第104話 ハルカの東方騒動記 安国さんと美夜姫様の逃避行
「全く、ひでぇ道だな。おい、姫さん。本当に道はこっちで合ってるんだろうな? 間違ってたら、シャレにならねぇぞ」
「大丈夫じゃ、安国殿。目的地には、ちゃんと向かっておる。最短の道のりを選んでいる故、道が悪いのは我慢してほしい。この一件が落着した暁には、そなたには、存分に褒美を取らせよう」
「そうかい。じゃあ、あんた達、将軍家に献上される、特別な小豆を譲ってくれねぇか? 知り合いの女の子に、小豆を使った菓子を真っ先に食べさせてやるって約束してな」
「分かった。約束しよう」
険しい山の中、道なき道を行く妾。1人ではとても無理であろう道のりを行く事が出来ているのは、ひとえに安国殿のおかげじゃ。その鍛え抜かれた鋼のごとき肉体で、困難な道のりを切り開いていく。遠い西方の国より来た御仁で、『ぱてぃしぇ』と言う菓子職人だそうじゃな。初めて聞いた時は、心底たまげたのじゃ。とてもそうは見えなかったからの。その事を言ったらえらく不機嫌になってしもうたが。ともあれ、妾と安国殿は目的地を目指し、ひたすら進む。
「なぁ、姫さんよ。今向かっている所には、何が有るんだ? やっぱりあれか? 『巨人』に関する何かか?」
そんな中、安国殿は今向かっている目的地について尋ねてきた。まぁ、気になるのが、人情という物じゃのう。そこで妾は安国殿の質問に答えつつ、『巨人』、そして初代帝について話す事にした。もちろん、むやみやたらに話して良い事では無い。だが、既に安国殿を巻き込んでしまった以上、黙っている訳にもいかぬじゃろう。それに、まだ知り合って間は無いが、安国殿は信頼できる御仁じゃ。
「いかにも。のう、安国殿。そなたは不思議に思わぬか? なぜ、初代帝は恐るべき力を持つ『巨人』を従える事が出来たのか? 既に話した様に、とても人の手に負える相手では無いにも関わらずじゃ」
「言われてみれば、そうだな。そんなとんでもない化け物、どうやって従えていたんだ? 下手すりゃ、こっちが殺されかねない奴だぞ?」
ふむ、そのゴツい外見とは裏腹に頭の回転は悪くない様じゃ。妾はその事に安心しつつ、話を続ける。
「そう、初代帝は何らかの方法で『巨人』を従えていたらしい。そして、天下を平定した後、『巨人』の力を3つに分断し封印したと言われておる」
そこまで話すと安国殿は察したらしい。
「読めたぜ。つまり初代帝は『巨人』を制御する『何か』を持っていた、もしくは知っていた。だから、『巨人』を従える事も、その力を3つに分断し封印する事も出来た」
「その通りじゃ。見事じゃ、安国殿。そう、妾達が目指しているのは、まさにその『巨人』を制御する『要』が有ると言われておる場所じゃ。これぞ、将軍家に伝わる、もう1つの秘密」
ここで妾は一旦、話を区切る。
「かつて、初代将軍は、『巨人』を制御する『要』を手に入れ、『巨人』の三分の一を従え、天下統一を果たした。だが三分の一の状態でも、十分、『巨人』は恐ろしい。それ故、『巨人』の三分の一と『要』をそれぞれバラバラに封じた。しかし、父上は殺され、持っていた『巨人』の封印も奪われてしまった。残り2つの封印がどうなっているかは分からぬが、既に敵の手に渡っているやもしれぬ。しかし、『巨人』の真の力を発揮するには分けられた3つを1つに戻さねばならぬ。その為にも『要』が必要なのじゃ」
「なるほどな。3つに分ける事も、元に戻す事も『要』が有れば可能って事か」
妾の言葉から、すぐさま答えを導き出す安国殿。つくづく、聡明な御仁じゃのう。ぜひ、妾の家臣として、取り立てたいぐらいじゃ。
