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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第105話 ハルカの東方騒動記 急げハルカ! 安国さん達の危機!

 大桃藩での一連の出来事を済ませ、安国さん達と合流すべく、央州を目指して出発した僕達。ナナさんの運転するワゴン車に乗り、異国の地を行く。……と言えば、聞こえは良いんだけどね。実際はそうもいかない。


「へーへーブーブー、へーブーブー! へーへーブーブー、へーブーブー!」


 それまで猫用ケージの中で寝ていたバコ様が急に騒ぎだした。どうしたのかと思い、出してあげると、いつもの意味不明な歌と踊り。でも、なんとなく機嫌が悪そう。ふと、思い当たり、バコ様を持ち上げ、履かせているオムツの匂いを嗅ぐ。……あっ!


「ナナさん、すみません! ちょっと停めてください! バコ様、漏らしてます。オムツを替えないと」


 バコ様のオムツの匂いを嗅いだら、少し臭かった。どうやら漏らしたらしい。お年寄りだからね。騒いでいたのはそのせいか。気持ち悪かったんだね。早く新しいオムツに替えてあげないと。


「ちっ! めんどくさい奴だね。分かった。向こうにコンビニが見えるから、そこで休憩がてら、停めるよ」


 ワゴン車を運転中のナナさんは舌打ちしながらも、近くのコンビニに向かってくれた。じきに駐車場に入り、車を停める。


「それじゃ、私はコンビニで適当に買うから、あんたはボケ猫のオムツを替えな。ちゃんと手は洗うんだよ。後、消毒もね」


「はい、分かりました。あ、それとナナさん、お酒はダメですからね」


「はいはい、分かったよ。クソッ」


 ナナさんは運転手だからね。飲酒運転は厳禁。ナナさんは渋い顔をしながらも、コンビニへ。さて、僕はバコ様のオムツを替えないと。さっきからずっと、歌って踊っているバコ様を捕まえる。


「へ〜! へ〜!」


 歌と踊りの邪魔をされて、バコ様は不満そうな声を上げるけど、この際無視。


「悪いけどじっとしていて、バコ様。オムツを替えるからね」


 普通の猫と違い、妖猫であるバコ様。本来なら妖猫であれば言葉が通じるけど、残念ながらバコ様は非常に高齢の為、すっかり頭がボケてしまっていて、会話どころか、意思の疎通自体が出来ない。まぁ、なんとなく分かる様な、分からない様な感じだけど。それでも一応、話しかける。まともな返事は無いけどね。基本的に、バコ様はバッコッコのコか、へーへーブーブーしか言わないし。ともあれ、バコ様を仰向けにして、オムツを脱がせる。


「……大盛りだね、バコ様」


 とりあえず、大盛りなオムツは片付け、お尻とその周りを綺麗に拭いてあげる。それから新しいオムツを出して履かせる。……老人介護に悩む人達の気持ちが多少なり、分かる様な気がする。猫1匹でこれなのに、ましてや人間相手となれば。何か暗い気分になってきたので、やめておく。一方、新しいオムツを履いたバコ様、すっきりしたのか、ご機嫌な模様。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪」


 恒例の意味不明な歌を歌いながら、変な踊りを踊っている。つくづく、お気楽で良いね。


「それにしても、安国さん達は大丈夫かな? 連絡が取れないし」


 能天気に歌って踊っているバコ様を尻目に、安国さん達の事を思う。一応、スマホを掛けてみたものの、通じない。僕やナナさんなら念話が使えるけど、安国さんは使えない。だから、全く連絡が取れない。安国さん達は追われている上、僕達自身、表向きは『観光』として来ている以上、おおっぴらに探す事も出来ない。


 ここに来るまでの道中、探知で探したけど、これも引っ掛からなかった。一体、どこにいるんだろう? 追っ手に追われている以上、一刻も早く合流しないといけないのに、うまくいかない事態に歯噛みするしかない。……とにかく、今は手を洗って消毒しよう。バコ様の下のお世話をしたからね。あ、ナナさんが帰ってきた。袋を持っているし、何か買ってきてくれたみたいだね。







