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第七話 『夏の思い出』

この感情の名は怒りと言う。俺は奴を倒す。そう心に決めた。

第7話 「夏の思い出」


「んー、実に心洗われるなー」

 川のせせらぎ。蝉の鳴き声。太陽はさんさんと輝いているのにあまり暑さを感じない。本日は川で釣り糸を垂れているのだ。

 別に趣味が釣りと言うわけではないどころか釣り自体が初めてなのだが、以前からやってみたいとは思っていたのだ。

「何か地味じゃない? コージ君、さっきから一匹も釣れないよ?」

 少し離れた場所で同じく釣り糸を垂らすゴウ。確かに海釣りと比べると川釣りは地味に見えるかもしれない。しかし、自然に囲まれながらする釣りは何かいいようのない良さがあった。木々から発する良い匂いもあるし、はまると海釣りをしなくなる人がいるってのもうなずける話だ。視界内には俺達六人しか映らない。俺としては何よりもそれがすばらしい。

「釣れないのはー、我々の腕の問題もあるかもしれないがー、一番の理由はあいつらじゃないかね、ゴウくんやー」

 上流の方は泉状の貯まりがありそこで残り四人が川遊びをしていた。上流でそんな事をされて釣れるわけがない。しかし、俺はそれを咎めるでもなく釣り糸を垂れる。

「でもさー、川魚焼いて食いたいって言いだしたのコージ君じゃないか」

「ゴウくんやー、飽きたのならあいつらと合流してもいいんじゃよー」

「でもさ、バーベキュウ、このままだと野菜だけになっちゃうよ……」

 ええい、うっとうしい。なら女の子組の水着でも見て堪能しとけよ、とは言わなかった。『なんちゃって釣り人』感に浸ることに満足した俺は実に寛大な気分だったのだ。

 しばらく無言で釣りをする。一時間もたったころうだろうかさすがに飽きてくる。所詮、それが『なんちゃって』が取れない所以なのだろう。

「釣れましたか?」と、ピンクのビキニにレモン色のパーカーを羽織った美咲が尋ねてくる。無言で首を横にふる俺ら。「そうですか、がんばってください」こう言って爽やかな笑顔と共に戻ってしまう。

 一時間後、今度は楓がやって来る。海で見たタンキニにミニスカを纏っていた。網に何も入っていないのを見ると何も聞かず戻る。空気の読めるやつだ。

 さらに一時間後、白のビキニトップにデニムの両足を破いたホットパンツ姿の椿がやって来た。

「ふむ、釣れてないな」

「「ごめんなさい」」二人同時に謝罪する。

「十分、想定の範囲だ。どれ……、ついてこい」

 そう言い俺たちに上流に来るように指示する。上流に着くと椿は「こんなもんか?」と言い大きな石を両手で抱え、川から突き出ている岩に力いっぱい放り投げる。

それ昔、アニメで見たことがあるぞ……。昔、見たシーンよろしく何匹かの魚が腹を見せてプカプカと水面に浮く。

 もう釣りなんかやるもんか!

「結局はツバキさんが捕っただけなんだ?」

「いやぁ、面目ない」

 辺りが暗くなってバーベキュウが終わると花火大会を始めた。大会といっても市販されている奴なので大したことはないのだが、それでも色々な光を放つ火花はとても美しい。

 良太が手持ち花火を何個も抱えてゴウを追っかけまわすなんてお決まりのことをしていたが、それはこの際だから無視しよう。

「花火って綺麗ですね」

 どうやら美咲も気に入ってくれたらしい。手に持つ花火をそれが完全に消えるまでしきりに見つめていた。

「夏休みの最後の方に町の祭りがあるんだ。そこでもっとすごいやつが見られるぜ。絶対見に行こう」

 本来ならどこか有名な花火大会にでも連れて行ってやりたいところではあるが、俺にはこれが精一杯の譲歩だった。

 それでも美咲は満足そうに頷いてくれた。


 その後も山に登ったり遊園地に行ったりショッピングに連れていかれたりと、忙しい日々を送っている。そんな事をしているうちに夏休みも中盤――すなわちお盆の時期に入った。この時期は田舎に帰省したりと家族と過ごす者もいるので団体での活動は休止することに決まった。

