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奏でる者のいない鐘  作者: 春子
◆◆番外編1◆◆
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番外編

小話です。時期系統的には【日常】の直前辺りのお話。ヘスタロドスは運動神経零です。

側妃の宮にある運動場。土が平らに均されて、日差し避けの藤棚があるそこにはマットが敷かれていた。



その前には三人の人物が見える。動きやすい男性のような姿をしているが、ベリーショートの女性は侍女のルール。小さな人物二人は、運動服に身を包んだヘスタロドスとアルスロドスである。


「さあ、お二方。本日は楽しく体を動かしましょう!」

「はい!」

「……チッ!」


元気に返事をするアルスロドスとは対象的に、不機嫌に舌打ちするヘスタロドス。実は、息子の運動嫌いを心配した側妃が、侍女に息子を運動させるように命じたのだ。


「それじゃ、ヘスタロドス様!自由にマット運動して下さいませ!」

「うむ」


さっさと私の素晴らしい運動能力を見せ、この茶番を終わらせるか…。


そう判断したヘスタロドスは、キッと凛々しい顔をしてマットに向かい走り出す。中々のスピードだ。


ルールは、「お、やる気だ若様」と感心して見つめ、アルスロドスは拍手して応援している。


勢い良く走ったヘスタロドスは、マットの直前で唐突に立ち止まった。そして、おもむろにしゃがみ、両手を着いてコロンと前転した。ヨッコイショと声が聞こえてきそうな鈍い動きだ。


彼は一回の前転で目が回ったのか、ヨロヨロ起き上がり暫く休むと、ズレた位置をモソモソ修正して再びヨッコイショと前転した。


コロン モソモソ

コロン モソモソ

コロン モソモソ


「……」


あまりの才能のなさに、頬を掻くルール。一方、大分長い時間をかけてマットの端まで転がったヘスタロドスは、荒い息を整えながら誇らしげに立ち上がった。


どうやら彼の中では満点らしい。


「どうだ!」

「えーと、それじゃあヘスタロドス様。後転いってみます?」


その言葉に明らかに動揺するヘスタロドス。「こ…後転か…?」と小さく呟くが、異母弟が自分を見ているのに気が付くと、慌てて了承した。


マットの前に後ろ向きにしゃがんだヘスタロドスは、気合いを入れて後ろに倒れ込む。


ポスン


マットの上に両手を万歳した形で横たわるヘスタロドス。回る気配は一切ない。


「ヘスタロドス様…?」

「フハハハハ!うおーみんぐあっぷという奴だ!」


ごまかすように笑ったヘスタロドスは起き上がり再びチャレンジする。顔を真っ赤にして踏ん張り、足をジタバタさせて何とか転がろうとするが、どうしても足が頭より向こうまでいかない。


何度やっても、相変わらず回る気配はせずに、ただ彼がマットの上に転がるだけだ。


苛立ったのか、次第にヘスタロドスの動作が雑になってくる。ルールが一言助言しようとした瞬間。


ゴイン!


どうやら後頭部をマットに打ち付けたらしいヘスタロドスは、頭を押さえて俯せに寝転んだ。


「大丈夫ですか!ヘスタロドス様!」

「あにうえ、ごぶじてすか!?」


慌てて近付くルールとアルスロドス。すると俯せになったヘスタロドスから蚊の鳴くような声が聞こえてきた。


「もう運動などやらぬ…」


クスンクスンと鼻を啜る音が聞こえてきた。ルールは肩を震わせて必死に笑うのを堪え、アルスロドスは兄の服の裾を引っ張り健気に慰めていた。



ちなみに、ルールの補助のお陰でなんとか後転は出来るようになりました。その晩、母親のベッドの上で誇らしげにクルンクルン回るヘスタロドスの姿があった。


「ヘスタロドス、貴方の立派な姿を見せてくれるのは嬉しいけど、流石に眠いわ」

「何ですと!?」

クラスに一人は居たよね、こんな人!後転が出来ないヘスタロドス。


ちなみにアルスロドスはバク転や二回転宙返りに、三回転捻り等をサラっと出来ます。

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