第106話 ハルカの東方騒動記 東方の守護者、四聖獣『青龍』
「やれやれ、相変わらず、お人好しだね。あんたもそう思わないかい?」
「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」
「……頭のボケた三毛猫なんかに聞いた私がバカだったよ」
大急ぎで走って行った弟子を見送り、そのお人好しぶりに呆れる私。私と同じく、置き去りを食らったボケ猫に話しかけてみるが、いつもの意味不明な歌を聞かされただけだった。まぁ、仕方ないね。
安国のハゲを探して、霊的なスポットを巡っていた私達。4ヶ所目の亡霊達を片付け、5ヶ所目へと向かおうとしていた時に、私は強い力の反応を感じた。並外れた強い『気』の力だ。あいにく私は安国のハゲの気配など、一々覚えていない。私は野郎の気配なんて覚えたくないからね。しかし、これ程の強い『気』の持ち主などそういない。もしかしてと思い千里眼でその方角を見たら……ビンゴ! ただし交戦中。
見付けた以上、見捨てる訳にもいかないしね。ハルカにその事を伝え、一緒に空間転移で跳ぶ。そして、着いた途端に、ハルカは安国のハゲの方へと向かって行った。その際に私はボケ猫を押し付けられた。後、弱々しい小さな気配の事も。恐らく、安国のハゲと一緒に逃げていた、この国の姫だろうね。ため息をつきつつ、私は弱々しい、小さな気配の方へと向かう。こりゃ、早く行かないとまずいね。
で、そこで見付けたのは、見るからに酷い状態の小娘。意識を失っており、両腕、両足を切断され、更に両耳に鼻まで落とされている。良く生きているね。普通、死ぬよ。どうやら、安国のハゲが仙術で気を送り込んだおかげで命を繋いでいるみたいだが、このままじゃ、長くは保たない。
「全く、運の良いガキだね。本来なら、私の守備範囲外の奴なんか助けないからね」
年端も行かないガキの上、これだけの重傷だ。ちゃんとした治療を受けさせないといけない。それに、ここからの移動も考えて、私はある物を取り出す。かつて、私を襲撃してきた軍隊を皆殺しにしてやった際に手に入れた戦利品。ゴツい装甲車だ。暇潰しに次元魔法を施して内部を広げ、改造を施し、各種設備を備えた移動要塞に仕上げた。久しぶりに出したそれのドアを開け中に入り、医療ルームへと直行。デカいカプセル型の高速治療機にガキを入れて、システム起動。カプセルの中が液体で満たされる。ちなみに口元にはちゃんと呼吸用のマスクが着けてあるから、窒息はしない。まぁ、一晩放り込んどけば元通りに治るだろう。
「さて、ハルカに伝えておくか」
念話でハルカに姫を保護し、治療中である事を伝える。後はハルカが帰ってくるのを待とう。私はコンビニで買ったペットボトルのお茶を取り出し、しばしの休憩を取る事に。
ペットボトルのお茶を飲みつつ、柿の種をバリボリ食べていたら、やっとハルカが帰ってきた。安国のハゲも一緒だ。ふん、しぶとい奴だね。まぁ、ともあれ、これで今回の目的の1つは果たせた訳だ。
「ただいま戻りました、ナナさん」
「おかえり、ハルカ。ハゲ、あんたも生きていたんだね」
「……会って早々、言う事それかよ。だが、助かったぜ。それと姫さんも助けてくれたそうだな。ありがとよ」
安国のハゲはハルカの治療を受けた事で、一応、傷はふさがっているものの、消耗した体力まではさすがに回復しない。随分、苦戦したみたいだね。
「ナナさん、安国さんの治療はしましたが、それでもちゃんと休ませないといけません」
