奴隷
本日未明
私は奴隷を手に入れた。
ウヒョヒョ!そう、奴隷だ奴隷!兄上達は沢山持っているのに、母上はまだ私に早いと言って、くださらなかったのだ。
しかし、もうすぐ十二歳になるからと一匹の奴隷を頂いたのだ。
奴隷とは王侯貴族の付属品のような物である。一般庶民には許されない我等だけに許された存在で、時には玩具になり、時には戦闘力になり、時には性具になる。まあ、血と肉を兼揃えた便利な物だ。人の形をした家具や玩具に近い。
奴らは牧場で繁殖されている者がいたり、売られた者や人さらいにさらわれた者等、出身は様々だ。優秀な奴隷になる専用に牧場で飼育された奴隷は従順で優秀で基本的に王族は牧場で購入する。
しかし、庶民出身の奴隷はプライドなんて物を持ったままで虐め甲斐があり、不様に泣きわめく様は滑稽だ。玩具用には庶民出身の奴隷を好む者も多い。兄上の一人なんて庶民出身の奴隷ばかりを集めて遊んでいる。
しかし、基本的に美しく強く賢い奴隷を持つ事は、王侯貴族の中でステータスになる。だから優秀な奴隷を調教師に育てさせるのだが、私は実家の地位が良くないから上の兄上達を差し置いて上等な奴隷を買えない。だから母上は、まだ調教師に完全に調教はされていないが血筋は上等の奴隷を牧場から買って下さった。
私は脇に佇む奴隷を満足げに見る。
良い体をしている奴だ。手足が大きく力も強く、武術を教えれれば恐らく強くなるだろう。それに、黒色の肌に漆黒の長い毛並み、銅色の鋭い瞳とは中々珍しい色合いである。運んできた仲買人によると、暗黒大陸の蛮族の血を引いているらしい。
まるで悪魔のような陰欝な色の組み合わせ、気に入ったぞ。
私と同じ位の年頃の雄の奴隷は、首に首輪を着けられて鎖が繋がれている。鎖を引いて連れ出すと、兄上達にお披露目した後に蔓薔薇の広場にてアルスロドスにも見せた。私の下僕だから奴隷と合わせるのは必要だろう。
奴隷の顎を撫でながら奴に紹介すると、何故か奴隷を睨んでいる。フム、この一ヶ月でコイツは意外と人見知りする性格である事が分かった。そんな奴が初対面の奴に睨み付けるとは珍しい。
不思議に思っていると、アルスロドスは私に話し掛けてきた。あれほど無口だったコイツだが、最近になって奴は話すようになった。時折、私以外にも母上や婢達とも話す姿を見かける。
「あにうえのドレイ?」
「そうだ、私の奴隷だ。どうだ?中々逞しく美しいであろう?。」
「……。」
私がそう言った瞬間、奴の頬が爆発魚のように膨らんだ。つっついてみると、プシュ〜と音を立てて萎む。
奴隷を睨みつける奴は私の服の裾を掴むと、見上げてきた。
「ぼくの方がきれいです!それに、この人は真っ暗でじみ…。」
「馬鹿者、人ではない奴隷だ。しかし、ふむ…。確かに少々地味だな。」
私は奴隷を見つめる。奴隷は無表情に佇んでいた。確かに地味だな。同じ黒系統の肌だが、銀髪が輝く奴と違い黒髪であるコイツは地味だ。暗闇にいると紛れそうである。
アルスロドスは私が頷いていると、腰に手を当てて勝ち誇ったように奴隷を見て舌を突き出していた。
何を思ったか、奴隷の周りを回りだす。多分脅すつもりで睨み着けているのだろうが、奴の童顔では迫力は全くなく滑稽極まりない。奴隷はそんな奴の様子を見て不思議そうに瞳を瞬かせていた。
「なに見てるですか!あまり見ているとめんたまひきずりだして、ぐちゃぐちゃにしちゃいますよ!」
「……。」
「ああ〜ん?もんくあるなら言いやがれですよ〜!」
婢の悪影響か?必死に野蛮な口調で話そうとしているが、幼い奴の口では言い切れてない。
馬鹿だ。
奴はまるで、黒豹に喧嘩をうる愚かな愛玩犬のように奴隷の周りをウロウロとしていた。
そんな事より見た目だ…。私の初めての奴隷なのだ、見た目が貧相では許されない。どうやって改善するか?
