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第四話 『今ここにある危機』

俺の中の時間が加速し始めた。そんな気がしたんだ……。

第四話 「今ここにある危機」


 二日しか経ってないのにずいぶんと久しぶりの気がする。今、俺は登校中である。色々な種類の制服や私服姿の生徒達が俺と同じ方向に進んでいく。まるで学校説明会でもあるかの光景だがこれが日常風景なのだ。

 俺の通っている私立「多田野学園」は設立より2年という新設校である。「犯罪犯さなきゃ別にいいんじゃね?」みたいな軽いノリで作られた(と、もっぱらの噂の)ゆるゆるな校則しか持たないのが我が校の校風だ。生徒IDさえ所持していればOKだ、と言うこともあり、皆、思い思いの制服や私服を着て登校する。まったくもって自由と言うかカオスな光景だ。中には数種類の制服を持っていて日替わりで着てくる、なんて猛者もいるぐらいだ。ちなみに俺は至って普通な無地の半袖のワイシャツと紺のズボンを愛用している。私服でも大丈夫なのだが何故か制服を着てくるやつが多数派となっている。

 女の子たちは自分がかわいいと思った制服を着ていて、男どもはそれを見たさに集まってくる。想定していたかどうかは解らんが、この図式が功を成したようでまだ3年生が存在しないのにも係わらず生徒数約1千人と少子化の世の中にも負けない学校となっていた。

「コージくんおっはよー」

 校門に差し掛かるあたりで楓が俺の背中に飛び乗ってきた。ただでさえ学園では敵の多い俺にとってこういう行為は正直困るのだが言っても聞かないので最近は反撃をすることにしている。

「よお、カエデ……よいしょっと」

 と、一回大きくよいしょしてカエデをおんぶする。

「てめーら施しだ! ありがたく見やがれ!」

 そう言うとそのまま俺はガニ又歩きでゆっくりとゲタ箱に向かっている。

「あぁん? 今日は何色なんだ?」

「ちょ、ちょっとや、やめてよぅ」

 後ろにいるので見えないがたぶん顔を真っ赤にして抗議する楓。おんぶする際にスカートがめくれる様にしてやったのだ。前の方は俺の背中に密着しているため下に降りない。つまりパンツ丸見えの状態で引き回されている形になる。

 嫌がる楓とは反対に男どものリアクションは様々であった。ガン見する奴。気がつかないふりをする奴。偶然目に入ってしまったんだ俺は悪くないみたいな奴。中には両手を合わせ拝む奴もいた。


 二年生用の玄関口で楓を開放してやる。顔を真っ赤にして「コージくんのばかぁ!」と叫び教室に走っていく彼女。ふふふ、かわいい奴め。

 ゲタ箱を開けるとラブレターらしきものが1通。手紙を素早く鞄に入れる。断るのが面倒といえば面倒だがいつも通りだ。挑戦状らしきものも1通。素早く破り捨てる。これもいつも通りだ。

 『2―K』のプレートのある教室に入っていく。俺のクラスだ。小柄な少年…悪友Aが「今日は縞々」と黒板にでっかく書いている。女の子のクスクスっという笑い声が聞こえる。楓の席を見ると顔を真っ赤にしてうつむいてい座っていた。いい加減学習しろよな。

「よお、鬼畜のコージくんではありませんか」

 俺が席に着くと悪友Aが話しかけてくる。俺の席は窓側最後列だ。

「おまえら今日もパンツが見れてよかったなぁ」

 と、投げやりに返し窓の外に視線を移す俺。ドっとクラスで笑いが起こる。いてっ! 楓の投げた消しゴムが頭に当たる。

 Aとたわいのない話で時間をつぶしていると。廊下からドタドタという大きな音が聞こえてきて扉がガラっと勢いよく開く。入ってきたのはまるでプロレスラーの様な体格をした少年(?)だった。悪友Bだ。彼は黒板を見るとガクっとうなだれる。そんなにパンツが見たかったのかよ……。

