第八話 『祭りの後』
『ゲーム』開催まで後僅か……。俺はこの時を大切にしたいと思った。
第8話 「祭りの後」
「なんかコージくん、最近かっこよくなったよね」
八月二十五日の朝、朝食を食べていると楓がこんな事を言いだした。
「どこがだ?」そもそも俺は元々イケメンである。
「んー、なんか精かんになったっていうか……。んー、なんとなくそう思ったの」
訳のわからん返事だ。確かに僅か一週間強とはいえ椿に鍛えられて多少逞しくなった様な気はする。
「じゃあ、ナンパでもしたら入れ食いだな」
「うんうん、…って浮気はダメ!」
俺の軽口に即座に反応する楓。
浮気はダメってな……。そもそも俺は誰ともつき合っているわけではないのだから浮気が成立しないわけだが……。まあ、ナンパする気なんかはないのだがね。
「コージくんは今日からまた暇なんだよね?」
「ああ、そうだよ」大ウソである。
「よかったー、ここの所、ずっとツバキさんの家に入り浸ってたでしょ? だから罪滅ぼしとしてわたしとデートしなさい!」
俺は楓の申し出を受けた。彼女の作ってくれた弁当を持って散歩に出る。
三人で。
楓、美咲は俺を挟むようにして歩く。こう言うのってデートっていうのだろうか? まあ、楓が「デート♪ デート♪」と、さっきから上機嫌なので、こういうのもデートということにしておくか。それに夕方までのいい時間つぶしにもなる。
俺の住むアパートから駅に向かう道の逆に行くと団地があり、その先には最近整備された大きな自然公園がある。そこは真新しくとても綺麗なこともあって人気の散歩スポットとなっていた。
そこをぶらぶらし、人気のない木陰にビニールマットを引き場所取りをした。そして、他愛のない話をしばらくする。そう、テレビや学校での何気ない出来事なんて他愛のない話を、だ。
腰かけながら空を見上げて思う。この他愛のない時間を失いたくない……と。
公園の芝生で昼食を取っていると美咲がこんな事を言いだす。
「ところで前々から聞こうとは思っていたのですが、カエデさんはコージさんのどこがいいのですか?」
「うわー、本人がいる前でそういうこと聞きますか! やっぱミサキちゃんってコージくんの親戚なのね、デリカシーのないところとかそっくり!」
「ですが、後学のために知っておきたいのです。今度ツバキさんにも聞いてみましょう」
けなされたのが解ってないらしい。しかし、俺としても興味のある話だ……。
「えっとね……。かっこいいところ…かな」
顔を赤くして楓。やっぱ顔なのかい!
「確かに最初は顔だったかな。で、告白して断られたの。でも、諦められなくてお友達になったんだけど、付き合ってみるとこれがエッチだし、ぶっきらぼうだったり、冷たかったり、私にひどいことをしたり、すぐキョどるし、女心が分からないで、もう最悪だったの……」
本人がいる前でそこまで言いますか……、楓さんよ。
「でもね、でもね、ほっておけないと思ったの……。気がついたら本当に好きになっちゃってたの……」
「ずいぶんと抽象的なのですね」
「ううん、恋ってそういうものだと思うのよ」
膝を抱え、少しの間「うーん」と考えているような仕草をした後、楓は言葉を続けた。
「恋ってさ、誰かを好きになろうとしてなるものじゃなくて……、気づいたらそうなっているものだと思うの」
膝に頭を乗せたまま楓はチラっと俺を見る。
「あまりにも朴念仁なコージくんににも、この際だから言っておくね。
コージくんは『解らない』って言うけどそもそもそこが間違いなの。
『この人と仲良くなりたいな』『この人と一緒いたいな』『この人を失いたくないな』…うん…人によって違いはあるとは思うけど、『そう思う』ことが、人を好きになるってことなの……。恋って…『解る』ことじゃなくて『思う』ことなのよ……」
楓は時折含蓄のある事を言うな。しかし、美咲が言うように抽象的すぎて、やはり、よく解らん……。ちょっと待てよ。楓や椿や良太やゴウ、もちろん美咲も……俺は一緒にいたい、失いたくないと思っている。
それじゃあなにか? 俺は既にこいつらに恋をしていたってことか? 女の子連中なら解らなくもないが……、男どもにも恋をいているだと?