ハルカも安国のハゲに休息が必要である事を告げる。タフな安国のハゲだが、今はかなり衰弱しているからね。
「分かってるよ。ハゲ、車に乗りな。ベッドを用意してあるから、ゆっくり休みな。あんた、相当な無理をしてきたね」
「……済まねぇ。そうさせてもらうぜ」
「安国さん、肩を貸します」
姫を守りながら、追っ手から逃げる強行軍に加え、暗殺者との戦い。大した奴だよ。衰弱している安国のハゲにハルカが肩を貸し、車に乗り込む。それを確認し、私も乗り込む。出発はしばらく待つ事になりそうだね。
「安国さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、済まねぇな嬢ちゃん。悪いが横にならせてもらうぜ……」
ハルカが心配そうに声を掛ける中、安国のハゲは車内に設置してあるベッドに横になる。そしてじきに寝てしまった。やはり、相当な無理をしていたらしい。そうだね、点滴を打ってやるか。良く効くし。私は点滴一式を取り出し、安国のハゲのゴツい腕に針を刺す。私特製の点滴だ。効き目は私自身が確認済み。二日酔いの際に良く使っているからね。さて、私達の方もやる事をやろう。
「ハルカ、とりあえず今日はここで一泊するよ。それと、ハゲとガキが起きた際の飯も考えておきな」
「はい、分かりましたナナさん。そうですね、安国さん達は相当無理をしていたみたいですし、消化に良いメニューにしますね。こういう場合はやっぱり汁物ですよね。考えておきます」
ハルカに指示を出すと、すぐさま答えが返ってくる。話が早くて助かるよ。無理がたたって、弱っている2人の為に消化に良い汁物系の料理を考えているらしい。
「ついでに私達の飯も頼むよ。腹が減ったからね」
「はい。簡単な物になりますけど」
そして、何より私達の飯を頼む。あちこち霊的スポットを巡ったからね。腹が減ったよ。幸い、食材は大桃藩の連中から色々貰ったから、ハルカに任せておけば良い。当のハルカは車内のキッチンへ向かい、調理開始。
「ナナさん、この車凄いですね。キッチンにお風呂にトイレ。ソファーにベッドも完備。何より広い。かなり力を入れて、手を加えていますね」
キッチンで野菜を刻みながら、この車に対する感想を言うハルカ。
「まぁね。昔、戦利品として手に入れてね。せっかくだから、色々手を加えてみたんだ。コンセプトは快適な移動要塞さ。内部に次元魔法を施して、大幅に広くしてある。生活に必要な設備は完備。更に娯楽もバッチリさ。ゲームにカラオケ、バー。そして、完全防音のベッドルームもね」
そこまで言うと、ハルカも察したらしい。最近、何かと多忙で、しばらくご無沙汰していたからね。
「…………じゃ、今夜しますか?」
「ふふ、お互い、欲求不満が溜まっているみたいだしね。今夜はじっくり、楽しもうじゃないか」
恥ずかしそうに。でも期待を込めた眼差しを向けて聞いてくるハルカに、私は了承の意を伝える。するとハルカは、頬をほんのり赤く染めてはにかむ。
「……はい、楽しみにしてます。その……優しくしてくださいね?」
「分かってるよ。可愛いあんたを乱暴に扱って傷物にしたら、大変だからね。その代わり、じっくりあんたの身体を堪能させて貰うよ。私も色々溜まっているんだ」
「じゃ、僕もナナさんの身体を存分に堪能させて貰います。今日こそ、ナナさんに勝ちますから」
「ふん、小娘が。じっくり楽しんで、いつも通り理性を飛ばした上でイカせてやるよ。前回は凄かったからね、あんたの乱れっぷり。普段、真面目なあんたが、あぁも激しく乱れるとはね。他の奴らには見せられないね」
