「役立たず」と追放された荷物持ち、僕がいなくなった勇者パーティーは三日で崩壊しました
本文に生成AIを使用しています。
薪が爆ぜる音を聞きながら、僕は鍋の中身を木匙でゆっくりとかき混ぜていた。干し肉と乾燥豆、それに森で採った香草を煮込んだだけの簡素なスープだが、長い旅の途中ではこういう温かい食事が何よりありがたい。干し肉は残り三日分、豆は二袋、塩は少ない。明日の昼までに南へ半日ほど進めば小さな村があるから、そこで食料を補給すれば予定通りだ。水も今夜の分は十分にある。明日の朝に残量を確認して、必要なら少し多めに汲んでおけば問題ない。
少なくとも、僕が計算した限りでは。
「ノア」
背後から呼ばれて振り返ると、勇者レオンが立っていた。いつもなら夕食ができるのを待ちながら聖剣の手入れでもしている時間なのに、今日は腰の聖剣とは別に短剣まで手にしている。その後ろには見慣れない大柄な男がいて、背中には僕の身長ほどもある大剣を背負っていた。
「何でしょう?」
「少し話がある」
レオンの声には、妙に硬いものが混じっていた。僕は鍋を火から下ろし、木匙を脇へ置いた。二年間も一緒に旅をしていれば、仲間が普段と違う様子を見せたとき、それが何を意味するのかくらいはわかる。
「紹介する。今日から俺たちの仲間になる、ダグだ」
「よろしく」
大柄な男は短く頭を下げた。腕も肩幅も僕の倍ほどありそうで、見るからに前衛向きだ。
「戦士ですか?」
「ああ。腕は確かだ」
レオンは満足そうに頷き、それから僕をまっすぐ見た。
「だから、もうお前は必要ない」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
焚き火がぱちりと鳴り、夜の森へ火の粉が舞い上がる。その赤い光を眺めながら、僕は聞き返した。
「……僕が、ですか?」
「ああ。俺たちはもうすぐ魔王城へ着く。これから必要なのは戦力だ。お前みたいに戦えない人間を連れて行く余裕はない」
レオンはそう言い切った。僕が何か言おうとすると、それを遮るように手を上げる。
「お前が悪いと言っているわけじゃない。二年間、荷物持ちをしてくれたことには感謝している。だが、それだけだ。荷物を持つだけならダグでもできるし、こいつは戦える。だったら、こいつを連れていったほうがいい」
焚き火を挟んだ向こう側を見ると、聖女ミレイアは俯き、魔法使いのセシルは唇を結んでいた。戦士のガレスだけは腕を組み、僕と目を合わせようともしない。誰も何も言わない。その沈黙を見ているうちに、胸の奥に小さな寂しさが生まれたが、それ以上の感情は湧かなかった。
僕にとって、冒険とは六人全員が無事に帰るためのものだった。食料が足りなければ困るし、水がなければ死ぬ。薬がなければ傷は治らず、道を間違えれば余計な時間と体力を使う。だから必要なことをしてきただけだ。誰かに褒められたいと思ったことはないし、自分が特別な人間だとも思っていなかった。
「そうですか」
僕は立ち上がった。
「それじゃあ、預かっていたものを返します」
「預かっていたもの?」
レオンが怪訝そうに眉を寄せる。
「はい」
僕は荷袋を開き、中身を一つずつ取り出した。干し肉が三日分、固パンが二日分、乾燥豆が二袋、塩が少々。止血草が十八束、解熱草が六束、毒消しが四本。火打石が二つ、予備のロープが三本、簡易修理具が一式。旅の途中で拾った小さな道具まで含めれば、まだいくつかある。
「あと、これです」
最後に折り畳んだ紙束を取り出す。
それは二年間かけて僕が作ってきた地図だった。街道だけではなく、森の中にある獣道や水場、崖、崩落した場所、魔物の縄張り、安全に野営できる場所まで書き込んである。季節によって通れなくなる道には、その理由まで記していた。
「魔王城までの道です。赤い印が危険区域、青が水場、黒い線が通行できなくなった場所です。去年の雨季に崩れた道もありますから、そちらは避けたほうがいいでしょう」
レオンは地図を受け取り、しばらく眺めた。
