表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と魔女さん  作者: 霧芽井
102/175

第101話 ハルカの東方騒動記 安国さんからのSOS

 安国さんのお店の手伝いをした、その翌日。僕は出発する安国さんを駅まで見送りに来ていた。遠い東の島国への旅。往復含めて、長旅になる。しばらく安国さんのお店のスイーツは食べられないな。


「それじゃ、ちょっくら行ってくる。留守中の店の事は頼んだぜ」


「はい、任せてください。それと、お弁当とお茶です。後、これを。もしもの時の緊急連絡用です。使い方は、このお札にメッセージを吹き込んで、捻ってください。そうすれば、自動的に僕の元にメッセージが届きますから。」


「おう、何から何まですまねえな。弁当もありがたく頂くぜ。じゃ、行くわ。小豆のスイーツ、楽しみにしていてくれよ!」


「はい、楽しみにしています。気を付けて、行ってらっしゃい」


 列車の時間が近付き、駅の改札をくぐってホームへと入る安国さんを、手を振って見送る。無事に帰ってきてくださいね。







「安国さんはもう、目的地に着いたでしょうか?」


「確か、東の何とかいう島国だっけ? まぁ、昔ならともかく、今なら、とっくに着いているだろ。もっとも、小豆がうまく手に入るかどうかは知らないけど。もし、うまくいってなけりゃ、更に長引くだろうね」


 安国さんが出発してから、はや10日。僕は、お昼ご飯を食べながら、ナナさんと話をしていた。話題は安国さんの事。


「僕としては、早く帰ってきてほしいですね。色々なお店のスイーツを食べ比べましたけど、やっぱり安国さんのが一番美味しいですし。それに、他のお客さん達も待っていますからね。僕がお店の掃除に行く度に、営業再開はまだかと聞かれますし」


「へぇ、そりゃ凄いね。あのハゲ、大した人気じゃないか。見た目の怖さを差し引いてなお、それだけの人気が有るとはね」


 ナナさんも安国さんの人気に、素直に称賛する。なかなか他人を褒めない、ハードルの高いナナさんにしては珍しい。それだけ、安国さんの実力が高いという事だ。


「それじゃ、ナナさん。お昼の後片付けを済ませたら、安国さんのお店の掃除に行ってきます」


「分かった。しかし、あんたもマメだね」


「仮にも食料品を扱うお店ですからね。いい加減な事は出来ません。安国さんも、僕を信頼して任せてくれたんですから」


 あのお店は、安国さんが苦労して建てた、念願のお店。そんな大事なお店の留守中を任されたんだ。きちんと仕事をしないと、申し訳ない。そんな訳で、さっさとお昼ご飯を済ませ、更には後片付けを済ませようと思っていたんだけど……。


「ん? これは!」


 僕の足元に現れた、1匹の蛇。それもただの蛇じゃない。『水』で出来た蛇。この蛇は僕が、東に向けて出発する安国さんに渡した、緊急連絡用のお札を使った際に現れる蛇だ。まさか、安国さんに何かが?


 ナナさんも蛇に気付き、話しかけてくる。


「ハルカ! 早くその蛇のメッセージを聞きな!」


「あ、はい!」


 予想外の事態に戸惑ってしまったけど、そこはさすがのナナさん。僕に的確な指示を飛ばす。僕は水の蛇を手に取り、メッセージを再生する。


『嬢ちゃん、聞こえるか? 俺だ、安国だ。まずい事になった。着いた先の島国で、えらい事件に巻き込まれちまった。まず、この国を治める将軍さんが殺された。更にその娘で跡取りの姫さんと知り合ったんだが、今度はその姫さんが命を狙われている。今は一緒に逃げている最中だ。連中、何かろくでもない事を企んでやがるみてぇだ。頼む、助けてくれ。いつまでも逃げきれねぇし、このままじゃ、えらい事になる』


 再生されたメッセージ。それは安国さんからのSOS。これは大変だ! 事は一刻を争う。早く助けに行かないと!


