目覚め◆少年編◆
目を覚ますと、豪華なシャンデリアとアーチ型の天井が目に入った。
酷く混乱する。
感じたのは激しい落差。
先程まで溢れていた恐怖と混乱に喧騒、血の匂いと炎の熱さがなくなっている。直前まで、異常に暗い夜空を照らす巨大な炎が宮殿を照らしていた筈だが、今は暖かい木漏れ日が窓から注ぎ、目の前には長閑な光が溢れていた。何処からか小鳥の鳴き声がした。
何なんだ、革命軍は何処に行った?城を埋め尽くしていた死体と苦痛の声は?
何かが動く。目線を動かすと、目の前には母上が居た…。
痩せさばれた体に、衰えた薄い体。幸薄そうな貧相な顔立ちに、大きな歯。薄汚れた麦のような髪。良く私に似ているその姿に眉をひそめる。
記憶のあの無力な女と比べて明らかに若い…。確か若返りの為に沢山の農民の女どもを殺して血を啜っていたが、まさか本当に成功したのか?
それは素晴らしい。兄上に報告しなければ。褒めていただけるかもしれない。
私が見つめていると、母上は私を見て微笑んだ。いつも泣いてヒステリックに叫んでいた女の見たことのない顔に、眉を上げようとしたが失敗した。
「ようやく目を覚ましたのね、私の可愛い赤ちゃん。」
まるで私が赤子であるかのように話し掛けよって、若返る為に頭でもおかしくなったか?馬鹿にしようと、口を開こうとしたら。
「バッバブバブブブバ?。(なっ何だ喋れぬ?)」
「あらあら。」
「まあ、お話になられましたわ妃様!」
「バッ!バブバブバ〜!(何を!婢風情が私に触るな!)」
「まあ、元気いっぱいですわね。」
私は女どもに抱き抱えられて、たらい回しにされる。私は細身だが長身で、女なんかに軽々と抱かれる程軽くわない。とゆーか、私の体はすっぽりと使え女の腕に包まれている。
何だ?おかしい、甚だしく不自然だ。
悩んでいると、自分の手の平が目に入った。小さな手の平はまるで赤子のような…、赤子?
「ウギャアアアン!」
「どうしたのヘスタロドス?お腹すいた?」
私は赤子になっていた!何だ何なんだ一体!?止めろ!乳を飲ませようとするな汚らわしい!
アアアア!ダメだ本能に負ける!
ゴクゴク。プハァ…ケプ。
腹が満ちて眠…い。
あれから暫く経ち、サンザシが美しい庭の木の枝に吊られた揺り篭の中に入れられる私。
母上は茶会に行っている。脇では数人の婢達が主人不在の為にリラックスして、喋りながら揺り篭を揺らしていた。
ユラユラユラユラ
ユラユラユラユラ
おい…、揺らせすぎじゃないか?気分が悪くなってきたぞ。もっと優しく揺らせ!
「どうなされましたかヘスタロドス様?退屈ですか〜?」
ぐずった私に気付いた婢の一人が脇から、ある物を取り出した。
くっ!ガラガラだな!そんな物を見せるな婢風情。くそう!何故私はこんなに愉快なのだ。笑ってしまう!
「キャハハハハハ!」
「笑った笑った。」
ゼーハゼーハ!笑わせすぎだ、赤ん坊を爆笑させてどうすんだ。死ぬかと思ったぞ!小さな肺がピクピク痙攣している。
静かになった私に満足したのか、婢は再び仲間の輪の中に戻っていった。
厄介な奴がいなくなったのを幸いに、私は物思いに沈んだ。
一体何故このような事になったのか。一度整理してみよう。
私の名前はヘスタロドス・ストス・ローマニズ
このローマニズ国の第十二王子である。歳は二十八歳。
私は、そうだ。忌ま忌ましい革命軍に殺されたんだ。逃げようとした際に、片腕の戦士に背中から切られて絶命した。
奴は暗い瞳で笑い、私の心臓を引きずり出していた。過去を思い出したと同時に怒りが沸き起こる。
そうだ殺された!辿れば神に行き着く血脈の、誰よりも尊いローマニズ王家の一員である私が、たかが農民の出である賎しい身分の者に殺された!
