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僕と魔女さん  作者: 霧芽井
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第99話 それぞれの決着。そして、竜胆の正体。

 ハルカside


 暗い水の中、鋭い牙を剥き、執拗に僕を追い回す巨大な白銀の蛇。無我夢中で泳いで逃げるものの、とても逃げ切れない。突撃をかわすのが精一杯。しかもかわした所で、突撃による激しい水流に翻弄され、今や完全に方向を見失ってしまった。何とか蛇の領域である水中から出ないといけないのに。だからといって、蛇が見逃してくれるはずもなく。


「また来た!」


 もう何度目かの突撃。我ながら、よく避け続けていられるよ。でも、いつまでも逃げられない。このままじゃ、いずれ殺される。それにしても、しつこい。逃がさないとばかりに、ひたすら追い回してくる。僕に何か恨みでも有るの?! 理由を聞けるものなら、聞きたいけど、それどころじゃない!


 水中だけに、四方八方から襲ってくる蛇。助かるには、なんとしても、陸に上がらないと。でも、度重なる襲撃のせいで方向を見失っている。普通なら浮力に任せれば、浮かんで水面に戻れるけど、今はそんな事出来ない。蛇に殺されて終わりだ。


  「せめて、魔法が使えれば」


 蛇の襲撃をかわしながら、呟く。どうも精神世界に来てから、まともに魔法を使えない。もっとも使えた所で、あの蛇に有効打になる魔法が僕には無い。


 僕が使えるのは、六大属性の内、『水』『風』『闇』の3種類。一番得意なのは『水』だけど、蛇も『水』に属するから、あまり効かない。一番有効なのは『風』に属する『雷』。だけど、高熱を発するせいか、真の魔王『魔氷女王』の身体を持つ僕と相性が悪く使えない。


「でも、このままじゃ殺される。せめて水中から出ないと」


 蛇はやり方を変えたのか、今度は僕の周りを回り始めた。闇雲に突撃してもダメだと悟り、確実に仕留める機会を伺っているんだろう。こっちを見ているし。でも、ある意味チャンスだ。今の内に手を考えないと。


「魔法はうまく使えない。でも、精神世界では意思の力が全てだって聞いた。多分、僕の意思の力が足りないから、うまく使えないんだろう。要は気合いと根性か。……やるしかないか!」


 僕は改めて気合いを入れる。命懸けだ。やらなきゃ死ぬだけ。やっても死ぬかもしれないけど……。でも、このまま殺されるのは、嫌だ! 僕は自分の使える中から、使う魔法を選ぶ。この際、殺傷力は無視。とにかく逃げるのが最優先。


「……決めた。これで行く」


 使う魔法を選び、発動させるべく集中する。その一方で、蛇の動向も見逃さない。実家で育まれ、ナナさんに更に鍛えられた並列思考。それを活用し、チャンスを待つ。タイミングが大事だ。そして、その時が来た! それまで周りを周回していた蛇が、僕に隙有りと見たのか、突撃してきた。だが、それこそ僕の狙い。


封縛呪鎖(バインドチェーン)!」


 術の発動と共に放たれる幾条もの黒い鎖。それは蛇の口に巻き付き封じる。闇属性の拘束魔法『封縛呪鎖(バインドチェーン)』。殺傷力は無いけど、その発動の速さと拘束力は折り紙付き。そして蛇は最大の武器である口を塞がれ、僕そっちのけで暴れだした。チャンスだ、今の内に離れよう!


 水中だけど、何とか風魔法を発動。気泡を作る。それが上がっていく方向を見て、上を確認。


水魔奔流破(ジェットストリーム)!」


 強力な水流を生み出す水魔法を足元から発動。ロケット噴射の要領で一気に水面を目指す。急激な加速が辛いけど我慢。進んでいく内にだんだん周りが明るくなり、遂に水中から脱出! 水面から飛び出す。


「やった! 出られた!」


 感激のあまり、大声で叫ぶ。生きているって素晴らしい。危うく殺される所だったし。って、うわ、落ちる!


 水中から脱出したのは良いけど、脱出した勢いで空中に投げ出されたから、今度は落ちる。とりあえず、ちゃんと着水しないと。空中で姿勢を立て直し、一旦着水。急いで浜辺へ向かい、一路、元来た道を走って逃げる。とにかく、あの湖から離れないといけない。どうやって反撃するかは決まっていないけど、それだけは絶対だ。やがて、あの小さな神社が見えてきた。ひとまず、ここで待つ。他に開けた場所が無いし。


「逃げる……のは無理だろうね。多分、いや、間違いなく、僕の暗黒面の化身である、あの蛇をどうにかしない限り、帰れないだろう。しかし、どうしたら良いんだろう?」


 湖から脱出し、ひとまず危機は脱したけど、根本的な解決にはなっていない。あの蛇をどうにかしない限り、帰れない。でも、どうしたら良いか分からない。僕の手持ちに、あの蛇に有効な手は無いし。


 しかし、現実は残酷。恐れていた事態が起きた。木々のなぎ倒される音。巨大な何かが近付いてくる!


「……やっぱり追いかけてきた! 蛇だから陸にも上がるよね!」


 白銀に輝く身体をくねらせ、辺りの木々を力任せになぎ倒し、蛇は僕を追って、陸に上がってきた。とことん、しつこい。そうまでして僕を逃がさないつもりか。そして、遂に姿を見せる。


「……どうして僕をそうまでして追い回すんですか?」


 鎌首をもたげ僕を見下ろす白銀の大蛇に、僕は聞いてみた。その返事は……。


「問答無用ですか!」


 容赦の無い襲撃。口を封じていた鎖も既に切られていて、鋭い牙で僕を食いちぎろうとしてくる。対する僕は、決め手が無い以上、逃げるしかない。


「もう! どうすれば良いんですか?!」


 嘆くものの、当然、誰も答えてはくれない。精神世界からの脱出も出来ないし、このまま殺されるしかないのかな? ……冗談じゃない! 死んでたまるか! 絶対に生きて帰る! その為にも、あの蛇をどうにかしないと……。