「お待たせ、ハルカ。あんたも探知を続けて疲れただろ? 私も運転を続けて疲れたしね。適当に食い物と飲み物を買ってきたから、車の中で食べよう」


「ありがとうございます。それじゃ、頂きます」


「へ〜へ〜」


 コンビニで適当に買い出しをしてきたナナさん。さっと食べられる物と飲み物を買ってきてくれた。正直、かなりお腹が空いていたんだ。探知を続けるのは消耗が激しくて。ナナさんもずっと車の運転を続けていただけに疲れたらしい。ワゴン車の中に戻り、一時の休憩。バコ様も好物のカニかまを食べている。


「全く、車の運転をしてなけりゃ、ビールを買っていたんだけどね」


「今回は諦めてください。帰ったら、飲めるんですから。その為にも、早く安国さん達を見付けないといけませんね」


 車を運転している関係上、お酒が飲めず、愚痴るナナさん。そんなナナさんをなだめる。


「しかし、本当に安国さん達はどこにいるんでしょう?」


 未だに見付からない安国さん達の事を口にすると、ペットボトルのお茶を飲んでいたナナさんが、答えてくれた。


「そうだね、あくまでも私の憶測だが、単に追っ手から逃げているんじゃなく、『巨人』に対抗する方法を探しているんじゃないか? このまま逃げたところで、事態は好転しないからね。まぁ、それがうまくいくかは知らないけどね」


「そうかもしれませんね。単に逃げても解決にはなりませんし。それが良い結果を生むかは分からないですけど」


 世の中、何がどう転ぶか分からないからね。良かれと思ってした事が逆効果だったり、その逆もまたしかり。


「まぁ、どうあれ安国のハゲを早く見付けて合流しないといけないのは確かだ」


「そうですね」


 いずれにせよ、早く安国さん達を見付けて、合流しなければならない。ぐずぐずしていたら、最悪の事態になりかねない。そこへナナさんからの提案。


「ハルカ、私から提案が有るんだけど、霊的なスポットを当たってみようと思う。仮に安国のハゲ達が『巨人』に対抗する手段を探しているとしたら、そういう所に行くはずだ。霊的なスポットって奴は、昔から何かを隠したり、封じたりする定番の場所だからね」


「なるほど、確かに一理有りますね」


 ナナさんの言う通り、霊的なスポットは何かを隠したり、封じたり、拠点にしたりと、色々と重要な場所。『巨人』に関する何かが隠されていてもおかしくないし、安国さん達がそれを探している可能性は有る。


「既に探知でいくつか見付けたよ。ただし、どれもかなりの山奥でね。……構わないかい?」


 僕を試す様に問いかけるナナさん。もちろん、返事は決まっている。


「構いません。行きます。一番近い場所はどこですか? 早く向かいましょう」


 僕の返事を聞いて、ナナさんはニヤリと笑う。


「やっぱり、そう言うだろうと思ったよ。じゃあ、行くよ」


 シートベルトを絞め、再び車を走らせるナナさん。街中を抜け、一路、山奥へと走らせる。


「とりあえず、車で行ける所まで行くよ。そこから先は、自力で行く。修行も兼ねているからね。せいぜい頑張りな」


 何事も修行に結び付けてくるのが、ナナさんクオリティ。


「はい、分かりました」


 そして、それにはもう慣れている。ナナさんの運転する車は、いよいよ本格的に山へと入り始めた。大分、道が悪くなってきたね。この分だと、車を降りるのも、そんなに先じゃない。


「安国さん、どうか無事でいてください。貴方の作る美味しいお菓子を待っている、たくさんの人達がいるんですから」







「さ、ここから先は自力で行くしかない」


「……気味の悪い場所ですね」


 車を走らせ、延々と山道を登って来たけど、遂に行き止まり。ここから先は、自分の足で行く事に。車から降りて、準備を整える。といっても、髪を纏めるだけだけどね。僕もナナさんも髪が長いから。とりあえず、ヘアバンドで纏める。後、バコ様を猫用ケージに入れる。お年寄りの上に頭がボケているからね。そして、バコ様を入れた猫用ケージを持って、準備完了。


「準備は出来たね。じゃあ行くよ」


 準備完了を確認し、ナナさんはそう告げる。でも、そこで僕はナナさんに対し、気になっている事を聞いてみた。


「ナナさん、ちょっと聞きたい事が有るんですけど、良いですか?」


「ん? 何だいハルカ?」


「出鼻をくじいてすみません。でも、気になって。ナナさんは実際の所、今回の事件に対して、あまりやる気無いでしょう? 本当にやる気が有るなら、安国さんを探すぐらい、ナナさんなら簡単に出来るはずですから。移動にしても、空間転移で一瞬ですし」