何という事だ、奴らは分を弁えず反旗を翻しただけでなく、この世で一番尊い選ばれた人間達の命を奪ったのだ。
家畜風情の下劣な輩の為に、有り難くも我等王家が幾つもの数え切れない慈悲を与えてやった恩を忘れ、殺したのだ!
奴らの扇動者は、「命は命によって償う」と言っていたがとんでもない事だ。指導者である我等と愚かな国民の命が対等であるなど、この世の摂理を無視した世迷い事だ。
我等王家と忠実なる貴族は、家畜と同等な知性などまるでない国民を導いてやって守ってやっていたのだ。奴らは愚鈍で怠け者で目を離せば直ぐに馬鹿な事ばかりする。
そんな奴らを正しい人として矯正してやっていただけだ。
その過程で奴らで僅かに暇潰しをしたが、それが何の罪になろうか!殿上人である我等に相手にされたのだ、死人の家族は我等に泣いて感謝するのが道理であろう。
それを奴らは[罪]と言ったのだ。我等の罪だと?片腹痛いわ!
我等は罪など関係ない選ばれた一族なのだ。我等がなす事全て正しく、罪は一部の愚かな貴族や愚劣な民が犯す物である。
そんな当たり前の事も分からず、革命軍の扇動者は不当な理由をさも正当であるかのように主張して、我等一族を傷付けて殺したのだ!
哀れな一族に訪れた悲劇への怒りと悍ましさが駆け巡る。目の前が赤くなり、私は耐え切れずに…大泣きした…。
「ふえ〜ん!」
「どうちまちたか〜?ヘスタロドスちゃま。お腹ちゅきまちたか〜?」
婢が揺り篭の中の私に話し掛けた。
その無礼な話し方を止めろ!犯させた後に全身の皮を剥いでやろうか!
そんな私の威嚇も通じる訳が無く、婢は私を抱えるとあやしはじめた。
止めろ〜背中をポンポンするな〜。子守歌を歌うな〜。眠くなる!
ウトウト
はっ!私は何故指なんてしゃぶっているのだ。グヌヌヌヌ!屈辱だ、心の底から屈辱だ!
話を戻そう。周りから漏れ聞こえる話から、此処はどうやら二十七年前の後宮のようだ。
信じられない事だが、私は私として生まれ変わったのだ。
一体何でこんな事になったんだ。馴れぬ赤ん坊の体に辟易する。自分自身のプニプニとしたほっぺを触る。これから私は、再び厄介な祭事や勉学を一からしなければいけないのか。
全部一度やった事を二度もやるのは面倒だ。それを考えていたら、フトある事に思いいたる。そうだ、一度やって過ごしたんだ私は!
つまり、これから起こる事を全て知っているという事だ!
その事実に歓喜する。
やはり神は私を見てくださったのだ!私に愚劣な者達を罰するチャンスを与えられた!
私は知っている。誰が逆らうのか、何処で事件が起こるのか、見て聞いている。私は、あの愚か者達を先んじて罰する事ができるのだ。
幼い反逆者を殺す事も、まだ平和に日々を過ごす奴らを不幸のどん底に突き落とす事も出来るのだ!
嗚呼。
神よ優しき神よ!絶対なる守護神よ!心優しき貴方様は私に加護を与えて下さったのですね!感謝いたします。貴方様の期待に背かぬように、私は奴らを滅ぼします。恥辱を味あわせ、産まれた事を後悔させてやる!
まだ最低な思考回路を持つ主人公です。革命軍に復讐する気満々ですね。
メイドさん達は赤ん坊を見てほのぼのと笑っていますが、その赤ん坊は「バブバブ」と言いながら、頭の中は十八禁な拷問や凌辱で溢れ返っています。