「そういう事じゃ。だから、何としても、奴らに先んじて押さえる必要が有る」
「そりゃ、確かに急がねぇとな。よし、姫さん、おんぶしてやるよ。その方が早いからな。ほら、乗った」
それまで、妾は安国殿と並んで歩いておった。妾にも意地や面子が有るからのう。将軍家の姫ともあろう者がみっともない姿を晒す訳にはいかぬ。じゃが、そうも言ってはおられぬか。事態が事態じゃ。事は一刻を争う。
「すまぬ、安国殿。お言葉に甘えるとしよう」
わざわざ、屈んでくれた安国殿の背中におぶさる。大きくて力強い背中じゃ。……思えば、父上は一度もこんな事はしてくださらなかったのう。
「ガキが遠慮すんな。ほら、行くぞ! 道案内を頼むぜ、姫さん!」
「うむ、任された!」
……今はそれどころではない。妾は成すべき事を成さねばならぬ。妾は次期将軍なのじゃから。
「なぁ、姫さん。ちょっと聞きてぇ事が有るんだがな」
「何じゃ?」
安国殿におんぶされて進む道中、安国殿は、質問をしてきた。
「ふと、気になったんだけどよ。そもそも初代帝って何者なんだ? 『巨人』を従えているなんざ、絶対普通じゃねぇぞ」
まぁ、当然の疑問じゃな。妾もそう思う。それまでの群雄割拠の時代を終わらせた人物。そして、今回の事件のそもそもの根源たる人物。
「確かに、安国殿の言う通りじゃ。初代帝は明らかに常軌を逸した存在じゃ。しかし、何者かと問われても困る。実は初代帝の素性に関する事は、何一つ分からぬのじゃ。要は正体不明じゃ」
「はぁ?! 何だそりゃ!」
安国殿も驚きと呆れの入り交じった声を上げる。じゃが、実際、初代帝の素性については、謎に包まれている。何者なのか? どこから来たのか? 全く分からない。記録も残っていない。
「分かっておるのは、突然どこからか現れた事。『巨人』を従えていた事。後、何とも珍妙な格好をしていたらしい。そして、意味不明な事を話していたらしい」
「ますます、正体不明だな、おい。……そうだな、だったら、『巨人』ってのはどんな奴なんだ?」
今度は『巨人』について尋ねてきた。よって、妾も知っている事を話す。
「ふむ、言い伝えによれば、大きさもさることながら、異形の姿であったらしい。首が無く、ずんぐりとしていて、足は短くがに股。しかし腕は長く、地面に付く程だったとか。そして、いかなる攻撃も受け付けなかったそうじゃ」
「なるほど。そりゃ、確かに化け物だな。全く、初代帝の正体が気になるぜ。何者なんだか」
『巨人』の話を聞いた安国殿は改めて、初代帝への疑問を口にする。じゃが、今となっては、その正体を知る事は出来ない。
「それは今さら言っても仕方ない事じゃ。さ、安国殿、先を急ごう。目的地まで後、一息じゃ」
「そうだな。じゃ、気合い入れて行くぜ」
とりあえず、初代帝の事は置いておき、妾達は目的地へと、急ぐ事に。間に合ってほしいのじゃ。
「何とか間に合った様じゃな」
「ここがそうなのか? 姫さん」
ついにたどり着いた、目的地。古ぼけた寺院。『巨人』を制御する要が納められている場所じゃ。この事は代々、将軍家に伝えられてきた、機密情報。さて、早く回収せねばならぬ。それに、『もう1つ回収する物』が有るのじゃ。それは、これから先に備えて、必ず必要となる物。
「安国殿、こっちじゃ。妾一人では無理が有る」
妾は安国殿と共に、寺院の裏手へと向かう。そこには、打ち捨てられて長いであろう、荒れ果てた墓地。ただでさえ、墓地は気味の悪い場所。ましてや崩れた墓石、朽ち果てた卒塔婆が乱雑に散らばった、捨てられた墓地。妾一人では、怖くて近付けぬ。
