑目し、集中に入る。邪魔にならぬ様、妾達は黙って見守る。そんな中、ハルカ殿は瞑目したまま、短剣を持つ右手を静かに振り上げ、その姿勢で止まる。誰も一言も発せず、固唾を飲んで見守る。しばしの沈黙の後。
「シッ!!」
短い気合いと共に、ハルカ殿が短剣を一閃! ……振り抜いた短剣は折れていない。しかし、結晶も変化は無い。空振りとも思えぬが。そこへナナ殿。
「また一段と腕を上げたね。良い太刀筋だったよ」
そう言って、結晶を指で軽く突く。すると……。結晶が途中から斜めにずれて、上の部分が地面に落ちた。残った下の部分の断面は欠けは一切無い。なんという、速く鋭い太刀筋じゃ、斬った音すら聞こえなかった。妾が驚く中、ハルカ殿はナナ殿に答える。
「ありがとうございます。僕は非力な分、太刀筋を磨かないといけませんからね。日頃から鍛練は欠かしていません」
そんな師弟の会話に、『青龍』様が割って入る。
「お見事。面白い物を見せてもらったわ。あの結晶を、ああも見事に斬るとはね。ならば、約束通り、少しだけ協力してあげる」
ハルカ殿が結晶を見事、欠けさせず斬った事により、約束通り、協力してくださると言ってくださった。実にありがたい事じゃ。……しかし。
「『青龍』様。お願いが有ります。妾もあの結晶を斬る試練に挑ませて頂きたい。本来、部外者であるハルカ殿に全てを押し付けるなど、有ってはならぬ事。これは次期将軍としての妾の責任、何とぞ、お願い致します」
妾も武芸を嗜む身。あの様な見事な太刀筋を見せられては、黙っておれぬ。それに、本来、部外者であり、無関係なハルカ殿に全てを押し付けるなど、断じて許される事ではない。何より、上の者が動かずして、どうして下の者達が動こうか。妾の申し出に『青龍』様は呆れた顔をなさる。まぁ、当然じゃな。何をバカな事を言っているのかと思われるじゃろう。
「別に良いけど……。はっきり言って、貴女には無理よ。傷一つ付けられないでしょうね」
事実、『青龍』様から、無理だと言われる。じゃが、それでも結晶は出してくださった。ハルカ殿の時より小さいがのう。
「ありがとうございます。では華乃原 美夜、いざ参る!」
妾は結晶を出してくださった『青龍』様に礼を言い、亜空間収納の術を使い、一振りの薙刀を取り出す。安国殿が討ち取った、朱音御前の亡霊が持っていた薙刀。それを構える。妾が使うには長すぎるが、構わず振りかぶり、ハルカ殿と同じく瞑目し、集中。……しばしの間を置き、一気に振り下ろす!
ギィン!!!
響き渡る鋭い金属音。
「ふん、バカなガキだね」
「ナナさん!」
「嬢ちゃん、今回は姐さんが正しい。全く、何やってんだ」
ナナ殿が呆れ、ハルカ殿がそれをたしなめ、更にそれを安国殿が止める。分かってはいたが、やはり妾は無力じゃのう。
「だから言ったじゃない、無理だって。せっかくの薙刀が折れちゃったわね」
トドメの『青龍』様の言葉。おっしゃる様に、妾に結晶を斬る事は叶わず、薙刀の刃が途中から折れてしまった。何とも情けない。だが、そこへ『青龍』様は続ける。
「でも、全くの無駄でもなかったみたいね。見なさい、ここ」
そう言って、結晶の1ヶ所を指差す。そこには小さな傷が一つ。
「私とした事が、読みが甘かったみたいね。まさか、傷を付けるとはね。武器の性能を差し引いてもなお、大したものだわ」
妾の渾身の一太刀は、結晶を斬る事は叶わなかったが、小さな傷一つを付ける事は出来た。『青龍』様はその事を褒めてくださった。
「お褒めの言葉、痛み入ります。しかし、妾は結晶を斬る事、叶いませんでした。自らの非力、恥じ入るばかりにございます」
しかし、妾は嬉しくない。自らの未熟、非力を痛感させられるばかりじゃ。この様な事で、次期将軍が務まるものであろうか?
「……さっきから聞いてりゃ、随分、つまらない事にこだわっているね、ガキ。あんた、根本的に間違っているよ」
すると、それまで見ていたナナ殿が、妾に対して、つまらない事にこだわっている。更には根本的に間違っていると言い出した。いくら命の恩人といえ、無礼な!
