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第五話 『学校に行こう』

俺がしてしまったミス。自分の気持ちを正確に伝えるのは難しい。それも『不可能ではないのか?』と、さえ思えるほどに……。感情とは愛情とは厄介なものだと思った……。


※ようやく名前のある登場人物が揃った。

第五話 「学校に行こう」


 その日は雨だった。雨でも構わず楓は朝食を届けに来てくれる。

 彼女にとって昨日の事はただの確認に過ぎなかったのだろうか? 

 そうではなくこれが女の強さってやつなのだろうか? 

 それとも単に俺が自意識過剰なのだろうか?

 俺には解らない。だが、いつもと変わらぬ態度で接してくれる。俺もできるだけ平静を装って相手をする。それが一番よい気がしたのだ。

 楓が家を出る。しばらく、ボーっとする。ふと、視線を動かすと何やら心配そうな顔でドアから顔を覗かす彼女が見えた。

「どこか具合が悪いのでしょうか?」

 彼女はこんな事を言う。相変わらずまったく解ってない。しかし、今の俺をまったく解ってない人間が存在する。そんな事が何故か心地よかった。

俺は自意識過剰だ。楓だって単に確認で言っただけなんだ。そう強引に思い込むと少し心に余裕ができた。

「いや、どこも悪くないよ」

 ホッとしたような顔をする彼女。

「今度いっしょにカラオケに行こうな。……それじゃあ行ってくる」

「はい!」

 満面の笑顔だった。



 学校から戻るとすぐ彼女に腕を引っ張られて部屋に連行された。何だろう? 俺を椅子に強引に座らすとディスプレーの隅を掴み、見るように催促する。

「このまま一年間、誰にも見つからずに生活をする。こんな事は不可能だと思いますよね?」

「……まぁ、無理だろうな」

 何度も彼女を外に連れ出せばそのうち誰かに見つかるだろうし、かといって、ずっと家から出さないとしても、悪友の来襲を拒み続けるのも無理そうだ。楓だって部屋に入ることがないわけではない。そもそも彼女の目的は調査だ。『ずっと家に篭ってなさい』なんて言っても拒否されるに決まっている。そういえば昨日、問題の解決がどうのこうの言ってた気がするな。それの話だろうか?

「はい、不可能です。そこで私はどうするのがベストか考えました」

「ほうほう」

「隠すのが無理であるのであればいっそこちらから見つかってしまおう、と」

「はぁ?」

「要するに私が宇宙人であることがバレなければ問題ないのです」

 そりゃそうだね。声には出さない。

「ところでコージさん、私の名前を言えますか?」

「ごめん……。覚えてない……」

「M―00339です」

 ああ、確かそんな感じだったね。

「例えばコージさんのお友達に『はじめましてM―00339です。よろしくお願いします』などと、ご挨拶をした場合、どういう反応が予想されますか?」

「頭がおかしい人だと思われると思います……」

「その通りです。私から言わせると番号の方が効率がいいわけなのですが、そうも言っていられません。そこでインターネットの仲間たちに私の設定を考えていただきました。まずはこれを見てください。見苦しい部分が多かったので見やすいようにあらかじめ編集しておきました」

 と、ディスプレー(新品)の隅っこをポンポンと叩く。


 ……なんだこりゃ?


【オマイラボスケテ】設定を考えるスレ


1:小説でどう見ても日本人なのに日本のことや常識をまったく知らない女の子ってキャラを出したいんだけどそれが不自然だと思われない設定を考えてほしい。

お前らボスケテ!


5:》1 実は宇宙人だった、とか異世界から来たとかどう?


6:》5 そのようなぶっ飛んだ設定はいりません。もっと平凡かつありきたりなのをお願いします。 


20: ありきたりなのでいいなら普通に帰国子女でいいんじゃね?


21:》20 神キタコレ。どうもありがとうございます。ではついでに滞在していた国のことも知らない国の事を聞かれたら答えられない。こういう条件を追加するとどうすればいいのでしょう?