「おいおい、気味の悪い場所だな。だが、確かに他人は寄り付かねぇよな。墓暴きなんぞ罰当たりだしよ」
「全く同感じゃ。安国殿がいてくれて助かった。こっちじゃ」
荒れ果てた墓地を進み、目的の場所へと向かう。しばらく歩き、その場所にたどり着いた。その場所はというと……。
「……ただでさえ、気味悪い墓地なのに、更に気味悪い場所だな、おい」
さすがの豪気な安国殿も嫌な顔をする。妾もこんな場所からは一刻も早く離れたい。しかし、仕方ないのじゃ。妾はそこに足を踏み入れる。祀る者も無く、打ち捨てられてしまった、無縁仏の墓石の並ぶ場所に。
「安国殿、しばらく待っていてくれ。確か……この辺りのはず……。これじゃ!」
いくつもの朽ち果てた墓石の中、目当ての物を見付ける。
「すまぬ、安国殿。手伝ってはくれぬか? 妾一人では、動かせぬ」
目当ての墓石を見付けたものの、妾の力では動かせぬ。筋骨隆々の安国殿の力が必要じゃ。
「墓暴きをするのかよ……。出来れば遠慮してぇが……。そうもいかねぇか。分かった、任せろ!」
安国殿も墓暴きには良い顔をしなかったが、事態が事態だけに、引き受けてくれた。墓石の並ぶ中、目当ての墓石に手を掛ける。
「誠にすまぬ、安国殿。その墓石は適当にどけてくれれば良い」
「分かった! ……おらぁっ!!」
安国殿は一旦、かがんで墓石の根元に両手を掛けると、気合い一発、重い墓石を持ち上げる。やはり、凄まじい怪力じゃ。この墓石は見た目はともかく、とにかく重い特殊な石で出来ておる。その下に隠された品を守る為に。そして、安国殿は墓石を空いた場所に丁寧に降ろす。
「墓石を雑に扱ったら、罰当たりだからな」
さて、安国殿が墓石をどかしてくれたので、その場所の下を調べる。……有った! 出てきたのは、金属製の両開きの扉。将軍家の家紋が描かれたそれには、厳重な封印が施されている。正直、この封印を破るべきかどうか、迷いは有る。しかし、妾達は残念ながら、敵より後手に回っている。3つに分かたれた『巨人』の力に対抗するにはこれしかない。少なくとも、将軍家の保有していた分は奪われたであろうからな。覚悟を決め、妾は将軍家に伝わる秘法を使い、封印を解く。
「安国殿、度々すまぬが、この扉を開けてほしい」
「全く、人使いが荒いな。分かった、ふんっ!」
見るからに重そうな金属製の扉。幸い、取っ手が付いていたので、安国殿がそこに手を掛け、引っ張って開ける。開いた扉の中からは、白木の箱。妾はそれをそっと取り出すと、近くの地面に置く。……いよいよ開封じゃ。妾が知る限り、初代将軍が封印して以来、初めての開封じゃ。
「…………開けるぞ、安国殿。もしもの事態が起きるやも知れぬ。だから、あらかじめ謝罪しておく。巻き込んでしまって、申し訳ない」
初代将軍が封印して以来、四百年。開けたら何が起きるか分からない。だから、今の内に安国殿に謝罪しておく。
「今さら、気にすんな。それより、さっさと開けちまえ」
「うむ、分かった!」
だが、安国殿は気にするなと言ってくれた。そして、早く開けろと。そうじゃな、どうなるかは分からないが、箱を開けなくては始まらない。どのみち、放っておけば、敵が『巨人』の力を手に入れ、取り返しの付かない事態になる。迷っている場合ではない。妾は白木の箱の封をしている紐をほどき、蓋を開ける。初代将軍以来、400年ぶりに、『それ』は姿を現した。そして妾と安国殿は絶句する事に。
「…………のう、安国殿」
「…………何だよ、姫さん?」
「そなたは『これ』を見てどう思う?」
「そうだな。しいて言うなら、想像していたのと、えらく違うな。普通、こういう場合、あれだ。何か、いかにもな宝玉とかが出てきそうなもんだがな」