「……その……ナナさんが上手だから……」
「まぁ、私達は女の身体については知り尽くしているからね。どこをどうすれば気持ち良いかも知ってるし、更にはその女の快感のツボを見抜ける。ついでに言えば、あんた、感度が良いからね。より一層、感じやすいんだよ」
私は過去、無数の美しい女を抱いてきたが、中でもハルカは特に感度が良い。初心な性格な事を考慮に入れても、非常に感じやすい身体だ。おかげさまで、激しいプレイが出来ないんだよ。そんな事をしたら、あまりの快感にハルカが壊れてしまう。私がハルカと未だに一線を越えられない理由の1つがそれだ。
「まぁ、それは後のお楽しみに取っておくさ。とりあえず、早いとこ、飯を頼むよ」
「はい」
ぶっちゃけ、この場でヤっても良いんだけど、さすがに調理中はまずい。火やら、刃物やら使っているし、何より料理が台無しになりかねない。ハルカの美味い飯が台無しになったら、大損害だ。だから、夜まで我慢。さて、ハルカが飯を作っている間に、今夜のプレイ内容を考えるとしよう。どうやら、ハルカもその気みたいだし。がっつりとした肉料理を作っているしね。スパイスの効いた良い匂いがするよ。楽しみだね、色々な意味で。
さて、その夜。風呂で汗を流してさっぱりとした所で、ハルカを誘い、ベッドルームへと向かう。ここしばらく、ご無沙汰だった私達だ。私はどんなプレイをしようかプランを練り、ハルカも表立っては言わないが、内心では期待しているんだろう。ほんのり頬が赤いし、内股をもじもじさせている。あぁ、早くしたいね。かといって、がっついた態度ではハルカが引く。ここはあれだ。大人の余裕って奴を見せないとね。あくまでも、クールな態度を崩さず、軽く肩に手を回しハルカをエスコート。ハルカもいよいよその気らしく、寄り添ってくる。……何か、良い感じだね。もしかして、今夜こそヤれる? ハルカの初めてをゲット出来る?
……なんて、思った時も有ったよ、チクショウ!!
「あ〜〜〜〜良く寝たぜ!」
突然、聞こえてきた野太い声がせっかくの良い雰囲気をぶち壊しやがった! そう、安国のハゲが起きてきやがった。おかげで、その気だったハルカも正気に戻ってしまった。あのハゲ! せっかくのチャンスを! だが、今更どうにもならない。ハルカもその性格上、起きてきたハゲを無視する訳無いし。
「安国さん、もう動いて大丈夫なんですか?」
案の定、ハゲに具合の程を聞くハルカ。真面目な性格だからね。
「あぁ、ゆっくり休めたからな。それに点滴を打ってくれたおかげで、楽になったぜ。悪いんだが、嬢ちゃん。飯を頼めるか? ここしばらく、ろくな物を食べてなくてな」
それに対し、さっそく、飯を頼むハゲ。まぁ、ずっと刺客から逃げていたんだ。まともな飯にはありつけないよね。それを聞いて、ハルカはキッチンへ向かう。大桃藩で色々貰った食材を取り出し、せっせと調理開始。……こりゃ、今夜もおあずけだね。とてもヤろうなんて空気じゃない。私もそこまで空気が読めなくないし。しかし、何を作るんだろうね? 魚に肉。更に野菜を色々。後、大桃藩名物の白芋(さつまいもの様な芋)。魚と肉。野菜は小さく角切りにし、白芋は角切りとすりおろしの2種類に。見た感じ、汁物みたいだけど。
「出来ましたよ!」
それからしばらく。料理が出来たらしい。ハルカが鍋からお椀に出来上がった料理をよそっている。ハルカの呼び声を聞いて、安国のハゲはさっそく席に着く。私もついでに席に着く。