36:聞いたことのないようなドマイナーな国から来たってことにすればいいんじゃね? 国名でググって適当なの選べばOK。


37:ドマイナーな国からの帰国子女FA? おまえら、thx。これでなんとかコミケに間に合いそうだよ。


40:》37 ほー、創作ものでコミケとか売れそうもないが、まあ、がんがれ。


「口が悪い人が多いですがいい人ばっかりです。

別のスレでは名前も考えてもらいました。これがまとめです。」

 と、紙を渡す。そんな物もあるならこんなん見せんなや……。こう思いつつも興味なさげに紙に目を通す。


私、南井 美咲ミナイミサキ。誕生日は7月7日でカニ座の十七歳。父はアフリカにあるトーゴ共和国(トーゴ共和国のみなさんごめんなさい)の大使館に勤めているの。大学は日本のに行きたいなって思って私だけ戻ってきたの。日本には十年前に一度来たことがあるだけでこれが二度目の来日よ。コージクンとは遠い親戚で他に縁のある親戚がいないのでコージクンの家にごやっかいになることになったの。日本のことあんまりわからないけどみんなよろしくね(はぁと)。


「なんじゃこりゃー!」

 思わず叫びながら紙を破り捨てる俺。

なんだ、この無性にむかつく文章は!

「破り捨てないでください。これは予備です」

 破られることは予想済みだったらしい。彼女は同じ内容が書かれた紙を俺にまた手渡す。

「私がこの国では当たり前のことを知らなかった場合『そんな事、知らなかった』と、言える、これが一番無難な設定なのです。また、おかしな行動をとっても文化の違いということでごまかせます。目下全力でこの国の日常的な知識を仕入れていますが、机上で手に入れたデータです。おそらくは実践では何度かはあなた方にとって不可解な行動を取ることとなるでしょう」

 なんか誤った方向のデータが入力されてないか……こいつ。

「で、なんでトーゴ共和国出身なんだ?」

「コージさんはこの国の事を何かご存じですか?」

「うんにゃ」

 初めて耳にする国だ。

「ですよね? ランダムで選んだ結果なのですが恐らくは外交筋の人間でない限りは同じ回答が返ってくると思われます。基本的なデータは入力済みですが、質問された時に実際のそれが現実のものと異なる場合も知る人がいない以上それに対するフォローが容易なのです。架空の国を設定すると検索された場合、嘘が発覚する恐れがあります」

 ひどい言いようだな……。まあ、確かにそんなもんかもしれない。

「じゃあ、名前の由来は?」

「はい、提示されたものの中で同一回答の一番多いものを選びました。

日本人の一般的な名称かと思いググってみたのですがどうやらこれが由来のようです」

 と、マウスをいじって別のファイルを開く彼女。

 女の子の絵が出てくる。栗色のロングヘアーに整った顔立ち、おとなしめの服装の女の子。なんとなく彼女に似ている気がする。彼女の説明によるとアニメだかゲームに出てくるヒロインの一人らしい。

