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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第100話 日常と非日常

 異世界での遠征修行も終わり、元の世界に帰ってきた僕達。そして暦は2月に入っていた。そんなある日。


「お待たせしました! スイーツヤスクニ、開店です! はい、皆さん押さないでください。一列に並んでください。限定スイーツのゴールデンシュークリームはお1人様、3個まででお願いします!」


 今日は、安国さんのお店の手伝い。今は、開店前から並んでいるお客さん達の整理と誘導をしている。しかし、安国さんのお店の人気は凄いな。連日、行列が出来ている。実際、安国さんの作るスイーツは美味しいからね。雑誌やテレビでも取り上げられ、ネットでも、話題沸騰。そんな訳で、遠路はるばる来る人もいる。


 中でも一番人気が、一日の個数限定のゴールデンシュークリーム。ほんのり金色に光るシュークリームで、美味しい上に、食べた人達から、宝くじが当たったとか、恋愛が上手くいったとか、話題になり、幸運を呼ぶシュークリームと大人気に。でも、安国さん、妥協を許さない人だから、今でも一日の個数を限定。たくさん作って欲しいとの要望も突っぱねている。


 さて、僕がここにいる理由。バイト代が出るし、安国さん直々にお菓子作りの指導を受けられる。そして、何より美味しいのが、安国さんの出来立てお菓子を食べられる事。運が良いと、まだ売り出していない新作を食べられる。文字通り、とても美味しいお手伝いだ。







「はい、5個で代金、1400マギカ(1マギカは約1円)になります。毎度ありがとうございました。またのお越し、お待ちしております」


 開店直後の行列を捌いたら、今度はお店の手伝い。レジを打ったり、厨房から、出来上がったスイーツを受け取って陳列したり、とても忙しい。僕一人じゃ無理が有るから、水分身も出して、せっせと働く。大変だけど、修行や、魔法の勉強とは、また違う体験が出来て、良いなと思う。


「はい! チーズケーキ焼きたてです! ぜひお買い求めください!」


 厨房の安国さんから、焼きたてのチーズケーキを受け取り、運ぶ。焼きたてのチーズケーキからは甘い匂いが漂い、とても美味しそう。売り場に陳列すると、瞬く間に売れていく。やっぱり、出来立て、焼きたては凄い。


「はい、お待たせしました。こちら、3個で820マギカになります。こちら、お釣りが180マギカです」


 焼きたてのチーズケーキを乗せたお盆を持ってレジに並ぶお客さん達。素早くレジを済ませて捌いていく。自分で言うのもなんだけど、こうして僕がお店で働いている事自体、売り上げに貢献しているんだって。美少女メイドがいるお店と話題になっているそうだ。もっとも、僕もいつも、いる訳じゃない。あくまで本業はナナさんに仕えるメイド兼、弟子だからね。でも、その事が逆に人気を呼んでいるとか。会えたらラッキーだって。……僕は見せ物じゃないんだけど。






「よし、休憩に入るぞ! 嬢ちゃんも休め。ほら、焼きたてのアップルパイだ」


「ありがとうございます、安国さん。とりあえず、表に休憩中の看板を掛けてきます」


 午後2時になると安国さんのお店、スイーツヤスクニは休憩に入る。安国さんにしろ、僕にしろ、休憩は必要。僕はお店のドアに『休憩中』の看板をぶら下げる。戻ってくると、安国さんがコーヒーを淹れてくれていた。安国さんはコーヒー派だそうだ。しかもブラック派。甘い物を食べる以上、飲み物は甘くしない主義なんだって。対して、僕はミルクを入れる派。苦いのは苦手なんだ。ただ、安国さんに倣い、砂糖は入れない。


「それじゃ、頂きます」


「おう、じっくり味わってくれよ」


 お皿の上には、安国さんが切り分けてくれたアップルパイ。焼きたてホカホカで、良い匂いがする。とても美味しそう。では、さっそく、一口。……うん、美味しい! サクサクのパイ生地の中に、シロップ漬けのリンゴがぎっしり詰まってる。それでいて、しつこくない。やっぱり、安国さんの作るスイーツは、そこらのスイーツとは格が違う。


「凄く美味しいです、安国さん。特に、このぎっしり詰まってる、シロップ漬けのリンゴがたまりません。甘いけど、しつこくないから、どんどん食べられます。ところで、以前と味が変わりましたね。シロップの調合を変えましたか?」