「コージ君、ボクがいないときはアレやらないって約束したじゃないですか!」

 俺の席に来るやいなや、泣きそうな顔で机をバンバン叩いて抗議するB。そんな約束をした覚えはないし、よしんばしていたとしても守る気はない。


…キーン…コーン…カーン…コーン…


「そうかぁ今日は縞々かぁ。すんごいの履いてないようで先生安心したぞぅ」

 ドっと笑いが起こる。いてっ!楓がボールペンを投げつけてくる。教室に入ってくると担任Aはこう言うと出席を取り始めた。俺の名前はアズマなので最初の方に呼ばれるはずだが何故か最後になる。まだ呼ばれるだけましだ。時折こいつはわざと呼ぶのを忘れる。

 スラっとした長身のイケメンである俺は男子から嫉妬される立場にあるのは自覚している。さらに入学してしばらくの間は日に何度も告白された経験がある。今でも週に1回ぐらいはコクられる。しかし生まれてこのかたカノジョというものを持ったことがことはない。

 俺は小さい頃から両親の愛というものと無援だったせいか恋とか愛と呼ばれるものを理解していない。そもそも「理解する」感情ではないのだろうが起こらないのは事実だ。

 そういう感情が解らないのに女の子と付き合うというのが相手に対してとても失礼な気がしてコクられても正直にそのことを告げて断ることにしている。

 その為か一部の女子からホモ扱いされているが断じてホモではない。女の子の体には実に興味津々だ。だが、そういうこともあり女の子からは「クール」、男どもからは「スカした奴」との評を受けることになり余計嫉妬の対象となっていたりする。めんどくせえ……。



 放課後は部活の時間だ。この高校には校則が三つしかない。三つしかないゆえに校則違反は即停学か退学という厳しい処置がとられるらしい。その一つが「全テノ生徒ハ何ラカノ部活動ニ参加スル事」だ。実際は帰宅部が部として正式に認められているために意味のない校則なのだが『生徒の自主性はどこまでも認める』が売りの我が校では自主的に部を作ることが認められていて(活動内容がかぶっているのも多いが)ものすごい数の部がある。

 俺が所属している部はその中の一つで名を『ツバキ倶楽部』という。主な活動内容は以下の通りだ。

「コージ、挑戦者を連れてきたぞ」

 俺が憂鬱な気分で部室の窓から外を眺めていると北家椿(部長)が柔道着を着たごっつい男とともに入ってくる。男はやる気満々だ。

「東孝司、勝負だ!」

 こう叫ぶと男は勢いよく俺にタックルしてくる。俺はそれを寸前のところでかわし足を掛けて転ばす。窓から落ちる男。まぁここは2階だし大した怪我もしないことだろう。これが我が部の主な活動内容である。

「ふむ、勝者、東孝司!」

 そう宣言すると椿は俺にもたれ掛かってきて耳元でささやく。

「そうかそうか、そんなに私を取られたくないか」

「無意味に痛い思いをするのが嫌なだけだ」

 満足気にうなずく彼女を否定する。密着した体を離しながら俺。

「すまんが用事があるんで今日はこれで帰るぞ」

「おい、今のは土曜の分だ。今日の分を消化してもらわないとお前が困ることになるぞ?」

 そうか土曜は休んだんだった。ガシッボカッ俺は勝った。描写することすらめんどくさいので擬音で済ます。挑戦者(今日の分)を倒し俺は部室を後にした。


 しょうもない部活動だが参加しないともっとしょうもないことになる。そもそも何でこんなことになったかというと。長いので要点をまとめて話す。

 北家椿は有名人である。初めてあったのに彼女と解ってしまうぐらいの有名人だ。事は1年とちょっと前に戻る。彼女はある武術道場の娘で道場主である親父より強いとされている。そんな彼女の日課は不良退治だ。当時帰宅部の俺は帰宅途中にその光景に出くわす。彼女にボコボコにされている不良たちを哀れに思ったのか「もうそれくらいにしておいてやれよ」と仲裁に入った。どうやらその日たまたま機嫌が悪かったらしく彼女はそれでは納得せずに「私にいうことを聞かせたいのなら私を倒してみろ」との返事。ならばと彼女と戦うこととなる。そして俺勝利。これが彼女との付き合いの始まりである。