「待ってたぜ。久しぶりに温かいまともな飯が食えるぜ。道中、木の実やら、適当な獣を狩って食ってたが、調味料の類いが無ぇから、まともな調理が出来なくてよ」
ほかほかと温かい湯気を上げるお椀を見て、しみじみと話すハゲ。わざわざ普段から調味料の類いを持ち歩いている奴なんて、そうはいないだろうし、ましてや、刺客に追われていたんだ。悠長に温かい飯を食える訳がない。
「大変でしたね、安国さん。ゆっくり味わって食べてください。今回の料理は、僕の元いた世界の長崎という所の料理。ヒカドです。すりおろした芋を加えた、具だくさんの汁物で栄養満点ですよ。僕達、南州の大桃藩から入国したんですけど、ここ、長崎に良く似ていて。それと、安国さん達の為に何か汁物を作ろうと思って、思い出したんです」
今回の料理について解説するハルカ。ふむ、確かに具だくさんだね。肉に魚に野菜。山海の幸がたっぷり入っている。しかも、食べやすく、小さく角切りにしてある。更にすりおろした芋を加えた事で、とろみの有る汁物に仕上がっている。
「気遣い、ありがとよ嬢ちゃん。それじゃ、頂くぜ」
安国のハゲはハルカに礼を言うと、デカいお椀にたっぷり入ったヒカドを猛烈な勢いで掻き込む。
「ふぅ〜〜〜〜! 生き返るぜ! 嬢ちゃん、おかわり!」
あっという間に、お椀を空にし、ハルカにおかわりを要求。すぐさま、ハルカがおかわりを入れるが、それもあっという間に平らげる。見ていたら、私も食べたくなってきたよ。
「ハルカ、私にも一杯頼むよ」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
安国のハゲの分をよそいつつ、返事をするハルカ。じきに私の分も用意してくれた。さっそく頂く。
「すりおろした白芋を入れたから、甘味が有るね。食材も小さく角切りにしてあるから食べやすいし。こりゃ、弱った身体に優しいね」
これなら、治療中の姫も食べられるだろう。我が弟子ながら、良く出来た子だよ。
「ごちそうさん。美味かったぜ! やっぱり、温かい飯は良いな」
ハルカの作った汁物、ヒカドとご飯を平らげ、すっかり満足した安国のハゲ。
「お粗末さま。お口に合って良かったです」
それに丁寧に返すハルカ。すると、安国のハゲは改まった態度で頭を下げる。
「姐さん、嬢ちゃん、今回は助かった。あんた達が来てくれなかったら、間違いなく、死んでいた。ありがとう」
「そんな。顔を上げてください、安国さん。普段からお世話になっていますし、助けるのは当然ですよ」
「ふん、私としては、別に助けようとは思っていなかったんだけどね。まぁ、ハルカが言うならね」
ハルカと私、それぞれ考え方は違うからね。そこへハゲが聞いてきた。
「ところで姫さんはどうした? 嬢ちゃんから聞いたが、姐さんが保護して治療中らしいが?」
「あぁ、あのガキなら、医療ルームの高速治療機に放り込んであるよ。重傷だったからね。大丈夫、明日の朝には元通り治っているさ」
「そうか。姐さんがそう言うなら、安心だな。重ね重ね、済まねぇ、助かった。あんな小さなガキが死ぬなんざ、あんまりだからな」
このハゲ、見かけによらず、子供に優しいんだよね。見た目が怖いから、すぐ逃げられるけど。ともあれ、そろそろ寝よう。ったく、このハゲのせいで、せっかくのハルカとのイチャイチャが台無しになったからね。とにかく、寝る! でも、その前に。
「とりあえず、外にドラム缶風呂は用意してやるから、さっさと入って寝な。部屋はあっち。張り紙しておく」
「……相変わらず、扱い酷ぇな。まぁ、風呂に入れるのはありがてぇ」