 僕の保護者であり、師匠であるナナさんに対して、失礼であるのは百も承知。でも、言わずにはいられなかった。当のナナさんは別段、怒るでもなく、黙って僕の話を聞いていた。そして、ナナさんは自分の考えを話してくれた。それはナナさんらしい考え方。


「まぁね。安国のハゲと合流出来れば、最善。だからといって、全力を出す気は無いよ。私としては、ぶっちゃけ、あのハゲがどうなろうが、この国が滅びようが、どうでも良いからね。あんたも分かっているだろ? 私は魔女だ。正義のヒーローじゃないんだよ。正義? 平和? 勝手にほざいてな。そんなもの、私の知った事か。私は私の為に動く。ただそれだけさ」


 全力を出す気は無いと言い切るナナさん。別段、悪びれる様子も無い。そんなナナさんに対し、僕は『反論しない』。その事がナナさんには意外だったらしい。


「おや? 怒らないんだね? 普通、こういう場合、怒るもんじゃないかい? 安国さん達を見捨てる気ですか! とか、見損ないました! とかさ」


 どこか僕を試す様な感じのナナさん。実際、試しているんだろう。だから、僕は答える。


「僕は僕。ナナさんはナナさん。あくまでも他人。故に、考え方も価値観も違います。当然、物事に対する優先度も違います。僕は安国さん達を助けたい。敵の企みも阻止したい。ナナさんはそれほどでもない。僕はその事を責める気は有りません。実際、ナナさんにとっては、どうでも良い事ですからね」


 そう、考え方や価値観は人それぞれ。十人十色。自分の考え方や価値観を絶対とし、それを他人にまで押し付けるなど、傲慢でしかない。


「さすがだね、ハルカ。それでこそ、私の弟子だ」


 僕の答えに満足そうに笑うナナさん。ナナさんは基本的に非情な現実主義者。世界平和だの、話せば分かるだのといった、綺麗事など鼻で嗤う人だ。何より、薄っぺらな正義論を嫌う。


 以前、ツクヨから貰った大量のマンガやラノベ。それを読んで思ったのが、最近の作品の主人公達のあまりに酷い自分勝手な正義論と、極端なご都合主義。


 自分は絶対に正しく、自分の気に入らない事、思い通りにならない事は全て悪と決め付け、暴力で踏みにじる。はっきり言って、それはテロリストのやり方だ。その上、明らかに主人公達の方が筋の通らない事や、ルール違反をしていても、全てが正当化される。狂っているとしか言い様が無い。懐古趣味と言われるかもしれないけど、昔の作品の方が主人公が悩んだり、苦しんだりした末に成長する分、共感出来た。


 でも最近の作品、テメーらはダメ! 特に、お前らだよ、ワン○マーと、おっぱい、おっぱい騒いでいる某ドラゴン野郎! こと、後者は完全に性犯罪者だからね! 女の敵! 僕の個人的な意見だけど、主人公に読者受けする要素を詰め込んだら、出来上がったのは、クズと。少なくとも、僕はこんな奴らとは関わりたくない。不愉快極まりない。


 おっと、話が脱線した。まぁ、そんな訳で、僕も色々と思う所が有り、今に至る。


「さ、行くよハルカ」


「はい、ナナさん」


 今度こそ僕達は森の中へと足を踏み入れる。鬱蒼と木々が生い茂る、薄暗い不気味な森へと。


「僕は全てを守るだの、救うだの言わない。僕は『物語の主人公じゃない』。だから、出来る事をするだけ」


 先を行くナナさんの後ろ姿を見ながら、呟く。するとナナさんに聞こえていたらしい。


「それで良い。あんたはハルカ・アマノガワだ。ご都合主義まみれの『主人公(笑)』じゃない」


 こちらを振り向きもせず言うナナさん。長生きしてきただけに、そういう主人公気取りの薄っぺらな正義論を振りかざすクズを何人も見てきたんだろうな。ともあれ、僕達は先を急ぐ。