 アップルパイを食べた感想を安国さんに話す。単なる休憩じゃなく、僕と安国さんの意見交換の場でも有るんだ。


「さすがは嬢ちゃんだな。気付いたか。実は、最近シロップの調合を変えてな。まずは嬢ちゃんに味見をしてもらおうと思って、作ったんだ。嬢ちゃんがそう言うなら、成功だな。よし、近々、リニューアル版アップルパイとして売り出すか」


「良いですね。売れると思いますよ」


 アップルパイの味が以前と違う事を指摘すると、シロップの調合を変えたとの事。以前より、リンゴの瑞々しさとリンゴの美味しさが味わえる様になった。うん、これは売れるね。更にその後も、意見交換をしたり、世間話をしたり。後、愚痴を。僕だって、ストレスは溜まる。


 例えば、ナナさんはぐうたらだし、部屋は汚いし、セクハラするし、それ以外にも、何かと事件に巻き込まれるし。全く、僕は元々は一般人なんだよ! いくら、真の魔王の身体を持っていても、中身はそうもいかないんだからね! そんな訳で、たまにこうして、安国さんに愚痴を聞いてもらっている。


 ナナさん達と違って、安国さんは少々距離を置いた立場だけに、第三者の立場からの意見を言ってくれる。また、それがありがたかったり。ほら、あまりに身近な人だと言えない事も、少々、距離を置いた人なら、言える事って有るし。もっとも、本当に重要な事は言わないけど。安国さんを巻き込む訳にはいかないから。







「全く、ナナさんったら、酷いんですよ! この前だって、ギルドから依頼を受けて、無事に済ませて報酬として40万マギカ貰ったんですけど、未成年には多いって、ナナさんにほとんど取られたんです。僕の手元に残ったのは、1万マギカだけ。あんまりです!」


「まぁ、仕方ないんじゃねぇか? 確かに未成年には、ちと多すぎる額だしな」


「確かにそうですけど、でも、ほとんど取り上げなくても」


「姐さんは長生きしてるからな。その分、大金の怖さってのもよく分かっているんだろ。それに勝手に使い込んでるのか?」


「……いえ。ちゃんと口座を作って、振り込んでいます。いつか、必要になる時に備えてって」


「だったら、我慢しな。俺からも言わせてもらうが、若い内にいきなり大金を手にするのは感心しねぇ。大金の魔力は怖いからな。羽目を外してバカやらかす奴が後を絶たねぇ。ま、姐さんなりの弟子への愛情だ。ありがたく思いな」


「……分かりました」


 今回の愚痴は、僕の報酬の扱いについて。僕も冒険者ギルドに登録している身であり、時々、依頼を受ける。といっても、もっぱら、護衛や、採取、配達だけどね。ナナさんからの言い付けで、殺し関係の依頼は受けない。僕自身、嫌だし。


 ただね、ナナさん、僕の報酬を毎回ピンはねするんだ。いや、ピンはねどころか、ほとんど持っていく。将来に備えての貯金だって。


 僕としては、いくら将来に備えての貯金とはいえ、せっかくの報酬をほとんど取り上げられてしまい、正直不満。でも、確かに安国さんの言う通り、ナナさんは勝手に使い込んだりとかはしていない。お金の怖さを知っているからだろう。


「ありがとうございます、安国さん。やっぱり話して良かった」


「そりゃ、良かった。まぁ、愚痴ぐらいなら、聞いてやるよ」







「あぁ、そうだ。嬢ちゃん、悪いんだが、しばらく店を休むからな」


 アップルパイを食べ終わり、2杯目のコーヒーを飲んでいたら、安国さんが、唐突に話を切り出した。


「また、仕入れですか?」


「あぁ。しかも今回は割りと長くなりそうでな。東の島国に行くんだ。何でもそこには、良い小豆が有るらしくてな。小豆を使った和風スイーツを作りてぇんだ。この辺じゃ小豆を使ったスイーツは無いからな。新しいブームを起こそうって思ってんだ」