 なので、美咲(と時には楓も)と近場を散策したり家でごろごろして実に平和な日々を過ごしていると美咲がこんな事を言ってきた。「今週の土曜日何かご予定はありますか?」との質問に「ないよ」と答えると……。


「ゴウさんが夏コミに連れてってくださるそうなのでご一緒しませんか?」


「コージ君、ほんとに来てくれないの?」

「そんなもん俺は行かんぞ」と即答する。

 早朝四時に起きて見送ってやろうってだけでも感謝してもらいたいもんだ。そっち方面には疎いが夏コミだの冬コミだのは知ってるぞ、去年、TVで見たんだ。

 人人人…人の海……あんな場所に行けるか!

「俺はお前らの趣味を否定することは決してしないが付き合うこともしないぞ」

と冷たく言い放つ。

「コージ君が人ごみ苦手なのはもちろん知ってるよ。……でもボク…女の子と二人きりって初めてなんだよ……」

 情けない声で訴えかけたって俺が知ったことか。

「ゴウさん、私と二人きりはお嫌ですか?」

「い、いえ…決してそんなことは……」

 相も変わらずのズレたセリフだな……。お嫌いどころかゴウは美咲に惚れているのだと思う。

 美咲が転入したきた日。外見はすばらしい美咲だ。当然、男子から言い寄られる存在になった。例の歓迎会の後、彼女が男に言い寄られるのが気にくわないのか授業の合間のような『教室にはいるがフリーな時間』は俺と話すという大義名分で彼女の席の横で仁王立ちをするようになった。まるで彼女を守る騎士のようにね。

 ゴウは中身はあれだが外見は実にたくましい男だ。プロレスラーをしています、と言っても誰も嘘だとは思わないだろう。そんなやつが腕組みして仁王立ちしていれば大抵の男は美咲に近づこうとは思わない。普通の女の子なら怖がって逃げだすところだろうが。幸い彼女も中身があれだ。

 俺すら気づいているぐらいなんだ。皆もそう思ってるはずだ。本当は会場まではつき合ってやろうかとも思っていたのだが、やつのなよなよした態度を見て止めることにした。何度か2人きりであえば普通に接せれるようになるだろ、俺もそうだった。

 趣味も合うんだしYouつき合っちゃいなよ!

「じゃあ、お前ら各自行くってことにしろよ。それなら問題ないだろ?」

「それは困ります!」

 俺の少し意地悪な問いを制したのは美咲だった。

「私は初めてですし、勝手がわかりません……。ちゃんと責任をとってください……」

 と、そこだけ聞かれたら絶対に勘違いするようなセリフを吐く。それを受けて「はい、責任を取らせてもらいます」と顔を真っ赤にして頭を掻きながらゴウ。

 じゃあ、そう言うことでとっとと行けや。と、二人を強引に道路まで引っ張っていき、部屋に戻る俺。ゴウが哀願するような目でこっちを見ていたがそんなこと知ったものか!

 なんかもどかしいな。好きになったら「好きです」ってコクる。恋愛ってそんなもんじゃないのか? 楓や椿を見ていてそう思っていたのだがゴウを見る限りそんな単純なものでもなさそうだな。

 うーむ、解らん……。


 二人を見送った後、二度寝をしていると何やら重苦しさを感じ目を覚ました。目を開けるとワンピースを着た美咲が俺の上にまたがって座っている。

 いや、美咲ではない。この女の子はショートカットだ。それに何より目が違う。

「ふふっ、…おはよう、東 孝司」

「お、お前は……」

「そう、私よ」

 『ゲーム』開始なのか? 美咲はいない。俺だけでどうにかできるのか……?