「こんなんで決めて本当にいいのか?」

「はい、私が気に入りましたので問題はありません。ですから、これからは『美咲タン』もしくは『美咲キュン』とお呼びください」

 真顔で彼女。

「ま、冗談はとにかくこれからはミサキって呼ぶよ」

 残念そうな顔の美咲。どうやら彼女的には冗談ではなかったらしい。まあ、これで誰かに見つかった時に困る心配はなくなるわけだ。それだけでも良しとしよう。

 と、あることに対する現実逃避を俺はした。


「明日から私もコージさんの学校に行くことにしました」

「はぁ?」

 思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。

「ですから、私もコージさんの学校に通うことにしました、と申しました」

「そうじゃなくて、なんで俺の学校に来るんだよ?」

「私の外見を見てどれくらいだと思いますか?」

 やれやれみたいな感じで彼女。

「うーん」

 頭から足もとにゆっくりと視線を移しながら『いい体してるな』と思ったが。彼女の聞いていることはそういうことじゃない。

「俺と同じくらいかな?」

「その通りです。私の擬態は十六歳前後の女性として設定されています。日本ではそれぐらいの年齢の女性が家に籠っているのが普通なのですか?」

「いや、普通は高校に通っているかな」

「ですよね? そもそも私が高校に通うこと自体はあらかじめ予定済みの事だったのです」

 確かにそうなのかもしれないな、と釈然とはしないが一応納得する。

「でも、何で俺の学校なんだ?」

 何か言ってはいけない事を言ってしまった気がした。彼女が少しの間、固まる。

「……これ以上は言わせないでください。……バカ……」

 そう言うと顔を赤らめてうつむいてしまった。

 俺に惚れたので俺と同じ学校に行きたい、こういうノリにしたいのだろう。だが騙されてやるもんか。でも、急にテンションを変えられるとドキドキするじゃないか!

「で、何でなんだ?」

 チッみたないな顔をされた。どうやらこいつとのやり取りに慣れてきたみたいだな。ちなみに、どうやって転入を許可されたかは聞かない。だって怖いから。

「……だって楽しそうじゃないですか。私と二人の時は怒っているか冷たい態度が多いのに、お友達といる時はコージさん楽しそうにしてます。ですから、私もそれに混ぜて欲しいと思ったんです……」


――やっぱこの宇宙人…何にも解ってねえ!


 次の日もまるで俺の心の中を代弁するかのごとく雨だった。

憂鬱だ……。机に突っ伏しながら思う。

 俺の席は窓側最後列だ。丁度、端数になっていたので昨日までは俺の横の列には席がなかったのだ。しかし、今日は一つ増えている。これが俺の憂鬱の原因だった。

 黒板には何も書いていない。雨の日はさすがに飛び着いて来ないので楓は機嫌がよさそうに女友達とおしゃべりしている。

「コージ君、今日転入生が来るんだって知ってた?」

悪友Bが話しかけてくる。こいつは外見は実に男らしいのに、しゃべり方は妙になよなよしてる。

「そうなんだ」

 俺は力のない声でそう答える。知ってるもなにも、どこのどなたがいらっしゃるかまで、ご存じだよ!

「よお、コージ。転入生ってかわいい女の子らしいぞ? 今日のホームルームが色々な意味で楽しみだな、おい!」

 悪友Aが真新しい机をポンポン叩きながら話に割って入ってくる。

うっさい、黙れ。

「ほうほう、A君は情報が早いな」

「ああ、今日、知らない女の子が職員室に入っていくの見てさ。聞き耳立ててると今日から転入してくるって話なんだ。で、教室に入ってみれば机が増えている。と、なればそれしかないべ? ……って、Aって呼ぶなや!」

「うっさいわ。男モブなんて名前いらないだろ、どうせ誰も覚えてくんねーよ。

名前考えるのもめんどくせえって作者も言ってるよ、A君、B君」

「酷いよ……、コージ君……」

「あほか! 俺らみたいのはモブっていわねーんだよ! サブキャラつーんだよ! 無理して知らない用語つかうんじゃねーよ! 主人公だからって調子にのんな!」

訳の分からないキレ方をするA。

「サブキャラが主役を喰って作者が『実はこっちが主人公でした』みたいな言い訳するパターンだってあるんだよ! ふざけんな!」

「チッ、ちっこいのが白山リョータ。でっかいのが発村 剛(ツヨシと読むのだが通称ゴウ)これでいいだろ?」

 ちっこいのいうなや! とか、まだキレていたがチャイムが鳴りとりあえず場は納まる。


 担任A改め中野 俊夫(三十歳独身)は教室に入ると否や教卓をバンっと両手で叩くと黒板にでっかい文字で『東死ね』と書きこむ。すると、一斉に男どもが俺の方を殺気立った目でにらんでくる。こういうイジメはどこに通報すればいいのだろう?