「確かにこの辺には、小豆を使ったスイーツは無いですから、斬新なスイーツが出来ますね。安国さんが作るなら、味は抜群ですし、新しいブームが来ますね」


 ここは元の世界でいう所の、ヨーロッパに当たる。だから、食文化も洋風。スイーツにしても、クリームを使ったケーキやパイの類いが中心。だから、小豆を使った和風のスイーツを出せば、間違いなく、スイーツ業界に衝撃が走る。しかも作るのが安国さんなら、なおさら。


「でも、安国さん。東に行くにしても、そう簡単にはいかないでしょう? 直通ルートは『帝国』が絶対、邪魔しますからね。迷惑な話ですよ。おかげで、東方の調味料が手に入りにくいんですから」


「まぁな。こればっかりは仕方ない。一旦、南に向かって、『連合』に入り、そこから船で東に向かう予定だ」


「南回りルートですね。まぁ、それが現実的ですよね。北回りは、さすがにね……」


『王国』の東に位置する『帝国』。大陸の東側を支配する巨大勢力であり、『王国』とは幾度となく戦争を繰り返してきた宿敵でもある。今は休戦中だけど、両国の間には、未だ、緊張が走る。そして、この『帝国』、東からの物資や人の流れを邪魔している。そのせいで、『王国』では東方の品が手に入りにくく、高値が付いている。


 よって、東方に行くには、南の『連合』まで移動し、そこから船で東に向かうのが一般的。


「でも、東に行くとなると、往復含めて、かなりの長旅になりますね」


「そうなんだよな。悪いが嬢ちゃん、俺の留守中、店の掃除を頼めるか? もちろん、バイト代は出すからよ」


「いや、別にバイト代は要りませんよ? 何かとお世話になっていますし、掃除ぐらいなら、お安い御用です」


「悪いな、助かる。じゃあ、バイト代代わりに、小豆のスイーツを一番に食わせてやるよ」


「はい、楽しみにしていますね」


 そして、安国さんは自分が留守の間、店の掃除を僕に頼んできた。そのバイト代の代わりに、小豆のスイーツを一番に食べられる権利をゲット。こういうのはお金に換算出来ない価値が有る。


「さて、そろそろ休憩も終わりにするか。嬢ちゃん、看板を戻してきてくれ」


「はい」


 アップルパイとコーヒーで一息ついたし、休憩もそろそろ終わり。後半の部、開始だ。僕は表に出て、看板を休憩中から、営業中に替える。さ、閉店時間まで頑張ろう!







 その頃、とある世界。


「師匠、済みません。わざわざ寄り道をして頂いて」


「構わぬ。別段、急ぎでは無いからの。それに『魔剣聖』は逃げはせん。あやつは基本的に、自分の領域からは出ないからの。まぁ、あやつにそう出歩かれては困るが。いくつ『世界が滅ぶ』か分かったものではない」


「情け容赦って概念が、根本的に無い方ですしね……」


「剣に生き、剣に死す。己の全てを剣に捧げた破綻者、それが『魔剣聖』。だからこそ、あやつは儂より『序列』が上なのじゃ。『弟子という不純物』を育てている儂では、あやつには及ばぬ」


「私は不純物ですか」


「少なくとも、『魔剣聖』に言わせればの」


「ところで師匠。どうやら、先客がいた様です」


 私達の目の前に有る、巨大な廃墟。かつて、この世界において、最先端にして、最高峰の学府だった学園。その成れの果てである廃墟。それが派手に崩壊していました。更には、向こうに有った丘が無くなっていますし。誰だか知りませんが、派手にやりましたね。まぁ、とりあえず私は自分の用事を済ませるとしましょう。


「では、師匠。私はお花を供えてきます」


「うむ、さっさと済ませてこい」


 師匠に断りを入れ、私はその場所へと向かいます。お供えの花束を手に。ですが、その場所に来てびっくり。既に枯れていましたが、花束が供えられていました。


「一体、誰が? ……まぁ、良いでしょう。今はお花を供えるのが先決です」


 先客がいた事には驚きましたが、既にこの場にはいない模様。気を取り直し、花束を供え、手を合わせます。かつて、私が大変お世話になったあの人の為に。そして、私の愚姉のせいで命を落としたあの人の為に。


「お久しぶりです、麗華さん。決して楽ではありませんが、私は今日も元気に生きています。かつての『生き地獄』とは比べ物にならないぐらいに。……何度も言いますが、あの日、貴女が家出する私を見逃してくれなければ、今の私は無かった。全ては貴女のおかげです。そして、未だに悔やむのが、あの愚姉を殺しておかなかった事。あんなクズの為に貴女が死ぬ事になるなんて。悔やんでも悔やみきれません。本当にごめんなさい」