 と、まぁ格好良く出発したまでは、良かったんだけどね。やっぱり現実は甘くない。ご都合主義まみれのマンガやラノベみたいにはいかない。つまりはどういう事かというと。


「また、ハズレですね。って言うか、怖いんですけど!」


「うるさい、ごちゃごちゃ言わずに、さっさと始末しな!」


 やってきたのは、とある砦の廃墟。かつて、激戦の場となったらしく、酷い有り様。それだけならともかく、その当時の死者達の亡霊が大量にいて、襲ってきた。しかも、これが4回目。ここが4ヶ所目だから、全てで出くわしている事になる。


「もう! 僕、こういうの苦手なんですから!」


 泣き言を言いながらも、愛用の小太刀二刀を抜き放ち、亡霊達を切り裂く。普通の武器なら効かないけど、僕の小太刀は妖刀だからね、ちゃんと通用する。しかし、亡霊相手は気味が悪い。ちなみにナナさんは、つまらなさそうな顔で亡霊達を片っ端からナイフでバラバラにしている。ナナさんからすれば、雑魚だし。


「……飽きたね。ハルカ、魔法を使って良いよ。一気に片付けな」


 しばらく、亡霊達と戦っていたけど、いい加減飽きたらしいナナさんから、魔法の使用許可が出た。今回のルールとして、ナナさんの許可が出ない限り、魔法は使用禁止。全ては修行の一貫。さて、許可が出た以上、さっさと片付けよう。


氷魔凍結陣(フリーズサークル)


 指定した範囲を凍らせる、広範囲攻撃魔法を発動。亡霊達をまとめて凍らせる。更に指を鳴らす。とたんに凍った亡霊達が全て粉々に砕け散る。いかに亡霊といえど、ここまでやれば滅びる。


「ふん、まぁまぁだね。ちゃんと亡霊を氷系の術で倒せる様になったか。死者はその性質上、炎が苦手で、氷系には抵抗力を持つからね。少しは腕を上げたね」


「ありがとうございます」


 ナナさんの言う通り、死者は炎が苦手で、逆に氷系には抵抗力を持つ。なぜなら、死者は『陰』に属し、故に『陽』である炎や光を弱点とする。そして自分と同じ『陰』である氷系や闇に抵抗力を持つ。だから、氷系で死者を倒すにはより強い力が必要なんだ。その修行の為にも、廃墟巡りをしている訳だ。


「じゃ、次行くよ。今回もハズレだったからね」


 亡霊達を片付けた事もあり、次の目的地を目指す。今度こそ、安国さん達がいると良いんだけど。


「次はどんな所ですか?」


「あぁ、何か古い寺院らしい。とっくに棄てられているらしいけどさ」


 霊的なスポットと分かってはいるけど、また気味が悪い場所みたいだね。ナナさんが一緒だから、まだ何とかなっているけど、1人じゃ、絶対嫌だ。そんな僕の気持ちなどナナさんはお構い無し。


「ほら、さっさと行くよ」


 催促してきたその時、ナナさんが急にある方角を見た。その目は真剣そのものだ。間違いない、何かを見付けたんだ。今までの付き合いから、その事を察し、邪魔しないように、黙っている。そこへナナさんが叫ぶ。


「……見付けた! ハルカ、安国のハゲを見付けたよ!」


 それは朗報。安国さんを見付けたと。でもすぐに単なる朗報ではないと知る。


「まずい状況だね。あのハゲ、交戦中だ。ハルカ、掴まりな! 跳ぶよ!」


 そう言うが早いか、手を差し出すナナさん。急いでその手を握る。直後、周りの景色がぶれ、一瞬で変わる。ナナさんの空間転移で、一気に移動したんだ。場所は荒れ果てた寺院らしき場所。そして、向こうから感じる、強い気配2つと弱々しい小さな気配1つ。間違いない! 強い気配の1つは安国さんだ! 僕は小太刀二刀を抜き放ち、急いでそちらに向かって走る。







 安国side


 少し、時間を遡る。


 あぁクソッ! 何でこうもトラブルばっかり続くんだよ! 俺はパティシエだっつーの! 現在、俺達は仕込み杖使いの暗殺者の爺さんから逃げている最中だ。ただでさえ、ヤバい相手なのに、そこへ重傷を負った姫さんをおぶっているから、両手が使えない。何だよ、この鬼畜難易度は! クソゲーかよ!