 翌日彼女に告白される。それを断る俺。彼女曰く「私をふる男がこの世に存在するとは思わなかった」だと。彼女は当然人気があり毎日のように男女から告白を受けていて困っていた。以前」、「私に勝てたら私の事を好きにする権利をやる」と発言したことがあり「私は東孝司に負け現在身も心も彼のものだ」とそれを訂正。それがきっかけで武闘派連中の挑戦を受けるはめになる俺。

 わざと負けてやってもよかったのだが脳筋連中のやることだ。必要以上にボコボコにされたらたまらんので撃退する俺。次第にエスカレートしてきて、いたるところで襲撃を受ける俺。これは困った。

 流石に悪いと思ったのか椿、「ツバキ倶楽部」なるものを設立して1日一人に限り挑戦権(予約制)を与え放課後に部室で俺とやり合う事に決まった。当然、脳筋どもからは不満が上がったが「この条件を飲まなければ私は誰とも付き合わない」と彼女に宣言されてしまうと黙るしかなくなる。そして今に至る。



 俺は急いで家に戻った。昨日の様子では暴走することはなさそうだがそれでも何をしでかすか解ったものではない。

 扉と開け家に入る。どうやら変わったことはなさそうだ。ドアを開け部屋に入る。

かなり変わっていた。あまりの変化に思考が数瞬の間停止してしまうほどに……。

振り返る。家具といえばTVとテーブルとイス数個、そして俺用の布団ぐらい。飾りっ気のまったくない実に俺らしい部屋だ。視線を元に戻す。一言で言うならそれは女の子の部屋だ。動物のぬいぐるみやらかわいらしい小物で飾られた絵にかいたような女の子の部屋だった。壁紙の色すら変わっている。恐るべし宇宙人……。そういえば彼女はどこだ? と思い周囲を見回すとベッドで寝ている。よく見るとベッドシーツも変わっていた。

「ん…んん」

どうやら俺の入ってくる音で目が覚めたらしい。ジャージ姿の彼女は伸びをしながらこっちを向く。

「あ、おはようございます」

 バジャマを買うのを忘れたな。この変り果てた部屋にジャージ姿はどこかシュールだ。

「おはよう。これ全部一人でやったのかい?」

「はい、大体終わったので少し休憩していたところです」

「そうか言ってくれれば手伝ったのに」

「あと少しで改装が終わるのでお構いなくどうぞ。

それより無断で改装してしまったので怒られるのではないかと心配してまいした」

 くすりと笑いながら彼女。そういえばそうだ。余りの変化に思考停止していたがここは俺の部屋だったんだ。まあ、別に問題はないか……いや、問題大ありだ!

 一人暮らしのアパート=悪友どものたまり場、の公式は俺にも当てはまっている。週に何度かぐらいのペースで誰(楓は毎日来るがこっちにはめったに入らない)かが来るんだ。こんな部屋を見られたらどう言い訳をしよう。全部元に戻すにしてもアパートなんかの押入れに入りきる量じゃないぞ……。

「まずいな……どうしよう……」

「やっぱりダメでしたか? でも買い物したものを見ていたらどうしても飾ってみたくなって……」

申し訳なさそうに彼女。

「いや、それはいいんだ……いや、よくないな……」

「? おっしゃられる意味が解りかねますが?」

「…要はこの部屋を見られたらどう言い訳するかって話なんだ……」

 手のひらをポンっと打つ彼女。なんとか伝わったみたいだ。

「二、三日だけ待っていただければ問題は解決できます」

「…本当かい?」

「はい、任せてください」

 胸をポンと叩き自信満々に答える彼女。不安だがここは信じるしかない。ならば何としても時間を稼がなくては……。

無様にもビクっとした。俺のポケットから震動が伝わってくる。びっくりさせるなよ!やはりこういう時に人が来たがるのはお約束らしい。本来なら無視したいところだが、無視して直接来られたら元も子もないので携帯にでることにする。



「いやぁお前からカラオケ行きたいなんて言うの初めてじゃね?」

 会うなり悪友Aはこう言った。

「ああ、そうかな。なんか叫びたい気分だったんだ」

 投げやりに返す俺。

「その割にテンション低くね? で、ツバキさんとカエデちゃんは来るんだよな?」

「ああ、来るって言ってた……」

 こうなったのもこいつのせいだ。俺はカラオケが苦手だ。歌が下手だからではない。こういう時のはしゃぎ方がまだよくわかっていないからだ。

「持つべきものは親友だよなぁ。

やっぱよ、こういう場所に来るのに野郎だけってのもつまんねーからな。まっ、来るのがどっちもお前の恋人ってのは残念だがよ」

 待合室のベンチに座っている俺の肩に腕を掛けながらA。うるさいあっち行け。俺が声をかけられる女の子といえばあの2人しかいないんだ。特に椿を呼び出すのにどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんだ。