「……ずいぶん細かいな」
「二年かけましたから」
「そうか」
それだけだった。
僕は荷袋を空にすると、自分の小さな鞄だけを肩にかけた。
「では、僕はこれで。二年間、お世話になりました」
頭を下げて背を向ける。背後からミレイアが僕の名を呼んだが、振り返ると彼女は何か言いたそうに唇を動かしただけで、結局何も言わなかった。
森へ続く道を歩き始める。しばらくして背中からガレスの声が聞こえた。
「やっと重たい荷物から解放されたな」
それに続いて笑い声がした。
僕は振り返らなかった。
怒っているわけではない。悔しいわけでもない。ただ、二年間一緒に旅をした仲間たちが、自分のことをそれほど必要としていなかったのだと思うと、胸の奥に冷たい風が吹き抜けるような寂しさが残った。
けれど、それも仕方がない。
必要とされていない場所に、無理に残る理由はないのだから。
◇
翌朝、勇者パーティーは予定通り出発した。
レオンは僕が残した地図を広げ、南へ向かう道を確認している。その隣では、新しく加わったダグが大きな荷物を背負っていた。これまで僕が背負っていたものよりも多いくらいだったが、本人は苦にしている様子もない。
「これだけあれば十分だろ」
ダグが荷袋を叩く。
ミレイアは念のため中身を確認したが、干し肉と固パン、それに水筒が入っているだけだった。
「豆は?」
「ない」
「薬草は?」
「必要なら現地で買えばいい」
「予備の水は?」
「水筒に入っている分だけだ」
ミレイアは少し黙った。それからレオンを見る。
「ノアなら、もう少し多めに準備していたと思います」
「ノアは心配性だったからな」
レオンは笑った。
「次の村で補給すればいい。昼過ぎには着く予定だろう?」
ミレイアはそれ以上何も言わなかった。
これまでなら、出発前に僕が全員の水筒を確認していた。天候を見て必要な量を計算し、次の水場までの距離を考えて、足りないようなら出発前に補充していた。誰かがそれを意識したことはなかっただろう。水筒が満たされていることは、彼らにとって「当然」だったからだ。
そして、当然だと思われている仕事ほど、なくなったときにはじめて、その価値がわかる。
彼らがそれを知るまで、そう時間はかからなかった。
◇
昼前、森の中から灰色の魔物が三匹飛び出してきた。
牙狼だった。
レオンが聖剣を抜き、ガレスが前へ出る。セシルの魔法が一匹を吹き飛ばし、残った二匹をレオンとガレスが仕留めるまで、それほど時間はかからなかった。
戦闘が終わると、ダグが牙狼の死体を見下ろした。
「こいつの牙、高く売れるんじゃないか?」
「そうね。ノアがいたら、きっと処理していたでしょうけど」
セシルが言う。
「いなくてもできるだろ」
ダグはそう言って、牙を力任せに引き抜いた。根元の肉まで大きく削れ、牙には血と傷が残ったが、本人は満足そうだった。
その日の夕方、彼らは予定していた村に到着し、魔物の素材を商人へ売ろうとした。
商人は牙を一目見るなり、渋い顔をした。
「傷が多いな。これじゃあ大した値段にはならない」
「牙狼の牙だぞ」
ガレスが食ってかかる。
「素材の価値は魔物の種類だけで決まらん。保存状態と処理の仕方で値段は変わる」
結局、三軒の店を回って、ようやく銀貨五枚になった。
セシルはその金額を見つめながら、以前の光景を思い出していた。
ノアは魔物を倒したあと、いつも真っ先に死体へ近づいていた。戦闘で疲れているはずなのに、血を抜き、必要な部分を傷つけないよう丁寧に解体し、布で包み、保存液を使っていた。
『牙は根元を傷つけないでください。ここを切ると価値が落ちます』
そう言われたこともある。
自分は聞き流していた。
「……もったいなかったですね」
セシルが呟くと、レオンが振り返った。
「何が?」
「いえ。何でもありません」
そのときは、まだ誰も気づいていなかった。
失ったのは荷物持ち一人ではない。
二年間かけて積み上げられた、彼らの旅そのものだったのだ。
◇