「あー、諸君、今日からクラスに転入生が来ることになった。」

廊下の方に手招きすると美咲が入ってくる。どこかから「おー」とか「かわいー」と歓声が起こった。

「南井 美咲君だ。彼女は海外生活が長くて日本の事をあまり知らないらしい、皆仲良くするように」

「南井美咲です。まだ日本には慣れていませんが皆さん、ご指導おねがいします」

 ぺこりと頭をさげて挨拶をする美咲。

「美咲タン! ……あ、すみません……」

 ガラっと音を立ててイスを引くとゴウが立ち上がる。そして、はっとすると顔を真っ赤にして座る。うつむきながら『美咲タンが三次に……』など意味不明なことをつぶやいていた。美咲はそんなゴウに微笑みを返す。

「えー、おっほん。幸い一時限目は俺の授業なのでこのままミサキ君の質問タイムに使おうと思う。異議のあるものはいるか?」

「意義なーし!」

「じゃあ、リョータ。司会頼むぞ」

 そう言うと俺にチョークを投げつけて、俺がそれを避けるのを見届けるとチッと舌打ちをした後、パイプイスを教室の隅に引きずって腰を掛ける。

 ……この野郎、教育委員会に訴えるぞ?

「はい、はーい! 司会はこの俺、白……ゲフッ」

 勢いよく教卓の上に飛び乗って司会を始めようとする良太を『お前が目立つな』と男子の消しゴム一斉砲火で撃沈する。

「俺、リョータ。ミサキちゃんよろしくね。じゃあ、ミサキちゃんここに座って」

 美咲と握手をすると教卓の上に彼女を座らせる良太。

「じゃあ、質問タイムはじめるよー! 答えずらい質問は黙秘OKだからね!

まずは俺から……ミサキちゃんスリーサイ……痛い、痛い! 物は投げないでくださーい」

 今度は女子からだ。

 色々な質問ににこやかな顔で答えていく美咲。『興味ないや』と思いつつも何故か心中が穏やかでなくなってきた俺は窓の外を眺めながら時間が過ぎるのを待つ。

しかし、無関係とはいかなかった。最もされたくないが、いつか誰かがするであろう質問を楓がしたからだ。

 ……畜生、中野教諭め。

「コージくん……いえ、東くんとはどんな関係なんですか?」

ビシっと美咲を指さし楓。

「はい、コージさんとは…えーと、正確には違うのですがイトコ同士です」

にこやかに美咲。

少しの間。少し険しい表情をした楓が発言を再開した。

「えっと……、何となく分かっちゃったんですが、どこにお住まいですか?」

「はい、コージさんの家にご厄介になっています」

 みんなが一瞬凍りついたかのように動きを止める。ずっと止まっててくれれば俺としては楽なんだが……。

しかし、そういうわけにもいかない。「畜生、なんであいつばっかり……」「東とか死ねばいいのに……」男子からは怨嗟の声。「キャーッ、大胆」「カエデ、ライバル増えたね!」「え? 東君って男の子が好きなんじゃなかったの?」とか意味不明なものを含め黄色い声が女子から上がる。

 これがあるから同じ学校は嫌だったんだよ……。

 こんな事を思い頭を抱える俺に美咲はにこやかに手を振るのであった。


 

「コージくんはわたしに何か言わなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」

「……」

 放課後の部室にて。今日の授業が終わるまで何も言われなかったので『何も気にしていないラッキー』とか思っていたのだが、単に放課後を待っていただけだったらしい。帰りのホームルームが終わるや否や楓は無言でそして強引に俺の手を引きここに連行する。

 今さら自分のしたミスに気がつく。順番を逆にしてしまったのだ。朝、楓に紹介していれば無駄な誤解をされることはなかったのに……。

 いや、こうなる事は予想が付いていたのだ。だから、楓に紹介しようと思っていたのだ。だが、昨夜の(俺の頭の中の)いざこざで忘れてしまったのだ。

 俺の馬鹿、馬鹿!

