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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第102話 ハルカの東方騒動記 ハルカ達、東へ

 良い小豆を求めて、東の島国。『蒼辰(そうしん)』へと向かった安国さん。しかし、出発から10日後、そこで大変な事件に巻き込まれてしまったとSOSが届いた。それは国を治める将軍の暗殺に端を発する事件。今は、将軍の一人娘にして、跡継ぎであるお姫様と共に、追っ手から逃げているとの事。


 すぐに助けに行こうとしたものの、ナナさんから待ったが掛かる。今回の事件の舞台は遠い東の異国。しかも、とにかく閉鎖的な国。更には、その国のお姫様まで関わるときた。下手をすれば、国際問題になりかねないと。


 でも、そこはさすがのナナさん。政治的な事はその筋の奴を頼れという事で、スイーツブルグ侯爵家へ。







 そして、急いでやってきたスイーツブルグ侯爵家。僕は門番の人に話を通す。幸い、向こうも僕やナナさんの事はよく知っている。


「突然の訪問すみません、ハルカ・アマノガワです。侯爵夫人はご在宅でしょうか? もし、ご在宅なら大至急、お目通りを願います。緊急事態なんです。どうしてもスイーツブルグ侯爵家のお力添えが必要なんです」


 本来なら、王国屈指の名門貴族、スイーツブルグ侯爵家の当主である侯爵夫人にはそう簡単には、会わせてもらえない。しかし、そこはこれまでに築き上げた信頼関係が有る。幸い、侯爵夫人は在宅中。僕達はすぐに中へと案内された。






 場所は応接間。既に侯爵夫人が席に着いていて、僕達を待っていた。さすがは侯爵夫人、行動が早い。そして、さっそく話を切り出してきた。


「一体、どうなさったのですか? 緊急事態と聞きましたが。貴女方がそこまで言うほどです。ただ事ではないでしょうが。とりあえず、話してください」


 まずは、何が有ったのか聞いてきた。本当に無駄が無い人だ。そして僕も事情を話し、一通りの話を終えた所で、侯爵夫人にお願いする。


「侯爵夫人、僕達が『蒼辰(そうしん)』に向かうに当たってのバックアップとフォローをお願い出来ませんか? ご迷惑なのは重々承知の上です。だからといって、安国さんを見捨てる訳にはいきません。それに、安国さん達を狙う奴らは何か、ろくでもない事を企んでいるみたいなんです。放ってはおけません」


 相手は名門貴族、スイーツブルグ侯爵家の当主。権謀術数渦巻く、貴族社会を生き抜いてきた人だ。下手な小細工など通用しない。だから、誠心誠意をもって話す。


「……ハルカさん。貴女も分かっているでしょうが、『蒼辰(そうしん)』はとにかく閉鎖的な国。外部からの干渉を嫌います。しかも、小国ながら、貴重な鉱石を始め資源に恵まれ、更には独自の技術に基づく、強力な軍事力も持ちます。王国とは現状、特に対立してはいませんが、かといって、友好関係でもありません。実に微妙な関係に有ります。今回の一件、将軍暗殺に端を発する以上、下手をすれば取り返しのつかない事になります。故に、いかに当家といえど、そう簡単には動けないのです」


 あくまでも冷静に、事実を語る侯爵夫人。やはり、さすがのスイーツブルグ侯爵家の権力を持ってしても、そう簡単にはいかないらしい。ナナさんにも言われたけど、下手をすれば内政干渉と言われて、国際問題になりかねないし。


