第103話 ハルカの東方騒動記 大桃藩にて
「東か……。随分、久しぶりだね。前に来たのはいつだったかね?」
私は今、スイーツブルグ侯爵家の自家用機に乗り、遠い東の島国。『蒼辰』へと向かう、空の旅の最中。ぶっちゃけ、私自身が飛ぶ方が速いし、空間転移なら一瞬なんだけど、そこは入国手続きやら、何やらで却下。めんどくさいね。で、窓の外を眺めながら、と言っても空と雲しか見えないが、久しぶりに向かう東方について、思いを馳せていた。
「しかし、ハルカもお人好しだね。所詮、他人の安国のハゲを助けにわざわざ異国に行くとはね。私だったら、行かないね。めんどくさい」
安国のハゲからのSOSを受け、助けに行こうと言い出したハルカ。私も保護者兼、師匠として、放っておく訳にもいかず、同行する事に。安国のハゲからのメッセージによれば、国を治める将軍が暗殺された上、その娘の姫まで狙われているらしい。これはデカい事件だ。裏で相当大きな企みが動いているのは、間違いない。
「いい加減、小説やマンガも読み飽きたね。暇潰しに、『蒼辰』の歴史や伝説について、一通り調べておくか。ったく、わざわざ私にこんな事やらせるんじゃないよ。本来、こういう事はメイドのあんたの仕事なんだからね」
当のハルカは隣の座席で、スヤスヤ眠っている。まぁ、最近忙しかったからね。先日の修行で自らの『根源の型』を知り、新たな段階へと進んだハルカ。自らの根源の型である『蛇』の力を上手く使える様になるべく、一段と厳しい修行に汗を流し、メイドの仕事もこなし、更に安国のハゲの店の掃除もこなしていた。私から見ても、大変なハードワーク。今はゆっくり休ませてやろう。
ハルカの近くには猫用ケージが置いてあり、その中では、何の役にも立たない、頭のボケたデブの三毛猫がブーブーいびきをかいて寝ている。軽く文句は言うものの、私はノートパソコンを取り出し、起動。データベースにアクセスし、お目当ての情報を検索。調査開始。なにぶん、東方は久しぶりなもんでね。
「ふん、あまり大した情報は無いね。元よりさほど期待はしてないけどさ」
とりあえず、一通り調べてみたけど、大した情報は無かった。だが、ゼロではない。興味深い事が2つ。初代帝と初代将軍の天下統一だ。群雄割拠の乱世を終わらせるなど、並大抵の事じゃない。特に初代帝。詳しい事は書かれていないが、何やら圧倒的な力を持つ『巨人』を従えていたとか。その力で数々の敵を討ち倒し、天下統一を果たしたらしい。……怪しいね。その『巨人』とやら、実に怪しい。世の中、そんなに甘くない。
「しかし、肝心の『巨人』についての事はさっぱりだね。というか、そもそも、初代帝自身、何者だか分からない。初代将軍は、どこぞの弱小大名だったらしいけど。どうもこいつも『巨人』の力に手を出したふしが有るね」
今回の一件も、それ絡みかもしれないね。群雄割拠の乱世を終わらせ、天下統一を果たす程だ。その『巨人』の力を手に入れる為に将軍を暗殺し、その娘の姫も狙っているのかもしれない。
「ま、直接確かめるのが一番、手っ取り早いね」
いくら考えた所で、所詮、憶測の域を出ない。ならば、私は自分の出来る事をやるだけだ。そこへ、聞こえてきた音声。
『後、15分程度で、目的地に到着致します。着陸時の振動並びに衝撃にご注意ください』
数時間に渡る空の旅だったが、そろそろ到着らしい。なら、準備するか。ノートパソコンや暇潰しに読んでいた小説、マンガをしまい、隣で寝ているハルカを起こす。
「ハルカ、起きな。そろそろ到着するよ」
声をかけて、軽く揺さぶると、起きてきたハルカ。大きく伸びをしてから、私に挨拶をする。
「ん……よく寝ました。おはようございます、で良いですか? この場合」
「ま、私は気にしないさ。それよりハルカ、もうすぐ到着だよ。着陸に備えな」
「はい、分かりました。……安国さん達には悪いですけど、初めて来る、東の国。楽しみです」
何だかんだで、ハルカも若い娘。理由はどうあれ、初めて訪れる東の異国に興味津々らしい。何かと多忙な子だからね。あまり、どこかに遊びに行く事が無かったし。そうだね、今回の一件が片付いたら、慰労の意味で温泉にでも連れて行ってやろう。……そして、ヤりまくろう。まぁ、最後まではしないけどさ。
ハルカは、どうしても最後の一線を越えさせてくれないからね。残念だけど、それだけ貞操観念の有る、しっかりした子だという事だ。もっとも、ギリギリまでは攻めるよ。ハルカも大分、私好みの百合っ子に染まってきたし。などと考えている内に、いよいよ飛行機が着陸体勢に入った。間もなく到着だ。気持ちを切り替え、着陸に備える。さて、どうなる事か?