このハゲ、とにかく汗臭い。刺客から逃げていた以上、風呂にも入れないだろうし。私としては汗臭い野郎と一緒にいたくはない。本来なら、叩き出すところだが、まぁ、知らない仲じゃないし、ハルカの手前も有る。妥協案として、外にドラム缶風呂を用意しただけでも、ありがたく思いな。
明けて、翌朝。キッチンから良い匂いがしてくる。ハルカが朝飯の支度をしているみたいだね。さっそく、顔を出す。
「おはよう、ハルカ」
「おはようございます、ナナさん。朝ごはんはもう少し、待ってください」
鍋を火にかけ、料理を作っているハルカと朝の挨拶を交わす。そこへ、安国のハゲもやってきた。
「おう、おはよう、姐さんに嬢ちゃん。良い匂いがしてるな」
「おはようございます、安国さん」
「おはよう、ハゲ」
「嬢ちゃんはともかく、姐さん、朝っぱらから酷ぇな」
「ふん、事実だろ」
そこへ割って入るハルカ。気遣いの出来る子だよ。
「ナナさん、そろそろお姫様を治療機から出してあげないと」
「言われてみれば、そうだね。そろそろ治療も終わっているだろう。見てくるか」
確かにハルカの言う通り。昨夜、治療機に放り込んだからね。そろそろ治療が終わっている頃だ。出してやらないといけない。
「姐さん、俺も行って良いか?」
安国のハゲも気になるらしい。同行して良いか聞いてきたが、別に断る理由も無い。
「好きにしな。ハルカ、ちょっと見てくるから、あんたはさっさと朝飯の支度をしな」
「はい、分かりました」
そんな訳で、私と安国のハゲは医療ルームへと向かう事に。すぐに到着し、高速治療機の中を見てみたら、切断された両腕、両足、両耳、鼻は元通り再生。システムチェックもしたが、既に完治と表示されていた。それを見て、安国のハゲも安心したらしい。
「良かった。元通りに治ってやがる。いくら助かっても手足や耳、鼻が無いなんざ、生き地獄だからな。ありがとよ、姐さん」
「ふん、礼ならハルカに言えって言っただろ。まぁ、良い。ガキを出してやろう」
ハゲの感謝の言葉は適当に流して、私はシステムを操作。治療機内の液体が引いていき、蓋が開く。改めて、ガキの無事を確認してから、呼吸器を外して近くのベッドに寝かせる。しばらくすると、ガキが起きた。随分、長く寝ていただけに、今の状況に戸惑っているね。まぁ、山中で倒れていたのが、どこかの医療ルームの中にいるんだからね。だが、安国のハゲの姿を見て落ち着いた。なかなか順応性の高いガキだ。で、私とハゲから、一通りの事情を話し、ダイニングへ。まずは腹ごしらえだ。
「おかわりじゃ!」
「またですか?! もう、ご飯が無いですよ!」
「何じゃ、もうご飯が無いと? 仕方ないのう、今回はここまでにしよう。実に美味かったのじゃ、誉めてつかわす」
「はぁ……どうも」
起きてきたガキを連れてやってきたダイニング。そこではハルカが既に朝飯の支度を済ませて待っていて、昨夜と同じくヒカドを出してきた。だが、ここで1つ大きな誤算が有ってね。このガキ、滅茶苦茶食べるんだよ。出された食事を次々と平らげ、遂には、全部1人で食ってしまった。おい、私達の分が無くなったじゃないか! ハルカも悲鳴を上げる。
「4人分に余裕を加えて作ったのに、全部無くなるなんて」
ハルカはあらかじめ、余裕を加えて朝飯を作っていた。にもかかわらず、ガキ1人に全部食われたんだ。そりゃ、悲鳴も上げるさ。
「……悪い、嬢ちゃん。この姫さん、やたら大食いでな。その事で随分、悩まされたんだ」
安国のハゲがすまなそうに、そう言う。早く言えっての!