 安国さんを見捨てたくない。だからといって、私情だけで動く訳にもいかない。やっぱり、現実は甘くない。アニメやラノベみたいなご都合主義は無い。悔しくて、やるせない。


 でも、そこへ差しのべられる救いの手。


「ハルカさん、諦めるには早いですよ。少々、邪道ですが手は有ります。我がスイーツブルグ侯爵家の力を見くびらない事です」


 優しく僕を見つめ、手は有ると語る侯爵夫人。


「それはどういう方法なんですか、侯爵夫人!」


 思わず食い気味になる僕をナナさんがたしなめる。


「落ち着きな、ハルカ。そんなんじゃ、話が出来ないだろ? 悪いね、侯爵夫人。ウチのバカ弟子が騒いで。とりあえず、話を聞かせてくれるかい?」


 ナナさんにたしなめられて、僕も軽率だったと反省。気を取り直し、改めて侯爵夫人から話を聞かせてもらう。


「分かりました。まずは少々見て頂きたい物が有ります。エスプレッソ、世界地図を」


「は、ここに」


 それまでずっと、侯爵夫人の後ろに控えていた執事のエスプレッソさんが、亜空間から世界地図を取り出し、机の上に広げる。そして、侯爵夫人による説明が始まった。







「まずはここを見てください。これが『蒼辰(そうしん)』です。見ての通り、北、中央、南の、3つの大きな島からなる国です。安国さんがいるのは、中央の島。『央州』です。ここは、首都の『花都』が有り、国を治める将軍の住まう、『花都城』もここに有ります。この地図で言えば、この辺りです」


 広げた地図を指差しながら、説明をしてくれる侯爵夫人。それを僕達もしっかりと聞く。大事な事だからね。


「当然、この『央州』は幕府の力が強く、将軍の住まう城や首都も有る事から、特に排他的であり、入国には時間が掛かります」


「ふん! ケチ臭い国だね!」


 侯爵夫人の説明に、不愉快さを隠しもせず吐き捨てるナナさん。説明中なんですから、黙って聞いてくれませんか? 後、侯爵夫人に対して失礼です。ともあれ、説明は続く。


「ですが、付け入る隙が無いではありません。『蒼辰(そうしん)』は、幕府を頂点に全国各地の『藩』が治めています。当然、幕府の中枢から遠い『藩』なら、幕府の影響力も薄くなり、入国に関しても、『央州』程、うるさくありません。そして、私達、スイーツブルグ侯爵家と取引関係の有る『藩』が有ります。ここです」


 侯爵夫人はそう言うと、地図のある1ヶ所を指差す。


「『蒼辰(そうしん)』の3つの島の内、南の『南州』。その北部の『大桃(おおもも)藩』。そこを治める『素桃(すもも)家』は当家とかねてよりの付き合いであり、当家を含めた海外との取引で大きな利益を上げています。そのおかげもあり、異国の人間に対しても、かなり寛容。『蒼辰(そうしん)』へと入国するなら、ここからが突破口となるでしょう。いえ、ここしか有りません」


 断言する侯爵夫人。それを聞いて、僕達も即断即決。


「分かりました。それでお願いします。しかし、大丈夫ですか? 不法入国ではないにしても、こうして、干渉する訳ですから、最悪、そちらにご迷惑が掛かるどころじゃ済まないんじゃ……」


 でも、同時に不安も有る。元が閉鎖的で排他的な国。そんな国に干渉したとあれば、問題になるかもしれない。僕が不安要素を上げると、侯爵夫人は答えてくれた。


「確かにそうですね。私達、スイーツブルグ侯爵家の名を出されるのは困ります。あくまでも、向かう口実は『観光目的』という形ですから」


 その言葉を聞いて、侯爵夫人が言いたい事を僕は察する。ナナさんも察して、侯爵夫人に答える。


「要はあんた達は一切『無関係』。私達は『観光客』。『一切の証拠を残さず、秘密裏に全てを片付けろ』って事だろ?」


「えぇ、その通りです。そうでなくては困ります。申し訳ないのですが、これが私達、スイーツブルグ侯爵家に出来る精一杯なのです」


 本当に申し訳なさそうな侯爵夫人。


「とんでもない! ご迷惑を掛けているのはこちらですし、入国の手引きまでしていただいて、文句を言う筋合いは有りません。スイーツブルグ侯爵家に迷惑が掛からない様に気を付けます。わざわざ無理を聞いて頂き、ありがとうございます」


 それに対し、僕は謝罪と深い感謝をする。政治的なツテを持たない僕やナナさんではこうはいかなかった。最悪、ナナさんの力で強引に解決する事になっていたかもしれない。もし、そうなれば最悪、戦争勃発だ。正にスイーツブルグ侯爵家、様々。