うーむ、俺には男色の趣味はないぞ!
「それじゃあなにか? 俺はリョータやゴウを失いたくないと思っている。これは俺がやつらに恋をしているってことか?」
「うーん、それは違うかな? 人を好きになるって言っても友達として好きになると恋人にしたいは違う感情なのよね……」
うーむ、そんな事を言われると益々解らなくなるぞ……。
「なら、ミサキと一緒にいたい、失いたくないと思っている。…これは…恋なのか?」
「ちょっと! 何それ!」
怒った顔で楓が詰め寄ってくる。そして、胸倉をつかまれた。
顔が近い……。美咲は「まぁ」などと言い、頬に手を当てていた。
「いや……、カ、カエデさん、早まるなよ……。俺はお前やツバキにも同じ事を思っているんだ…」
楓は少し顔を赤くして固まったがすぐに…。
「ちょっと勘弁してよね! わたしはしょーじき言うとツバキさんとの二股だって頭に来てるんだから! この上ミサキちゃんともですって? もしかして女は全部自分のものとか思ってない?」
確かに良太からよく「これなんてエロゲ?」とか言われるが断じて違うぞ。俺は自分の感情についている名前を知りたいだけなんだよ……。
「ちょ…ちょっと、落ち着きませんか? カエデさん……。ミサキも見てないで助けてくれよ!」
後ずさりする俺。それを離さないようににじり寄る楓。
懇願するような目で美咲の方に視線だけ動かす。美咲は「はい」と、にこやかに言うと頭を押して俺と楓の顔をくっ付けた。
楓とキスをした……
「男女間の仲直りはこれが一番よいとネットに書いてありました」
美咲はそう言った。とてもにこやかな顔で。
十八時。紺の作務衣姿の俺は一人で神社の近くで立っている。皆と待ち合わせをしているのだ。
楓の柔らかい唇の感触――どれくらいの間かはわからないがその感触がなくなると彼女は妙に上機嫌になっていた。美咲の言っていたことはどうやら本当だったらしい。
あの後、家に戻って祭りの支度をして、ここで椿と合流するのかと思ったら二人は『椿の家で浴衣に着替える』と言って出て行ってしまった。
家で着替えても一緒の気がするのだが、女の子というやつは本当にもったいぶるのが好きである。ちなみに良太とゴウは宿題が終わっていなかったので椿に参加禁止を申し渡されていた。今頃、自宅で地団駄を踏んで口惜しがっている事だろう。
祭りと言っても小規模な祭りだ。実際、神社は普段は神主もいないような小さいところだし、露天も内外に合わせて十軒程度だ。人の入りも大したことがない。これなら中に入っても耐えられるだろう。 祭りの終わりに上がる花火が楽しみだ。
「コージくん、おまたせー」
淡いピンク色の浴衣に着替えた楓が俺の腕に絡みついてくる。そして腕を離すと袖をもってクルリと周り「どう?」と聞いてくる。
薄いピンクの浴衣に黄色の帯。少々子供っぽいような気もするがいつも元気な楓によく似合っている。俺は何も言わずに顎に手を当てながらニヤリとした表情をして彼女をじっと見る。恐らく何か感想を述べるよりこれが正解に近いはずだ。水着の二の舞は踏むまい。
楓は「何エッチな目で見てるのよ、馬鹿」とか言ってたがニコニコしながら顔を赤らめていたのでやはりこれで正解のようだ。
「ふむ、では私はどうだ?」と、今度は俺と楓のやり取りを見て少し意外そうな顔をした後、椿が言う。
椿は黒地に花があしらわれた浴衣に薄紫の帯をしていた。普段のポニーテールとは違い今日は髪を結いあげていた。うーむ、同い年とは思えない色気だ。
思わず見とれてしまう俺。実に満足そうな表情の椿。それを見ておもしろくなさそうに俺の足を踏みつける楓。痛いじゃないか……。俺は正直もんなんだよ!