入れ墨でも入れるか?いや、奴隷の夜のような肌は美しい。墨を入れるのは勿体ない。
悩んでいると、アルスロドスの褐色の肌に映える銀髪が目に入った。そうだ銀だ。
私は自分が着けていたイヤリングを外して、ひざまづく奴隷の髪を掴んで上を向かせると、右耳に突き刺した。
「ぐっ!?」
金具が肉を突き破り皮膚を裂き、痛みにフルフルと震える奴隷の右耳を飾る。銀色の大きなイヤリングが揺れる様は美しい。まるで月夜の空のようだった。
血が垂れて私の手が汚れたが、私は自身の思いつきに満足して笑みを深くした。
アルスロドスに手を差し出すと、絹のハンカチを出して、慌てて拭き清めた。
「どうだ、これなら美しいだろう。」
「む〜。」
「何だ?私に異を唱えるか?良い身分だな。」掴まれた手を振りはらい、鞭の柄でアルスロドスの頬をなぞって睨むと、真っ青な顔で首を振る。
それで良い。私が気に入っている事柄には追従しなければいけない。それがお前に許された判断方法である。
私が笑うと、奴は顔を真っ赤にして私に見とれていた。
婢の教えは役に立つな…。最近慣れてきて、効果が強くなってきたと思う。
数週間後
私は相変わらず奴隷を威嚇する奴を遠目に見ながら、紅茶を楽んでいた。この蔓薔薇の広場も随分と居心地が良くなった。
ある日、戯れに奴隷に命じたところ、奴は幾つも家具を作り広場を飾り立てたのだ。簡単な東屋すら作ったのは驚いた。
一方、アルスロドスは器用な奴隷に危機感を覚えたらしい。凄まじい勢いで広場を耕し、花や樹木を育てて広場を飾り立てる。今では四季折々の花が広場を飾るようになった。
しかし、毎回毎回花束を渡されるのは辟易する。花束はリボンや宝石で飾り立てられていて美しい為、芸術を愛す私としては不承不承受け取っている。だが、花ばかり毎日いらない!私の部屋が花だらけになって臭いぞ!
私は今日も渡された花束を見て溜息をついた。
戯れる奴らを見て(奴が一方的に奴隷につかみ掛かっている)フト過去を思い出す。
確か以前も私は同じ時期に奴隷を貰っていたな。その時に嬉しすぎて熱湯を浴びせて瀕死の状態にして、動かなくなって面白くなくなったから油をかけて焼き殺していたな。
全く、子供だといっても随分と勿体ない事をするものだ。
今見たら分かる。
この奴隷は掘り出し物だ。成長したら手だれになるだろう。外見も美しいし、頭も悪くない。育成を間違えずに大切に育てれば品評会で優勝も難しくないだろう。
最近私は奴と奴隷を調教する過程で、ある目標を持った。
未来に有能になる奴らを今から私の下僕にするのだ。所謂、青田買いという物である。大人の私なら幼い奴らをだまくらかす事は、正に赤子の手を捻るような物である!
以前の世界での事を思い出すと、憎々しい奴らの端正な顔が思い浮かぶ。
この私を蔑ろにしていた裁判官も、親衛隊の奴らも吟遊詩人も政治家共も私の下僕にできる!
あの時の奴らは兄上の庇護下にいた為、権力が邪魔をして殺す事は出来なかったが、今ならもし抵抗されても奴らを殺す事も出来る。ククククク、散々私を馬鹿にしたあいつらの運命が、この偉大な私の手の平に委ねられているのだ!良い気味である!
私は愛おしい下僕達を見ながら輝く未来を思い、溢れる笑いを噛み殺す。
未来の下僕達よ、来たる混乱と革命軍討伐の際に、存分に働いてくれよ?
【ククククク、本当に馬鹿だなコイツ。】
誰かが麦酒を片手に、彼を見て爆笑していた。下品な笑いが空間に響き渡り、コダマを響かせて次第に消えていく。
彼もまた運命の手の平の上であるのだ。哀れにも彼はそれをまだ理解していなく、二度目の人生を脳天気に謳歌している。
それが滑稽さに拍車をかけて、笑い声の主を楽しませる。バサリと羽音がしたと思ったら、輝く白い羽が無数に舞い散って空間を明るく飾り立てた。