 ミルフィーユside


「まるで爆撃機ですわね! そうまでして私を殺したいんですの?!」


 上空を旋回する骸骨鳥。その翼から、雨霰と降り注ぐ、金色の羽型魔力弾。何かに触れると爆発する為、決して触れてはなりません。うっかり触れたら最後、その部分を吹き飛ばされてしまうでしょう。私は降り注ぐ魔力弾から逃げの一手。悔しいですが、炎を纏う鳥に対し、同じく炎を得意とする私では、有効な手が有りません。しかも、あの鳥、上空から一方的に攻撃するばかり。対する私は地上。制空権は向こうに有ります。非常に不利な状況ですわね。


 などと、逃げながら状況分析をしていましたが、状況は一向に好転しません。いえ、体力を消耗する関係上、じり貧ですわ。このままでは、死ぬのは時間の問題。多少、早いか遅いか程度。……私はこんな所で終わる訳にはいきません! まだまだ私にはやりたい事、やるべき事が有ります!


炎魔滅却砲(インフェルノ・バスター)!」


 僅かな攻撃の合間を縫って、砲撃魔法を放つ。容易くかわされてしまいますが、それでも何もしない訳にはいきません。むざむざ殺されるつもりは有りませんから。対する骸骨鳥、私の反撃に怒ったのか、今度は口から金色のビームを発射。慌てて横っ飛びで逃れましたが、恐ろしい威力。遥か向こうまで地面を切り裂き、深い溝を作る始末。当たったら、即死確定ですわね。


 しかし、今のままでは殺されるのは時間の問題。何か手を打たないと。もちろん、その間も攻撃は続いています。ちょっとは手加減なさい! 文句を言いたいですが、下手に言ったら、余計に怒らせそうですわ。とりあえず、あの鳥の行動パターンの分析をしたいですわね。どこか良い場所は……。骸骨鳥の攻撃から逃げながら、辺りを見渡してみると……!! 有りましたわ!


 私が来た方角とは別方角に、何やら街らしき物が見えました。何か手掛かりが有るかもしれません。少なくとも、多少なり、身を隠すぐらいは出来るでしょう。あの破壊力の前には気休め程度でしょうが、ろくに障害物の無い今の状況では、ただの的ですから。そうと決まれば、ぐずぐずしてはいられません。私は大急ぎで街を目指して走ります。


「戦略的撤退ですわ!」


 私は逃げる事を恥とは思いません。時と場合によっては退かねばならない時も有ります。少なくとも、今は退かないと。ただ、走って逃げるには無理が有りますわね。やはり、あれが必要ですわ。でも多少、準備に時間が掛かります。時間稼ぎが必要ですわ。しかし、まともに攻撃しても効きません。私も骸骨鳥も同じ炎系ですから。ですが、手は有ります。古典的ですが。


「ていっ!」


 私は無詠唱で術を発動、手の中に現れた光の球を振り返り様に、骸骨鳥の顔面目掛けて投げつけ、すぐに前を向きます。当然、巨大鳥はそれを撃墜しますが、それが私の狙い。直後、凄まじい閃光が迸る。本来は明かりを灯す魔法、光球(ライトボール)。明るさと持続時間が反比例する性質を持つその魔法を、明るさ最大、持続時間最少で放ったのです。要は閃光弾ですわね。


「ギャアアアアアアッ!!」


 さすがの骸骨鳥も、目の前で強烈な閃光が炸裂したのが堪えたらしく、悲鳴を上げます。それでも墜落しないのは凄いですわね。しかし、隙は出来ました。今の内ですわ。私は再び、パワードスーツを実体化、空へと舞い上がり、一路、街を目指して飛びます。急がないと。閃光による目潰しも長くはもたないでしょうし。







 ハルカside


「全く! しつこいにも程が有るよ!!」


 思わず愚痴るものの、一向に事態は好転しない。こちらは有効な手が無いし、向こうはひたすら追い回してくる。


 何とか、蛇のホームである湖から脱出したけど、相手は蛇だけに陸に上がってきた。そして、執拗に僕を追い回してくる。今は森の中を逃げながら、何か手は無いかと考えている所。少なくともまともにやっても効かない。僕も蛇も同じ水系だから。ただし、蛇は巨大な身体そのものが凶器。その身体の一撃を受けたら僕なんて、ひとたまりもない。そんな訳で、ひたすら逃げ回っていた。


「どうしよう? どうしたら良い? 僕の魔法は水系が中心だから、あの蛇には、ろくに効かない。でもこのままじゃ殺される。少なくとも帰れない」


 状況は悪くなるばかり。あの蛇をどうにかしない限り、いずれ殺される。仮に逃げ続けたにしても、帰れない。ナナさんの助けも得られない以上、自分で何とかするしかない。しかし、どうしたら良いのか?


「落ち着け僕。こういう時こそ、冷静になれ。考えろ、今の状況を分析しろ、自分と相手を客観的に見ろ」


 落ち着けと必死に自分に言い聞かせ、並列思考を生かし、蛇への警戒をしながら、同時に対策を考える。


「僕に出来て、蛇に出来ない事。何か無いか、何か無いか……」


 その間も当然、蛇は執拗に『地を這い』、追い回してくる。あぁ、もう! 並列思考が使えなかったら、とっくに死んでるよ! でも、そこで閃いた! そう、蛇は『地を這う』。


「これだ! 何で今まで忘れていたんだろう!」


 僕に出来て、蛇には出来ない事。そして、僕が優位に立てる事。最近、やっと使える様になった、新しい魔法。


「でも、ここじゃ使いづらい。どこか、開けた場所……あの神社に戻ろう!」


 蛇への反撃を決めた僕は、古びた小さな神社へ戻る事に。幸い、蛇が森の木々を薙ぎ倒してくれたせいで、道が出来ている。逃げるのをやめ、方向転換。元来た道を逆戻り。面食らったのは蛇。今まで逃げ回っていた僕が、逆に向かってくるんだから。そして僕は時間稼ぎと、追い回された仕返しを兼ねて、蛇の顔面に水流を撃ち込む。確かに蛇に水系の魔法は効かない。でも、水流が直撃した事による衝撃は受ける。下からの水流の直撃を受け、さすがの蛇もバランスを崩す。その隙に素早く、横を走り抜ける。さぁ、来い! 決着を付けてやる!