初代将軍が封印して以来、400年ぶりに開封された白木の箱。その中に納められていた物を見た妾と安国殿は、予想外の事に、何とも微妙な気分になる。なぜなら、箱の中に納められてられていた物が、妾や安国殿にやけに馴染みの有る物だったからじゃ。
「安国殿、妾にはこれが、『げえむ機のこんとろおらあ』とやらに見えるのじゃが、そなたはどうじゃ?」
「俺にもそう見える。姫さんにもそう見えるか」
「父上や、教育係の者達からは、勉学の邪魔になると言われておった故、実際に触った事は無いがのう。以前、かたろぐで見た物に良く似ておる」
「う〜ん、こりゃまた、おかしな話だな。何でこんな物が出てくるんだ?」
あまりにも予想外の事態に2人して、首を捻る。初代将軍がこれを封印したのが、400年前。初代帝が天下統一を果たしたのが、1000年前と聞く。この品は明らかに、時代と釣り合わぬ。そこへ安国殿。
「なぁ、姫さん。これはあくまで、俺の憶測に過ぎねぇがな。初代帝とやらの正体が見えてきたぜ。もし、そうなら、遥か昔の時代に、このゲーム機のコントローラーみたいなのが有る事も説明が付く」
なんと、安国殿は初代帝の正体が見えてきたと言う。更には、この奇妙な品が有る理由も。
「安国殿、ぜひ、聞かせてほしいのじゃ」
妾は安国殿に話を聞かせてほしいと頼む。ゴツい外見とは裏手に頭の回る御仁じゃからのう。そして、安国殿は自身の考えを話し出した。
「まず、初代帝だが、どこから来たのか分からないんだったな。それにおかしな格好をしていた上に、意味不明な事を話していたとか」
「うむ。言い伝えではのう」
まずは、初代帝に関する言い伝えをおさらいする安国殿。妾も相づちを打つ。
「それなんだがな。もしかすると初代帝って奴は別の世界から来た奴なんじゃねぇか? だとすれば、どこから来たのか分からないのも、おかしな格好をしていた事も、意味不明な事を話していた事も辻褄が合う。別の世界から来たんだ、そりゃ、浮くさ。となれば、初代帝が従えていた『巨人』も、何らかの兵器と見るべきだろうな。この、ゲーム機のコントローラーみたいなのが有る事だしな」
安国殿は、初代帝の正体を別の世界から来た者ではないかと語った。普通なら、一笑に伏される様な話じゃ。しかし妾は笑う気は無い。
「……笑わねぇんだな。普通なら、まともに相手にされずに笑われる内容なんだがな」
妾が安国殿の話を笑わない事が気になるらしい。
「安国殿、妾はそなたと短い付き合いではあるが、そなたが信用出来る御仁である事は良く分かった。そんなそなたが、何の根拠も無く、そんな話をする訳が無かろう。それに、確かに突拍子も無い話ではあるが、辻褄は合う。明らかにこの品は、本来あり得ぬ品。それこそ、異界の品でもない限りはのう」
妾は改めて、げえむ機のこんとろおらあの様な品を見る。明らかに千年前ではあり得ぬ品。しかも、未だに劣化した様子すらない。異常な品じゃ。妾はそれを手に取り、懐に納める。
「安国殿、封印を解いておいてなんだが、本当に開封して良かったのかどうか迷っておる」
思わず弱音を吐いた妾。しかし、そこへ安国殿は語る。
「確かに、開封して良かったのかどうかは分からねぇ。しかしだ。仮に開封しなくても、遅かれ早かれ、奴らはここを嗅ぎ付けただろう。そうなりゃ、そのコントローラーも奪われる。一番大事なのは、それを奪われない事だ。大丈夫、俺が助けを求めた子の師匠は伝説の魔女だ。封印なり、何なりしてくれるさ」