「ふむ、黙っていても事態は好転せぬぞ?」

 椿を味方に引き入れるとは流石だ。

「え、えーと、何を話せば……いいのかな?」

「私は別にコージが浮気をするのは構わんぞ」

「恋愛感情がわからないからつき合えない、とか大ウソじゃん! 単にわたしに興味がないってだけだったんでしょ! 何でそういってくれなかったの?」

 目に涙を浮かべながら楓が叫ぶ。

「た、たぶん……、お二人は何か勘違いしていらっしゃるかと……」

 バンっと両手で机を叩く楓。……楓さん、怖いです……。

「勘違いって何よ! 若い男女が同棲している、って、つき合ってるに決まってるじゃない!」

「ふむ、要は私とカエデには単に興味がなかっただけということか?」

「ツバキさんは黙ってて!」

「す、すまん……」

 いつも凛としている椿が楓の迫力に押されていた。客観的に見れば実に珍しくあり、また興味深い図なのだが怒りの矛先が俺なのでそんな事を思う余裕はない。

「ミサキちゃん、ご厄介になっているって言ってたよね? って、ことはさ、あの夜にはもう一緒だったってことだよね!」

「その通りです……」

「コージくん、わたしが何でこんなに怒ってるか分かる?」

 それは解っている。そして、それは誤解であるということも。

 人に自分の気持ちを正確に伝えるのは難しい。それも『不可能ではないのか?』と、さえ思えるほどに……。真実を話してこの二人を巻き込むわけにもいかない。

「わたしはね! カノジョがもういるのに何でちゃんと話してくれなかったかって怒ってるの! 確かに毎日部屋に入ってるのに気がつかないわたしも馬鹿だけど……。それを心の中でコージくん達が笑ってたと思うと悔しいの!」

 いっその事、『誤解のまま二人の関係を終わらせてしまおうか?』とも思った。しかし、それはダメだ。高校に入って、こいつらに出会い俺は段々とましな人間になってきた、と思う。

 楓は純粋な女の子だ。健気にも俺を待っていてくれるんだ。だから、『このまま終わらせてはいけない』俺の中の何かが俺にそう訴えるのだ。


 忌み子。いらない子……。俺は生れ持った人にはない能力のせいで親からこう呼ばれていた。「お前は気味が悪い」「他人にばれたら世間手が悪い」こういう理由で小学校を卒業するまで学校に通う以外、外に出してもらえなかった。俺の能力を親に知られてからまともに親と会話をした記憶がない。

 小学校を卒業すると「お前の顔を二度と見たくない」母親がこう言った。そして今の部屋を与えられ家を追い出された。

 親に捨てられた中学時代、俺は戸惑った。クラスメイトから話しかけられてもどうやって返していいか解らなかったからだ。容姿のおかげで一時的に人は集まってきたがそんな俺からすぐに人は離れていった。そして、俺は何に関しても無関心を装うようになったのだ。俺の名前を覚えている奴なんて恐らくいないだろう。

 高校に入ると俺の元にまた人が集まってきた。どうせ一時的なものだろう、俺は必死に無関心を装うようにした。しかし、残ってくれる人がいた。楓、椿、良太、ゴウ……。こいつらは俺に色々とよくしてくれた。   

 それは、別に特別なものじゃないのかもしれない。でも、俺にはないものだ。人として足りないものがある俺にはとても眩しいものに思えた。俺はそれを手に入れたいと思ったんだ。誰もが持っているありふれたもの……。

 俺は『人間』――つまりあいつらになりたいと思ったんだ。

 こいつらに出会い俺はましな人間になってきているんだ!


「カエデ、コージにも話す機会を与えてやれ」

 椿は楓の肩を掴むとこう言った。

「ごめん……。わたしばっかり話してるね……」

 思いのたけをぶつけて少し落ち着いたのだろうか、楓はそうつぶやく。

「……カエデ、信じてくれないとは思うがまったくの誤解なんだよ」

「ほう、誤解とな?」

「ああ、俺と美咲はそういう関係じゃないんだ」

 さて、どうやって誤解を解くか?