「アローアロー、東くんですかー?」 

 携帯から聞こえてくるのは能天気な悪友Aの声だ。

「現在おかけになった電話番号は使われておりません…」

「そっか、じゃあ直で行くわ」

「ちょっと待て!」

 しまった!いつもの対応をしちまった。今忙しいとか言ってもこいつは確実に来る。なんとか外で会う約束をさせねば……。

「ところで何の用だ?」

「そうそう、こないだ言ってたエロDVD(全年齢推奨版)あんじゃん?

あれ手に入ったのよ。んでゴウと鑑賞会しようぜって話になってさ。

んで今駅で待ち合わせしてるところ」

 でかい声で言うな馬鹿、彼女にも聞こえてるだろうが!袖を軽く引っ張られる。ああ、聞きたいことは解ってるよ。でも、後でな!

「俺ん家でそういうことしようとすんなよ!」

 とりあえず見栄を張ってみる。

「えーいつもなら『まだ来ないのか?』って催促の電話まですんじゃんかよー」

 あっさり玉砕。汚らしいようなものを見るような目で見られる。

「あー、ごめんごめん。俺今日は外で遊びたくってさ。」

 ぱっと思いついたのがゲーセンだった。家から徒歩5分のところにありこいつらとよく利用をする。で、帰りに家でだべって解散がいつもの流れ。…こりゃ、だめだな……。すると気は進まないがしょうがない。

「カラオケに行かないか?」

「ん?でもお前カラオケ苦手とか言ってなかったか?」

「いや、カラオケがいい!」

 一番近いカラオケ屋は俺の家から見て駅の向こうにある。そこでじっくり時間をつぶせば俺ん家に寄ることにはなるまい。うん、それがいい。

「それにさ、野郎3人でカラオケとかつまんなくね?」

「いや絶対カラオケだな!野郎だけが嫌なら俺が女の子誘ってくよ」

「そっか、じゃあ取り合えずお前ん家で集まってから行こうか」

「ふざけんな!」

「え?」

 思わず声に出してしまった。

「いや、今蚊のやつがうざくてさ。

ちょっと買い物しに出たいから現地集合ってことにしようぜ?」

「OK、駅前のやつでいいんだよな?」

「ああ、30分後に待ち合わせってことにしよう」

 そういうと返事を待たず携帯を切る。何か言いたそうな目で彼女が見ているが。それを手で制し、楓に電話をかける。

「もしもしコージくんどうしたの?」

「あのさ…今からいつものメンツでカラオケに行くんだけど来ない?」

「オッケー。駅前の店だよね?準備していくねー」

 あっさりOKが出る。話の解るやつだ。次に椿にかける。

「コージか、どうした?私の声でも聞きたくなったのか?」

「あのさ…今からいつものメンツでカラオケに行くんだけど来ない?」

「誘いはありがたいが、今から稽古をしようと思っていてな」

 難色を示す。話のわからないやつだ。さて、どうやって口説き落とすか。

「そっかーでもツバキと行ったことないじゃん?だから一緒に行ってみたいなって思ってるんだ」

「ふむ……」

「ツバキって昔歌唱コンクールで優勝したことあるんだろ?」

 そんな事実は聞いたことすらないが口からでまかせだ。。

「ほう…よく知っていたな」

 あるんかい!

「…そうそう、で、他のやつらが聴いてみたいって駄々こねてるんだよ」

「ふむ…しかしな……」

「ツバキの歌を俺が聴きたいって話なんだよ!」

 俺は何を言ってるんだ……。思わず赤面する俺。

「ふむふむ、そうかそうか、ならしょうがないな。私の美声を聴かせてやろう。

で、どこに行けばいいんだ?」

「駅前に店あるだろ?そこ集合な」

「了解した」

 電話を切る。「私も行ってみたいです」などとほざく彼女に「アホか!」と返し家を出る。

何のためにこんな苦労してると思ってるんだよ!


