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第三話 『電気街で会いましょう』

なんだろう? 俺の中心がポカポカと暖かくなる様なこの感情は……。

第三話 『電気街で会いましょう』


 長い夜になりそうだ。そんな予感がした。

 店から戻った後も結局、俺はテンパリ気味だった。俺が彼女にとっての常識を知らない事をよい事に非現実的な表現や説明でごまかされたらたまったもんじゃない。気持ちを落ち着かせて彼女と会話をしようと思い、普段より熱めのシャワーを浴びながら質問内容を考える。そして、食事を取りながら無言で彼女を観察する。

 彼女も沈黙を保ったままだ。俺が先に口を開くのを待っているのか、単に言いたいことがないだけなのかもしれない。

 とにかく、若い男女がテーブルを挟み、無言で黙々と――俺は彼女をチラ見しながらだが――コンビニ弁当を食べる。そもそも人見知りをする俺にとって非常に居心地の悪い時間が流れたのだった。

 そんな沈黙を破ったのは俺であった。

「まずはお互いの事を――特に俺はキミの事をよく知っておく必要があると思うんだ」

 食後のコーヒーを入れながら、俺はそう言った。

「本来は最初に質問を済ませておくべきだったんだけど、情報の交換にどれくらいかかるか解らなかったし、終わった時に店が閉まっていた、とかなったら明日以降身動きが取れないからね。順番を代えさせてもらったんだ」

 俺は嘘をついた。さすがに悶々とするのがきついなんて言うことはできない。しかし、できるだけ平静を装いながら続ける。

「まず一つ目の質問だ。キミは俺が撃った銃によって死んだんじゃなかったのか?」

「はい、ごらんの通り私は稼働……いえ、生きています」

「じゃあ、何で動かなくなった?」

「エネルギー切れによる一時的な休止状態にありました」

 彼女はこう説明した。地球までの移動終了の段階でエネルギーをかなり消耗していた上に彼女の武器類は彼女自身のエネルギーを使うらしい。さらに宇宙服はバリアー発生装置を兼ねていて俺の撃った光弾の威力を消すためにもこれまたエネルギーを使った。そこでエネルギー切れになって倒れたのだと。何か話のつじつまが合わない部分があるような気がしたが、まあいいか。

「では次の質問だ。君が寝ている間、部屋にカエデ――えーと、女の子が入ってきたよな?

なぜ彼女は君に気がつかなかったんだ?」

「それにはお答えするより見ていただいたほうがいいでしょう」

 何を見せてくれるかは知らんがそっちの方がいいなら素直に従おう。彼女をガン見する。

 一分、二分……。

 何も起こらない。

「何も起こらんぞ?」

「失礼しました。契約者であるコージさんにはO・C・Sは機能しないのを失念していました」

「O・C・S?」

「簡単に言うと透明化装置です。実際に透明化するわけではないので物をすり抜けたりできるわけではありませんが隠密行動にとても役に立ちます」

「ちょっと待った! これからは全部『簡単に』言ってくれ。キミは透明人間になることができるんだけど俺はそれを見ることができるってことでいいのかい?」

「了解しました。私は透明人間になったのでカエデさんに見つかりませんでした」

 うーむ、何か馬鹿にされてるような感じはあるが、わけのわからん用語をその度に訂正させてたらイラついてしょうがない。背に腹はかえられないということで無理やり納得しよう。