不安に駈られる妾に大丈夫だと励ましてくれた。やっぱり安国殿は頼りになる御仁じゃ。しかし、伝説の魔女を師匠に持つ者と知り合いとはのう。妾は気を取り直し、次の目的地を目指す。今度は妾の為の品じゃ。
「安国殿、次の目的地へと向かうのじゃ。ここから、そう遠くはない。こっちじゃ」
目当ての品を手に入れた妾達は、墓地から離れ、森へと続く細い道を行く。もう1つの品を手に入れる為に。
「……また墓かよ」
「すまぬ、安国殿。じゃが、ここに納められている品もまた、必要なのじゃ」
薄暗い森の中の細い道を抜けた先には、1つの墓所。他の墓と違い、離れた場所に有るここには、とある人物と、その人物が使っていた武器が眠っている。
「で、ここは誰の墓なんだ?」
誰の墓かと尋ねる安国殿に妾は答える。
「ここは、朝廷亡き後の戦国乱世にて、その名を轟かせた女傑。『朱音御前』の墓所じゃ。愛用の薙刀を振るい、無双の強さを誇ったそうじゃ。最後は敵に囲まれ、一斉射撃を受けて、討ち取られたそうじゃが、倒れる事無く立ったまま息絶え、死してなお、敵に恐れられたそうじゃ。そして、祟りを恐れ、愛用の薙刀と共にここに葬られたのじゃ。妾はその薙刀が欲しい」
そう、妾の目的は朱音御前の薙刀を手に入れる事。数多の戦いを経ても、決して切れ味が鈍らなかったという、業物。これからの戦いに備えて、ぜひとも欲しい。しかし、安国殿は良い顔をしない。
「大丈夫なのか? さっきは見せかけだけの偽墓だったが、今度は本物の墓だろ? しかも、祟りを恐れて建てられた墓ときたもんだ。墓暴きなんぞしたら、マジで祟られるかもしれねぇぞ」
安国殿の言う事はもっともじゃ。しかし、それでも避けられぬ。妾は次期将軍。責任が有る。妾が戦わずして、どうして家臣達が付いて来ようか。
「安国殿、妾は誰かに守られてばかりは嫌なのじゃ。妾も戦う。次期将軍たる、妾にはこの国を守る義務が有るのじゃ。その為ならば、祟りだろうが何だろうが、甘んじて受けよう。そなたはそこで待っておれ。妾が1人で行く。少なくとも、朱音御前は、臆病者は断じて認めぬじゃろうからのう」
「おい! 待て姫さん!」
安国殿は妾を止めようとするが、突如、見えない何かに弾き飛ばされる。そうか、朱音御前。貴女は妾一人で来いと言うのだな。他の墓と違い、石垣で組まれた段の上に経つ墓所。妾はそこへと続く石段へと足を掛ける。その途端、
『耳を落とされた』
あまりの痛さにその場にうずくまる。傷を押さえてはいるが、指の隙間から血が溢れ出る。……さすがに手厳しいのう、朱音御前。
「やめろ、姫さん! 戻って来い! 進んだら殺されるぞ!」
耳を落とされた妾の惨状を見て、戻って来いと叫ぶ安国殿。妾を連れ戻そうとするが、その度に見えない何かに弾き飛ばされる。
「……ぐっ。済まぬ……安国殿。じゃが、妾は進まねばならぬ。
安国殿が止めようとする気持ちは分かる。じゃが、退く訳にはいかぬ! 何としても朱音御前の薙刀を手に入れねばならぬのじゃ! 妾は更に石段を進む。すると再び、音も無く斬られる。今度は両手の指全て。意地が悪いのう、身体を端から切り刻むつもりか。
「まだまだ! この程度で妾は止められぬのじゃ!」
両耳、両手の指を失ったが、妾は止まらぬ。更に石段を進む。しかし、その度に身体を端から切り刻まれる。鼻を落とされ、更に腕を端から切り落とされていく。嫌らしい事に出血が何らかの力で抑えられているらしく、本来なら死んでいてもおかしくないにもかかわらず、妾は生きている。しかし、痛みは感じるから、まさに生き地獄じゃ。
「くそっ! 亡霊のくせに調子に乗りやがって!」