「……安国殿……妾を捨てて逃げるのじゃ。……このままでは、2人共、殺される。せめて、そなただけでも」


 背中におぶった姫さんがそんな事を言い出したが、却下だ。


「悪いが姫さん、そりゃ無理だな。仮に姫さんを捨てても、あの爺さんは必ず俺を殺しに来る。ありゃ、プロだ。半端な真似はしねぇよ」


 でなけりゃ、わざわざこんな山奥まで追って来ねぇよ。どれだけプロ意識高いんだよ、あの爺さん。しかも、今度は確実に始末しようとしているらしく、とにかくしつこい! 年寄りの癖にタフだな! まぁ、だからこそのプロか。なんて感心してる場合じゃねぇ!


 とっさにかがむと、それまで首の有った高さで、森の木々が斬られる。おい、自然は大切にしろよって、うおっ?!


 慌てて横っ飛びで移動したら、今さっきまでいた場所の地面が斬られる。まずい! このままじゃ、いずれ斬られて終わりだ。


「なかなか逃げ足が早いですな。こうも攻撃をかわされては、私もいささか傷つきますな」


 後ろからは暗殺者の爺さんがぴったり付いてきている。マジでタフ過ぎだろ、爺さん。あんた一体、いくつだよ?! もっとも、そんなもん、聞いてる余裕なんざ無いがな。……逃げながらだが、俺はどうするべきか考えていた。


 街中にいた時は周囲の目も有ってか、あの爺さんもそう、しつこくは追ってこなかった。だが、今回は違う。人気の無い山奥だ。つまり遠慮なく殺れるって事だ。そこまで考えて、俺は腹を括る。


「姫さん、悪い。あの爺さんからは逃げられそうもない。ありゃ、マジでこっちを始末する気だ」


「そうか……。済まぬ安国殿。そもそもそなたは何の関係も無いのに、巻き込んでしまった。誠に済まぬ」


 逃げられそうもないという俺の言葉に姫さんは悲しそうに済まなそうに答える。


「今さら、気にしてねぇよ。それにな。何も逃げるだけが手じゃねぇ。逃げられないなら、立ち向かうだけだ。悪いが、適当な所で下ろすからな。さすがに、姫さんを背負ったままじゃ、戦えねぇ」


 逃げられないと察した俺は、あの爺さんに立ち向かう事にした。正直、勝ち目はねぇ。だが、このままじゃ、どのみち殺される。ならば、せめて一矢でも報いてやる。俺は比較的開けた場所を見付け、そちらへと向かう。当然、爺さんも着いてくる。そして、手頃な場所に姫さんを下ろし、構えを取る。じきに爺さんがやってきた。


「ほう、逃げるのはやめにしましたか」


「あんたからは、逃げられそうもないからな」


 残念ながら相手はその道のプロ。対する俺はパティシエだ。そもそも住む世界が違う。だからといって、むざむざと殺される気も無い。爺さんが剣を構え、俺もボクシングの構えを取る。ったく、こんな事なら、もっと真面目にボクシングをやっとくべきだったな。昔の事を思い出し、つい苦笑い。


「ほう、見た事の無い構えですな」


「ボクシングって言うんだよ、爺さん」


 剣と拳。お互いに構えを取り、睨み合う。勝てなくても良い。せめて、足止め、出来れば撃退したいんだがな。しかし、現実って奴は甘くなくてな。


 音も無く、タックルで一瞬で間合いを詰めてきた爺さん。下からの切り上げ。とっさに身体を反らせてかわし、反撃のフックを放つ。捉えたと思ったが、鞘で受け止められた上に、自分から飛んで衝撃を殺しやがった。そこからの遠隔斬撃。木々がぶった斬られる。つくづく、嫌らしいよな、あれ。


 その後は爺さん、遠隔斬撃で間合いを詰めさせねぇ。たった1発のフックで俺の拳を警戒したらしい。プロにそこまで警戒させるとは、喜んで良いのやら? だが、どうする? とにかく、向こうが色々と有利だ。まずはプロ。対するこちらはパティシエだ。続いて向こうは剣を持つ。殺傷力が高いし、剣の分、リーチも長い。更に、向こうは遠隔攻撃を連発。対するこちらは、遠隔攻撃自体は有るが、連発は出来ねぇ。……クソッ、マジで詰んでやがる。