「加えておきますと私の再起……いえ、私が目覚めたのはここで何やらやりとりがあった頃です」

 聞こうと思ったことを先に言われた。

「ふむ、君と出会ってからの疑問は大体理解した、ありがとう。俺からばかり質問するのも悪いんで聞くがキミは俺に何か質問はあるかい?」

「コージさんに対する個人的な質問ですか? 特にはありませんがそれでは悪いようなので一つ…」

 ……こいつ絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ……。

「どうして一人暮らしをなさっているのですか? 事前調査ではあなたぐらいの年齢ではまだ家族と暮らすのが一般的なはずですか?」

「その質問は却下する」

 マジでそれには答えたくない。

「では、私からの質問は以上です」

 本気で『個人的な』部分には興味ないのね……。なんかさみしいぞ。

「じゃあ、俺の番だ。これからは協力者としての質問だ。キミは地球を調査しに来たと言った。それはいったい何のためなんだ?」

 彼女は少しの間考えるような仕草をした後にこんな事を語り始めた。

「自分たち以外の知的生命体を見つけた。コージさんならどうしたいですか?」

 質問に質問で返すのは失礼だと習わなかったのかこいつは……。まあいいか。

「そりゃ……なんとか会ってみたいと思うね」

「その通りです」

 長いのでまとめる。彼女の故郷の星では約一万年前から(彼女たちから見た)宇宙人を探していた。そして地球と地球人の存在を知ったのが約一千年前。しかし、その当時の技術では地球に来ることができなかった。しかし、なんとしても地球に行きたい。最近、ようやく地球と故郷を行き来することのできる宇宙船が完成したので現地を調査しにきた、との事。

「個人レベルでならそこで満足して終わり、と言うところでしょうが国家レベルとなるとそうはなりません。地球を調査し、その結果、どういう付き合い方をするかが決定されます。これが調査の目的です」

「どういう付き合い方、と言うと?」

「友好的に接するか、侵略するか、あるいは存在がなかったことにするか、のいずれかでしょう……。いずれの場合もその結果、地球がどうなるかについては私には権限がないのでお答えできません。」

「ちょっ……」なんかすごくスケールがでかい話になったぞ。

「安心してください、例えば地球人を絶滅させて地球をリゾート惑星にする、という決定がくだされた場合でも現地協力者であるコージさんの生命と人権を保障する権限が私には認められています」

 いや、そう言う問題じゃない……。最悪なケースになると俺は地球を宇宙人に売った奴ってことになっちまうぞ。


 200X年、地球は突如外宇宙から飛来した宇宙人により侵略を受けた。

宇宙人の兵器は我々のそれをはるかに凌駕し対抗するすべがない。

侵略よりわずか七日間で人類は総数のわずか1%ほどになった。

なぜこうなったか? 地球人には裏切り者がいたのだ。名を東 孝司という。

 ……アイツだ! アイツが裏切り者の東孝司だ! 家族や友人の仇をうってやる!……

 …殺せ! …殺せ! …殺せ! …殺せ! …東 孝司を殺せ!


 ああ、こんなことになる可能性もあるってことだろ? 頭を抱えて低く唸り声をあげる。安易にハンコを押しちゃダメだってばっちゃも言ってたろうに……。

「顔色が悪いですよ? どうかしましたか?」

「い、いや……。それより調査を止めるってことはできないのか?」

「私は地球調査用に作られました。調査の中止は自己否定にあたります。私には自己否定を許されていません。それに私が調査を中止したところで私を含めて一万体の端末が派遣されています。無意味です。加えて申しておきますと私との契約の破棄は調査期間が終了するまでその権限を持つ者との交信ができませんので不可能です」

 嗚呼、話がどんどん大きくなってきたよ。ばっちゃごめん……。いっそのことこいつに殺されていた方がよかったのかもしれない。

などと呆けていると顔に柔らかい感触が……。彼女は俺の頭を優しく自分の胸に抱きとめると耳元でこうつぶやく。

「自分がかわいいのは誰でも一緒ですよ…」

 そうじゃないんだって!