「ふふっ、…そのままでいい。安心して…今日は何もしないから」

 上体を起こし何とか彼女を払いのけようとする俺にこう告げた。

「今日は案内状をもってきたの」

「……案内状?」

「そう『ゲーム』の案内状。テーブルの上に置いておいたから後で見ておいてね」

 そう言うと彼女は立ち上がる。

 俺の背中に冷たいものが走った……。

「これは『ゲーム』だから説明がいるの。まずは舞台…空間凍結のことは美咲から聞いているよね?」

「ああ……」

「あなたの通っている学校に空間凍結をかける。…そこが『ゲーム』のフィールド。

次に空間凍結のルール。…凍結された空間は時間が止まるだけじゃないの」

 いつの間にかに手に銃を持っていた。以前、美咲が持っているのと同じやつだ。光弾を窓に向かって放つ。

「うわ!」思わず声がでた。ガシャンと窓が割れる音が――聞こえなかった。と、いうか窓に何も変化が起こらなかった。

「空間内では凍結されたものは基本的には壊すことができないし、この中で発生した音は外に聞こえないの…だからフィールド内では安心して暴れまわってね。基本的って言葉が引っ掛かるかしら? でも、それも安心して。凍結されたものを壊すにはこの世界で言うと核弾頭クラスのエネルギーが必要なの…だから私の持ってきた装備でも無理…」

「物を壊す心配がないのは解った。で、武器の支給なんかはあるのかい? これは『ゲーム』なんだろ?」

 おかしい……この非現実を前にして俺は動揺してない。むしろ、冷静とさえいっていい。彼女が戦闘の意思がないようなことを言っていたからか?

「ふふっ…そこまで甘えないでくれる? 次に『ゲーム』の日時ね。…日時は八月二十五日の二十四時丁度…」

 すると十日後か……。

「次にあなた達の勝利条件。…学校内に凍結のされてない場所が一か所あるの。そして、その中にこんなの」と、いい手のひらに直径30cmぐらいの黒い球体を浮かべる「があるの。これを破壊したらあなた達の勝ち……。最後に敗北のペナルティーね。…この球体は実は爆弾なの。…時間が来ないと決して爆発はしないけどね。だから、安心して。…時間が来る前なら破壊しても爆発することはないから…」

 なぜ冷静なのかが段々と解ってきた。

「これが爆発すると…どうなると思う?」

「俺と美咲は死ぬんだろ」

「ふふっ、それじゃあ100点をあげられない…」

「どういう意味だ?」

「爆発したら…たぶん、この町が地図から消えるって意味」

 俺に楓や椿、それに町の住人の命が掛ってるってことか、こりゃ参ったな。

「全部説明してしまったけど招待状、ちゃんと美咲に見せておいてね。

…そうそう、答えてばかりだったからあなたに質問するね?

何故、今こんなこと言ったか解る?」

 彼女とのやり取り。そして、妙に冷静な俺。段々と、その理由に思い当たる。

「俺は『ゲーム』の内容を知った。だから、逃げることもできる。そう、当日に遠く離れた場所にいれば安全だからな! おまえはそれでもいい。なんせ所詮はただの『ゲーム』でしかないからな! しかし、俺が逃げたら町のみんなは死ぬ。結果、俺は生き残るが、みんなを見捨てた自責の念を一生抱えることになる。それが、その場合のペナルティーだ!」

 愉快そうな目で俺を見ている彼女。

「知ってしまった以上、今日から十日間、俺は悩み続けるだろう。お前は俺の無様な葛藤を見て楽しみたいんだろ?

ふざけるな! 俺を甘く見るなよ。

お前と同じ美咲だって俺が倒したんだ!

お前を絶対に倒してやる!」

 心が爆発するのにまかせ、俺は一気に捲し立てた。

 そう、冷静だったんじゃない俺は怒っていたんだ!