「でも、諦めたら終わりなんだよな!」


 詰んでいようがなんだろうが、諦めてたまるか! 少なくともあの爺さん、1発はぶん殴らないと気が済まねぇ。とにもかくにも、あの遠隔斬撃をどうにかしねぇとな。近付く事すら出来ねぇ。


 次々と繰り出される遠隔斬撃。気配を頼りにギリギリで避けながら、反撃のチャンスを伺う。しかし、あの爺さん嫌らしいな。間合いを詰めさせないし、広げさせない。常に一定の間合いを保ってやがる。


「相手が手出し出来ず、それでいて相手を見失わない距離か。大した爺さんだな。正にプロだ」


 敵ながら、本当に大したもんだ。あの爺さんのやり方は王道だ。相手の間合いの外から遠隔斬撃で攻め、相手に何もさせず、追い詰め、弱らせ、確実に仕留める。ありきたりっちゃ、ありきたり。だがな、有効だからこそのありきたり、テンプレだ。


「よく持ちこたえますな。ここまで持ちこたえた方は久しぶりです。よろしければ、お名前をお聞かせ願えますかな?」


 そんな中、俺の名を聞いてきた爺さん。聞くのは良いが、せめて攻撃をやめろよな! とはいえ、せっかく聞かれたんだ。名乗ってやるか。相変わらず、次々と繰り出される遠隔斬撃を避けながら、俺は爺さんに名乗った。


「へっ! 一度しか言わねぇからな、良く聞けよ爺さん! 俺の名は安国(ヤスクニ) (マコト)! パティシエ、いわゆる菓子職人だ! 覚えとけ!」


 すると爺さん、えらく驚いたみたいでな。


「なんと! 裏の者ではなかったのですか?! しかも菓子職人。これは驚きましたな。てっきり格闘家の類いと思っていたのですが。いやはや、私もまだまだですな」


 なんて言われたよ。もう慣れたけどな。悪かったな、パティシエに見えなくて。だが、俺はパティシエとして身を立てると決めたんでな! と、ビシッと決めたい所だが、実際はいまだに遠隔斬撃から逃げているんだよな。だが、反撃の糸口は見えてきたぜ。


『あの爺さんの遠隔斬撃は、メイドの嬢ちゃんのそれと違う』


 嬢ちゃんの使うタイプならマジでお手上げだが、俺の考え通りなら、反撃出来る。一か八かだけどな。俺は逃げながらも、爺さんの繰り出す遠隔斬撃を観察していた。その結果、メイドの嬢ちゃんの使う奴と違うと感じ、やがて確信した。ただし、反撃するにしても、タイミングが大事だ。失敗したら、斬られる。俺は場所とタイミングを見計らう。次々と繰り出される遠隔斬撃。まだだ。まだダメだ。ひたすらタイミングを待つ。……そして、その時が来た。


 森の中の少し開けた場所。そこで俺は方向転換。爺さんに向き合う。当然、そこへ襲いかかる遠隔斬撃。俺から見て、『右から左へと』木々が斬られる。今だ! 俺は右から来る『見えない刃』を気でコーティングした手で捕まえる。


「捕まえたぜ!」


 見えない刃を掴んだ事で手が血塗れになるが構わず、力一杯引っ張る。さすがの爺さんもこれは予想外だったのか、突然引っ張られて体勢を崩す。やっと巡ってきたぜ、このチャンス。俺は掴んだ見えない刃を後ろへと投げ捨てようとした。しかし……。


「見えない刃を掴むとは、お見事。ですが甘い」


 爺さんのその言葉と共に突然、背中を何かに刺される。それは腹を貫通していた。一体、何が? ……そうか、そういう事か。確かに読みが甘かった。


 なぜ刺されたのか、すぐには分からなかったが、じきに思い当たる。爺さんの遠隔斬撃の性質を考えれば、十分可能だ。斬撃を『飛ばす』メイドの嬢ちゃんと違い、爺さんは『実体の無い、見えない刃を伸ばしている』。だから、見えない刃を『曲げる』事だって出来るんだ。そうやって、後ろから刺しやがった。うかつだった。まだ爺さんは剣を離していなかったんだからな。