 蛇が通り抜けた跡を逆戻りし、再びあの小さな神社の境内に戻ってきた。ここが決戦の場だ。僕は改めて気合いを入れる。ここは精神世界、逃げ道は無い。ここで負ければ、『死』有るのみ。でも、それだけを考えていた訳じゃない。


「恐らく、いや、間違いなく、あの蛇を殺したらダメだ。あの蛇は僕の暗黒面の化身。ある意味、僕の分身。もし殺したら、僕も死ぬだろう。ドラ○ンボールの神様とピッ○ロ大魔王と同じ。つまり、殺さずに何らかの形で決着を付けないといけない。難易度、高過ぎでしょ……」


 クローネさんから聞いた話の内容から、あの蛇を殺したらダメだと判断。あの蛇は自分の心の影。それを殺すのは自分を殺すのと同じ。過去に死者が大勢いる訳だよ。なまじ、実力が有るから力ずくで倒そうとして、結果、自滅したんだね。


「……どうにか穏便に済ませたいんだけど、そうもいかないだろうね」


 倒すのがダメな以上、僕は話し合いで解決出来ないかと考えていた。もっとも、僕は話し合いで全てが解決するなどと思っていないけどね。僕は無闇矢鱈に争う気は無い。だからといって、みんな仲良くだの、話せば分かるだの、根っからの悪人はいないだのと言う、平和主義者(笑)でもない。そんなの、あり得ないからね。ナナさんには、可愛い顔して、言う事がドライと言われたけど。


「……だったら、力ずくでも、話を聞いてもらう」


 相手に話を聞く気が無いなら、力ずくでも聞かせる。ナナさんも言っていた。自分の意見を通したければ、力が必要。無力な奴には何も言う権利は無いと。だからこそ、修行をするんだ。生きる為、自分の意見を通す為に。そうこうしている内に、聞こえてきた、木々を薙ぎ倒す音。……来た!


 森の木々を薙ぎ倒して、白銀の鱗を持つ大蛇が姿を現した。こうして見ると、やはり大きい。正に怪物。しかも、森の木々を薙ぎ倒して進んで来たはずなのに、その身体には傷一つ無い。耐久力も凄いみたい。


「僕の言葉が分かりますか? 僕の話を聞いてくれませんか? 僕は貴方を殺しに来たんじゃないんです。貴方と話がしたいんです」


 まずは、ダメ元で蛇に話しかけ、こちらに敵意は無いと伝える。対する蛇はというと、わざわざ、こちらに顔を近付けてくれました。要は、食べようとしてきた。やっぱり、話は聞いてくれないか。とりあえず、僕は境内を走り回り、蛇の攻撃をかわす。しかし、攻撃の余波は強烈で、境内は滅茶苦茶に。バチが当たらないと良いけど……。ただ、攻撃をかわしている内に、ある事に気付いた。


「やっぱり、そうだ。わざわざ、『避けている』」


 執拗に攻撃してくる蛇だけど、1ヶ所だけ、『攻撃しない場所』が有る。本来なら、とっくに壊れていてもおかしくないのに。これは使える。そう判断し、僕は元々のプランにそれを加える。これで、より一層、有利に事を運べる。あの蛇の動きを制限出来る。それじゃ、作戦第二段階だ。僕が出来て、蛇には出来ない事。それを突いた作戦の為に。


飛天魔翔(ハイ・ウイング)!」


 ナナさんから教わった、高速飛行魔法。それを発動させ、僕は上空へと舞い上がる。そう、これが僕に出来て、蛇に出来ない事。この為にわざわざ、ここに戻ってきた。木々が生い茂る森の中では飛びにくいからね。


 僕は空を飛べるのに対し、蛇は空を飛べない。この差は大きい。僕は空中を自在に移動し、上空から攻撃出来るのに対し、蛇はあくまで、地上から離れられない。極端な話、蛇の攻撃が届かない高さから、一方的に攻撃すれば勝ちだ。卑怯? 戦いに卑怯、卑劣は無い。某、究極生命体の人も『勝てば良い』と言ってるし。


 さて、僕が上空へと移動した事で、一気に形勢逆転。さっきまでは追われる立場だった僕が、今度は攻勢に出る。


「殺しはしないけど、それなりに攻撃はさせてもらう」


 魔法で水の塊を作り出し、蛇に向かって発射。発射速度に上空からの落下速度も加わり、強烈な衝撃を与える。水そのものは効かなくても、衝撃は通る事は既に確認済みだし。


 対し、蛇も口から水流を発射して反撃してくるけど、僕は上空にいる上、蛇よりずっと小さい。つまり、攻撃を当てにくい。そもそも、僕自身、攻撃を避けるし。つくづく、制空権を取る事の重要性を知ったよ。こうも、有利に戦えるとは。ともあれ、蛇が疲れるまでは続けないといけない。そして、機を見計らって、話し合いに持ち込む。そのつもりだったんだけど……。


『羨ましい』


 突然聞こえてきた声。


『私も空を飛びたい。龍になりたい』


 また聞こえてきた。……まさかこの声。並列思考で攻撃をかわしながら、謎の声の事を考える。というか、今この場には、僕以外には、1人? しかいない。しかも、この内容。


『あぁ、なぜ私は蛇なのか。地を這い、深淵に潜むしか出来ない、この身が恨めしい。天を行く、龍が恨めしい』


 ……はい、ビンゴ。これはあの蛇の声だ。もっと正確に言えば、蛇の心の声だ。そして……これは僕自身の心の声。僕の心の暗黒面の声だ。


「そうか、そういう事だったのか!」


 蛇の姿を見て、そしてその声を聞いて、僕は遂に理解した。僕の『根源の型』。魂の奥底にいる怪物が『蛇』である理由が。


「……何とも皮肉だね。でも、確かに『蛇』は僕にふさわしいね。それじゃ、予定より早いけど、話し合いを始めよう」


 未だに蛇は上空の僕に向かって、水流を発射している。でも今なら分かる。あれは嫉妬だ。空を飛べる僕に対する。そして、話し合いをする以上、上からなんて失礼だ。ちゃんと相手と同じ席に着かないと。僕は蛇の攻撃を避けながら降下。蛇の目の前に立つ。当然、蛇は牙を剥くが、僕は避けない。迫る牙、喰われるその瞬間。