美咲はと言えば白地にピンクや紫色で描かれた花柄の浴衣だ。黒と白のストライプの帯も似合っている。
「でも、いいの」と、すぐに笑顔になり俺の腕に絡みついてくる楓。
「ほほう?」
「うん、普段ならコージくんのリアクションの差にすごく腹が立つんだけど……。ツバキさん…私……勝っちゃうかも! キャッ」
などと言い俺の背中に隠れる。そして顔を出すと「わたしコージくんとキスしちゃった」と言い残し早足で神社の境内に入って行ってしまった。
ちなみに美咲はさっきからワクワクしたような目で俺の方を眺めていた。
畜生、こいつ楽しんでやがる……。
「……ふむ、さてコージ、弁明を聞いてやる。こう見えても私は実に公正な女だ。……安心しろ」
そうはとても思えない実に冷たい目で俺を見る椿。
しばらくの間……。
「いや、あれはキスって言わないような気がするんだ。ミサキが強引に顔と顔をくっつけたっていうか……、その結果、唇が当たったっていうか……」
絶対こうなると思ってあらかじめ用意しておいた答えは言えなかった。たぶん椿にそうとばれるし彼女はそれを望まないはずだ。しかし、テンパった俺はあろうことか見当違いも甚だしい事を言い放つ。
「それにお前、何又掛けてもいいって言ってるジャン」
「……はぁ。期待した私が愚かだったようだな」大きくため息をつきながら彼女。「それにお主は勘違いしている。私は浮気はかまわぬと言ったのだ。……この意味は解るか?」
謎かけのような言葉だが言葉の意味を考えればわかる。
「しかし、私はカエデと違って寛容だ。許してやる」
黙ってうなずく俺にフッと軽く鼻で笑い、俺の手を取り自分の腰に強引に腕を回させる。
ぴったりと寄り添う二人……。そして歩き出す。彼女は俺の胸に顔を預けこう言った。
「私とて嫉妬はするのだ……。今日はお参りをするまでこのままでいれば勘弁してやる」
お参りといっても別に信心があってするわけではない、何というか、とりあえずしておこう的な感じの儀式である。なので、簡単に済ませるとさっそく露店で遊ぶ事となる。
並んで歩く三人娘の後ろを俺が着いていくという形で歩く。本来なら美少女三人組なんていうのは恰好のナンパの対象になるのだが遠巻きには集まっているのだが誰も声を掛けてこない。
それもそうだ。中心に椿がいるからだ。普段の化粧っ気のないラフな格好ですら色気ムンムンなのに今日は完全武装の状態にある。よっぽどの馬鹿でない限り今の椿に声をかけようとは思わないだろう。以前ゴウが『例えるとカエデさんは恋人にしたいでタイプでツバキさんは離れてうっとりと眺めていたいタイプ』と言ったことがあるがまさにその通りだと思った。彼女に慣れているはずの俺だってこちらから話しかけるのを躊躇するぐらいだからな。
露天を物色しながら何をやるかを決めていく。美咲が「あれは何ですか?」と別の露店を見る度に質問している。それに答える二人。実に楽しそうな光景である。
定番中の定番である金魚すくいをやることにしたみたいだ。三人並んで座る。それを立ったまま後ろから眺める俺。椿が「よし、私が手本を見せてやろう」などと言うとおっちゃんが「お嬢ちゃんはお断りだよ」といい水槽の前にある看板を指さす。『プロお断り』と書いてあった。「私はプロではないのだが……」などと、うろたえる椿。
どうやら美咲は失敗し楓は一匹取れたみたいだ。楓がそれをくれたらしく美咲はうれしそうに腕からそれを下げていた。
食品系も全制覇するつもりみたいだ。まあ先に述べたように全部でも七、八軒ぐらいなのだがそれでも全部食べたら大変な量になる。そこで一品だけ頼み三人で分けて食べているようだ。
どうしてだろう? 男がこれをやるとただ貧乏くさいだけなのに、女の子がやるとそれがかわいらしい行為に感じるのは?