「間違えました。コージさん、あなたは恐らく悪いケースを想定したのでしょうがまだ決まったわけではありません。アナタの頑張り次第では友好の架け橋になることだってあるのです」

 ああ、もうどうにでもなれ……。


「調査期間は――現地時間で2011年7月8日に日付が変更するまでとなります」

 『最悪』のビジョンが頭から離れず、まだ呆けている俺をよそに彼女は坦々と会話を再開した。どうやら彼女は俺の回復を待ってくれないらしい。

「その時をもってコージさんとの契約は終了。報酬をお渡しすることとなります」

「報酬?」ピクリ、と耳が動くのを感じた。現金にもその言葉で少し落ち着きを取り戻す。

「はい、あなたが報酬を受け取るのは当然の権利です」

「何を貰えるんだい?」

「私の権限で許されている範囲でコージさんの願いを一つ叶えます」

 抽象的すぎてよくわからん。

「それは今決めないとダメなのかい? ダメじゃないなら後日ってことにしたいんだが」

「そうですね。急ぐ必要はありません。何か決まったらおっしゃってください」

 しかし、事務的な言葉遣いだな。声にも強弱がないし。仕草は普通なのに声に感情がこもってないってのも何か変だ。変なところがあったら指摘しろって言ってたし言ってみるか。

「話は変わるけどさ、宇宙人ってのはそれが普通なの?」

「それとは何を指す言葉ですか?」

「えーとさ、キミって事務的って言うか表情が硬いよね? それって普通の事なのかと思ってさ」

「おかしいですか?」

「うん、普通キミぐらいの年頃の女の子ってもっと表情が豊かだよ」

「そう…ですか…確かにコージさんは『感情のない声で言われても』とおっしゃってましたね。私に感情があればあの時、死んでいただけたのに……。」

 いや、それはもういいって。

「しかし、残念なことに現在、母艦との交信ができないため『感情』のアップロードができません。」

「うーん、なんか融通がきかないな。そういうのを覚える方法は他にないの?」

「はい、規格が違うのですぐとはいきませんが、情報端末を貸していただければ可能だと思います」

 情報端末? TVで聞いたことがあるぞ。PCとかのことだな。

「OK、俺のを勝手に使っていいよ。……後さ、その事務的なしゃべり方どうにかならないかな?」

「それも学習してみます」

 寝室のPCの電源を入れる。結構古い型なのでOSが立ち上がるまで時間がかかる。イスを引き「どうぞ」と勧める。彼女はイスに座ると少しの間そのままの体勢でいたが後頭部をごそごそして先端にコネクターらしきものが付いたコードを引っ張り出す。

 ……ちょっと引く。こういうのを見ると彼女が人間ではないという事実を確認できるな。

 コネクターをPCのコネクター類に次々と差し込もうとする。その度にカチカチと小さな音が立つ。実に不気味な光景だ……。

 しばらく、その行為を繰り返していた彼女は、諦めたのかこちらを振り返った。実際にはそこに表情などはなかったのだが俺には何となく困ったような表情に見えたのだ。

「……無線通信が無理だったので有線でと思い、取りだしたのですが差し込み口はどこでしょうか?」

 たぶん、規格が合わないのだと思います……。

「えーと、無理……じゃないかな?」

「え? 直接データを取得した方が早いのですが……」

 信じられない! みたいな表情で彼女。なんでこいつはこっちを下に見るときだけ表情がでるんだよ。それとも俺にそう見えているだけなのか? ちょっとむっとしつつもPCの使い方を教えてやった。

「キーボードから入力するなんてずいぶんと前時代的ですね……」

 こんな事をいいつつもキータッチが妙に早い。彼女によると向こうでは情報の入力も閲覧も脳から直接行うらしい。有線コネクターはかなりの汎用性があり地球の文明がかなり劣っている場合を想定して付いているとの事。

 それすら使えないってどんだけ科学力に差があるんだよ!