「100点をあげる…」

 そう言い残し彼女は消えてしまった。

 彼女が消えた後も、しばらく彼女がいた空間を俺は睨んでいた。冷たいようで熱いこの感情――俺は生れて初めて本気で怒っていたのだ。

 この戦いだけは負けるわけにはいかない。そう、強く、強く思った。


 俺はこれからの方針を何時間も考えていた。チープだがこれしかないと心を決めた頃、両手いっぱいの荷物を抱え満面の笑みの美咲が帰ってきた。ゴウとは駅で別れたらしい。

「コージさん、怖い顔してます。もしかして、ゴウさんと二人っきりで遊びに行ったことを怒っているのですか?」

 何もかもが解ってない。それはむしろ、推奨行為だ。俺は突っ込む代わりに無言でテーブルを指さす。

「……そうですか彼女が来ましたか……」招待状を手に取りながら美咲。

「……ああ」

「荷物を置いてきます」といい部屋に入ると手早く戻ってくる美咲。

「どうするんですか? 命の危険がある以上私は……」

「あいつと戦う。……それ以外の選択肢はない」

「なら、私だけで戦います。コージさんは逃げてください」

「ふざけるな!」

 バンッと片手で強くテーブルを叩く。それに彼女はビクッとする。

「ですが彼女は危険です。いえ、彼女の装備は危険なのです」

「どういう意味だ?」

「コージさんは確かに私を倒しました。ですから、彼女を倒すことは不可能ではないでしょう。ですが、それは装備が同じならの話です。」

 彼女は説明する。空間凍結とは本来、戦略目的地にテレポートする際に不確定要素をなくすためのシステムで、それができるということは戦術級兵器を所持しているという事と同義である。自分が所持しているのは護身用程度の武器であり火力、機動力の面で相当、劣るのだと。

「だからどうした?」

「え?」

「だからどうした? と、言った」

「ですから、勝算は少ないのです…」

「そんなことはどうでもいいんだ……」俺はできるだけ感情を出さないように努めた「あいつは俺から仲間たちを奪うと言ったんだ。それなのに俺に逃げろだって? そんな事が出来ると思っているのか? 俺にとってやつらは……」

 俺にとって大事な仲間なんだ。こう言いたかったが声にならなかった。

 あいつらを失いたくない。美咲だってそうだ。彼女と暮らしだしてまだ一月もたたないが俺の中である感情が芽生え始めているのを感じている。

 あいつらを守りたい。それもある。だがそんなかっこいい理由が本当じゃあない。誰も愛したことのない俺は自己中心的なやつだ。素知らぬふりをしていつも自分の利益ばかり考えている。結局のところ今だってそうだ。それは自分でもよく解っている。

 あいつらは何かが足りない俺を完成してくれる存在なんだ。それを失ってしまったら俺は『人間』になることはできなくなる……。ただ、それが嫌なだけなんだ。

 それに……。

「それに……。ミサキ、お前を一人で危険な場所に行かせるわけにはいかない……」

俺にとっても意外な言葉であった。だが、この時の俺の言葉に嘘はなかった。



「私の家に来るなんて珍しいこともあるもんだ」

俺には人にはない能力がある。ケンカの類ではいつもそれに頼ってきた。美咲の時もそうだ。『ゲーム』に対して誰にも助けを求めることはできない。しかも後九日でできる事なんてたかが知れている。しかし、何もやらないよりはましだ。

だから椿に協力を求め。俺はそれに磨きをかける事にした。

「ツバキ、お前に頼みがある」

「ふむ、求愛に来たのではなさそうだな。まあいい、とりあえず私の部屋で話そう」

 俺の真剣そうな顔を見て椿はそう言った。部屋に向かう途中に彼女の父親に会って襲われそうになったが彼女が撃退してくれた。

 椿の家は剣術道場をしている。俺が初めてこの家に来た時、椿が「私が全てを捧げた旦那だ」と、俺を紹介して以来、娘を溺愛しているこの父親は俺を見かけると襲いかかってくるようになった。そしてそれ以来、俺の家からそんなに離れているわけではないがここには近づいていなかった。