「コージさんは何もやらないのですか?」
「うーむ、何をやろうか?」
実に間抜けな受け答えである。俺は祭りも初めてだった。彼女たちの後ろを歩き露店を眺めつつ祭りの雰囲気を楽しみ、時折俺に回ってくるおすそ分けを食ってるだけで満足な気分になってしまっている。
思えばこの夏は某電気街に始まり海や祭りなど実にたくさんの『初めて』を経験した。彼女の『調査』に付き合っていた。こういえば自分が納得する答えになるのだが、なんてことはない俺は楽しかったんだな。
こんな事を思いながら彼女を見ていたらニコリと返された。出会ってまだ一か月ちょっとしか経ってないが、やはり彼女も大切な存在なんだな。と、改めて思った。
祭りに来て何もしないのもいかがなものか? と悩んでいると「では、私と競争しよう」と楓に手を引かれ射的をすることになる。アニメなんかじゃポンポン撃ち落とせたりする場面だが当たったはいいが倒れないとか倒れたはいいが落ちない、で結局何も取れずじまいだった。
これが現実ってもんか! ちなみに椿はここでもお断りされた。
二十一時。祭りの終わりとなる花火大会が始まる。
それを並んで眺める俺達三人。美咲は「用事があるので先に帰る」と言って帰ってしまった。気を使わせてしまったみたいだ。
「たーまやー!」花火が上がるのを見て楓が叫ぶ。「次は何だっけ?」「鍵屋だな」
「そっか、かーぎやー!」
仲間内でやる花火も悪くないが、空を見上げて見る花火は格別だと思った。
大空で広がる様々な色の光。それが広がっていきやがては消える。実に派手で実に儚いそんな光……。
このまま時間が止まったらいいのに……。しかし、花火は次々と上がっていく。そして最後の花火が上がる。実のところ俺が花火を見ていたのは最初の数発だけでその後はずっと楓と椿を見ていた。
花火が上がるたびにピョコリを跳ねて喜ぶ楓。その横で空を眺める椿。途中、何回か目があったが、彼女は何も言わなかった。
「今日はここで別れよう」
そう言いその場を後にする俺。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、行ってこい」
俺は振りかえらず手を振って答える。
「え、行ってくる? どこに?」
まだ間に合う。振り返って二人の手を取りどこか、とにかく遠くに逃げよう。覚悟は決めたはずなのにそんな衝動に駆られる。それも抑えがたいほど強く。そうすればこの二人だけでも確実に助けることができる。
振り返りたい。
「どこかに行くなら私も付き合うよ?」
「あいつはな、今変わろうとしているんだ。つまりはそういうことなんだよ、カエデ」
やはり彼女はすごい。必要な時に必ず必要な言葉を俺にくれる。
「え? どういうこと?」
「カエデ、女がな、男に恥をかかすものではない」
俺は振り返らずに走ることができた。
二十三時。家で服を着替えながら美咲とのやり取り。
「もう、逃げてくださいとは言いません」
「言われたところで覚悟は決まってるよ」
「はい…」そう言いテーブルの上に何か二つを置く。見覚えのあるものだった。
「私の武器となる装備はこの二つだけです。どちらか一つはコージさんに使ってもらいたいのです」
銃と剣。俺が彼女を倒した実績を買ってどちらかを貸すと申し出てくれた。
「選ぶ前に聞きたいことがある」
彼女は無言で俺の問いを待つ。
「ミサキとあいつのことだ。ミサキはあいつが自分と同じ存在だといったよな? だとしたら性能――つまりは運動能力も同じだと考えてもいいのか?」
「はい、そう考えてもらって問題はありません」
よかった……。と、心の中で呟いた。覚悟はできているとかっこいいことは言っているが実のところそれは口だけだ。内心は不安でしょうがない。何か勝機につながる情報が欲しかったんだ。こんな事は事前に確認しておく事なのだが「ノー」と答えられていたら心が折れていただろう。だから怖くてこの時まで尋ねることができなかったんだ。
美咲は恐らく戦闘用ではない。修業中に美咲との戦闘の事を思い出していた。確実に椿の動きの方が数段上だった。ならば勝機は十分ある。
銃と剣。二つを交互に比べてみる。俺は銃を撃ったのは美咲と初めて会った、あの時が初めてだ。使う姿をイメージしてみる。銃を持って走る俺。走りながら相手に照準を合わせ当てる。
……無理だ。相手も容赦なく反撃してくるだろう、そんな中で動く的にまともに当てられるとは思えない。
「剣を貸してほしい」