「コージさん、お願いがあります。こちらを使った方が何かと便利なので使えるように改造したいと思います。ですので、できるだけたくさんの種類の電子部品が手に入る場所に連れて行ってもらえませんか?」

「OK、明日は学校休みだし秋葉原でも行ってみようか」

 コネクタを寂しそうに指で玩びながら、こんなことを言う彼女に俺は興味無さそうな声でこんなことを返してやった。

 暇なので彼女を観察してみる。ものすごい勢いでカチャカチャとキーボードを叩く音がする。後ろからディスプレイを覗きこむと検索エンジンに単語を入力しているようだ。入力が早過ぎてPCが処理しきれないらしく誤入力となりBSキーを連打し元に戻しまた単語を入力する、を繰り返しているようだ。もっとゆっくり入力すればいいよ、とアドバイスする。事務的なぶん融通がきかんやつみたいだ。ちょっと面白い。

 今度はゆっくりと入力して検索が終了するのを待つ、を繰り返しているようだ。入力時は猫背気味なのに閲覧時は姿勢を正している。表情がないのもあってかなり不気味だ。

観察も飽きてきたので生活のルールをきめることにする。

「もう夜も遅いから、まずは寝る場所だ。キミがベッドを使え、俺は向こうの方で寝る」

「私は居候の身なので私がそこで寝るのが妥当だと思いますが?」

「ダメだ」

「では、ご一緒に寝ませんか?」

 その提案にはちょっと惹かれたが却下する。そんなことをしたら寝れそうもないし、寝れたとしても朝にえらいことになってしまう。こういう場合、女の子が優先されるのが地球のルールなんだ、とか適当な理由をでっちあげて納得させる。調査中に俺はベッドですやすや眠っているのに自分は冷たくて硬い床で眠らされた、なんて報告されたらたまったものではない。

「次に、だ。買ってきた服はこのクローゼットに全部しまってくれ」

 クローゼットの中にある衣類を旅行鞄に詰め込みながら俺。その後、風呂の順番やら裸で部屋をうろつかない事やら、細かい事を決めていった。決めていくうちに解ったが色々と買い足さないといけないものが結構あるな。明日は忙しくなりそうだ。



 翌朝、窓から差し込む朝日が心地よい。特に変わったことのない普通の朝日だった。あと三十分もすればいつものように楓が家に(無断で)入ってきて俺に朝食を御馳走してくれる。実にいつも通りですばらしい。部屋の方からかすかに聞こえてくるPCのファンの音が聞こえなければどれだけすばらしいことか。

 カーテンを締め忘れたらしく、まぶしい朝日で目を覚ました時、まず思ったことは昨日の事が夢であったのではないかということだ。むしろ、夢であってほしかったのだが部屋の方からわずかに聞こえる物音にそれを否定されてしまった。

聞 こえなかったことにしてシャワーを浴びる。そういえば結局昨日は風呂に入らずじまいだったのもあって実に心地よい。服やタオルを無造作に洗濯機にほうりこんでしゃれっ気はないが清潔な服に着替える。これも実に心地よい。やっぱり昨日の事は夢に違いない。何故ならこんなに心地よいのだ、そうに決まっている。いや、そうであって欲しい。

 だが、これもドアからヒョコリと顔を出した彼女によって否定された。

「おはよう」

「おはようございます」

 不本意だが朝の挨拶をする。そろそろ現実逃避を止めよう。部屋に入るとPCの電源が入っている。妙にファンの音が大きかったので、「もしかして昨夜からずっとやっているのか?」と聞くと「はい」との答え。宇宙人は眠らなくても大丈夫なのだろうか? だとしたらベッドを譲ったのがもったいなかったような気がする。

 彼女に午前中は一人で買い物に行くので部屋で待っていてほしいことと楓がいる間は消えていて欲しいことを告げる。何か言われるんじゃないかと思って理由を考えていたのだがあっさりと了承される。

「おっはよー。あなたのカエデちゃんですよー」

 いつも通りの入り方だった。すばらしい。

 楓――今日ほどお前をかわいいと思ったことはないよ。思わず彼女を抱きしめてクルクルと回りたい気分に駆られたが、ここはグッと我慢をする。

なぜなら、そうしないと『いつも通り』にはならないからだ。

「勝手に入ってくるなっていつも言ってるだろ!」

 『いつも』を普段より強めに言う以外はこれもいつも通りのやり取りだ。楓はいつものようにてきぱきと食事の乗った皿をならべていく。そして俺はそれを食べる。実にいつも通りだ。すばらしい。