 私の目の前には一つのクレーター。凄まじい熱量により、地面が融解し、ガラス化しています。ここは私の恩人にして、あの忌々しい我が愚姉の従者を務めていた、四夜堂 麗華さんが亡くなられた場所。


「私がもっと早く事態に気付いていれば、貴女は死なずに済んだかもしれないのに……」


 私がここに来る度、いつも思う事。


「仕方あるまい。お主はこの世界を離れ、儂の元で修行をしていたのじゃからな。しかも儂の後継者、『武帝』の名を得る為の、弟子12人による殺し合いの最中だったからのう」


 いつの間にか来ていた師匠。私と同じく手を合わせ、しばらく黙祷を捧げます。


「その辺に関しては既に割り切っています。ままならないのが世の中ですから。ただ、あの愚姉は許せません。麗華さんに最後の最後まで迷惑をかけ続けたのですから。仮に『コア』が無かったとしても、遠からず破滅したでしょうね、あのクズ。既に政府からも見限られていたそうですし」


 私の家は古くから、時の政府に仕える裏の一族。表沙汰に出来ない汚れ仕事をするのが務め。次期当主が愚姉でした。しかし、あのクズ、才能に胡座をかき、好き放題。更には、この学園に入学した後輩のイケメンに熱を上げ、ろくに務めも果たさなかったらしい。呆れて物も言えない。麗華さんの苦労が偲ばれます。


 そして、この世界は隕石として飛来した侵略者、鉱石生命体『コア』によって滅びました。そして、この学園の生徒会長を務めていた愚姉も『コア』に取り込まれ、怪物と化し、最後は麗華さんが自分の命と引き換えに葬り去った。


 ちなみに私はその頃、師匠の元で、後継者レースの最終段階。弟子12人による殺し合いの最中。私がこの世界の破滅と麗華さんの死を知ったのは、最後まで勝ち残り、『武帝』の名を得た後。急いで向かったものの、全ては手遅れ。既に世界は死に絶えていました。麗華さんに至っては、禁技を使ったせいで、骨の欠片の一つさえ残っていませんでした。


「何度も聞くがのう。竜胆(リンドウ)よ、儂を恨んではおらぬか?」


「くどいですよ師匠。私も何度も言いましたが、貴女のせいではありません。更に言えば、私は『コア』も恨んではいません。奴らは生き延びる為にやったのですから。私が憎むのは、ただ一人。愚姉です。あのクズ、麗華さんが『コア』の危険性を何度も警告したにも関わらず、それを無視し、あげくの果てに盛大にやらかしたのですから」


 人でなしの師匠ですが、やはりこの一件に関しては思う所が有るらしく、よく聞いてこられます。それに対する私の答えもいつも同じですが。私は続けます。


「師匠、あの日、貴女と出会わなければ、私は飛び降り自殺をして人生を終えていました。貴女と出会ったからこそ、私は今こうして生きています。そういう点でも麗華さんには感謝しています。そもそも家出をする時、彼女に見付かったのですが、見逃してくれましたし」







 今でも鮮明に覚えているあの日。愚姉と比較され、見下され続けた私は、生きていくのが嫌になり、家を出て自殺をしようと思い立ち、実行に移しました。幸か不幸か、愚姉より劣ると見下されていた私にはろくに監視も護衛も無く、割りとすんなり家を出られそうでした。しかし、最後の最後で見付かってしまいました。麗華さんにです。あぁ、家出は失敗か。私はこのまま、見下され続けて一生を終えるのかと絶望しました。麗華さんの実力は嫌という程、知っていますから。しかし。


「……行ってください。私は何も見ていません。聞いていません。知りません」


 あえて見逃してくれたのです。その気になれば、簡単に私を捕らえる事が出来るのに。


「麗華さん、そんな事したのがバレたら貴女の立場が……」


 麗華さんの家は、私の家に仕える従者の家系。そんな彼女が私をみすみす逃がしたとバレたら、彼女も彼女の家も、ただでは済みません。私としても、昔からお世話になった麗華さんに泥を被らせたくはなかった。しかし、彼女は言いました。