飛行機は無事、着陸。私達は飛行機から降りて、迎えを待つ。既にスイーツブルグ侯爵家から、この藩を治める『素桃家』へと連絡が入っているはず。すると、それらしい連中がやってきた。金髪で褐色の肌、東方の国にしては珍しい、南方系の若い女を先頭に数人の男達。そいつらは私達の前に来て、先頭の女が挨拶をする。
「ナナ・ネームレス殿、ハルカ・アマノガワ殿、遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。私、ここ『大桃藩』を治める『素桃家』当主、アプリコット・素桃と申します。以後、お見知りおきを。さぞや長旅でお疲れでしょう。あちらに車を用意しております。ささ、どうぞ。案内いたします」
こりゃ、驚いたね。出迎えが来るとは思っていたけど、わざわざ藩主自らが出迎えてくれるとはね。ハルカも驚いている。唯一、驚いていないのは、ハルカの持っている猫用ケージの中でまだ寝ているボケ猫だけ。ともあれ、私達は用意された車に乗り込み、大桃城へ。
車に乗って辿り着いた、大桃城。スイーツブルグ侯爵家から話が通してあるだけあって、その後も実にスムーズ。そして今、私達は大桃藩藩主にして、素桃家現当主、アプリコット・素桃と正式な対面をしていた。重要な話をするという事もあり、この場にいるのは私とハルカ。向かいに大桃藩藩主のアプリコット・素桃の3人だけだ。
「では、改めてご挨拶させていただきます。私は、大桃藩藩主。そして、素桃家現当主。アプリコット・素桃と申します。お二方の事は既にスイーツブルグ侯爵家より伺っております。こちらへは『観光』で来られたそうで」
あくまでも愛想の良い笑顔を浮かべ、そつのない挨拶をする、藩主、アプリコット・素桃。大概の奴なら、好印象を抱くだろうね。大概の奴ならね。でも、私は騙されないよ。
「はいはい、そういうのは要らないよ。さっさと本題に入りな。はっきり言って、不愉快なんだよ。その上っ面だけの愛想はね」
この際だからね、はっきり言ってやった。すると向こうは、さも愉快そうに笑う。
「……さすがは悪名高い、三大魔女が一角、『名無しの魔女』。そこら辺の有象無象とは違いますか。そう簡単にはバレないんですがね、これ」
「ふん、忠告がてら教えてやるよ。あんたはあまりにも、そつが無さ過ぎる。出来過ぎているのさ。どうせやるなら、もっと上手くやりな。それこそ、呼吸をするぐらい自然にね」
「なるほど。ご忠告、痛み入ります」
私に対し深々と頭を下げるが、どうにも食えない奴だね。この若さで藩主を務めるだけはあるみたいだ。しかし、いつまでもこうしてはいられない。事は一刻を争う。さっさと本題に入るとしよう。
「時間が惜しいんでね、さっさと本題に入らせてもらうよ。先日、私達の知り合いがこの国に来てね。そいつがえらい事件に巻き込まれてしまった。『将軍暗殺』に端を発する事件にね」
私は揺さぶりの意味も込めて、『将軍暗殺』を口にした。しかし、アプリコットは少しも驚かない。……ふん、やはり既に情報は掴んでいたみたいだね。当然か、何せこいつら素桃家は、かつての群雄割拠の時代に天下を現将軍家と争った間柄。結局、敗れはしたものの、今なお、虎視眈々と狙っているとか。そんな奴らが、将軍家や幕府の動きを見逃すはずが無い。
「その分だと、そっちも既に掴んでいたみたいだね」
「えぇ、私共はかつて将軍家に敗れ、この南州に追いやられましたが、幕府の動きは常に把握してきましたからね。今回の一件も既に把握しています。そして、奴らの狙いもね。奴らの狙いはかつて帝が手にし、天下統一を果たした要、そして3つに分かたれ封印された『巨人』の力。その内の1つを将軍家が所持していたのですが、既に奪われたと見るべきでしょう。」
こいつ、私が考えていた以上にやるね。そして、食えない奴だよ。