「ナナさん! すぐに行きましょう! 一大事です!」


 僕が焦る中、対するナナさんは冷静だった。


「落ち着きなハルカ。行くのは構わないけど、ちゃんと準備をしな。詳しい事情は知らないが、こりゃデカい事件だよ。半端な真似をしてたら火傷じゃ済まないよ。それに今回は、政治的、国際的な問題が絡んでくる。以前の私なら、元凶共を皆殺しにして片付けたけど、そうもいかないだろう?」


「……そうですね。事はそんなに単純じゃないですよね」


 言われてみれば、その通り。単に安国さんを助けに行くだけでは済まない。メッセージによれば、今、安国さんは、その国のお姫様と一緒に刺客から逃げているらしい。つまり、安国さんを助けに行けば、必然的にお姫様とも関わる。下手をすれば、国際的な問題に発展しかねない。でも、そこで助け船を出してくれるのがナナさん。


「ハルカ、政治的な事はあいにく私達の専門外だ。だったら、その手の事に通じる奴を頼れば良い」


 それを聞いて、ナナさんが何を言わんとしているか察する。


「スイーツブルグ家ですね」


 僕の答えにナナさんもニヤリと笑う。


「そういう事。さすがに事件を解決してくれとは言えないが、私達の行動のバックアップや、フォローは頼めるだろう」


 確かにナナさんの言う通り。今回の事件は今までとは違う。場所は外国。しかも、政治的な事情が絡む、厄介な事件。力ずくで解決とはいかない。そんな事をしたら、後々の禍根となるだろう。故に政治的な方面でバックアップしてくれる相手が必要。


「そうと決まれば、さっさと支度しな」


「はい、ナナさん」


 お昼ご飯の後片付けは水分身に任せて、急いで支度を始める。


「バッコッコのコ! バッコッコのコ!」


 でも、そこで足元から変な声。


「あ、君の事を忘れてた」


「へーへーブーブー、へーブーブー! へーへーブーブー、へーブーブー!」


「……もしかして、怒ってるの?」


 僕の足元で、意味不明な歌? を歌いながら、変な踊りを踊っている、1匹の大きな三毛猫。ただし、単なる三毛猫じゃないのは確か。二本足で立ってるし、変な歌と踊りをひたすら続けている。名前は『バコ様』。


 10日前、安国さんを見送った帰りに、変な歌が聞こえてきたから、何かと思えば二本足で歩く三毛猫が変な踊りを踊りながら、道をふらついていて、びっくり! しかも、見ていると車道の方に向かっていく。危ないから、とりあえず僕が保護したんだ。ちなみにどこかの飼い猫らしく、首輪をしていて、金属製の名札が付いており、そこに『バコ様』と書かれていた。それから10日経つけど、未だに飼い主は来ないので、ウチに居座っている。カニかまと寝る事と歌って踊るのが好きな、変な三毛猫だ。


「ハルカ、そんなボケ猫なんか放っておきな! クソの役にも立ちゃしない!」


「ナナさん、そんな事言っちゃダメですよ! 『バコ様』はお年寄りなんですから」


 保護したその翌日に、念のため、バコ様をファムさんの所へ連れて行き診察してもらった結果、大変なお年寄りと判明。そして、完全に頭がボケてしまっていると。ファムさんが言うには、少なくとも四桁の時は生きている。下手すると、もっと上かもしれないと。


 ナナさんは放っておけと言うけど、そうもいかないよね。餌に水、トイレの事も有る。何よりすっかり頭のボケたお年寄り猫。どうしよう? しばらくは留守にするし、水分身もそう長くは保たないし。ご近所に預かってもらうにしても、頭のボケた猫のお世話は頼みづらい。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 頭を悩ませる僕とは裏腹に、能天気に歌って踊るバコ様。お気楽で良いですね。


「……仕方ない。ナナさん、この際ですから、バコ様も連れて行きましょう。いくらなんでも、頭のボケた猫を他所様に押し付ける訳にはいきませんし」


「……分かった。その代わり、あんたが面倒を見るんだよ。全く、飼い主はさっさと迎えに来やがれってんだよ」


 悩んだ結果、一緒に連れて行く事に。ナナさんも渋々ながら了承してくれた。頼むから、騒がないでね、バコ様。僕はバコ様の頭を撫でながら、そう語りかける。当のバコ様はご機嫌で喉を鳴らす。


「へ〜〜〜。へ〜〜〜」


「いつ聞いても、変な鳴き声だね。普通、猫はニャーとか、ニャーンと鳴くんだよ」


「へ〜〜」


「……まぁ、それも個性だよね」


 バコ様は鳴き声も変。「へ〜」と鳴く。後、ブーブーといびきをかいて寝る。もしかして、変な歌の中に有る、「へーへーブーブー」はこの事を指しているのかな?