「で、私に頼みとは何だ?」

「理由は聞かないでくれ、俺を二十四日まで鍛えて欲しいんだ」

 昨日、何時間も掛けて出した結論は結局のところこんなチープなものだった。だが残り時間も多いわけではない。ほんの少しでも動けるようになればそれだけ戦いが有利になる。

 何よりも体を酷使することでその間は悩まずにいられそうだと思った。ろくに成果はでなくてもいい。それさえできれば……。俺はそんな都合のいいことを考えていた。

「鍛えるのはかまわんが理由を話せないとは気にくわんな…」

「むしのよい話だとは解っている。だか、理由を言うわけにはいかないんだ」

 ここで嘘でごまかすような不誠実はできない。それに相手は椿だ、嘘をつけばそうとばれる。

「そうか……、話すわけにはいかないのか。ならば私と一晩共にしろ、それでチャラにしてやる」

 いつもの挑発的な目だ。だが今日の俺はそれに屈するわけにはいかない。無言で椿の目を見つめる。

「うむ、良い目だ。茶化して済まなかったな。そうか、コージ、お主は今変わろうとしているのだな……」

 俺には言葉の意味が解らなかった。しかし、彼女の目も真剣なものに変わったのは理解できた。

「頼みは受けよう。だが一つ条件がある。私はこれより私情を捨ててお前を門下生として扱うことになる、それでも構わないか?」

 俺の答えは決まっていた。

「よろしい。ならば道場で待っていろ」


「お主に敗れてから一年か、……早いものだ」

 彼女は胴着に着替えている。彼女も本気らしい。

「始める前に言っておく。後になると…言いずらくなるからな……」

 彼女にしては珍しく歯切れの悪い言い方だ。

「お主が変わってしまったら私は本気でお前に惚れてしまうだろう……。覚悟しておけ!」

 それは普段の大人びた顔ではなかった。少し顔を赤らめた年相応の少女の顔だった。しかし、それも束の間、すぐにいつもの表情に戻る。

「今の私はあの時より強くなっている。剣を持った私はさらに倍は強くなる」

 そう言って道場の壁に掛けてある木刀のうち短めのものを手に取る。

「まずはお主がどれほどのものか試させてもらう。修業のメニューはそれから考えさせてもらう事にする」

 そもそも俺が椿より強かったっていう前提が間違っている。俺は確実に彼女より弱い。ただズルをして勝っただけだ。

 彼女が木刀を俺の方に向ける。そろそろ始めるようだ。俺は途中薬局で買ってきた眼帯を左目にした。

「視界を塞ぐとは私を舐めているのか?」それを見た椿が不快そうに言う。

「許してくれ。決してお前を馬鹿にする意図はないんだ」

 勝つことが目的ではない。ズルをして彼女の動きを追っても意味がないのだ。

「……そうか。しかし死角からも容赦なく狙うぞ。……では参る!」

 彼女は剣術家だ。剣術は剣道のように剣を通じて精神を鍛え自らの道を見つける、という崇高なものではない。相手に勝つためにその手段の一つとして剣を振るう。剣道の道徳の外にある相手を壊すことを追求する術だ。そのため剣で切る、突くはもちろんのこと近づけば柄で殴り、相手をひるませ掴み投げ、そして倒れた敵を踏みつける。この程度の事は当たり前のようにしてくる。

 彼女が剣を振りかぶる。いつもならスローモーションのような動きなのだが切っ先を追うことすらできない。

――速い!

 そう思った時には肩に鋭い痛みを覚えて無様にも俺は気絶した。


「コージ、お主弱くなったのではないか? この程度は避けてくれると思っていたぞ」

 椿にバケツ一杯の水を掛けられ俺は覚醒した。肩が痛む。幸い骨は折れていないようだ。寸前のところで椿は振りぬくのを止めてくれたようだ。じゃなければ鎖骨が折れていたはずだ。

「まあ、よい。……まだできるか?」

 無言でうなずく。

 何度目かの覚醒。避けるどころか切っ先を追うことすらできなかった。正直ここまで差があるとは思わなかった。彼女との力の差ではない、俺の視界の差だ。しかし、これでいい。これが本来の俺と彼女との差なのだ。彼女の一撃を避けることができるようになるだけでも俺の動きはかなりよくなっているはずだ。