二日目の昼、水が足りなくなった。
昨日までは誰も気にしていなかったが、暑さが増すにつれて水筒の中身は急速に減っていった。次の水場まであとどれほどかとレオンが地図を開くと、青い印が一つ見つかった。
「ここだ。あと二時間ほど進めば水がある」
全員がその言葉を信じて歩いた。
しかし、辿り着いた場所にあったのは、ひび割れた川底だけだった。
「……どういうことだ?」
レオンが地図を見直す。
青い印の横には、僕の小さな文字が残っていた。
『雨季以外は枯れる可能性あり。最終確認、三か月前』
レオンの指が止まった。
「三か月前……」
「今は雨季じゃありません」
セシルが呟く。
ミレイアは何も言わなかった。ただ、地図に書かれた文字をじっと見ていた。
僕は出発前、必ずこういう確認をしていた。古い情報が残っていれば、現在の状況を予測して別の道を選ぶ。だから彼らはこれまで、干上がった水場を目の前にして途方に暮れることなどなかった。
「次の水場は?」
レオンが尋ねる。
地図を見ればわかる。
だが、そこまで行くには半日以上かかる。
結局、その日は全員が水を極端に節約することになった。
夕方、ミレイアが焚き火の前でぽつりと言った。
「ノアって、毎朝水の残量を確認していましたよね」
「ああ」
レオンは答えた。
「いつも『今日の気温なら一人これくらい必要です』って」
そこで誰も話さなくなった。
今まで彼らが「普通に旅ができる」と思っていたのは、誰かが毎朝、普通ではないほど細かく確認していたからだった。
◇
三日目の夜、決定的なことが起きた。
野営地を選んだのはダグだった。
森の中に開けた場所があり、地面も平らだった。火を焚くには都合がいい。彼はそう判断したし、レオンも異論を挟まなかった。
けれど深夜、ミレイアは森の奥から聞こえてくる枝の折れる音で目を覚ました。
一度。
二度。
それから、あまりにも多くの足音。
「起きて!」
叫んだ瞬間、暗闇から魔狼が飛び出してきた。
戦いは激しかった。レオンが聖剣を振るい、ガレスが大剣で薙ぎ払い、セシルが炎の魔法を放つ。ミレイアは結界を張りながら傷ついた仲間を治療し続けた。
ようやく最後の魔狼が倒れたとき、全員が息を切らしていた。
ミレイアは周囲を見回した。
木の幹には無数の爪痕が残っている。少し離れた岩陰には、魔狼が運んできた獲物の骨が散乱していた。
そして、地面には小さな巣穴がいくつもある。
「……ここ」
ミレイアの声が震えた。
「魔狼の縄張りです」
レオンは絶句した。
「どうして、そんな場所に……」
「知識がなかったからでしょう」
ミレイアは答えた。
「ノアなら、ここには絶対に野営しません」
誰も否定しなかった。
ガレスが大剣を地面に突き立てる。
「どうしてあいつは……」
彼は苦しそうに呟いた。
「どうして、こんなことまで知っていたんだ?」
答えは簡単だった。
二年間、彼らが歩く道のすべてを見ていたからだ。
魔物の痕跡を探し、地形を覚え、天候を読み、水場を調べ、危険を避ける。その積み重ねを、彼らは「荷物持ちの仕事」と呼んでいた。
◇
同じ頃、僕は街の外れにある小さな工房で、薬草を乾燥させていた。
冒険者ギルドから依頼を受け、採取した薬草を種類ごとに分けていると、工房の主人が声をかけてきた。
「ノア、北の森の地図ができたら見せてくれ。最近、魔物の生息域が変わっているらしい」
「わかりました。明日の夕方までにはまとめます」
「助かるよ」
その言葉を聞いて、僕は少しだけ笑った。
以前なら、誰かのために地図を描いていた。
今は自分の仕事として描いている。
やっていることは、ほとんど変わらない。
それでも、不思議なくらい気持ちは軽かった。
自分が必要だと思うことを、自分で決める。
誰かに「役に立たない」と言われても、それで自分の価値がなくなるわけではない。
僕はようやく、その当たり前のことを理解し始めていた。
◇
勇者たちが僕を訪ねてきたのは、それから十日後だった。
