鐘の音色
【とある国の王子の考察】
例えば此処に一匹の猫が居たとしよう。君の飼い猫だ。猫に餌を与えないとする、どうなる?
簡単な事だ、猫は飢え死にする。予想可能の未来である。
猫が飢え死にする未来を変えたとしよう。単純な事だ、餌を与えれば良い。
これで猫は死なない。
しかし、元気を取り戻した猫は走り出す。病み上がりで走り出した猫は窓から飛び降りて砕けて死んだ。それは君が三階建ての家に住んでいた時から決まっている未来だ。
やり直した君は猫に餌をやり、窓も閉めた。しかし、振り向いた君の前にあるのは、倒れた荷物の下敷きになった猫。それは君が不精であった時から決まっていた未来だ。猫は死ぬ
様々な形で死ぬ
様々な要因が絡まり、猫が死ぬ未来は変更不可能。世界の活動の結果が沢山の経路を辿り、小さな猫の死に辿り着く。
これは、他の現象にも当て嵌まる。
変える事の出来ない未来。今までの過去が蓄積された結果として存在する未来の事件。
私はそれを【運命】と呼ぶ。
君が猫を幾ら救おうとしても無駄だ。
【君の目の前で猫は死ぬ】
この【運命】は変わらない。何せ相手は世界だ。君一人が足掻こうと、世界は形を変えて猫に死を与える。
未来は絶対的な物ではない。だがしかし、変えれる物ではない。不変だからこその柔軟性を持つ。
例えるなら水面が揺れる大河である。僅かな事柄を変えて、大きな流れは決して変化しない。
ただ粛粛と大河の流れを進める。
未来は不変だからこそ、変化するのだ。僅かな違い等飲み込み、自らの歩を止めたりしない。
だから、未来を知る異分子が紛れ込み未来の出来事を無くそうとしても揺り返しが起こる。
まるで大河の中に岩を置いたとしても水の流れに影響せず、逆に塞き止められた流れは勢いを増すように。
例え出来事を無くしても、別の場所で同じ様な事件が起こる。揺り返しが起こった分、勢いを増して。
【運命】とはかような物なのだ。
私は【運命】を侮った。【運命】が所有する未来を無くそうとした。
だから、私は失敗した。
だから、母上を失ったのだ。
【歴史】
天良暦125年
辺境にて北方領主の一人であるゴランディア発狂。税金に関して話し合いに赴いた村長等の地方権力者達を殺害。
その際に避暑に来ていたグラデネチカ側妃、第十二王子ヘスタロドス殿下を守る為に凶刃にて死亡。
ゴランディアは、駆け付けたストラウ゛ィオス王子によって、取り押さえられた。
王族に対する凶行により、ゴランディア以下一族は反逆罪として処刑。しかし、王国は農民達がゴランディアに反抗したことを問題視し、押さえ込みを苛烈な物にして、新しい領主を派遣した。
ストラウ゛ィオス王子は決定に反抗するが、その混乱にじょうじて農民達の反乱が発生。これがキッカケで、ストラウ゛ィオス王子は王宮から遠ざかる事になる。
同年、西の国・クインシュに式典参加の為に訪れていたアルスロドス王子は不慮の事故により死亡。側妃アイーシャと共に大河に落ちて水死との報告。しかし、死体は見つからなかった。
西の国・クインシュはローマニズよる暗殺と見なし、ローマニズに宣戦布告。
大河戦争が始まる。
数年続いた戦争は北の反乱にとって好機となり、国軍が戦争に集中している中、反乱軍は力を蓄え幼いリーダーは青年に成長し仲間を増やした。反乱軍は革命へ育ち、国の半分を分かつ動乱へと変わる事になる。
戦争により慌ただしい空気は後宮にも伝わっていた。慌ただしい雰囲気に包まれる中、王子達はやはり遊びほうけ、側妃達は権力闘争や凄惨な折檻に明け暮れた。
使用人達は眉をひそめるが、それに対して文句を言う者はいない。何故なら言った瞬間に、命が飛ぶからだ。
そんな後宮の蔓薔薇の広場、そこに巣を作っていた燕はいない。烏に喰われて雛が死んでしまったからだ。広場には、今は誰にも手入れされる事がない草花が青々と繁り、ボッテリとした白い多弁花が咲き乱れていた。
その中で一人の少年は泣いていた。母親という後見を失った王子は誰にも気にされずに放置される。
花の中に足を抱えて座る彼は一つの扇を持っていた。透かし彫りが美しい白い香木で出来た美しい扇は、彼の母親が愛用していた品である。
泣く彼の頭上に何かが笑いながら現れた。それはまるで彼に覆いかぶさるように両手を広げた。
酒臭い息と一緒にキシキシと不快な笑いが零れた。
すると、何処からともなく鐘の音色が響いた。まるで澄んだ水晶と琥珀を煮詰めて錬成したかのような美しい音は、ヘスタロドスの頭を突き抜けて満たす。
リンゴン
リンゴン
リンゴン
鐘の音
奏でる者のいない鐘
鳴り続ける
美しい花に満たされた庭に響いた
トサリと柔らかい草の上に軽い何かが倒れる音がした。
キシキシシシシシシ
キシキシキシキシシ




