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奏でる者のいない鐘  作者: 春子
◆◆少年編◆◆
10/16

忘れていた【日常】3

たく、あの黒髪は何故に泉に居ないんだ!


私が来いと言ったら毎日いかなる時も来て私を迎えるのが当たり前だろうが!それが何だ?早々にスッポカシよって。


腹立つ腹立つ腹立つ!図書館にある王族目録を調べても黒髪の正体が分からないし、苛々する!


私はガジガジと飴玉をかじりながら宮に帰っていた。


苺味だ…嫌いな味だ!

ペッ!


婢め、あれほど嫌いだと言っているのに何故頑なに入れる!これは由々しき事態だ、今日のオヤツの時間のグレードアップを希望するぞ!理由は不快感にて疲労した私の心の癒しだ!


飴玉を吐きながら私は大股で道を行く。今日は奴らは母上の宮にある、鼠の額みたいに小さい広場で茶会を開いている筈だ。


私直々に命じてやろう。


私は道を変えると、婢達の広場へ足を進めた。




広場に近付くにつれて、何か不快な臭いがした。まるで肉を焼くような臭いに、トガの裾を掴んで鼻を押さえて眉をひそめる。


何だこの臭いは?こんな時間から焼肉でもしているのか奴らは。


剣が得意な婢ならありそうだな…。しかし、不快な臭いだが、嗅いだ覚えのある臭いだ。こんなクサイ臭いなんて何処で嗅いだんだ?


私は僅かに咳込みながら広場に入った。


先ず目に入ったのは、こちらに背を向けて立っているヘスドールだった。父上の腹心であるアイツが何で此処に居るんだ?


しかし、相変わらず良い尻だな。


私が揺れる尻を凝視していると、奴が見下ろしている先に燃え盛る火がある事に気付いた。


私は視線を動かし、火元を見る。激しく火を上げる三つの塊。その中に燃え上がる赤い髪を見た瞬間、まるで体の芯が抜かれた気分になった。


あの赤い髪は、毎朝私が衣服を着る時に眼下に見ていた物だ。


他の二つを見ると、分かってしまう。一つが腰に差している見覚えある鞘を、一つが身につけている見覚えある装飾品を。


「婢?」


私の声に振り向いたヘスドールは、既に私に気付いていたのだと思う。振り向いて私を見た奴は、困ったように満面の笑顔を浮かべていたのだから。


嗚呼、思い出した。この臭いは、前回の人生で奴隷を焼き殺した時に嗅いだ臭いだ。


ズキンズキン


胸が痛い。胸が裂ける。


私は、私は見た事がある。この光景を見たことがある。燃えているのは婢達だ。


私はトガを脱いで走り、婢達に叩きつけようとした。多分火を消そうとしたのだろう。


しかし、それはヘスドールに阻まれた。抱え上げられた私は「危ないですよ」と告げられながら火から離される。


「ヘスタロドス様、危ないですから火にむやみに近付いてはいけませんよぉ?美しい御召し物に悪臭が染み付いてしまうかもしれませんから、此処から離れてください。」


私は言葉さえ聞けばマトモなヘスドールを見上げた。


この女は父上の腹心で、絶対的な忠誠を誓っている。父上の血を受け継ぐ我々にも甘く優しい女で、兄上達の人さらいを手伝った事もある。私は奴を睨みつける。それを不思議そうに眺めるヘスドールと過去の記憶が重なった。