 牙を水の壁で受け止めた。


「もうやめませんか? さっきも言いましたが、僕は貴方を殺しに来たんじゃないんです。話をする為に来ました。それに、貴方が『蛇』である理由も分かりましたし」


 僕の言葉を黙って聞く蛇。


「貴方は僕の先祖と結ばれた『蛇の化身』絡みの存在にして、僕の魂の影。『蛇』であるが故に、空を飛べない。どうあがいても、空を飛べる『龍』になれない。そして、それは転じて、どんなに頑張っても英雄になれないという暗示でもある。『龍』は古来より、英雄、王者を司るもの。違いますか?」


『……………………』


 僕の言葉に、蛇はただ沈黙していた。


「沈黙は肯定と受け取りますよ。じゃ、続けますね。これは、あくまで僕の個人的な意見ですけど、英雄、王者って、そんなに素晴らしいものでしょうか? 僕はそうは思いません。確かに、富や権力、栄光を欲しいままに出来るでしょう。でも、それが本当に幸せなんでしょうか? 英雄、王者となった者は、その名に縛られる。否応なしに英雄、王者である事を求められる。そして、その座を奪われる事に怯え続ける。そもそも、英雄、王者なんて、裏を返せば、単なる大量殺戮者です。それは歴史が証明しています。僕は嫌ですよ。そんな『龍』になるぐらいなら、僕は空を飛べなくても『蛇』で良いです」


 実際、過去の歴史にしろ、伝説や神話にしろ、英雄、王者なんて、大抵が悲惨な末路を迎えている。『盛者必衰』とはよく言ったもの。それに僕自身、英雄、王者なんて柄じゃない。


『……欲が無いな』


 ここでやっと、蛇が話してくれた。良かった。ちゃんと話が通じたよ。


「事実ですからね。でも、僕は強くならないといけません。命を狙われているんで。そして、他の人達も巻き込んでしまった責任が有りますから。お願いします。協力してください!」


 僕は蛇に正直に事情を話し、協力を求め頭を下げる。土下座の方が良かったかな? すると蛇は尋ねてきた。


『……お前は力を得て、何をする?』


 それに僕は答える。


「そうですね。とりあえず、自分。そして親しい人達に降りかかる火の粉は払います。後、いつか師匠のナナさんに一人前と認められたいです。ですが、全てを救うだの、守るといった無責任な事は言わないし、しません。というか、出来ません」


 我ながら、薄情とは思う。でも、それが現実。ナナさんの元に来て修行する様になって、その事を痛感した。この世は理不尽と不条理だらけ。全てを救う、守るなんて出来ない。誰かの幸せの陰では誰かが不幸に。勝者の下には大勢の敗者が。おかげで僕はアニメやラノベの主人公が嫌いになったよ。あまりにも楽天的で無責任な言動に腹が立ってね! 特に、世界最強(という名のテロリスト)の姉を持つあいつや、おっぱいおっぱい騒いでいる、赤い龍のあいつ。ナナさん曰く、僕がこいつらみたいな性格だったら、弟子にしなかった。その場で殺していたと。


 僕の話を聞くと、蛇は言った。


『付いてこい』


 案内された先は神社の境内。その中に有る、小さな社。


『手を合わせていけ』


 言われて手を合わせる。


 それを済ませ、僕は蛇に尋ねた。


「貴方は僕の先祖と結ばれた『蛇の化身』絡みなのは分かりましたが、実際はどういう関係なんですか?」


『私は元祖より分かたれた分霊。そして、ここは私の元祖を祀った神社を、魂の奥底の古い記憶を元に再現した場所。ちなみに神社を作ったのは、私の元祖と結ばれた、お前の先祖だ』


「そうだったんですか。だからこそ、貴方は『この社を壊さない』様に、攻撃していたんですね」


『そうだ』


 自分の元祖を祀った社、正確にはそのコピーとはいえ、壊す訳にはいかないよね。そして、そろそろ、終わりが近いらしい。


『お前の事は見定めさせてもらった。まだまだ未熟で、甘い所も多々有る。だが、現実をしっかりと見、確かな力と強い芯が有る。現実を見ず、理想論とすら言えないバカげた妄想を振りかざす愚か者ではない。ならば、私はお前を認めよう。お前の力となろう。私はお前の魂の影。常にお前と共に有る。さぁ、帰れ。お前には現実世界でやるべき事が有る』


「ありがとうございます!」


 蛇は僕を認めてくれた。そして、帰る様にと。僕は蛇に改めてお礼を言い、頭を下げる。すると、周りの景色がぼやけて消えていく。そう、試練が終わり、現実世界に帰る時が来たんだ。


『さらばだ』


 景色が消えていき、ぐんぐん浮かび上がる感覚の中、最後に聞こえた蛇の声。ありがとう、僕、頑張りますから見ていてください……。







 ミルフィーユside


 閃光の目潰しで時間を稼ぎ、その隙に街らしき場所まで逃れてきましたが、そこは既に廃墟と化していました。最近、やたらと廃墟に縁が有りますわね。あまり嬉しくないですわ……。しかし、そうも言っていられません、じきに骸骨鳥はやってくるでしょう。何か対策を練らなければ、殺されるだけ。


「どうしたものでしょうね? とりあえず、身を隠しましたが、あの骸骨鳥がその気になれば、辺り一帯を爆撃で吹き飛ばすでしょうし」


 正直言って、手詰まり。あの骸骨鳥に対する決定打が私には無い。手掛かりは無いかと、この街に来ましたが、何も無い。正確には、『全て焼かれて』いました。それも相当な高熱だったらしく、残っているのは石やレンガの類いだけ。しかも、それさえ焼け爛れている程。見渡す限り、そんな悲惨な光景が広がっていました。