「そうと決まれば、急ぎましょう。入国に関する各種手配をしなくてはなりません。ナナさん、ハルカさん、まずは顔写真を撮らなくてはなりませんので、エスプレッソに付いていってください。それが済み次第、出発の準備を整えます。必要な物が有れば言ってください。用意しますので」


蒼辰(そうしん)』への出発が決まり、一気に慌ただしくなってきた。事態は一刻を争う。侯爵夫人は、テキパキと指示を出す。僕達としても、早く安国さんとお姫様を助けないといけない。でも、そこに割り込む変な声。


「バッコッコ、バッコッコ、バッコッコのコ♪ アッホッホ、アッホッホ、アッホッホのホ♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪ へーへーブーブー、へーブーブー♪」


「…………大事な話をしていたので黙っていましたが、その三毛猫は何ですか?」


 空気を読まず、いや読めずに変な歌と踊りを続けているバコ様。ちなみに僕達が話をしている間、ずっと歌って踊っていた。侯爵夫人はあえて、見て見ぬふりをしてくれていたけど。


「ごめん。ハルカが拾ってきてね。すっかり頭がボケた年寄り猫なんだ。目を離すと何をやらかすか分からないから、仕方なく連れてきた」


 僕に代わり、ナナさんが説明。実際、バコ様は目を離せないから。その辺を徘徊するし、トイレも自分だけで出来ない。初日にリビングでおしっこを漏らして、ナナさん、大激怒だったし。その後、ナナさんに頼んで、猫用のオムツを作ってもらい、履かせている。ちなみに交換するのは僕の役目。


「それは困りましたね。『蒼辰(そうしん)』へと向かう以上、連れていく訳にもいかないでしょう。ならば、当家で預かりましょうか?」


 侯爵夫人の目から見ても、やっぱりバコ様は足手まとい。観光ならともかく、安国さんとお姫様の救出が掛かっている以上、不安要素を減らすのは当然。侯爵夫人は、僕達の留守中、バコ様を預かる事を申し出てくれた。しかし、当のバコ様はというと。


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 まるで、自分も連れていけとばかりに、僕の周りを回りながら踊る。


「一緒に行きたいの? バコ様?」


「へーへーブーブー、へーブーブー!」


 僕の問いかけに、相変わらずの意味不明な歌? で返すバコ様。実際の所、何を言っているのか全く分からないけど、少なくとも、置き去りは嫌みたいだ。それに後、もう1つ。


「すみません、侯爵夫人。その申し出はとてもありがたいのですが、バコ様は他の人にはなつかないんです。すぐに逃げ出してしまうんです」


 これもバコ様の困った所。バコ様を拾った翌日、近所の子供達が遊びに来て、バコ様を見付けて触ろうとしたところ、パニックを起こし、へーへーブーブー鳴いて踊りながら逃げ回り、大騒ぎに。とてもじゃないけど、よそ様には預けられない。


「それは厄介な猫ですね」


 侯爵夫人も予想外だったらしく、難しい顔をする。


「せっかくのご厚意を無碍にしてしまい、本当にすみません。その代わりと言ってはなんですが、僕の留守中、安国さんのお店の掃除をお願いします。元々は僕が安国さんから、留守中の掃除を頼まれたんですが、この事態ですから」


 バコ様を預かってもらうのは無理。代わりに、僕の代役として、安国さんのお店の掃除をお願いする。


「分かりました。当家のメイド達を行かせましょう。だから、安心して、行ってきてください」


 僕のお願いを侯爵夫人は快く了承。


「ありがとうございます。これがお店の鍵です。留守中はお願いします」


 僕は侯爵夫人に鍵を渡し、すぐに出発の準備に掛かる。


「話は済んだかい? だったら行くよ!」


 話が済むまで待っていてくれたナナさん。そうだね、早く行かなきゃ。


「では、ナナ殿、ハルカ嬢、付いてきてください。顔写真の撮影を始め、各種手続きを行います。平行して、出発の為の飛行機の手配も行います。さ、急いでください」


 控えていたエスプレッソさんに案内され、部屋を出る。まずは、顔写真の撮影だそうだ。その後も色々手続きが有るそうだけど、スイーツブルグ侯爵家の権力で、出来るだけ早めに済ませてくれるらしい。安国さん達、無事だと良いけど……。