筒状のそれを手に取る。すると彼女は無言でその手を両手で取り自分の胸に押し当て目をつむる。動揺しようとする俺を俺は意志の力で強引にねじふせた。こんな時に俺が動揺するような事を意味もなく彼女がするとは思えなかったからだ。
「剣の使用許可をコージさんに与えました」
そう言い俺の手を離す。まだ俺の手は彼女の胸の間にある。
少しの間。
「まぁ、私の胸がそんなに気に入ったのでしたら時間まで存分にお使いください」
慌ててひっこめる俺。こんな時に茶化すようなこと言うなよな……。
「ふふっ、コージさんが緊張していたようでしたので……」
クスリと笑いながら美咲。確かに少し緊張がほぐれた気がする。
「私たちの装備はオーダーメイドなので基本的に本人以外は使用できません。しかし、これで私が機…いえ、私が生きている限りコージさんは使うことができます」
「そうか」
と、だけ答えた。何かに引っ掛かったがそれを考える時間などなかった。
時計を見る23時半だった。
「美咲…」
「はい?」
「戻ったらさ……。みんなでカラオケに行こう。約束したのにまだだったよな? ……だから必ず行こうな」
俺の言葉に美咲は少し辛そうな顔をした。答えはなかった。
そう俺たちは必ず戻ってくる。いつもの有り触れた日常へと……。
二十三時五十分。校門に着く。だが、やつの姿はない。
二十三時五十五分。ようやく、やつが姿を見せた。想像していたごつい装備は身にまとっていない。
「ゲーム開始…24時ジャスト…まだ時間があるので追加説明をしておく」
無言でうなずく。
「ゲーム開始と同時に学校に空間凍結を掛ける…一度中に入ったら一歩でも外に出たらあなたの負け。それだと…入った瞬間に攻撃して終わってしまうかもしれない。…だから一分間は一切攻撃をしない、その間に中に入ってね」
無言でうなずく。
「じゃあ、最後…タイムリミット…空間凍結が解けるまで。この空間凍結は非対象者…つまり私たち以外が空間に入った瞬間に解けるの」
「ふざけるな! それは開始してすぐに誰かが入ってきて終わっちまうかもしれないってことだろうが!」
「その通り…でも、もう設定は変えられない。そろそろ時間…じゃあね」と言い残し消えてしまった。
二十四時丁度。それは始まった!
学校全体の色が褪せる。空間凍結が掛ったのだ。俺の体に緊張が走る。美咲はいつの間にか宇宙服に着替えていた。
あいつは学校の一室に目標があると言った。ならば、と正面玄関口に走る。しかし、扉が開いていない。この空間では物を動かす事が出来ない。だから、開いている窓なり扉を探す必要があった。
学校は三つの校舎がUの字に繋がっている形となっていて東側と西側にも玄関がある。どちらに向かうか?
辺りを見回す。すると数か所、各階の窓が開いていることに気がつく。ならば一階の窓もどこかが開いているはずだ。そして、玄関口が開いている可能性は少ない。
体育館やプールのある西側、雑木林のある東側。
どっちだ? それとも美咲と二手に分かれるか? いや、それはだめだ。そもそも敵がやつ一人とは限らない。それに装備で劣る俺達が戦力を分散させるのは得策ではない。
東側だ。校舎に沿って走る。俺の後に続く美咲。学校に向かう間、美咲とは特に指示をしない場合は俺の後についてくるように話し合っていた。
よし、校舎の端に開いている窓がある。
「時間…これより迎撃にうつる」
窓との距離はあと20m……。俺たちと窓との丁度中間点にあいつは現れた。
…クッ……。
彼女は長く巨大な砲身を持つ銃を両手で抱えていた。
「条件追加…ボクはこれから空間転位を使わない。あなた達を感知するレーダーも使わない。それにもう一つ…この武器の威力を見せる」
そう言い、銃を放つ。太い熱線が俺の脚元1mのところを襲い、そのまま横に薙ぐ…。相当の熱量だ。俺のむき出しの部分の皮膚が焼けたようにヒリヒリする。
クソっ…『ゲーム』がすぐに終わったらつまらないってわけか…お優しいこって……。だが俺は見たぞ。お前はズルをする気はないようだが俺は違う、堂々とズルをしてやる!
「じゃあ…始めるね…」
窓との距離がとても遠く感じた……。
先手を取ったのは美咲だった。無言で銃を放つ。彼女は回避行動をとらない。何故なら彼女の手前で何かが弾けたような火花が起こった。それと同時に微かに光る球形の力場に彼女が守られていることを知る。
それでも美咲は構わず三連射した。しかし、力場は破れない。そしてチラっと俺の方に一瞬だけ視線を向ける。美咲は俺に何かを教えようとしている!
「それじゃあ…F・B・Sは破れない」
彼女はそう言い、銃を放つ。熱線が美咲を襲う。
――よく見ろ。……そして、考えろ!