「何、ボケ猫の相手をしてるんだい! さっさと支度しな!」


 そこにナナさんの怒声。そうだった。早く支度をしないと! バコ様には悪いけど、僕は急いで自分の部屋に向かい、素早く支度を整え、ダイニングに戻り、バコ様を抱き上げる。後で猫用のケージを買わないといけないな。


「バッコッコのコ♪ バッコッコのコ♪」


 当のバコ様はご機嫌で、歌いながら踊っている。頼むから、じっとしてほしい。落ちるよ? ともあれ、僕とナナさんは戸締まりを済ませ、急いでスイーツブルグ家へと向かった。安国さん、どうか無事でいてください。






 安国side


「やれやれ、小豆を求めて来たはずが、何でこんな事になるんだよ……。クソッ、ついてねぇ……」


 カビ臭いボロい山小屋の中。しかも、雨が降り続けるという、気の滅入るコンボ。そんな中、俺はつい愚痴をこぼす。


「申し訳ない、安国殿。この国の騒動に、無関係なそなたを巻き込んでしまった事、この『美夜』、痛恨の極みじゃ。この騒動が無事、解決した暁には、そなたに相応の褒美を出す事を約束しよう」


 そんな俺に対し、申し訳なさそうに謝るチビッ子。名前は『美夜』。この国を治める将軍の一人娘。本来なら、俺の様な庶民とは接点など出来るはずが無いんだが、何の因果か、今は俺と共に追っ手から逃げている最中だ。


「まぁ、今さらガタガタ言っても仕方ねぇ。それに頼りになる連中にメッセージを送った。必ず、助けに来てくれる。お前、お姫様なんだろう、次期将軍なんだろう、シャキッとしろ!」


 落ち込むお姫様に活を入れる。追っ手に狙われている状況だからこそ、心が折れたらおしまいだからな。


「すまぬ、安国殿。そなたの言う通りじゃ。妾は次期将軍。父上亡き今、将軍の座を継ぎ、この国を支えねばならぬ。その為にも、死ぬ訳にはいかぬ。そして、必ず下手人共に、相応の報いを与えてくれようぞ!」


 俺の活を受け、再び心を奮い立たせる姫さん。まだ七才のチビッ子ながら、その気迫は大したもんだ。これが将軍家の血筋って奴か。感心していると、いつの間にか雨がやんでいた。


「姫さん、雨がやんだし、そろそろ出るぞ」


「うむ、分かった」


 俺は荷物を詰め込んだリュックを背負い、立ち上がる。姫さんも唐草模様の風呂敷包みを背負う。俺はともかく、まだチビッ子の姫さんがいるんだ。出来れば、もう少し休んでいたかったが、追われている以上、そうもいかねぇ。ったく、チビッ子には辛いよな。


「さ、出発だ」


「うむ、頼りにしておるぞ安国殿」


 姫さんの手を取り、俺達は山小屋を後にする。今回は雨風をしのげただけ、まだマシだ。だが、いつまでもこうはいかないだろう。


「嬢ちゃん、早く来てくれよ」


 そう呟き、俺はこれまでの事を思い返していた。







「お〜、わざわざ遠くから来たかいが有るぜ。西じゃ、お目にかかれねぇ品ばかりだな」


 王国を離れ、南の連合から船に乗る事、6日。はるばるやって来た東の島国、『蒼辰(そうしん)』。何でも、四聖獣が一角。『青龍』が住んでいるって、言い伝えから付いた国名だそうだ。もっとも、本当に住んでいるかどうかは知らねぇがな。