「なるほどね。将軍家の天下統一を果たした秘訣はそれか。となれば、残り2つも確実に狙われるだろう」
かつて帝が手にした『巨人』の力か。一気に話がキナ臭くなってきたね。で、3つに分かたれた力の1つを将軍家が手に入れ、天下統一を果たしたと。三分の一で、それだ。完全版はどれ程の物だか。ま、それはそれとして、私はアプリコットに尋ねる。
「貴重な情報ありがとよ。で、対価はなんだい? ただで情報をよこす程、甘くないだろ?」
「……食えない人ですね、貴女は」
「ふん、お互い様だろ」
「もう少し、込み入った話をしましょうか。とりあえず、お茶でもいかがですか?」
「良い茶葉でね。それより、さっさと話をしな。時間が惜しい」
大桃藩藩主、アプリコット・素桃との対談は第2ラウンドに突入。茶を勧められたので、良い茶葉を使う事を要求。すると向こうはため息を付きつつも、話を始める。
「分かりました。茶を持ってきなさい、3人分。最高級茶葉を使いなさい」
アプリコットはそう指示を出し、じきに3人分の茶が運ばれてきた。仕事が早いね。
「ならば、話を始めましょう。先ほどの情報への対価でしたね。こちらの要求は、貴女の持つ知識と技術の提供。ただし、私達でも扱える程度の物を。いかがですか?」
「なるほど、それがそちらの要求か。……良いだろう、その要求飲もう。どんなのが良い?」
情報の対価として向こうが要求してきたのは、私の持つ知識と技術。しかも、自分達でも扱える程度の奴と指定してきた。なかなかやるね。バカは身の程をわきまえずに、手に負えない知識や技術に手を出しては破滅するからね。
「そうですね、新型の高性能エンジン、そして各種、貴重な薬草の量産に関するノウハウ。こんな所でどうでしょう?」
「欲が無いね。何なら、この国をひっくり返すぐらいの兵器を要求したって良いんだよ?」
向こうの要求は新型エンジンと、貴重な薬草の量産に関するノウハウ。まぁ、私からすれば、安い物だ。しかし、あまりにも安い。だから、私は兵器はいらないのかと煽ってみた。しかし。
「過ぎた力は身を滅ぼしますからね。貴女もお気付きではありませんか? 私が『巨人』の情報を持つにも関わらず、手を出さない事に」
あっさり言い切りやがったよ、この女。なかなか出来る事じゃない。人ってのは、欲深い生き物だからね。
「つくづく食えない奴だね。分かった、それで商談成立だ。ただし、支払いは事が済んでからだ。良いね?」
「ありがとうございます。では、すぐに央州に向かう手配をしましょう。それと、心ばかりながら、歓迎の宴の用意が整っております」
まぁ、何とか商談成立。隣でハルカが、安堵のため息を付いていたよ。この子には藩主との対談は私に任せて、黙っている様に言っておいたからね。で、出発までの待ち時間に宴の場を用意してくれたらしい。
「ふん、まぁ良いだろう。美味い飯と酒を用意してるんだろうね? 不味かったら、許さないよ」
「その辺りは抜かりは有りません。南州名物の料理と酒をお楽しみください」
不味い料理や酒を出したら許さないと釘を刺したが、向こうもバカじゃない。私を怒らせたらどうなるか分かっているだろうし、期待は出来るだろう。東方の飯と酒、楽しみだね。
「ふん、まぁ悪くないね。あまり盛大にやられても困るし」
「そうですね、ナナさん。とりあえず頂きましょうか」
案内された先では、宴と言うより、ちょっとした立食式パーティー風の場が用意されていた。量もそんなに多くないが、私達二人だけなら、こんなもんだろう。じゃ、頂くとするかね。まずは、ローストビーフっぽい肉を取り、ハルカにも取り分けてやる。そして一口。うん、美味い。良い肉だよこりゃ。続いて、酒を煽る。結構、キツい酒だね。ガツンと来る。だが、それが良い。肉と酒、この組み合わせがたまらないね!