どうやら、安国殿には妾を切り刻んでいる相手の姿が見えるらしい。怒りをあらわに怒鳴っている。……これは妾の読みが甘かったか。どうやら伝説の女傑、朱音御前はとんだ外道だった様じゃ。遂に墓前まで来たが、そこで妾は両足を落とされ、地べたに這いつくばる事に。既に両腕は無く、もはや立ち上がる事も出来ぬ。ふと見上げれば、誰かがいる。古ぼけた甲冑に身を包む、ざんばら髪の女武者が。その手には薙刀。妾にも見えるぞ。こやつが朱音御前か。
伝説によれば、大層美しい女性であったらしいが、性格については書かれていなかったのう。確かに美しいが、この他人を見下した目。弱者を痛め付け殺す事に喜びを感じる目。伝説の女傑の正体は殺人鬼の様じゃのう。これは完全に妾の失態じゃな。安国殿の言う通り、ここに来るべきではなかった。もはや動けぬ妾にとどめを刺すつもりであろう。朱音御前の亡霊は薙刀を振りかぶる。首を刎ねる気か。
「無念。これまでか」
妾は動けず、安国殿は見えない力のせいで近付けぬ。父上、母上、ふがいない妾を許してくだされ。最期を覚悟した妾。しかし、それは無駄となった。なぜなら……。
「うぉらぁあああああああああああっ!!!!!!!!!」
突如、響き渡った烈迫の気合いと共に繰り出された頭突きが、今まさに妾の首を跳ねようとしていた朱音御前の亡霊をぶっ飛ばしてしまったからじゃ。さすがの朱音御前の亡霊もこれは完全に予想外だったらしく、まともに食らった。そして、妾の前に立ちはだかる安国殿。何と、結界を力ずくで破ったらしい。そんな安国殿は朱音御前の亡霊に向かって、啖呵を切る。
「全く、手こずらせやがって、このクソ亡霊が! 亡霊は亡霊らしく、とっとと、あの世に帰りやがれ!」
一方、不意討ちの頭突きを食らった朱音御前の亡霊。再び立ち上がり、薙刀を構える。全身から溢れ出すは殺意と憎悪。妾と安国殿、どちらも殺す気じゃ。安国殿もそれを察し、構えを取る。しかし、見た事の無い構えじゃ。
「姫さん、すぐに終わらせる。覚悟しやがれクソ亡霊! ボコボコにして、あの世に叩き返してやる!!」
安国殿はそう言うが、大丈夫じゃろうか? 朱音御前は群雄割拠の乱世にその名を轟かせた女傑。しかし、その心配は杞憂に終わった。
「ふっ!!」
短い掛け声と共に繰り出された鋭い拳が、貴女御前の顔面を捉え、その体勢を崩す。そこへ今度は横合いからの拳が横顔を撃ち抜く。しかし、朱音御前もさるもの。体勢を立て直し、薙刀で安国殿を殺さんと、突きや、薙ぎ払いを放つ。だが、安国殿は軽快な足さばきで、後退、横っ飛びでかわしたり、時にはあえて間合いを詰め、攻撃を潰してしまう。ぶっちゃけ、安国殿による一方的な蹂躙じゃ。伝説にその名を残した女傑、朱音御前がなす術無く、安国殿に殴られていたのじゃ。
「そろそろ終わらせるぞ!」
軽快な足さばきで、四方八方から素早い拳、後で聞いたが『ぼくしんぐ』という武術の『じゃぶ』と言うそうじゃな。それを叩き込んでいた安国殿じゃが、いよいよ終わらせるらしい。安国殿に宣言通りボコボコに殴られた朱音御前の亡霊はもはや、虫の息じゃ。到底、安国殿を止められぬ。そして、安国殿は一気に間合いを詰め……。
「おらぁっ!!!」
まずは下からの突き上げの一撃。『あっぱー』と言うその拳はまともに朱音御前の亡霊の顎を捉える。骨の砕ける音が妾にも聞こえた。その一撃は朱音御前の亡霊の身体を浮き上がらせる。その浮かび上がった無防備な胴体目掛けて、安国殿がとどめの一撃を放つ。
「これで終わりだ! あの世に帰れ!!!!」
目一杯、引き絞った右腕。その拳が光輝く。その輝く拳を安国殿が渾身の力を込めて放つ!