「ふむ、お主の打たれ強さは解ったが、こう何度も気絶されてしまっては鍛錬にならんな。……仕方がない、おやじ殿! あれをもってきてやってくれ」

 気がつくと親父さんが座っていた。俺が椿に文字通り打ちのめされているのが嬉しいのかニヤニヤしていた。

 彼女にそう言われると道場の外に出て何やら持ってくる。防具のようだ。それは剣道の防具というよりボクシングのトレーナーがするような動きやすいものだった。かっこ悪いが彼女の言う通りだ。素直に着けよう。

「ここに座れ」と言い壁際に移動させられる。そこには高さの異なる棒が打ちつけてありその間に俺を座らすと親父さんは俺の体とその棒とを綱で結ぶ。

「まず、お主は私の剣が全く見えてない」

 実にその通りなんだがそのこととこの拘束プレーが一体何の関係があるのだろう?

「これから私はお主にひたすら打ち込むことにする。1cm程度で寸止するが人の体とは面白いものでな。見えなくても音や風を感じて体が勝手に反応する。大けがをしかねないからな、これはそのためだ」

 ……なるほど。

「見えるようになれば今日はそれで終いだ」

 正確には何回かわからないが百回は越した頃ぼんやりとではあるが見えるようになってくる。三百回は越したと思えた頃、時折「ヒッ」などと無様な悲鳴を上げ始める。止まると解っていても彼女の打ち込みは半端なく速い。だから怖い。

「よし、今日はこれまでにしよう」

 日が暮れ「ヒッ」の数が増え始めると彼女は満足そうな顔をしてそう言った。

「悲鳴が上がるのは見えている証拠だからな。ふふふ、後で飯と毛布を持ってきてやる。どうせ動けまい?」

 その通りだった。途中からと言うかほぼ最初以外、座っていただけなのだが体中が痛む。無理をすれば何とか家に戻るぐらいはできそうだが今日はこのまま寝てしまいたい。

 今日の出来事を思い出してみる。彼女は恐らく500回以上は振ったはずだ。木刀というものは見た目から想像するより重い。それを何百と振り続けるのは至難の業である。それを易々やってのける超人的な体力だ。恐らくはそれを何年も続けてきた結果なのだろう。彼女は学校で完璧超人の異名を持つがそれを支えるのが日々の努力であることを思い知る。

 普通ならそんなことをしていれば血マメが固まってごつごつの手になっているんだが彼女の手は指が長く滑らかで美しい、この話がフィクションであり実在の人物、地名、および団体名とは一切関係ないからなのだろうか? などと身も蓋もないことも思ったりもした。


 いきなり修行をハードモードどころかナイトメアモードで始めてしまった俺だが一週間もすると彼女の初段をかわすことができるようになっていた。と、言っても椿が最初は必ず打ち込みから入ってくれるためってのがでかいような気もするが……。

 椿コンボは実に多彩だった。初段は何とかかわしても二段目が切り返しだったり、足払いだったり、タックルだったり、勢いをそのまま生かした裏拳だったりと容赦がない。防具と恐らく彼女が本気ではないためなんとか立ち上がることはできるがその度にふっとばされる。ズルをしたとはいえ、よくこんなのに勝てたな……。

「いいか、初段を避けた後のことも考えるんだ。そいつの攻撃がどういう軌道なのか、それを知り自分の流れを作るんだ。そうすれば避ける動作のまま反撃に移れる」

 腕立て伏せをしている間、俺の上に乗っかり椿はそう言った。筋トレ中はアドバイスタイムでもある。ズルを封印してから気がついたことがある。俺は運動神経はいい方だが、ただそれだけだってことだ。特に体を鍛えたこともないしスポーツに打ち込んだこともない。彼女に言わせると少年漫画の主人公並みに体が頑丈なようだが如何せん体力がない。

「だけど相手はそれ読ませないようにフェイントなり軌道の変化なりしてくるんだろ?」

「まあ、そうなるな。一撃必殺ができるのであればそれにこしたことはないがその為に様々な技があるわけだ。だから高度な戦いになればなるほど読み合いが重要になるわけだな」