「もー、食べ終わった食器はちゃんと洗っていつも言ってるでしょ!」

そんなことをブツブツ言いながらシンクの食器を洗う楓。涙が出るほどいつも通りのやり取りだ。やはり、すばらしい。

「ごちそうさま! すげー、うまかったよ! いつもありがとう!」

 声が大きかったらしい。楓はびっくりしたような顔でこちらを向く。気にせず俺は彼女の両肩を手でポンポン叩き満面の笑みを浮かべる。

「え、うん。お粗末さまでした。じゃ、じゃあ、私行くね。ちゃんと食器は水に漬けておいてよ。……じゃあまたね」

 顔を赤らめて急いで家を出ていく楓。

 ……失敗した、いつも通りじゃなかったみたいだ……。

「カエデさんってかわいい人ですね」

「うわっ!」

 俺には見えるはずだから死角から入ってきたのだろう。傍から見ればまさに恋人のそれだった。だが俺と楓は恋人ではない。日常生活を覗き見られたような気がした。そういったことに耐性のない俺はばつが悪くなり「買い物に行って来る」とだけ言い家を出た。



 外に出たはいいが店の開店時間にはまだ早い。かと、言って戻るのも癪だ。しょうがないので散歩でもして時間をつぶそう。

 俺の住む多田野町は東京の隅っこにある市のさらに隅っこに位置する。市の周囲が山に囲まれていて盆地状の土地になっている。東京の最高気温と最低気温を記録する(つまり夏暑く冬寒い)という困った特徴を除けばこれといった特徴がない。有名な建物はないし都心の様な高層ビルが多いわけではない。かと、言って交通網はある程度は発達してるし普通に生活する分には何ら困ったことはない。まさに、なんでもあるが何にもないような場所だ。

 最近、整備された真新しい公園を散歩する。まだ時間が早いので誰もいないかと思ったが時折お年寄りが散歩していたりした。

 ベンチに座り空を眺める。梅雨だと言うのにここ数日は実にいい天気だ。これなら今日一杯は雨の心配はいらないだろう。

 生活用品を一式揃えるとなるとホームセンターがいいだろうか? それともショップを回ろうか? こんな事を考えているとふと口から笑みがこぼれるのを感じる。

 自分でも理由を探せない程、不思議だった。高校に入るまで友人を持った事もなく、その友人ですら自ら作ったわけではない。

 中学生になった時に家から追い出される形で一人暮らしをするようになった俺はそれまでも軟禁に近い生活を送っていた。ゆえに人づき合いの仕方がよくわからず新しい環境に慣れないこともあいまって孤独でいることを選んだ。

 まだ人として足りない部分がかなりあることは自覚しているが。俺の顔を知っている奴ができる限り少ない。これが理由で選んだ新設校で出会った楓たちのおかげでずいぶんとましな人間になった気がする。

 なんせ昨日会ったばかりの宇宙人の世話を焼こうとしているんだ。こんな事は以前の俺では考えられなかった。

 結局、ホームセンターで買い物をすることにした。この手の店特有のでっかいカートに洗面道具や食器類などを次々に入れていく。そして、カートの中身を何となく眺めていると『ああ、本当に同棲が始まるんだな……』なんてようやく実感が沸く。こんなもんでいいかと、レジに向かっていると声を掛けられた。

「コージではないか、奇遇だな」

「ん? ツバキか。オヤジさんにでも買い物頼まれたのか?」

「うむ、オヤジ殿が道場の入口に花を置くための段を作ってくれと駄々をこねたのでな」

 北家 椿(同級生)は掛け値なしの美女だった。白のピチTに紺のデニムと色気のカケラのない格好であるにも係わらず誰もが立ち止まって彼女を見てしまうような魅力を持っていた。大人びた顔つきにスラッと伸びた手足、そして抜群のプロポーション。それでいてまったく飾りっ気がない。以前本人に『何故おしゃれをしないのか?』と尋ねたことがあったが。『私は美人過ぎるので飾る必要がないのだ』と一笑されてしまった。