嗚呼、思い出した。


またコイツは私の婢達を殺したのか。


以前の人生の際に私は全く同じ光景に出くわしていた。


焼かれる婢達

ニヤニヤと笑いながら見下ろすヘスドール

流れる血だまり



「あ…ぁ…ああ。」


【過去】が私に追い付いた


良く分からない思いが胸中を掻き回す。ズキンズキンとした痛みは確かな物になり、私の息を詰まらせた。


何故だ涙が止まらない。


炭になろうとしている婢達に伸ばそうとした手は、ヘスドールの不気味に白い手に絡み取られた。


「離せ!」

「いけませんヘスタロドス様、汚れてしまいますよぉ?おやおやぁ、泣かれているのですかぁ?」


肩を掴む手に力が入る。グルリと振り向かされた私の目の前に、恐ろしく整った奴の顔が突き付けられる。ポッカリと開いた黒い瞳孔が私を見つめて心を覗きこまられる。黒い瞳が、黒い色が私の心を嬲る。キシキシと殺気が心に巻き付いて硬直させる。


私の瞳を覗いた奴は、艶のない瞳を弓のようにしならせた。


「いけません、いけませんよぉ殿下。こんな汚らわしい涙を流すような魂を持ってわ…。」


そう言ったヘスドールは、私の顔を両手で掴むと、唇が付きそうな位顔を近付けた。


ヘスドールは「この世界の真理を教えて差し上げましょう」と恋する乙女のような熱い眼差しで騙り始めた。奴の甘い体臭が婢達の臭いと混ざり鳥肌が立つ。


掴まれた頬にヘスドールの飾られた爪が食い込み血が流れる。


【良いですか、ヘスタロドス様。私が愛す国王陛下様以外の血を体に宿す物は価値などカケラも無いのです。人は国王陛下一族のみ、それ以外は只の物。妃達は愛おしい国王陛下の血を増やす為の妊娠機械、貴族は貴方達の為に富を生み出すアンティーク、侍女達は貴方達の生活を彩る家具、国民は只の息をする家畜。良いですか?この世で一番価値が有るのは国王陛下、次に貴方様達なのです。最も高い地位に産まれたからには、沢山の富を消費し命を蹂躙し、この世の享楽を全て果たさないとイケないのです。


貴方様は幼いが聡い方。分かりますよねぇ?クククク!良い子ですね、良い子は大好きだ。悪い子は国王陛下のお子様でも嫌いですから良かった。


念の為に、もう一度言います。国王陛下の血族以外には価値はない。それ以外を玩び、命を奪う事が貴方様の使命なのです。】


奴の平淡な声が耳から脳に入り、私を縛っていく。


同じだ、以前の人生で奴に言われた事と…。


目の前の存在は何だ?熱にうなされたように私を見つめて囁く圧倒的な存在は。


言う事を聞かなければソレに殺される。以前と同じ恐怖が私を蝕む。


逆らってはいけない。絶対的に服従をしなければいけない、膝を折り奴の思考に染まらなければ命は無い。


さぁ、奴の思考に同調しろ。そうすれば楽だ。


頭の中で何かが囁いた。それは純粋な生存本能、怯えた獣である私。不必要な思い出なんて忘れろ。簡単だろ?だって


嫌だ


だって


嫌だ


だって、お前は一度したじゃないか。婢を忘れ、何もかも忘れて迎合し受け入れる道を選んだろ?