「南州名物の、馬肉と白芋酒。お気に召されましたか?」
私が肉と酒を堪能している所へ話しかけてきた、アプリコット。見ればこいつも酒の入った杯を手にしている。……南方の『連合』で良く見かけるガラス細工の高級な杯をね。
「あんた、その外見といい、その杯といい、明らかに『連合』の、南方の血を引いているね」
ちょうど良い機会と思い、初対面の時点から、ずっと気になっていた事を聞いてみた。
「その通りです。私の母が『連合』の『五大商』の出身でして。要は政略結婚ですよ。『連合』と大桃藩、お互いの利益の為の」
ふん、ただ者ではないと思ってはいたけど『五大商』の出か。まぁ、藩主の家に嫁ぐぐらいだ。それ相応の家柄は必要か。肉を食べては酒を煽りつつ、お互いに話す。
「なるほどね。『連合』としては『蒼辰』への窓口を作りたい。大桃藩はより利益を上げる為に『連合』と組みたい。そんな所か」
「その通りです。事実、この婚姻の結果、双方共に、より利益が上がりましたし」
「東方と南方、お互いの特産品の交易か。そりゃ、儲かる」
東方と南方。遠く離れた地だけに、お互いの特産品は珍しく、それだけ高価で取引される。南方なら、自慢のガラス細工や、香辛料。東方からは、陶器や、織物。人は無い物を欲しがるからね。特に金持ち。あいつら、とにかく他人と差を付けたがるから。さて、もう1つ聞くとするか。むしろ、こっちが本命。
「なるほどね、あんたの素性は分かった。で、あんたの本命は何だい? 単に私から知識や技術の提供を受けるだけじゃないだろう? 何せあんたは『連合』の。あの『商人共』の血を引くんだ。その程度で満足するはずが無い。あいつらは、ひたすら強欲。利益を得ても、もっと儲かるはずだ。財産を築いても、更に金が欲しいと考える奴らだ。ぶっちゃけ、あんたは『王国』と直接取引がしたいんだろう? その為の窓口として私を利用したい。私を通じて、スイーツブルグ侯爵家、引いては王国上層部に働きかけ、『大桃藩』と『王国』間の交易をしたい。そして何より、『私とのコネを作りたい』。違うかい?」
私の指摘に、苦笑を浮かべるアプリコット。杯を煽り、一息付いてから答える。
「さすがは伝説の三大魔女が一角。見事な慧眼怖れ入りました。その通りです。私共はアルトバイン王国との交易を望んでいます。現在はスイーツブルグ侯爵家を通じて取引をしていますが、やはり限度が有ります。本格的な交易の為には、どうしても王国上層部とのより強い繋がりが必要。ですが、簡単にはいきません。そこで貴女です。伝説の魔女たる貴女の影響力は絶大。何とぞお願い出来ませんでしょうか? そして何より、貴女との繋がりを持つ事。この事は強力な武器となりますからね。もちろん、ただとは申しません。お土産はたっぷり用意させて頂きます」
アルトバイン王国との直接交易の為、私に協力をして欲しい。それが、大桃藩藩主アプリコット・素桃の目的。こいつが要求した新型の高性能エンジンも、結局はその為か。何事もスピードが大事だからね。より早く、より多くの品を扱い、より多くの利益を上げたいと。そして何より、私とのコネを作りたい。こいつ、根っからの商人だ。あのあこぎな『連合』の血を確かに引いているね。とりあえず、私はお土産とやらについて、確認を取る。
「ふん、随分とめんどくさい事を頼むじゃないか。あいにく、私は魔女であって、政治家じゃない。そんな私に頼むんだ、お土産とやらは、はずんでくれるんだろうね? 言っとくけど、ハルカの分も出すんだよ? ふざけた真似をしたら、殺すからね?」
私は鼻が効いてね。さっきから料理や酒の匂いに紛れてはいるものの、若い女。それも複数の匂いを感じていた。既に隠し部屋に待機させているんだろう。私が百合だと知っているみたいだね。この分なら、私とハルカの関係も把握済みか。しかし、気に入らないね。昔の私ならともかく、今の私はハルカだけを愛している。そんな手は通じないよ。だから、きっちり言っておく。幸い、向こうもすぐに察する。
