月光優歩
優しい月の光が、この街を包み込む。
ゆりかごのように眠りを誘い、悲しいことや幸せなことを心から取り出してくれる光。
泣きたいときに泣けるような、笑いたいときに笑えるような、そんな、単純で単純だからこそ難しいことを、少しだけ手伝ってくれるこの空気感が、僕は大好きだった。
満月じゃなくて、少し欠けてるくらいがちょうどいい。
明るすぎないくらいが、ちょうどいい。
「冬の月ってのは、なんかいいよな。うん、なんか、いい」
誰も聞いてないからこそ言える、意味があるんだかないんだかわからない独り言。
それを空気に溶け込ませながら、暗くなった夜道を歩く。
学校からの帰り道。
友人とカラオケで歌い、夕飯を食べ、そして帰路を歩く。
みんなと遊んだ後の、少しだけ寂しい感じが好きだった。
それは、僕が幸せである証だから。
楽しいときがあったあとの、ほんの少しの寂しさが、大切な絆を思い出させてくれる。
空には月。
襟元には風。
そして、手にはあの子がくれた手袋。
自分が好きなものに囲まれる生活の、この心地よさを。
大金を手にするより、性欲に溺れるより、怠惰に生きるよりも、何倍も何倍も幸せなこのときを。
いいなって、そんな風に思える自分を褒めてあげたくなった。
「なんか、僕って変な奴かもなぁ」
「うん、変な奴だよ。今頃わかったの?」
いきなり聞こえた声に、僕は飛び上がるくらいびっくりした。
ってか、実際に飛び上がった。
「な、え、ちょっ、いつからいたの???」
「冬の月ってのは・・・ってしみじみとおっさんくさく言ってるくらいから」
最初からじゃんっ!!ってつっこみたいけど、つっこんだら負けのような気がするからつっこまない。
つっこんだらまけ、つっこんだらまけ、つっこ「なにいやらしいこと考えてるのよ」んだらって、そんな意味じゃないし、そもそも地の文にコメントするの、いいかげんやめてくれますかっ!!
動揺を落ち着かせるように、何度も何度も深呼吸をした後、隣を普通に歩きやがっておられます幼なじみのお嬢様に向き直ってみた。
ふわふわの毛で囲まれてるフード付きの白いコートに、膝丈のスカート。
足下にはブーツ。
うん、今日もかわいい。
なんかよくわからない確認をしてみたりした後、彼女に聞いてみる。
「どしたの、こんな時間に?女の子の夜の一人歩きはだめって、この前も言ったでしょ?」
「こんな時間って、まだ十時だよ?全然遅くないじゃん」
「十時だからって、だめ。ここの道、暗いし隠れるところいっぱいあるんだから、絶対駄目。出かけたかったら僕を誘ってくれてもいいから」
「過保護」
「なんて言われても、譲れません」
「ケチ」
「ケチで結構です」
「変態」
「いや、それは違うし、そもそも心に刺さった後に爆発するくらいのダメージを与えるからやめてくれませんかっ、お嬢さまっ!!」
あまりの言いぐさに絶望してる僕に、薫子は近づく。
漫画だったらぴとって音が聞こえてきそうなくらいの距離に立つと、僕の手を握る。
「これで満足?」
やれやれ、しかたないんだからって声が聞こえてきそうな表情を浮かべながら、僕を促して歩き出す。
呆れ果てるのはいいけど、顔が真っ赤なんだけどなぁ。
心の中で呟いて、僕は彼女の手をぎゅってにぎりしめた。
いじっぱりで、かわいげがなくて、でも、とても優しいこの子を、離したくなかったから。
いつまでも隣を歩けますように。
そんなことを、月に願いながら。
まったりな時間が、贅沢なんだろうね