「しかし、面倒くせぇ国だぜ。入国手続き一つで、やたら時間を取りやがって」


 ただ、この国、やたらと入国にうるさくてな。あれやこれやと書類を書かされて、更にその手続きで待たされて、やっとの事で入国。マジでキレかけたぜ。


 まぁ、それはさておき、俺は市場を見て回っていた。西の王国ではなかなか見る事の出来ねぇ、東方特産の品がたくさん並んでいる。幸い、試食OKとの事で、色々と味見。……美味ぇ。こりゃ、創作意欲が掻き立てられるぜ。


 気に入った俺は、東方特産の果物を次々と買う。宿を取ったら厨房を借りるか。買った果物を入れた袋を手に、今後の予定を考える。だが、市場に来た理由は買い物だけじゃねぇ。情報収集も有る。俺は、この国の有名な菓子処を巡るつもりだ。やっぱり、実物を見て、食わないとな。後、図書館なんかも巡る。食は歴史と密接に関わっている。その辺を理解せずに作った所で、しょせん上っ面だけを真似た、つまらねぇ偽物でしかねぇ。


「さてと、もう少し聞き込みをするか。せっかく来たんだ、しっかり収穫を得ないとな」


 俺は更なる情報と食材を求めて、先を急ぐ事にした。







「ふ〜ん、なるほどな。約500年前にデカい事件が有って、それまでこの国を治めていた『(みかど)』とその一族。そして政府である朝廷が都ごと滅びた。その結果、国が無政府状態になり、群雄割拠の乱世に突入。これが約100年続いたと。その後、今の将軍家が天下統一を果たし、幕府を開き今に至るか」


 入国から2日目。俺は図書館で、この国の歴史について調べていた。なかなか興味深い内容だな。だが、それ以上に興味深い内容が有った。かつて、(みかど)に献上されていた小豆が有るらしい。わざわざ、献上するだけあって、そんじょそこらの小豆とは別格の美味さだとか。そして、(みかど)一族及び、朝廷が滅びた現在は、将軍家に献上されているそうだ。……これは欲しいぜ。ぜひ欲しい。でもな、そう簡単にはいかねぇんだよな。


 かつては(みかど)に。今は将軍家に献上されているだけあって、一般には出回らない。その小豆を扱えるのは現在、将軍家から認められた『御用職人』の店だけであり、それ以外の奴が手にする事は厳しく取り締まっている。禁を破り、勝手に持ち出しなんぞしてバレたら、即、死刑。それぐらい貴重な品らしい。


「だからといって、諦められねぇな。とりあえず、その『御用職人』の店に行ってみるか」


 百聞は一見にしかずってな。まぁ、献上する小豆を直接譲ってくれってのはダメだろうが、『御用職人』に選ばれる程の店だ。献上する小豆を手に入れる為の手掛かりが掴めるかもしれねぇ。少なくとも、パティシエとして得る物も多いだろうと思い、俺はそこへ向かう事に。今にして思えば、これが厄介事の始まりだったんだよな。今さらだけどな。







 翌日、俺は『御用職人』の店の一軒を訪ねた。将軍の住む城の周りに有る城下町の一角だ。そりゃ、将軍家に治める品が生物の和菓子だからな。近くじゃないと困る。しかし、将軍家御用達の『御用職人』の店にしちゃ、小せぇな。とりあえず暖簾をくぐる。


「いらっしゃいませ。おや、これは珍しい。異国の方ですか。わざわざ遠路はるばる、よくお越しになられました。つまらない品ですが、じっくりご覧ください」


 すると、見るからにご隠居といった感じの、白髪で小柄な爺さんが迎えてくれた。かなりの歳みてぇだが、しっかりした爺さんだ。


「おぅ、そうさせてもらうぜ。気に入ったのが有れば買わせてもらうからよ」


 爺さんにそう返しつつ、並べられた和菓子を見て回る。やっぱり、クリームを多用する西洋のスイーツと違い、こっちは餡や、葛を多用する独特な製法だ。ぜひとも、この技術も持ち帰りたいぜ。それと、爺さんに気になった事を聞いてみた。


「爺さん、あんたこの店の人だよな?」


「えぇ、その通りでございます。今は息子に店を任せて楽隠居の身ですが。ま、たまにこうして、店に顔を出していましてな。いやはや、なかなか現役時代を忘れられないものです」