「……分かりました、ハルカ殿の分も用意させて頂きます。食事が終わり次第、用意させますので、少々お待ちください。では、私は準備が有りますので、この辺で失礼させて頂きます」
ある程度の殺気を込めて言ってやったからね。アプリコットは顔を真っ青にしながらも、何とか平静を装い、いそいそと出ていった。ふん、ナメるんじゃないよ! 確かに私は若く美しい女を犯すのが、大好きだけどね。それはもう、昔の話。今の私にはハルカがいる。
かつて、無数の美しい女を洗脳し、私の意のままに動く操り人形に変えて欲望のままに犯し、使い潰してきたけど、ちっとも満たされなかった。確かに犯すのは気持ち良いけど、じきに飽きた。虚しさだけが募っていった。つまらないんだよ、操り人形と化した女達を相手にしても。結局、自作自演の茶番でしかないからね。
だから、私はハルカが大好きだ。伝説の魔女たる私に臆する事なく、意見をしてくるハルカが。私の過去と罪を知りながらも私を慕い、そばにいてくれるハルカが。まぁ、照れ臭いから本人には言わないけどさ。とりあえず、今は酒、酒。杯に新しい酒を注ぎ、一気に煽る。
「ナナさん、飲み過ぎですよ!」
ハルカに注意されたし、この辺で止めとくか。しかし、美味い酒だね。土産に要求しておこう。
さて、歓迎の宴も終わり、私達は央州へ向かう事に。この国、めんどくさい事に藩から出る事にやたら厳しい。ハルカが言うには、元いた世界の江戸時代に良く似ているとか。だが、その辺は大桃藩の力でクリア。後、安国のハゲの行方についても聞かされた。はっきりした居場所は分からないが、追っ手から逃げながら、こっちに向かっているらしい。すれ違いにならない様に気を付けないとね。そして、いよいよ出発だ。その前に、私達は土産を受け取る事に。
「これは私共からの心尽くしの品です。つまらない物ですが、どうかお納めください」
そう言ってアプリコットが出してきたのは、デカい壺と、白い芋。
「ナナ殿には、こちら。南州名物、白芋酒。中でも20年以上熟成させた極上の古酒です。本来は藩主の素桃家へと献上される品です」
「へぇ、そりゃ良いね。一杯もらえるかい?」
ここの名物、白芋酒とやらは良い酒だったからね。土産として要求したんだけど、ちゃんと用意してきたね。すぐに酒を入れた杯を渡されたので、一杯頂く。……美味い。宴で飲んだのも十分美味いが、こいつは更に美味い。
「美味いね。ありがたく頂くよ」
私が満足した事に安堵したらしいアプリコットは、続いてハルカへの土産の説明を始める。
「ハルカ殿へは、こちら。南州名物、白芋です。中でも特に甘くて美味な最高級品種、『白珠』です。その美味しさを知るにはシンプルに焼き芋が一番です。こちらに用意してありますので、どうぞお召し上がりください。馬の乳と合わせて食べると絶品です」
わざわざ焼き芋と杯が用意され、なみなみと馬の乳が注がれる。で、ハルカに渡される。
「美味しそうですね、頂きます」
ハルカは熱々の焼き芋を2つに割り、片方をかじる。可愛い食べ方だね。
「何ですかこれ?! 凄く濃厚なクリームみたいです!」
何やらえらく驚いているハルカ。続いて、馬の乳を飲む。
「このミルクはさっぱりしていて、飲みやすいですね。濃厚な焼き芋と相性抜群です」
よほど気に入ったのか、焼き芋と馬の乳を交互に口にするハルカ。すると私にも半分に割った焼き芋の片方を差し出してきた。
「ナナさんもどうぞ。美味しいですよ」
笑顔でそう言われては、私も断れないね。差し出された焼き芋を受け取り、一口。……何だこりゃ?! 確かに濃厚なクリームみたいだね。実に美味い。そんな私達を見て、アプリコットの奴も、得意げだ。
「お気に召した様で何より。馬と白芋は南州が誇る、名物。実は、お願いが有りまして。安国殿を無事、救出した暁には、ぜひとも、この『白珠』の事を伝えて頂きたいのです。『白珠』は我々、大桃藩が苦心の末に完成させた品種。大々的に売り出したいのですが、新しい品種故に未だに知名度が低いのです。そこで、高名な菓子職人たる、安国殿にこの『白珠』を使って頂きたいのです」