「構いません。私はいかなる処罰も甘んじて受けましょう。これは私の罪滅ぼしです。あの愚か者を止められず、貴女を苦しめてきた私の。さぁ、早く行ってください。他の者達に気付かれる前に」


「……すみません。そして、ありがとうございます。さようなら麗華さん。どうか、お元気で」


「えぇ、貴女も」


 麗華さんは覚悟を決めていました。いかなる処罰も受けると。かくして、私は麗華さんにお礼と別れを告げ、家を出ました。後に麗華さんが、あの愚姉から、処罰という名の執拗な暴行を受けたと知る事になりましたが。






 さて、家を出た私ですが、行く当てなど有りません。下手に人目に付く所に行けば、家の息の掛かった連中に連れ戻されてしまいます。だから、日中は人目に付かない場所に潜み、夜中に街に降りては必死に食料を探しました。もっぱら、コンビニから盗んでいましたが。裏の一族出身なのが役立ち、その事に苦笑いをしたものです。しかし、そんな暮らしも長くは続きません。やがて、家からの追っ手がきました。私は捕まる訳にはいかず、逃げ回る羽目に。


 そして、遂に、限界が来ました。私はろくに食事も睡眠も取れず、もうぼろぼろ。私はその日も追っ手から逃げ、とある廃ビルに辿り着きました。既に日は暮れ、辺りは真っ暗。幸い、追っ手は近くにいない様でしたが、私はもう疲れきっていました。家を出ても、結局、自由など無かった。追っ手に追われる日々。ならば、もう終わらせてしまおうと。幸い、この廃ビルは5階建て。私は屋上へ上がり、その縁へと向かう。


「この高さなら、まず確実に死ねる。ごめんなさい麗華さん。私はもう、疲れました。私は所詮、この程度だったんです」


 最後に麗華さんに謝り、錆び付いた柵に手を掛け乗り越える。後は簡単、飛び降りるだけ。ふと見た下は夜の闇に包まれ、正に奈落の底に見えました。私みたいな負け犬が落ちるにはふさわしい。


「それじゃ、さよな」


 そう思い、この世に別れを告げ飛び降りようとした、その時。


「おっ! 自殺か? よし、死ね。サクッと死ね。ほら、さっさと飛び降りろ」


 いきなり背後から、知らない少女の声。思わずバランスを崩して落ちそうになり、慌てて柵にしがみつく。見れば、さっきまで私以外、誰もいなかったはずの屋上に見知らぬ少女がいました。







「カカカ! どうした? 死ぬのじゃろう? だったら、さっさと飛び降りて死ね。ほら死ね、早よ死ね、負け犬はさっさと死ね」


 一体、いつの間に現れたのか? 見た目は私と同じ、中学生ぐらいで、栗色の髪をツインテールにしている少女。ただし服装が、まるで豪○みたいな黒い胴着。しかも裸足。あまりに異様な格好。何よりやけに喋り方が年寄り臭い。そんな彼女は私に早く死ねと煽ってきます。不思議なもので、あれほど死のうと思っていたのに、他人から死ねと言われると、無性に生きたくなりました。そこへ彼女は話します。


「ただの、お主が死んだ所で何も変わらぬ。お主の姉はお主が死んだ所で気にも止めぬ。なぜなら、今のお主は『無価値』じゃからの。負け犬が死んだ所で、全くの『無意味』じゃからの」


『無価値』、『無意味』。かつて周りから散々言われた事。麗華さんを除き、誰も彼もが私を見下した。確かに彼女の言う通り、仮に私が死んだ所で何も変わらない。そう思うと無性に悔しくなってきた。生きたい! 死にたくない! 何も成せずに死ぬのは嫌! 私は私の価値を証明したい!! 私は心から叫んだ!!