「……酷いですわね。恐らく、一瞬にしてこの街は焼き尽くされてしまったのでしょう。これ程の広範囲を一瞬で焼き尽くすとは、ただ事ではありませんわ」


 ある意味、器用ではあります。街を吹き飛ばすのではなく、街を焼き尽くしたのですから。まぁ、下手人は大体、予想が付きますが。それと、もう1つ気になる事が。この街、かなり古いですわ。少なくとも、中世時代。もっと古いかもしれません。家の造りといい、石畳の道といい、今時、見かけません。


「この精神世界、相当、昔の世界がベースの様ですわね。我がスイーツブルグ家の先達の方、絡みなのは間違いないでしょう。でも、今はそれどころではありませんわね!」


 残念ながら、思案の時間は終わりの模様。突如、飛来した金色のビーム。それは建物を吹き飛ばし、地面を抉る。そう、あの骸骨鳥がやってきました。しかも、先程より殺気が増しています。目潰し攻撃に相当、頭に来た様ですわね。短気な方ですこと。


 パワードスーツの力で再び、空へと上がり、骸骨鳥と対峙。お互いに睨み合う。そして、戦闘開始! 骸骨鳥が金色のビームを放ち、私もパワードスーツに搭載された重力兵器から重力弾を放つ。今度は急速接近からの足の鉤爪で切り裂きにきたのを、腕から展開した魔力の刃で打ち払う。一進一退の攻防が続く。


 はっきり言って、苦しい戦いですわ。しかし、退く訳にはいきません。ここは精神世界。緊急脱出の手段が絶たれた以上、そこに住む『怪物』と決着を付けない限り、帰れません。しかし、『怪物』を殺してもいけません。あれは自らの魂の影。それを殺せば、自分も死ぬ。つまり、殺さずに決着を付ける必要が有ります。ただ、決着の付け方は人それぞれ。決まったやり方は有りません。


「ハルカの方なら、話し合いで解決するかもしれませんわね」


 ハルカは争いを好まない、穏やかな性格。魂の影は本人の性格の影響を受けますから。何せ、自分自身ですし。


「もっとも、私の方はそうもいきませんわね!」


 骸骨鳥の翼から放たれた大量の羽型魔力弾を、こちらも拡散重力波で迎撃。あの骸骨鳥は私の影。そして私の性格から考えると、話し合いに応じる様な甘い性格では無いでしょう。ならば、やる事は一つ。


「死なない程度に叩きのめす!」


 私は弱い相手、愚かな相手を認めません。それはあの骸骨鳥も同じでしょう。認めさせるには勝つしかない。しかし、勝つ方法が見付からない。火力も耐久力も向こうが上。何か弱点は無いのでしょうか?







「……まずいですわね……。いい加減、限界が近いですわ……」


 あれから、大分、時間が経ちました。しかし、未だに骸骨鳥との決着は付かない。状況はかなり悪化していました。何せ、向こうは一向に疲れを見せないのに対し、私は疲労困憊。いかにパワードスーツの補助を受けていても、限度が有ります。そして今は、気配を隠し、物陰に潜んでいます。全ては『反撃』の為に。


「骸骨鳥。私はまだ、諦めてはいませんわよ。貴方の『弱点らしき事』、分かりましたわ」


 私は骸骨鳥と戦ったり、時には逃げたりしながらも、相手の観察を怠ってはいませんでした。相手の観察は大事ですから。その結果、あの骸骨鳥が『しない事』に気付きました。それは、地上に近付く事。基本的な攻撃手段は、空中からのビームと爆撃。鉤爪攻撃も有りましたが、それは全て空中戦のみ。地上にいる私に鉤爪攻撃をしてきた事は無い。他の鳥はしてきたのに、骸骨鳥だけはしない。


「あの骸骨鳥、地上に何かコンプレックスでも有るのでしょうか?」


 それは分かりません。しかし、試す価値は有ります。どのみち、このままでは力尽き、殺されるのがオチ。私は力を振り絞り、骸骨鳥に挑む。


「私はここですわよ! かかってきなさい! 決着を付けましょう!」


 空へと舞い上がり、大声で叫びます。すると、骸骨鳥がやってきました。向こうもそのつもりの様ですわね! 泣いても笑っても、これが最後。行きますわよ!


地魔大礫槍(アースグランスピア)!!」


 私の術発動に伴い、街のあちこち。建物や、石畳から石が集まり、巨大な槍を作る。それも6本。火系魔法は効かない。ならば、他の属性の魔法を使うまで。この街が石造りが中心で助かりましたわ! 大量に石が有りますから、地系魔法を使う負担が少なくて済みます。


「喰らいなさい!」


 掛け声と共に、6本の石の巨大槍が六方向から骸骨鳥に向かって飛ぶ。しかし、骸骨鳥もさるもの。その全てをかわしてしまいました。巨体の割りに素早いですわね。しかし、まだまだ!


地魔穿突(アースニードル)!」


 今度は真下からの石の槍。それさえも、多少、翼にかすっただけ。ならば、これですわ!


地魔大礫槌(アースグランプレス)!」


 地系の大魔法。街中から、石が集まり巨大な塊に。


「潰れなさい!!」


 私の生み出した巨大な石の塊を骸骨鳥目掛けて、一気に落とす! 凄まじい轟音と地響き。やりましたか? でも、こういうのを、フラグと言うそうですわね。


「……外した」


 そこには勝ち誇るかの様に、骸骨鳥の姿が。残念ながら、私の三連撃は全て外れました。骸骨鳥はもはや、勝負有りとばかりに口からのビーム発射の体勢に入りました。事実、私の力は尽きる寸前ですわ。えぇ、『尽きる寸前』ですわ。そして、いよいよビームが発射されようとした時。