とことん、がめつい奴だね。安国のハゲを出汁に、新品種の芋の宣伝をしようってか。確かにあのハゲの影響力を考えれば、良い手だね。
「そうですね、僕からも安国さんに勧めてみます。とても美味しい芋ですからね」
ハルカも乗り気だし、私としても断る理由は無い。だが、言っておく事が有る。
「まぁ、その辺に関しては引き受けてやるよ。ただ、酒が足りないね。後、壺4つ寄越しな! 他の奴らへの土産にするからね」
とりあえず、スイーツブルグ侯爵家と、クローネ、ファム、安国のハゲの分を頂くとしよう。文句は言わせないよ。向こうは良い顔をしなかったが、それでも四つ、壺を運んできた。更には、大桃藩の名産品を大量に。そして、それら大量の土産を亜空間収納でしまい込む。
「それじゃ、世話になったね!」
「今回はどうもありがとうございました」
私達は大桃藩の連中に別れを告げ、北の央州へと向かう。船と橋、トンネルの3つのルートが有るそうだ。
「ハルカ、どのルートで行く?」
「そうですね、どうしましょう? 安国さん達と早く合流したいのは、山々なんですけど……。かといって、すれ違いも困りますし」
それなんだよね、問題は。あいにく、私は安国のハゲの気配を覚えていないんだよ。ハルカじゃ、探知の範囲が私より狭いし。
「まぁ、仕方ないさ。大桃藩の奴らも逐次、情報をくれるそうだし、探知の網を張り巡らせながら行くしかないさ」
「そうですね。とりあえず、央州へと向かいましょう。恐らくですが、まだ安国さん達は央州にいると思います。追われている以上、簡単には南州には渡れないと思いますから」
「ふむ、一理有るね。とにかく、央州へと行くか」
ごちゃごちゃ考えていても仕方ない。とりあえず央州へと向かう事に。行き方は橋を渡る事で決定。ハルカは船酔いするらしくてね。私特製の戦闘用ワゴン車を取り出し、乗り込む。
「ナナさん、こんな車持っていたんですね」
「まぁね。ほら、さっさと乗りな。今回は色々とヤバそうだからね」
私は古くさい魔女とは違う。科学の力も使うのさ。ハルカが助手席に座ったのを確認し、エンジンを入れる。久しぶりに使うが、ちゃんと動いたよ。
「それじゃ、行くよ。安国のハゲ達と早いとこ合流しないとね」
ギアを入れ、アクセルを踏み込む。軽快に走り出す、私の車。目指すは央州。安国のハゲ達との合流。引いては、今回の事件を起こした奴らを潰す事。ただし、秘密裏にね。
しかし、何だろうね、この気分は?
東へと出発した辺りからずっと感じる、何とも嫌な気分は。ハルカはそうでもないみたいだが、私はずっと感じている。まるで、見えない何かに付きまとわれている様な、呼ばれている様な、嫌な気分。ハルカを不安がらせるといけないから黙っているけど。
「……何か嫌な予感がするね」
「どうかしたんですか? ナナさん」
「いや、何でもないよ」
気になったのか、聞いてくるハルカに何でもないと答える。だが、私の嫌な予感は皮肉にも的中する事となる。安国のハゲ達を狙う奴ら、及び、奴らが手に入れようとしている『巨人』の力さえ、遥かに凌ぐ恐るべき脅威が迫ってきていたんだ。だが、その事をこの時点の私達には、知るよしも無かった。
『異能の使い手にとって、最も恐ろしい天敵』
真の神が一柱。序列二位、魔道神クロユリが、迫ってきている事を。
僕と魔女さん、第103話をお届けします。
スイーツブルグ侯爵家の自家用機に乗り、ついに東の国、『蒼辰』へとやってきたナナさん、ハルカ師弟。後、バコ様。大桃藩藩主、アプリコット・素桃直々のお出迎えを受ける事に。
南方の『連合』の血を引くアプリコット・素桃は、とても商魂たくましい女性。ナナさん相手に交渉を持ちかけ、見事成立。大した人です。
そして、大量のお土産を頂き、央州を目指す事に。しかし、ナナさんは嫌な予感に付きまとわれていました。『蒼辰』の伝説の『巨人』。それを遥かに凌ぐ脅威、『魔道神クロユリ』が迫ってきていたのです。
では、また次回。