 回想をしていると知らぬ間に悪友Bが俺の横で仁王立ちしていた。Aは携帯をいじって暇を潰している。数分後、楓と椿が揃って店に入ってきた。軽く挨拶をして「じゃあ始めますか」と受付を済ますA。

「6601‐20だ」

 入室を済ませ、部屋の機種を確認すると椿はそう宣言した。何を言ってるんだこいつは?

「はい、姫様。6601‐20ですね。かしこまりました」

 仰々しくお辞儀をするとリモコンを操作しだすA。こいつ…手慣れてやがる……。

「流石だ、セバスチャン。早速だが私から行かせてもらうぞ」

 などと意味不明な会話をし歌い始める椿。ブルース調の曲だった。それを彼女のハスキーだが伸びのある艶やかな声で歌い上げる。正直、唖然とした。皆が座ることを忘れてその場で立ち尽くしていた。う、うますぎる……。

「どうだ、聴き惚れたか?」

無言でうなずく俺に満足そうな表情で鼻を鳴らす彼女。

「姫!一曲目から飛ばし過ぎですぞ!正直爺は引きましたでございまする」

 お前それどんなキャラだよ!、とAに突っ込みたかったが同感である。ただでさえ苦手なのにいきなりプロ級の歌を披露されて余計緊張するじゃないか!

「ふむブルースはまずかったか、悪いことしたな」

 引かれた意味が解ってないみたいだ。

「と、とりあえず座ろうよ」

 楓が促す。入口からA、B、楓、俺、椿の順で座る。Aは口は悪いが妙に気がきく所がある。こう言う時、自ら進んでてきぱきと働くので動きやすい場所がAの指定席となっている。

「じゃ次俺いきまーす」

 Aはパンク調の曲を歌う。ポップスを歌えばこいつは結構うまいんだが無理やり絞り出したような声で歌っているので下手だ。ハードルを下げてくれた。お前はほんといいやつだな……。

「んじゃ、このままこのマイクは貰っちゃうよ!

司会と仕切りはこのわたくしめが行わせていただきます。

野郎の声が続くと耳障りだから次カエデちゃん行ってみよー」

 Aが司会を始める。演奏中止ボタンを押してBの曲をキャンセルするA。がっくりとうなだれるB。ちゃんと曲を入れ直すところがさすがだ。こういうタイプは嫌われやすいのだがそれを思わせない収拾力の様なものをこの男は持っている。

少なくとも俺はこういう場所は強引に仕切ってもらった方がありがたい。歌っている間はいい。順番を待っている間が苦痛だ、刑の執行を待つ犯罪者の様な気分になる。まあ、自意識過剰だってのは解ってるんだ。

流行りのガールズロックを歌う楓。かわいらしい歌声だ。次にB。外見通りの渋い歌声だ。歌声だけ聞けばきっともてるに違いない。

何順かするとインターホンが鳴る。Aによると後10分で時間だ。

「じゃあ最後はカエデちゃんと誰かのデュエットとツバキさんで〆ようか」

「ん?私はデュエットしないのか?」

「「「全力でお断りします!」」」

 3人とも同時に拒否する。みんなうまかったがうまいと言っても素人としては、だ。プロ級の人間と歌わされるのは自分がみじめになるってもんだ。

「そ、そうか……」

男どもに気押された感じで椿。

「じゃあコージいくか?」

「いやパス。喉ガラガラだ」

「じゃあゴウいっとけ」

 こういう時に自分を抑えられるAや「えー」とか言い出さない楓は本当にいい奴だ。俺はイスにもたれながら思う。特にAはよくお前がうらやましいと言うがそれは俺も同じだ。

 二人の声質が合ってないので正直微妙なのだが素人とはこういうもんだ。

楓とBのデュエットが終わると椿が沈没するやつのバラードを歌いだす。洋楽でなおかつえらい高音を出さないといけない曲なのに完璧に歌いこなす彼女。やっぱり、というか当然のごとくそれに軽く引く俺達。