 やっぱりな、この爺さん、先代の店主か。だったらちょうど良い。献上小豆について、聞いてみるか。


「爺さん、実はな。俺は西のアルトバイン王国から来た、菓子職人のはしくれでな。将軍家に献上される小豆について知りたい。良ければ話を聞かせてくれねぇか?」


 すると爺さん、難しい顔をする。


「ほう、西から来られたのですか。そうでしょうな、菓子職人とあれば、将軍家に献上される小豆の事は知りたいでしょう。しかし、残念ながら、私も詳しい事は知らないのです。あれは将軍家が厳しく管理していますからな」


 爺さんが言うには、献上小豆は将軍家、正確には幕府が厳しく管理していて、『御用職人』といえど、手に出来るのは年に数回。将軍家の人間の誕生日や、祝い事といった時だけ。しかも、限られた量しか渡されず、終わったら、残りは全て返却という徹底ぶり。


「正直言いますとな、迷惑しております。将軍家に献上する和菓子に使う以上、失敗は許されません。しかも、量も限られていますからな。あげく、残りは全て返却。少しでもごまかせば、首が飛びます。こんな事なら、『御用職人』になどなるのではなかったと思いましたよ。いや、失礼。老いぼれの戯言とお聞き流しください」


 ひとしきり愚痴った後、謝る爺さん。


「いや、別に謝る事じゃねぇだろ、爺さん。しかし、そこまで厳しいのかよ。こりゃ、参ったな。仕方ねぇ、他の小豆を当たるか。なぁ、爺さん。他の良い小豆を扱っている所は知らねぇか? 俺は、小豆を使った新しい菓子を作りてぇんだ」


「あぁ、それなら、ウチと長い付き合いの穀物問屋が有ります。確かな品質の品を扱う、信頼出来る店です。よろしければ、紹介状を書きましょう」


「そりゃ、ありがてぇ。ぜひ、頼むわ爺さん」


 爺さんから、献上小豆の入手は難しいと知り、仕方ねぇから、他の良い小豆を手に入れる方向に変更。幸い、爺さんが自分の所と付き合いの有る穀物問屋の事を教えてくれた上、わざわざ紹介状まで書いてくれる事に。実にありがてぇ。そして爺さんは筆を片手にサラサラと達筆で紹介状を書き上げ、渡してくれた。


「さ、これをどうぞ。向こうの者に渡せば話は通ります」


「礼を言うぜ爺さん。しかし、何でここまでしてくれるんだ?」


 俺は当然の疑問をぶつける。悪いが、俺は爺さんとは初対面の赤の他人だ。そこまでする理由は無い。すると爺さんは人の良さそうな柔和な笑みを浮かべる。


「何、大した理由ではありません。貴方が意欲と情熱に溢れる菓子職人とお見受けしたから、手助けしたくなっただけですよ、ホッホッホ」


「……そんな大した人間じゃねぇんだけどな」


 えらく俺を高く評価してくれる爺さん。実に照れ臭いぜ。


「お返しと言っちゃなんだが、ここの品買わせてもらうぜ。おすすめの品はどれだ? 爺さん」


 色々良くしてもらったしな。それにここの品はどれも逸品揃い。今後の参考にする為にも欲しい。とはいえ、全部買い占める訳にもいかねぇからな。おすすめの品を見繕ってもらう。


「そうですな。ならば、これなどいかがでしょうか? ウチの店、自慢の桜餅でございます。かつて、将軍様もご賞味なされ、その結果、『御用職人』に選ばれる事になった品。年に数回の献上小豆を使うのも、これでございます。席を用意しますので、とりあえず、お一つどうぞ。お茶も淹れましょう」