「黙ってたのは謝るよ。正直に言うと彼女は五日前に俺の家に来たんだ」

「……じゃあ、何でわたしに紹介してくれなかったの?」

「そ…それはさ、彼女と会うのは十年ぶりで会った時、誰だか分からなかったんだ。

それで彼女『ここに置いてくれ』とか言うんだよ。……普通、混乱するだろ?」

 うまく嘘をつくなら真実を混ぜてつけ、なんて話を聞いたことがある。素直に気持ちをぶつけてきた楓に嘘をつくなんて不誠実極まりない事だが……。

「そう…だね……」

 俺と楓のやり取りを椿は愉快そうな目で見ていた。なんで楽しそうなんだよ!

「しかも、そんな状態でカエデに紹介したって、同じように怒ったろ?」

「そう…かも……」

 楓が顔を真っ赤にしてうつむく。どうやら納得してくれそうだ。

「俺もさ、若い男女で同棲とかまずいって思って色々と親戚筋を当たってみたんだけど結局、全部断られちゃったんだ。どこにも行くあてのない女の子を外にほっぽり出すなんてマネできないだろ?」

「…そんなことするコージくん…キライ」

「だろ? でも、安心しろよ。キッチンの方に布団あったろ?部屋は完全に分けてるんだ。俺も一緒の部屋で寝るとかなったらどうしていいか分からなくなるからな」

 肝心なところをボカして言いくるめる。そうか、椿はそれに気が付いているんだ。だからニヤけている。

「うん、わかった…コージくん怒鳴ったりして…ごめんね」

「でも、これからはそうなることもあるってことだろ?」

 ええい、余計な茶々をいれるな、椿! 『もうひと荒れあるか?』と思っていると良太が美咲を連れて入ってきた。

「おー、やっぱここか! これからミサキちゃんの歓迎会することに俺の独断でしたんだが、コージは絶対参加としてツバキさんとカエデちゃんも来なよ」

 良太よ……。お前のタイミングは涙が出てくるぐらい完璧だな!



 駅前のファミレスに入るとゴウが手招きしていた。場所取りに先に行かされた、との事。

「よし! ここはさっきのお詫びも兼ねてわたしがみんなにおごっちゃう!」

 席に着くと楓がこう宣言する。

「いや、それは悪いだろ。俺も悪いんだし」

「ダメ! それじゃわたしの気がすまないの! そして、おなかいっぱい食べて寝て、さっきのことはきれいさっぱり忘れて!」

 両手を合わせて頭をさげる楓。ふむ、それで気がすむのなら素直に受けておくか。

「おー、カエデちゃん太っ腹! ……ところで、さっきのお詫びって何?」

 こんな事を言う良太に『蒸し返すな、馬鹿もの』と突っ込みを入れる椿。

「えっとツヨシさん…でしたっけ?」

「あー、正式名で言うとややっこしくなるから、こいつはゴウでいいよ」と良太。

「では、ゴウさん。先ほど私のことを『美咲タン』って呼びましたよね?」

「ご、ごめんなさい。つ、つい……」

「いえ、それは構いません。むしろそう呼んでくれると嬉しいです」

 にこやかに美咲。そう言えばタンとかキュンとかと呼べと俺に言ってたことがあったような無かったような……。それにしても変な呼び方だ。

「ゴウさんはもしかしてアニメとかゲームお好きですか?」

「は、はい、たしなむ程度には……」

「まぁ! 私も好きなんです。でも、まだ日本に来て日が浅くって……。色々とお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「は、はい…、こちらこそ喜んで」

 お前らは見合いでもしてるのかっつーの。美咲は目を輝かせて○○萌えだの受けだの攻めだの俺にはよく解からない質問をする。それに嬉しそうに受け答えするゴウ。普段のお前からはありえない饒舌っぷりだな!