『突然、骸骨鳥が墜落しました』


 さすがの骸骨鳥も、突然の異常事態に焦っている模様。しかし、動けず、地面に縫い付けられる。


「上手くいきましたわね」


 私は自分の策が成功した事に安堵の息をつきます。もし、これまで外したら、終わりでしたわ。


地魔六芒縛陣(アースヘキサグラム)。手間は掛かりますが、効果は抜群ですわね」


 上空から見れば、地面に縫い付けられた骸骨鳥を中心に、6本の石柱が立っているのが見えるでしょうね。地魔六芒縛陣(アースヘキサグラム)。6ヶ所の要を用いて、魔法陣を描き、中心部の対象を地面に縫い付け封じ込める術。私が最初に放った6本の石の槍。骸骨鳥への攻撃であると同時に、この術の仕込みでもありました。戦いは常に、二手先、三手先と、策を張り巡らせないといけません。さて、骸骨鳥の所へ行きましょう。


『色々、話したい事が有りますし』






 さほど距離が離れていなかった事もあり、私は程なくして骸骨鳥の元へと到着しました。改めて見ても、不気味な姿ですわね。しかし、この姿が何を意味するのかは、大体、分かりましたわ。とりあえず、今は話をするのを最優先としましょう。


「手荒な真似をした事はお詫びいたしますわ。しかし、こうでもしないと、貴方は話を聞いてくれそうにもなかったので」


 そう話しかける私に対し、骸骨鳥は地面に磔にされた状態ながら、眼球の無い眼窩のみの目でこちらを睨んでいます。やはり、怒っているのでしょう。しかし、私は構わず話を続けます。


「まずは貴方が何者かについてですわ。貴方は私の魂の影にして、我がスイーツブルグ家の祖が契約を交わした『鳥』に連なる者。そして、私達スイーツブルグ一族が代々、積み重ねてきた『業』の化身。違いますか?」


 私は当家に伝わる昔話を始め、私の知る知識。そして、私なりの推測を元に、骸骨鳥にその正体を語る。すると、初めて骸骨鳥が喋りました。


『……正解ダ。ダガ、私カラモ問オウ。ナゼ、私ガ『業』ノ化身ト判断シタ?』


 その問いかけに答える私。


「別に難しい事ではないですわ。私は貴族の娘。しかも、国内で五指に入る名門貴族の。しかし、その地位と権力は無数の犠牲の上に成り立っています。それは敵のみならず、自分自身さえも。様々な夢を、希望を、恋愛を、自らの家の為に犠牲にする。それが貴族。家の為に全てを犠牲する悲しい存在。貴方が白骨の姿をしているのは、正にその象徴」


『見事ダ。コウモ、アッサリ当テラレルトハナ』


 どうやら、またも正解だった様ですわね。私からすれば、貴族として当たり前の事を言っただけですけど。さて、今度は私からですわ。


「貴方に質問が有ります。貴方はなぜ、地上に降りようとしなかったのですか? 他の鳥達はしていたのに、貴方だけは断固、しなかった。……あの焼き尽くされた街、あれが関係していますわね?」


 私の質問に対し、骸骨鳥はしばしの間沈黙していましたが、やがて、話し始めました。


『イカニモ。私ノ元祖ガ、カツテ初メテ地上ニ降リ立ッタ場所デアル街。ソレヲ再現シタノガ、アノ街ダ。元祖ハ地上ニ強イ憧レヲ抱イテイタ。ソシテ、当時ノ街ノ者達ニ請ワレ、降リ立ッタ。ダガ、元祖の力ハ、アマリニ強ク、ソンナツモリハ無カッタノニ、結果、街ヲ滅ボシテシマッタ。以来、元祖ハ地上ニ降リナクナッタ。ソレハ、分霊タル私モ同ジ』


「……申し訳ありません。嫌な事を聞いてしまいましたわね」


 真相は思っていた以上に、重い内容でした。悪意が無いからといって、必ずしも良い結果になるとは限らない。トラウマにもなりますわね。そう思っていると、骸骨鳥は私に語りました。


『オマエノ行ク道ハ、修羅ノ道。確カニ栄光ハ掴メルダロウ。ダガ、ソノ代償ハアマリニ大キイ。嘆キ、悲シミ、傷ツキ、苦シミ、失ウダロウ』


 それは、私の将来に対しての言葉。私達はしばし、見つめ合う。そして私は答える。


「それが何か? その様な事、とっくに覚悟は済ませていますわ!」


 骸骨鳥に向かって断言。面食らう骸骨鳥を尻目に更に続けます。


「修羅の道? 傷付き、苦しみ、失う? 当たり前でしょう! それが貴族。地位や、権力の代償。嫌なら、家を捨てる事ですわね」


 この世には、どうにもならない事が有ります。例えば、私は貴族の家に生まれました。故に、貴族の権力と同時に義務が付いて回る。それは仕方ないのです。安っぽいアニメや、ラノベはその辺をやたら軽く描きますが、私は大いに不満ですわね。


 先日、ハルカから借りたラノベのヒロイン。私と同じく貴族ですが、あまりに酷い。ろくに自らの務めも果たさず、敵に度々侵入されるわ、そのせいで犠牲者は出すわ、挙げ句の果てに街を破壊されかけるわ。もし、私がこんな大失態を犯したら、少なくとも、家を追放。下手をすれば、スイーツブルグ家が取り潰されますわ。そのくせ、自由な恋愛がしたいとか。貴族を舐めていますわね! 思い出すだけで、不愉快極まりないですわ!