弾速はさほど速くはない。熱線の威力はさっき感じた感じでは当たればその部分が炭化するか蒸発するかは解らないが必殺の威力だろう。そんな熱線を約10秒ほど放出する銃。そしてその間は横に薙ぐなどの剣のような使い方もできる。それがあいつの持つ武器だ。
美咲はそれを横っ跳びで回避し、回避しざまに銃を放つ。その仕草を見たあいつは熱線で美咲を追うのを止めて光弾を回避した。
――そうか!
攻撃中は力場を使えないってことか。すると俺のするべきことは熱線をかわしつつ距離を詰めあいつに斬りかかる、だ。
頬を汗が伝う。ミスはできない。まだ、情報が必要だ……。
「美咲! こっちだ!」
雑木林に踊りこむ。そして木で射線を塞ぐ。俺たちの隠れている木を熱線が襲う。
凍結されたものは壊せない。つまり、あいつの射線を塞いでやれば俺たちは安全だってことだ。そしてあれだけの長ものを持っているのだ。あいつはあれを捨てない限り、ここに入ってこれない。
しかし、妙なものだ。と、場違いなことを思った。ただの木が必殺の威力を持つビームを防ぐ絶対の防御壁になるなんて。まさに『ゲーム』の世界だ。最近のゲームは知らないが俺のやったことのあるゲームでは『世界を滅ぼす一撃』の様な仰々しい攻撃であったとしてもオブジェであるフィールド上のものが壊れることはない。今の状況はそれに似ていて実に滑稽だ。しかし、それがありがたくもある。このリアリティーのない光景こそが俺に現実感を与えず、冷静なままでいらせてくれる。
「美咲! あの銃は連射可能なのか?」
「いえ、次回の発射へは砲身を冷却するために数秒の時間が必要です」
そんなやり取りの中、あいつがもう一撃。
……数を数える。1,2,3……10。放射の際に起こるヒューという音が収まる。
「俺はここだ!」木と木の間に姿をさらし挑発する。
……数を数える。1,2,3……10。再度熱線が俺に向けて襲いかかってくる。それを木に身を隠しやり過ごす。
なるほど……。
「埒が…あかない」
俺の脚元でカランコロンという乾いた音がする。その音がした方に視線を向ける。拳大の何かが転がっていた。美咲はそれに気づくと。俺に覆いかぶさるように飛びついてくる。
直後、ドカンという大きな爆発音と爆風が襲った。
「う…うわ…」
美咲の背面は何か鋭いものでひっかかれたような裂傷が幾筋にも走っていた。そして、その個所から彼女の肌は見えず、その代りにそこから血がにじみ出ていた。
「コージさん…大丈夫でしたか……?」
俺からは美咲の頭しか見えず彼女がどんな表情をしているか解らない。俺は無言でうなずく。頬に軽く痛みが走っているだけで他は何の痛みも感じない。確か宇宙服は何かの力場で守られていると彼女は言った。しかし、それが破られた。
くそっ、手榴弾まであるのかよ・・・…。
「コージさん…まだ動けます…。安心してください……」
彼女が顔を上げる。脂汗を掻いていた。顔もつらそうだ。
「しかし…血が……」
「御存じのとおり…これは擬態です…。コアが破壊されない限り…私は…死にません…」
――ダメだ!
ここでは銃の攻撃は防げても手榴弾の攻撃はこちらの動きも制限されるためかえって防ぎにくい。それになにより、美咲が危険だ。
「俺はここだ!」
そう叫び。全力で疾走する。そこを熱線が追う。運よく位置が入れ替わっている形になっていた。窓から構内に飛びこむ俺。周囲を見渡す。
現在、廊下にいる。見える範囲での話だが教室の扉はすべて開いていた。今は校内で戦うのはダメだ。この狭い廊下ではあの熱線をかわしきる事などできない。
外であの武器を何とかしてからでないと校内に入ってはいけない!