さて、その後ハルカが再び私達の分の朝飯の支度をし、それを食べ終わって、そして改めて、私とハルカはガキこと、この国の姫、美夜姫と自己紹介をする事となった。
「挨拶が遅れた非礼、誠に申し訳ない。妾は蒼辰国、十五代将軍、華乃原 清道が一子。華乃原 美夜と申す。此度は危うい所を助けて頂き、感謝に堪えぬ。事件が解決した暁には、安国殿共々、厚く褒美を取らせる次第じゃ」
まずは姫の方から自己紹介。私の方は既に医療ルームで簡単にだけど、自己紹介を済ませている。だから、ハルカが自己紹介する事に。
「私は既に医療ルームで簡単にだけど自己紹介を済ませているからね。ほら、ハルカ」
私に促され、ハルカが自己紹介。まぁ、この子もスイーツブルグ侯爵家に出入りしているおかげで、こういった王侯貴族との会話に慣れている。
「初めまして、美夜姫様。僕はこのナナ・ネームレスが弟子にしてメイド。ハルカ・アマノガワと申します。身分卑しき者ですが、どうかお見知りおきを」
ハルカはスカートの裾をつまみ、礼儀正しく一礼する。ちなみにこの辺の礼儀作法はエスプレッソの奴が叩き込んだそうだ。ハルカが王侯貴族相手に恥をかかない様にってさ。
「そう堅くなるでない。そなたらは妾の命の恩人じゃ。もっと気軽に接してくれれば良い」
「……そうですか。なら、お言葉に甘えて」
それに対し、美夜姫はそう形式張らないで良いとの事。良く有りがちな、わがまま娘じゃないみたいだね。ま、私としてはさっさと話を進めたいんでね。
「はいはい、自己紹介は済んだ。なら、さっさと話を進めよう。まずはそちらの情報を聞かせてくれるかい。そして、これからどうするかだ」
私とハルカは安国のハゲの寄越したメッセージから、ある程度の事情は知っているが、詳しい事は知らない。そして、これからどうするか、方針を決めないといけない。
「うむ、確かにナナ殿の言う通りじゃ。では、今回の事件の始まりから話すとしよう」
こうして美夜姫の口から語られた、今回の事件の一連の内容。それは蒼辰の伝説に語られる『巨人』復活を目指す奴らによって引き起こされた、将軍暗殺に端を発する事件。
「安国殿の助けも有り、何とか『巨人』の要となる品は手に入れる事が出来た。しかし、我が父上が所有していた『巨人』の封印は奪われ、残り2つも既に敵の手に渡ったかもしれぬ」
事件の情報について一通り話した美夜姫は、最悪の事態を口にした。実際、有り得る話だからね。そして、美夜姫はとある事を言い出した。
「ナナ殿、ハルカ殿、東へ向かって欲しいのじゃ」
「東へ? ……あぁ、そうか。なるほどね」
唐突に東へ向かって欲しいと言い出した、美夜姫。私は何が目的なのか、すぐに察する。対して、ハルカは分からないらしい。
「どういう事ですか? ナナさん」
未熟者な弟子に私は説明してやる。
「全く、未熟者だね。東方の守護者にして、四聖獣の一角。『青龍』が住んでいるんだよ。ここからずっと東に行った島が住み処さ。随分、昔に行った事が有る。要は、美夜姫は『巨人』に対抗する為に『青龍』の力を借りようって事さ」
「いかにも。『巨人』は人智を超えた存在じゃ。並大抵の事では歯が立たぬ。故に『青龍』の力を借りようと思うのじゃ。もっとも、そう簡単にはいかぬじゃろうが」
「四聖獣の一角にして、東方の守護者。『青龍』ですか」
まぁ、確かに『巨人』に対抗する為に『青龍』の力を借りようってのは悪くない。だからといって、はいそうですかと『青龍』が力を貸すかどうかは疑問だ。ぶっちゃけ、私が出れば早いんだけど、一応『観光』名目で来ている関係上、おおっぴらには動けないし、その事は既に美夜姫に話してある。とはいえ、このまま手をこまねいていても仕方ない。
「なぁ、姐さん。あんた昔、『青龍』の所に行ったんだろう? だったら、空間転移ですぐに行けるんじゃねぇか?」
安国のハゲもそう言うしね。……ふん、まぁ、ハルカの修行にはちょうど良い。前にも行ったが、『青龍』の住み処は一筋縄ではいかない場所でね。そう簡単には入れないのさ。
「分かったよ。連れて行ってやる。ただし、これはハルカの修行も兼ねているんでね。直接『青龍』の居場所には行かないよ。その手前に行く。文句は言わせないよ。有るなら、自力で行きな」