「ナナ殿! 妾を侮辱する気か?! その言葉、聞き捨てならぬぞ!」
食ってかかる妾にナナ殿は冷静に返す。
「落ち着きな。全く、これだからガキは。ガキ、いや、美夜姫。あんたは何だい? 兵士かい? 武人かい?」
「……否、妾は蒼辰国、第十五代将軍の一子、次期将軍。ゆくゆくは蒼辰国を背負って立たねばならぬ身じゃ」
ナナ殿は、お前は何だと聞いてきた。兵士か? 武人か? と。その言葉に込められた意味を察すると、急激に頭が冷えてきた。確かに、妾はとんだ思い違いをしていた。
「そうだ。あんたは次期将軍。父親である現将軍亡き今、蒼辰国を背負って立つ、最高責任者だ。そんなあんたの役目は、薙刀を振るう事かね? もっと他にやるべき事が有るだろう?」
全くその通りじゃ。妾の役目は、薙刀を振るう事ではない。そして、次期将軍たる妾が死ねば幕府は崩れ、蒼辰国はかつての様な戦乱の世に逆戻りしかねん。もしそうなれば、先祖の方々に申し訳が立たない。
「すまぬ、ナナ殿。妾は未熟者であった。誠に恥じ入るばかりじゃ」
「ふん、たかが7歳のガキが思い上がるんじゃないよ。良いかい? 組織のトップに求められているのは武力じゃない。組織をまとめ上げる求心力。人材を惹き付ける魅力。この辺が欲しいね。ぶっちゃけ、組織のトップは神輿さ。武力なんか、他に強い奴を雇えば良い。組織運営にしても、上手い奴を探せ。適材適所って奴さ。一人で何もかもやろうと思うんじゃないよ」
そうであった。父上にしろ、ご先祖様達にしろ、1人で全てを仕切っていた訳ではない。幕府という巨大組織を運営する為に、多くの者達の力が有った。
「礼を言う、ナナ殿。妾は父上を暗殺され、国の一大事とあり、大事な事を見失っていた」
妾は、改めてナナ殿に礼を言う。粗雑な態度の御仁ではあるが、やはり長年生きてきただけに、含蓄の有る事を言われる。
「ま、ガキがあんまり背伸びするんじゃないって事さ。それより、『青龍』。こちらはあんたの出した条件をクリアしたんだ。さっさと協力しな」
「言われなくても、そのつもりよ」
ナナ殿はガキが背伸びをするなと言い、そして、『青龍』様に条件を果たしたからには協力しろと催促。そうであった。『青龍』様の協力を得るのが今回の目的じゃ。果たして、どのように協力してくださるのであろうか?
「さて、こちらの出した条件をクリアした以上、約束は守るわ。少しだけ、協力してあげる。具体的には、私の力を少しだけ分けてあげるわ。こっちに来なさい、お姫様」
遂に『青龍』様の協力を得られる事になった。ご自身の力を少しだけ分けて頂けるらしい。『青龍』様に呼ばれ、お側に行く。すると『青龍』様は小刀を取り出し、ご自身の右手の人差し指を先を少し切る。
「口を開けて」
言われて口を開けると、血の滲んだ人差し指を突っ込まれる。
「気持ち悪いかもしれないけど、我慢して飲み込む」
そう言われ、唾ごと血を飲み込む。……別段、何かが変わった様な気がせぬのう。こういう場合、力がみなぎるとかしそうなものじゃが? などと思っていると、『青龍』様が説明してくださった。
「別段、変化が無いと思っているでしょう? それは当然。今は与えた力が休眠状態だからよ。それにね、与えた力はあくまで、補助、きっかけに過ぎない。貴女の内に眠る力を引き出す為のね」
それは驚きの内容であった。与えて頂いた力は、妾の内に眠る力を引き出す為の補助、きっかけに過ぎぬと。
「お言葉ですが、『青龍』様。妾にその様な力が眠っていると?」
妾にその様な力が有るとは、まるで実感が無いのじゃが。いかに『青龍』様のお言葉とはいえ、にわかには信じがたい。
「失礼ね。この『青龍』の見立てを疑うの?」
妾の言葉にご立腹の『青龍』様。慌てて、妾は謝罪する。『青龍』様を怒らせては大変じゃ。
「いえ、滅相もない! 妾は未熟者故に、つい」
「……まぁ、良いわ。あ、そうそう。ついでに良い物をあげるわ。さっき薙刀の刃が折れたでしょう? 新しいのを用意してあげる」