「私は『無価値』じゃない! 私は『負け犬』のままでいたくない! 私は……生きたい!!!!」


 こんなに大声で、心の底から叫んだのは初めて。やってしまってから、自分の行為のまずさに気付く。現在、私は追われる身。こんな大声を出したら、追っ手に見付かるかもしれない。でも、後悔は無い。言いたい事を言ったのだから。でも、ここでふと気付いた。なぜ、彼女は『姉の事を知っている?』。まさか、追っ手? すると彼女は『私の心を読んだ様に話す』。


「いかにも。儂はお主の心を読んだ。何せ儂は『神』じゃからの」


 …………彼女は堂々と心を読んだと語り、更には『神』だと名乗った。いわゆる痛い人なんでしょうか? すると、またしても、心を読んだ様に話す。


「誰が痛い人じゃ! 確かに見た目では分からんじゃろうが、儂は正真正銘の神じゃ!」


 あくまでも神だと言い張る彼女。ですが彼女とのやり取りのせいで、私は忘れていました。今、自分が廃ビルの屋上の縁にいる事を。そして、自分が掴んでいる柵がぼろぼろに錆び付いている事を。つまりどういう事かというと。


『柵が折れて、私は落ちました』


 完全に想定外の事態。私は悲鳴を上げ落ちていく。バカだな私。追い詰められて、初めて生きたいと思ったのに。でも、もう終わり。地面に叩き付けられて、潰れて死ぬ。


 はずだったんですが……。







「おい、さっさと目を開けんか!」


 死んだはずなのに、なぜか、あのツインテール少女の声がします。もしかして、これが死後の世界なんでしょうか? などと思っていると。


「残念じゃが、ここはこの世じゃ。いいからさっさと目を開けんか!」


 再び、ツインテール少女の声。しかも、ここはこの世だと。言われて私は目を開ける。目の前にはツインテール少女の顔。私は彼女に抱き抱えられていました。確かに私は屋上から落ちたはずなのに。


「やっと目を開けたか。ちょっと周りを見てみい」


 私の困惑など、どこ吹く風とばかりに、彼女は周りを見ろとの事。言われて周りを見て、またびっくり! 私ははるか上空にいたのです。しかし、恐怖や疑問より先に、私はその光景に見とれました。夜の闇の中、無数に煌めく地上の光。とても美しく見えました。考えてみれば、こんな風に何かを美しいと思ったのはいつ以来でしょう?


 そして、生身ではるか上空にいるという、異常事態。それを可能としているツインテール少女。ここまで来たら、少なくとも彼女がただの人間ではないと認めるしかないでしょう。


「とても綺麗ですね。とりあえず、地上に降りてくれませんか? 少なくとも、貴女が普通の人間ではないとは分かりましたから」


「ふむ、儂がただの人間ではない事は認めたか。まぁ、良い。分かった。では、先ほどのビルの屋上に戻るぞ。話はそれからじゃ」


 こうして私はパラシュートも何も無しで、ゆっくり上空から降下するという、非常に貴重な体験をしました。麗華さん、世の中、不思議な事が有るものです。







 さて、再び廃ビルの屋上に戻ってきた私達。改めて、話をします。もっとも、私は特に話す必要は有りませんでしたが。何せ、向こうは心が読めますから。故に私の過去から今に至るまで、筒抜け。プライバシーの侵害ですが、我慢。本来なら、死んでいたのですから。


「まずは名乗るとしよう。儂はこの世に6人いる、真の神の1人、『武神 桔梗』。世間の奴らは『鬼凶』と呼ぶがの」


 ツインテール少女、改め、真の神の1人、『武神 桔梗』は色々な事を話してくれました。真の神や真の魔王。かつての大戦。その後に生み出された、今の神や魔王。その他色々。一通り話した後、彼女は私に1つの話を持ちかけました。


「率直に言うぞ。お主、儂の弟子になれ。お主、見所が有るからのう。周りの奴らはお主の秘めたる才能に気付かなんだようだが、儂には分かる。もう一度言うぞ、儂の弟子になれ。お主を見下した奴らなど、一捻りに出来る様になるぞ」


 それはとても魅力的な誘い。ですが、私はあえて問います。


「大変魅力的な申し出ですが、あえて聞きます。命の保証は有りますか?」


 すると、彼女は意地悪な笑みを浮かべ、一言。


「無い」


 実にあっさり否定。それからしばらく、お互い沈黙。破ったのは私。


「その申し出、受けます。私は強くなりたい。自分の価値を証明したい。その為なら、鍛えてくれるのが神だろうが、魔王だろうが、構いません」


 私を見下してきた奴らを見返せるなら、何よりあの姉を超えられるなら、神だろうが、魔王だろうが、その力を利用してやる! 私の心を読んだらしく、彼女は笑う。


「カカカカカ! なかなか豪気な娘じゃ! 良かろう、たった今から、お主は儂の弟子じゃ! そして、弟子入りの証として、これからは『竜胆(リンドウ)』と名乗るが良い。後、儂の事は師匠と呼べ」