「実に惜しい。武の世界に身を置いていたなら、さぞかし大成なされたでしょうな。ですが、私も依頼を受けた以上、果たさない訳にはいきません」


 爺さんはそう言うと、刺さった見えない刃を横に払う。脇腹が切り裂かれ、大量の血が噴き出す。胴体を両断しないのが嫌らしいな。そして、いよいよとどめを刺す気らしい。


「それではお別れです。一思いに終わらせてあげましょう」


 剣を振りかぶる爺さん。首を刎ねる気か。脇腹を大きく切り裂かれ、内臓までやられた俺にはもはや、どうする事も出来ない。しかも、出血多量のせいで目が霞んできやがった……。クソッ……。こんな所で……。


「さらばで、ぬぅ!」


 爺さんが剣を振り下ろそうとした、正にその時。突然、辺り一面が濃い霧に包まれた。その濃さたるや、目の前にいる爺さんの姿が見えない程だ。さすがの爺さんもこれには面食らったらしく、剣を止めたみたいだ。


「……ふむ、邪魔が入りましたな。ここは退くとしましょう」


 爺さんはひとまず退く事にしたらしい。ギリギリで命拾いしたぜ。そこへ聞こえてきた声。


「安国さん! 大丈夫ですか?! しっかりしてください! すぐに治療しますから!」


 それは聞き覚えの有る声。その聞こえてくる方向を見れば、1人の女の子が駆け寄ってくる。


「……済まねぇ……助かったぜ、嬢ちゃん」


 やってきたのは、待ち望んでいた助っ人。メイドの嬢ちゃんだ。だったら、魔女の姐さんも来ているな。嬢ちゃんは俺の元に来て、話しかけてくる。


「遅くなってすみません! 後、お姫様は既にナナさんが保護しました。 安心してください」


 嬢ちゃんは姫さんを保護した事を伝え、治療を始めてくれる。そうか……姫さんはちゃんと保護してくれたか……。良かった……。


 俺はその事に安心し、力尽きた。やれやれ……死ぬかと思ったぜ……。





やっと、合流出来たハルカ達と安国さん達。間一髪の所で、安国さん達は命拾い。危ない所でした。


暗殺者の老人は突然現れた霧から、新手の出現を察知。その実力が未知数である事から、撤退を選択。プロですからね、対象を確実に殺せるなら、殺しますが、まずいと判断したなら、ためらわず退きます。ですが、諦めてはいません。プロである以上、仕事は果たします。


重傷を負った安国さんはハルカが治療中。美夜姫様も既にナナさんが保護。治療中です。


ちなみに、安国さんが暗殺者の老人の遠隔斬撃がハルカの様に斬撃を飛ばすのではなく、刃を伸ばしていると見抜けた理由ですが、森の木々の斬れ方で見抜きました。


ハルカの様に飛ばす斬撃なら、水平に斬撃を飛ばしているので、正面から見ると、横一文字にほぼ同時に木々が斬れます。それに対し、暗殺者の老人は刃を伸ばして薙ぎ払うので、右から左。または左から右と、木々が横から斬られていきます。だからこそ、伸ばしている刃を掴む事も可能なのです。


それと話が前後しますが、ナナさんとハルカ師弟のやりとり。ナナさんとハルカ、それぞれの今回の事件に対する考え方の違い。そして、ハルカが案外、ドライな考え方をしている事が判明。ナナさんの弟子だけはあります。作中でも語った様に、ナナさんは非情な現実主義者、綺麗事や、薄っぺらな正義論が大嫌い。ハルカにも常々、語っています。


現実は非情、ご都合主義など通用しない。裏技や、都合の良いバグなど無い。コンティニューや、リセットも無い。社会のルールを破れば、相応の罰を受ける。最近のアニメや、ラノベはそれを無視する、ご都合主義まみれですからね。ちなみにハルカ達はあくまでも『観光客』なので、おおっぴらには動けません。下手すれば、国際問題ですから。


では、次回予告。美夜姫様の提案で、四聖獣の一角、青龍に会うべく、その住処へと向かうハルカ達。しかし……。


「ナナ殿、ハルカ殿。東へ向かって欲しいのじゃ」


「四聖獣の一角にして、東方の守護者。青龍ですか」


「ふ〜ん、あんた達が朱雀の言っていた連中ね」


「てめぇ! それでも四聖獣かよ!」


「ふん、四聖獣も人材不足かね」


では、また次回。

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