妾の謝罪もあり、『青龍』様は水に流してくださった。更に、妾に新しい武器を下さると。空中から出してきたのは、青く煌めく薙刀の刃。良く見ると、龍の鱗の様な模様が有る。
「これはね。四代前の『青龍』の鱗を溶かし込んで打ち上げられた薙刀の刃。四代前の『青龍』に認められた鍛冶師の最後の作品。いつか、ふさわしい使い手が現れたら渡して欲しいと言われたそうよ。受け取りなさい」
「このような貴重な品を妾に?!」
四代前の『青龍』様の鱗を溶かし込んで打ち上げられた薙刀の刃。それすなわち、四聖獣の力を宿す武器。一体、どれ程の価値が有ろうか。もはや、値段が付けられぬ。間違いなく、国宝級の品じゃ! その様な品を妾のごとき、未熟者の童が手にするなど、恐れ多い事じゃ。妾が受け取りをためらっておる所へ、ハルカ殿が語る。
「美夜姫様、受け取るべきです。『青龍』さんは貴女を使い手にふさわしいと認めたんです。受け取らないのは、失礼に当たります。それに、道具は使う為に有ります。飾りじゃありません。何より、貴女には力が要ります。少なくとも、今の危機に立ち向かう力が。確かに貴女は神輿。でも、簡単に壊れる神輿じゃダメです」
「……分かりました。『青龍』様。この刃、ありがたく頂戴いたします。誠に感謝の極みにございます」
ハルカ殿の言葉に促され、妾は『青龍』様から、新たな刃を頂戴する。妾は神輿。なれど、簡単に壊される気は無い。
「貸しな、新しい柄を用意してやるよ。さっきの奴は大人用で長すぎたからね。ガキ用の短いサイズの奴を出してやろう」
そこへナナ殿が新しい柄を用意してくださると。確かに前の奴は大人用の為、妾には長すぎて、使いにくかった。妾に合わせた柄を用意して頂けるのはありがたい。ナナ殿に刃を渡すと、空中から新しい柄を取り出し、すぐに取り付けてくださった。
「ほらよ。使ってみな」
「かたじけない、ナナ殿。では、さっそく」
ナナ殿から新しい薙刀を受け取った妾は、少し離れて薙刀の基本の型を一通りこなす。……素晴らしい! 正にこの一言に尽きる。びたりと妾の手に馴染む。重すぎず、軽すぎず、絶妙な具合じゃ!
「『青龍』様、ナナ殿、この様な素晴らしい薙刀を手に出来た事、誠に感謝の極み。この薙刀に恥じぬ様に精進を重ねる事を誓いますのじゃ」
『青龍』様、ナナ殿、ご両人のおかげで素晴らしい薙刀を手にする事が出来た事を深く感謝する。これ程の品を手にする事が出来る者など、ごく一握りの者だけであろう。だからこそ、妾はこの薙刀に恥じぬ様に精進せねばならぬ。良い品を持つ者はそれ相応の格が必要じゃからのう。妾の言葉を聞き、『青龍』様は楽しそうに笑い、ナナ殿はさほど、興味無さげ。
「ふふ、将来楽しみな子ね」
「ふん、まぁ、好きにしな」
「さ、そろそろ帰りなさい。人の世の問題は人の手で解決すべき」
『青龍』様は妾達の用が済んだ事もあり、帰る様にとの事。確かに妾達は、『巨人』復活を企む者達を阻止せねばならない。早く戻らねばならぬ。
「『青龍』様、此度は誠にありがとうございました。このご恩は決して忘れませぬ」
帰る前に妾は改めて、『青龍』様に感謝を述べる。
「別に良いわよ。私としても、善意だけでやった訳じゃないし。さすがに勝てない相手がいるんじゃね」
妾の感謝の言葉に『青龍』様はそう返し、ちらりとナナ殿を見る。
「ふん、まぁ、賢明な判断だね。ごちゃごちゃ言うなら、先代同様、殺していたし」
ナナ殿も『青龍』様の視線を察し、怖い事を言う。伝説の魔女の力はそれほどまでに強大なのか。
「私としても死にたくないし。あぁ、そうそう。これを渡さないとね」
そろそろ帰ろうかとした所へ、『青龍』様から、渡す物が有るとの事。それは小さな青い鈴。
「あっ、それの色違いを『朱雀』さんから貰いました」
それを見て、『朱雀』様から貰った物の色違いであると言うハルカ殿。
「さすがに話が早いわね。そうよ、これは私達、四聖獣が認めた証。受け取りなさい」
『青龍』様は妾とハルカ殿、それぞれに1つずつ、鈴を渡す。
「ありがとうございます」
「妾の様な未熟者にまで。『青龍』様、身に余る光栄にございます」