俺の入った隣の窓に熱線が掛る。数を数える。10になったところで窓から飛び出る。
同時に手榴弾が投げ込まれた。後ろで爆発音。
遮蔽物はどこだ? 立ち止まって周囲を見渡す。遮蔽物になりそうなものは雑木林しかない。だが、あそこには行ってはいけない。
覚悟を決めろ……。心の中でそうつぶやく。いつ『ゲーム』が終わってしまうかが解らない以上もう危険だなんて躊躇している場合ではない。
光剣を発生させ、それを強く握りしめ腰を落としいつでもダッシュをかけられる体制を取り熱線が来るタイミングを待つ。あいつとの距離は10m程度。俺の脚力で通常なら二、三秒程度の距離だ。十秒以内に到達できるはずだ。
あいつを見ろ!
スローモーション。彼女はトリガーにかけた指を引く。トリガーが引かれ銃口が光る。ここで俺は横に飛びダッシュを掛けた。
それを見て斜め下に銃を動かす彼女。熱線を飛び越えて回避する俺。熱線に触れたわけではないのに焼けるような痛みが走る。恐らく軽い火傷をおったはずだ。だが、そんなことで怯むわけにはいかない。今度は斜め上に薙ぎ払う。しゃがんでそれを避ける。
――届いた!
後は必殺の一撃を振るうだけだ。大きく振りかぶる。そして打ち込む。これで彼女は終わりのはずだ。
大きく振りかぶる!
その光景を見て恐怖に怯えたような顔をする彼女。それを見て一瞬、躊躇してしまう俺。さらにそれを見てニヤリとした表情をする彼女。
――しまった!
こう思った時はもう遅かった。力場が発生し俺を吹き飛ばす。大きく宙を舞い仰向けの体勢で地面に叩きつけられる俺。受け身が取れず強く背中を打った。苦しい。肺から一気に酸素が吐き出されるのを感じる。数秒は動けそうもない。時間にすればわずか数秒だが、今の俺にとっては致命的な時間だ。
「ゲームオーバー」
――避けられない……。
素直にそう思った。
スローモーション。彼女の指がトリガーを引く。銃口が光る。俺に向かって放たれ始めた熱線。終わった……。俺は人を殺した事などない。ましてや殺そうとも思った事もない。それをあいつに完全に見透かされていた……。
「コージさん!」
スローモーション。迫りくる熱線。それに割って入る美咲。腕をクロスして脚を開き踏ん張る彼女。そして彼女に熱線が到達する。熱線は彼女の僅か手前で何かの力場により相殺されている。数秒、その状態が続く。しかし、力場が破られる。そして彼女の両腕が宙を舞う。血は流れない。熱線が彼女の胸に当たる。まだ何かの力場により阻まれていたがそれも束の間、美咲の体が俺のはるか後ろに吹き飛ばされる。ものすごい勢いで地面を跳ねながら転がる彼女の体。そして壁にぶつかりその反動で一回大きく跳ねるとようやく止まる彼女の体。
そして、動かない……。
こんなものは見たくない。しかし、今の俺には見えてしまうのだ。ゲームなら死ぬ直前に会話があるものなのだがそんなものはない。
死人はものを言わない。これが現実だ。
「あ…ああ……」
次は俺の番だと言うのに思わず放心状態の俺。美咲の時もそうだった。今思えばあの時俺の放った光弾は胴を狙ったつもりなのに当たったのは肩口だった。意識的に的をずらしたのだ。そもそも俺は訓練された兵士ではない。例えそれが人間ではないと言え人の姿を持つそれを躊躇なく撃つなんて事はできない。
折角つき合ってもらったのに、ごめんな……椿。
俺はダメな奴だ。この放心は美咲を失ったからだけではない。「俺には人は殺せない」その事実に気づかされてしまったからなんだ……。
圧倒的な敗北感。
――俺は……勝つ事が出来ない……。
「一機撃墜…残機一…」
あいつの感情のない機械的な声。
その言葉で我に返った。鼓動が早まる。俺の中に抑えがたい感情が渦巻いた。『一機』だと?
美咲…美咲…美咲…美咲……。
こいつにとって美咲の死もゲームのうちでしかないのか……。なら最後まで付き合ってやるよ。それも俺の勝ちでな!