「なんか将棋みたいな話だな。未だにツバキの二段目を避けられないし……」

 椿は俺から飛び降りると両手を俺の顔に挟むように当てるとこう言った。

「だが、私の初段を避けられるようになっただけでもすごいものだ」

 彼女はよい先生でもある。飴と鞭の使い分けがうまい。褒められると素直にその気になってしまう。 本当に彼女を頼ってよかったと思う。

 血迷って一人で山籠りだ! なんてやってたら恐らくは最初の段階、つまり彼女の打ち込みが見えるようになる、にすら達さなかっただろう。



「コージくん、やってるー?」

 楓が美咲を連れて道場にやってきた。明後日にある祭りのために美咲の浴衣をこれから三人で見に行くのだそうだ。

「では、私たちは買い物に行ってくるぞ。コージは私が戻るまで素振りをしているように」

 木刀で素振りをしながら思う。

 あと二日。本来なら修行をその日まで続けた方がいいのだろうが体を休める必要もある。元に今打ち身だらけだ。体中が悲鳴を上げていたが俺はそれを強引に無視して体を動かしている状態だ。

 理屈だな……と思った。単に皆で祭に行きたいだけなのに。俺は人ごみが苦手だ。だが祭りといっても町の祭りだ。なんとかなるだろう。いや、なんとかする。最後になるかもしれない。そう思うと何としても思い出が欲しくなったのだ……。

 椿は『俺が変わろうとしている』と言った。今、俺の中で沸きあがるなんとも言えないような感覚がある。これがその言葉の意味なのだろうか? 美咲と出会ってから急速に育った、この気持ちが……。

「昨夜、考えたのだが今日はいままでのメニューをやめて、少し講義をして鍛錬を終了としようと思う」

 八月二十四日の朝、彼女はこう言った。

「例えばこの木刀、私が一歩も動かないとしてお前に触れさすことができると思うか?」

 そう言い手にした木刀を俺の方に向ける。

 俺と椿の距離はおよそ3m。あれに伸びる仕掛けでもない限りは届くはずがない。答えはノーだ。そう答えると彼女はクスリと笑い。木刀を俺の方に放り投げた。ゆっくりと綺麗な放物線を描いて向かって来るそれを反射的に受け止める俺。

「お前に触れたぞ?」

「ず、ずるいぞ!」

「ずるではない。私は最初に条件を提示した。投げないとは言っていない」

「で、でも……」

「『でも、木刀は振るうものだ』とでも言いたいのか?」

 椿は俺から木刀をひったくると壁に投げつける。綺麗な円を描いて飛んでいくとそれは壁に突き刺さった。

「うむ、これは強力な投てき武器だな。もし、放るのではなく投げつけていたらコージお主は死んでいたかもしれんぞ?」

「……」

「お主は何事に対しても自分での常識を求めそれを基準に判断する。それ故に自分の常識外のことが起こると動揺するのだ。どこの誰と戦うのかは知らん。だが無手を使える私にそうと頼まなかった。つまりは何らかの武器を使うということだ」

 椿は俺がこれから何をするのかを決して追及しない。

だけど、見透かされてるな、と思った。

「それが何であるかをよく観察し理解しろ。それができればお主は勝てるだろう」

 昨夜、これが最後かもしれないと思ったらどうしても椿に聞いてみたいと思ったことがあった。だが、今は止めておくことにしよう。


 俺は必ず勝って戻ってくる。そうしたら聞いてやる、覚悟しておけ!



登場人物紹介

アズマ 孝司コウジ

……本編主人公。ハーレムものによくあるイケメン。

南井ミナイ 美咲ミサキ(M-00339)

……どこぞの宇宙からやって来た人型調査端末。コージと出会い居候になる。

西野ニシノ カエデ

……コージの同級生兼通い妻。(外見描写的な)ツバキのカマセ。

北家キタイエ 椿ツバキ

……完璧超人兼コージの嫁二号。コージをキョドらせるのが好き。

白山シラヤマ 良太リョウタ

……コージの同級生。ムードメイカー的な存在。

発村ハツムラ ツヨシ

……コージの同級生。外見ヤクザのヘタレ。通称ゴウ。

中野ナカノ 俊夫トシオ

……コージのクラスの担任。『イケメンは死ね』が座右の銘。


※名前の由来は縦読み。



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