 まぁ、アニメや、ラノベは所詮フィクション。主人公を活躍させる為の舞台装置でしかありません。ただ、最近の作品は度を越していますが。先程のラノベもそうですが、明らかに主人公の方が筋の通らない事をしているのに、それが全て正当化されますから。主人公補正、いえ、ご都合主義も大概になさい。


 ……いけませんわね、つい、脱線してしまいましたわ。私は再び、骸骨鳥と向き合います。


「私はこんな所で止まってはいられないのです。私はスイーツブルグ侯爵家の娘。その名を背負っています。そして、私のかけがえの無い親友が命を狙われています。だから、私には貴方の力が必要なのです。お願いします、私に協力してください!」


 こういう時は小細工は無用。骸骨鳥に対し、誠心誠意を持って、真正面から協力を願います。


『……ソコマデスルトハナ。ソノ親友トハ、オ前ニトッテ、ソコマデスル程ノ相手ナノカ? ソノ為ニ、多大ナ犠牲ヲ払ウ事ニナッテモカ?』


 対する骸骨鳥は意地悪く、聞いてきました。そこまでする価値が有るのか? その為にどれだけの犠牲を払う事になるのかと。しかし、私は迷いません。


「言ったでしょう? 覚悟は既に済ませていると。勿論、これが最善の道とは思いません。しかし、親友を見捨てるなど、私は出来ません。たとえ、敵が真の神であろうとも」


 私は自分の決意を骸骨鳥に語りました。すると骸骨鳥は、何やら思案する様子を見せ、やがて口を開きました。


『……羨マシイナ。オ前ニハ、ソコマデ大切ナ相手ガイルノカ。良カロウ。オ前の強キ信念ト覚悟、認メヨウ。我ガ力、オ前ト共ニ有ル。サァ、帰ルガ良イ。ソノ信念ト覚悟ヲ貫イテミセロ』


「ありがとうございます!」


 遂に骸骨鳥は私を認めてくれました。それと同時に周りの風景が揺らぎ、消え始める。試練の終わりですわ。


『サラバダ。若キ勇者ヨ。苦難ニ負ケルナヨ』


 ぐんぐん浮き上がる感覚の中、最後に聞こえてきた骸骨鳥の声。私は返事をします。


「えぇ、負けませんわ! だから、見ていてください!」







 ナナside


 未だに目を覚まさないハルカとミルフィーユ。時刻は、もう日が暮れようとしていた。私はハルカの手を取り、ただ一心に無事、帰ってくる事を祈る。


「ナナ殿、少し休まれてはいかがですか?」


 ずっとハルカに付きっきりな私を気遣うエスプレッソ。何せ、エスプレッソの淹れてくれたミルクティーを1杯飲んだだけだし。


「悪いね。私はハルカが起きるまで、ここにいるよ」


 だが、私はハルカの元を離れる気は無い。この子が起きた時、一番に迎えてやりたいからね。エスプレッソもそれを察し、何も言わず離れる。悪いね、事が済んだら、一杯奢るよ。


「さっさと起きろ、このバカ弟子。あんたが起きないと誰が飯を作るんだい」


 眠るハルカに語りかける。その時、変化が起きた! ハルカが微かに声を上げた。ゆっくりとだが目を開ける。そして、大きく伸びをしてから、私を見る。


「ただいま、ナナさん。帰ってきました!」


 ハルカは元気に、そう告げる。対する私は言葉がとっさに出なかった。だが、何とか気を取り直し、答える。


「お帰り、ハルカ」


 そこへもう1つの声。


「残念、先を越されてしまいましたわね」


 そう、ミルフィーユも帰ってきた。


「お帰りなさいませ、ミルフィーユお嬢様。やれやれ、またしても、せっかく見つけた良い葬儀社が無駄になりました」


「それは残念でしたわね、エスプレッソ」


 エスプレッソの奴も、いつもの皮肉を飛ばし、ミルフィーユが軽く受け流す。良かった、いつもの光景だ。失わずに済んだ。我ながら、感無量だよ。泣きそうになるが、ハルカの手前、我慢。師匠としての面子が有るからね。とりあえず、ハルカと向き合う。感じる。格段に力が上がっている。ちゃんと『根源の型』との決着を付けたんだね。


「改めて言うよ。お帰り、ハルカ。『根源の型』との決着を付けたみたいだね」


「はい」


「どんな姿だった? そして、その意味する所は分かったかい?」


「白銀の鱗の大蛇でした。その意味する所は、決して英雄、王者にはなれないという事でした」


「お見事。よく分かったね」


 つくづく、優秀な子だよ。ちゃんと『根源の型』の意味する所を理解したか。でも、そこへわざと揺さぶりを掛ける。


「悔しくないのかい? 英雄、王者になれないって言われてさ」


 私の意地悪な問いかけ。しかし、ハルカは迷わず答える。


「別に。僕は英雄だの、王者だの、そんな事に興味ありません。僕の柄じゃないですし。それに、そんなに素晴らしいものじゃないですから」


「言うねぇ。さすがはハルカ」


 大した子だよ。はっきり言いきりやがった。でも、そんなハルカだから、私は弟子にしたのさ。


「今日は疲れただろう? ゆっくり休みな。また、明日からビシバシ鍛えてやるからさ」


「では、お言葉に甘えます」


 まぁ、そんなこんなで、ハルカとミルフィーユの精神世界行き修行は無事、終了。その後は最終日まで、修行に明け暮れ、最後は、竜胆(リンドウ)に別れを告げ、私達は帰った。竜胆(リンドウ)はもうしばらく、留まるそうだ。ハルカが心配し、一緒に帰ろうと誘ったものの、丁重に断られた。あいつにも事情が有るらしい。こればかりは仕方ない。








 竜胆side


「やっと帰りましたか。予定外の人達でしたからね」

 

 師匠に言われて来た、この世界。夜になると現れる、住人達の成れの果てである、『影』との戦いを繰り広げていた私の前に現れた、何とも騒がしい人達。何だかんだとあり、数日間、行動を共にしましたが、悪い気はしませんでしたね。


「羨ましいですね。良い師匠を持って」


 思い出すのは、ナナとハルカ師弟。私の師匠は色々な意味で『人でなし』ですからね。


「さて、私の方も、今日が最終日でしたね。そろそろ、師匠が来る頃ですが」


 そう、1人呟くと、後ろから突然の声。


「カカ! もう来とるわ! 未熟者が」


「……相変わらず、悪趣味ですね師匠。『気配を周囲に同化』させて相手の背後を取るとは」


「気配を『消す』など、三流のやる事よ。わざわざ気配の『空白』を作るなど、不自然極まりないからのう」


 声の主は私の師匠。相手の背後を取って、驚かせるのが好きな悪趣味なお方です。そして確かに師匠のおっしゃる通り。下手に気配を消すと気配の空白を作ってしまい、むしろ目立ってしまう。分かりやすく言えば、ごちゃごちゃ書き込んだ紙の一部に消しゴムを擦る様なもの。消した部分がはっきり分かる。