「お前は…ゲームに負けたら悔しいのか……? それとも…なんとも思わないのか?」
俺の放心状態を見てか、ゆっくりと俺に近づいてくる彼女。
「うん…負けたら悔しい…だから負けないの」
「……そうか。ウハハハハハハ……」
「気でも…おかしくなった?」
手の平で額を覆いながら思わず笑い出してしまった。手の平に生温かく湿った感触が伝わる。
そう、俺は笑いながら泣いていた。
自分でも理由が解らなかった。彼女の言う通りおかしくなったのかもしれない。そして、指の隙間からもう動かなくなった美咲に視線を向けた。
「ならば、お前を負かせて一矢ぐらいは報いてやる!」
彼女がトリガーを引くのと俺が飛び起きるのは同時だった。さっきまで俺が寝ていた場所を熱線が襲う……。
彼女は殺せない。怒りにまかせたとしても、だ。しかし、このまま死ぬのは美咲に申し訳ない。ならば俺はできることを全力でするだけだ。
再び対峙する。距離は5m。椿の言葉を思い出す。
――これから行うことをイメージしろ!
スローモーション。彼女がトリガーを引こうとする。俺は剣を投げる。彼女に向かってではない、銃に向かってだ。砲身に剣が刺さる。今度は俺がニヤリとする番だった。
「トリガーを引けまい! 暴発するからな!」
一瞬迷ったような彼女の表情。
その一瞬で十分だった。
俺には彼女を殺すことなんてできない。だが、これなら躊躇なくすることができるんだ!
俺は彼女との距離を詰め剣の柄を逆手で握り、そのまま振りぬく。そして、その勢いのまま彼女にラリアットをかますと彼女が跳ぶのと逆の方向に跳んだ。
俺に突き飛ばされている間、彼女は無表情で銃を離す。銃は爆発しその爆風でさらに飛ばされる。何度か地面をバウンドした。肢体には損傷は見当たらない。だが相当のダメージは与えたはずだ。予想通り彼女はゆっくりではあるが体を起こそうともがく。
これで少しは時間が稼げるはずだ。
急がねば……。俺は校舎へと走った。
――一体どこにある?
廊下を走りながら考える。爆弾の置いてある部屋の判別は簡単だ。色の褪せてない部屋を見つければいい。問題はどこにあるのかだ。校舎は広い。いつタイムアップになるかもしれないのだ。その内あいつも追い付いてくるだろう。体力的な問題もある。ある程度回る場所を絞る必要があった。
なぜ学校を選んだのか? 他の施設でもよかったはずだ。そこに何かヒントになるようなものがあるはずだ。
校長室、職員室、医務室……違った……。
ハァ…ハァ…。
椿に鍛えてもらったとはいえ所詮は付け焼刃だ。段々と息が切れてくる。
学校にしかない施設と言えば他にもいくつかある。
図書室、音楽室、実験室……違った……。
ゼェ…ゼェ…。
そろそろ走るのも限界になってきた。手近な教室で身を隠し、息を整えよう。
トビラから死角になる場所で息を整える。校舎に入ってかなり時間が経つのにあいつは追い付いて来なのが不気味だ。もしかして死んだのか? いや、それなら空間凍結が解けているはずだ。確信があるわけではないがそう考えるのが妥当な気がする。周囲に気を配って警戒しないといけない。
そろそろ走れそうだ。教室から頭だけ出し彼女がいないのを確認する。
――教室?
キーワードが頭の中で浮かんでいく……。学校、そして俺と美咲。そうか解った……。いや、たとえ違ったとしても闇雲に校内を走るのは上策とは言えない。
俺はそこへと急いだ。
『2―K』のプレートが見えた。俺たちのクラスだ。案の定、スライド式のトビラは閉まっていたがいつもと同じ色をしていた。俺は力任せにそれを引いた。ガラリ、という音とともに飛び込んでくる教室の光景。
――あった!
教卓の上で浮いている黒い球体。あれを壊せばゲームクリアだ……。どうやら美咲の敵が打てそうだ。剣を握る手に力を込める。
そして、放たれた俺の渾身の一撃は……。
登場人物紹介
東 孝司
……本編主人公。ハーレムものによくあるイケメン。
南井 美咲(M-00339)
……どこぞの宇宙からやって来た人型調査端末。コージと出会い居候になる。
西野 楓
……コージの同級生兼通い妻。(外見描写的な)ツバキのカマセ。
北家 椿
……完璧超人兼コージの嫁二号。コージをキョドらせるのが好き。
白山 良太
……コージの同級生。ムードメイカー的な存在。
発村 剛
……コージの同級生。外見ヤクザのヘタレ。通称ゴウ。
中野 俊夫
……コージのクラスの担任。『イケメンは死ね』が座右の銘。
※名前の由来は縦読み。