カラオケ屋を出ると「おみそれしました姉御」「いや、気にするな」などと馬鹿なやり取りをしている。


 駅で椿、A、Bと別れを告げ帰路に着く。楓は同じ方向だ。

「ほんとツバキさんってすごい人だねー」

「そうだな」

「わたし、びっくりしちゃったよ。あの人って何でもできるんだね。

やっぱ…コージくんもツバキさんみたいな人がいい……?」

「まだ、よくわからない……

でも、体つきとしては好みなのかな?」

 うまく答えられない。俺はごまかすように楓の胸の方に視線を落とす。

「…バカ!」

 それに気づくと顔を赤くして楓。しばしの沈黙……。

一年ほど前、俺は楓にコクられた。そして俺はそれを断った。当時、女子の間では俺にコクって振られるイベントの様なものが流行っていた。ほとんどの場合それっきりで終わりだ。そしてコクってきた女の子は今他の男とつき合ってたりする。そんな事は当たり前だと思う。

しかし、楓は違った……。彼女自身も人懐っこい性格と人当たりの良さから男子の間でかなり人気がある。それなのに俺を待っている。

「…そっか、まだわからないんだ……」

「ごめんな」

 楓の気持ちに対して俺にはこんな受け答えしかできない。人として決定的な何かが足りない。その足りない何かが解った時、俺は彼女の気持ちに応えてあげられるのだろうか……?

「ううん、いいの。でも・・・一年前の約束覚えてる?

それは忘れちゃダメだぞっ」

「もちろん覚えてるよ。約束する俺に人を好きになるって気持ちがわかったら一番にカエデに教えるよ」

「よろしい!

そしたら私また告白するよ。『コージくんあなたが好きです』って…

それでまたふられちゃったら今度こそ本当に諦めるね。」

 満足そうにうなずいて彼女。しかし、どこか陰があるように思えたのは俺の気のせいだろうか?

「ああ……」

「それまで待ってるよ。例えおばあちゃんになったとしても…待ってるよ……」

思わず背中を抱きしめたてやりたくなる。しかし、それは恋愛感情からではない。彼女にすまないと思う気持ちからくる義務感でしかない。


 小走りになる楓。

「じゃあ、また明日ねバイバイ!」

 一度、振り返りそう言うと走って行ってしまった。

俺は最低な奴だな、と自虐でも何でもなく思った。

 家の扉を開けると彼女はふくれっ面で正座をして玄関にいた。

「私も行きたかったです……」

 俺は無言でバスルームに入っていく。

「え?え??」

 俺のリアクションがなかった事に困惑したのだろう。だが今はそんな気分になれない。

熱いシャワーを浴びる。なんてことはない楓とつき合ってやればいい。だがその結果は彼女を確実に傷つけることになるだろう。一体俺はどうすればいいのだろう?……答えは出ない。

椿だってそうだ、一度ふったんだからそれで諦めろよな……。何で俺なんかに惚れるんだよ。俺の顔か?なら他にもいいやつなんて一杯いるだろうに……。

 風呂から出ると彼女はドアの前でうつむいたまま立っていた。それを見てハッとする。

「あ、あの……」

「ごめん今日は疲れたからもう寝るよ」

 と、だけ言い布団を頭からかぶる。

無関係のこの子に当たってしまったのだ。……やっぱり俺は最低なやつだ。

「あ、あの……。ではおやすみなさい」

ドアがぱたりとしまる音が聞こえた。


自分の馬鹿さ加減が嫌になった、そんな夜だった。



登場人物紹介

アズマ 孝司コウジ

……本編主人公。ハーレムものによくあるイケメン。

南井ミナイ 美咲ミサキ(M-00339)

……どこぞの宇宙からやって来た人型調査端末。コージと出会い居候になる。

西野ニシノ カエデ

……コージの同級生兼通い妻。(外見描写的な)ツバキのカマセ。

北家キタイエ 椿ツバキ

……完璧超人兼コージの嫁二号。コージをキョドらせるのが好き。

白山シラヤマ 良太リョウタ

……コージの同級生。ムードメイカー的な存在。

発村ハツムラ ツヨシ

……コージの同級生。外見ヤクザのヘタレ。通称ゴウ。

中野ナカノ 俊夫トシオ

……コージのクラスの担任。『イケメンは死ね』が座右の銘。


※名前の由来は縦読み。

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