 それから1時間後、僕とナナさん、バコ様は、エスプレッソさんの運転する車に乗り、郊外へと向かっていた。そこに、スイーツブルグ侯爵家所有の、飛行場と自家用機が有るそうだ。王国でも五指に入る大貴族だけに、国内外を飛び回る為に必要なんだって。そうこうしている内に到着。僕達は車を降りる。


「ナナ殿、ハルカ嬢、改めて申し上げますが、今回の件はあくまでも『観光目的』。くれぐれもスイーツブルグ侯爵家の名は出さない様にお願いします。下手をすれば、当家がこれまで積み上げてきた信用が全て失われてしまいますので。更には国際問題に発展しかねないので」


 出発を前に、エスプレッソさんから念押しをされる。実際、危ない橋渡りだ。何せ、国を治める将軍を暗殺し、お姫様の事まで狙う奴らが相手。そんな危険な事をやるんだ、半端な奴らじゃない。何か大きな裏が有る。


「ふん、そんなヘマはしないさ。ま、私達の帰りを待っている事だね」


「僕も気を付けます。代わりと言ってはなんですが、ミルフィーユさんによろしくお伝えください。帰ってきたら、一緒に安国さんのお店にケーキを食べに行きましょうって」


 忠告をするエスプレッソさんに、ナナさんはいつもの減らず口を叩き、僕はミルフィーユさんへの伝言を頼む。ミルフィーユさん、今日は用事で留守だったから。ただ、仮にいたとしても、今回の件には関われない。あくまでも今回の件にスイーツブルグ侯爵家は『無関係』でなくてはならない。よって、ミルフィーユさんは来れないんだ。もし、その場にいたら、さぞ悔しがっただろうと思う。だから、エスプレッソさんに伝言を頼んだ。必ず帰ってくる為にも。


「全く、ナナ殿はブレませんな。そして、ハルカ嬢。伝言、確かに承りました。必ずミルフィーユお嬢様に伝えます。では、そろそろ搭乗なさってください。こちらです」


 ともあれ、僕達はエスプレッソさんに案内され、いよいよ飛行機に乗る事に。しかし、どういうルートで行くのかな? 東への直通ルートは東の『帝国』が邪魔するからダメ。となれば、北回りか南回りだけど。そこへエスプレッソさんからの説明。


「今回のルートですが、北回りルートで行きます。多少でも距離を縮めたいですからな。ちなみにこの機は無人機です。既にルートは入力済みですので、操縦の必要は有りません。ただし、スピードを優先しましたので、乗り心地までは責任を持てません。悪しからずご了承ください」


 なるほど、北回りルートか。確かにその方が距離は短く済むね。この世界も地球同様、丸い。だから、北回りの方が距離が短いんだ。ただ、今回はスピード優先で、乗り心地の保証は無いらしい。乗り物酔いしないかな? 後、よく北回りルートを取れたな。北は『教国』の支配下なのに。そこはナナさんも同感だったらしい。


「へぇ、北回りルートとはね。さすがはスイーツブルグ侯爵家。『教国』に対するコネも持っているとはね」


「昔に作ったツテです。苦労はしましたが、それだけの価値は有りましたな。今回の件の様に」


 ナナさんの問いかけに、いつもの澄まし顔で答えるエスプレッソさん。……どうやってツテを作ったのかは聞かない方が良さそうだな。そして、いよいよ飛行機に乗り込む。座席に着いて、シートベルトを締める。バコ様はスイーツブルグ侯爵家から借りた、猫用ケージの中。好物のカニかまを食べたら、さっさと寝てしまった。今はブーブーいびきをかいている。


「ナナ殿、ハルカ嬢、ご武運を」


「ふん、まぁ、さっさと片付けてくるさ」


「ありがとうございます。侯爵夫人によろしくお伝えください。それじゃ、行ってきます」


 エスプレッソさんに別れを告げると、扉が閉まる。しばらくすると、軽い振動。窓越しの景色が流れ始める。……出発だ。どんどん景色は流れていき、ついには、空へと飛び立つ。まだ見ぬ、東の異国『蒼辰(そうしん)』。果たして、何が待っているんだろう? そして、安国さんとお姫様は無事なのか?