工房の扉が開き、最初に入ってきたレオンを見た瞬間、僕は少し驚いた。
以前よりずっと疲れている。
鎧には傷が増え、頬は痩せていた。
後ろのガレスも同じだった。
セシルは疲れた顔で俯き、ミレイアだけが僕を見ると小さく頭を下げた。
「ノア」
「お久しぶりです」
僕がそう言うと、レオンはしばらく黙っていた。
そして、深く頭を下げた。
「頼む」
僕は目を瞬いた。
「俺たちのところへ戻ってきてくれ」
店内に沈黙が落ちる。
「魔王城まで、あと少しなんだ。でも、俺たちはもう限界だ。食料の管理も、薬も、素材も、地図も……お前がいなくなってから、何もかもうまくいかなくなった」
僕は黙って聞いていた。
「俺は、お前をただの荷物持ちだと思っていた」
「はい」
「戦えないから役に立たないと思っていた」
「はい」
「間違っていた」
レオンは拳を握った。
「だから、もう一度だけ頼む。俺たちの仲間に戻ってくれ」
僕は少しだけ目を伏せた。
かつてなら、この言葉を待っていたかもしれない。
自分の仕事が必要だったと認めてもらいたかったかもしれない。
けれど、今は違った。
「すみません」
僕は静かに首を振った。
「戻れません」
レオンが顔を上げる。
「どうしてだ?」
「僕が必要なんじゃないからです」
「何?」
「あなたたちが必要としているのは、僕ではなく、僕がしていた仕事でしょう?」
レオンは言葉を失った。
「僕は二年間、あなたたちと一緒に旅をしました。楽しかったですし、苦しいこともありました。でも、最後に『お前は必要ない』と言われたことも、僕は覚えています」
「……」
「だから、もう戻りません」
声を荒らげることもなかった。
責めるつもりもなかった。
ただ、自分の気持ちをそのまま伝えた。
ミレイアが深く頭を下げる。
「ごめんなさい、ノア。私は、あなたが必要だとわかっていたのに、何も言えなかった」
「もういいですよ」
「でも――」
「本当に、もういいんです」
僕は微笑んだ。
「僕は今、自分の好きな仕事をしています。それに、必要だと言ってくれる人もいます」
レオンはしばらく僕を見つめていた。
やがて、力なく頷いた。
「……そうか」
「はい」
「わかった」
それだけ言って、彼らは工房を出ていった。
僕はその背中を追わなかった。
◇
翌朝、僕は新しい仲間たちと街を出た。
戦士が一人、魔法使いが一人、薬師が一人。そして僕。
目的地は、まだ決まっていない。
街道を歩きながら、仲間の一人が僕に尋ねた。
「ノア、この先はどうする?」
僕は地図を広げた。
王都へ向かう道の反対側。
そこには、まだ誰も詳しく調べていない山脈がある。その向こうには、僕が二年間描き続けてきた地図にも、ほとんど何も書かれていない白い領域が残っていた。
「ここへ行きましょう」
「何があるんだ?」
「わかりません」
「危険じゃないか?」
「きっと危険です」
仲間が苦笑する。
「それなのに行くのか?」
「ええ」
僕は地図を畳んだ。
「だから、行ってみたいんです」
昔の僕は、誰かが安全に歩けるように道を調べていた。
誰かが迷わないように地図を描いていた。
誰かが傷つかないように薬を用意していた。
それは決して無駄なことではなかったと思う。
けれど、これからは自分自身のためにも、それをやっていい。
誰かの役に立つためだけではなく、自分が見たい景色を見るために。
自分が知らない場所へ行くために。
まだ何も書かれていない地図の余白を、自分の足で埋めるために。
僕は前を向いた。
朝の光が、遠くの山々を照らしている。
「さて」
僕は仲間たちに笑いかけた。
「今日は、どこまで行こうか」
返事が返ってくる。
僕たちは歩き出した。
もう、誰かの後ろを歩く必要はない。
誰かに必要とされるために生きる必要もない。
自分で選んだ道を、自分の足で進めばいい。
その先に何があるのかは、まだわからない。
だからこそ、楽しみだった。
白紙の地図を胸に抱え、僕は新しい仲間たちとともに、まだ誰も知らない道へ歩き出した。