なぁ、王子ヘスタロドス


汚らわしい王子達の一人、大虐殺の罪を犯した化け物。


【過去】がピタリと【今】に重なった。


【ヘスドールSIDE】


私は目の前で頷くヘスタロドス様にホッとしました。いや〜良かった良かった、間違った道へ進もうとしていたヘスタロドス様の考えを訂正出来ました。


ついでにネロアス様に会った事がないか問い掛けたら、首を横に振られました。安心します、私も出来れば国王陛下の血をひく個体を減らしたく無かったので…。


ネロアス様を見た者は誰であろうと殺さないといけましんからね。私は任務を果たした清々しさに溢れながら、その場を後にしました。



【ヘスドールSIDE終】

そして、その場に残ったのは、座り込むヘスタロドスと侍女達の残骸。


ヘスドールが何か薬品でもかけたのか、体の奥まで焼けて炭となった侍女達は、風が吹く度にサラサラと崩れていった。


暫く経つと、ヘスタロドスはトガを裂いて三つの布切れを作った。そして、もう形を保っていない侍女達の中に手を差し込んだ。


「右はキャシー」


右の布に炭を乗せる。


「真ん中はルール」


真ん中の布に炭を乗せる。


「左はミーシャ」


左の布に炭を乗せる


しかし、軽い炭は風が吹くと飛ばされて、カサカサと軽い音を出しながら空に舞い上がる。


何度も何度も布に乗せるが嘲笑うように風が吹き、彼女達をさらっていく。まるで、汚れなき乙女を汚らわしい王子の手から守るように。


「っ!!ああああああ!!」


彼の心か感情か、何かが切れたかのように叫んだヘスタロドスは立ち上がり、侍女達の残骸を踏み潰す。カサと軽い音と同時に、砕けた炭は舞い上がりヘスタロドスの視界を覆う。


彼は何度も何度も炭の山に足を叩きつけて叫んだ。


「何故だ何故死んだのだ!この!馬鹿!私は許してない私は許可を出していない!私は望んでいないのだ!早く立ち上がれ、私を抱きしめろ!私に菓子を焼け!珈琲を煎れろ!オヤツの時間だろ!役目を果たせ!私の命令を聞け!そうすれば許してやる、褒美を取らす!だから起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ!」


涙を流しながら侍女の残骸を蹂躙するヘスタロドス。しかし誰も応えない。


風が吹く。


「風よ吹くな、私が命令しているのだ!天よ風を止ませろ!三人を持って行くな!命令だ、王族である私が命令しているのだ!聞け!聞けぇぇ!」


悲痛な少年の叫びが響く。しかし、誰も彼の命令を聞かない。風は無情にも侍女達を掬い取る。


サラサラ

サラサラ

サラサラ


無くなっていく侍女達を庇うように、灰の上に膝をついたヘスタロドスは灰を掻き集める。


集めながら、ブツブツと譫言のように呟く。


「何が尊い一族だ。こんな簡単な命令も誰も聞かない。」


灰の上に着いた手が、手形を残してギリリと握り締められる。渇いた笑いがポロポロと零れた。


「何よりも価値があると言った奴の言葉は何だ、こんな簡単な私の望みすら叶えれ無い王族の血。」


お願い、また笑って。

お願い、また抱きしめて。

お願い、菓子を焼いて。

お願い、珈琲を煎れて。


簡単な願いは失われた。何故なら、彼が王族だから。


「奴は嘘をついた。王族は貴くない…。私は貴く無い!私は私は私は!」


灰の上にヘスタロドスの涙が滴り、僅かに染みる。過去の自分の所業が蘇る。天に伸ばした小さな子供の手と、成長した男の手の幻覚が重なった。


男の手は、たっぷりと血に濡れていた。


「私は化け物だ。」


呆然と呟いた小さな声は、空にさらわれて消えた。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい


二度も痛い思いをさせて、全て私のせいだ。助けれたのに助けれ無かった。


彼はこの世に生を受けて初めて、謝罪の言葉を口にした。正に血を吐くような謝罪は絶えずに冷たい後宮に響いた。




これが奴が忘れていた【日常】


置いていかれていた【日常】は奴に追い付き、正常な時を繰り返す。


【異常】だって?何を言っているんだよ、これが【日常】だ。奴も昔は楽しんでいただろう?


その手で無数の女達の命を奪ったのも

幼い子供達の骨を折ったのも

全ては奴が選んだ事だ


クキャキャキャキャ


私が誰だって?そんな事どうでもいいだろ?さあ、続きを見よう。


チッ、おーいツマミねーぞ持って来い。麦酒もな。



暫くシリアス展開が続きますよ。それが終わったら愛されますけど(笑)


最近、ライオン王のスカー伯父様の色気に、生きるのが辛い。あそこの会社の描く悪役は何であんなに色気があるのか、担当者に問いただしたい。

(<●>Д<●>)クワッ

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