「ん? どうしたコージ? そんなにじっと見て私に欲情でもしたか?」

 挑発的な表情で彼女。

「いや、なんつーか……ちょっとは周りを気にした方がいいぜ?」

 絵にかいたような美人が肩に材木の束を担いでいる絵は実にシュールだ。周囲の客も美人をうっとりと眺めているというより明らかにアンバランスな組み合わせに驚いているといった感じだ。

「しかし、大工仕事までできるとはあいかわらず、すげーな」

「うむ、作ることは壊すことと同じぐらい好きだからな」ニヤリと彼女。

 少しの間、彼女と世間話をしていると彼女のポケットから電子音が鳴りだした。

「……いかん。オヤジ殿が泣き出す前に帰らないといけない。すまないがこれで失礼する」

 そう言い残すと材木を担いだまま器用に人ごみをすり抜けて出て行ってしまった。俺もレジを済ませて早いとこ帰るか。



「今すぐ秋葉原とやらに買い物に行きましょう!」

 俺が戻ると彼女は開口一番、真剣な顔でそう言った。

「そんなことは後で構いません! 今すぐ行きましょう!」

 俺はビニール袋から戦利品を取り出し仕分けを始めたわけだが、拳を握り締めながら強い口調で催促する。

「まずはこれの整理を終わらせてくれよ」

 そう答えるも腕を強引に取られ扉へと引きずられる。つかまれた腕を振り払い抗議する。

「あのな、ものには順序ってもんがあるんだ。どうしてもって言うなら理由を答えろよ!」

 すると部屋に戻りPC本体を持って戻りPCをパーでパンパンと叩きながら答える。

「何なんですか、この記憶媒体は! 容量が少ないにも程があります! こんな事態、私には耐えられません! 調べてみればこの何十倍もの容量があるものがちゃんと存在するみたいじゃないですか!」

「確かにこのPCは4年前に型落ちで買ったものとはいえ、買ったはいいが調べ物ぐらいにしかつかってなかったから200Gぐらいは容量があったはずだぞ?」

 鼻で笑われた。たった200G? みたいな顔をされた。実のところ200Gがどんくらいのものかさっぱり解らないのだが、一晩で一杯になるようなものではない気はする。

「一体、何に使ったんだ?」

「それについては黙秘します」少し間を開けて続ける彼女「ですが、重要なのはもう使えないという事実なのです! ですから……今すぐ買いに行きましょう!」

 PCをパンパン叩きながら力説する。PCについて全然詳しくないので彼女の言い分が正しいのかどうかはわからないが彼女に引く気は一切ないようだ。

「あと十分だけ待ってくれよ。急いで買って来た物の整理するからさ。

それにタイムセールじゃないんだ。少し遅れたからどうにかなるって話じゃないだろ?」

「……わかりました。コージさんがその気なら私にも考えがあります……。

今すぐベランダに出て『助けて! 監禁されて口では言えないような事をされています。誰か助けてください』と叫ぶことにします……」

 そう言い捨ててベランダへ出ようとする彼女を寸前の処で何とか止める事に成功した。

 今までの経験で何となくわかっていたんだ。女の子に口で勝つことなんてできないなんてことは……。トホホ。

 

…ガタン…ゴトン…ガタンゴトン…。


 嬉しそうに目を輝かせている彼女とは対照的に力なくうなだれている俺。俺たちは現在、白地に赤のラインの入った電車に揺られていた。幸い駅が始発に近い所だったので二人とも座ることができた。自分で秋葉原に買い物に行こうなんて提案したくせに、今は後悔の念にさいなまれ実な憂鬱な気分なのだった。

