弟王子の悪夢
何故私は生きているんだろうか。
動かない手足を感じながら天蓋を眺める。
私の母は上位の側妃だった。だがしかし、一番上ではなかった。父上は何故か正妃をとらない為、側妃同士の争いは過酷だ。どうにかして正妃になろうと、自分より上位の側妃を蹴落とすことしかカンガエテイナイ。
そう、自分の子供を殺してでも・・・・・・。
私の母は第二側妃だった。私という男子を産み、母は欲に駆られた。
母は第一側妃を陥れ、自分がその身分になろうとしたのだ。
王子が生まれる時に行われる、お顔見せと呼ばれる行事。王子の生誕を祝い、他の側妃達が会いに来る行事。
その時を母は狙った。
私に祝いの言葉と祝いの品を与え、取り巻きを引き連れた第一側妃が立ち去った後、すぐさま母は私の首を締め上げた。出産後の体に力を込めて、柔らかな肌に爪を立てて、つい先日まで腹の中に入っていた赤ん坊の息を止めようとした。
母は私を殺し、その罪を第一側妃に擦り付けことで成り上がろうとしたのだ。この国では、絶対的な存在である父上。その血をひく王子を殺すのは重罪である。
高貴な生まれである第一側妃であろうと、良くて幽閉、悪くて死刑だ。
母はそれを狙ったのだ。誰も、出産を終えたばかりの母親が赤ん坊を殺すとは思わない。私の首の骨を折ったのを確認した母は、けたたましい悲鳴をあげたのだった。
だがしかし、その計画はすぐさまバレた。
侍従長にバレた母はあの女の手で殺された。
母の企みは灰塵となり、私の犠牲は無意味でしかなかったのだ。この首から上しか動かず、糞尿を垂れ流し枯木のような気味の悪い体は・・・・・・。
私は瞳を開く。何時からか世話をする婢が来ない。先程から、煙が漂い室内が白く染まっている。ああ・・・・・・、炎と怒声が近付いてくる。
革命軍が来たのだ。動かない体を良いことに、婢は私を馬鹿にしていた。婢は革命軍の間者だそうだ。誰にも相手にされない私の婢になり、王家の情報を得るために暗躍している。だが、それが分かっても、私は何も出来ない。
ただ、婢の罵りを聞くだけだ。
足音が扉のすぐ近くで聞こえる。やっと死ねるのだ。
私は寝台の上で乾いた笑みを浮かべた。
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嫌な夢を見た。
寝台の上で起き上がると震える手で顔を押さえた。ヌルリとぬめる顔は脂汗に濡れ、冷や汗が止まらない。
私は両手を見た。
まだ成長途中で小さいが、毎日剣術の稽古をしているおかげで筋肉がついている健康的な手だ。床に立って体を動かしてみる。
手足はしなやかに思い通りに動く。夢のように細い枯木のような手足ではない。健康的な肉体で、夢とは比べられない。
そう、あれは夢だ。何を怯えているんだ私は?
そう思いながら、私の心は晴れなかった。完全に有り得ない光景でないからだ。
もし、兄上が私をお助けにならなかったら、私はああなっていただろう。まるで生きる屍のような醜い姿。何も出来ない惨めな姿。
ゾゾゾッと肌が粟立つ。
今のように兄上の為に働くことも出来ず、役目も何も知らない。ただ、死を願うだけの者。そんなおぞましい存在になっていたのかもしれない。
私は不安になり、兄上のもとへ赴く。
城の中の隠し通路を走り、夜の帳が落ちた暗闇の中を走る。こんな夜半に押し掛けたら御叱りを受けるだろう。だがしかし、兄上と一緒に居たいと願った。
あの頃と違い、仲間が増えた今だが敵は多い。あの女の力は未だに王宮を覆っている。けど、兄上と居れば大丈夫だ。兄上の側は安全だ。
「兄上!」
白い花に溢れた庭。白鷺と戯れていた彼は、振り向いて弟を見つめた。その鈍い青色の瞳を細めた男は、弟に訊ねた。
「こんな夜半にどうした」