まさに一撃必殺。安国殿の輝く拳は朱音御前の胴体を撃ち抜き、更には跡形も無く消し去ってしまった。後に残ったのは一振りの薙刀だけ。何という御仁じゃ。あの、朱音御前をたった1人で圧倒したあげく、討ち取ってしまうとは。妾は安国殿の底知れぬ強さに、ただただ、驚いていた。
「終わったぜ、姫さん。まだ生きてるな? 今すぐ、応急処置をするからな」
朱音御前の亡霊を討ち倒した安国殿。薙刀を回収し、妾の方に歩み寄り、応急処置を施してくれた。
「あいにく、こういうのは専門外なんだがな。でも、やらないよりはずっとマシだ」
安国殿は仙術の心得が有るそうで、気を送り込む事で、止血と生命力の補充をしてくれたのじゃ。
「かたじけない、安国殿。そなたには助けられてばかりじゃ。情けないのう」
全く、情けない。妾がうかつだったばかりにこの有り様じゃ。安国殿がいなかったら、妾は死んでいた。
「へっ、ガキが遠慮するなって言っただろ? ほら、おんぶしてやるよ。大丈夫、俺の知り合いと合流すれば、身体も元通りに治してもらえる。さ、行くぞ!」
手足、両耳、鼻を失った妾をためらいなくおぶってくれる安国殿。何と心の広い御仁じゃ。全くもって、感謝にたえぬ。
「済まぬ、安国殿……」
思わず、その背中で呟く。
「だから、気にすんなって。ほら、次の目的地はどこだ?」
安国殿は、またも気にするなと励ましてくれる。ならば、妾も応えねばならぬな。
「うむ、次の目的地は……」
安国殿に聞かれ、次の目的地を話そうとした妾。じゃが、それは突然、安国殿がその場から飛び退いた事で中断される。一体、何事じゃ?! 驚いた妾は、安国殿に何事か問おうとした。しかし、それどころではなかったのじゃ。地面に走る一筋の切れ目。
「いやはや、老骨の身にはこの山道は堪えますな。年は取りたくないものです」
背中越しに伝わる、安国殿の緊張。妾もこの声には聞き覚えが有る。なんたる事じゃ、こんな所で出会うとは!
「……だったら、わざわざこんな所に来んなよ爺さん」
安国殿も減らず口を叩くが、先ほどまでとは雰囲気が違う。相手が遥かに格上と察しておる。
「まぁ、確かにその通りですが、これも仕事でしてな。貴殿に恨みは有りませんが、死んで頂きましょう」
現れたのは妾を狙う輩が1人。仕込み杖使いの爺。見た目は爺じゃが、恐るべき剣客じゃ!
爺は言い終わるや、いなや、仕込み杖から刃を抜き放つ! 直後、地面が、森の木々が切り裂かれる!
「ほう、これはこれは。1回目は邪魔が入りましたが、2回目に続き、3回目もかわされるとは……。久しぶりに骨の有る相手の様。ならば、手加減は必要なさそうですな」
「……おいおい、爺さん。こちとら、あんたと違って本職じゃねぇんだがな。しかも、ガキを背負っているんだけどな」
さすがの安国殿も、今度は余裕が無い。妾というハンデを背負っている現状、勝ち目は無い。どうすれば良いのじゃ?!
追っ手から逃れながらも、敵の企みを阻止するべく、行動する安国さんと美夜姫様。そんな2人は初代将軍が隠した、『何か』を手に入れるべく、とある山中の廃寺院へ。
そこで見つけたのは、まるでゲーム機のコントローラーの様な物。明らかに時代と釣り合わない品を見て、安国さんは初代帝は異世界から来た者ではないかと推測。実は安国さん、元の世界で、トップクラスの大学を卒業しています。頭が良いんです。
更に古の女傑、朱音御前の薙刀を手に入れ様とその墓所に行く2人。しかし、これが大失敗。朱音御前の正体は殺人鬼。美夜姫様が命の危機に。しかし、そこでも活躍する安国さん。結界を力ずくで破り、頭突きをかまして、朱音御前の亡霊をぶっ飛ばす!
そして朱音御前の知らない武術、ボクシングでボコボコにし、最後はアッパーからのボディへの渾身のストレート。見事、亡霊を討ち倒しました。ついでに、薙刀も回収。
しかし、美夜姫様は重傷。安国さんが仙術で応急処置をしたとはいえ、一刻も早く、ちゃんとした治療を受けないといけない。だが、そこに最悪の相手が登場。和菓子屋にて襲撃してきた、仕込み杖使いの老人。ただでさえ、勝てないと安国さんが悟る相手。しかも今は、重傷を負った美夜姫様を背負っている状態。危うし、安国さんと美夜姫様。
では、また次回。