 あの時はその場のノリのようなもので言ってしまったが俺は実のところ人ごみが苦手だ。真夏の休日の海のような人でごった返す場所にいると吐き気をもよおすぐらい苦手だ。

「……しかし、本気で叫ぶつもりだったのか?」

「はい」

 ニコニコしながら彼女。

「自分からさ、正体がばれる様なことして大丈夫なの?」

「はい、時と場合によります」

 むかつくぐらいニコニコしている。

「そう言えばさ、表情豊かになったね」

「はい、不完全ではありますが喜怒哀楽を取得しました」

 やっぱりニコニコしている。

「そりゃよかった」

 俺は言葉を終えた。異常にニコニコされるのもむかつくが無表情であるよりはましだろう。彼女の方に視線を向ける。無表情の彼女はなまじ整った顔をしているだけに人形とやり取りをしているようで正直怖かった。こうニコニコしてる顔を改めてよく見るとやっぱり可愛いと思う。少しすると目が合ったので視線を窓の外に移す。何故、そんな事をしたか解らなかったか顔が少し赤くなってたかもしれない。

 こういうシチュエーションも苦手だ、と改めて思った。数分で終わる世間話のようなものなら問題はないのだが到着まで、まだ三十分は軽く掛る。楓のように一方的にしゃべってくれるのなら気を使わなくて済むのだが、彼女はそういうタイプではない。基本的には俺が話し掛けてそれに答えるという会話パターンだ。今まではその場のテンションに任せて会話をしていたのだが、いざ平静な状態でいると何をしゃべっていいかが解らない。会話がないのは不自然な気はするが、まさか宇宙の話をするわけにもいかない。女の子が食いつきの良さそうな小粋なネタが思い浮かばない。困ったもんだ。

 終点の新宿に着き電車を乗り換える。徒歩での移動時間は何も話さなくても不自然がないような気がしてありがたかった。電車に乗るとまるで拷問を受けているような気分になる。幸いなのはいまだに彼女がニコニコと機嫌がよさそうであるってことだ。

 ああ、早く目的地に着かんもんか……。

 電子部品なんて言葉を聞いて真っ先に思いついたのがここであったが、実のところここへは初めて来る。改札を抜けて辺りを見回すと俺は目を丸くした。初めてここに来た人間は恐らくみな同じ事を思うだろう。なんつーか話には聞いていたがカオスな町だ。その町全体が巨大な店舗となっているかのようだ。

 取り合えず案内図でも探すか?

「コージさん、まずはここから入りましょう!」

 あまりのことに戸惑って立ち尽くしている俺の手を取り引っ張る。

 恐らくはネットで下調べでもしていたのだろう。彼女の足取りには迷いと言うものが一切感じられなかった。

「ちょ、ちょっと、ここが何の店か解ってて入ってるの?」

 ここはおおざっぱに分けると店がアニメ関連、電機関連、飲食関連の三種類に分類できるみたいだ。『マンガの○○』とか『○○無線』とかが店名であれば恐らくはその手の専門店なのだろうがそれ以外は俺には何の店なのかの区別がつかない。場違いなところにいるという自覚と人の多さで目がくらくらするのを感じる。

「いらっしゃいませ、ご主人さま!」

 店に入るとメイド服を着た女の子がペコリとお辞儀をする。どうやらメイド喫茶というやつらしい。案内されるまま席に着く。メイドミニスカを着た女の子達が所狭しと動き回っていて目のやり場に実に困ってしまうのだ。

「顔色が優れなかったのでここで少し休んでいきましょう」

 彼女なりの気遣いだったのだろうが実に有難迷惑であった。いや、やたらとニコニコしている彼女の表情を見る限り気遣いですらなく予め予定に入っていたのかもしれない……。

 客観的に見ると今の俺はシャイな童貞君が初めてのデートで何をしていいか分からずドギマギしている状態である。まあ、童貞であるのは事実なんだが……。

 一方、彼女は目を輝かせてしきりに周囲を見回している。何に対してかはわからないが時折うんうんとうなずいたりもしている。

 こういうのも調査内容なのだろうか?