「構わぬ。ナナ殿、ぜひとも連れて行って欲しいのじゃ!」
私の言葉に即答する美夜姫。ガキのくせに、決断力の有る奴だね。嫌いじゃないよ、そういう性格。
「なら、決まりだ。さっさと行くよ。とりあえず、座席に着きな。車ごと跳ぶからね」
座席に着くよう言い、全員が座席に着いたのを確認してから、空間転移で跳ぶ。あっという間に目的地。『青龍』の住み処、『旋龍島』に到着さ。正確にはその手前の空中だけどね。
「着いたよ。ここが『青龍』の住み処。『旋龍島』さ」
わざわざ私が説明してやったのに、全員言葉も無い。まぁ、仕方ないね。これを見て平然としていられたら大したもんだ。
「……ナナさん。これ、どうやって入るんですか?」
ようやっと、ハルカが口を開く。
「決まってるだろ? 何とかするんだよ」
私はハルカにわざと意地悪く返す。そんなハルカの少し先には巨大な竜巻。それも6つ。6つの巨大竜巻が、ぐるぐると島の周囲を巡っている。下手に突っ込めば、間違いなく、死ぬ。この竜巻こそ、『青龍』が巻き起こしている物であり、これをどうにか出来ない限り、『青龍』には会えない。しかし、前に来た時は竜巻は4つだったんだけどね? まぁ、その当時の『青龍』はいい加減、死にかけのジジイだったし、そもそも、私が殺した。となると、その後を継いだ、当代の青龍の仕業か。さて、いつまでも見ている訳にはいかないね。
「ほら、ハルカ。いつまでもボサッとしてるんじゃないよ。さっさとこの竜巻を何とかしな。でないと先に進めないよ。足場は作ってやるから」
私がやっては意味が無い。非情と言われてもハルカにやらせる。さ、どうする? ハルカもしばし、迷っていたが、腹を括ったらしい。
「分かりました。やります」
そう言って、前に出る。どうする気かね? 今のハルカの使える術や技では、巨大竜巻を消せない。となれば、手は1つ。リスクはデカいけどね。
「あんまり使いたくないんですけどね……」
どうやら、ハルカも同じ考えらしい。やはり、リスクを考えているか。しかし、他に手は無い。
「絶対凍結眼!」
ハルカの最強にして、最後の切り札。絶対凍結眼。見た対象を瞬時に凍らせる、真の魔王の力だ。その力をもって、竜巻を全て凍らせ、止めた。しかし、その代償は大きい。
「う……」
その場でよろけ、倒れそうになるハルカ。
「おっと! 大丈夫か嬢ちゃん、って! 顔色が真っ青じゃねぇか?!」
そこを安国のハゲが支えてくれたが、ハルカの顔色の悪さに驚く。絶対凍結眼は非常に強力だが、その分、消耗も激しい。だから、私はハルカに使うなら、最後の切り札にしろ。多用するなときつく言い付けてある。ハルカ自身、これのヤバさは熟知しているしね。
「悪いがハゲ、ハルカを頼む。ほら、急いで入るよ。じきに竜巻は復活する。巻き込まれたら死ぬよ!」
「分かった! 嬢ちゃん、ちょっと我慢してくれよ!」
安国のハゲがハルカを抱えて車に戻る。続いて私も戻り、運転席に着き、シートベルトも締めず、即座にアクセルを踏み、全速前進! 空中モードの車は『旋龍島』へと到着。それとほぼ入れ替わりに竜巻が復活。危なかった。さて、ここからが本番だ。『青龍』に会いに行くかね。
「ほら、さっさと降りな。ここから先は自分の足で行くよ。ここは聖域だからね」
やっと上陸した『旋龍島』。四聖獣の一角にして、東方の守護者。そして風の精霊王たる『青龍』の住み処。随分、久しぶりだね。私が殺した先代はクソジジイだったけど、当代はどうだろうね? 果たして、上手く話がまとまるかね?
「ほら、あそこに鳥居が見えるだろう? あそこに住んでいるはずだよ」
海岸から見える切り立った断崖。その上に建つ鳥居。以前と変わっていないなら、あそこに住んでいるはず。するとハルカが悲鳴を上げる。
「あそこまで、行くんですか?!」
そりゃまぁ、悲鳴も上げるか。何せ、そこまで至る道は断崖に刻まれた細い道一本。
「文句言うんじゃないよ! これも修行!」
「……相変わらず、容赦ねぇな」
「さすがは伝説の魔女、厳しいお方なのじゃ」
他の奴らもごちゃごちゃ言ってるが無視。ほら、さっさと行く!