 爺さんが出してきたのは桜餅。見るからに美味そうだ。わざわざ、席を用意してくれた上、そこへお茶も出してくれる。正に至れり尽くせり。


「ありがとよ爺さん。頂くぜ」


 爺さんに礼を言って桜餅とお茶を受け取り、さっそく桜餅を頬張る。…………美味過ぎる! 何だこりゃ! 今まで食ってきた桜餅なんざ、比べ物にならねぇ。


「滅茶苦茶、美味いぞ爺さん! 買った! さっそく包んでくれ!」


「ホッホッホ、お気に召した様で何よりでございます」


 爺さんも自慢の逸品を褒められて嬉しそうだ。その辺は俺もパティシエとして良く分かる。爺さんは手際よく、桜餅を包み、渡してくる。で、俺も代金を払う。


「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」


「ありがとよ、爺さん。機会が有ればまた来るからよ」


 そう言って、俺は店を出ようとしたんだがな……いきなり、何かにぶつかった。


「ふぎゃっ!」


「うおっ! 何だ?」


 悲鳴が聞こえ、何かと思って下を見れば、そこには豪華な着物姿の小さな女の子。そして、その女の子を見て、爺さんが声を上げた。


「これは『美夜姫様』ではございませんか! なぜ、この様な所に?!」


 はぁ?! 『美夜姫様』?! その名前には俺も驚いた。確か、この国の姫様じゃねぇか! 何でこんな所に? 俺も爺さんもぶったまげたが、事態はそれどころじゃなかった。


「すまぬ! 匿ってはくれぬか?! 父上を亡き者にした輩に追われておるのじゃ!」


 姫様は開口一番、とんでもない事を言い出した。父上、つまりはこの国を治める将軍が殺された?! しかも、姫様も追われている?! 突拍子もない話だが、嘘をついている様には見えねぇ。となると、マジか?! こりゃ、ヤベぇ!


 爺さんも、同じ考えに至ったらしい。


「事情は分かりました。しかし、匿うにしても、こんな小さな店です。じきにバレてしまうでしょう」


 そして爺さんは俺の方を見る。


「申し訳ないですが、貴方に姫様を託します。裏にトラックが有るので、逃げてください。キーはこれです、さぁ、早く!」


 爺さんからキーを渡されたものの、俺としても困る。俺は映画のヒーローじゃねぇんだからよ。だが、事態はそうも言ってられなくなった。


「おや、小さいながらも、風情の有る良い店です。いや、実に結構」


 いつの間にいたのか、そこには杖を突いた、1人の爺さん。白髪をオールバックにした、渋い爺さんだ。しかし、それ以上に俺の直感が告げた。


『この爺さん、ヤベぇ!』


 ぶっちゃけ、この時死ななかったのはラッキー以外の何物でもねぇ。杖を突いた爺さんが杖から刃を抜いたそこへ、店の爺さんが体当たりをかまし、その隙に俺は姫さんを脇に抱えて店の裏から飛び出した! 直後、店が真っ二つに斬られ、倒壊するのを後ろを見ながら確認。俺はめったに使わない、仙術の肉体強化を使い、フルスピードで逃げた。あの杖持ちの爺さん、化け物だ。やり合ったら、確実に殺される。その後は、ひたすら逃げ回り、何とか撒く事が出来た。しかし、俺は和菓子屋の爺さん殺害犯、及び、美夜姫様誘拐犯として、指名手配を食らう羽目に。そして、今に至る。


「あ〜クソッ! 何で、こうなっちまったんだろうな?」


 思わず天を仰いで嘆く。俺は良い小豆を求めて来ただけのパティシエなんだぞ! マク○ーン刑事じゃねぇぞ!


 嘆いたところで、事態は変わらない。唯一の望みは嬢ちゃん達だ。


「頼んだぞ、嬢ちゃん。お前らだけが、頼りなんだからな」


 年下の女の子を頼りにするのは情けねぇなとは思うが、そう思わずには、いられない俺だった。しかし、奴らの狙いは何なんだ?







僕と魔女さん、新展開。小豆を求めて東に向かった安国さんからのSOS。将軍暗殺、更には、跡継ぎである美夜姫を狙う魔の手。


そして連絡を受け、東を目指すハルカ達。新しく加わった変な三毛猫、バコ様を連れて、まずはスイーツブルグ家へ。目指す東の国『蒼辰』はとにかく排他的な国。不法入国なんかしたら、国際問題に発展しかねないので。


その一方で、ハルカを狙う真の神。『魔道神クロユリ』も迫っています。


では、また次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