 コーヒーを一口飲む。落ち着かない。他人の趣味をどうこう言うつもりはないが俺にはやはり場違いな場所だ。一刻も早くここを出て買い物を済まし家に帰りたい……。

しかし、そんなささやかな俺の望みは叶わないんだろうな。あの目は以前見たことがある。ショッピングが楽しくてしかたのない女の子の目だ。

 ……ハァ。

「そろそろ落ち着いてきたし店を出ようか?」

 無言で却下された。物珍しいのとはちょっと違う目で彼女は働くメイドさん達を目で追う。もしかして着たいのだろうか? 俺には理解できない。会話をする必要がなさそうなのがせめてもの救いだったが数十分後メイドさんとの記念撮影を承諾することを条件にようやく解放された。休むために入ったはずなのにえらく疲れた。

 ようやく買い物に乗り出す。やはり彼女は秋葉原の事を今朝調べていたようだ。ルーティングに迷いがない。確か電子部品とPCのパーツを買いに来たはずなのだが、そんなことはお構いなく彼女は色々な店に入る。その度に目を輝かせて何かうんちくを垂れるのだが興味のない俺は『ハイハイ』とか『そーなんだ』と適当に返事を返す。これがデートならこんな対応だと彼女がキレるところなのだろうが、こんな時は話の通じない彼女がありがたい。彼女がようやく帰ってくれる気になったのは空が真っ赤になった頃だった。



 ……しかし、カオスな買い物だった。と、両手いっぱいの買い物袋を見て改めて思う。俺だけではなく彼女も両手一杯の荷物を抱えていた。重くて敵わん。女の子らしいかわいらしい小物や女の子らしくない無骨な電器関連、それに大量のアニメ関連のグッズ……。本来の目的とは違っているような気がする。アニメグッズを買うついでに男の子用(つまり俺用)に少々の電器関連――そんな比率だ。これら以外にも郵送されてくるダンボール数箱分の買い物……。

 一体、何万使ったんだよ?

「実に有意義な買い物でした」

部屋に戻ると床に買って来た物を並べながら両手のこぶしを握りしめて彼女。こりゃ棚の増設もしないといけないな。

「ふーん……しかし、そんなに買っちゃって大丈夫なのか?」

「はい! 実に有意義ですばらしい資料です。領収証もちゃんと受理される内容なので問題はありません!」

 その根拠がどこから来るのかは解らん、ってか解りたくもないがやたらと目をキラキラとさせて、そう彼女が断言をした。

 領収書なんて貰ってたか? つーより、日本の領収書が宇宙人の経理に通るものなのか? そもそもカードで処理とは言え、どうやって『日本円』を手に入れたんだ? いかん、何か怖くなってきたぞ……。以後これについて考えるのはよそう。

 しかし、変われば変わるもんだ。いや、変わりすぎている気もする。あの無感情の機械人形のようだった彼女がたった半日で嬉しそうな顔で俺にはよくわからない用語を時折つぶやきながら買ってきた雑誌をペラペラめくっていた。

 そうだ、俺も朝の買い物の処理をせねば……。

 

 荷物を片付けながら俺は思った。こういうのも悪くはない、と……。



登場人物紹介

アズマ 孝司コウジ

……本編主人公。ハーレムものによくあるイケメン。

南井ミナイ 美咲ミサキ(M-00339)

……どこぞの宇宙からやって来た人型調査端末。コージと出会い居候になる。

西野ニシノ カエデ

……コージの同級生兼通い妻。(外見描写的な)ツバキのカマセ。

北家キタイエ 椿ツバキ

……完璧超人兼コージの嫁二号。コージをキョドらせるのが好き。

白山シラヤマ 良太リョウタ

……コージの同級生。ムードメイカー的な存在。

発村ハツムラ ツヨシ

……コージの同級生。外見ヤクザのヘタレ。通称ゴウ。

中野ナカノ 俊夫トシオ

……コージのクラスの担任。『イケメンは死ね』が座右の銘。


※名前の由来は縦読み。


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