「ところで竜胆(リンドウ)。何か面白い事が有った様だのう。儂に話してみい」


「さすがは師匠。お見通しですか」


 まぁ、秘密にする筋合いも無いですし、何より師匠にごまかしは通じない。私は一連の出来事を師匠に報告。それを師匠は楽しそうに聞いておられました。


「ほほう、その様な事がのう。いやはや、面白い。長生きはするものじゃ」


「師匠がその様な事を言われるとは、珍しい」


「まぁの。竜胆(リンドウ)、お主から見ても面白い奴らだったのじゃろう?」


「はい。特に若い2人、ハルカとミルフィーユには、大変な将来性を感じました」


 師匠に聞かれ、私は率直な感想を述べる。実際、あの2人は私が見てきた同年代の中でも、抜きん出た実力を持っています。しかも、まだまだ伸びるでしょう。


「カカカ! それは凄いのう。お主も負けてはおれんな。カカカカカ!」


 楽しそうに笑う師匠。しばらく笑っておられましたが、そろそろ『時間』です。師匠もそれを理解し、笑うのを止めます。


「間もなく日が暮れるのう」


「はい、師匠。申し訳ありません。私が未熟なばかりに、わざわざ師匠のお手を煩わせる事に」


 謝罪する私ですが、師匠は特に気にする節もなく。


「構わぬ。今のお主では『影』を滅ぼす事、叶わぬ。ならば、『出来る奴』がやるのが道理」


 やがて完全に日が沈み、夜が来ました。そう、『影』達の時間です。奴らは、師匠の絶大なる力を感じたのか、いつもと違いました。いつもは群れで来るのが、今回は、合体し、巨大化しました。そして、巨大な手で師匠を握り潰さんと、腕を伸ばす。しかし、師匠は動じない。右手の指を小指から順に折り曲げ、最後は親指をしっかりと絞め、握り拳を作る。


「哀れよのう。『影』となり、生きるも死ぬも叶わぬか。ならば、お主らの苦しみ、儂が終わらせてやろう。受けよ、『神の拳』!」


 師匠は握り拳を作った右腕を目一杯、引き絞り、正拳突きの構えを取る。そこへ迫る、巨大化した『影』の腕。正にその腕が師匠に触れようとした時。


『喝!!!!』


 烈迫の気合いと共に師匠が繰り出した、正拳突き。私は予め、師匠の後ろに控えていたので、助かりましたが、師匠の正拳突きを受けた『影』はというと。


『跡形も無く消えました』


「うむ、成仏せいよ」


 師匠はというと、手を合わせていました。師匠なりの礼儀だそうです。しかし、恐ろしいお方です。本来、殺しようの無い『影』を滅ぼしてしまうとは。この世の道理を踏み越え、不可能を可能にする。それが『真の神』。


「お見事です、師匠」


「まぁ、これぐらい朝飯前じゃ」


 事も無げにおっしゃる師匠。いや、普通は出来ませんからね。


竜胆(リンドウ)、お主もこれぐらい出来る様になれ。何の為にお主に『武神』に次ぐ者にして、『武神』を継ぐ者。『武帝』の名を与えたと思っておる。『武帝 竜胆』の名が泣くぞ」


 ついでにダメ出しもなさる。相変わらず厳しいお方です。


「申し訳ありません、師匠。いえ、『武神 鬼凶』様」


「儂の名は桔梗じゃ!」


 師匠の本名は桔梗ですが、周りからは鬼凶と呼ばれていますし。


「まぁ、良い。そろそろ帰るぞ。久しぶりに『魔剣聖』の所に顔を出すかのう」


 恐ろしい事を言い出しました。武の頂点に君臨する二極。『武神』と『魔剣聖』。この両者がぶつかったら、大惨事どころでは済みません。前回、酷い目に合いましたし。ですが、師匠は一度決めた事は、基本的に曲げません。諦めるしかない。


「……師匠、お願いですから、やり過ぎないでくださいね」


「カカカ! うむ、善処しよう」


 一応、釘は刺しておきましたが、無駄でしょうね。私は何とか生き延びる方法を考えます。


「では、行くぞ竜胆(リンドウ)。武の道に終わりは無い。更なる高みを目指して、出発じゃ!」


「はい、師匠」


 こうして、私達はこの世界を去りました。次は『魔剣聖』の領域。師匠と並び立つ、武の頂点。死なない事を祈りましょう。……ふぅ、ハルカ、貴女が羨ましい。私も貴女の様な、良い師匠が欲しかった。私はため息一つ、付くのでした。




僕と魔女さん、第99話です。


ハルカとミルフィーユ。それぞれ、自分の『根源の型』との決着を付けました。作中でも語った様に。『根源の型』には意味が有る。


ハルカは『蛇』。その意味する所は、決して『龍』になれない。空を飛べない。そこから転じて、英雄、王者にはなれない。


ミルフィーユは『骸骨鳥』。その意味する所は、栄光と引き換えに、傷付き、苦しみ、多くを失なう。


そして、最後に登場、竜胆(リンドウ)の師匠。その正体は、真の神の1人、『武神 鬼凶』。更に竜胆の正体も判明。武神の弟子。武神に次ぐ者にして、武神を継ぐ者。『武帝 竜胆』。まぁ、竜胆(リンドウ)の師匠が武神 鬼凶である事に気付いた方は結構いるかと。


ちなみに竜胆(リンドウ)が名乗った、『竹御門 竜胆』ですが、あれは『武帝 竜胆』の『武帝(ブテイ)』の部分を訓読みにして、当て字をしたもの。更に言うと、竜胆(リンドウ)とは、師匠の『武神 鬼凶』に弟子入りした際、与えられた新しい名前。元の名前は捨てました。


では、また次回。


追記


ちなみに武神 鬼凶と魔剣聖。武の頂点に君臨する二極だけに、その純粋な戦闘力は、あの邪神ツクヨを上回ります。なお、魔剣聖も近々、登場予定です。



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