「はい、ありがとうございます、『師匠』」


 こうして、私はそれまでの名を捨て、武神の弟子、『竜胆(リンドウ)』と名乗る事になった。


「ちなみに現在、儂の弟子はお主を含めて12人おる。じゃが、最終的には1人に絞る。そやつが儂の後継者、『武帝』の名を得る。逆に言えば、他の11人は死ぬ。せいぜい気張れよ。他の弟子達も自分が生き残る為に必死じゃからな」


 その直後に恐ろしい事をさらりと話す師匠。私はいきなり、難易度ルナティックに突入してしまった様です。……果たして私は本懐を遂げられるのでしょうか?







 その後は、過酷な修行の日々。私は他の11人の弟子達と共に、地獄のごとき修行を続け、そして迎えた最終選抜。ルール無用の殺し合いに勝ち残り、私は『武帝』の名と『武神』の後継者の座を獲得。更に槍の才能が有るという事で、魔槍『穿血(うがち)』を師匠より授かりました。







 そして、今。


「しかし誰が、この花束を供えてくれたのでしょう?」


 私は既に供えられていた花束を手に取って調べてみました。こんな滅びた世界にわざわざ訪れる人など、まず、いませんし。すると、花束を包んでいた紙に見覚えの有るマークが。三日月型の笑いを浮かべた狐の顔のマーク。こんな悪趣味なマークを使う人はただ一人。


「……来ていたのですか、戯幻魔 遊羅。ですが、貴女がわざわざお花を供える訳がない。他にも誰か来ていましたね」


 師匠と付き合いの有る、真の魔王が1人。戯幻魔 遊羅。周りに対しては、よろず屋 遊羅(ユラ)と名乗り、数多の世界を股にかける闇の商人。彼女が来ていた様です。しかし、彼女はお花を供える様な殊勝な人ではありません。他にも誰かがいた。恐らくその誰かがお花を供えてくれたのでしょう。気になった私は、残っている魔力の気配を探る。だいぶ薄くなってはいますが、何とか分かりました。おや? この魔力は……。


 それは、つい最近まで、身近にいた魔力。そう、ミルフィーユ・フォン・スイーツブルグの魔力でした。まさか、彼女がここに来ていたとは。さすがに驚きました。


「とりあえず、麗華さんに代わり礼を言いますよ、ミルフィーユ」


 彼女に借りが出来てしまいましたね。もし、また会う事が有るなら、借りを返しましょう。


竜胆(リンドウ)、そろそろ行くぞ」


 そこへ師匠の声。そうですね、そろそろ行かないと。


「はい、師匠」


 私は返事をし、その場を後にします。さようなら麗華さん。また来年、来ます。生きていたら。







 その頃、とある場所。


「ふぅ、やっと書類仕事が片付いたな。アンジュの方もそろそろ片付くと言っていたな。って、アンジュからの連絡か。…………そうか、分かった。そっちも片付いたか。ならば、準備が整い次第、下界に行くぞ」


 私は大量の書類との戦いを遂に終わらせ、最愛の妻であるアンジュからも、絶好のタイミングで、書類仕事が終わったと連絡が入った。これで、やっと下界に行ける。さて、準備をするか。


『ハルカ・アマノガワの抹殺に向けてのな』


「真十二柱、序列二位。『魔道神クロユリ』の名において命ずる。下界へのゲートを開け。無駄無く、速やかにだ。繰り返す! 『魔道神クロユリ』の名において、下界へのゲートを開け!」






僕と魔女さん、第100話をお届けします。遂に100話到達。作者も驚いています。


さて、安国さんのお店で、一時の平和な時間を過ごすハルカ。対して、異世界にて、非日常を過ごす竜胆(リンドウ)。そして明かされた竜胆(リンドウ)の過去。重い過去です。ちなみに武神 鬼凶は少し前に学園の廃墟の有る世界に来て、戯幻魔 遊羅(ユラ)に会った事は弟子に黙っています。


そして、遂に動き出した真の神。序列二位 『魔道神クロユリ』。ハルカに危機が迫る。


ちなみに序列は一位から十二位まで有り、邪神ツクヨは十二位。あの邪神ツクヨが十二位。


では、また次回。

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