「ハルカ、逸る気持ちは分かるが落ち着きな。あんたは出来る事をやれ。大丈夫、安国のハゲはそう簡単には死なないさ」


 緊張と焦りを感じる僕にナナさんのアドバイス。さすがはナナさん、やっぱりかなわないな。でも、おかげさまで、気分がほぐれた。そうだね、安国さんは簡単に死ぬ様な人じゃない。


「ありがとうございます、ナナさん」


「ふん、焦りや緊張で、あんたにヘマをされたらたまらないからね」


 お礼を言うけど、ナナさんはひねくれた返事をする。まぁ、それがナナさんだからね。


「ハルカ、エスプレッソから聞いた話じゃ、半日と掛からず向こうに着くそうだ。今のうちに寝ておきな。向こうに着いたら寝られるとは限らないからね」


「そうですね、それじゃ、一眠りします。おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ。向こうに着いたら起こしてやるよ」


 今のうちに寝ておけとナナさん。確かに向こうに着いたら、のんびり寝ていられるか分からない。ナナさんは寝なくても平気だけど、僕はそうもいかないからね。バコ様も寝ているし、おやすみなさい……。








 安国side


「意外にバレねぇもんだな」


「安国殿、あまりキョロキョロしない。あくまでも自然体じゃ」


「すまねぇ」


 相変わらずの逃避行中の、俺と姫さん。そんな俺達は今、街道を南に向かっていた。姫さんが言うには、敵は幕府の上層部にいる。だから、幕府のお膝元から離れないといけないと。目指すは南の『南州』。ここなら幕府の力もあまり強くない上、うまくやれば、幕府の上層部に不満を持つ奴らを味方に出来るかもしれないと。……分の悪い賭けだがな。


 ちなみに俺達は今は変装している。特に俺は、殺人と誘拐の2つの罪状を食らい、指名手配中だからな。俺はヅラを被り、2人して大道芸人のふりをしている。どうにもしまらねぇ格好だが、この際、文句は無しだ。さて、いい加減、歩き疲れたな。そろそろ休憩するか。ましてや、姫さんは子供だしな。


「姫さん、そろそろ休憩するぞ。腹も減ったし飯だ飯」


「うむ、そうじゃのう。では、あの辺りにしよう」


 姫さんも疲れていた上に腹も減っていたらしい。俺の提案に乗る。念のため、周囲を警戒した上で、手頃な場所で休憩に入る。荷物から取り出したのは、時代劇で見る様な、竹の皮の包み。中からは、これまた定番の握り飯。中身は梅干しみたいな奴だ。それにお茶も出す。姫さんも同じく、竹の皮の包みを開き、握り飯にかぶり付く。


「美味いのう。こうして外で食べる握り飯がこんなに美味いとは、妾は知らなかった。……こんな状況で無ければ、更に美味かっただろうがな」


 口では美味いと言っているが、とてもそうは見えなかった。無理もねぇ、母親は既に亡く、父親である将軍は暗殺されたんだからな。しかも、その現場を見てしまったらしい。子供には、あまりに酷な話だぜ。そんな中、姫さんが話を切り出した。


「安国殿、そなたに聞いて欲しい事が有る。大事な話じゃ、心して聞いて欲しい」


 何だか知らねぇが、えらく重要な話らしい。俺も覚悟を決める。


「分かった、話してくれ」


「うむ。今から話すのは、遠い昔話。どこまで本当かは分からないがのう」


 そう前置きした上で、姫さんは話を始めた。それは、将軍家が天下統一を果たすよりも昔。はるか昔の言い伝え。







「はるかな昔、初代『(みかど)』が、数々の敵を討ち倒し、朝廷を開き、天下を治めたという。その初代『(みかど)』の覇業。それを助けたのが、『巨人』であったと伝えられる。その力は凄まじく、腕を振るえば、突風が巻き起こり敵を吹き飛ばし、地を踏めば地震と地割れが起き、敵を壊滅させ、口からは業火を吐き、全てを焼き尽くしたという。そして、初代『(みかど)』は天下統一を果たした後、『巨人』の力を3つに分け、封印したと言われておる」