 二人の会話を腕組みして聞いていた椿が人差し指を下に向けクイックイッと動かす。『テーブルの下に顔貸せ』の合図だ。

「私にはまったく理解できない会話なのだが今の流行りなのだろうか?」「安心して、ツバキさん、わたしにもわからないから」「カエデに同じ」「んー、ある程度まではわかるんだけどさ、俺のフォロー範囲超えちゃってるよ」良太はなんだか悔しそうだ。

「……皆さん、どうかなされましたか?」

「いや、なんでも!」

 不思議そうな顔で美咲。元の姿勢に戻る俺達。

「しかし……、よくよく見ると中々の美形だな」

 艶やかしい目で美咲を見る椿。美咲は『まぁ』なんて照れている。

「あれれ? ツバキさんってばコージから乗り換えるの?」

「ふむ、私はどちらもいけるくちなのでな。男女の二股というのも悪くはない」

「おー、すげ! さすが姫、お見事ですぞ」

「ふふふ…」

「ツバキさん! そういうのってよくないと思うの」

「いや、そう言うがな。実を言うと私はカエデの事もそういう目で見ているのだぞ?」

「ちょっと! わたしはそういう趣味ないわよ!」

 楓が顔を真っ赤にしながら反論した。

 誤魔化そうとするのはいいが、もっと食い付きやすいネタを振ってくれよな……。

こんな感じで俺たちは何てことはない他愛のない会話を続けた。何ら生産性のない馬鹿げた会話。皆がいる光景を俺はくつろぎながら眺めていた。

 しかし、悪くはない……。心地よさすら覚えるそんな会話。こんな日がいつまでも続けばいいと思った。

 入店して二時間ぐらいだったろうか? 食事を終え、そろそろお開きにしようということとなった。最後、払う払わせないでちょっともめたのだが、椿の『女に恥をかかせるものではない』の一言で納まる。そして、みんなが楓に食事のお礼をして解散することとなった。



「部室でのやり取り聞いてたんだろ?」

 家に戻ると俺はコーヒーを入れながら美咲にそう尋ねた。

「え? は…はい……すみませんでした……」

「ハハハ、別に怒ってるんじゃないんだ。それを確認したかっただけだ」

 だと、思った。偶然にしてはあまりに入ってくるタイミングが完璧すぎた。

「カエデを悪く思わないでくれよ。あれは俺が悪いんだから……」

 そう、誤解とは言え楓は悪くない。俺は結果的に彼女を傷つけ続けている。何かの拍子にああなることはしょうがないことだ。

「私が弁明しようと思ったのですが、リョータさんとゴウさんに止められました。どうしてなのでしょう?」

「ぷっ、やっぱりな。奴らはさ……、俺が『人間』じゃないと思い込んでいるって事をよく知っているんだよ」

「コージさんが人間ではない? 抽象的すぎて理解できません……」

「えーと、難しいな……。簡単に言うと奴らなりの優しさなんだ、が…うーん、こんな説明じゃ分かんないよな?」

 人に自分の思いを正確に伝えることは難しい。それも『不可能なのではないのか?』と思えるほどに。だけど、一つだけ伝えられたことがあった。

それは俺と同じ思い。

「理解できません。……ですが、『それを理解したい』と思いました」

美咲が言った。とても優しげな表情だった。

 皆と、そして美咲と出会い俺の中の時間は加速し始めた。苦しくもあり心地よくもあるこの感情。この感情は何と呼ばれているのだろう?


 この日、俺はこんな事を強く思っていたのだった。



登場人物紹介

アズマ 孝司コウジ

……本編主人公。ハーレムものによくあるイケメン。

南井ミナイ 美咲ミサキ(M-00339)

……どこぞの宇宙からやって来た人型調査端末。コージと出会い居候になる。

西野ニシノ カエデ

……コージの同級生兼通い妻。(外見描写的な)ツバキのカマセ。

北家キタイエ 椿ツバキ

……完璧超人兼コージの嫁二号。コージをキョドらせるのが好き。

白山シラヤマ 良太リョウタ

……コージの同級生。ムードメイカー的な存在。

発村ハツムラ ツヨシ

……コージの同級生。外見ヤクザのヘタレ。通称ゴウ。

中野ナカノ 俊夫トシオ

……コージのクラスの担任。『イケメンは死ね』が座右の銘。


※名前の由来は縦読み。


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