泣きそうなハルカを先頭に、安国のハゲ、美夜姫、私の順番で、断崖に刻まれた細い道を行く。途中、何度か危ない所は有ったが、何とか到着。到着した際、ハルカが泣いていたが、情けないね。美夜姫なんか、実にすりりんぐな体験をしたのじゃ! と言っていたのにね。だが、そこに突如、聞こえてきた声。
「誰かしら? 勝手に私の聖域に入ってきたのは。無粋なお客さんね」
その声と共に現れたのは、Tシャツにジーパン姿、長い黒髪の若い女。人の姿こそしているが、この気配、間違いない。こいつが当代の『青龍』だ。
「勝手にあんたの聖域に入った事は謝るよ、『青龍』様」
とりあえず、この場を代表して、私が『青龍』に話しかける。他の奴らも、こいつが『青龍』と予想がついていたらしく、さほどの驚きは無い。まぁ、ハルカと安国のハゲは『朱雀』に会った事が有るしね。
「謝罪する態度には見えないんだけどね。まぁ、良いわ。ふ〜ん。あんた達が『朱雀』の言っていた連中ね。ここまで来れた以上、それ相応の実力は有るんだろうし。で、何の用?」
当代の『青龍』はあまり細かい事はとやかく言わない性格らしい。更には『朱雀』から既に私達の事を聞いていたらしい。そして何の用かと聞いてきた。そこで私は美夜姫に話をするよう促す。そもそも、『青龍』に用が有るのはこのガキだし。美夜姫は初めて対面する『青龍』に緊張しながらも、堂々と要件を話す。
「お初にお目に掛かる、『青龍』様。妾は蒼辰国、第十五代将軍、華乃原 清道が一子、華乃原 美夜と申す。此度は無礼は百も承知ながら、『青龍』様にお力を貸して頂きたく、参上した次第」
まずは『青龍』に丁寧に挨拶をし、そして一連の事件について語る。
「『青龍』様、『巨人』の力を手に入れようとする者共の企みを阻止する為に、東方の守護者たる貴女様に何とぞ、何とぞお力添えを!」
そう言って、美夜姫は『青龍』に対して土下座をする。まがりなりにも、一国の姫。当然、プライドも相応に高いだろう。にもかかわらず、一切のためらいなく、土下座をした。大したガキだ。国の為なら、自分のプライドなど捨てるか。しかし。
「悪いんだけど、お断り。私は東方の守護者であって、蒼辰国の守護者じゃないの」
美夜姫の懇願に対する『青龍』の返事は拒否。
「てめぇ! それでも四聖獣かよ!」
その返事にブチ切れる安国のハゲ。ハルカも怒っているが、『青龍』はどこ吹く風と言わんばかりの態度。
「ふん、四聖獣も人材不足かね」
先代の『青龍』なら、違っただろう。だが、当代の『青龍』はこいつだ。さて、どうなるかね?
安国さん達とやっと合流出来た、ハルカ達。美夜姫様の提案で、東方の守護者にして、四聖獣の一角。『青龍』の協力を得るべく、東へ向かう事に。
幸い、昔ナナさんが来た事が有った為、空間転移で、すぐ到着。……とはいかず、わざと手前で出るナナさん。何事もハルカの修行に結び付けます。『青龍』の住み処たる『旋龍島』。そこを取り囲む6つの巨大竜巻を、ハルカの真の魔王の力。絶対凍結眼で凍らせ突破。上陸を果たします。
そして、断崖絶壁に刻まれた細い道を抜け、やっとたどり着いた先で出会った、当代の『青龍』。彼女は『朱雀』からハルカ達の事を聞いて知っていました。しかし、彼女は美夜姫様の必死の懇願をすげなく拒否。本人も言うように、『青龍』は東方の守護者。蒼辰国の守護者ではない。ナナさんいわく、先代なら、聞いてくれたらしいですが。さて、ハルカ達は当代の『青龍』の助力を得られるのか?
ちなみにナナさんは手出ししません。ハルカの修行になりませんから。
では、また次回。