鈴を受け取り、礼を言うハルカ殿と妾。ハルカ殿はともかく、妾ごときがこのような、ありがたい品を頂けるとは。妾も精進せねばならぬ。だが、ここで1つ気になった。妾は『青龍』様より、力と薙刀を授かったが、妾は大した事をしておらぬ。結晶を斬る試練も、小さな傷一つ付けただけ。対して、ハルカ殿は見事、結晶を斬ったにもかかわらず、鈴一つでは、あまりにも割りが合わぬ。妾と安国殿の恩人たる、ハルカ殿にも、それ相応の褒美が有ってしかるべきじゃ。
「『青龍』様、僭越ながら、ハルカ殿にも、褒美を与えてはくださらぬか? ハルカ殿は見事、『青龍』様の試練を果たしました。妾の様な未熟者とは違います。何とぞ、それ相応の褒美を」
妾が『青龍』様にお願いすると、何がおかしいのか、『青龍』様、ハルカ殿、更にはナナ殿までが笑い出した。何じゃ! 何がおかしいのじゃ! すると、ハルカ殿が笑いを堪えて、説明してくれた。
「美夜姫様、お気遣いは嬉しいですが、それには及びません。僕は既に『青龍』さんから試練を果たした褒美を頂いています。『風』の魔力という形で」
そこへナナ殿が付け加える。
「あの結晶を斬った際に、ハルカの『風』の魔力が一気に上がったのを感じたよ。さすがは『風』の精霊王、『青龍』だね」
「まぁね。しかし、あの結晶を斬ったのを見たのは私が『青龍』の座に着いてからは初めてね。良い弟子を持ったわね」
「あんまり誉めないでくれるかい? 私からすれば、まだまだ未熟者の弟子だからね」
「ちょっとぐらい、誉めてくれても良いじゃないですか!」
などと、騒がしいやり取りも有ったが、かくして、妾達は『青龍』様の住み処を後にした。早く戻って、敵の企みを何としても阻止せねばならぬ。
「……私の勝てない相手は『1人じゃない』んだけどね。それと、とんでもない大物が3人降りてきているわね。まぁ、『大聖』様がいれば大丈夫…………よね?」
「さ、また車を出すよ」
断崖絶壁に刻まれた細い道を今度は下り、再び浜辺に戻ってきた妾達。ナナ殿がまた車を出してくださった。さっそく乗り込み、出発しようとした所へ、突然の通信。
「誰だい? おや、大桃藩からだね。何だってんだい?」
ナナ殿が通話を『おん』にすると聞こえてきたのは、いやに慌てた若い女の声。確か、これは大桃藩、藩主。アプリコット・素桃じゃ! 一体、何事じゃ?!
「聞こえますか?! こちら、アプリコット・素桃! 緊急事態です! 大至急、救援を要請します! 現在、敵襲を」
そこで突然、通信は途切れてしまった。しかし、聞こえてきた内容は大変な物じゃった! 爆音や悲鳴が響き渡る、そんな状況下で必死に大桃藩が敵襲を受けていると伝えてきた。これは一大事じゃ! そこからのナナ殿の行動は速かった。
「みんな急いで乗りな! 飛ばすからね! しっかり掴まっているんだよ!」
ナナ殿の指示に皆、急いで車に乗り込む。あちこちぶつけて痛いが、事態はそれどころではない。しかし、事態は更に悪化。突然聞こえてきた轟音、地響きがここまで来た。
「ナナさん! あれ!」
ハルカ殿が叫び、指差す方角。その先には巨大な火柱が。まさか……奴ら『巨人』を使ったのか?!
「あの方角は大桃藩の辺りだ! あれだけの火力。しかし魔力は感じない。どうやら、奴ら『巨人』とやらをとうとう持ち出してきたみたいだね」
ナナ殿も妾と同じ結論に達したらしい。もはや、一刻の猶予も無い!
「行くよ!」
ナナ殿の声と共に、車ごと、即座に大桃藩へと空間転移。辺り一面が火の海と化し、正に地獄絵図じゃ。何という事を! 断じて許さぬぞ! 決戦は間近じゃ、必ずや成敗してくれる! 覚悟せい、外道共!!
青龍の試練を果たし、新たな力を得た美夜姫様。しかし、遂に恐れていた事態が。『巨人』による大桃藩襲撃。中枢のパーツを美夜姫様が持っている為、まだ3体に別れた不完全な状態ながら、大桃藩を火の海に変える、恐ろしい破壊力を持つ『巨人』。美夜姫様はこの危機にどう立ち向かうのか?
そして、青龍の独り言。『大聖様』とは?
では、また次回。