 何か、のっけから、とんでもない怪物の話が出てきたな。だが、そんな怪物を味方にしていたなら、確かに天下統一も不可能じゃねぇ。誰だって、そんな怪物は怖いし、死にたくねぇだろうからな。


「だが、その朝廷も、ある時『(みかど)』とその一族、そして都ごと、一夜にして滅びた。正確には都ごと『跡形もなく、消し飛んだ』。まるでかつての『巨人』の仕業の様に。


 ……おいおい、それ、ヤバいぞ。まさか誰かが『巨人』の力を封じた何かを持ち出したんじゃねぇか? 俺が危惧する中、姫さんは続ける。


「その後、群雄割拠の乱世に突入。この国は血で血を洗う地獄と化した」


「あぁ、その辺は知ってる。それが約100年続いた後、今の将軍家が天下統一を果たし、幕府を開いたんだよな」


「いかにも。そして、ここからが本題じゃ。安国殿、妾の先祖たる、初代将軍はいかにして、天下統一を果たしたと思う? 元はと言えば、一地方の弱小大名に過ぎなかったにも関わらずじゃ」


 姫さんのその言葉に、俺は嫌な予感がした。


「おい、まさか初代将軍は、かつて都が滅びた際と同じ様な事をやらかしたのか?」


「正解じゃ。初代は3つに分かたれた『巨人』の力の1つを手に入れたそうじゃ。そしてそれは、代々、将軍に受け継がれてきた」


 これで、少なくとも敵の狙いの1つは分かった。奴ら、『巨人』の力を求めてやがる。だが、なぜ姫さんまで狙う? 将軍暗殺を目撃したから口封じか? その疑問に姫さんが答える。


「なぜ、奴らが妾を狙うか? それは、将軍家に伝わる『巨人』に関する、もう1つの秘密を妾が知っておるからじゃ。その秘密は、代々、将軍から、その跡継ぎへと伝えられてきた。奴らは父上を殺害した以上、妾しか当てが無いからの」


 ……事態は俺が考えていた以上にヤバかった。こりゃ、まずい。とてもじゃねぇが、俺の手には負えねぇ。かといって、今更、逃げ出す訳にもいかねぇ。下手すりゃ、世界が終わる。


「全く、ヘビー過ぎるだろ、この状況」


 思わず、天を仰いで嘆いたぜ。あぁ、畜生!







 魔道神クロユリside


「留守だったっすね」


「うるさいぞ、ジュリ!」


「カオル、どうやら、ハルカ・アマノガワは東の『蒼辰(そうしん)』という国へ向かった様です」


 全く、この私としたことが、とんだ凡ミスを。久しぶりに降りてきた下界。まずはハルカ・アマノガワと接触しようと思い、屋敷を訪ねたものの、留守。少し前に出かけたらしい。


「仕方ない、私達もその『蒼辰(そうしん)』とやらに向かうぞ」


 いない以上は仕方ない、後を追うとしよう。私達の力を持ってすれば、容易い事だ。


「でも、カオルさん。アタシは以前、報告しましたけど、ハルカ・アマノガワって、殺さなきゃいけないんすか? 良い子ですよ、あの子。もっと他に殺すべき、クズ転生者がいると思うんすよね、アタシは」


 ジュリの奴、嫌な事を聞いてくる。しかし、私にも事情が有る。


「確かにハルカ・アマノガワは善人だろう。そこは私も認める。だが、世界の脅威に成りうる存在なのも、また確か。災いの芽は小さい内に摘み取らねばならない。起きてからでは、遅い」


 ジュリは不満そうだが、全ては世界、ひいては全宇宙の為。お前に非は無いが、悪いが、死んでもらうぞ、ハルカ・アマノガワ。





僕と魔女さん、第102話をお届けします。


安国さんからのSOSを受け、東へと旅立った、ハルカ達。一方の安国さんは、『蒼辰(そうしん)』の過去を美夜姫様から聞く事に。


かつて初代『(みかど)』が。そして初代将軍が天下統一を可能とした、『巨人』の力。それが敵の狙い。


そしてついに下界に降りてきた魔道神クロユリ。


では、また次回。

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